現行刑法の73条で規定されてたんだよね。
えーそうなんだ。
そう。で、これすごいのが、条文にはっきりと死刑って書いてあるのよ。
あーはいはい。
まあ、条文はさなんかその昔の書き方だからちょっと省いちゃうけどさ、
まあ要は危害を加えたら死刑ですみたいなことが書かれてんの。
うんうん。
すごくない?そんな刑法怖いよね。
確かに。
なんかどっかの大人の近代史でちょっと触れたことなかったっけ?わかんないな。
これは大津事件で触れたでしょ。
あー大津事件か。はいはいはい。
そうそう大津事件でさ、ほらニコライ2世に、
ニコライ2世っていうのはさロシアの皇族なわけじゃん。
うん。
に危害を加えたあの津田三蔵は、
この対逆罪がみたいな感じで適用されるんじゃないかみたいなさ。
いやでもそれロシアだしみたいなさ。
あーあったね。すげえ懐かしい。
そんなくだりで確か出してた気がする。
はいはいはい。
まあその対逆罪ね要は。
うん。
ちなみに現行刑法でって言ったけど、
これはもう昭和22年に現行刑法からは執行、削除されて執行して、
もう今はだからもちろんこんな法律はないわけよ。
あーそうなんだ。
うんだから今はまあちょっと不謹慎だけど天皇に危害を加えたって、
要は普通の人に対して危害を加えたのと同等の刑法で裁かれるというか。
はいはい。
罪で裁かれるっていうような形で。
うん。
だからさ、なんかちょっとジジネタになっちゃうけどさ、安倍首相が暗殺されたじゃん。
はい。
でさ、なんかちょっとニュースとかでさ、殺しちゃった?被告はなんか死刑になるんじゃないかみたいなさ、見たことない?ニュースで。
なんかそうだね、うん。
可能性はもちろんゼロじゃないけど、ただ日本ってさ長山基準っていうさ基準があって死刑の基準。
だいたい2人殺さないと死刑にならないんだよね。
うんうん。
1人で死刑になるっていうのはなんかかなりよっぽどなケースっていう風になってて。
はい。
これはもちろん法律で決まってるわけじゃなくて、判例上でそうなってるっていうだけなんだけど。
うん。
まあ何がっていうと、要は現行憲法というか今の世の中ではなんか特別な人を殺しちゃったとしても、必ず死刑になるっていうわけじゃないんだけれども。
うん。
当時っていうのは天皇を殺そうとするとかさ、もうなんかそれだけで死刑なんだよね。
あーはいはい。
そうそう。まあとりあえず世の中的にはそういう世の中だったと。
うん。
まあ当然なんだよね。だって天皇って当時は神でしょ。
うん。
神にそんなね、危害を加えようとするなんてってところでやっぱり最も重大な犯罪の一つってされてたんだよ、この退却罪っていうのは。
はいはい。
で、そんな退却罪が適用された事件の一つ、あの冒頭に戻るけど高徳事件っていうものについてちょっとこう説明をしていきたいっていうところなんだよね。
はい。
で、高徳事件をまあ知るためには、その高徳っていうのは実は人の名前なんだよ。
あ、そうなんだ。
そう、これ高徳秀水っていう人がいるんだけれども。
えーすごい名前。
あ、本名じゃないよ。
あ、そうなのか。
そう、秀水っていうのは秋に水って書くんだけれども。
うん。
中江聴明からなんかもらった名前らしいんだよね。
えー。
そう、あのちゃんと本名は別にあるんだけど、まあでも普通にみんな高徳秀水で名前を取ってるから高徳秀水で統一して今日は言うけれども。
うんうん。
なので高徳事件のその代名詞にもなってるぐらいだから、やっぱり高徳秀水っていう人をちょっと知っておかないといけないっていうところで、ちょっと高徳秀水に触れながら事件の概要をちょっとこう説明していくんだけれども。
はいはい。
まず高徳秀水っていうのは1871年、明治で言うと4年に、まあ高知県で生まれたんだよね。
うん。
