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2022-12-19 33:40

【10-2】死にかけた心臓手術。「愉快度」に目覚めたわけ(第10回ゲスト・八反田吾郎)

第10回のゲストは湘南発の家具ブランド 85 FURNITURE代表取締役の八反田吾郎さん。今回では、湘南で家具ブランドを立ち上げることになったわけをお伺いしました。

【今回の内容】

サラリーマンになりたくねぇ/ 「神と民」 / やりたいことを再考した心臓手術 / どうせ稼ぐなら愉快度高く

【番組概要】

この番組は、型にハマらず自分の才能と個性を生かしたライフスタイルを送る方をお呼びし、その生き様に迫る番組です。 パーソナリティーを務めるのは、スモールビジネス経営者の渡辺孝祐と、クリエイティブディレクターの齋藤実帆。 感想は #ぼくスモ をつけてTwitterに投稿お願いします!

【SNSリンク】

◯パーソナリティ

渡辺孝祐 https://twitter.com/kosuke_coin

齋藤実帆 https://twitter.com/mihosaito_nsw

◯番組

Twitter https://twitter.com/oursmallbiz

00:05
みなさんこんにちは。ボクスモノコウスケです。
みほです。この番組は、小さく初めて大きく稼ぎ、人生を謳歌しているスモールビジネスの経営者を呼びして、その知られざる世界、生きざまに迫る番組です。
前回に引き続き、ゲストは湘南発のハンドメイドハグブランド、8号ファーニちゃんの代表取締役、カッタンダゴロウさんです。よろしくお願いします。
よろしくお願いします。
ゴロウさん、引き続きよろしくです。
前回はね、ゴロウさんの現在何やってんのって話を聞いてきたんですが、
今日はですね、過去の話ですね。何がどうなって、今ゴロウさんはここでかぐやさんをやっているんだという、こういう話をお伺いできたらなと思います。
というところで、経歴というか、なんか割と遡っていいですか?
どこまで行きますか?小学校とかから?
いや、あの、大卒ぐらいでいいかな?
大卒。
ゴロウさん今、おいくつになったんですか?
僕、52です。
52?
見えない。
そう、若いよね。
52なんですよ。
いい感じのおっさんだよね。
そうそうそうそう。
おっさんとか言っちゃったけど。
わかる。
だから、新卒時代が?もう30年前?
新卒、僕大学入ったけど出てないんで。
え、どういうことですか?
中退です。
中退?
早期退職制度を利用して。
早期退職制度。
金はもらえないでしょ。
大学にそんな制度あったっけ?
勝手に辞めたっていうね。
それ、何かやるため?みたいな感じなんですか?
やるため、そうですね。
当時は僕、バンドやってて。
バンドやってて。
これもプロを目指すっていう感じでもなかったんですけど、
アマチュアベースで結構真剣にというか、情熱を入れてやったんですね。
その途中からなのかな。
すごい思いっきりやりたいってなって。
で、大学も行って、僕当時実家が吉祥寺で。
日大に入ったんですね。
日大の当時、農獣医学部。
農学科。
そこにした理由は、そっち系の受験科目が得意だったから。
みたいな感じで。
え、獣医さん?
農学科みたいな。
落農系?
落農ではないけど農業。
生物が得意だとか、数学が得意とか、受験科目で。
決してその学校に出て、そこで身に付けた知識で将来そこでサラリーマンをやっていこうとか、
そういう選び方じゃなくて、得意科目で選んだ。
なるほどね。
で、大学入るタイミングで結構、サラリーマンになりたくないなっていうのは結構あって。
なんでなんで?
なんか別に楽しそうじゃないっていうか。
あんまりハッピーそうに見えなかった。
父母は?
父母は。
サラリーマンだったんですか?
