1. 空地的ジンブン学
  2. 「モーツァルトが分からない」..
2025-09-06 38:35

「モーツァルトが分からない」と不穏な2025年 学

背景の波形がレオス・カラックス『アネット』/松崎「モーツァルトが分からない」/明るくて楽しいものを真剣に捉えられない、不穏じゃないものにリアリティがない/西洋文化におけるエポックメイキングとしての世界大戦、階級社会の崩壊以後の不確かな社会基盤におけるリアリティ/2025年に大学生は自分探しをしない、意識高い系への冷笑/構造主義以後の作品の構造・奥行きの考え方/市川崑『野火』は今見ると何も怖くない、"不穏さ"は"処理しきれない情報量"/3DCGアニメや流行曲の情報量の多さとしての"ザワつき"/社会基盤が揺らいで社会ではなく世界を描こうとすることの不穏さ、既存の社会リアリティの流用/音楽の録音における別個のリアリティ/Mrs.Green Apple『ライラック』MVについて/向井秀徳の歌詞やMCは時代にそぐわないのか新刊・空地Vol.6『作品と合評』/空地別冊002『田中小実昌を読む3月』ほかバックナンバーの通販はこちらhttps://ikiyuutarohouse.booth.pm/公式X@akichipodcasthttps://x.com/akichipodcast?s=21お便り・感想・質問はこちら!送ってくれた方には限定エピソードを配信!akichipodcast@gmail.com

サマリー

今回のエピソードでは、聴覚芸術の重要性やモーツァルトの音楽に対する理解について話されています。また、2025年に向けた社会の不穏な状況に対する意識や自分探しのテーマについても触れられています。このエピソードでは、日本一周と世界一周旅行の違いや大学生の意識の変化について考察されています。また、モーツァルトとショスタコの音楽的特徴の違いが情報量と社会構造との関係にも触れられています。このエピソードでは、音楽表現の変化やそれに伴う不穏感について語られています。特に、ライダックや米津玄師などのアーティストを通じて、現代の音楽制作や表現方法の違いが人々の感覚にどのように影響を与えているかが探られています。このエピソードでは、モーツァルトの音楽が持つ深い意味やその理解の難しさについて探求されています。また、2025年における文化的な事象についても議論されています。

モーツァルトの理解
松崎です。
中村です。
というわけで、ジンブン学、今日もやっていくわけなんですけれども、
久しぶりだったら、ちょっと言えなかった?
やっぱさ、
うん。
モーツァルトが分からないよね。
はい。
あ、ちょっと待って、ダメだな、背景。
あー。
僕もこれでおしゃれでいいかな。
あ、これでいく?
うん。
波形で?
波形で。
お前さ、カラックスのさ、アレットの最初のスパークスがレコーディングするシーンじゃないんだからさ。
はい。
お前も全く同じこと言ってた。
そうかね。
俺はアネット見てないのに、そのシーンだけこう。
アネット入りのカッコよさめっちゃ覚えてるわ。
うん。
なんか行こうみたいなこと言ってなんかスタジオから。
それアレだよ。
うちの教授が、こうカッコいいんですよって言ってYouTubeでみんなに見せて、
カッコいいってことになったからだよそれ。
え、そうなの?
それね、お前の体験じゃない。
え、え、え、俺映画館で見たらあれめっちゃカッコいいじゃんって。
それね、それより先見てるよ多分。
え?
でも大学始まって、公開日の前とかに予告をYouTubeで。
大学で見たのか。
うん、見たから、なんていうの、だからあの教室で全員がアレをカッコいいと思ってる。
え、そうなの?俺お前と見に行ったよね、渋谷で。
絶対行った。
あれね、偽の記憶その。
え?いや、あの時になんかみんなでなんかそれでなんかスタジオでなんか音楽撮ったとこ始まんのよ。
で、それでガラックスがよし行こうって言ったらみんながスタジオから飛び出して夜の道を歩いてって、
行ったよな?
で、それでラストもなんかそこみんなで更新するみたいなとこで終わんのよ。
それ存在しない記憶。
え?
俺あれ大学の教室で予告編見てカッコいいってなった記憶かそれ?正確なの?
