この番組は、観察密度が異常に高い人間の思考ログです。 普通の人が言語化しない違和感や、小さなズレだけが静かに拾われていきます。結論もオチも教訓もなく、意味づけや整理も行われません。 ただ、処理されない思考がそのまま流れていきます。 語りは雑談のように軽く、ところどころに哲学的な視点が混ざる、ゆるい「雑談 × 哲学」の構造で進んでいきます。 語り手は日本に暮らしながら、日本の内側の空気に同調せず、 どこか外側から世界を見ているような距離感を保っています。肯定でも否定でもなく、ただ観察だけが続きます。 宗教を離れた経験がありながら、怒りや回復の物語には向かわず、 救いを探すこともない。ただ通り抜けて今にいる。 その静かな距離感が、語りのトーンとして滲んでいます。発達特性と宗教離脱という背景を持ちながら、 どのコミュニティにも属さず、どのラベルにも依存せず、 説明することなく、ただ背景として薄く残るだけになっています。弱さの語りにも回復の物語にも向かわず、 起きたことを起きたまま置いていく。 その乾いたトーンが、この番組の雰囲気をつくっています。 外側から見ると何も起きていないように見えますが、内部では小さな違和感が積み重なり、独特のズレが静かに可視化されていきます。 どの物語にも価値観にも組み込まれないまま、 長い時間をかけて、世界の揺らぎだけを記録し続ける番組です。
感想
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00:00
時は静かに流れ続けていた。
その途中で、スマホの充電が97%で止まっていた。
それは、記録されることもないはずの小さな揺らぎだった。
けれど、この番組は、そういう揺らぎだけを集めている。
現在は昼です。 まずですね、実績な自分としては
変なルールがあるんですね。
最近ここ、ハリーポッター見てたんですけど、それを
最近見ないでいて、
で、
あとは番組名、前みたいに1ヶ月2ヶ月とずるずる
いかないように、今日は番組概要欄と説明文と
あとカバーアウトを今日1日で決めようって計画立ててて。
最初は英語のエピソードを撮るつもりじゃなかったんだけど、最終的にもう午前中に撮っちゃって
で、夜も番組名について、昨日は考えてたけど今日はどうするのかとか
かなり綿密に計画立てて、これをするなら今日はその代わり
これはやらない、あるいはやると
そうですね、自分なりのルールですね、これは
そうですね、以前からそういうことはしてますね、筋トレ
今日はやらないけどこうしようみたいな、ありましたね。
では次の話ですが
そうですね、ポッドキャストの今は番組
カバーアウトとですね、番組名決めてて
特に
カバーアウトなんて
まあ
これによって番組はどういうものか
なるべく
アウトとはいえとにかくわかりやすくインパクトのあるものにしたいんですけど
まあ至難の技なんですよ、そんなことできるはずもないんだけどやるしかないし
あと番組名は一つ、1号あるいは2号に集約させなきゃいけない
これももうちょっと戸惑ってますね
で、あとは番組説明も完成したんですけどやっぱり
逃げ切らない部分があって、でですね
一部分だけ変えればいいんですけど、もう全て変えたくなるんですよね
03:03
なんか小学生の時思い出してましたね
いや、もっと大きくなってくれれば、そうですね
完璧Cなんてもう
一部分だけ変えるってできないんですよ
これ何度失敗したかとか
では次の話ですが
どうですかね、自分が何か考えてて
感情が変わる、これはよくあるし理解しやすいことですよね
嫌なこと考えてて気分が悪くなるってありますよね
じゃあ、嫌なこと考えてて体調にまで影響出るってなかなかないですよね
ストレスってもっと長期的なことでたまって
体がおかしくなるまでストレス止まるってのは
もっと長期的なことだと思うんですよ
自分はですね、考えてたら体にいろんな影響出るんですよ
例えば車酔いみたいな状況になって声悪くなってるし
空想してるだけで
でですね、じゃあ逆に
感情によって自分の考えが変わることってあんまりないような気がしますよね
その時の気分によって自分の考え
今の考え事が作られるということはなさそうな気がしますよね
でも自分はですね、相当影響を受けるんですよ
でもこれ誰でもそうかもしれないです
暗い気分の時は
それに操られて自分の考え方もそんな感じだから
自分でコントロールして考えることを決めてるわけじゃないんですよ
夢と同じなんですよ
夢ほどではないにしても
その時の感情によって自分の考えってできてると思うんですね
そればかりが自分の場合はですよ
体の状態で感情が変わる
これは普通ですよね
体調いい時はいい気分だし
ストレス止まってる時はそうじゃないし
でも自分はですね、それだけじゃなくて
自分の考えも変わるんですよ
直接気になってきたんですよ
体の状態、いろんな状態、いい悪いだけじゃなくて
複雑な色々ありますよね
なかなかそれを察知できないし
自分の場合特に体調もそうだし
体の状態ってなかなか理解できないんですけど
でもですね、だからこそ不思議なんですよ
自分の考えって体の状態によって変わってくるんですね
こういう経験ないですか?
