潔癖症との向き合い
革命です。
倉木は潔癖症も強迫性障害もあって
それをね、なんとかバランス感覚を持って制御しているつもりなんですけど
まあ、そんな話なんですけど
まず1つ目ですけど
まあ、冷静になれているつもりでもあるんだけど
まあ、他の人も、まあどうなんだと
一般的にこんなことはよく起きることだから
大丈夫だっていう風にして乗り越える
例えば、トイレでね
あのー、まあ夏深いけどフリスなんかは便座に当たってるんじゃないかと
前から懸念事項があって
でもね、これ、いやー
結局ね、すごい倉木は前かがみになるから
他の人は普通に座っているのかなと思ってね
下から飛んでくるのもやだし
ここのが腸の位置とかも
腹閉じ込まった方がいいのかなとかね
考えてそうしてるんだけど
でも他の人は腹痛い時とかこういう体勢になるかなと思ってね
なんとか自分を慰めて
で、二つ目ですけど
壁に当たったりして、トイレの壁とか横のとことか
出るとこはどうしてもしょっちゅう当たるし
あとは一階の洗面台に行くとこのと
だったり、まあ
手紙とか置いてるとこの棚とか
着替えるとき、あと
トウモロコシの椅子
キッチン
あと洗面台の前のとこ
なんかは
今までも普通に当たるだろうと
これ当たるのはしょうがないだろうと
こんなこと気にしてたらどうするんだっていう風に考えてですね
大丈夫だろうと
あとこれは自分の都合のいいような考えだし
でもね、潔癖症の人って
人それぞれ症状が違うのは何でかっていうと
だから自分に言い訳しちゃってる
自分に都合のいいように考えてる
不安からの解放
体なのかななんて考えるんだけど
例えば
クラケにとって寄生虫が一番怖いから
何も空気中に漂ってるわけないしだからね
掃除しないのなんかもね
これはね、掃除するのかえって誇り立つからだと思ってるから
ちょっと話が違うけど
これもなんかも別に大丈夫です
でも昨日考えましたよ
潔癖症の人だったら絶対しょっちゅう掃除するんだろうなと思ってね
だからクラケは空気中のものは大丈夫だと思い込んでるんですよ
でも実際はどうかわかんないしね
自分に都合のいいように考えちゃってるんだけど
そうしなきゃやってられないっていうかね
空気中のことまで考えてたらもう
やってられないというか
どうせそれなら
手洗わなくてももう
誇りしちゃってるんだしって
なっちゃうのが一番
いけないことだと思ってるんで
それで無神経になっちゃうのが一番ダメだと思ってるんで
何も守れなくなるからね
でなんだけどそれで
あの階段の手洗いこれなんかは
いや思い出せないんだけど一回雑巾で拭いたりしてんのかな
してんのかわかんないし
でもこれ
触ってたのは昔のことだから
これで時間も経って色んな細菌もなくなってるだろうって
いう風に都合よく考えてますね
シーツなんか買えないあんまり買えないんだもん
シーツっていうか布団ですね
これなんか着替えるときに
服に汚いものは何回も着替えてたら
ついてなくなるだろうって
だからシーツ布団のカバー買えたって買えなくたって
そんな変わんないよ
シーツも買えるしっていう風に都合よく考えてますね
そういう風に自分を慰めないとね
やってられないんですよ
自分の言い訳を言ったりしないと
脅迫性障害の人って脅迫行為をするわけですけど
これをやったら大丈夫みたいな
それとはちょっと違うけど
それの要素もまあありますね
こういう時は必ずこういう風に考えると
パターン化してるんで
最初言ったこんなこと気にしてたら
普通は
普通の人どうなるんだみたいな
これまで長くよく考えてきたかな
あと変な習慣があった
朝はトイレでティッシュは
最初のほうはかなり反るっていう風にしてて
これなんか忘れたとしても
今朝なんかもね
忘れてはいないんだけど
朝食後
朝食後どうするんだったかっていうのを忘れちゃいましたね
ただね
これも曖昧で一度真似から
撮るようになってたんだけど
で、今朝は撮らなくて
でも
どうせ汚いとこ含んだしっていう風にして
安心させてますね
こういう時はね
日常のマインドセット
ただ自分に都合のいいように
捉えたりはしないんだけど
大丈夫な理屈は
必ずなきゃいけないっていうルールはあるんですよ
あと魚に何かついてても
ちょっと昨日もなんかね
