創作活動の心理
こんにちは、ぽぬです。ぽぬ日々、ぽぬ日々では、ぽぬが日々ぐるぐると考えているいろんなことを言葉にしていく番組です。
暇つぶしんどうぞ。 今日は、
飲んでるお茶は、ぽぬ日、ん? 恋日記じゃないけど、まあ行ってこうかなーと飲んでる時は思いまして、
ちょっとマイクがよく聞こえません。
思いまして、 えーと、悟空茶僧さんの
とうちょううろん茶をホットでいただいてます。 さて、本日、本日というか今回は、
なんて言ったらいいのかな? 絵とか、まあなんでもいいんですけど、趣味をやってて、
自分より優れてる人を見つけた時に、自分、
やらなくていいじゃんって思っちゃう心理というか、 気持ちについてちょっとぐるぐるしていこうかなと思ってます。
ぐるぐるするかな? えーと、
私もそういう気持ちがあって、 お友達が
そういうことを言ってたんですよ。 なんかお友達はコスプレイヤーさんなんですけど、
コスプレ上手な人見て、じゃあもう私、 やらなくていいじゃんって言ってて、
いやー、私も思う、同じことを思うなーって思ったんですよ。
で、なんでそんなことを思っちゃうのかなーってちょっと、
考えてて、
皆さんは、もうなんだろう、私が答えを出さなくても答えを持ってると思うんですけど、
まあ、お付き合いいただけると嬉しいです。
今回台本全くないです。
なのでちょっとグダグダになっちゃうと思うんですけど、 よろしくお願いします。
自分の満足との向き合い
たぶん、なんでそう考えちゃうのかって思う、考えた時に、
たぶん、作る楽しさと、
作る目的なのかなと、インプットする、アウトプットじゃなくて、インプットをする喜びがごっちゃになってるなーって思ったんですよ。
自分で絵を描いて満足するってことは、
絵を描くこと自体に満足するんじゃなくて、 自分の絵を見た時に、
素敵な絵だなーって思って満足することを同時にしたいってことじゃないですか。
同時に、自分一人でやりたいわけじゃないですか。 なんかそこに、
ちょっとあれなところが、なんだろう、
引っかかりがあって、 そこを断ち切れたなら、
だいぶ楽になるのかなぁと思っています。
自給自足って言ったりもするんですけど、
自給自足ができるようになるのって、相当努力して、
なんだろう、優れた技術を持たないと、 なかなか難しいというか、
いや、違うな。
優れた技術を持ってなくても、自分で描いたものに満足することはできると思うんです。
ただ、理想が高すぎるんですよ。
理想が高すぎて、
満足できなくて、
自分のことを否定しちゃうというか、
でも、作ることへの、描くことへの喜びを、
ちゃんと理解、理解、
自分で飲み込めていれば、なんだろう、
描くことで、
喜びを、快感って言いたいのかな、
快感と言ったらデカすぎるんだけど、
楽しいっていう気持ちを、
ちゃんと得られれば、
自分の出力したもの、アウトプットしたものが、
自分のインプットにとって、優れたものじゃなくても、
満足できるんじゃないかなって思うんですよ。
ちょっとうまく言えないな。
なんだろう、
私は割と落ち着いてきて、その考えが、
なぜ落ち着いたかというと、
描く楽しさと、インプットする楽しさを分けたんですよ。
私は、自分の描く世界を、
なんだろう、その世界から外れた作品を、
描きたいと思う時もあるんです。
推しの絵とか、もう絵柄が決まっているようなものとか、
依頼されたものとか、依頼は基本ないですけど、
例えばね、依頼をされたとか、
自分の世界の外の作風のものに関しては、
依頼のところをちょっと消してください。
推しの絵とかになってくると、
描かなくてもいいやって思ったりはするんですけど、
それは、私が推しを描きたいんじゃなくて、
推しのかっこいい、かわいい、推せる、尊い絵を見たいからであって、
だから、自分の世界の絵を描く時は、
アウトプットを大事にしてるから、
インプット、自分の絵をインプットした時に、
絶対感動しなくても、まあまあまあって感じになれる。
でも、推しの絵になった時に、
私はアウトプットよりもインプットの方を重視してるから、
描かなくても満足できるんですよ。
うまく通じるかな?
