EP26 【対談】パーツの話をじっくり聴くことの大切さと難しさ(ゲスト:あざらしさん)
2026-09-20 49:15

EP26 【対談】パーツの話をじっくり聴くことの大切さと難しさ(ゲスト:あざらしさん)

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今回も野田徳子主催のコミュニティー「インナーコンパス」から、I F Sを日々の生活で実践しているメンバーのあざらしさんをお招きして、 「パーツの話をじっくり聴くことの大切さと難しさ」を中心に語り合います。

 

❤️  今回ゲストで来てくださった、あざらしさんのノートコムのページはこちら

https://note.com/ikuji_pukapuka
 

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■ note https://note.com/nodanori

 

【プロフィール】 野田徳子(Noriko Noda) ニュージーランド在住。総合診療科医、メンタルヘルスプラクティショナー。脳科学、ポリヴェーガル理論、内的家族システム(IFS)を使ったモダリティ「親も育つ子育て™︎」を提唱。

【注意事項】 ※このポッドキャストは教育・情報提供を目的としており、個別の医療診断や治療に代わるものではありません。

#脳科学 #親も育つ子育て


 

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サマリー

野田徳子とあざらしさんが、IFSにおける「パーツ」をどう感じ、見つけ、対話するかを話します。あざらしさんは、心身の不調や育児の負担の中で複数のパーツが一度に現れ、分析はできても一つずつ聴く余白が持てなかった経験を語ります。二人は、パーツマッピングや他のパーツに待ってもらうこと、黙らせたり解決したりせずセルフの好奇心で知り合うことを提案します。実家で約1か月しっかり休み、子どもが自分で回復する様子を見たことで、子どもを助けなければならないパーツとの信頼関係が変化した経緯も語られます。後半では、パーツの感じ方の個人差や、ポリヴェーガル理論の色のモードを感情や身体に気づく補助として使う可能性について雑談します。

IFSのパーツを感じる難しさ
こんにちは、親も育つ子育ての野田徳子です。
今日もコミュニティのメンバーであるあざらしさんをお招きして、一緒にお話をしたいと思います。
あざらしさん、こんにちは。
あ、こんにちは。よろしくお願いします。
お願いします。
今日は、あざらしさんがパーツ、IFSのパーツをどう感じるかとか、感じるのが難しいっていうお話をされていたので、
ちょっとそれについて一緒にお話をしてみようかなと思います。
はい、ありがとうございます。
今日はちょっと雑談という形で、ちょっと脱線するかもしれないんですけど、よろしくお願いします。
コミュニティでそのパーツについていろいろ教えていただいてて、自分のパーツに気づくっていうところで、いろいろ実践してきたんですけど、
なんだろうな、やっぱりどちらかというと見つけ出すというか、考えて感じるというよりからは、自分の考えを整理したがら、この中にはこのパーツがいるな、みたいな形で今探してるんですけど、
その感じるっていうのはやっぱりちょっとつかみにくいなっていうのと、ちょっと夫とこうやって話してて、なんか二人の中でも、夫がすごいIFSに詳しいわけではないんだけども、なんとなく私の話を聞いて、自分ではこういう感じで自分の今の気持ちを捉えてるって捉え方が結構違ってて、なんか面白かったなっていうので、
ちょっと野田憲さんのパーツの感じ方みたいなのをちょっと聞いてみたいなと思ってお話ししました。
そうですね、例えばセラピーから入る人とかは、一応このIFS内的家族システムっていうのは、プロトコールがあって、どういうふうにセラピーをやっていくかっていう、ちょっと最初の流れみたいなのがあるんですね。
で、それに沿っていくと、たとえばザイエスさんが、今日はもう本当に腹が立っちゃったみたいな、夫が言うことを聞いてくれないから腹が立ったとか、あるとしますよね。
そうすると、腹が立った時に戻って、ちょっと今、自分の中で何が起こってるか、ちょっと見つめてみてくださいとか、感じてみてくださいって言うと、たとえば胸がドキドキするとか、
そこから胸のドキドキにちょっと意識を向けて、配偶者の方に起こった時に戻ると、たとえば他にどんな考えが出てきますかとか、そういう感じで最初に自分の体とか、体の周りの感じるものにまず意識を向けていくんですね。