サラリーマンですね。
普通の。
その後ね、実はちょっと起業したこともあったらしいんですけど、親父は。
知らなかったんですけど。
知らなかったってことは別にその影響でもないって感じなんですね。
03:02
全然ないですね。
で、だからその普通に大学で出る意味ってあんまり見出せなくて、
だったらそのバンドを結構しっかりやれるような、
例えばじゃあライブです、ツアー行きます、レコーディングですとかいうときに、
休めるような仕事で、ただ休むから単価はいい方がいいみたいなとか。
こんな都合のいい仕事があるの?
あるの?
最初は飛び職だったんですけどね。建築系で。
当時は結構人手不足というか、今でもそうですけどね、建築系すごく厳しいみたいですけど、
産経って言われてて、バブルの終わりぐらいなのかな。
仕事は仕事もあるんだけど、若い衆が全然やりたがらないというところで、
結構若い私はチヤホヤされまして。
当時ね、髪が長かったんですよね。
そんな?
北斗の剣の時ぐらいな感じだった。
分かんない人分かんない。
知ってるでしょ?
いや、俺もあんま分かんない。
少しぐらいまでですかね。
少しぐらいまでありました。
すごいすごい。
で、挑発に対する差別というか区別というか、世間は結構厳しくて、
仕事は雇ってくんない、部屋貸してくんない。
部屋貸してくんないんですか?
もう嫌がれる。
髪の毛だけで?
もうめっちゃうるさそうな感じだから、すごくあまり豪大偶ではなくて。
そうなんだ。
そんなところも、建築現場、都備職なんかは心よく受け入れてくれるというところですかね。
大学辞めてはそっち行ったの。
都備を音楽しながら都備しながら。
そうですね。
その建築系の職種がその後で、ここの話だけすげえ長くなるんで割愛しますけど、何職かあるんですよ。
都備職って町場の都備職って言って、木造住宅の基礎工事。
大工さんと一緒に建て方って、あしらを建てるところまでが都備職の仕事。
あとは足場を建てて。
あとは大工さんが作って完成したら足場をばらして、そこらへんのコンクリートとか駐車場のやったりとかっていうのは都備の、町場の都備職の仕事なんですね。
そこと、あと途中でね、空調設備多能工っていうのもやったことがあって、それはビルとかの仕事。
そこでもいろいろ、キッター張った、鉄のデッキプレートの穴開けたりとかいろんなことをやりの、あとその後ちょっとブランクあってから内装業、ボールを張るみたいなこともやったことがあって、その上での、今は家具屋なんですね。
家具のことは習ってないんだけど、その工具系は一通り触ったことがあって、なんとなくわかるみたいな。
活かされているんですね。
それで断熱材自分で張れたんですね。
構造もなんとなくわかるし、なんとなくリノベーションも結構できるし、なんなら家もたぶん建てられるぐらいの感じであるんですね。
豚小屋作ってましたもんね。
豚小屋!
豚小屋も作ってましたね。
ペット用の豚。
そうなんですね。
そうなんです。
じゃあそこで基礎が。
その後だけど、結局バンドも途中で辞めたりとかして、いろいろあって、勤めてたんですよね、そのうち30、40ぐらいは。
06:10
いつか独立したいなんて気持ちはあったんだけど、昔って独立ってもっと大変なイメージというか、お金用意して突っ込んで潰れるのが独立みたいな、大変だよみたいな。
今もそういうのあるのかもしれないけど。
会場資金みたいなね。
難しいみたいな。
僕基本ひめくりなんで会場資金が回らないみたいな。
計画性も銀行を説得できるような計画書書けないみたいな。
なかなかハードル高かったんですよ、その企業というか。
だけど、もんもんと勤めて暮らしてて、10年ぐらい前ですかね、もう40過ぎてからですよ。
出会ったのが1個目の会社、実は先月11月末で10期目が終わったんですけど、最初の会社の。
それがECですね、物販輸入販売の仕事というかそれなんですね。
きっかけはね、このポッドキャスターにも出演されている船原さん。
船原ファミリーなんですよ。
船原ファミリー増えていくなー。
船原一派なんですよね。
やってたセミナーかなんか見て、そこで募集していたよりお高いコースに入って、そこで結構変わっていったというか、物販でも割と業績を伸ばしていってって感じですかね。
船原さんやべえ、家具屋も生み出している。
そうなんだよ、家具屋とコイン屋を生み出してくれる。
すげえ、やべえ。
すげえのは、船原さんがコミュニティを募集したのかな、初めてなのかな、あの時って。
ちょっと高めのコミュニティを募集したときに結構たくさんいるセミナーで、
ビッグサイトかなんかのやつね。
10人いかないぐらいの定員のすごい小規模な濃いコミュニティを1回目のために参加したんですよ、僕なんかが。
そう、あれなんか結構。
いた?あの時。
僕客席にいて、結構高かったんですよね。
僕普通にサラリーマンだったから、そのとき。
なんかちょっと日寄っていけなかったんですけど。
そうなんだ、参加費があってこと?