正確に言うと、今からカッコいいものを見せますって教授が言ってみたから、
カッコいいものを見るんだと思ってカッコいいと思ってる。
俺そんな素直かな、俺。
そんな素直かな。
ま、確かにあれはカッコいいけど。
いや、てかね、でもね、なんかね、あれね、そのなんていうの、
すっごいものを見せるぞって言われてから見させられたから。
どうなんだろうね、あれ教室だけで嘘じゃんってなってた人も結構いると思うけど。
いやでもさ、あれよく分かんないけど、
大学入った映画学科の、
いやまじで大学初回とかだよ。
そう、だから。
だから大学ってどんなとこなんだろうみたいなさ、
まださ、ちょっと大学に対して見上げ感があるじゃん。
そう。
その時に、いかにもアカデミシアみたいな教授が、
これがね、映画なんですよって言って見せてくれた。
ガチの、映画学科の一番でかい座学だったよね、しかも。
一番でかい座学で。
一年生が最初になる順位はね。
で、一番経緯っぽい教授、教授が来て、
今映画がこういうのやってて、これ見てくださいねみたいなね。
これが映画なんだっていうそのくらいの。
あのー、そうね。
そうです。
あのー、水星の魔女って言ったらね。
え?
そうそう、今ぐらいだよね。
そうそう、だから水星の魔女って言ったら、
だからあれだよ。
やって、あれよくして、
エアリアルのパンネルがこうビューってなって、
美人のシュッってなって。
で、俺これ言われたから、俺が見た時に、
あ、かっこいいわってなる。
そうそう、あれかっこいいわ、YouTubeで見れば。
不穏な2025年
それはなんかモーツァルトが分かんないってどういうこと?
モーツァルト分かんないよね、明るくて。
明るいもの分かんないよね。
分かるこの感じ。
明るくてちょっと有意味な感じってこと?
明るくて楽しいもの分かんないってこと?
はいはい、え、それメランコリーな方がいいってこと?
いや、暗いやつがいい。
分かるこの感じ。
いや、なんていうのかな、真剣なものとして受け止められないっていう。
明るいもの。
明るいもの。
ポップソングとか。
感覚は分かる?
感覚は分かる。
2つあるわ。
結構、暗いものの方がインテリジェンスで、
すごい何だろう、
すごい良いものなんだ、みたいな。
ナイブで暗いものが良いものなんだ、みたいな。
俺も割とそっち派ではあるね。
でも俺も結構そういう人だと思うね。
というのもあるし、
音楽で暗いだけで、明るいとか暗いとかないよなと思う、俺は。
どんな明るい曲でも。
単純な話でもないんだけど、
つまりクラシック音楽って歴史があるわけじゃない?
今日は全て地球に歴史があるんだけど。
いらない注釈。
いらない注釈。
例えばさ、バッカとかがあって、モーツァルトがあってさ、
マーラーが、ベートベルがマーラーになっていって、
その後は、
古典からロマンへっていう。
ロマン、ロマン。
ポストロマンへっていう。
新古典主義とかがあって、
諸サゴービーとか、
プロゴフィーフとかになると、
底抜けな明るさがない。
だから1900年代ぐらいにやっぱさ、
普通に戦争終わると暗くなるんだよ。
はいはい。
だから19世紀の
西洋文化だと。
ぐらいが、
ウエストフェリア系。
西洋文化の中で最もでかいのは第一次世界大戦じゃない?やっぱり。
文学もレマルクまでとレマルクよりは全然違う気がするし。
展覧会の絵とかさ、
ドボルズダークの新世界よりはさ、
バカみたいなメロがさ、
良くてさ。
バカみたいな曲。
バカみたいなメロディ良くて、
底抜けに壮大でみたいな感じになってくるけどさ。
20世紀入るとさ、
レナード・バンスタインのさ、
一番有名なやつ。
ウエストサイドストーリー。
ウエストサイドストーリーの音楽ですらさ、
ジャズ音とか、
ラグタイムとかでおもとにしてさ、
ポップでファンキーな感じなのに、
なんか暗くない?
