バッハとの出会い
おおさかBookラジオ
最初に買ったCDとかカセットとか
はい、よく覚えてますよ。
それは、クラシック音楽のヨハン・ゼバスティアン・バッハという人の
平均律クラヴィア曲集
それは、いつ頃、どういう結果で出てんの?
中学生の頃に、音楽の授業で、小風賀と短調ってやったじゃないですか。
あなたに髪の毛ありますか?
あれの曲を、オーガンのやつを聴いて
すごいロック音楽というかね、魂を揺さぶられたんですよ。
おー、痺れちゃった。
それで、津田屋に行って
そういう風賀はないかっていうので探したら
ピアノ曲で平均律クラヴィア曲集っていうのに
なんと風賀が24曲も入ってあるんですよ。
詰め込んでるわけですね。
あれはバッハという人が作った
自分の息子のための練習曲なんですけど
なんで風賀がいっぱいあるので
買って、それで果たしてすごい楽しくて
今も持っているという感じです。
音楽にあたれた初期衝動が今にありますね。
音楽の構造と変化
なんでそれに音楽に入れたんですか?
他にもいろいろあったじゃないですか。
たきれん太郎とか
その中から、なんでそれがビビッと来たんですか?
ビビッと来ちゃったからですけど
なんでしょう、いわゆるポリフォニーっていうんですかね。
カエルの歌みたいに追っかけていきながら
複雑に旋律が絡み合っていって
それがだんだん変化していくのが楽しかった。
なんとかそういう意味で
ジェンプとかはメロディーとオブリガートと
伴奏がはっきりしすぎていて
ちょっとつまらないという
それもそれで楽しい好きな曲はあるんですけど
そういう意味でオーケストラとか
複雑な編成の曲が僕のショーに合っているので
なんでそのオーケストラを今も
アマチュアオーケストラで続けているというわけです。
技術というか自分の特性に合致したんですね。
まあそう。
運命的な。
はい。
特にフーガーとかいう曲は低音がすごく大事でして
じゃあ僕も低音の楽器やりたいというので
トラバスを買いまして。
やっぱり低音の方がかなり大事。
そうですね。
もう低音があってそこに音をジェンガみたいに
ピラミッドに乗せていくので
そういう意味であとは何でしょう
低音っていうのはあんまりセカセカ動くと
地震みたいになっちゃうので
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ
そういう意味で
タンタンタンタンタンタンタンタンタンタンタンみたいに
そうです。
新新聞化創立やんね。
あ、そうです。
いや、本当に教会の音楽長されてた人で
しかも当時キリスト教が宗教改革が行われた時代でして
伝統的なカトリックと
それに対抗するプロテスタントの間でもうそれこそ戦争を持ってた時期でそのプロテスタントの教会の音楽長されていたので
あのそういう意味では結構ロックな 確信派なんですね。確信派なんですよ。
逆だと思ったんですよ。イメージ的にプロテスタントじゃないかと思ってた。
じゃあ当時とか。その当時の人はヴィバルディとか
あとコレンリってご存知ですか? あとヘンデル
身を勇者変える。小学校の運動会の表彰式の曲です。
その雰囲気音楽っていうのがその当時の流行りで、じゃあその何の雰囲気かっていうと劇の雰囲気だったり
貴族が楽しくご飯を食べるための雰囲気がメインだったんですけど パッハという人はさっき言ったその
あの気化学的な音楽のハーモニーとかそういう まあ音楽用語で言うと絶対音楽。何かを表現しているのではなく音楽のための音楽を
作るというそのそういう意味で相当な頑固者というんでしょうかね。
急動車。進行の進度が非常に固いイメージで。最初は物語とかそういうのが入ったけど
深みにはまっていくと、もはやなんかそういうなんかもう 宇宙というか悟り的になるというかそういうシンプルな
物理的な構造を音楽にしようと思ったらもうパッハみたいな