参加費が。
参加費はまあまあしましたよね。60万とかじゃないですか。
あ、2桁か。
まあなんかそこにさ、何やるかわかんないけどとりあえずみたいな。
すごいね。
めちゃめちゃ雑で、船原さんの募集も。
ただ、なんだろうな、僕ね、あのセミナーが初めてそういう情報を発信している方がやっているイベントに参加したのが初だった。
あ、そうなったんだ。
だからネットウーパンってこんなにいるんだみたいな。
結構ひどい話なんだけど、なんか俺は自信がついたとなんか見て。
どういうこと?
結構周りよりいけるかもみたいなことですか?
見下したんですね。
すごい!いいと思う!
こんな奴らかいみたいな。
根拠のない自信。
いけるかもって思って。
で、喋ってる人も5、6人いて、あ、いけるかもって。
いいですね。
喋ったやつ、やつだって。
やつー。
09:00
すごい人もいればすごくない人もいらっしゃって、当時俺も何にも言ってないんですよ。
何にも大したことないんだけど、根拠なく言ってるんですよ、それ。
だけど、あっちは神でこっちは民だなって思ったんですよ。
で、神に民が群がってるみたいな。
そうね、そうね。
で、これせっかくだから、自分時間大事だから、神と話そう。民とは喋んないみたいな。
でもすごいすごい、大事大事。
当時、京太君と言ってて。
で、話したやつ、あれの民、民、民。
民、民、民。
あれの時間。
ヤなやつ。
京太君食べた。あれも食べたから、時間の問題。
エンドレスと同じ話ずっと続くから、絶対あの人と喋んない方がいいよ、みたいなことを言ってたんですよ。
その辺の見極め力大事っぽい気もする。
なるほど、そんな感じでね。
えげつないというかね。
だからその、自分が、たぶん、あのセミナー時代は3000円とかのね、そんなに大したことない参加費だったんですよ。
当時の僕は何か、情報に3000円出すっていうのがすごくアレルギーが高くて。
3000円払ったんだから、元取んなきゃ、みたいな。
えらいな。
っていう感じ。
すごく働いてた結果、神々発言というね、問題のある言動が。
3000円損したくねーって、気持ちでそうなったんです。
それだけ本気だったというかね。
損したくないです。心がね、狭いんです。
いやいや、いいと思いますよ。
60万っていうのも、絶対嫌だって思ったんだけど。
でも、その中で60万払うっていうのは怖いですね。
実は相棒がいて、相棒が僕が半分出すから、ゴロラさん行ってきてくださいよみたいな。
そうなんだ。
そんな感じだったんだ。
僕はモチベーション何も高くない。
相棒すげーな。
あれ、二人で行ったんじゃないんだ?
結局最終的には二人で行った。
そういうことね。
だけど入り口敷を彼が下げてくれたんですよ。
すごーい。
いい相棒ですね。
本当にそう。
それで行ったら行ったで、10人ぐらいで囲われて、どんだけ早く月収100万に行くかみたいな。
一応そういう触れ込みのコミュニティだったんで。
で、僕そういうとこ入るとムキになるタイプだったんですよ。
負けず嫌いなんですかね。
やってて結構一番最初になったんですよ。
すごーい。
実際に?