で、まあそこそここういいとこのさ、まあ裕福な家庭のお坊ちゃんだったわけよ。
はいはい。
そう、だからまあそんなにこうなんか不自由もなく育ってったっていう感じの人なんだよね。
うん。
そういう人だからさ、まあ多分なりたいものがあったら大体にはなれたのかな、多分だけど。
はい。
で、なんかね、高徳秀水は新聞記者に憧れたんだよね。
うんうん。
そう、だから上京して新聞記者になろうということで、まあ新聞記者になるんだよ。
うん。
で、なるんだけどさ、新聞記者ってさ、もちろんさ、こういろんなこう取材してさ、こう新聞書く人じゃん。
はいはい。
だからさ、そういう記者をやってると、結構ね、その政治絡みの、なんていうの、スキャンダルとかそういったものに出くわすわけよ。
はいはい。
まあだから権力者のなんかスキャンダルなんかがこうスクープみたいな感じでさ、記事に書いたりするわけじゃん。
うん。
まあまずそれで高徳秀水自体が、なんだよこいつらみたいな感じに多分思ってたんだよね、政治家たちを。
ああ、はいはい。
っていうところもあるし、政治家からすると鬱陶しいじゃん、そんな記者。
確かにね。
そう、なんだよあいつみたいな、政党批判しやがってみたいな。
うん。
っていう感じで、まあちょっとこう政治家たちからもちょっとこう恨みを買っていたっていう側面もあるんだよね、その新聞記者時代。
はいはい。
で、そんな感じで高徳秀水っていうのは、だんだんだんだん思想が偏っていくのよ。
うんうん。
社会主義にこうね、傾倒していくわけ、思想が。
ああ、はいはい。
で、1901年に、これ日本初の社会主義政党なんだけれども、社会民主党っていうのを創立するんだよね。
まあ、あの、もちろん高徳秀水だけじゃなくてね、こう何人かいて、その創立に携わったわけなんだけど。
はい。
そんな感じでさ、日本初の社会主義政党を創立するぐらいのこう社会主義者として、まあ有名だったわけよ、要は。
うんうん。
ちなみにこの社会主義政党、日本初の社会民主党は、もう即日禁止されちゃうんだよね。
そうなんだ。
そうそう。けっとーってやってさ、立ち上げたってなってもうすぐ政府が来て、はいはい禁止ですってなって、あのすぐ取り締まられちゃうんだけど。
はいはい。
で、これはあの、何だろう、日本でこういう社会主義の、何ていうの、こう動きっていうのがだんだんだんだんさ、活発になってきてたわけよ。
はいはい。
まああの、いわゆる自由民権運動とかさ、そういう運動にこう合わせて、社会主義っていうのは結構労働者階級、まあ労働者階級っていうとさ、まああれなんだけど。
簡単に言うと貧しい人向けなんだよね、どっちかっていうと。
うんうん。
そう、そういう貧しい層っていうのがこう団結して、なんかこう国をひっくり返すっていうようなのが、まあすごいざっくりと言っちゃうと、それが社会主義なわけじゃん。
はいはい。
で、政府としてもちょっと危険視してたわけよ、この社会主義っていう思想には。
うんうん。
だから、1900年に治安警察法っていうのを制定して、あらかじめ取り締まれるようにしてたんだよね、そういった人たちを。
あーそうなんだ。
そうそう。だから1901年に立ち上げても、もうすぐ取り締まられちゃったっていう、まあそんな感じ。
で、だからちょっとさっきも言ったけど、高徳秀水っていうのは、いわゆる社会主義者であって、あと無政府主義者としても有名なんだよね。
あーはい。
ちょっと無政府主義者はこの後で話すんだけれども、ちょっと続きいくと、1904年に日露戦争があるじゃん。
はいはい。
で、高徳秀水は新聞記者だったから、その腕で日露戦争の反戦運動をするのよ。
うんうん。
ちなみにこれなんで反戦運動したと思う?
社会主義ってロシア側から来てるのかなと思ったんだけど、違う?
