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EP14: Redashのレキシ〜買収されて沈黙した3年間、鍵を開けたのは誰か〜
2026-03-16 17:47

EP14: Redashのレキシ〜買収されて沈黙した3年間、鍵を開けたのは誰か〜

今週のテーマは「Redashのレキシ」です。


SQLを書いて、グラフにして、URLで共有する。たったそれだけのことを簡単にしてくれるツールRedashは、2013年のハッカソンで生まれました。一人のエンジニアの

サイドプロジェクトから世界中で使われるOSSへと成長し、大企業Databricksに買収される——ここまでは成功物語。でもその後、約3年間リリースが途絶えます。「Redashは死んだ」とまで言われた沈黙の時代。しかし、ある設計判断が残していた"鍵"が、物語を再び動かします。普段データ可視化ツールを使っているエンジニアに

こそ聞いてほしい、OSSの生と死と復活の話です。


https://github.com/getredash/redash

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サマリー

このエピソードでは、データ可視化ツールRedashの13年間の歴史を辿ります。一人のエンジニアのサイドプロジェクトから始まり、世界中で使われるOSSへと成長しましたが、Databricksによる買収後、約3年間の沈黙期間を経験しました。しかし、寛容なライセンスとモジュラー設計という初期の設計判断が鍵となり、コミュニティ主導でプロジェクトは復活。現在は新たなメンテナーたちによって定期的なリリースが行われ、OSSの本質である「誰かが手を差し伸べればいつでも蘇る仕組み」を示しています。