夜寝てる時
トイレ行きたい時は
そういうトイレに行く夢みたいなことありますよね
自分は起きてる時も体の状態で
感情がおろか、考え方も変わってくるんですよ
06:02
それに影響を受けるんですね
ほんと不思議な気分になります、だから
そうですね、自分の日々のルーティンで
無意識的にやってしまうとダメなんですね
かといって意識しすぎてもダメなんですけど
身につけた技というか工夫してですね
到達したところがですね
これも変かもしれないんですけど
もちろんいつも通りの工程を踏むんですけど
なるべく早くやるようにするんですよ
せっかちなせもあるんですけど
その方が運動にもなるし
リラックスはしてるんですけど
もちろんダラダラしてる感じではなくて
とにかく一瞬一瞬に集中して
気持ちとしては一瞬一瞬に集中して
なるべく早くやるようにしたら
ちょうどいいんですよ
意識もしすぎないし、無意識しすぎもないし
あとですね、今日スノーマンのメンバーがですね
こうやって人気出てきて
いろいろ言う人もいるけど
抗うために今こうやって
ダンスの大会に出るんだみたいなこと言ってて
大変おかがましいんですけど
自分もニヒルに負けないように
こうやってストイックに生きてるところはあるんで
多分本人なりのそういう結論なんだろうし
自分も自分にはこれが合ってると思うし
そうやって同じように
何か抗うために
一見全く関係ないようなことをして
でもそれが実は遠回りなようで
ちゃんと抗うのにいい手段で
っていう人他にもいるんだなと思ってね
本当に感動してました
あとですね、これ中学生の時なんですけど
自転車乗ってて出前のやつが
すごいゆっくりだったんで追い越したんですよ
したらですね
それまでゆっくり走ってたのに
追い越してきたんですね
スノーマンは行ってくれればいいんだけど
ここでゆっくりになるから追い越したんですよ
あまりに遅いんで
これ何回も繰り返してきたんですね
だからそいつにこうやって行ったらよかったな
って空想してました
いいかお前
あまりにもゆっくりだから
もう追い越すしかないんだこっちは
常識から言ってその考えたらおかしくないよな
君は常識あるよね
あるんならわかるでしょ
自分が追い越して
そしたら追い越した途端
09:00
無気になって自分を追い越してきて
そのまま行ってくればいいのにゆっくりになって
それをまた追い越すんで決まってるでしょ
ちゃんと説明してればよかったかなと思って
ちなみにそいつ知的障害だったんですけど
番組名について考えて
コロコロ考え変わってるように聞こえるかもしれないんですけど
自分は虚無に比るですね
でもなく
意味を求めてる物語でもなく
かといって揺れ動いてるわけでもなく
結構そういう人多いと思うんですよ
自信がなくて揺れ動くっていうわけでもなくて
静止してる状態
そもそも意味を持つという回路自体
もう遮ってしまった状態だと思ってたんですね
でも実は自分は虚無に
使ってなかったわけではないんじゃないかと
どっぷり使ってたんじゃないかと気づいたんですよ
こうやっていろいろ繰り回して解釈してると
とても意味なく感じてしまうんですけど
今はとてもこれ大事なことで自分にとって
実は虚無の中で
でも逆にですよ
よくその中で
自暴自棄になったりどうでもいいって
ならなかったなと思うけど
これに関しては
やっぱり鋼の規律があったからなのか
他にも何かあったのか忘れないし
でもその理由を探すこと自体が
意味を求めてるのかもしれないですね
でも自分は究極的なにひりの中にいたんでしょうね
でも世間の人って勘違いしてると思うんですね
絶望っていうのは
まだそこまで究極的なにひりじゃないんですよ
まだ物語を求めてる状態なんですね
絶望と希望はだから一体なんですよ
その奥に光が見えてるから絶望できるんですよ
本当に物語を求めなくなったら絶望すらできなくなるんですよね
さっき言ったように
普通にひりになったら自暴自棄になりますよね
でも自分は凝視してたんですよ
で、立ち続けていた
でもそれは自分でそうしようとしたっていうわけじゃなくて
もしですよ
自分がそのにひりな状況で絶望したら
その時はですね
救いに逃げることになるんでしょうね
ある意味それも救いだし
12:00