それが、たとえば本を読んで学んだりすると、たとえば、この起こっているのは何でかな、みたいにちょっと頭の中で考えていくことが多いと思うので、そうすると頭の中でパーツ探しみたいな、そういうふうになるかなっていう気はします。
それでIFSでは、頭の中でいろいろ考えるっていうのも、頭で考える、英語で言うとインテレクチャルなパーツ、頭の中で分析するパーツとして捉えてるんですよね。
なので、どっちから始めるというか、体で感覚を感じるっていうのは、まず最初にちょっとやってないと、ある意味練習みたいにしてないと、頭で分析する方に行くかもしれないかなって思うのが一つあります。
それについてはどう思います、あさらしさんは、ご自分の経験から。
そうですね、私が結構メンタル的にきつかった時期が、春頃なんですけど、その時はやっぱり体に頭がちょっと重いとか、なんかちょっと首とか閉まってるような感じがするとか、ちょっと結構体には出てたので、
もうやばいというのは思いながらも、なんとかしなきゃ、休まなきゃ、休まなきゃ、みたいなパーツが出てきつつ、でもやっぱり休んだ代わりに誰かがじゃあなんかやってくれるかって言ったら、そうじゃないし、やっぱりやらなきゃっていうパーツもいたりとかして、
なんかそこからなかなか抜け出せないというか、いろんなパーツがもっとバーっていっぱい出た感じだったので、なんか気づいてはいるけど、そこにじゃあ一人一人聞いてあげられるみたいな余白みたいなのがなかなか作れなかったなというので、
そのじゃあ多分聞くためにはそのパーツが何を言ってるのかをやっぱり、分析しちゃうっていうところが私の中にあって、分析しても結局何を求めてるんだろうこのパーツはみたいなのがわからないままに違うパーツがガーって入ってくるみたいな感じだったんですよね、っていうのを今思い出して言ってるんですけど、
これも分析してるのかなと思ったり、なんか感じる、体に出てしまえばなんかそういう感じで休まなきゃいけないなっていうのはわかってるんですけど、じゃあその体に出てきたパーツのシーンというか、そういうとこにじゃあ何が必要かっていうのがやっぱり
とっさにバーっていろいろタスクみたいなのがあるときに、どうしようみたいな感じになってたなと思って、思い出すとそんな感じなんですけど、なかなかなんかこう、なんか喰らってる感じはあるけど、じゃあこのどうやってこれを避けるというか、なだめるというか、そこまでがやっぱりなかなかいけないなっていうのが、
ありましたね。
複数のパーツと対話する方法
今のを聞いてて、いくつか思ったことがあって、ひとつは、
たとえば、もうこんなに疲れちゃって、これ以上ダメだとか、なんかそういうパーツが出てきたときに、多くの場合、他のパーツが、あさるさんが言ったみたいに、そんなにダメだ、私はダメだって言ったときに、私はダメなんて言ってちゃダメだよとか、いろんなパーツがいっぺんにいろいろ出てくると思うんですよ。
なので、こんなに疲れても肩も重すぎるって思ったときに、すぐいろんなパーツがたくさん出てきてしまうので、そこで肩の重さと対峙する前というか、肩の重さを感じる前に、多くのパーツにブレンドされてしまって、
もう次の一手がどうするか、どうなってしまうってことと、あとやっぱりその次の一手を打たなきゃとか、このパーツを黙らせなきゃとか、このパーツを理解しなきゃっていうの自体も問題解決しようとするパーツであるので、
なので、最初のほうからいくと、まず意識をして、例えば私だったら、これがんばらなきゃって思ったときに、でも頭痛いから休まなきゃとか思いつつも、また休んでたらまたなんか怠けてるじゃんとか、来たときに、やっぱりそれぞれを、
本当こんな声もしてるし、この声はこう言ってるって、すべてとちょっと距離を置いて、それを感じてみる。それが私がやりやすいのも、もうすでにこれらのパーツをとてもよく知っているので、本当にここが出てくるとこれが出てきてこうだよねっていう、ある程度も体感としても頭としても分かってしまっている。
もしもそれがわかりにくかったら、もう多分あざらしさんはわかってると思うんですけど、わかりにくいなっていう人でも、頭の中がごちゃごちゃになっちゃうっていう感じであれば、パーツマッピングっていう、いろんな本とか私の本にもちょっと書いてあるんですけれど、例えばこのもうダメだって思ったパーツが出たときに、もっとやらなきゃっていうパーツが出てくるとこう書いて、それをいつも見てると、本当にこのパターンだよねみたいなふうに。