そうそう、当たり。
あ、そう。
結局ロシアにいるそういう労働者とかとは、こう団結しなくちゃいけないっていうのが社会主義的な考えなのよ。
はいはい。
社会主義っていうのはそもそも国境を越えて労働者が団結していきましょうっていうようなのがざっくりとしたものなんだけれども、
うんうん。
だからロシアとか日本とかそういう国境に囚われずに仲良くしましょうっていうような、労働者は労働者同士で仲良くしましょうっていうような感じなんだよ。
あーもうその時代からそういうのがあったんだ。
そうそう。
で、もちろんその頃はロシアだからロシア帝国なわけじゃん。
だからまだ別にその社会主義のソ連じゃないからさ。
そういう国ではなかったけれども、そういう運動はあったからもともと。
あーそうなんだ。
そうそう。で、それで日本の社会主義者のこの高徳秀水もロシアとは仲良くしたいっていう気持ちがあったんだよね。
はいはい。
ただ戦争するじゃん日露戦争で。
うん。
いやだから反対だっていうんで反対したんだよね。
はいはい。
そうだからいわゆるなんつーの、今の世の中の反戦っていう感じの反戦じゃなかったわけよ。
はいはい。
社会主義者は団結するべきだみたいな感じの反戦なわけね。
うんうん。
まあそれはまあちょっといいんだけど。
で、平民新聞っていう新聞を創刊して反戦運動を繰り広げるんだけど。
はい。
まあ要は弁論とかじゃなくて新聞で反戦を広げていったわけね。
はいはい。
ただこれも政府があらかじめ作ってた新聞紙条例っていう、まあ要は何だろうヤバい記事書いたら逮捕するよみたいなのがあって。
うん。
それに引っかかって逮捕されちゃうんだよね。
はいはい。
で、投獄されちゃうんだよ。これは数ヶ月だけだったんだけど。
うん。
で、投獄されてなんか思うところがあったのかな。
そこで出所した後にアメリカに行くんだよね。
あーはいはい。
で、これは理由があの無政府主義思想を学びたいからアメリカに行ったんだよね。
あー。
そう、日本はまだそういう無政府主義っていうものの考えが根付いてなかったっていうのがあって。
うん。
なんかその思想を学ぶにはまあ外国に行くしかなくって、まあとりあえずアメリカに行ったんだよね、それで。
はいはい。
で、じゃあミニーなんだけどこの高徳秀水がいない間に日本では日本社会党っていう党が今度決闘されたのよ。
はいはい。
これももちろん社会主義政党なんだけど。
うん。
たださ、あのほら一番初めに言ったさ、社会民主党に関してはさ、もう即日ね取り締まりで禁止されちゃったじゃん。
はい。
そう、この日本社会党っていうのは取り締まられなかったんだよね。
えーそうなんだ。
そう。これはね、その頃、まあ1905年だか6年だかぐらいなんだけれども。
その頃は、あんまり弾圧しすぎると逆にテロが起きるんじゃないかっていう考えになってたのよ。
はいはい。
まあ多分ちょっとロシアの影響もあるんじゃない。
うんうん。
ロシアもさ、ほら日露戦争をさ辞めたきっかけの一つがそういうさ革命的なちょっと動きがあったからなわけじゃん。
はいはい。
ロシア側でね。だから日本もなんかそういうものがちょっとこう日本国内で起きたら嫌だなっていうのが多分ちょっとあったんだと思うんだよ。
うん。
だから、あのこの日本社会党っていうのは政府としては決闘を認めるんだよね。
うんうん。
まあそんなこんなで高徳秀水が帰ってきて、で、なんだ社会主義政党できてんじゃんっていうことでそこに合流すんのよ。
はいはい。
で、この合流が良くなかったのね、ちなみに。
へえ。
日本社会党はまあ割とこうちょっと温和な感じがあったのよ、まだ。
うんうん。
まあ政府ともちょっとこう仲良くやっていきましょうみたいな多分雰囲気もちょっとあったのかな。
うんうん。
