今回は、柳宗悦さんの『南無阿弥陀仏』。
南無阿弥陀仏というたった六字に、どれほどの悲願、温かい響きが込められているか。
柳宗悦さんの美文を通じて、仏の世界に触れていきましょう。
サマリー
このエピソードでは、法然の人生と浄土教の重要性を探求し、法然が念仏を広めるために起こした革命に焦点を当てています。また、浄土教の特徴や自力と他力の思想についても解説されています。法然の提唱した念仏の新たな解釈は、特に庶民に対する救済の視点から革命的です。法然は浄土教の教えを広め、念仏の重要性を強調しています。彼の思想は、仏の力(他力)に頼ることの大切さを示しています。
法然の生涯と影響
で、ちょっと、法然さんの人生を少しだけ、何か触れておきたいんですけれども、
『法然聖人エデン』っていう著作があってね、
なんか巻物なんですけど、言わないように文庫でめっちゃ出てますもん。
一応浄土教のね、解像として、法然の生涯を記録しようと思って、後のお弟子さんたちが書いたものなんですけどもね。
全48巻あるんですよ。
48っていうのが、そもそも浄土門においてはとても重要なんですよ。
だからあえて48巻に分けて。
これ、長さにすると584mらしくて、巻物としては最長らしいんですね。
だからここに法然の影響力とともに、どれだけ愛されてたかっていうのも、現れてるんですよ。
確かに。
浄土門っていうのを後で扱っていくんですけどね、弾圧されるんですよ。
浄土教は嫌いでも、法然さんのことは好きって人もいるんですよ。
AKBのあっちゃんの逆に。
そうだね。
いうぐらい法然さんってやっぱりすごい人格主だったのね。
法然さんは1133年、鎌倉時代のちょっと前だね。
に生まれてて、岡山の三宅に生まれてたらしいんですよ。
法然さんっていうのは、三宅の一応地方の豪族の生まれなんですよね。
なんですけど、9歳のときにお父さんが殺されてしまうんですよ。
法然さんは、武士たるもの仇を討たねばならぬと思って、仇を討つことに燃えてたんですけども、
お父さんの言い言でね、仇を討ってはならぬと言われるんですよ。
お父さんも立派な人で、仇を討てばまたその恨みが繰り返されていくだけで争いが果てることがないと。
だから仇を討ってはいけないと。
それよりもお前は仏門に入って、私の死後をまともらってほしいと。
ってことをお父さんに言われるんですよ。
それで法然さんは、父が言うならばっていうことで、9歳、若くして僧侶になるんですよ。
お母さんのおじさんが僧侶だったみたいで、そこで学ぶんですけど、
まあすごいんですよね。
一聞くと十理解するし、一度聞いたことは忘れないし、流れる水よりも早く覚えていくみたいな感じ。
でもその才能に気づいたおじさんはね、当時仏門の最高峰って言われると比叡山なんですね。
なんで比叡山に行かせたんですよ。
で15歳ぐらいで比叡山遠慮くじで学び始めた。
でもこのときには、比叡山でも知恵第一っていうふうに称されてたっていう。
そういうエリート中のエリートなんですね。
自身はね。
はいはい。
これ教諭深いですよ。
そういう人が浄土教に至るっていうのがやっぱすごい話だなと僕は思ってるんですよ。
つまり、その後で話すんだけど、自力と他力というものがあって、
法人自体は、他力ってことを説いたんだけども、自力でやっていける人じゃないですか。
ああ、はいはい。
っていうぐらいエリートなんですよ。
世の中を上がっていける人なんだね、自分の能力でね。
そうなんですよ。
うんうんうん。
ああ、確かにね。
そうなんですよ。
甘えるなみたいな思想になりそうだもんね。
努力だみたいな。
自己責任だみたいなね。
そうなんですよね。
はいはいはいはい。
で、それで、ある24歳の時に、一旦比叡山を降りるときがある。
降りるっていうか、それはいろんな僧侶の方と対話することも大事だから。
佐藤を降りたときに、世間を改めて目の当たりにしたと。