わかってくるので、それが一つの方法、みんなにブレンド一遍にされてわけがわからなくならないようにっていう。それが一つと、あとは、そうですね、セラピーでも使って、あざらしさんは本を読まれたから多分ちょっと知ってると思うんですけれど、
たくさん来たときに自分の中で、今日は頑張らなきゃって言ってるパーツと知り合いたいから、もうちょっと知り合いたいから、他のパーツにちょっと待っててくれると、自分の中で他のパーツと話をする。
それをすることで、その一つのパーツと、常にそうしなくてもいいんですけど、まず最初はその一つのパーツとつながりを持つ、そういうふうにして、そのときもその一つのパーツを黙らせるとか、この一つのパーツをどうにかするんじゃなくて、
まず、じゃあもうちょっとこのパーツがどうしていつも出てくるのか知りたいからっていう、そういうところですけど、そのセルフの好奇心から、そのマネージャーのこのパーツどうにかしなきゃっていう、そういう解決法を探すんじゃなくて、まず知り合うとか、
そういう、そこのちょっと違いをある程度自分でこう知ってて感じてやるということで、その一つのパーツともうちょっと知り合いになってつながれるかなというふうに思いました、今のお話を聞いてて。
育児と休息をめぐる助けたいパーツ
どう、マナさん。いや確かに、なんかそうですね、大体その話したいパーツがいたときに話そうとすると周りのパーツが声出してくる。だからなんかこう冷静に、なんかもうそうだよねっていう軽く言っちゃうみたいなことで、結局やっぱりそのパーツが納得してくれなくて、
なんかまたマネージャーパーツが出てきたときに、それじゃなくて、みたいな感じで結局いろんなことがわかってるけど、そこに対しての折り合いがやっぱりなかなかつけられない状態がやっぱりずっと続くみたいなのはあるなぁと思いつつ、ただそのパーツがやっぱりガーってなってるときって結構やっぱり環境がそもそもハードというか、
子供もなんかちょっとトラブってるしみたいな、なんか私が出向いてやらなくちゃいけないこともあるしみたいな、結構そもそもハードなのでやっぱりそのセルフを保つ余白がやっぱりどうやって作ろうかなっていうのはすごく、今すごく楽なんですけど、今いろいろ楽になったのでそうやって振り返れるんですけど、
その環境の中でどうやって余白というか、セルフの力を高めるじゃないですけど、それがやっぱりないとそもそも、1対1で話す場所を確保するみたいなのはやっぱり難しくて、話してるとやっぱり他のパーツが、そんなのわかってるよとか、そんな気持ちあるの知ってるけど、でもこうでしょみたいなことを横からパパが言ってくるんで、
結局どのパーツに対しても中途半端な状態にはなってたのかなっていうので、難しかったなという感想なんですけど、なんか気づいてあげられてるけどその先がやっぱり本当のシーンを気づいてあげるっていうのがやっぱり難しいなって思いましたね。
そうですね、やっぱり時間もいるし体力もいるし、例えばセラピーに行って1時間自分の時間があるっていうところで安全に感じて自分のワークができるのと、日々の中で5分でも自分の時間を取ろうと思ったら子供がおしっこーとか言ったらもう結局自分の時間がなくなるわけだから、
そういうところでやるっていうのは本当にザラシさんがおっしゃったみたいにやっぱり難しい差はありますよね、そこでどうやって自分の時間を確保するかみたいな。
今はちょっと楽になったんですけど、それはやっぱりある程度給与を挟んだというか、引き金になるような事柄からかなり離れた時間を取れたので、
そこでやっとパーツの声が逆に止んだ、止んだというかセルフが高まったのか安心できるきっかけがいっぱいあったので、あんまり声を本当に最近は聞かない、私はあると思うんですけど、
シンプルになったというか、だいたい1つか2つぐらいの話でまとまるので、あんまり悩まないなっていうのは思いますね。だから、そもそも私のキャパシティがちっちゃいっていうのもあるかもしれないんですけど、
やっぱりとっさに来た時は、これからどうしようかなっていうので、そういうマネージャーパーツがいて、今度何かそういうことがあった時はどうしたらいいかなっていうので、ちょっとここに雑談したいなと思ってきました。
そうですよね、次に起こった時のことをね、ちゃんと準備しておかないと、あざらしさんの優秀なマネージャーパーツが、思いますよね。
でも、もしかすると、あと思ったのは、あざらしさんが少し自分の内政とかワークをしてるので、そのパーツたちがちょっと何かが起こっても、今までと同じようなことがちょっと起こっても、ある意味あざらしさんのセルフを信頼してるっていうことも、もしかするとあるんじゃないかなと思うんですけど、どう思います?