後の救いを求めてる状態だし
さっき光って言い方したけど
救いに逃げるとどうなるかというと
本当に絶望するんですよ
救いなんてものは幻想に過ぎなかったって
これも物語だって気づくんですね
そうなると完全な崩壊になるんですよ
だから物事に意味はないと
分かってはいるけれどもそうするしかなかったんです
すごいことに切れてしまったんですよ
長い間ですね
なぜこの虚無の中で直立し続けられてるか
考えちゃうんですよ
毎日のルーティン、規律、ストイックさ
それに抗ってんのかと思ってたけど違いましたね
自分がなぜ立ち続けられたかっていうと
宗教にいた20年があるからなんですよ
だから簡単に言いますね
簡単に言うと
言葉は間違ってるかもしれないけど
この世の中には生きる意味なんてないという
そういった真理を
真理なんてないんですけど
そういった真理を
もう深底分かった
中途半端じゃなくて分かったからこそ
この虚無の中で立ち続けられてるのかなと思いました
以前ですね
自分は宗教で実験者だと思っているんですよ
思ったことあるんですね
単に妄信してたわけじゃなくて
拒絶反応がありながらも
なんとか熱心に信じようとして生きてきたわけです
実験したからこそ
実際は意味なんて幻想だと気づけたのか
もしくは光という
崩壊があったからこそ
二度と救いに寄りかからないという風になったのか
でも骨の霉まで悟ったのかもと思いますね
感覚的にはそうですけど
それがないことを悟ったんでしょうね
あともう一つ気づいたことがあって
もちろん規律生活のルールがあるからというのもそうだけど
あとはですね
生活していくための国際証言の
目の前のあることに対する意味を感じてるっていうのはあるんでしょうね
例えば食事中
ただ何かのためじゃなくて
15:02
あくまでも味わう
何か目的があるわけじゃないんだけど味わう
以前は目の前のあることに一点に集中すると思ってたんですけど
そんな綺麗事ではないんですけど
あとはですね
物理的な感触だから
自分は意味じゃなくて感触で見てるんですよ
それは関係ないかなと思ったんですけど
そこには信頼を受ける
物理的な物事の感触だったり
物理的な反応
例えば食事中であれば味を感じるとか
そういう肉体的な身体的な
試験からの反応
物理的な事象は信じれる
それは目に見えるものだけ信じるとかじゃないです
自分はその目に見えるだけ信じるとか信じないとかって意味がわかんなくて
だから幻想っていうか
オカルトを信じるか信じないかって話ですよね
そういうことを今言ってるんじゃなくて
言い事してるのではなくて
もちろんオカルトも信じてないですけど
それとは別に
あとですね
宗教にいた20年
ニーチェもそうなんですよ哲学のニーチェ
やっぱりその反動っていうのもあるでしょうね
いつも主張してますけど人生に意味ないんで
そういうエネルギーが出てくるのはその反動でしょうね
ただ今言ってるのはこうやって
どうやってこうやって自分は生存してるかというと
どういうエネルギーなのかというと
エネルギーなんてものは
まあでもないかもしれないけど最小限の生活を駆動させる
最小限のエネルギーはどうやって出てくるかというと
動物的な本能それから
宗教に入ってて
心底に生きる意味がないということを理解したり
それを信じてたからこそ
でも打ちのめされたりもしないし
まあ普通に生きる意味ってないだろうなって気づいて
常談に一人が分かってて
でもこの20年が大きいと思うんですよね
生きる意味があると信じても拒絶反応があって
まあとにかくとんでもないリアリストができたってことですね
あとはですねまあ規律
18:01
自分が規律よりももっと本質的にこうやって生きてる
生活できてるこの理由を考えてみたらですね
相当何かがあるはずなんですよ
誰かに支えられてるとかそういうレベルの話じゃなく
そういう問題じゃなくてそれはもちろんそうなんですけど
自分で何とかしなきゃいけないですからね
この孤独な中に生きていくのに何とかしなきゃいけないですから
でもよくこのにひるという虚無という孤独な中で生きてくるなと思うけど
まあ普通はそこで折れたりするところでしょうけど
自分はこの世界は虚無だからこその対抗心なんでしょうね
それは絶対あると思います