で、それで悩んでる人っていうのは、
多分、推しの絵を描きたいとか、理想が高いんだと思うんですね。
私は、推しの絵を描くことに関しては、
描けなくても満足してます。
アウトプットというか、得たいものは、
もう他の紙絵師さんが描いてるから、
それで満足して描かないんですけど、
なんて言ったらいいのかな?
だから、自分のアウトプット欲とインプット欲を分けちゃうのがいいのかなって思ったりしてます。
でも、自分アウトプットしたい絵が、
もう紙絵師が描いてるってなっても、
自分が描きたいって思うのであれば、描くよね。
描かなくてもいいって思うってことは、
どこかで描くことよりも、
インプット欲の方が勝ってるのかなと思ったりします。
あとは、何だろう、やっぱり理想が高すぎるんだよな。
まずアウトプット、絵を描くことをして、
アウトプットとインプットの区別
絵だったら絵を描くことをしていかないと、
上達はしないし、コスプレも何度も繰り返しコスプレして、
ウィッグ直して、メイク見直してとかしていかないと、
上達はしないんじゃないですか、何でも。
なんか立体作品作る人も粘土の練り方がとか、
なんかいろいろあると思うんですけど、
なんかこんなことを言うとひどいと思うんですけど、
まだ未熟なんですよ。
きっと自分の満足するレベルじゃないとか、
人がなかなか認めてもらえないっていうのは、
まだ未熟だからだと思います。
それを理解した上で、
自分はそのアウトプットの方法をどれだけやりたいか、
向き合いたいか、みたいなところなんじゃないかな。
ちょっと偉そうなこと言ってるけど、
ちょっと自信はあんまりないです。
悩むなら手を動かせと私は思っているので、
私もね、全然絵は未熟なんですけど、
悩むぐらいならやりなさいと思っています。
結論になるかわかんないけど、
創作のアウトプットとインプット欲を分けちゃった方がいいんじゃないかなって思います。
他人がどう評価しようと、
描きたくなったら描けばいいんですよ。
下手でも上手くてもどっちでもよくて、
自分の絵描きの話しかできないけど、
絵を描きたいって思った時って、
自分で言語化したいのと同じぐらいの勢いというか気持ちじゃないですか。
うーん、なんて言いたいのかな。
こういう気持ちを相手に伝えたいっていうのを、
言葉じゃなくて絵で伝えたい、
この推しが可愛いんだとか、この推しがかっこいいんだとか、
こういう作風を私は好きなんだみたいな叫びというか、
そういうのを外に出したいわけじゃないですか。
だから他人が何か言おうと、
それは出していいものだし、
出すべきものじゃないかなって思うんです。
で、技術が足りなくて、自分の満足するものじゃなかったとしても、
別に相手に、人に見せなくてもいいですし、
何だろうな、時間が経つとそういう絵も愛せたりしますよ、と思ってるかな。
自給自足は、できたら最高だけど、
できなくてももう仕方ないというか、
相当な自分の絵が好きな人か、
上手い人じゃないとなかなかできないと思うので、
神絵師からインプット欲を満たしてもらいつつ、
自分でアウトプット欲を満たしてあげつつ、
たまに大成功して、どっちも自分の作品で満たせてあげれたら、
いいんじゃないかなと思います。
百発百中は無理ですよって思ってるよ。
たくさん話して疲れてきた。
なんとか言葉にできたでしょうか。
私は絵が下手だと思ってるんですけど、
下手っていうか、何だろうな、
もっと描く時間と体力があれば、もっと上手くなるのになって自分で思ってます。
自我自賛になっちゃうけど、
時間と体力があったら、
いや時間はたくさんある。
体力があったら、体力と気力があったら、
もっと化けれる気がするのになって思ってます。
いやお恥ずかしい。
でもね、そんぐらい強気でいていいと思いますよ。
みなさんね。
はい、こんなもんにしておきましょう。
ではお聞き下さりありがとうございます。ではまた。