で、そうすると、やっぱり鎌倉の平安の末期から、鎌倉って争いがやっぱり絶えてない時代なわけですよ。
で、起禁も起こるし、病もはびこるしっていうので、なんとまさしく地獄のような世界だと。
で、なんとかせねばならぬっていうことに突き起こされるわけなんですよ、このとき。
24歳のときに。
それで首相救済っていうことについて真剣に考えたんです。
で、清涼寺っていうお寺の釈迦堂で、お堂で7日間参浪する。
祈り続ける、考え続けるみたいなことをしたときに、ある刑事のようなものが来て、
その釈迦如来像から告げられたんですよ。
法人よと。
この末世に苦しむ民衆を救うのがお前の使命だ、つって。
で、法人は言うわけですよ。
いやしかし、民衆を救う手立てはどこにあるんでしょうか、つって。
はいはいはい、そうだよね。
釈迦如来が言うわけですよ。
深く経典を読み込むのだ。
そこに救われる道が示されていることに気づくであろう、つって。
そこから20年かけて、大量の経を読み続けたんですよ。
そうなんだ、法人さんって。
すごいね、やり切るね。
やり切るでしょ。
それで発見したのが、この無料寺経だったんですよ、さっきの。
無料寺経の誓願だったんですよ、48の誓願。
ということに感動するわけなんですよ。
発見ってのは?文字通り発見するってこと?
無料寺経っていうお経自体は、もう世紀100年ぐらいに作られてるんですよ、インドで。
だからもともと実はわかれてあるんです、ああいう浄土の教えみたいなものは実はね。
その時点で?
そういう考えっていうか思想はね。
日本では流行ってなかったってこと?当時の。
そうそうそう、日本では重んじられてなかった、やっぱり。
で、厳密には無料寺経っていうよりかは寒無料寺経書っていう、寒無料寺経書の中訳書っていうものをね、実は読んだんですけれども。
それを見たときに、そこに書かれてあるのは、阿弥陀の名を唱えればよい。
それだけで救済されるんだっていう。
念仏するだけでよいっていう。
はいはいはい。
本当に感動したわけなんですよね。
そう。
そりゃ有名だね。聞くやつだね。
で、43歳の時に、もう本格的に比叡山を降りて、その念仏を唱えるだけでいいんですよってことを教え広めたっていうことを始めたっていう。
まあ、そういう流れだったんですよ。
念仏の発見と教え
はいはい。
この御霊だるた、釈迦が亡くなった後から、こうやって法人によって、念仏が着目されるまでの流れについてね、
屋根木さんのいい文章があるんで、ちょっと読んでいきますね。
はい。
釈迦が見まかってこの方。
時期弟子たちは、追憶の念に心を悲しませたであろう。
しかし、せめてもの記憶である。
彼を思う心に日々を送り迎えたに違いない。
夢にさえもその御霊。御霊っていうのは穏やかな姿。
夢にさえもその御霊を見たであろう。
その声にも接したことであろう。
否、夢でなりとどんなにか再会に喜んだであろう。
しかし、時はためらわず流れてゆく。
やがて、時期弟子たちも追憶の人々となって行った。
そのまた弟子たちも同じように、思い出の人々となって行った。
しかし、それらの続く信徒たちにとって、
釈尊を思い見ることは、
信心を温め、深め、温める何よりの良すがであった。
仏への募る思いこそは、
彼らの信仰や思想を育む力であった。
それは死後であり、生計であった。
やがて、それが始作ともなり、
英知ともなり、また前情ともなった。
生身の身姿は薄らいでゆくとも、
糊の御心は濃くなって行った。
糊ってこれ、ほう、ほうって書いて糊って読むんですけど、
まあ、いろんなお経とか、そういうもの。
糊の御心は濃くなって行った。
かくして仏を念ずることに、深い行を見た。
念仏がやがて、教えそのものになる時は来た。
って書かれてあるんです。
なんか難しかった。
難しかったか。
そうか。
これだけだとちょっと難しいかもな、確かに。
ちょっと解説じゃないけど、