だからこそ意味がないからこそ
直立し続けてあるっていう対抗心は絶対あると思います
話ちょっと変わりますけど
今日ある男性アイドルがダンスの大会に目指してて
女の子の学生さんと組んでて
何年かアイドル来て
棚からボードが落ちてあるんだなと思いました
弁当3時間もかけて作って持ってきたみたいなんですよ
スノーマンのメンバーなんですけど
いやだって年頃の女の子めちゃくちゃ嬉しいじゃないですか
応援してるグループの人が弁当作ってきて持ってくるんですよ
いや人生何が起こるかって分かんないもんですよね
自分も全くそういうことなかったわけじゃないんですけど棚からボード持ちっていうのは
まあでもあんまりパッとは思いつかないですね
では食事の話ですが
まずキムチがいつもと見た目が違ったんでパニクリ
でその後はなんか餃子の中身みたいなコロッケでしたね
初めてのコロッケありました
ただ衣の意味があるのかなと思って
自分は衣と中身のバランスとかすごい計算して食べるんですよ
あとですね
前言ってた
今また柚子効かなくなって一つの具材食べ終わるまで次に行かないっていうのは理由が分かりました
あのですね
まずは絶対集中できないってこと
もう一つの方に気持ちが行ってしまうってこと
あとは好きなものを後にしときたいっていうのと
あとは忘れました
えーとですね
ずっと前に気づいたことではあるんですけど
ここで話してないんで話そうと思うんですけど
21:00
食事中うまく食べれたとするじゃないですか
自分らが食べるの下手なんで
この食材はこう食べた方がいいのかと思って食べるじゃないですか
で次同じことしようとしますよね
したら絶対うまくいかないんですよ
多分この世の中ってあらゆることが変化してるから
変化してるのに対応せずに前回と同じことをしようとしたら
絶対うまくいかないんでしょうね
多少変化しなきゃいけないわけですよ自分も
そこを執着して前と同じようにしたらダメなわけです
だからブッダが言いましたよね
そこは執着しないでいなさいと
主義は無常なんだから執着してはいけないって言いましたよね
生活のこんなちょっとしたことですよね
でもブッダの言ってることって
人生の大きなことよりもこういう一つ一つの一瞬一瞬に
なんか宿る気がする宿っているんですよね
あとピーマンとエビチリありましたね
でも今日も高校の例の女の子を二人でなんですけど
バスに行くまで話しかけてくれたなとか
もう一人の女の子も話しかけてくれたわけですけど
デートに誘ってくれたわけですけど
その後悔が今日もあったし
部活自分が見た時どう思ったのかなとか思ってたし
いつも辞める前に試合ですごい応援してくれてたんですよ
あの時もどんな気持ちだったのかなとか考えてたし
でもこうやって人間の生きる意味を考えなきゃいけないのも
こうやってイントン生活を送っているからなんですよね
逆に世間の人はなぜいちいちそんなこと考えなくていいというと
人間って絶対周りに流されるから
行きたくなかろうがどうだろうが周りに流されて生活しなきゃいけないから
時間に追われるから逆に救われているわけですよね
でもこれは多分こういう人は他にもいるんじゃないかな
絶対的な幻想を持ったわけです宗教入っている時に
それが崩れるって相当大きなことなんですよね
それって自分にとっての自分を強化なものにする
簡単に言っても心が折れないようにする
安易な希望や救いに対する備え
24:08
交代ですよねができたようなことなんだと思います
あと宗教時代に何度も意味というものを信じていて
絶望 矛盾に気づいたり
疑問が出てきたり自分は妄信していなかったので
切れない言い方すると誠実であったので
それが非常に苦しめてきたわけですけど
なので小さな光を信じてその後それが崩れた時に
どうなるかということを何度も軽減させられたから
物語に逃げることはなかったんでしょうね
あとそういう多少そこで裏切られても問題はなくなったんでしょうね
これは分かんないけど宗教やってる時
自我とか個人の欲望とか失せなきゃいけないんですよね
神に委ねなきゃいけない
自分も確かに導かれてると思ってました
物語が破綻した時に
そもそも自分という主人公が存在しなかったから
絶望することもなかった物語に逃げる必要もなかった