そこにさ、高徳秀水が無政府主義っていう思想を持って帰ってくるのよ。
はいはい。
で、無政府主義ってそう何かっていうともう字の通りなんだけれども、政府なしってことでしょ。
はい。
これは国家とか政府の支配をなくして個人を中心とした社会を目指していくっていうような思想なのよ。
はいはい。
これってさ、要は国家を否定してんだよね。
うんうん。
国っていう概念を否定してることであってさ、社会主義思想の中でも一番もう過激って言われてる思想なんだよ。
はいはい。
だから社会主義にもピンキリあるわけじゃん。別に国としてね、要は国家として社会主義やってたよ、ソ連みたいな国もあるわけじゃん要は。
うんうん。
この無政府主義っていうのはもうその国家っていう存在を認めないんだよね。
へえ。
そう、個人をこう支配するような存在っていうものを一切認めないの。
ああそうなん、それアメリカにそういうのがあったんだ。
まあその頃無政府主義っていうのはちょっとこう色々出てきてて諸外国では。
はいはい。
まあ思想自体を学ぶのは別にアメリカじゃなくても良かったんだと思うけど。
うんうん。
まあ高徳秀生が言ったのはアメリカだったっていうだけね。
はいはい。
とにかくこの無政府主義っていうのはさ、もう国家を否定してるわけだから、国としてはもうこんなものは絶対取り締まらなくちゃいけないってなっちゃうのよ。
うん。
だからそうせっかく日本社会党ってさ、結党認められてたのに、やっぱりこれで取り締まり受けちゃうんだよね。
はいはい。
まあそんな感じで高徳秀生が合流したことによって、結果的に日本社会党っていうのはまあ全然良い方向にはいかなかったっていうところなんだけど。
はいはい。
ただやっぱりその無政府主義思想っていうのが、多分こう社会主義者にとってはちょっとガツンてくるものがあったんだろうね。
うんうん。
なるほどみたいな。まあちょっとこれは2派ぐらいに分かれたらしいんだけど正確に言うと。
はい。
あーそうなんだ。
なんだろうね。
これさ現代でもダブル不倫ってえ?どうなの?みたいなところあるじゃん。
うんうん。
多分当時なんてモットーなんだよ。
まぁそうだね。
うん。だからやっぱり仲間内からもちょっとこうしらーみたいな感じになったらしいのよねこれで。
うんうん。
まぁ変な話ちょっとこう恨みを買ったとかっていうこともあるんだろうし。
うん。
なんかちょっとしらじらしい目で多分こう見られてちゃってるんだよねこの二人って。
あーはい。
でそんなさ中一番初めに戻って1910年の退役事件、高得事件が起きるんだよね。
うんうん。
でこの高得事件、全容としてはそんなに難しい話じゃなくて。
うん。
1910年の5月25日に宮下たきちっていうこの人はもう超絶無政府主義者の人なんだよ。
うんうん。
でこの人が爆弾を作ってたんだよね。
はいはい。
でなんかね実験中にドカーンってやっちゃって。
うん。
で爆発音でバレちゃうのよ爆弾作ってるっていうのが。
はいはい。
で逮捕されるわけ。
うん。
でここからがちょっと論理的にうんっていう感じのところもあるんだけど無政府主義者がまず爆弾を作ってたわけじゃん。
うん。
じゃあそれはもちろんこの無政府主義思想を完遂させるために作ってるんだろうっていうことでこいつは国家転覆を計画してるんじゃないかみたいな感じに疑われるわけよ。
はいはい。
で国家転覆イコールこれは天皇暗殺に違いないみたいな感じになるんだよね。
うんうん。
証拠はねほぼほぼないんだよちなみに。
あーそうなんだ。
そう。ないんだけどもうこういう感じで天皇暗殺をしようとしてたんじゃないかっていう感じで疑われてここで政府側っていうのはチャンスに思ったんだよね。
あーはいはい。
もういっそのこと怪しい奴みんなでっち上げちまおうぜみたいな。
うんうん。