ちょっと私も実際のあざらしさんの状況がわからないからあれなんだけど、例えば子供がギャーって言っても、そのIFSの考えから言うと、子供がギャーって言った時に、何か自分のパーツが出てくるのは何か自分のパーツが、このパーツが出てこないとあざらしさんが困っちゃうとか、何とか安全じゃないとかいう思いでパーツが出てくるけれど、
今はパーツとあざらしさんの中のちょっと信頼関係がもうちょっとできているので、ここでワーって言わなくてもまあ何とか大丈夫、あざらしさんはみたいに、何かそういう感じがあるのかなということも思うんですけれど、どうでしょう?
そうですね、たぶんそれはちょっと前よりはあるなーっていうのは実感、何とか言語化できないんですけど、あって、なんかやっぱり子供が、幼児期の間息子が特に、やっぱりまあ私が知識不足だったりとか、あってその特性を知らないが故に、結構苦しませてしまったということがあって、
結構これまでは助けたいパーツが結構前に出てたんですね。やっぱり子供を、やっぱり私の助けが入ることで、まあ和らぐっていうのもあって、幼児期っていうところもあって、やっぱそれぐらい必要だったのはあったと思うんですけど、
最近はそのやっぱり小学校に上がって落ち込んだけど、今すごい回復したりとか、私がそこまで助けなくても大丈夫なんだっていうのが、子供に対しても結構信頼が出てきたので、まあ一旦こうやってわーって泣いちゃうこととか起こっちゃうことがあっても、自分の力でこうある程度調整を
たぶん息子の中でたぶん言語化はできてなくても、自分の中で結構耐性ができるようになったのかなと思うと、なんか焦って助けなくても、むしろそれが力になるのかなっていうので、ちょっと楽になったかなって思いますね。具体的に言うとですけど、私がやっぱりそんなに助けたいパーツが出てこなくても、自分で助かっていく様子が見れるようになってきて、
なんか、一旦この役目はちょっと下ろせるんかなっていうのを、たぶんパーツが気づいたのかなっていうのは思いますね。
結局、あざらしさんの中で起こっているセルフとパーツの信頼関係っていうのも、もちろんお子さんはそんなことを考えたこともないし、IFSも知らないと思うんですけれど、もしかすると子どもの中でも、
例えば学校に行くのはこんなに不安が多くて、自分では何ともならないから叫ばなきゃと思ってたけど、いやでも何とかなることもあるっていう、なんかそういう少し信頼関係がもしかするとできているのかもしれないなということと、もちろん年を上がっていくにつれて前と前、働きも成長していくので、
そういうこともたぶん、ではないかなと思うんだけど。
休むことで変わった親子の信頼
そうですね、なんかやっぱり、ある程度手放す勇気が出たというか、やっぱりそれまで休むことが、休むっていうことは簡単そうに見て簡単じゃなくて、
代わりにケア、息子とか娘のケアを手放すことにもなるので、そこの跳ね返りっていうのをすごくこれまでは感じていたんですけど、ある程度そこまで最低限食事とかそういうのはやるんですけど、そういうのだけでも
子どもたちが自分で自分をケアできるようになっていくというか、あんまり私が入らなくても大丈夫なんだっていうのが、実家に帰って、夏休みにちょっと実家に帰って、その様子が見られたので、私がちょっと空を回ってたというか、
決して無駄にはならないんですけど、今までの助けたいパーツがやってきたことは無駄ではないんだけど、でもそれがやっぱり私が、パーツによるもののやつが結構多かったっていうのも大きかったのかなっていうのに、何ですかね、ちょっとうまく言えてないと思うんですけど。
アザラシさんは本も読まれたから、じゃあその助けなきゃって言ってるパーツが、どうやって子どもじゃなくてアザラシさんを助けているかっていうか、助けようとしているかっていうこともご自分でちょっとこう、AFSのワークとかしてみました?