今思えばかなり無理矢理ではあるんですが、
どちらかというと質を高めるというか、量をひたすら増やして100万無理矢理に乗っけたって感じですかね。
それも転売でってことですね。
思いっきり純粋な転売です。
純粋な転売です。
クリーンな言い方だけど。
何の工夫もなく、何の商品ページにひねりもなく。
ヤフオクとか?
ヤフオクでも1円出品しまくるみたいな。
無理矢理ですよ。
それ達成されるのはやっぱすごいですね。
すごいよね。
小さくて、小荒れで暗くて、分かりやすいものを皆さんやろうとするんで。
コインとかね。
コインは高いからやりづらいですね。
だからそこの群がりが半端ないんですよ。競争が。
レッドオーシャン、超赤仕様みたいな感じで。
12:01
本当すごいんですよ。価格がボーン下がってね。
だから僕は気づいたのは、高くて壊れやすくて、重たいもの、でかいものとかはみんな気持ち悪くてやらないんで。
そこが割と真空スポットみたいな感じで空いてるんですよね。
そこをガーンってやって、で叩いたみたいな感じですかね。
なるほどね。
そこでまたさらにね、振り返ってずずしいなと思ったのが、なぜか船原さんともなるべくお話ししようみたいな感じで、
ちょっとこうグイグイ。
グイグイグイグイみたいなね。いいですね。
イエローカード寸前のところに行って、ポジショニングもすごくてですね。
さすがですね。
鼻息荒くいってですね。
ぶつかり合い。
その1年のコミュニティだったんですけど、1年が終わる頃には、なぜか相棒京太君と僕とで話して、
一緒に運営やらせてくださいって言ったの。
なるほどなるほど。
で、船原さんほんとすごいのが、あ、いいですよって。
船原さんぽい。
情報発信の人って結構鼻息荒いイメージっていうかね、やっぱり稼げる額が大きいんで、皆さんそこらへんシビアというかいう方が多そうなもんなんですが、
あの方はね、すごく大らかなんですよね、そこらへんが。
確かに確かに。
異常に。
異常だよね、そこらへんは。
穏やかですね。
広いんですよ、間口が。
それで生まれるんじゃないのみたいな、ざっくりとした。
別にうちらがすげえとか、多少はそういう面白そうって思ってもらえたんでしょうね、きっと。
それでそのオファーを受けてくださって、運営側でその第2期から一緒にやったんですよ。
第2期からすごいですね。
どういう割り込み方だって話なんですけどね。
でもでもでも、自分でチャンスものにしてる感がやばい。
そこがターニングポイントである意味。
多分そこで入ってくれたんですよ。
2回目か3回目の。
そうなんだ。
広瀬さんにおった?
MBSやね。
そうそうそう。
そこに参加してくれたというつながり。
最初は。
で、出会って。
へー。
当時ソウザは勤めてた。
若くて。
10年くらい前だよね。
結局僕も勤めてて、でかいセミナーで60万みたいな結構迷ったけど、参加しなくて。
でも参加してもよかったかもってちょっと思ってたら、その時に手を挙げてたゴローさんとかが、言うたら神側に行ったわけよね。
そうだよね。
うわ、俺も行っときゃよかったと思って。
そうそうそう。
で、第2期は結構ずっと。
確か高いのと安いのあったでしょ、プランが。
そう。
そうなんだ。
で、高い方入ってみたいな。
やばいやばいやばい。つながってる。
で、100万くらいしたよね。
そうかもしれない。
で、毎月どっかで集まって、ビジネスの進捗報告みたいなして飲み行くみたいな。
楽しそう。
15:00
楽しんでる。
楽しそう。
だからね、あれはあれでやっぱりいいんですよ。ちょっとした金額を出すっていうフィルターがかかってるんで、最低限そのぐらいをできる、あるいはどうにかしてやろうっていう意気込みの人しかいないんで。
要は民が入りづらいんですよね。
そうですね。
例えば民って何かっていうと、例えば良くなりたいんだけど何もしませんとか。
分かるよ。
愚痴の言い方も最高に上手いですとか、ネガティブとか。