そもそもウエストサイドストーリーがちょっと悲しみあるしな。
ちょっと哀愁みたいなのがあるわ。
なんかさ、
メロディだけとか取り出したら別に、
すごいポップにできてるのに。
それからのインプレッションが。
なんかね、暗い気持ち。
うっすら暗いじゃん。
暗いってかなんか、
突き詰めていくと多分明るくても不穏なんだよね。
分からない構造があるんだよ。
見えない構造が奥にあるっていう。
だからなんかそういうさ、
不穏さみたいなのがさ、
ないとさ、がさ、
染み付きすぎてるんじゃない?
だからその不穏さを作品の奥行きだと思って
ずっと楽しんできたみたいなこと?
っていうかなんか不穏なものじゃないと
リアリティがなくなるの分かる?この感じ。
2025年が不穏すぎて。
自分探しの時代
お前も不穏だし、
世界も不穏だから。
なんかモーツァルトとか聞いてると
なわけやるかみたいな。
分かる分かる。
カーペンターズとかね。
カーペンターズ不穏なんだよな。
カーペンターズはめっちゃ不穏じゃね?
カーペンターズのメランコリッサも
メランコリッサもちょっと気楽ではあるけど。
だからアホみたいに明るいものが流行った時代
っていうのがある。
アホみたいに明るいものが流行った時代はあるでしょ。
でも逆にさ、平成漫画とかさ、
今読んでも面白くないみたいなのはさ、
ちょっとあるじゃん。
前番組で喋ってたじゃん。
平成のノリがきついとか。
ノリがきついとか。
雰囲気が面白くないとか。
あと、あれだ。
俺スカパラがね。
スカパラみたいなね。
だからああいうビートとか
リズムとかで作ってた音楽で
底抜けに明るいものっていうのが
一番苦手なジャンルかもしれない。
スカね。
だからスカよりもダブよね。
ツンチャツンチャツンチャね。
やっぱりダブ。
レゲエよりもダブだよね。
レゲエよりもダブの方がいい音楽
みたいなことになってるよね。
わかる?
レコード屋行って高いのはダブのレコードだから。
確かに。今レゲエそんな…
ボブマーリーってなんか
そういう…
ボブマーリーとかじゃない?
でもわかるよ。
ボブマーリーを今
みんなが聴くかって言われたらね。
あれもあるんだよね。
犬にいいらしくて聴かせてるの。
ああ、そうなんだ。
単純にあれもあるよね。
モーツァルトの時代とかは
階級制度が確保してあるから
農民の子供は農民にしかなれないし
そう。
社会自体が固定化されてるから
流動的じゃないからこその明るさがある気がするんだよね。
その文化が作られて
音楽が作られて演奏されて聴かれるっていう
その一連の営みの中の基盤みたいなのがさ
全然しっかりしてる時代じゃん。
世界観がしっかりしてる。
世界観が揺らがない上で成り立ってるものだから。
だからよく言うじゃん。
自分探しが始まったのは近代以降だっていう。
職業選択の自由度がなってから
自分が何者にもなれるから
じゃあ自分って何なんだろうって
問いが生まれ始める。
その世界観を構築するところから始まるからな。
今はな。
なんである世界観を
その世界観じゃなきゃいけない理由も
作んなきゃいけないし
物を作る理由も必要だし。
自分が生まれた瞬間に自分の土地があったら
違うだろうな、その感覚は。
そうだろうね。
東京っぽい考え方なのかもしれないけど。
でも2025年っぽい感覚でやれると思う。
自分探しっていうテーマが生まれないって話は
誰かがしてたよね、最近。
誰かがしてたね。
でも逆に今自分探しも戦死な、みんな。
自分探し自体じゃないって言うよね。
だから大学生がチャリで日本を一周する時代じゃなくなったってめっちゃ言うよね。
あれなんだろうね。
そういうのやってる奴に痛いみたいな。
のもあるし
そういう風な
それも合計して若気の至りっていうのがどんどん減ってる時代じゃん。
だから本気で、ハチクロンみたいに
マジで悩んで
蜂蜜のクローバーってさ
ガチで悩んでる時に
家の部屋の冷蔵庫を開けて
冷蔵庫に何もなくて
空っぽの音がしてブーンって言う。
俺も空っぽだって
財布だけ持って北海道までチャリ漕ぐの。
どんだけ悩んでも
だいたいあれだもんね。
僕は100日後に日本一周する大学生みたいな仕事を求めてるからね。
そうだね。
発信もできちゃうからね。
そういうでっかいことすると。
発信することによって接続されちゃうからね。
世界と一緒に。
だから自分一人で自分一人の悩みを見るためだけに北海道行くみたいなのもないんだから。
高校生かなんかが
旅行と人との出会い
チャリで日本一周する
チップとか上げてるんだけど
正直今3000円とか言ってないけど
仲良くなったおじさんがいて
そのおじさんの家に
2日連続で泊めてもらってて
進まなかった。
1分間。
面白い。
100日間で世界一周するって言ってるのに
日本一周するって言ってるのに
2日間仲良くなって
泊まっちゃったんだ。
しかもおじさんに
おごってもらって焼肉食べて
お風呂行って
お前がんばってな。
おじさんもあれだよね。
おじさんが一回さ
貧乏な旅じゃなくて裕福な
楽しみを。
旅としては面白いけどな。
途中でいろんな人に会う。
でもあれでしょ。
ふかふかの布団と
出てくる食事で
ロードムービーとして
一番泣けるのはそうじゃない?
