2024-09-03 19:29

#5-1ゲスト:高橋勇市さん 競技を始められたきっかけ / 北区スポーツ大使の活動内容とは?

【今回のテーマ】

・競技を始められたきっかけ

・北区スポーツ大使の活動内容とは?


北区初の女性区長である、やまだ加奈子さんによる冠番組。彼女の抱く展望や、北区の未来を描くゲストをお迎えし、様々なテーマをもとに、北区の未来予想図を語り合います。


 ▼しぶさわくんFM公式サイト

⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠https://shibusawakun.fm/⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠

 ▼公式X →@shibusawakunfm

⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠https://twitter.com/shibusawakunfm⁠⁠

00:12
東京都北区初の女性区長、山田カナコ。
彼女の描く展望や、未来を描くゲストとの対談など、
北区の新たなビジョンを語るこの番組。
今日は、どんな北区未来予想図が描かれるのでしょうか。
おはようございます。北区長の山田カナコです。
本日9月3日火曜日、今月も元気にお届けいたします。
もう9月に入りましたね。皆様、夏を楽しんでいますか。
私は最近、夏らしいことといえば、やっぱり夏らしい食べ物。
トモロコシが好きなんですけども、トモロコシたくさん食べました。
あと、やっぱり地域の行事、盆踊り、夏祭り、子どもイベントなど、
多く参加をさせていただいて、夏を満喫しました。
暑さ対策をしながら、9月も皆さん一緒に乗り越えていきましょうね。
さて、今月のトークテーマは、トップアスリートの街、北区です。
今回は、北区スポーツ大使であり、アテネパラリンピックマラソン金メダリスト
高橋祐一さんをお迎えをしております。
陸上トライアスロンの選手として多くの大会で、輝かしい実績を残されています。
高橋さん、よろしくお願いいたします。
よろしくお願いいたします。
今日は、第1話としまして、高橋さんのプロフィールや、また北区スポーツ大使としての取り組み、
これまでの経験、スポーツを通しての感じたこと、さまざま伺ってまいりたいと思いますが、
まず、高橋さんのご経歴から伺いたいと思います。
はい。2004年のアテネパラリンピックで金メダルを取りました。
その後、北京パラリンピック、ロンドンパラリンピックと3大会に出場をしました。
すごい。
そして、2020東京パラリンピックに出場をどうしてもしたいなと思った時に、年齢も高齢になってきたということもあって、
若い選手になかなか勝てなくて、何か違う種目で東京パラリンピックに出場できないかなと思った時、
2017年、東京パラリンピックからトライアスロンの資格障害者の種目が正式種目として開催されるというニュースを聞きました。
03:04
今、自分は泳げない。でも、泳げるようになれば、もしかしたらトライアスロン日本代表になれるんじゃないかなと思って、
2017年からトライアスロン競技に力を入れるようになりました。
すごいですね。
なので、元気プラザですね。そちらの方に行って、最初は幼稚園保育園の子どもたちの横をコーチの先生に手を引いてもらって、
一緒にバタ足をしながらビート板をつかんで、子どもたちにまじって泳ぎ始めたっていうのがきっかけでしてね。
で、一人で何とか25m泳げるようになったんですけども、真横を幼稚園生が私を何度も追い抜いてきまして、すごい恥ずかしかったんですけども、
でも頑張ってね、元気プラザ、私ね、通い続けました。
いやー、素晴らしいですね。
やはりパラリンピックへの思いとか、大会でメダルまた優勝を目指すということに対しての強い思いというのが、そこに挑むその精神というか、思いはどこから高橋さん来るんでしょうか。
目が見えなくてもこんなことできるんだよっていうことをみんなに知ってもらいたいなっていうところから最初は始まりました。
マラソンも走り始めた頃って、目が見えないのにどうやって走るのとか、走ったら危ないから走らないでくれと周りにすごい言われたんですよ。
そうですか。
でも走ってどんどん記録が伸びていくうちに周りの人たちが、だんだん今度は応援する方に周りが変わっていったんですよ。
素晴らしいですね。
トレアスローに関しても2人乗りのタンデム自転車乗るんですけども、そちらも転んだりしたら怪我をするからやめてくれと周りに大反対されました。
でも見えなくても一緒に乗ってくれる人がいれば自転車に乗れるんだよっていうことをみんなに知ってもらいたくて
荒川の河川敷を朝夕2回ずっと何十キロと距離を荒川を走って、すれ違う人がみなさんすごいなとしゃべり声がよく聞こえてきましてね。
そんな感じで走ってました。
ご自身の挑戦が多くの方々の勇気と未来に光を与えてくれているってことだというふうに思います。