今、じゅんさん読んでくれたとこをちょっと、
味わえるといいなあと思ったけど。
なんか最初のとこ、
これはちょっと僕、ビルクソンの道徳と宗教の二元性を思い出すなあと思ってね。
ここ読んだときに、
シャクソンが見まかって亡くなってしまったときに、
弟子たちはどれほど悲しいんだろうかと。
夢にさえも見たであろうしって。
どんなに夢であろうとも、再会を喜んであろうと。
そうだよね。
ここできっと弟子たちも、どれほどシャクソンがすごかったかってことをね、
語ったと思うんですよ、また弟子たちに。
はいはい。
っていう、その感動の火種みたいなものが、
魂から魂に受け継がれていって、
それが受け継がれているからこそ、
そのお話がお経として、形作られていったという話が書かれてあると。
で、そういう流れの中で、
長い人月を経て、
人物がやがて教えそのものとなるときは来たんだ、っていう。
まだそこまでしか書かれてない。
なるほど。
もうちょっと続きを読むとね。
経典が小城から大城、小城仏教から大城仏教ってことですね。
小城から大城に進むにつれて、
念仏はいよいよ高い位を占めた。
そうして、ついには一つの流れとなり、
いつしか念仏の法門を形作るに至ったと。
念仏の意義と後世への影響
念仏の宗派というものができてきたと。
よく考えると面白いね、そっか。
一部だったわけだもんね。
そうなんです。
その一部が着目され、
その一部の宗派みたいなものが生まれてきた。
そう。そうなんですよ。
だけどね、法年さんがその念仏を重んじただが、
ね、書かれてあるんですけど、念仏宗は最初はまだ偶宗であった。
愚かな宗であった。愚かな宗だと捉えられていたんですよ。
宗は受け入れられなかったんだ。
そうそうそうなんですよ。
でね、その頃の念仏とは何を意味したのであろうか。
平安朝中期に出た、えしんそうずげんしんこそは、
王政要衆、これあれだな。
第1回目の小林秀夫さんのときに、えしんそうずげんしん、王政要衆の話ちょっとした。
なんかあったね。
あの方が雷合図を描いたっていうのがあったと思いますけどね。
あの雷合図っていうのは阿弥陀さんが救うことしてるっていう絵なんですよ。
あの絵によって、実は念仏っていうものが着目されたんですよ。
平安朝中期にもね。
っていう話が書かれてます。もう一回言います。
平安朝中期に出た、えしんそうずげんしんこそは、王政要衆の大諸の者をして、
念仏の周波の風、周風を一斉になびかせた人であったが、
彼がもっぱら唱えた念仏とは何であったか。
念仏には2つの段階が考えられた。
1つは心に仏を感ずることである。
すなわち、臆念であり死念であるって言うんですね。
つまり、念仏って唱えることじゃなくて、心に仏を感じ、見ることなんですよ。
表層的な唱えてるように見えるけど、その行為の。
唱えてないんですよ、まず。
唱えてないのか。
そうそうそうそう。
そういうことか。
そうですよ。
今、唱えてるってイメージがついちゃってるけど、
そもそもそういう、今、じゅんさんが言ったような意味だったと、
感じる、心の中で。
そうそう、感仏。
感じる、見る、人生観の観に仏って書いて、感仏って読むんですけど。
あるいは感想念仏とかとも言うんですけど、
そうやって瞑想して、心の中に仏を見ることを念仏だと言われていた。
なるほど。
もう一つは、口に仏を唱えることで、六次の称名である。
っていうわけですよ。
ほうほうほう。
こっちは今のイメージに近いやつ?
そう、そう、おっしゃる通り。
うん。
でね、その原神はね、結局その二つ、そのとき一般的に言われてた念仏その二つとも、
原神は、そのいずれをも人々に勧めた。
この称名を、称名ってごめんなさい、これから言っていくんですけど、
法然の教えの変革
称名っていうのは、六次を唱えることのことを称名って言うんですね。
うーん、うんうん、行為を言う、行為の名前ってこと?