そうですね、はい。やっぱりちょっと成長もあるからと思うんですけど、最初は縁に行けなくなったっていうところで、私が知識がないままに何となく関わってきたっていうところで、ダメージがあったっていうことが、私も結構追い詰められた過去もあったし、
私自身がたぶん子どもの頃に、うまく助けられないくて何もできなかった無力感みたいなのが過去にあったりとかして、たぶんそういうのを感じさせないために、あなたが無力じゃないよっていうことをたぶん感じさせないために、たぶん一番強く働いてたのかなと思って。
やっぱり、仕事を捨てずにある意味、家にずっといながらにして、子ども、自分の子どもさえちょっとうまくやれないっていうことは、やっぱり私の無力感をたぶんさらに増すっていうところで、やっぱそういうパーツが出てきたのかなって思うんですけど。
でもやっぱり、実家に帰ってある程度、食事とかもある程度、夕食はもう完全に母に任せたりとか、お風呂とかも一緒に入ったりはするけど、家庭全体の運営は親に任せることができて、
その場所に入って、子どもたちとは、もう子どもたちの要望にただひたすら応える日にして、私も普段よりはちょっと楽なので休むっていうことを、ある意味1ヶ月間ぐらい、時間が設定されてるからやりやすかったっていうのもあると思うんですけど、
徹底的に休めたっていうところで、私が休めたことで子どもたちが意外といいっていうのが見えちゃったっていうので、もうちょっと楽になっていいんだなっていうのを、そこでやっと確かめられたなって思いましたね。
じゃあ、その助けなきゃっていう、パーツとワークしたときはどういうふうにやりました?なんかこう感じてやりました?
いや、もう紙に書いてます。
パーツマップみたいに。
紙に書いてどういうふうにやったのかな、あざらしさんはそこから。
自分が今いるパーツが、誰がいるのかっていうのを書き出して、さらにそのパーツが守ってるエグザエルにたどり着くように、なんで助けたいのかなみたいな。
そしたら多分、子どものことももちろんだけど、過去に自分の子どもなのに傷つけてしまったとか、浅はかな知識がなかったっていうことでやっぱり知識をつけさせたりとか、そういうどんどんたどっていくと、過去の子どもに対しての傷と自分の子どもの時の傷がちょっと出てきて、
ただそこに対して話を一応は聞いてあげたんですけど、あんまりうまくいかなくて。
だけどやっぱり本格的に休めて初めて、
たぶん私を信じてなかったんですよね、パーツが。
休んでもいいじゃんって言っても、
みたいな、信じてなくて。
ただやっぱ、やっと休める環境になって、その現状、子どもの様子がたぶん一番、そのパーツが心配してたと思うんですけど、その子どもの様子がいい方向にいったことが、やっぱりそのパーツが一番納得したんだろうなと思っていましたね。
だから私のセルフじゃ納得してくれないっていう、セルフじゃないのかなって思ったらセルフじゃないんだろうな、パーツがパーツに対して何か言って納得してくれなかったんですけど、そういう環境にいてやっぱりやっと納得してくれたっていうのはありましたね。
じゃあ、感じつつ、頭で、書き出して頭で分析しつつ、でも半分はちょっと感じてたっていう感じかな、今の話を聞くと全部分析したわけではなく、ちょっとやっぱり話したような感覚とかあったんですよね。
気づく、やっぱりそのエクザイルパーツぐらいまで、ちょっとなんとなく存在が気づく程度にはいけるんですけど、その先の、じゃあその人たちが納得してくれるかって言ったら、あんまり信用してもらえなくて、ってことはやっぱり、なんか証明してほしいみたいなパーツがいるんだろうなと思って、証明ってどうやってするんだろうなっていうのを思ってましたね。
じゃあ、そこまでいったら、やっぱりそれがまた、自分の時間が確保して、場所と時間が確保されてないと難しいけれど、例えば、なんか証明してほしい、どうして、ここまでいったけど、どうしてこの後、本当にエクザイルに行って、すごくエクザイルとつながって、エクザイルを癒すことが難しいのかっていうのはやっぱりパーツが、