高橋さんとの出会いの中で一番印象に残っているのはいくつもあるんですけども、やはり昨年帰宅障害者差別解消法啓発事業で赤羽会館でご講演をいただきまして、高橋さんの原点を伺ったなと思ってすごく感動しました。
06:02
これはやはり障害を追われてからここまでの取り組みですとか、いろんな人生のいい時もつらい時もどうやって明るく向き合ってメダルまでこらえているのかっていうのを伺って素晴らしいなって。
これは障害をお持ちの方もそうじゃない方で困っていたり自信をなくしている方にも本当に生きる力を与えてくれるお話だったなと思っておりますが。
ちょっとやはり小さい頃から陸上されていってメダルを取りたいというエピソードから、また資格を失う30歳までのことですとか、障害を追われてからの生きてきた奇跡は簡単に伺えたらなって思うんですけど、ミニ講演会みたいになりますけども、ぜひお願いします。
幼少の頃はですね、そんな走るということに対して興味は全くなかったんですけども、小学校4年生の時に新しい校長先生が学校にやってきて、それで中休みの時間、大陸づくりのため校庭を走りましょうと朝の朝礼で呼びかけたんですけど、私はそれを無視して走らなかったんですけども、
そこから校長先生に走るように言われて、校庭を毎日無理やり走らされているうちに少しずつ走ることが好きになって、最終的には校庭を走っている人、私一人だけになってしまったんですけども、そんなエピソードがあったんですけども、小学校5年生の時に重い病気にかかって学校を3ヶ月休んで治療をして、
で、学校に登校したところちょうど運動会を行われて、で、その結果がですね、かけっこがビリだったんですよ。で、ビリを取った時にもう悔しくて、来年6年生になったら絶対一等賞取ってやろう、そう思いました。
で、そこから毎日また練習を積み重ねて、生まれて初めて6年生の時に一等賞のゴールテープを着て、で、その時に将来オリンピック選手になりたいな、そんな夢を持つことができた。
で、中学校では陸上部入ったんですけども、いい成績を全く残すことができなくなり、で、高校に入り目の病気が発症し、高校3年生の時は一人で学校に通えないだけの私力になり、そして盲学校に進学し、社会人になって働いているある日、
アトランタパラリンピックで日本人選手がマラソンで金メダルを取った、そんなニュースを聞きました。
そのニュースを聞いた時に、小学校の頃、校庭を走っている自分の姿が頭の中に浮かんできました。
09:00
そして、6年生の一等賞を取った時のことを思い出した時に、自分は34年間生きてきて、一等賞を取ったのはあの時の1回だけ。
あの時の感動良かったな、もう1回走ってみようかな、目の見えない人同士だったら、頑張れば一等賞取れるかもしれない、そう思って34歳から走り始めました。
なるほど。
走りながら、つらいこと結構あったんですけども、苦しい時は苦しかった時のことをできるだけ思い出して、
で、なにくそっていう感じで、それをバネにしてずっと練習を続けました。
割と良かった時のことを思い出してっていうね、お話聞くことが多いですけど、つらかった時を思い出して、
そうすると心拍数も上がってきて、腹綿が逃げくり返ってきて、よっしゃーってなって、すごいパワーがね。
今もこうやって話している間に、今、心拍数上がってきて、
戦えますね。
戦えるような戦えます。
本当にその精神力っていうのが、すごいなというふうに思います。
私の父も身体ですけども、身体障害者一級で、私が生まれた時はもうすでに障害者だったので、
障害を持っている方々の思いっていうのが、身近な形で感じて育ってきたものですから、
特別扱いというよりも、自然に手を差し伸べて、必要な部分はサポートしていくっていうことの違いっていうのが、
感覚的にね、父を見ていて、自分でできることは自分でやりたいっていう思い、対応しすぎちゃいけないんだなーなんてことを思うことと、
でも、自然とここはサポートっていう、この息のあった連携っていうのが、やっぱり、
それは私もそうです。今、妻と暮らしてて、同じような感じです。
サポート言わなくても、ここはやらないといけないっていうのは妻が分かってサポートしてくれますし、
そうでないところは、自分でやれという形で、同じような感じでやってます。
そうですね。なので、スポーツも同じで、障害を持ちだから、スポーツは危ないからやめた方がいい、ではなくて、
どうしたら安全にできるかっていう視点で、どのようなサポートが必要かっていう、
それが行政もそうですし、組の方々や一般の方々も、その感覚が広まっていくと、いいなーっていう話を伺っていて、すごく感じました。
豊島5丁目グリーンスポーツ広場、オープニングの時にも走っていただきましたね。
あの時はですね、滝野川もみじ小学校の校長先生と一緒に400メートルトラックを走らせていただきました。
12:05
8月の20何日でしたかね。
そうですね。暑い時でしたね。すっごく早かったです。こんなに早く走るんだっていうのが。
あのスピードで42.195キロ走る感覚ですね。