うん、名を唱えるで称名なんで。
名を唱えるね、はいはいはい。
でね、原神はそのいずれをも人々に勧めた。
この称名を合わせ勧めたことは、原神の思想の一つの展開であった。
しかし彼は、貫仏が称名に勝るものであることを疑わなかった。
なぜなら、それは上根の者の習する念仏であり、
称名の方は下根の者に与えられる低い念仏と考えられたからによる。
この見方は、実に鎌倉諸家に及んでも変わることがなかった。
しかるに誰も疑わなかった、その貫仏の優位に対し、
恒しくも、称名の上位をきっぱり述べたのが、法念上人である。
っていうふうに言うんですよ。
うんうんうん。
だから原神とか平安忠貴とかに、その念仏の大事さってことを言ってたんだけれども、
やっぱり、そのさっき言った貫仏、観僧忍仏の方が優位なんですよ。
うーん、なるほどね。
だけど法忍は、そうじゃねえっつって、むしろ逆なんです、っていう革命を起こしたんですよ。
確かに革命だよね。
そう。
認知の革命っていうか、みんなの捉え方を逆だと言ったんだ。
浄土教の三つの特徴
うんうんうん。
確かに貫仏の方が公称っぽいもんね。
公称っぽい。
唱えるって話と、心に仏を感じるみたいな話って、
公称っぽい方が上に来そうじゃんっていうのは確かにあるよね。
そうなんですよ。
うーん、うん。
そう。
でも、じゃあなんでね、その、簡単そうに見える聖名の方がね、優位なのかっていうことに関して。
うーん。
ちょっと読んでいきますね。
はい。
ややもすると公称は、
公称って口で唱えるだから、聖名を唱えることと同じ意味ですね。
ややもすると公称は程度の低い念仏に過ぎぬと考えられていた。
しかし大秘の願いは何のために発せられたか。
実法主上の才度のためではなかったか。
言うんですよ。
その阿弥陀仏様の願いは何であったか。
主上の才度っていうのは救済って意味ですね。
主上の救済のためではなかったか。
その主上の大部分を占めるのは、劇の者たちではないか。
劇っていうのは庶民の人たちのことですよ。
うんうん。
よくあのあれですよ、仏教って上中下で人間を分けるんですよ。
うーん。
我々ビジネスいう262みたいな話にたぶん近いんですよ。
はぁはぁはぁ。
下っていうのは下ってこと?
そうそう、下。
うーん。
そういうの、機はあれだね、機械の。
機械、たちの機械ね。
チャンスの機械。
ああ、はいはいはい。
とかね、上婚中婚下婚とかね。
婚っていうのは値。
二個の値なんですけどね、同じ意味なんですよ。
こうやってちょっと分かりやすく分けているんですよ。
上下をつけるというよりかは、人間の特性っていうかね、
もともと頭が賢くてすぐ入ってくる人がいれば、
なかなか聞いても理解できないとか、
煩悩がなかなか強いみたいな人もいるじゃないですか。
だから特性としてあくまで上中下で分けているっていう。
ほとんどの人ってことなのかな?