だからこの宮下たきちの周りの周辺にいた人とか関係している人とか関係してなくても怪しいってなった奴はもう片っ端から逮捕してったわけよ。
はいはい。
でこれが数百人規模に及んだって言われてるんだよね。
うん。
恐ろしい数逮捕してったわけよ。だって爆弾爆発させちゃったのは一人じゃん。
うん。
でもそっから数百人をこう巻き込んでの逮捕劇になるわけよ。
はいはい。
でこの中で取り調べを行っていった中で多分この26人が逮虐罪なんじゃないかっていうのでピックアップされるのよ。リストアップされるわけよ。
うんうん。
でその26人のうちに高徳秀水と菅野菅も入ってるんだよね。
へーそうなんだ。
そう。ちなみに最終的に逮虐罪に問われた場合って死刑じゃん。法律で書かれてる通り。
最終的に罪を認められたと思われる12名が処刑されるの。
はいはい。
26人のうちね。
でその12人の中には高徳秀水も菅野菅も入ってるの。
うん。
まあこれがこの逮虐事件、高徳事件の全容なわけね。
うん。
ただこの事件ってとにかく証拠がないのよ。
はいはい。
でこれなんなら後々の話なんだけれども多分無実でしょっていう。
うん。
無実の罪で高徳秀水なんかはもう処刑されたって言われてて。
あー処刑されたんだ。
そうそう。だから12名は死刑だからね。高徳秀水と菅野菅も。
はいはいはい。実行されたんだ。
もうほぼほぼ即日処刑。この逮虐罪って何が恐ろしいかって裁判を行うじゃん。
うん。
今だったら例えばさ、いやその裁判決は不服だ、控訴するとかってできんじゃん。
はいはい。
無いんだよそれが一切。
えー。
裁判でかけられます、もう一発勝負なの。
うんうん。
だからはい死刑ですってなったらもう何日か後にもう死刑。
えー。
実際この高徳秀水たちも判決から本当に日がそんなに経たないうちに処刑されてんだよね。
何日ぐらいっていうのは忘れちゃったけど。
はいはい。
そう。まあだからとにかくさっさと殺しちゃおうっていうかさ、そういう感じの風潮もあったのかな。
よくわからないけど、その辺は。
うんうん。
で、とにかくこれは無実なんじゃないかってすごい言われてて。
はいはい。
理由の一つは、まず菅野菅に関しては逮虐罪が一応適用されたのは理由があって。
うん。
そもそも赤旗事件で逮捕されてんじゃんこの人。
うん。
だからやっぱりちょっと怪しかったんだよね、ずっとその頃から。
はいはい。
ただこれも決定的な証拠はまずないっていうのと関わったとされる。
で、あと菅野菅はこの頃肺病になってて療養中だったのよ。
はいはい。
だからさ、そんなちょっともう病気になってる人間がさ、天皇暗殺の首謀者になれるかっていうとちょっと怪しいよね。
はいはい。
そう、だからやっぱりこれはちょっとこうね、デッチ上げなんじゃないかっていう感じはすごくして。
うん。
で、じゃあなんでそもそも光徳秀水まで処刑されたかっていうと、光徳秀水は菅野菅の夫だからなんだよ。
うん、はいはい。
夫が、そんな妻がそういう暗殺を企てるみたいな首謀者だったら知らないはずはないでしょうで殺されちゃってるのよ。
へー。
だから菅野菅は絶対白だとはちょっと言い難いところはもしかしたらあるかもしれないんだけれども。
うん。
少なくとも光徳秀水はおそらくもう白なんだよね。
へー。
って言われてる。
うん。
だからまあそんな感じでこの光徳事件っていうのはそういう全然無実の罪だろうがなんだろうがデッチ上げて処刑をできるっていう前例を作ったわけよ。
はいはい。
これはさ民主主義っていうさ、社会にとってはさ、結構恐ろしいことじゃない。
うんうん。
だってある日急に変な疑いをかけられたらもうその、まあ退却罪に関しては死刑なわけじゃん要は。
はいはい。
退却罪に問われただけでもう殺されちゃうんだよ。
そうだね。