いやーすごいなと思って。またその伴奏される方々も何人か体制で変わっていくってことですよね。
だから何人か分をお一人で走っちゃうってことなので、すごいな。こんなに早いんだってやっぱり感じました。
そうですか。ありがとうございます。
そんな高橋優次さんに北区のスポーツ大使として様々なご活動をいただいて助けていただいておりますが、
そもそもトップアスリートの街、北区って何?っていうふうに多分思われている方もいらっしゃると思います。
北区にはですね、味の素ナショナルトレーニングセンターや国立スポーツ科学センター、
そして東京都の障害者総合スポーツセンターなど、世界レベルのアスリートが集う施設がある北区といたしまして、
やっぱりそういったアスリートの方々とのコミュニケーションを図りながら、
区民の皆様のスポーツ振興、そしてスポーツを通じた絆づくりや健康づくり、健康増進につながっていけばいいなっていう思いで、
トップアスリートの街、北区を標榜し取り組みをさせていただいております。
これまでもスポーツ推進員として活動いただいていた高井さん、
もう一段先頭を立っていただくという意味でスポーツ大使としてご活動をいただいておりますが、
このスポーツ大使としての北区との関わりですとか、こういった取り組みがすごく楽しかったよ、良かったよというようなお話があれば伺いたいと思います。いかがでしょうか。
スポーツ推進をしていた頃にですね、各学校から陸上競技というか放課後の部活動ですね、
陸上競技の部活動の方をちょっとご指導いただけないかということで、いくつかの学校を訪問して、
子どもたちと一緒に基礎的な運動だったり、一緒に100メートル200メートルダッシュしてみたり、
幅と指を一緒に飛んでみたりとか、いろんなことをやってみました。
なのでスポーツ大使になってからまだそういった取り組みが一向もないもんですから、今後各部活動を見て回って、
子どもたちと一緒に駆けっこをしたり、プールのある学校であれば一緒に泳いで戦いたいなと。
戦うというか、チャレンジしたいなと思っています。
目が見えないので、プール泳ぐ場合、普通の皆さんまっすぐ泳げるんですけども、
私の場合は右に行ったり左に曲がったり、蛇行しながらコースロープにぶつかりながら泳いでいるというのが現状ですね。
15:08
そういったところも見てもらいたいなと思っています。
スポーツ推進員としてご活動いただいていたときと、スポーツ大使としての役割とがだいぶ変わる中で、
スポーツ大使としてPRですとか、スポーツを通じて帰宅の寄せをメディアにPRしていただくとか、
また先ほどもお話しさせていただきましたが、区内でのご講演をいただいたりとか、
名刺に帰宅スポーツ大使という役職を入れていただいていると思うんですけども、
いろんなところで配っています。
これがですね、やっぱり東京都帰宅というのを帰宅外の方々にも広げていく、PRしていくということで、
すごく助けていただいているなというふうに思っています。
帰宅でのスポーツ大使の役割とですね、帰宅をPRしていただく意味で、
帰宅の良さとですね、もう一歩こういうことがあったらなぁみたいなっていう。
もう一歩ですか。それは個人的になってしまうんですけども、
私の近所に霧ヶ丘体育館という、もう老朽化した古い、もう50年以上経つ団地のど真ん中にある体育館があるんですけども、
通称霧ヶ丘体育館。
霧ヶ丘体育館です。
ぜひそちらをね、リフレッシュ、新しく建て替えてもらいたいなぁと、私個人的には思ってまして、
今あの辺の都営住宅とか、クエ住宅を今建て替えてますから、もし建て替えが終わった後はぜひ霧ヶ丘体育館、新しくしていただいて、
で、区長と一緒にテープカットしたいなと。
走りましょうか。
いいですね。
じゃあそれ公約に、4年後の公約に区長入れましょうか。
頑張ります。
一緒にテープカットをして、走ってきてテープカットをすると。
はい、頑張ります。霧ヶ丘体育館については、周辺の東京都のですね、都営住宅の建て替えですとか、そういったものが進んでおりますので、
東京都との連携の中で、しっかりと区のですね、スポーツ施設の改修というのは順次行っているので、霧ヶ丘体育館もしっかりとお示しできるタイミングが来ましたら、お伝えを、
組の皆様にもさせていただきたいと思いますし、
私も間もなく歓励迎えるんでね。
これからも元気にスポーツ、先頭に立って、引っ張っていっていただけたらなと思いますし、
帰宅のPRにもご支度いただけたらなというふうに思っています。
今日は、アテネパラリンピックマラソン金メダリスト、高橋祐一さんを招きしてお話を伺いました。
ぜひ、第2話もトップアスリートの街、帰宅を推進していく上でのさらなる取り組みの、もうちょっと突っ込んだですね、
ご意見いただいていけたらなというふうに思っておりますので、どうぞ次回もよろしくお願いいたします。
18:05
高橋さん、今日はありがとうございました。
ありがとうございました。
楽しかったです。
19:29

コメント

スクロール