まあでもそういうことですよ。
僕もそうだしとか。
本当はそうだよね。
劇ってことだよね、普通にね。
はいはいはいはい。
その首上の大部分を占めるのは劇の者たちではないか。
劇を余儀なくされる多くの人々ではないか。
それらの者に才能を誓わずして、
大秘が大秘たることができるのであろうか。
劇の者にすら口ずさみ得る証明にこそ、
大秘はこの英知と慈愛とを集中したのである。
劇はいつとて劇であろうとも、
後生は大秘の口読が満ち満ちる。
何ぞ苦笑をげげと下げ棲むことができよう。
そこには無情なる願が宿るのである。
まあこういうね。
いやまず意味はね、ちょっと全部わからなかったけど、
すごい気持ちがいいなと思って聞いてた。
それも一つの側面だよね。
すごく聞く心地が良かった。
なるほどね。でもなんとなく、
念仏を唱えるってことの方が劇、
まあいわゆる一般の人たちからした時に、
仏を心の中で感じろって言われたって、
ちょっと高尚すぎるっていうか。
どうなんですよ。
難しすぎくねえかってことを言っている。
そうなんですよ。
なるほどなー。
面白いね。
すごいんだよな、これが。
そうなんだよな。
すごいことなんだよな。
法念の著作って、
先着本願忍仏集って言われるんですけど、
先着っていうのは選択、選択肢の選択。
先着本願忍仏集。
だからその本願を選択すると、
忍仏なんですと。
本願を選択すると忍仏だ。
その選択するっていうことは、
何かを選んで何かを捨てるっていうことなんです。
ってことじゃないですか。
もう本当に劇のものに考えたら、
もう一つしかできません。
でもその一つってなったら何を選択しますか。
忍仏を選択しますっていうのが、
先着本願忍仏なわけなんですね。
はいはい。
もうスーパー優先順位につけてる。
ほんと1個だけ。
大事なこと何?
聞けたら忍仏って。
そう、そう。
潔いスタンスですね。
いやーほんとにすごいなー。
すごいなー。
なんでこれができたのかっていうと、
苦しんでる人の眼差しっていうかね、
時代の切迫感ももちろんありますけれどもね。
鈴木大説の日本的隶説にも書かれてるんですけどもね、
日本において鎌倉時代になぜあれほど仏教が花開いたのかっていうと、
やっぱり危機の時代だったと思うんですよ。
政治的にもね。平安後期ぐらいから、
やっぱりちょっと原兵衛合戦なりあり、
戦乱が続いて、社会秩序っていうのが崩れていったタイミングでもあり、
に加えてその天災によるやっぱり飢饉っていうのもあったし、
まあ疫病というのが蔓延するみたいなこともあって、
非常に危機だったと思うんですよ。
救いとなる仏教っていうのも、平安時代まではあくまで貴族のものだったんですよ。
学問に恵まれた上流階級のためのものだったから、
そういう仏教だと庶民の切実な救いに応えきれないんですよね。
はいはいはい。
だからそれじゃダメなんだっていう本音の思いがあったわけなんですよ。
ふーん。
本来のビジョンみたいなものから考えたら、
これじゃダメだろって思っている。
そうそう。
ふーん。
っていうので、浄土教っていうのがやっぱり生まれた。
へー。
で、浄土教を理解するために三つの大秘っていうものを柳さんは出してくれてて、
これ柳さんの本以外にも書かれてあるんですけれども、
時代背景と法然の影響
すごいわかりやすいなーと思って、
難行と異行。
難しい行いと優しい行いっていうものがあり、
それから自力と他力っていうのがありますよと。
なるほど。
だから浄土と浄土っていうのを負けてるんですよ。
この三つの比較をしてて。
まず難行と異行って言ってるのは、もうここまで話したとおりに。
ここまでは難行こそが尊いわけですよ。
当たり前ですけど、これってなんかね、自己責任論って感じなんですよ。
落ちちゃう。
お前が努力してないだけだろと。
そういうことだよね。
食べるのも我慢してるんだからって。
厳しい修行を乗り越えたからたどり着けてるわけね。
そう、だから俺は救われるんだとか、なんか俺は偉いんだ、尊いんだってことになるわけだけども、
後年はそうじゃないわけですよ。
異行っていうことに見出したわけですよね。
なるほど。
それだと救われない人々がいるでしょと。
自己責任論だけで片付けられない人がいるでしょということで、異行の道を見出したと。
これ自力と他力もほぼ同じ意味ですよね。
自力っていうのは、自分の力で修行して仏になっていく、悟りを開いていく。
でも他力というのは仏の力によって自分が救われていくんだっていうので、
全然違うわけですよね。
だからもう他力でいいんだと。
他力でいいと。
はいはいはい。
で、聖道、聖道っていうのは聖なる道って書いて聖道って言うんですかね。
うんうんうん。
聖道と浄土っていうのがあって、
これはね、浄土っていうのはこの世って意味で、浄土っていうのはあの世っていう、
どっちかというと、この世で悟るのかあの世で悟るのかみたいな、ちょっと違いなんですよ。
この世で悟るのが聖道門なんですね。
はいはいはい。
さっき言ってた仏になるにはそういうことで悟ってる?