少なくとももうちょっと自分のやりたいこととか大事にした方が良くないですかみたいな感じ。
その人がずっとそうだとは。民って本当にひどい。
分かる分かる。
絶対言ったらまずい言い方なんだけど、当時は僕は同じ民だったから、民にはダメだ、脱民にはどうしたらいいだろうって考えて一生懸命行動した。
要はその他大勢で喋ってても、あんまりこちらから与えられることが少なくて、覚えてもらえないし。
なんならもう自分と話すメリットってねえよなって、このレベルの人が自分と言ったら。
何か一応メリットを考えるっていうか、それはすごいしましたね。
なるほどね。
研ぎ澄ましたギャグをぶつけるとか。
ちょっと待って、ちょっと待って。
コミュニティ運営みたいなのをやらせてもらって。
結構デカそう。
芸風がちょっと違ったんですけど、物販の人って割と真面目な方が多くて、僕らは相棒もすぐ近く住んでたんで、
湘南ハッピーっていう名前でやったんです、情報発信は。
ゆるいメルマガも、ビジネスのことほぼ触れねえみたいな。
延々とやったところ、ご指示をいただきまして。
楽しい集まりの中でつながって情報交換するみたいな。
ゆるい飲み会っていうのは結構頻繁にやってましたね。
バーベキューとか、僕も何回か行きましたよ。
本当ですか。
湘南ハッピーは、この五郎さんと花さんって二人がゆるいんで、
ゆるいんだ。
心地がいいんだよね。
けどね、船原さんの影響力のいっぱいの人の中でも名は売れたというかね。
知ってもらえてたんで。
こう言ったらなんだけど、船原さんの影響力に乗っからしてもらったっていうか。
割とだから順調に。
ビジネスのほうも、物販のほうもリアルのほうだし、
情報発信のほうでも一応会社をもう一つやったりしたんですけど、当時。
ある程度良くなったというか、余裕が出てた。
充実してお金も入り。
5年目ぐらいの時に、僕がようやく核の話に行くんですけど。
いよいよだ。
ここからどう核に行くんですかね。
金はそんなにすんげえ稼いでないですよ。
日めくりカレンダーなんで。
ビジネス能力がいまいち低めなんで。
そんなに一生懸命、お金を稼ぐことに一生懸命できないんですよ。
波が良ければ波乗り行っちゃうし。
18:01
楽しいことが大事にしてたんで。
ある時ですよ、僕。
心臓の手術をすることがありまして、5年ぐらい前に。
これは健康診断で心殺音がありますよ。
経過を見てください。1年後に言ったらより進んでました。
心衛校で見たら、心臓の弁に問題がある。
手術した方が、これ勝手には絶対治らないものだから、
外科的な手術をした方が、心臓の品質をキープできて、
人生のクオリティもキープできますよ、みたいな手術で。
じゃあやるかと。
やってたんですけど、
これは一応死亡率がちょっとある手術だし、
心臓の手術をやるってことは、一回止めるんですよ、心臓を。
人工心肺つないで、みたいな。
っていうのを、当時僕子供が2歳ちょうど。
で、下の子がお腹の中に入ってる。
みたいな状況で、嫁に見させたわけですよ、それを。
死ぬかもしんねんだ、みたいな。
2、3パー。術式によっては3パーぐらいあったのかな、死亡率が。
でも結構ありますね。
無視できないね。
そこは病院もちゃんと選んだりして、なるべく率が低いところ。
成功率の高いところを選んだんですけど、経験値の高いところ。
そうなんですが、そこで結構、
俺、まあまあやりたいことをやる方向に来たけど、
本当に俺、このまんまでいいのかなっていう。
また再度、再確認。
俺、やりたいこと何?みたいなことを考えるタイミングがあったんですよね。
その時は、結構ひどくて、
当時ね、例えば住んでるところなんか、今も住んでるんですけど、
思いっきり海沿いのマンションなんですよ。
結構いいところだよね。
すげえ、もう金持ちがいっぱい住んでるところで、
あの中で俺、一番貧乏なんじゃねえかぐらい。
たまに、なんかごついフェラーリとか止まってたりとか。