心配するパーツとの関係を築く
安全にザラシさんがそこに行くことを安全と思ってないというか、そういうことがあるかもしれないので、やっぱりそこの関係をもう少しずつつなげていくというか、積み重ねていくっていうことが役に立つんじゃないかなと思います。
はい、きっと私の特性なのかもしれないんですけど、やっぱり見えない未来に対してやっぱりこう不安をやっぱり感じやすい状況でもあるので、なおさらこう、じゃああなたがやった、
言ってることをやっても本当に正しいのって疑ってるパーツはずっといるなあっていうのは思ってて、だからこそ色々勉強したりはできるきっかけにはなってるんですけど、悪いパーツではないんだけど、時にその疑い深い
パーツを納得させることが難しいがゆえに答えが出せないまま、まあ優柔不断じゃないですけど、あっちの話も聞き、こっちの話も聞き、結局ずっと迷ってるみたいな状態が、よりブレンドさせやすいのかなっていうのが最近気づいたとこですね。
今ちょっとその迷いが若干なくなってはいるけど、やっぱり証明できるかといったら証明できないので、そこがやっぱ定期的に多分こういうことが関わる人が増えたりとか、なんかまたやっぱり崩れたときに出てくるんだろうなあっていうのはちょっと思いますね。
なんか今アザラシさんの中にやっぱり出てきたら嫌だなとか、出てきたらどうするって思うパーツが何とかしなきゃって思ってますね。
そうですね、そこをやっぱり出てきたときに、あ、出てきたねみたいな、出てきたね、本当に心配だよねって、やっぱりこの納得させて心配させないようにしようっていう気持ちが出てきたときに、
それはやっぱりパーツが、ちょっとこの、もう心配しないようにこのパーツを黙らせようということをしようとしているので、
確かに、そうですね。
ただ、でも、そういうアザラシさんの中にパーツがあることで、本当に悪いパーツはいないんだから、そのパーツがいることで、できるだけ安全になるようにいろんな計画をしてきたし、いろんな用意をしてきたし、本当にやっぱりありがたい、ありがたいと思うんですよ。
私の中にいるパーツも本当にありがたいパーツがたくさんあるっていうか、全てのパーツがありがたい。
だから、ちょっとその、じゃあ今度、これ次をなんとかしなきゃなとか、今度すごく疲れたらなんとかしなきゃなっていうふうに思ったときに、
これがまた別のマネージャーが出てきてるなっていうことに気づき、そのマネージャーが出てきてくれてることももちろん感謝して、
それ、次の対策を練ろうと思ってるんだから。
だから、そのときにどっちかのパーツを選んで、じゃあ今日はちょっとこのパーツの心配してるパーツだったら、また出てきてくれましたね、本当に心配だよね、何が心配なのかもっと教えてみたいな、
やっぱりそういうセルフからの好奇心で話ができると、もう少しまた関係が深まるし、信頼関係がもっと深まるかもしれないなって思いました。
そうですね、今はすごい楽なのは、そのパーツが病んでるというか、出てきてもシンプルなのですごい考えやすいんですけど、じゃあこれは私の環境が今ちょっと楽だからなのか、
セルフの力がある程度ちょっと高く維持されてるからなのかっていうのはちょっと自分ではちょっとわかんないんですけど、
わかんなくていいのか。
セルフがあって、本当にパーツとの信頼関係ができてるのかもしれないし、予測外のことが前よりも少なくなったから、パーツが悪くないよって言わなくてもよくなったのかもしれないし、ですよね。
そうですね、なので逆に今、そのパーツとのやり取りする練習があまりできなくて、
だからやってきた時のことを考えると大丈夫なのか、前よりは多分大丈夫なのかなって、いろいろそういう経験がある意味勉強になったというか、
やっぱりこういう、どうしても自分の、みんな考えてることが違うから、そこに対して信頼関係を築くためにはある程度時間がかかるとかは今回学べたし、
子どもがある程度ダメージを受けても関わり方だけじゃなくて、時間をかけることで回復していくこともあるしっていうのが見えたので、前よりは多分焦らないで済むのかなとは思いますね。