そうですね。
だから仏陀とかも聖道門なんですよ。
はいはいはい。
この世で悟ってるからね。
浄土門は阿弥陀仏の浄土に往生するっていうのが浄土の考え方なんですね。
うーん、阿弥陀仏の浄土に。
その、あの世に行って救われるっていうことですよ。
なるほどね。
はいはいはい。
この世で頑張ったものだけが救われるんだみたいな、悟ったものだけが救われるんだって世界観とは違うね。
違う。
最終的に、なくなるとみんな救われるんですよって。
なるほど。
なんかすごいね、ほんと衝撃的に認識とか認知をフレームを変えていったってことだよね。
そうなんですよ。
現実は変わんないじゃん。
そうなんですよ。
基金もあって大変な世の中は変わらないけど。
そうなんですよね。
すごいね、ここの転換を図ろうとしたの。
真逆にいってるっていうか。
いやすごい。
すごい。
うーん。
だから中田さんとあの、エイルってあの会社は我々働いてるところで、エイルは浄土門なんじゃないかって言ってるのは。
しきりねじようさんが最近言ってるやつ。
そう。
こういうことなんだよな、その菊に絞るからこそ。
今まで内面を扱うっていうのはもうプロフェッショナルじゃないと扱えないっていう世界だったけれども。
いや、そうじゃなくてもいいんじゃないかっていうことで、もう難しいこと考えずに。
考えずに、慶長だけに絞るっていう。
なるほどね。
念仏の代わりに慶長だけに絞らせてもらいますっていう。
なるほどなるほど。
それがエイル。
だし、そもそもね、菊という行い自体が僕もう他力だと思ってるんですよ。
あー僕もそう思う。
うん。
でも自力で語られがちだよね。
まだ。
まだ。
慶長力とか。
そうだねそうだね。
まだその、ちょっとそうなんだよね。
うん。
もうちょっと研ぎ澄ませられるんだろうけどね。
だから最近じゅんさんと喋ってる聞いてもらうっていう側の視点を入れていくっていうのはまさに他力的な考え方なのかって。
そうそうそうだね。
そうなんですよね。
うん。
自力とかだとさ、自分でさ、看物するわけですよ。
瞑想して自分で自分を内施していくっていう方でしょ。
うん。
だから僕も自分で詩を書くってことは実は自力よりなのかもしれないって。
法然の教え
まあでもね、そんなこと言うとね、詩の世界もね、自分が書いてるというよりかはね、
なんかね、言葉によって書かされてるっていうのもあるから、
まあ他力の良さがあるんだけれどもね。
うん。
うん。
だけどまあでも、その、そういう、なんだろうな、修練しないといけない側面がやっぱりある。
うん。
うん。
でも、聞くってもう、聞いてもらうっていうのはもう、その自分以外の力に頼って自分を発見していくとかそういうことになるから。
はいはい。
自力よりなんですよ、そもそも。
いや、実際そう、いや面白いね、この辺はね。
そうそう。
うん。
そうだと思う、僕も。
うん。
うん。
うん。
でもやっぱどうしても自力よりになっちゃうんだよね、こういう話って。
そう。
修練していく世界とか。
そうだね。
スキルを身につけたものとスキルのないものっていう世界観とか。
うんうんうん。
ってあるじゃん、聞く世界にもある気がする。
ある。
ある。
うん。
それはね、もう恵まれてる証ですよ、やっぱり。
うん。
うん。
その努力できるという環境を与えられてるから、そっちをね楽しむっていうのはまあそれはそれでいいんですよ。
うん。
うん。
だけどやっぱり努力も難しいという人がいるっていうことなんですよね。
うん。
そこまで眼差しを向けられるかどうかなんですよね。
なるほどね。
うん。
足り気が生まれてくるっていうのは。
いやー。
うん。
そうだね。
うん。
出し切りに最近言ってるもんね、じゅうさんがね。
うん。
ちょうどモンだって。
笑
モンのイメージね。
うん。
うん。
いやーすごいぞ本当に。
これはすごいね。
これをどうやって。
うん。
どんな方法でこれを。
うん。
人々に受け入れられてったかはめちゃくちゃ興味深いな。
うん。
うん。
いやここまでのコンセプトで十分すごいけど。
うん。
うん。
この後謎すぎない?だってほとんどだったら普通これ受け入れられずに終わってく話じゃんこういうのって。
うん。
そうなんですよね。
うん。
それちょっとね直接答えれるかわかんないけど、もうちょっとちょっと扱っていきましょう。
うん。
はい。
この後。
面白い。
はい。
はい。
じゃあちょっと次は、宗教を語るには外せない、罪と救いっていう問題を扱いたいなと思ってます。
読みたかったこと、ちょっと読めてないところがあってちょっと読んでみていいです?