繰り返しみたいな。そうですあの繰り返し構造がちょっとずつ変化していって なんでしょうあの中のすごい大きなお寺の中の木先とか見てるとなんか
うわーってなんかすごいいっぱいこう柱があるじゃないですか というそういうなんか構造
一つのあの なんかこう大きな建築物を最初から組み立てていっているような
そういう味わいがパッハの音楽にはあります。音楽以外は全部通ずるような。でも逆の人が悪いというわけじゃないですよね。逆の方向性でいってもそれでいいけど。
音楽と宗教の関係
本当に打ち上げ花火みたいな音楽もね楽しかったりしますからね。 まあなんでしょうパッハも好きなら
まあ割と好きなのが今言ったあのプロテスタントの音楽としての音楽もすごく好きなんですけど カトリックのこう
牢牢とした音楽もあのとても好きでして あれはのグレゴリオ聖歌ってもうあの人の声だけでハーモニックだけであの雰囲気を作って
向こうのお経みたいなもんです あれもまたこうなんで神秘的な雰囲気になれる
本当に反響がやっぱり教会的な建物の中じゃないとはい 何かこうCDを聴いてもなんかやっぱり
そうです 教会特に石造りの教会は声が非常に高いので残響音が1秒ぐらい残ったりして
多いって言うと天災から多いと聞こえてくるぐらい なんでこう
ちょっと今発した音楽に1秒前の音楽が合わさってごわごわごわーもちゃんで ナック選んなんでこう
そうですあの天井からまるで天使の声が聞こえてくる
神秘体験を音楽でやれるということですね。
ただそれやりすぎると、某オウム心理教みたいになっちゃうんですけど。
オウム心理教って結構音楽家が信者に言い出して、
結構なんか聞いたことあります。
あります。
ソンシソンシって、あれもキャッチな音楽ですよね。
あれなんでそうですよね。
あの人喋るといい声なんですよ。
喋るとね。
信者の歌じゃなくて。
そうなっちゃうと微妙なんです。
なんか鼻声というか。
もっと頑張ればいい。
私はニコニコ動画で肉声のアニメーションを見たことがある。
確かに筋の通る落ち着いた声です。
声はいいんですけどね。
宗教と音楽とか結びつき強いですよね。
本当にそういう意味でバッハに戻るんですけど、
すごくプロテスタントや古いたてみたいな
太鼓とかドラムを使ったような音楽も作っていまして、
そういう意味であまりにもアグレッシブすぎるんで、
もうちょっと教会らしい音楽作ろうよって言われるんです。
そういうアグレッシブさも実はバッハにあったりとかして。
それが迂回曲折あって、さっき言った
構造美を出す音楽のための音楽になっていくっていうのも
それがだんだん晩年にかけて体制していくんですけど。
そういう意味では2分ぐらいなんですけど、
今私のお気に入りの曲をちょっとかけてみてもいいですかね。
ケチャっていう音楽聞いた?
もともとはインドネシアの民族音楽なんですけど、
それが男の人がエンジンを組んで、
それで一気にアーって言うんじゃなくて、
私がアッて言うとその半拍ずれて
ウッて言うとか、その次の人がまたアッアーって言うとか、
それが続いていくと一つの音楽で、
発声自体は短いんですけど、
音楽が繋がっていくんです。
それが楽しくてですね。
カエルの歌っぽいですね。
それがみんなダカダカ叩いてくるんじゃなくて、
ちょっとずつずらしながら連続で聞こえていく。
ちょっとずつ叩くところがずれてきて、
そういう感じのグルーヴ感というんでしょうかね。
アフリカのリズムにも似てますよね。
万博で最近いろんなアフリカの人とか見てたら、
やっぱりそういうリズムですごいですね。
インドネシアとか、あっちの人って
そういう意味ではめっちゃ進んでるっていうか、
精神世界がすごいですよね。
打楽器だけで公共曲みたいに聞こえるじゃないでしょうかね。
水叩いてそれでパーカッションを作る人とか、
そんな発想があるのかみたいなのがありまして。
ガムランとかも100人くらいでやったりとかして、
そんなに人数でもやっぱりボリューム感が大事なんでしょうね。
壮大な世界をやるには。