勉強だったなと今思えているので、だからやっぱり私は予測できないことが多分やっぱり弱いんだなっていう、見通しが立たないのは私に結構課題なんだなって思うと、見通しが立たない時に気をつけることは今回結構学べたかなって思いました。
その時に守らなきゃっていうパーツが出てきたら、やっぱりそれを抑えるとか、また出てきちゃったとか私は弱いって言うんじゃなくて、どれだけ本当に心の底から出てきたらまた助けに来てくれてありがとうっていう風に。
ありがとう。ありがとう言えるかな、なんかもうすでに心配してるから。
それは別のパーツが本当に備えたいですね。
若干のっとられてる感じですよね、心配してるってことは。
でもそれに気が付くということがセルフエネルギーがあるということなので。
ありがとうございます。
次回もしなんか大変なことがあった時は、ウェルカムでパーツにウェルカムって言えるようになれたらいいけど、無理な時は無理かなっていう感じですね。
やっぱりウェルカムっていう気持ちにならなかった時に、他のパーツが出てきてるなって、それを感じることでセルフエネルギーがあるということなので、出てきますよ、いなくなるわけじゃないから。
パーツの感じ方とポリヴェーガル理論
今日の最初はどうやって感じるかっていう話だったんだけど、あんまり別の話になっちゃったんだけど。
そうですね、夫と結構雑談ができるときは雑談をしてて、その時にIFSでどんなノリさんとこういうパーツのことで結構考えちゃう癖があるんだけど、なかなか感じるのが難しいんだよねって話をしてた時に。
夫は私の話のまたぎきなので、あんまりIFSに追うことをよく分かってはないけど、自分自身で今こんな自分が出てるなっていう時は、夫が言うには球体がこう出てて、そこにスポットが当たってるところの面が出てるなっていうような感じ方をしてるらしいんですね。
ちょっとメタ視点というか、今このキャラが出てるみたいな。
だけど私の場合はやっぱりこうやって葛藤状態になるとき、大体ここら辺に声がありそうな、もやーっとしてるけど、頭の中でどんどんいろんな声が聞こえてくるけど、誰がどんなことをどんなふうに喋ってるのかが一気に来るので、
一つずつスポットライトを探検してるような感じで、一人このパーツがいた、このパーツもいた、このパーツもいたみたいな感じで、ちょっと確認、蓋を開けるような作業をしてるなと思ってて、だから身心症状までちょっと出てくるとさすがに気づくんですけど、
でも気づいてるけど、これを何とかしたいみたいなパーツが先に出てきて、そればっかりで他のパーツの声をちゃんと聞いてないというか、なんか感じると思うとやっぱりまずは考えて探し出すみたいなところが先に来るんですよね。
みなさんはどんな感じでパーツが来てるんだろうっていうのをちょっと興味があって、野田則さんとかってどんな感じで出てるんだろうなっていうのを、そうそう今日は聞きたかったですよね。ちょっと話脱線しちゃったんですけど。
私の場合は、たとえば焦ったとか、疲れたとか、ほんと焦ってるパーツがいるとか、疲れてるパーツがいるっていうふうに、なんかぼやぼやといる感じかな。あんまりスポットライトを当てるとか、そういう感じでもなく、そうですね。
結構私は整理しながらやっとこういうのいるなーみたいな感じで、見つけ出す作業が必要だったりするんですけど、体の中に出てくる人もいるのかな、わかんないですけど、私はどちらかというと頭のここら辺に外側にいる感じがしてて。
頭が痛いとか、そういう時はさすがに体のちょっと近くにいる感じはするんですけど、頭でだから考えてるので、ここら辺に密集してる感じがありますね。
そうですね、私も頭のあたりにいるのもいるし、肩のあたりにいるのもいるし、いろいろでしょうね。
なんか答えになったような、答えがないから。そうなんです、興味なんですけど。夫の球体の、ちょっとパーツのこと多分あんまりよく知らないから、そういう感じで自分を考えて内施してるんだろうなって思うんですけど、みんな結構個性があって、面白そうだなと思って、どんな感じなんだろうっていうのがちょっと気になった次第です。