うんうん。
悟念や観物を浄灰の行いなるゆえに尊ぶなら、それは必強自力を頼む念仏にすぎまい。
自力が残るならそれだけ仏の働きを狭めるに等しい。
人間の力に苦毒を見ることはそれだけ仏の苦毒を狭い範囲に追いやるに等しい。
自力はその分だけ仏の力を奪うことになろう。
自力と他力の理解
観物は念仏を自力に閉ざすことである。
聖名は三太の力を一切を受け取ることである。って言うんですね。
うんうん。
自力っていうのはその分だけ仏の力を奪ってるんですね。
うーん、狭めてるって。
そう、そう、そうなんですよ。
うーん、どういうことだろう。
うーん、阿弥陀如来さんは困ってる人を救おうとするわけなんですよ。
だから、これよく例えられるんだけど、
海に溺れてる人がいた時に、
船が座礁して人々が海に投げ出された時に、
泳げる人は自分で泳いでくださいと。
泳げない人を救いに行くっていうのが阿弥陀如来なんですよね。
うーん、うーん。
っていうことなんですけどね。
なるほどね。
だからみんな観物で自力でっていうふうに引き上げていこうとするのは、
みんな泳げーって言ってるのか、その場合。
そうそうそう。
泳いでるやついるだろうみたいな。
うーん。
そうなんです。
だからちょっと読むとね。
隠して念仏宗は、
まあこれ浄土宗のことでもあるでしょうね。
まあ念仏を文字るから念仏宗って言ってるんですけど、
隠して念仏宗はどこまでも足利宗でなければならぬ。
念仏宗はどこまでも足利宗でなければならぬ。
凡夫王上に自力がどれほど苦毒をもたらすであろう。
念仏は少しだに自力を求めてはおらぬ。
その足利宗に念仏宗を高めることこそ、
法念上人の大いなる使命であった。
法念以前の念仏は、
半足利、半自力に過ぎぬ。
少しでも自力が残る限り、
仏の大秘を余すことなく受け取ることはできぬ。
観仏を捨てて、功章を選び、
自力を捨て去って、他力に従うわ。
来時、大秘の阿弥陀仏の一切を迎えんが為である。
我々は我々の力で、
彼の光を遮ってはならぬ。
って書かれてるんですよ。
いいですよね。
いいね。
本当に。
念仏を唱えるっていうこともね、
自分が念仏の力で
往生できるって思うのは大間違いなんですよ。
そもそも往生できるのは、
阿弥陀仏さんの力なんですよ。
他力なんですよ。
だから勘違いしちゃいけないんですよ。
自分の念仏の力で往生できると思っちゃダメなんですよ。
ここが人間には難しそうなところのポイントだね、一個ね。
なんていうの?自力って思っちゃう。
そうだよね。
でもいい繋がりですね。
ここから、
隅の話に入ってくるんですよ。
なるほど。
いいっすね。
分からずともいい繋がりになって。
うん。
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