動いてるような気がして
息であれなんだろうけど
あの
横につけといたものがね
魚焼いてるから大丈夫だろうとか
あとはいつも考えるのは
洋館はうまくやってることだから
大丈夫だと
でもね
食事中はなんかそうやって自分に活かして
ただ
うまくやるだろうっていう風に
考えているんだけど
ただキッチンでね
今汚いもの触った後
ガス消しただろうとかね
実際にそうやって
ミスることもあるわけですよ
そういう時は自分を慰めたところでしょうないんでね
こういう時は必ず言うんですけど
だからその
いちいち何か気になっただけで
自分を慰めるのって
時間の無駄だなって気づくんだけど
でも洋館の行動に関してはね
やっぱり
意識がいっちゃいますね
なんでこれ今まで話さなかったんだろうかな
あの
洋館が
の行動に意識いくってこれは
やっぱり脅迫性障害ならないだろう
だろうっていうかまあ
他の人こんな
ここまで気にしないんじゃないかな
暇だからなのかなどうなんだろう
動画見てない時間とかね
でも食事中だ
でもやっぱり
気になりますね
あとは以前はねカーテンが
開いてるような気がしたら
それ必ず見て
ああ開いてても
大丈夫だと
さっきも言ったように
今までも開いてる音あっただろうと
もしくはもうすでに
開いてて大丈夫なのか
徹底的に考えて
言うことなんかだと
大丈夫であるっていうことを思い出さなきゃいけない
っていうルールがあってね
こんなこといちいちしてたら
食事に集中できないから
そういうものはどんどん減らしていくんだけど
でも
慣れるまで時間かかりますよ
で今までにないようなことだと
やっぱり意識に
とどまってしまうし
意識してしまうし
で前よりはだいぶね
自分を慰めて
あんまり考えすぎないようにしよう
っていう風になりましたね
もう10年以上前から
前だったらね
これどうでもいいことで
正の字書いてね
大丈夫かな
って考えて
いろいろ理由を考えてね
これなら大丈夫だって
いう風に慰めてたけど
今はいちいちそんなね
大丈夫かな
大丈夫かなとは考えないですね
サララップとかサララに
とか箸とかに
なんかついてるような気がした時は
あの小鉢に何かついてるような
時もあったし
でもそんなんで
そんなのは別にね
食べ物がついてるだけだろうとか
しっかり洗えてなかっただけだろうとか
そう思ってたし
だから今回もこれも同じことだった
でもね
それいちいち考えてるあれなんだけど
考えるルールがあったから
数週間なっちゃってますね
結局そういうのは全て
安心させる
っていう材料になってるんですね
そういうことやってるんですよ普段
今回お話ししてること
だから
四六時中ずっとね
ほとんどそんなことやってるっていうのは
言ってもいいぐらいですね
そこまでそんな時間に
ゆとりがあるとも思わないんだけど
さっき話した二つのパターンが多いかな
テレビなんか
番組見てるときなんかは
以前よくやってましたね
自分がなんとなくね
こんな見たくないなって
こういうの見たら
なんかいろんなことが起きそうな気がする
倉木の確認作業
これも教学生障害の一種だろうけど
こういう時は
ただの動画だから大丈夫だった
あと厳格義なんかやりすぎて
大変な時も
これはこんなのオカルトだから大丈夫だと
ある程度ね厳格義も制御しなきゃ
あまり増えすぎたら困るんで
そうやってやってますね
まぁでもこんな確認する必要もないようなことまで確認しちゃってるんですよ
例えば裏の人が庭掃除してたら
外は関係ない
外で車の音聞こえたら
外のことは関係ないっていう風にして
そんなルールもなくしたいんだけどね
他には教学生障害な自分でも
安心できるようにやってることとして
というか次の行動に
移るための作業ではあるんだけど
だからこそね
それやんないと
コードが上手くいかないですよ
でも教学生障害の教学行為ってね
一応治療するんですよね
まずコード療法ってことでね
だからなんとかなくせないかなとは思うんだけど
だからね
別に潔癖症とは関係ないこと
例えばストーブ付けるケスも
ストーブの音だから大丈夫なんだと
最近もトイレ行って
確認作業でやっぱり多くなっちゃうんですよね
気づいたら多くなってる
今日はストーブ付けなくていい日だからとか