トマト揚げるとか
2日泊まってるのが
2日泊まるのかも。
1泊でいいよな。
2泊目は居心地よくて
甘えちゃってるからな。
高校生だから甘えてもいいんじゃない?
俺厳しく
お前がんばれよ
みたいなことじゃない。
その手のやつはいっぱいあるけど
俺は見たことないよ。
100日かけて一周して終わったやつ。
俺の観測範囲。
ショート動画でずっと追ってるわけじゃないから。
でも分かるよ。
あれでも別に100日かどうかはね。
でもさ、今さ
コンテンツとして機能するやん。
昔ほとんど全員がやってんだよね。
昔。
日本一周みたいな。
ナップザックで旅行するとかさ。
大学生の
意識的な行為みたいな。
俺らさ、なんとなくバイトするじゃん。
お金困ってなくてもバイトは
大学生バイトするものでするみたいな。
のはうっすらとしてあるじゃん。
バイトしてないはお前変だよってなるじゃん。
みたいな感じで
旅行してんだよ。絶対。
俺親とか感じるもん。
中田博士が悪いんだもんね。
え?中田博士。
世界一周してから
世界規模で考えてますみたいな。
知識人みたいな。
帰ってきたじゃん。
ブラジルでワーって。
結構ありそうじゃない?
帰ってきた中田博士の
痛さみたいな。
意識高い系で練習をする時代が
10年代から始まっちゃったじゃん。
大学生が本気で頑張るって
手短にやるものってそんなないから。
その中の一つの意識高い系
例えば企業頑張る。
インターン頑張るみたいなのを
意識高い系ってくっちゃったから
大学生がそんなに挑戦できない。
ブラックブルーキーも言ってたよ。
ブラックブルーキーも旅行してて
トマトもらったのがめっちゃ嬉しかったみたいなことを書いてた。
普通に旅行でトマトもらった。
周りクラスの女の子に手引かれて日本一周したの?
違いますよ。ブラックブルーキーのことは
そのエピソードでしか記憶してないよ。
河川塾旅行の?
17歳。
河川塾でね。
朝日新聞の上でね。
朝日新聞の日曜版の上でね。
3人目の女の子ね。
読みすぎだろ。
それは正午の時に
女の子に手を引かれて
隣の教室に行ったのが
僕の初恋っていうのが
現体験みたいなのが
そのまま旅に出たんでしょ?