そもそも住んでないんですよ。セカンドハウスみたいな。
うちはガチで住んでるんですけど。
っていうところで、割とのんきに海もすぐそばだし、
愉快に生きてるイメージで。
メルマガ駆けはずっと何かくだらないことしか言ってねえし、
相当愉快な人に思われてたんだけど、
で、俺はこれでいいのかみたいになって、
そのマンションのバイク置き場。
100世帯ぐらいあって、10台ぐらいしか止められない。
倍率20倍のバイク置き場を当たったんですよ。
これ買うしかねえと。
当時俺車持ってなくて、レンタカーみたいなやつ。
カシアみたいなやつ。あれで済ましてて、
で、買ったんですよね。バイクを。
免許ねえのに。中免しかないのに。
で、買った後に教習所の予約取りまくってるけど、
ちょっとまたそれも不規則な動きになるから、
そこで予約嫁に言ったんですよ。バイク買ったって。
で、嫁は怒って。
なんで家族が4人になるタイミングで、
これからね、車もねえのに、
バイク買うんだ。
乗りたかったんだって。昔の憧れだった。
21:01
正直に言ってよろしい。
これもう神が買えと言ってるよ。
で、買ってもっていう感じですね。
あとは、当時はちょっとした情報のお仕事もして、
ハナ君と京太君と一緒にやった
少年ハッピーの方でも多少儲かったんですね。
利益が出たと。
これはこの金使って、
楽しいこと大好きな人たちなんで、
宮古島に部屋を借りたんですよ。その金で。
で、その宮古島を借りたのと、
俺のシューズのタイミングがほぼ一緒くらいなんだけど、
そこでいろいろ、
なんかね、ものを作ったんですよ。DIYで。
昔から俺好きだったから。
昔まで家具屋やりたいって思ったことあったんだけど、
当時のイメージとしては長野か岐阜の山奥に住み込みで、
初任級13番みたいなね。
すごい過酷な道っていうか。
俺仕事やるよりバンドでやらなきゃいけない。
全然住み込みとかNGで選択肢に入んなかったんですね。
だけど作るのは好きだし、
作ってみたらめちゃめちゃ楽しいと。
この喜びは尋常じゃないものを作る。
これでお金もらえたらすげーいいなみたいな。
だし、数作ればなんとかなるんだって思って、
それで元々やってる輸入販売の仕事に、
一部門として、
部屋でいうとマンションの一室で、
5畳のひと間を木工部屋に変えして、
そこで作り始めたんですね。
それが家具の作りの始まり。
5畳でできるんだ。
さっき女性のスタッフさんいたでしょ。
あのスタッフさんはどこで知り合ったのかというと、
家具屋始めてから、ちょっと家具のこと知りたいなと思って、
家具教室に通いだしたんですよ。
そしたら同じ日に入会した人で、
好きなんですかみたいな。
実はこうなんですけどみたいな。
当時、彼女は都内まで通って、
人材派遣みたいな感じで行ってたけど、
こういう感じなんですけど、つったら乗ってくれて。
彼女もちっちゃいお子さんがいるんで、
相当だから何もない状態だったんだけど、
5畳1枚でエアコンもなかったんです。
めっちゃ暑いやん。
彼女は世界に2周してるから、暑さに強いみたいな。
またいい人材を。
面白い人だね。
彼女のことが気になりますね。
どんな逸材を。
クリーマーとかのいいところっていうのは、
受注販売で行けるんですよ。
受注したら初めて作るみたいな感じだから、
低空から行けるんですよね、低空飛行から。
在庫とかじゃなくて。
24:02
下手したら、家の軒先で
注文が入ったらやるみたいな人も多いから、
5畳でもそのスペースを確保してると、
多分恵まれてる方で、踏み込んだ方で。
常設しとけるといいじゃないですか。
いちいち出したり片付けたり、それだけでも大変。
確かに。
そこは環境を整えて始めたんですよね。
1、2年してから、
本業の方が移転するっていう話も出てきて、
それもマンションで無理やり、
本業の方も自社の物販だけじゃなくて、
同業者の人の荷物を預かって、