そう。っていう結構こう恐ろしい前例を作ったんだよね。
うんうん。
で、ちなみにこの事件をきっかけにして、ちょっと聞いたことあると思うけど特攻警察が作られるんだよ。
特攻警察。
うん。特別高等警察ね。略さないで言うと。
はい。
これはあの政治思想犯とかを取り締まるための機関を作って。
うん。
まあ要はあの怪しい思想とかさ、その非国民とかさ、そういった人たちをさ、そういう思想を持つ、異端思想を持つ人間っていうのを片っ端から弾圧していくっていう。
はいはい。
で、この特攻の取り調べっていうのはもうとにかくもう暴力的なのよ。白状するまでもうぶん殴るみたいなさ。
うんうん。
まあなんか昔の日本がほんとやってそうな感じの。
確かに。
そうそう。まあそんな感じでちょっとこういう特攻ができるきっかけにもなった事件なんだよね。
うん。
で、そんな感じでこれでちょっともうまとめに入るんだけれども。
うん。
日本にとって社会主義っていうのはさ、この光徳事件で徹底的に弾圧されたことによってもう広まんなかったんだよね。
ああ、はいはい。
だってちょっとでもそういう風潮出したらさ、まあまず特攻ができたじゃん。
うん。
で、徹底的に取り締まられちゃうし。
うん。
だからアンダーグラウンドでまあやってる人は多分いたけどたくさん、表に出た瞬間すぐ叩かれちゃうからそういう社会主義思想っていうのは完全に抑え込まれたんだよね。
うんうん。
だから第二次世界大戦が終わるぐらいまでは社会主義思想っていうのは結構こう冬の時代を迎えたって言われてて。
はいはい。
だから日本っていうのはさ、今でもさ、社会主義っていうのはちょっと献起されてる面がすごい強いんだよね。
名残なのかちょっとわかんないけど。
うん。
っていうところでまあ今日は退却事件の中の一つ光徳事件を扱ってみたわけだけど。
うん。
小片郎にとってさ、やっぱこう、なんかさ、天皇っていうのがさ、多分今のさ、俺らがこの想像する天皇とさ、当時の天皇って結構全然やっぱこう違うわけじゃん。
はいはい。
だからさ、なんかこう、なんか退却事件がどれだけ重大なっていうのがなんかやっぱりピンとこないと思うんだよね、実際。
うん。
それってさ、これ現代に住んでる我々にとってはさ、もうなんか仕方のないことなのかなと思うんだけれども。
はいはい。
でもやっぱりさ、その天皇に対するさ、ある意味尊敬の念とかさ、そういったところっていうのはさ、少なくとも今の日本にも残ってるわけじゃん。
うんうん。
だからやっぱりそういうのってさ、別に天皇が偉いからそういうふうに思ってるわけじゃなくてさ、なんかこう日本の中で根付いてるこう、イデオロギー的なものがあるんじゃないかなっていうのがちょっと俺の意見なんだけれども。
はいはい。
このさ、なんだ、あの退却事件ってさ、結局疑惑だけで逮捕されてっていう感じなんだよね。
そうそうそう。あの爆弾を作ってたのはもちろん事実だけどっていう。
はいはいはい。
あ、そうなんだ。もう最初冒頭でさ、オーツ事件みたいな本当に実際に何だろう襲いかかるみたいな、そういうのがあったんかなって思っちゃって。
そう。実際やった人がさ、なんか死刑になるのはさ、まあしょうがないっていうかそういう時代だからしょうがないかなって思うんだけど、これはマジでわかんないのよ。
本当かもしれないし、そうじゃないかもしれないし。でも少なくともあのちょっと言った通り、高徳周水あたりは完全にでっち上げでしょみたいな。
あーはいはい。
だって証拠は本当にないんだもん。
えーそうなんだ。
でもさ、もうやばい奴はすぐショッピーって暴行してさ、ゲロさせて、それか殺しちゃってとかそういう感じだったからさ。
はいはい。
そういう世の中だったんだよ。
えーそうなんだ。
じゃあということで、今回のテーマは対逆事件でした。