そのまま旅に出たのは大学生の早稲田次第です。
河川塾で
女の子から柑橘系の
シャンプーの匂いがしたのは17歳。
村上くんが17歳。
時系列的には女の子に手を引かれた後に
シャンプーの匂いがして
その後
ジャズ喫茶をやる前
20歳前後
新宿の六肩にいた時代ですよね。
村上くん。
その時に北陸に行って
きっとあれだろ。大学がさ
やってなくてさ。暇だもんね。
大学やってない時期。
北陸に行って
歩きとナップザックだけで
背負って行って
たぼり育った時に農家のおばあちゃんに
トマト食べなって言われて
トマト1個もらったトマトが人生で一番うまいって言ってた。
もうちょっと噛んでいかないとおかしいよな。
水星の魔女みたいなことね。
補給所みたいなこと。
水星の魔女みたいなこと。
それはまた話違うよ。
なんだっけ
モーツァルトとショスタコの違い
モーツァルトの話も異ろい。
モーツァルトの話も異ろい。
世界観がスタティックじゃないから
不穏なものの方がリアリティがあるっていう。
でもそれこそだからこそ
たぶんいかんのやろ。
あと構造が見えないっていうのが大事だと思う。
隠された構造が奥にあるみたいな
見えない構造があるわけじゃん。
もっと構造が明確だったからさ。
社会環境もそうだし。
でもさ、奥行きとか
世界の不穏さみたいなのってさ
奥にそういうのがあるから面白いみたいな感覚がさ
構造主義以降の考え方ではあるじゃん。
うん。
構造主義前ってさ
そういう感覚さ
全部表面だったのかな?
全部表面ではないんだけど奥に構造があるってことは
俺らからは見えるけど
作り手の中に奥に構造があって
っていうところからスタートするっていうのがなかったんじゃん。
確かに。
構造主義によって構造主義っぽい作り方が生まれたというかさ。
全部表面だったらテクスト論だよなって思っちゃった。
全部表面なのがテクスト論だよなって思っちゃった。
構造とかじゃなくて
その
接続する場所の問題なのか?
あともっとなんか
手が覚えてるみたいなことだと思うんだよ。
近代以前の
今思いついたのはね
思いついたのは
この前市川コンの
ノビの4Kレストアを見たんだけど
とても
夏の時期にやった。
あれは
レイテだよね。
レイテの戦線で
カニバリズムの話だよね。
カニバリズムと男神ガールなんだけど
あれで
戦争映画があるわけ。
戦争のシーンがあるわけじゃん。
あとは
突然
恐怖のシーンがあって
カット変わってみたいな
音楽が
ちょっとピアノの拍手を
ジャーンってやるだけとか
弱いんだよね。今見ると。
衝撃の演出が弱いわけ。
ピアノジャーンだけでカットが変わって
観客がめっちゃ恐怖するようになってる
はずなんだけど
ピアノが薄い。
もうちょっと
わざわざ厳密に言うと
ジャーンだけじゃないんだと思う。
ジャーンバリバリドカーンみたいになるじゃん。
ディズニー映画みたいなことでしょ。
不穏な瞬間にジャーンってなって
ジャーンだけで
フルクチャーで
絵に合わせて
BGMが鳴って
それだけっていうベージーエンガーが
カットの切り替えも
遅いし
展開も遅いから
良くできてるし
良い映画だから今見ると
怠いよなって思って
ナルセミキョとかも今怠いけど
YouTubeでさ
鬼滅の無限地を見せたらさ
違うじゃん
情報量が
カメラも
無限上の時代に
市川くんの戦争映画なんか
何にも怖くないんだよね
正直戦争映画だけど
メッセージとか内容は分かるけど
単純に戦闘シーンだけを切り取った場合の
見てる時の
うわっていう感じは
映像から来るこっちの心理的に
恐怖感みたいなのが
反射的なものが薄いってことだよね
分かる分かる
そうなんだけど
そういう意味で
今思ったことなんだけどもしかしたら
その
感じてるのって不穏さじゃなくて
単純に情報処理の多さ
なのかもしれない
だから奥に
なんかすごいでっかくて
こっちが処理しなければならないような
大きなものが奥にあるから
怖いだけで
手前にその分かりやすい
いわゆるたるいカットあり
たるい音楽だけで
パッと分かっちゃうものだったら
奥にあるものがないから
それ以上観客が
同一平行で流れてる時に考えることがないから
怖くないってことね
チャーなんだけど
戦争映画でカニバリズムだけど
なんか見てると結構ホノホノしてる場合がいるんだよね
