2025-07-20 17:53

第3584回 宗教の勉強会と集いのエピソードトーク赤裸々に事細かく話したのでぜひお聞きください

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サマリー

このエピソードでは、宗教の勉強会や集いへの参加経験を赤裸々に語り、特に時間の使い方や人間関係、環境の影響について反省しています。また、コロナ禍における心身の不調や他の活動を優先すべきだったと後悔しています。倉木が宗教活動に参加した体験やその中での人間関係、感情について詳細に述べています。特に、教祖の話や集いの雰囲気、家族との関わりが興味深く描かれています。

宗教勉強会の思い出
いつも宗教の勉強会は週に1回あって、部活やってるときは大変でしたよ。
親が迎えに来てくれて、7時くらいですね。車乗って、でも急いで弁当を食べて。
部活やめてからはターミナルに行って、1回帰ってたかな。
トウモロコシ迎えに行かなきゃいけないから1回帰って。で、3人で行って。
あんまり車内でいい思い出ないですね。親に話しかけても返してくれないしね。
家族で一緒に行けたら嬉しかったっていう思い出はないですね。
帰りに某チェーン店でシェイクとか買うんだけど、これもあまり好きじゃなかったし。
で、冬なんかね、めちゃくちゃ寒いんですよ帰り。温かくなるまで、車の中ね。
で、ターミナル行って。いつも話しかけてくれるおじさんがいるのは嬉しいんだけど。
おばさん方とはあんまり話しなかったね。どういう風に思われてるんだろうっていうのはありましたね、いつも。
あとケーキ作ってくれたおばさんにお礼するときもすごい気まずかったしね。
どんな感じでお礼すればいいのかわかんないし。
で、いつもの位置に座るんだけど。自分の前に座ってる人がいつも後ろ向いて話しかけてくれるんだけど、
この人でさ、やっぱり都市が慣れてるからね。同じ人間だとは思えないぐらい。
なんかお互い理解し合えない感じがしちゃって。本当にどうすればいいか戸惑ってましたね。
あといつも進路相談に乗ってくれる人とかいるんだけど、なんか向こうの気持ちが絡まるしてるっていうのかな。
すごいいい感じで接してくれるんだけど、この人すごい変わってるし、この人に対してもどう対応してるのかわかんない感じ。
あと何よりみんな自分より二回りも三回りも上な人たちなんですよ。
だから居心地が悪かったですよ。
なんか別にそんなこともしない罪悪感をね、持ってしまってる感じでしたね。
ここに自分がいていいのかという思いがありました。
で、いつも札幌からリモートであれなんだけど、暗いから眠いんですよ。部活終わった後とかなんか。
部活辞めてからも。
あとね、花粉症でもう目が痛くてそういう時なんか本当つらかったですね。
あとそこがね、窓が全くないのと、匂いがやっぱり変だったし、やっぱりあの環境のせいで絶対ね、体調悪くしてたと思うんだよな。
窓がない部屋だったんで、湿気とかなんとかで、絶対あれもあって体をおかしくしたんだと思ってますから。
で、いつも隣に座ってくれるおじさんいるんだけど、この人はまあ、自己中心的だし、まあ自分なりにいろいろやってしまうし、ミーティングの時間なんかも。
あとミーティングの時間っていうのが必ずあるんですよ、2,3回。
まあ、二回り以上上の人と話してるのもなかなかつらかったですよ。
あと会社の社長さんもいたんだけど、すごいいい感じなんだけど、自分はね仲良くしたいんだけど、それがちゃんと伝わってない感じがしてね、やでしたね。
あと祈りとかね、あと勉強もそうだけど、真面目にやってるんだけど、
なんか真面目にやってる自分が恥ずかしくなってくるというかね。
学校の勉強はそんなことないんだけどね。
あとトモロコ氏も予感をプロジェクトやってるから、後ろでずっと見てるわけですよ。
で、ある時ね、電動電話でみんなにするようになったんですよ。
で、ターミナルから電話しようと思ったんだけど、後ろにトモロコ氏いてね、ちょうど後ろに。
見られてる感じがしても、電動できませんでしたね。
で、映像で嫌いな青年が映ったりするし、職員の人も。
で、トモロコ氏に電話しても電動できませんでしたね。
で、トモロコ氏に電話しても電動できませんでしたね。
つどいの経験
で、映像で嫌いな青年が映ったりするし、職員の人も好きじゃないし。
で、話してる人みんななんかね、なんか気になってしまうんですよ。
どんなこと考えながらやってるのかなとか。
なんか余計な動きが多いなとか。
随分自慢気に話してるなとか。