物流サービスみたいなことにシフトしていったんですよね。
神経麻痺ってでかいものを死ぬほど売れてたんで、
フェデックスさんとかからすごい安いレートをいただいてたんで、
うちが手数料もらっても、初心者の人が送るより
安く提供できるっていうか、
そういうサービスをやっていて、
今はそっちがメインになっちゃってるんですけれども、
そこも強要部分に荷物をすげー置いてたんですよ。
普通廊下置いていけないじゃないですか。
最初は1個2個だったのに、
5年かけて100個ぐらい置いてて、
すっげーかーっつって。
廊下に置いてて、それが見つかったんですよ。
5年見つかなかった。
これはヤバいよって言われて、
ちょっとつって、すいません探しますって、
1年後ぐらいに引っ越したんですけど、
そしたら当時マンション2部屋借りてたんですよ。
1部屋は昔住んでた持ち家で、
もう1つ隣の家に借りてたんですね。
5畳でやってたのが、移転したから、
こっちの自分が持ってる50平米ぐらいの小さいマンションを
丸ごとで使い出す。
そこで気合い入れて、
従業員、スタッフ3、4人に増やしてって始めてたんですよね。
そしたら今度、
さっきのウィーンって音が4人いると、
誰かがウィーンなの。
そのままでよりうるさくなって、
あの優しかった隣のおばあちゃんが、
いつまでリフォーム続くのかしらね、とか言って、
あれ?俺家具やってるって言ったよな、この人に。
これはお叱りの言葉だ、みたいな。
ちょっと遠回しだね。
で、探してここを見つけたんですね。
確かにマンションの一室じゃ、あの損は無理ですね。
今の部員はちょっときついね。
大島海岸っていう前よりも良いロケーションで、
数来ていただいたのが分かると思うんですけど、
周りは住宅、商店街の終わりなんですよね。
普通工房っていうと、もうちょっと山奥で来づらい場所が多いんですけど、
ある程度人気があるところで、
空間のアドレスで、なおかつ場所もそれなりに
余裕があるようなところ、この物件に出会えたんですよね。
それが2年前ぐらい?
27:02
2年前ですね、2年ちょい前。
リフォームとかも好きで、
これ全部好きなようにできるんで、
そういう自分の理想のところを作ってるっていうか、
結局一番いる時間長いんで、
どんどん愉快度が上がってるっていうね。
こういう余計なスピーカーとか買ってみたりしながら、
ちょっとしたイベントとかもできるような感じになったりとか、
まだね、向こうはね、さっき見ていただいたんですけど、
まだ全然手使わないんですけども、
それも徐々にやっていって、理想の場所、スペース、
外交なんかもやれることが死ぬほどあるんで、
それをやってる感じですかね。
だから、何だろうな、
掛け始めたのは、より愉快度の高い稼ぎ方ってできないだろうかって、
いろいろ考えて、
いう中で選んだ道の一つなんですね。
愉快度って面白いね。
どうせ同じお金を稼ぐんだったら、
我慢していっぱい稼ぐというよりかは、
愉快度高く、丸の重なってる分を追求していってるというか、
それで、
家具屋の方っていうのをまた始めて、
なんですよね。
でもいいですよね。
もともとの本業の方でお金を稼いでて、
余裕がある時点で、自分の好きなことにシフトするって、
すごい理想的なのかなって思って。
余裕があったのが微妙なんですかね。
結構チャレンジングだったんですか?
規模が小さいんで、初期投資はしてないんで、
徐々に客がある程度売れるって分かってから、
それに合わせて増やしていってるんで、
計画書の類はないっていうか。
ないけど徐々にデカくなってるのがすごい。
徐々にだから一段ずつ板が上がってくるのに、別に計画なんかいらないじゃないですか。
目の前の階段登りはいいだけなんで。
ビジョンはこうなったらいいなみたいなのはありますけど、
ひめくりカレンダーの悩みとしては、
自分はやってないんじゃないかって思う感じ。
どういうこと?