だとしたら他の会員さんも他の信者もそっか
他の信者とそこはだいぶ違いますからね流圧が
でももしかすると主人公がそもそも存在しなかった
と言ってもまあ自我はあるんですけどね
そういう感覚は薄いかなと思いますけど多少あるかもしれない
でも神に委ねてはいなかったかな
ただそのまあ委ねてた
委ねてたっていうか依存してたってわけじゃないけど
自我を捨てる過程は踏んできたかもしれないですし
もしかしたら自分のこの感情の起伏も自分にとってノイズなんですよね
これは感情の起伏っていうのは煩悩でしたから宗教入るとき
感情生存の邪魔なノイズとして
まあ宗教時代からそれは処理できるようになって
それはでも全く目的は違うんですけど結果的に
それによってまあこうやって今どこはもしかしたら変わらないのか
表面的な部分だけは同じなのかわかんないですけど
27:04
これも不思議なもので虚無の中で立っていられるとは言ったものの
この虚無だからこそ完璧主義にならないし
変に期待しすぎないし
だからブッダのなんか教えと通ずるとかあるような気もしてて
まあそれはいいんですけど
それはさておき
ニヒルだからこそ生きてられるこうやって
ニヒルになって自分は精神的な安定を保てているわけですね
不思議なもんですよね
ニヒルの中だからこそ
虚無に飲み込まれないようにしなきゃいけないんだけど
虚無ニヒルの中にいるからこそ助けられてる部分もある
不思議なもんですね
自分は以前鬱と強迫症障害の両輪が必要だって思いましたけど
今回の話とすごい通ずるとこありますね
強迫症障害ってのは規律ですよね
鬱っていうのはその虚無面白いですね
でも2日連続で徹夜で番組名について考えなきゃいけないんで
結構へこたれてるんですけど
その中いろんなこと考えてました
自分は繊細に人の心の奥までいろいろ感じてしまうんですけど
中には全くそんなこと気にならないっていう人もいるんです
自然にその人の話が入ってくるっていうケースもあって
天才的だと思いますね
芸人さんでいたのと
芸人さんで
私と組かな
なかなかいないですよやっぱり
その人の裏の部分を見ちゃうんですかね
どういう含みがあるのかなとか考えちゃうのかなと
でも気が強そうな人はあんまり気にならないかな
安心して見てられるのかなと
次の話ですが
ルックスって不思議ですよね
世の中の人はいかにも正解があるような感じですよね
30:01
だからこの人はイケメンだとかそういう風に決めつけるわけでしょ
その割には結構記事なんか見ててもですね
好き嫌いは人それぞれ違うっていう
それもみんなわかってるようだし
だったらこの人はルックスが良い悪いって決めつけれないと思うんだけど
でもルックスって不思議ですよね
そういう認識でありながらでも
はっきりこの人は美人だとか
自分が美人だと思う人かっこいいと思う人はみんな同じように認識してるっていう
風に思うんですけどそれも錯覚なのかもしれないし
でもそういった基準もあるような気もするし
でもやっぱり人それぞれ全然基準なんか違うし
あとですね
虚無だからこそ期待しすぎないし不安にもならないんですよ
なりすぎないんですよ
あと使命感っていうのも捨てました
なんでかわかりますかね
あと完璧主義になりすぎないっていうのもあります
あと生存手順
規律がないと虚無の中へ行けないけれども
虚無だからこそ生存手順できるという矛盾があるんですね
さっきは両輪って言い方したけど
うまくお互いを手取り合って円管になって
いい具合にループしてるんですね
潤滑油にもなってるんだろうし
現在夜です夜中です
今1階に親がいるんで
トイレに行けなくて30分以上経ってたら
腹の調子が悪くなりトイレで何十分も経ってしまい
しかもですね
10年以上前から袖を肘まで上に上げてるんですね
手洗えなかったりしっかり手洗えなかったりするので
そういう理由で上げてるんですけど
どんどんズレ落ちてくるから困ったし
番組名についてまだいろいろやらなきゃいけないこともあったりして
立ってる時右足のかかとが痛いんで左足で立ってるんですよ
それも疲れるし
大変でした
あとですね
33:02
ある歌手がアニメのエンディングテーマをやってて
インタビュー受けてて
多分主題歌のパロディというか真似してる部分があって