そんな確認をしてたから
それをなくすっていう確認をまだしてましたね
それでもやっぱりしちゃうんだけど
確認をする必要があったかどうかの確認をしますから
あとはね
砂が乾くたぶんにフリースの着地下に下ろしたり
あとは
ズボンに挟まってないか
っていうかこれも決まりなんだけど
着替えた後に直したり
寝る前に直したり
これはもう上のものは大丈夫だと
これも以前に何回も徹底的に考えたんで
上のもので何か起こることは基本的にないんだと
食事中は机の上のもので特に問題起きることはないんだと
ちゃんと拭いてくれてるし洗ってくれてるんだから
あと食べ物が
食べ物なんだからね
なんか口の中に違和感あっても
口の中でも大丈夫だとか
例えば椅子の上に落ちちゃったのかなとか
でも見なかったなとか不安に思ったり
服の上についてないか不安に思ったりしても
食べ物だから大丈夫なんだと
これも確認済みなんですね
それは大丈夫なのかどうかっていうのは
あとはね
昔のことで
あれ食べたけど結局大丈夫なのかなとか
こういう時はもう
はるか昔のことだから
もう全然大丈夫なんだと
いう風に自分に言い聞かせますね
こういうことは結構多いですね
あと
ネット関係のことはこれは
どれが暗くても今画面で見てるもこれは
そこに何かあっても基本的に大丈夫なんだと
言い聞かせてますね
あとポッドキャストで
何か最後別れの挨拶してないかなとか
今これ話忘れてないかなとか
タイトルちょっとおかしくなってないかなとか考えても
いずれも見せても大丈夫なんだと
命には影響ではないけれども
そんな感じのイメージで
言い聞かせてますね
あとズボンに手が振れちゃった時なんかは
膝より上だから大丈夫なんだと
あとトイレで大と小間違えてないかなって
前は不安で落ちたし今でもね
思うけども自分に
それも隣の言葉があって
これ大丈夫なんだと
トイレに行くか行かないか間違えても
言い聞かせてますね
それでもいろいろ確認しちゃうんだけど
あとは鼻には変わって触っても
鼻だから大丈夫なんだとか
上の方のものだから大丈夫だとか
見上げながらそれ飛んできても大丈夫だとか
口の中のものは大丈夫だとか
耳は大丈夫だとか
耳掃除する時とか
食事で毛が皿の中に入ったら
これは毛だから大丈夫だとか
白髪だとしてもこれは毛だから大丈夫だとか
考えて安心させてますね
本当に何か問題あった時も
安心させてしまわないか
心配だけどそこら辺は
バグることはないと信じているんだけど
あと
代表する時と主張する時じゃ
走るか歩くかでも違って
でもこれは歩き方の問題だから
そんな問題は起きないと考えたり
あとスリッパ
うまく履けなかったりひっくり返したりしても
これはトトスリッパに関しては
大丈夫なんだと自分に言い聞かせたり
あと椅子に座ってる時とか
うたた寝してる時とかベッドでとか
なんか夢見たりするとね
今何してるかわからなくなるんですよ
だから何も行動してない
今のは単なる幻想で
ベッドの上で寝てるだけでじっとしてるだけで
ただ座ってるだけで何もしないっていう風にして
安心してますね
あとはクラキなりのいろいろ
脅迫観念もあるんだけど
自分なりのルールでね
これは大丈夫だと
あとはねこんなのは単なる脅迫観念だっていう
そのまま自分に言い聞かせて
これはもう10年以上前からやってますね
でもいちいちこれは脅迫観念だなんて言葉を唱えるのも大変だから
それは自分なりに工夫して
ある時は一点を見つめたり
っていうこれも脅迫行為なんだから
それ自体あまりやらないほうがいいんだけど
あと爪切る時も
爪何切ってるだけだから大丈夫だとか
あと何かを取る時スマホとか爪切りとか
前だと歯ブラシとか
これは物を取ってるだけだから大丈夫だとか
置くだけだから大丈夫だとか
置くのを忘れたとしたら
次の行動に移れないからそれは大丈夫だとか
あと着替える時は
ここに座ってる時にやることは大丈夫だとか
フリースカーディガン着る時も
ここでやることは大丈夫なんだとか忘れることもないし
順番おかしくなることも絶対ないんだとか
何か忘れてることがあるんじゃないかとか
言う時はそうやって言い聞かせてますね
安心のためのルール
それでは下っ毛
それでは下っ毛