この人本当は別に前に出るのそんな好きじゃないんだろうなとか。
考えてしまうんですよ。
あと、もう何回も見た映像見せられたりするんだけど。
もういいよってなるんですよね。
あととにかく映画でさえ寝てしまうくらいですから。
まあ辛かったですよ。
興味ないわけじゃないんだけど。宗教の勉強ですよ。
いやー眠いのが辛かったね。
それが11時くらいまで続きますから。
で、終わるでしょ。終わったらね。
洋館タッチプロジェクトやってるんで。
30分くらい待ってるんですよ。
そっから家に帰ったら12時。
で、次の日学校ですから。
いやーよく毎週行っちゃったと思いますよ。
コロナのせいで鬱病がね、激しくなったと思ってますから。
で、女の子がね、アプローチしてきていた頃。
いやー遊びに行こうって言われたんだから一緒に遊びに行って。
そうしてればよかったなと思って。
なんで宗教なんか行ってね、そっちに時間使ってしまっていたのかなって。
すごい後悔してるし。
勉強に時間を使うでもそれでもいいんですよ。
とにかく宗教行っちゃうのが馬鹿馬鹿しいなと思って。
自分以外、青年で行ってる人いないんですよ。
40代もあんまり。
ほとんど50代60代。
70代80代。
70代とかが多いかな。
で、続いて札幌でのつどいの話ですね。
今の勉強会でつどいですね。
これはね、団体で小学生の時は行ったりね。
で、おばあちゃんたちが漬物くれたりしたのを覚えてますね。
友人を誘って一回だけ行ったこともあるし。
洋館がプロジェクトやってね。
バスの中でいろいろ話したりお世話したりそういう仕事やってるときは
倉木も一番前に座って。
すごい、なんか倉木の方が逆に恥ずかしくなってくるんだけど。
いつもヒップホップ聴いてましたね。
バスの中で。
人間関係の葛藤
でも小さい頃からずっとやってたんですよ。
うん、やってたね。
で、帰りにね、東郷市長が
にらまれたこともあったんだけど。
あとはね、親の知り合いに乗せてもらうこともありましたね。
そこの娘さんと。
あと、JRで行ったことも
いやー、それはあんまり何言うのかな。
ただ、トモロコシが全白で。
で、うちらが当日ってことはまああったかな。
小学生の時は。
で、向こう行って
一回ね、
洋館のプロジェクトあって、
祖母と一緒に
博多の祖母だけど、
と一緒に行ったことがあるし。
ほとんどはでも、
当日、
二人で行ってたね、洋館と二人で。
トモロコシがプロジェクトやってるから。
で、倉木が引きこもりになってからも
洋館と当日にJR、JRで行った
行ってましたね。
でしたら、毎回トモロコシが
玄関に立って
いろんな人をお出迎えしたり、
あと、防災っていう警備の仕事をしたり
してて、で、いつもね、行ったら
おばあがね、
あの、受付
してるって、そういうことありましたね。
親戚と一緒に、
してるって、そういうことありましたね。
親戚に会えたら嬉しかったんですよ。
いとこにもいるし。
途中からいとこの旦那さんと。
で、祖母はいつも、
玄関のときなんか何百人も
勧誘してるんで、忙しいんだけど。
帰りにね、親戚みんなで
あと親の知り合いも交えたりして、
食事して帰るっていうのが、
恒例でしたね。
あとそのときかな、
玄関の誕生日で
ハンカチをね、祖母が買ってくれたこともあったし。
集会もよく行ってましたよ。
一年に
4回集会大きいのがあって、
あとは講演会とかそれ以外の
高校生になってからは行けたんだけど。
いやー、結構行ってましたね。
まあ、移動が大変でしたね、行き帰り。
で、行ったらね、青年の人が
話しかけてくれて、
でもね、あんまり好きじゃないんですよ。
青年で好きな人一人もいないけど。
いっつもすごくね、
セミナーに行くように
勧誘してくる人が
話しかけてくるんだけど。
いやでしたね。
やっぱりあの、
休憩時間にもね、
無理矢理
勧誘してきたり。
で、休み時間はね、同級生で
来てるときまた、あと
宗教の幼馴染。
と会ったり、
祖母に会ったり
してましたね。
あとね、倉木は小さい頃は
親子部屋ってのがあってね、
宗教活動への参加
子供の部屋があってね、
倉木は小さい頃は
親子部屋ってのがあってね、
そこに行ってたけど
全く記憶はないですね。
多分周りの子供と一緒に
遊んだりは
100%してないけど。
あとケーキ持ってきて、
なぜか
あれは誰のために持ってきたのかな。
食べさせてくれた人もいましたし。
あと宗教のおばさん方がね、
あんまり好きじゃなかったね。
一人っ子なの甘やかしてもらってるでしょ
とか言ってきてうるさいしね。