Redashの誕生:サイドプロジェクトからOSSへ
こんにちは、OSSのレキシラジオです。このポッドキャストでは、エンジニアであり、最近健康診断が終わったhentekoが、毎週一つのOSSプロジェクトを取り上げて、そのプロジェクトにまつわる歴史を紹介する番組になります。
最近ですね、健康診断がありまして、今年は何か良い結果が出そうだなというような予感がしています。まあ、結果が出るまでは油断はできないですけどね、ちょっと嬉しい気持ちで過ごしています。
健康診断って数値を見て判断するじゃないですか、データを見るって大事かなと思うんですけど、実は今日のテーマもデータに関するツールのお話です。
さて、そんな今週のテーマはRedashについてです。見ていきましょう。
皆さん、仕事でデータを見ることってありますかね。例えば売上の推移とか、ユーザー数の変化とか、サービスのパフォーマンスとか。
SQLを変えてデータベースからデータを引っ張ってきて、それをグラフにしてチームに共有する。
こういった作業ってエンジニアなら一度はやったことあるんじゃないかなと思います。
Redashっていうのはまさにその作業を簡単にしてくれるオープンソースのツールです。
SQLを変えて結果をグラフにしてダッシュボードにまとめてURLで共有できる。
会社によってはRedashが入っているというところもあると思いますし、名前だけ聞いたことあるという人もいるかもしれませんね。
GitHubのスターは2万8千以上で、コントリビューターが約390名というかなり大きなプロジェクトになっています。
今日お話ししたいのはこのRedashの13年間の歴史についてです。これがまた花の番状なんですよね。
一人のエンジニアのサイドプロジェクトから始まって、世界中で使われるようになって大企業に買収されて、
そして一度は死んだと言われて、そしてコミュニティの手で復活する。
ドラマチックかなと思うんですけど、こういった物語を見ていけたらなと思います。
それでは早速見ていきましょう。
2013年イスラエルにEverythingMeというスタートアップがありました。
スマホのホーム画面をカスタマイズするAndroidアプリを作っていた会社です。
この会社では大量のイベントデータをAmazon Redshiftというクラウドのデータウェアハウスに集めていました。
でも問題が1個だけありました。データを見る手段がなかったというような形です。
どういうことかというと、アナリストがデータを分析するんですけど、
その結果をどうやって共有していたかというと、CSVファイルをメールで送っていました。
受け取った側はそのCSVの数字は見れるんだけど、
これってどういうクエリで出した数字なのかというのが分かるのかったりします。
データの不正語を見つけたら、ウェディを逆算して検証しなきゃいけなかったりして、
これめちゃくちゃ非効率かなと思います。
だったらタブローみたいな既存のBIツールを使えばいいじゃないかって思うかもしれないんですけど、
これが高いし重いし、SQLを直接書きたいエンジニアにはなかなか合いませんでした。
そしてここで転機が訪れます。
アリック・フライモビッチさんという開発者の方と、
EverythingMeの共同創設者でCTOだったジョイ・シムホンさんがあるアイディアについてお話をしていました。
クエリのためのJSフィドルみたいなものを作れないかというような話をしていました。
JSフィドルってウェブ上でコードを書いてすぐに結果が見えて、そのURLを誰かに共有できるというようなサービスなんですけど、
これのSQL版を作ろうというような話でした。
クエリを書いて結果を取得してURLを共有する。
共有された側はデータとそのデータを出したクエリの両方が見える。
だからピアレビューもできるみたいな感じですね。
これたったこれだけのアイディアなんですけど、確信をついていた形になっています。
料理に例えると、完成した料理だけを渡すんじゃなくてレシピも一緒に渡すようなものです。
このデータどうやって出したのっていうのがいつでも確認ができるので、
透明性と再現性というものが確立されています。
これがリダッシュの限定になりました。
そして2013年の10月、EverythingMe社内のハッカソンで、
アリックさんはこのアイディアを実際に動くソフトウェアにします。
10月28日、GitHubにEverythingMeスラッシュリダッシュとしてレポジトリが作成されました。
名前はリダッシュ。レッドシフトとダッシュボードを組み合わせた造行というような形です。
ここが面白いところなんですけど、後に2万8千スターを超えるプロジェクトの始まりって、
世界を変えてやろうみたいな壮大なビジョンではなかったんですよね。
今日の仕事で困っていることっていうのを解決したかっただけでした。
ちょうどいい道具がないなら作ればいいっていうような、
エンジニアにとって最も自然な衝動から生まれたっていうのがリダッシュになります。
さて、ハッカソンで生まれたリダッシュなんですけど、
ここからしばらくはアリックさんの20%プロジェクトで開発が進められてきました。
本業の傍らでコツコツ開発を続けているような、
Googleの20%ルールみたいなものです。
約2年間ですね、初期のコントリビューターはほんの数名で、
アリックさんが88コミット、次に多い人で10コミット。
ほぼ一人で育てている苗木みたいな状態でした。
でも面白いのが、リポジトリを作ってからわずか3日後の10月31日に、
シェイ・エルキンさんという方が、
インストールの依存関係を修正するプールリクエストを送ってきたんですね。
外の世界から初めて手が差し伸べられた瞬間です。
OSSってこうやって始まっていくんだなと思いますよね。
そして2014年12月にバージョン0.4.0が実施されて、
2015年12月のバージョン0.9.0では、
チャートライブラリをハイチャーツからプロットリJSに置き換えています。
理由が面白くてですね、
ハイチャーツがオープンソースじゃなかったからなんですよね。
自分のプロジェクトがオープンソースなのに、
中で使っているチャートライブラリがオープンソースじゃないのは、
筋が通らないっていうような形です。
こういう細かいところにもOSSの精神が現れているかなと思います。