じゃあ、配偶者の方をもうちょっと誘って、IFSのパーツ言語でしゃべってみるとか。
はい、そうですね。
やりますか。
あとちょっと最近、ごめんなさい、ちょっと脱線するかもしれないんですけど、またちょっと全然違う話なんですけど、ポリベーカル理論っていうのが、
あの、赤、モードが赤とか、緑とかですよね。あれがちょっとSNSとかであんまり理論的じゃないみたいな話をしてる人がいたんですけど。
うん、ありますね、最近。
だけどなんか、結構感情を見つめるといろんな感情があって、結構、じゃあこれが嬉しいって一言で言い切れない時とか、なんかこう、なんだろうな、ドキドキしてるの中でも実はやりたい、そういうことやりたいとかやりたくないとか迷ってるとかいろんな気持ちがあってドキドキがあるっていう時に、結構私は好きだなと思って、
なんとなくざっくりいろんな感情を含めてこの状態になるっていうのが、意外といいなって私は思ってるんですけど、なんか子供に伝える上でもどの色のモードかっていうのはまだ、ちょっとまだ言ってないんですけど、なんか一言で言い切っちゃうよりかは、このモードでこう把握するっていうのは私には結構合ってたなっていうのが最近思って、はい、ちょっと共有をしました。
はい、ありがとうございます。
なんか理論的に、その神経学的にとかなんか、脳科学的にっていう話も、最近私もなんか読んで、でも私もザラさんと一緒で、なんかそれが何に自分に役に立つのかとか、何がこう、世界に役に立つというか、あの、とかを考えて、あまりなんかこだわりがないというか、
本当に、今はすごい心が開いてるな、緑っぽいなとか、なんか赤になってきたからちょっと散歩に行こうとか、なんかそういう感じで、自分にどういうふうに役に立つかっていうことで使えばいいのかな。
もちろん色も、例えば全く関係なくこう、赤とか緑とか私のコミュニティで描いているけれど、例えば今の色は何?って子供に聞いて、例えばオレンジって言うと、ああ、そんな感じなのね、みたいな、なんかそういう、そうすると頭で考えてオレンジじゃなくて、心とか体の感じがオレンジなんだよね、みたいな、なんかそういう、
自分の心身の方にどうやって意識を向けるかっていう意味でも、なんかそういう色を使うとか、いいのかなと、頭の中で考えがちな私たちがどうやってこう、
そうなんですよね、なんかこう、自分が結構複雑な時が、なんか言い切れないことが結構多いので、なんか子供にとってもこっちのほうが意外ととっつきやすいのかなーって、どっちのほうが好きなのかなーと思って、なんかそれぞれがあったやつ使えばいいなって、
思って、はい、そのSNSを眺めてました。なんか結構、理論的に証明できないことの方も結構多いよなーと思って、っていうのを最近改めて、自分がこう、ちょっと回復した時でもそう、改めてこう、
なんか思いましたね、なんか不思議、理解してやらなくても、なんかうまくいくこととか結構あるんだなーっていうのが最近気づきました。はい。
基本的には、なんか私たちの中にはもうわかってる、なんか、私たちはこう、もっと学ばなきゃって思うけど、それをしなくても実際、私たちの中にはもうすべてがあるというか、
それにどうやって気づいて変えるかみたいな、またちょっと話が飛んだかもしれないけど、そんなふうに思ってますね、私は。はい。
いろいろ脱線しましたね、すみません。脱線しました、すみません。私も最近思ったことをいろいろ喋って、はい、ありがとうございます。
またでも、後のポリベーガル理論の話とか、こう、神経系を感じることとか、また良ければ、話をしましょう。はい、ありがとうございます。
ありがとうございました。なんかあんまり本当に答えにならなかった、最初の質問の答えにならなかったかもしれません。いやいやいや、雑談なので。はい、ありがとうございます。
じゃあまた、はい、コミュニティでお会いしましょう。はい、よろしくお願いします。失礼します。はい。さようなら。さようなら。
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