あと匂いもね、香水の匂いとかも
あんまりあれだったかな。
あとはね、
その通路に青年たちがたくさんいるんで
特に高校生のときあんまり
会いたくないからあんまり嬉しくなかったですね。
宗教行ったら
嫌いな人も多いですから
そういう人に会わなきゃいけないのも嫌だったし。
それでも行ってましたね、無理して。
前半なんかね、子供が見てて面白い話だし。
もちろん公演
そうなんだけど
特にね、
今でも忘れないのが
実践したことの報告をね
経営者とかとするんだけども
教祖が
それなんかも本当につまらないしね。
あまりにも教祖の話が
よくわかんなくて
もうすごい腹立ってたときもありましたね。
で、倉木が
高校生になってからね、倉木のプロジェクトやるようになってて
前日からね、行って
リハーサルみたいなことをしてね
人間関係の葛藤
打ち合わせとか
やってましたね。で、公演会の後は
あの
反省会というか
それ教祖もね、来て
やってましたね。
でも集いに行けてたのはあれ
嬉しかったのか嬉しくなかったのかね
よくわかんないですね。
まあ義務管理っていうのは間違いないんだけど
行きたいって思いはあまりなかったですね。
あとね、すっごい
機嫌悪かったときもあったみたいで
大人になってから言われたんですよ。
最初会ったときすごい機嫌悪かったねって
まあそんな感じだったんだろうね。
あ、でも洋館とよく行ってたの覚えてますね。
まあそれぞれの集会で
まあ違いがあるんだけど
毎回同じことをやるわけではないんだけど
あ、でも帰りに
祖母を見つけて
で、みんなで食事に行こうって
いう風に言って
それは嬉しかったですね。
あといつもお小遣いね
5000円以上くれるおばさんがいて
おばあちゃんがいて
おばあちゃんがいて
おばあちゃんがいて
おばあちゃんがいて
倉木からも割と話しかけやすくてね
あと一回
いとこの旦那さんの
老いっ子が来てくれて
まあそれもあって
倉木もしょうがなくいってね
隣に座ったんだけど
あのときは
まあいつもとは違う気分でしたね。
この宗教初めて来て
どう思うんだろうと思って
あのときは忘れないね
まあ浪人中だったんだけど
あと
割と偉い人というか
孔子の人ではないんだけど
偉い人に
進路相談に乗ってもらったり
あと孔先の先生に
進路相談に乗ってもらったりね
その頃はそういうことが多かったですね
浪人中
あと東京から来た青年に話しかけられた
あとね
目が見えない人がいて
その親がね
トイレに連れてってくださいって言われて
連れてってあげて
それで
親戚と帰りの食事で
それをね
別に倉木は自慢してるわけじゃないんだけど
うちの親が
みんなにそれ話して
っていうことがありましたね
あのね
講演会の前の休憩時間が
独特な緊張感はありましたね
まあかといって
教祖の話聞いてもそんな
嬉しいわけじゃないんだけど
あんまり倉木は教祖のね
声が好きじゃなくてね
甲高い声があんまり好きじゃなくて
話は小難しいし
いやよく言ってましたよだから
親戚に会えるしね
あとね
親の知り合い祖母の知り合いが多いんで
みんななんか
もう知り合いのことを
親戚みたいな感じではあるんですよ
ある意味
ほんと昔からの知り合いなんだよね
親のね
あれよく話しかけられて
息子さん帰れとか言われて
それがすごい嫌でしたね
やっぱり自分と
さっきね自分のターミナルでは
一回りも二回りも上だから
ちょっと言いづらかったって言ってたけど
でもね
自分と同じくらいの世代の人と会うのも
嫌なんですよ
みんなすごい仲良くしてるんだけど
群れてるっていうかね
その中に入っていけないし
いつも孤独感味わってましたよ
だから
休み時間勉強することもあったかな
あれはね
つといっていうか
本部でのなんか
勉強会かなんかかな
帰り青年がね
勧誘してきそう
どうせ来るんだろうと思って
追いかけてきてから
だからもう急いでね
他の人にぶつかりながらもね
立ち去ろうとして
時もありましたね
まあでも
会員の人ばっかり
じゃないですしね
いろんな人いたいましたよ
あと
親の知り合いに車乗せてもらってね
行くのは
やっぱりなんかイベントな感じがして
嬉しかったですね
帰りなんかほとんど寝てたけど
逆に家が乗せてあげることもあったし
まあでもね
帰り拭いてて大変なこともありましたね
野球やってた時
でさえ
つといは行ってたんじゃないかな
冬は間違いなく行ってましたね
それでは明日っけ
17:53

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