動物と人間の比較
昨日ある番組で、子牛がミルクを飲んでいるのを見て、ちょっと思ったことがあるんだけど、人間の赤ちゃんでもね、意識があるような感じってないですね、なぜかというと、自分の赤ちゃんの時の記憶なんてないわけだから。
ましてや子牛なんてね、意識なんて何もないだろうと思いますよね。
でも昨日の様子を見るからにね、本当にミルクを欲している感じが、なんかもうやっぱりロボットではないし、生命を感じる感じたわけですよ。
動物の赤ちゃんと大人の動物と、赤ちゃんと大人というか、物心ついた後の人間を比較してみると、動物の赤ちゃんっていうのは意思力もないし、意思はないし、自我もない。
動物の大人は意思もないし、自我もない。これ同じ。人間の子供は意思はないし、自我もない。物心ついたら意思はないけれども、自我がある。そこが違うところなんですけど。
さっきも言ったように、ロボットのように自動的にミルクを与えたら飲んでとか、そういうわけではないと思うんですよね、人間の赤ちゃんも。そういう風な感じするけど、記憶がないから。
昨日の番組を見てもなおさらそう思うんだけど、その時に思ったのが、実は人間の物心ついてからの人間も、ロボットほどではないにしても、ほぼ自動的にできてる。オートマティックな存在なのと。
でも自我があるから、自分の意思によって、この体頭を自由に動かしてるつもりではいるけども、動物の赤ちゃんにしろ、大人になってからの動物にしろ、そんな頭を働かせてね、意思の力があって、なんていうかに思わないでしょ。
ペットに関しては命があるように感じてるかもしれないけど、例えばカエル。カエルに意思なんてないと思ってるでしょ、大抵の人は。ニワトリでもいいし、なんでもいいんだけど。命はあるとは思ってるけど、ロボットみたいなふうに思ってる人だから家畜にするわけじゃないですか、牛だって。
まあ、飼育してる人はね、それなりに愛着あるかもしれないけど。まあでもそこまで愛着あったら食べたりはしないわね。
さっきの比較の話からすると、要は自我があるかどうかだけの話なんですよ。さっき人間には意思の力があるとは言ったけども、これはあくまでも自我から来るものはね、自分が意識してるっていう意識ですね。
やっぱり人間の意思によるところ、無意識に行動するんじゃなくて自分の意思でできるところの範囲なんてほんと少ないんですよね、こんなのは。
自我の影響
まあそれがいかにも勘違いして自分の意思の力でなんでもやってしまってると思ってしまうところが自我のね、自我たるゆえになるんだけど。
以前ね、生まれてこなければよかったっていう考えはそもそもおかしくて、そもそも人間は自分っていう意識をしてるだけであって、それが自我ですよね。
でも自分なんていうのは存在しないと。
例えば単細胞生物、あれどこからが自分でどこからが自分じゃないか。そんなものはないわけでしょ。同じ生物だから、人間だって。
人間と単細胞と生物の違いは自我があるかないかなんですよ。自分があるかないかは違わないんですよ、別に。どっちもないんですよ、自分なんていうのは。
だから生まれてこなければよかったっていう考えは、まあ人間らしい考え方ではあるけど間違っているんですよね。
っていう話を前にしたんだけど、まあ今日の話と照らし合わせて考えてみると、まあ日々辛いと思ってる自分ていう存在があるわけだけども、他の動物と違って人間ってのは。
はっきり自分ていうものを意識してるけども、実際生活してる時ってのは他の動物と差ほど変わらなくて、まあ食っては寝て、基本的にはその繰り返しで。
他の動物と違うのは、まあ思考回路が複雑なだけで。でもね、目的地に行くのに複雑な経路を歩いたって、シンプルな道を歩いたって、目的地にたどり着くのと同じですよね。だからコンボ的なところは変わんないんですよね。
以前ね、動物の動画見ててね、そう思ったことありますよやっぱり。基本変わんないんだよなと思ってね。同じ動物なんだから。
じゃあ他の動物は生まれてこなければよかったなんて考えたりしないですよね。やっぱりこの自我っていうのがね、人間を苦しめてるんだろうな。コンプレックスに思ったりするのも自我のせいだし。トラウマを作るのも自我のせいだし。
他の動物はそんな過去のことを記憶したりしないからね。出来事はね。命にかかること以外は記憶したりしないから。でも自分にはこういうことがあった、こういうことがあったとエピソードとして人間は記憶するけれども。
もう一回おさらいですけど、さっき石の力があるって言ったけど、動物と違ってその分すごい自分の意識によっていろんなことを頭を使って出来てるかというと、クラキはそういう風には思わないし、そうしてると思い込んでるだけ。
だから蚊とかハエとかね、単純じゃないですか、光があるとこに夜場に行って家の中に入ってきたのとか見たらそんな感じなんだけど。単純に出来てるなと思うんだけど。
それと人間が違うのは単純に二つなだけで、結局は脳の中の電気信号で外部のものに対して反応してるだけなんですよね。
いかにも外部とは断絶された何か、自分という大きな存在があるのを感じてるけど、他の生物と同じなわけですよ。
栄養を吸収して、栄養を取り入れて消化して、排泄して、それは繰り返してるだけなんですよね、結局人間も。
冷めてるように聞けるかもしれないけど、これが事実なんですよね。
その動物の赤ちゃんを見て、頭を使って、いろいろ考えながらミルクを飲んでやってるように見えるけど、単なる本能だらしい。ほぼ本能でがっついてるだけだし。
人間がそうじゃないかと言うと、自我は勘違いさせてるだけであって、人間も同じことを四六時中基本的にやってるという話でした。
それではしたっけ。