それを聞いたら
よくアーティストの人言いますよね
それは聞く人に想像してもらえればいいですみたいな
ことを今日この人も言ってたんですけど
でも明らかに主題歌のオマージュでしかないんですよ
だからあの時なんでああいう風に言ったかなと思って
何度も考えてしまいましたね
あとですね
番組名について考えてて
英語についての勉強にもなるし
いいかなと思ったんですよ
でも話す時点ではアウトプットする時点では
そんな難しい単語を使うわけでもないし
じゃあ何の意味があったというか
別に全く意味なかったんだなという意味では
気づいて愕然としてましたね
あとですね
フォトギャストで英語回撮ってるけど
こんなことする人いないんだろうなと思っているんですけど
でもですね
世の中で個性的できてる人見たら憧れるわけですよ
なんでこういう風にできないかというわけですよ
だからまあこれに関してはですよ
人と違ってていいんだと
人と違っている理由でそんな
詐欺する必要ない
ああ違う
卑下する必要ないし
ただやっぱりそういう思いも拭い去れないんで
やっぱりもうだから続けるしかないですねこういう場合は
宗教にですね育てられたのにも関わらず
まあこうやって虚無になってるってのは珍しいんですけど
ただですね
宗教にいたからこそ虚無の中に立ち続けられている
とも思うんですね
どっか一歩引いたところで見てるというかですね
煩悩に飲み込まれちゃいけないから
そう今は虚無に飲み込まれちゃいけないけど
まあ虚無自体は煩悩ですけど
36:05
まあ同じことなんだろうけど
当時はでも宗教やってたんで今とはやっぱり違うわけですよ
んで虚無に
あ違う煩悩に飲み込まれないように
つまり一歩
引いて観察するっていう癖があったんですね自分の心の状態
ああ今こういう感じになってるなって一歩引いてみる
だから
まあ客観的に見れてるとは思わないので
まあでも
救われたいというか本当に思いに流されないのは
そういう思いに
訓練されて
きたからだと思います
一歩引いた目で自分の感じを見ること
癖がついてるから
新たな救いに
逃げないでいるのかもしれないです
あと巨大な意味体系にいたわけですよねで
そういう物語希望が崩れる感覚を知ってるからこそ
何か新たなこれがあれば大切なものを持ってれば何とかなるみたいな
あとは新たな救いとかに飛びつかなかったんでしょうね
救済の副作用を知ってるわけですよ
あとですね虚無っていうことが
あと煩悩だからこそ
異常事態っていうよりも
天気に例えるとですよ
まあ
雨の日もあるよなっていう程度のこと
だからそんな異常事態だとは思ってないから
逆に刺激をやってたからこそこの虚無に耐えれてるのかもしれない
あとですね
さっき言った生存手順よりも
何とか規律よりも自分を支えてるものとして
現実との接続を切らない性質
結構自分の核になったりする性質かもしれない
現実から視線を離さないってことですね
これってそんな難しいことじゃなくて
よく言うじゃないですか
現実から目を逸らすって
そういうことができないからだと言ってもいいかもしれないですね
だから幻想へ戻れない感覚なんでしょうね
あと虚無の中でいられる本質的な理由ですけど
物語の構造が見えてしまったんでしょうね
物語によって人はどう作られ
どうやって依存する体質を生むんでしまうか
39:00
だから飲み込まれないんでしょうね
残念ながらというか良かったんだけど
骨のついまで理解してしまったんでしょうね
あとですね
大人の人は意味がないと動けないんですよ
でも自分は
自分も同じです
意味がないと動けないんだけど
それが少なくて済んだんでしょうね
だから虚無の中生きてられるんでしょうね
だって虚無であることを悟ってしまったわけだけど
こうやって生活できてるわけですから
これもそういう生まれつきのもんですけど
自分にとって虚無というのは
平地なんですよね
落下するもんじゃなくて平地なんですよ
なぜかをなったかをさておき
平地だったんですね虚無っていうのは
でもそれは宗教の中にいたから
物語の内部から見てるような感じですよね
外から拝見してるというよりも
40:07
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