映画という作りを考えた時に
映像の作りとしては
映像の作りとしては
こっちの恐怖シーンとか
やべえよくないみたいな
モソモソしないんだよ
割と映画を見てる時の
劇場での姿勢は結構リラックスできちゃう
引き込まれたり
気づいたら姿勢が変になったり
みたいな映画ではない
って考えた時に
最近明らかに
3Dアニメの時代になってから
ザマザマそれ以上見てないやつ
カメラの動きとかね
ザマザマするのが
一種そういう
ドーパミン中学の
ドーパミンの音楽ミセスグリーンアップ
ライラック
本当はライラックもそうだよね
聞いてる間に
おっちょりしてる音の量が
あまりにも多いんだろうね
あれって快感であると同時に不穏さでもある
不穏さだから快感でもある
情報型
なことが
それは不穏さっていうのも
っていうだけな気もするな
今俺が言ってた話が
モーツァルトとショスタコの
違いみたいな話がある
モーツァルトが単に手前の情報量しか
なくて
お前が受け取るスケールの大きさが
すごい低い
読みとかね小説とかあるとめっちゃ怖いんだけどね
読んだんだけど
クラシックの
高級曲の歴史で考えると
ショスタコになるとピアノとか
ピアノを打楽器として
使い始める時代的に
パルトークがいるから
単純に
基本的に打楽器がなるじゃん
ずっと
ショスタコの五番の四楽章が一番
ショスタコが有名だと思う
ずっとジャンジャン打楽器が上がってるわけ
モーツァルトは打楽器にならない
そういう風に打楽器が使われない
そういう意味で情報量が増えてる
っていうのもあるのかもしれない
俺どっちもな気がするな
社会構造の基盤の
確かさと情報量
そこに相関関係があるのかどうか
どっちも受け取る側として
社会と世界観の変化
小説を考えたら
キリスト教の世界観で
聖書に習って書かれた小説は
そんなにワンダーがないんだよ
ある程度ディケンスとかも
最終的にはこれこうなんだろうなっていう
小説はすごく上手くて
なるの分かるんだけど
結局こうなるんだろうし
結局前世の話だし
結局道徳的な話だし
っていうのがあるじゃん
だけど戦争からキリスト教的世界観が壊れて
社会のことより世界のこととかを
書こうとすればするほど
音楽表現の変化
どんどんどんどんさ
入っていくところが深くなっていくから
基盤みたいな問題あるかもね
人間の感覚とか
身体からそのまま繋がっているものが
なんかアートだみたいな
ことでも
時代が終わったのかな
というだけの気がする
でもそれこそ前提となっている情報というか
例えば
ラノベとか高校に通っていたら
高校で部活があったというところが
すごい前提で進んでいくからさ
その社会のリアリティを
そのまま小説に持ってこれるじゃん
だけど小説で
一からリアリティを積み上げていくパターンはさ
そもそもの情報量と不穏さが
生まれやすいじゃんやっぱり
既存の価値観を引き
社会の形とか
情報とかによってない
使ってないっていうのが
あるからね
アーティストの影響
そういうのを使わないっていうのもある
使わないっていうのがいわゆる
人文学における美学でもあるわけだし
使わないけど
示すみたいなことだし
でも情報量が
多いから不穏だっていうのは
分かるな
だからその
最近の
って出てこないけど
例えば米津玄師とかさ
パッと聞きながら何やってるのか
全部分かんないように作ってあるじゃん
でさ
ライラックもそうだけどさ
もうだんだんやっぱり
そういう風になってきたけど
例えばギターがギターとして聞こえないとかさ
ドラムがドラムか
その楽器が楽器として
分かる
パッと聞いただけで分かるっていうのは
不穏じゃないじゃん
メロディの作りとかね
あと歌の歌詞の載せ方とかね
一つのメロディ
音科に対して一文字だとね
バカっぽくなるじゃん
そうあのバカっぽくなるっていうか
牧歌的になるじゃん
そこにした後
ぶわーって重ねてね
そこにリズム寄らしたりとか
複雑になって
色でやることなくなって複雑になって
いってるっていうのもあるな
でもなんか聞いた時にさ
これは4人バンドで4人が
一発で録ってっていうのは
めっちゃ聞いててそんな不穏ではないわけだもんね
例えばギターが2人いて
ベースが1人でドラムが1人で
誰がどういう風に演奏してるのかが一聞きで分かるっていうのは
不穏ではないしね
そうそうそうそう