計画が進捗OKっていうチェックがないから、
頑張ってるんだけど、なんかもっとできたんじゃないかとか、
そういう焦りが常にあるっていうか。
振り返ると、俺結構頑張ってる。
よくわかんないじゃないですか、昨日と今日が去って。
徐々にね。
意外と自己評価はそんなに高くなくて。
なるべく振り返ってね。
振り返ると結構ある。
嫌だけどね、俺ぐらいの年で振り返って、
俺が書いとけよ!みたいなね。
そんな感じじゃない。
前は向いていないんだけど、
振り返るものはそういう意味では確認して、
良ければ良いし、
ダメなら軌道修正するって大事なのかもしれないですね。
そこの一歩一歩進む我慢強さみたいなものが、
結果良くなってる気もしますね。
30:00
そうなのかな。
目標とかあるとみんながむしゃらに急いじゃう。
それがいい面もあるんですけど、
その結果、例えば何かの出会いを逃すとか、
何かの機会を逃すとか、
アイディアの成熟度合いがまだ足りないとか、
いろいろあると思うんですよね。
日々精いっぱいのことをとりあえずやりつつ、
ちょっと大丈夫かなと思いながら、
機会を待っているみたいな感覚もあったのかなと思ったんですけど。
最高な感じにまとめていただきありがとうございます。
そうだったのか、俺みたいな。
じゃあそれでいい。
やっぱり言いたかったのかもしれないですけどね。
でも思うのが、
俺ね、今回なべちゃんがポッドキャストで出てくださいよって言ってくれて、
いいですいいですって気楽に言って、
ヤマタクさんの聞いてみたんだけど、
すげえなこの人みたいな。
あとメンツ見るの恋じゃないですか、船原さんでしょみたいな。
遥かにちゃんとしてる人たちだぞみたいな。
ちょっとひるんだんですけど、
やっぱすごいですねヤマタクさんね。
面白いですよね。
全然違いないと思って、俺と。
あの人は分析力が波じゃないというか、
ある程度絵描いてから、
あの人も行き当たりばったりっぽいけど、
ガンガン言ってるんですね。
分析はやっぱり尋常じゃなくてしっかりしてて、
効率を研ぎ澄ましてやっていく。
俺思ったのが、
効率は当然よくするって考えますよ、作業でも。
効率よくて求めないとなかなかお金が貯まっていかないんで、
効率って考えるんだけど、特徴としては、
あんまり効率追求型じゃないですよね。
気にしないというか、
そこを極めるわけじゃないみたいな。
欲求に素直なんでそっち行っちゃうみたいな。
好きな方に行っちゃったり、気持ちいい方に行っちゃったりとか、
コツコツあまりできないからとか、
あるいは損切りができない男なんですよ。
損切りができない男だから、割とダラダラ続けるんですよね。
面白いもんでね、ダラダラ続けるといいことあるんですよ。
なるほど。
要はその場でブンブン切っていく人が、
気づかない目に気づけたりとか、
これは結果なんですよ。
意外とあって振り返ると、
それがそういう感じなのかなって。
それぞれ違う。
成功する歩み方とかタイプが違ったんでしょうね。
聞いて人と比較して自分がまた認識できた、
手助けになれたのはすごい嬉しいなと思いました。
確かに、うちの番組がね。
そろそろお時間です。
今回はゴロさんの過去ですね。
なんで湘南で家具屋さんになったの?というところで、
昔から振り返ってもらいました。
33:00
面白かった。
次回は今後ですね、
ひめくりカレンダー発言が出てますが、
今の家具屋さんを将来的にどうしていくのか、
未来のことについてお伺いできたらなと思います。
今日はありがとうございました。
番組をお聞きの皆様、ぜひフォローお願いします。
Twitter、YouTubeでも発信しておりますので、
SNSをチェックしていただけたらなと思います。
Twitterではハッシュタグ極相撲で、
感想、質問などもお待ちしております。
それでは本日もありがとうございました。
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