今晩のゲストも、柑橘株式会社の代表取締役社長、大津一郎さんです。
大津社長、こんばんは。
こんばんは。よろしくお願いいたします。
よろしくお願いします。3週目になりますので、お疲れではないですか。
大変楽しくやらせていただいております。
そう言っていただくと、僕も嬉しいです。
今晩もよろしくお願いします。
よろしくお願いします。
今日は会社のことを主に伺うと思っております。
会社の資料を見せていただきますと、
2017年とありますので、今から6年前ということになるかもしれませんが、
東京未来営業所というものを開設されたということが書かれているんですが、
この未来営業所というのは、そもそも何ぞやということを伺いたいと思うんですが。
このネーミングは、実は私が作ったというか考えたんですけれども、
私も東京支店がございまして、これは昭和37年に開設して発展しているんですけれども、
私どもの会社の過半の販売というのは、東京のほうでできるように大変大きな支店に育っていまして、
この支店は、大手サブコン様の金田様がちょうど東京のほうにご進出されるときに、
私どもも一緒に東京のほうに行かせていただいて、それで実は発展してきたということで、
金田様の対応ということで支店機能というのをやってまして、
そうしますと東京でですね、東京というのは大変大きな市場があって、
デバイスの関係の需要でございますとか、そういうメンテの需要でございますとか、
そういうところをですね、後半に広げる開発と申しますか、市場開拓のようなところを一つ作りたいなと思いまして、
それをですね、東京未来営業所という名前で実際にやりまして、
ネイギミングもですね、だから最初は東京特輯にしようかとかですね、東京特品にしようかとか、
いろんなことを考えたんですけど、どうもしっくりしないと。
だからその喚起の、私どもの会社のこの未来をね、ある意味のその未来を形作る一つのですね、
モデル例にならないかなと思って、東京未来営業所という名前をしたら、
すんなり入りましてね、会長に東京で新しい営業所を作って未来営業所としたいと、
こんな話をして、まあいいんじゃないかということで、それで活動を開始したという、こんな形です。
この未来がひらがなっていうのもまたいいですね。
会社会社してるんですが、ひらがななので非常に柔らかいイメージになりますよね。
そうですね、喚起っていうのがちょうどひらがなでやってますから、
それも踏まえて伺いたいんですが、寛紀さんは昭和23年の創業ですね。
そして今平成も経て令和になってるわけですが、
企業としての方向性は時代自体によってだいぶ変わってきているというふうにご自身お考えでしょうか。
寛紀という形ですね。
パナソニックの代理店であったり大金様の代理店であったりしてるんですけども、
やっぱりその時代時代によって扱う商品とか、商品のハイリストアリアがあって、
それをきちっとキャッチしてやっていくということで、実はこの75年間生きてるということでいくと、
これが昭和であるとか平成であるとか令和であるとか、やっぱり企業が変わりながら、
会社が変わりながら、それをキャッチアップしながらお客様に満足をお届けするというふうに、
変わっていかなければならないのは間違いないと思いますね。
それとちょっとこれ大げさな話になるのかもしれませんけど、
私のような企業の社長が言う話じゃもしかしたらないのかもしれないですけど、
昭和っていうのはものすごく伸びたイメージ。
私は昭和の生まれで伸びたイメージがあって。
高度経済成長というものを踏まえて伸びましたもんね。
伸びましたですね。
平成でどっちかというと停滞をした後、失われた30年とか言われてるんですけどね。
で、電話ってじゃあ何なんだって言われたら、
もう一回再調整さなあかんのじゃないかって思ってましたね。
ちょっと話長くなっていいですか。
大丈夫です。
私小学校4年の時に鮮明に覚えてるんですけど、
日本っていうのは資源がないんだと。
海外からいろんなもの輸入して加工している。
加工貿易ね。
貿易が日本なんだ。
これって実は今も変わってないはずなんですね。
それはDXであるとかカーボンニュートラル、
いろんなことの背景の違いはいろんなことはあるんだけども、
日本の国柄としての立ち位置が変わってないような感じがします。
そうすると必然的にやっぱりそのものをきちっと作り上げる、
それをきちっと世界にお届けをする。
それが世界の方が喜んでいただくという国に日本がなっていって、
その一回の私ども代理店としては、
そうやって代理の仕事として企業に収めた、
それぞれの企業がそれを広げていっていただく。
そういうふうにして令和というのを、
なんとなく内向きになっていたところから外に発散するようなことが、
その魅力ですけども、できたらなというのがちょっと思っているところです。
もう偉いね。
大事な話だと思いますよ。
口だけの話で実力ともなってないんですけど、
年取ったせいかもしれませんけど、
最近そういうふうに思って、
そういうふうなことの一部を、
私どもの会社の中で少しでも東京未来であるとか、
香港であるとか、支店であるとか、もちろん本社であるとか、
いろんなところで仲間がいるわけですから、
そういうところでみんなで広げていけたらいいなというのが、
今思っていることです。
僕もそれは実はよく感じてまして、
最近その貿易赤字がずっとついているわけですね。
特に今エネルギー関係が高いのでということになっているんですが、
いつもニュースを見ながら思うのは、
こんなに赤字いつまで垂れ流しておけるのかなということですね。
やはり売るものを作らない限りは、
日本というのは将来絶対ないというのを改めて認識させてくれるというのは、
この令和になってからじゃないかなという気がするんですね。
その時にじゃあ何を売るのですかということは、
じゃあ何が作れるんですかということですから、
そこのところをしっかりとして、
日本の経済界が持っていかないと、
日本の将来はないわけですよね。
その際に大津社長のような会社がですね、
必要なこれだったら売れるとか、
こういうものを作ってくれれば絶対に売ってみせるよとか、
いったことをサジェストすることは非常に大事だろうと思いますね。
そういった意味では今おっしゃったことは、
非常に正しい時代認識だなという気がしますね。