そしてこの時ですね、
アリクさんが下した2つの判断が、
何年も後にリラッシュの運命を大きく左右することになります。
1つ目はBSD、SD、To Closeという非常に寛容なライセンスを選んだことです。
2つ目はデータソースとの接続部分をクエリランナーという
差し替え可能な部品にするモジュラー設計にしたことです。
この2つがなぜ重要だったのかは後で分かります。
法人化と成長:コミュニティによる承認
さて2015年の10月、ここで大きな転機が訪れます。
モタイのエブディシングミーが閉鎖を発表しました。
普通、卒業していた会社が閉じたら、次の転職先を探しますよね。
でもアリクさんは違う選択をしました。
2年間育ててきたサイトプロジェクトに人生を懸ける決断をします。
テルアビブでリラッシュとして法人化して、
サーズ版を月額29ドルから提供し始めました。
ここが面白いんですけど、記録上の外部資金調達はわずか約5万ドル。
日本円にして数百万円なんですよね。
スタートアップの世界だとエンジェルランドにすら満たないような金額です。
周りのスタートアップが何億円もの資金調達を入手している中で、
アリクさんのチームは約6人で、
地元の商店街で堅実にお店を開けているようなイメージですよね。
大きな投資を受けずに自分たちの売り上げで回していく。
これをブートストラップって言うんですけど、
この堅実な経営スタイルがリラッシュの特徴の一つでした。
そしてここからリラッシュは一気に花開いていきます。
2017年1月バージョン1.0.0がリリースされました。
バージョン番号が1.0になるっていうのは、
プロジェクトの成熟を世界に示すものなんですけど、
そういった形でリリースがされました。
そして同年2月ハッカーニュースに投稿された記事が約460ポイントを獲得します。
コメント欄にはですね、リラッシュについていいことをいくらでも言えるだったりとか、
うちの会社ではリラッシュを愛用しているみたいな3Gがたくさん寄せられました。
アリクさん自身もコメント欄に現れて、
リラッシュのコアだけでなく製品全体がオープンソースである
というようなことを胸を張っていました。
これすごいですね。
世界がリラッシュを認めた日がこの日になるかなと思います。
そして技術面もすごくてですね、
フロントエンドをアンギラJSからリアクトに
約2年間かけて段階的に移行していました。
React to Angularというようなライブラリを使って、
古い部品と新しい部品を共存させながら少しずつ入れ替えていく。
イメージとしては営業中のお店を閉めずにリフォームするような感じなんですけど、
お客さんには気づかれないように裏で1部屋ずつ改装していくみたいな形です。
OSSならではの上手いやり方かなと思います。
一方で、FlaskプラスPosgreSQLプラスRedisというような
バックエンドのコアの部分は2013年から一切変えていません。
建物で言えば基礎や柱はそのままに、
内装だけを時代に合わせて入れ替えるリノベーションのアプローチです。
変えるべきところは段階的に変えて、変えなくていいところは変えない。
この判断力がですね、リラッシュの強さかなと思います。
そして初期に設計したクエリランナーのモジュラーアーキテクチャがここで効いてきます。
データソースが35以上に拡大していくんですけど、
これ全部有樹さんが作ったわけではありませんでした。
世界中のエンジニアが自分が必要なコネクタは自分で作るというような形で
コミュニティ主導でどんどん増えていきました。
そして採用企業も広がります。
海外ではクラウドフレイヤーやモジュラー、
日本ではペアーズオブウェスレールエブレカさんなどで導入されています。
メタベースやアパッチスーパーセットと並んで
オープンソースのBIというようなカテゴリを作った立役者の一つがリラッシュでした。
さて、そんなリラッシュなんですが、ここから波乱が待ち受けています。
買収と沈黙:栄光から停滞へ
2020年6月、まずリラッシュにとって一つの集大成がありました。
Ver9.0.0がリリースされたんです。
Python3への対応とタスク9の一新、リアクト以降の完了。
約2年がかりの大工事をすべてやり遂げました。
技術的なマイルストーンがここにあります。
そしてそのわずか10日後ですね。
6月24日、データブリックスがリラッシュの買収を発表しました。
金額は非公開です。
データブリックスって何かっていうと、
データレイクハウスっていうデータの分析基盤を提供している大きな会社です。
ものすごく強力なバックエンドを持っているんだけど、
フロントエンド、つまりデータを見せる部分が良かったっていうのがあります。
そこにリラッシュがパズルのピースのようにはまりました。
アリクさんを含むチーム全体がデータブリックスに合流しました。
ハッカーニュースでの反応は慎重な楽観主義が主流でした。
独立企業として成長できなかった残念さとデータブリックスのリソースで
開発が加速するんじゃないかというような期待が入り混じっていました。
これ、例えばなら地元で愛されていた個人経営のラーメン店が
大手チェーンに買収された時の常連客の気持ちに近いかなと思います。
味は変わらないでほしいなだったりとか。
あの大将はお店に残るのかなみたいな感じですね。
オープンソース版の継続も約束されました。
アリクさん自身もコメント欄に現れてコミュニティを安心させたような形です。
しかし結果として開発は加速ではなく停滞に向かいました。
リラッシュが持っていた機能、クエリエディター、可視化、ダッシュボード、
共有機能が丸ごとデータブリックスSQLというデータブリックスの製品に
吸収されていきました。
2021年11月30日にはSaaSホスティングサービス
つまりApp.Lidash.ioが終了しました。
データブリックス有料製品内の体験強化に注力するためというような理由です。
同月バージョン10.1.0のセキュリティ修正がリリースされて
これが長い沈黙の始まりでした。
その後約3年間正式なリリースはLidashからはされませんでした。
3年ですよ。ソフトウェアの世界で3年ってとてつもなく長いかなと思うんですけど
技術はどんどん進んでいくのにプロジェクトは止まったままです。
コミュニティフォーラムにはオープンソースのリラッシュは新来用に見える
というようなスレッドが立ちました。
新しいロードマップも開発計画も公開されていなくて
一部のユーザーはスーパーセットやメタベースに移行していきました。
かつて賑わっていた商店街のシャッターが一つずつ閉まっていくような
シーゼル経済だったんじゃないかなと思います。
ここで一つとても大事なポイントがあります。
多くのOSSプロジェクトが企業に買収された後
ライセンスを制限的なものに変更するんですけど
オープンソースだけど商用リアルには宣言をかけますみたいな形ですね。
これをやられるとコミュニティが自由にプロジェクトを発展させることが難しくなります。
でもLidashのBSD to Closeライセンスは変更されませんでした。
建物自体は取り壊されていなかったんですね。
いつでも誰かが二手で店を開けられるように鍵は開けたまま取り残されていました。
有樹さんが初期に選んだ関与なライセンスが
この判断がここで効いてくるというような形です。
OSSプロジェクトが企業に買収されるとき
コードは残っていても開発の勢いが失われることがあります。
Lidashの3年間の空白というのはそのリスクを如実に示していました。
でも同時にプロジェクトのメインを分けたのはコードの優秀さではなくて
ライセンスというような制度設計でした。
復活:コミュニティ主導の新たな章
ここが面白いところかなと思います。
そして2023年4月3日、有樹さんがGitHubのディスカッションに一つの投稿をしました。
タイトルはA New Chapter as a Community-Led Project
コミュニティシェドープロジェクトとしての新しい章というような意味です。
これは有樹さんからコミュニティへの手紙のようなものでした。
このプロジェクトをコミュニティの手で続けていこうというような呼びかけです。
ここがグッと来るところなんですけど
この呼びかけに応えて7名のボランティアがメンテナーとして手を挙げました。
3年間の沈黙を経てこのプロジェクトはまだ終わっていない。
自分たちの手で続けたいというような人たちが何人量挙げてくれました。
誰に頼まれたわけでもなく報酬があるわけでもないんですけど
純粋にこのツールを愛する人たちが集まったというような形です。
そして新しいガバナンス構造も発表されました。
有樹さん自身がBDFL
つまり日本語にすると慈悲深い衆心得才者
プロジェクトの最終的な意思決定者として残りつつ
コミュニティが実際の開発を進めていくというような体制です。
そしてジャスティン・クリフトさんに創設者と同等のアドミニティ権限が付与されました。
4076コミットを積み上げた創設者からコミュニティのメンテナーへのパトンバスです。
これはバスファクター
もしその人がいなくなったらプロジェクトが止まってしまうリスクを下げるための失策であると同時に
信頼の握手でもあったわけです。
ディスコード上でコミュニティの調整が始まって
まずはセキュリティと信頼性の確保から着手がされました。
依存関係の更新やCIプロセスの改善です。
地道な作業なんですけど
こういうような作業がプロジェクトの土台を支えていくんだなという形です。
そして2024年バージョン番号に年月を使うカレンダーバージョニングを採用してリリースサイクルが再開されます。
2025年1月8日バージョン25.1.0がリリースされました。
リリースを担当したのはコミュニティメンテナーのエラドマンさんです。
約3年の空白を経てコミュニティ主導で安定した定期リリースサイクルが確立されました。
これはとても象徴的な出来事かなと思います。
その後も着実にリリースが重ねられて
そして2026年3月
つまり今月ですね
バージョン26.3.0がリリースされました。
Python3.13への対応
DuckDBの新規対応
Pivotチャートの追加
Webpack V5への移行
すごいですね、完全に復活しています。
このバージョン26.3.0のリリースを担当したのが吉岡恒夫さんです。
日本の名前を持つコントリビューターです。
世界のどこかで日本のエンジニアが
リダッシュのリリースボタンを押しているみたいな感じで
なかなかグッとくるかなと思います。
そして現在のリダッシュは
総コントリビューター数が約391名
GitHub Stackerが28,266
アリキさんのコミュニティ数は4076で
任意の約11倍という圧倒的な足跡を残しています。
でも今、新しい世代のメンテナーの方々が
開発を引き継いでいます。
3年間の沈黙は終わりではありませんでした。
寛容なライセンスの下でボランティアのメンテナーたちが
プロジェクトを引き継ぎ
新しいリリースサイクルを回し始めました。
アリキさんが一人のハッカソンで作ったツールは
今や391名のコントリビューターが支えるプロジェクトになりました。
リダッシュの13年間を振り返ると
ちょうどいい道具がないなら自分で作るというような
素朴な動機から始まったプロジェクトが
世界中に広がり、企業に買収されて一度は沈黙し
そしてコミュニティの手でよみがえた。
この物語を教えてくれるのは
OSSにおいて本当に大事なのは
コードの優秀さだけではなくて
寛容なライセンスの選択と
それを受け継ぐコミュニティの存在なんだな
というような形ですね。
コードが公開されているだけではオープンソースとは言えません。
誰かが手を差し伸べれば
いつでもよみがえることができる仕組みそのもの
それがOSSの本質なんだなと思いました。
さて今回のお話は以上となります。
もし少しでも今回のお話がためになったなと思ったら
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またXなどで
ハッシュタグOSSの歴史ラジオをつけて
感想をつぶやいてもらえると
僕のモチベーションになりますので
ぜひよろしくお願いします。
次回はですね
世界で最も使われているオープンソースデータベースの一つ
OSSグレーSQLの歴史について見ていけたらなと思います。
それではまた次回お会いしましょう。
バイバイ。
17:47

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