だからその音の作り方とかもね
そういう意味では変わってきて
多分
ミセスとかだって何人
何個このさ
あれがパラが分かるか分かんないから
歴史音楽の話
ずるいような気もするけど
もともとだから
古いロックとかさ
50年代とかのさ
レコーディングとかってさ
一発録りなのもあるし
ドラムを例えばドラムだけで60年以降の
ビートルズとか
ドラムの音を録るっていう時に
今ってさ
ドラムのキックの前にマイク置くのよ
中に置くかも
でも冷静に考えたら
耳で聞いた音に一番近いのは
2メートル離れた音とかなわけじゃん
昔は結構そういう録り方してるんだよ
エアナリーで録るって言い方するけど
割とドラムの前に立って楽器として聞こえる
そのままの音って言うの
でも今割と主流で
みんなが割と
そういうもんだと思ってるサウンドってすごい
全部ベタ付けで録って
だからすごい近く
ハイハットチャカチャカチャカと
キックが鳴ってて
ドバドバ動くみたいな
だからその
みたいな
部屋で楽器が鳴っているみたいな感じを
聴いてる時の奥行きがある
イメージではない
全く別婚のリアリティとして出来上がってる
部屋なりとは別の
現代日本の批評
レコーディングされたドラムの音としてのリアリティというのがある
みんな慣れちゃってるから
録音されたものを聞くってことに
慣れてるから部屋なりである必要がないってこと
うん
まあ
部屋なりとは別で定義されてるんじゃない
ドラムの音というのは
シンプルに技術が育って
いろんなことが出来るようになったからというのもあると思うんだけど
ライダックとかさ
明らかにさ
例えば
ライダックを普通の楽器で
コピーバンドで
全部普通の生楽器でやりますと聞いて
前で聴いたああいう風には聞こえないのよ基本的には
そういう音楽ではないのよ
確かに
ライブハウスで聴いてもあんなに問題ない
だからそういう風に自然に作ろうみたいな
自然に作ったものとかが別に
強い力を持つわけじゃないんだろうね
それこそ位置加工みたいな
うん
ライダックのMVって
確かに大盛り10人くらい出てくるもんな
そうなんだ
見たことないんだけど
大盛り10人くらい出てくる
色んな職業の大盛りが出てくる
その話聞いたわ
ライダックのTVの話だけ聞いたわ
ライダックのTVを批判してる話
ライダックって
どういう世界観の曲か知ってるのか
一回聞いたことあるけど
テーマはどういうテーマか知ってるのか
知らない
知らなかったみたいな感じじゃない
サルトルみたいな話じゃない
もう一人の私みたいな
みんな辛いことあるけど頑張ろうね
そんな馬鹿みたいな話してもらったけど
あれはだから
大人が精神を解剖する
っていう
方なんだよね
だから
いろんな大人が出てきて
高校生を見守る
みたいなMV
終わった後見てもらえばいいんだけど
最初
高校生に対して失礼で回るってことね
むしろ
双方
だから
ちょっとさ
説明を聞いてから考えたんだよね
ごめんなさい
まず大盛りもときとか
メンバー3人が全員高校生なんだ
でちゃんと教室の中にいるんだけど
で大盛りが歌ってるのよ
やっぱ
すすれでーって歌うだけ
でカッと変わって
先生が振り返るんだけど
先生が大盛りなの
はいはい
でとかいろんなシーン
高校生活でいろんなシーンがあるんだけど
そこに出てくる
街の魚屋のおじさんとか
工事してる人とか
が全員メンバー
大人になった
自分が見てるみたいな
だから双方が見合ってるってことやん
違う見合ってないから
高校生の自分が魚屋
自分を見守ってるの
逆はないやん
あの曲はあの頃の青を覚えていようぜ
ガラスサビだから
カイコ系
カイコ系YouTuber
ライダー系YouTuber
だからそういうやつなんだけど
なんていうのかな
大盛りもときが演じる魚屋の車屋とかが
すごいテンプレなの
魚屋の気がいいおじさん
テンプレみたいな
工事関係者の
どぼくみたいな
タイピカルな
ストレートタイプのロールプレイをして
何もオルタナティブがない
リアリティもないし
リアリティっていうか非常に
暴力的な
長所的にラベリングしてるわけでしょ
そうそう
それをカリカリしてやるのが
面白いと思ってるのが
大盛りもときの助けてのセンス
コロンブスとかもそうだし
あれが結構ね
萌えないことがびっくりするくらい
見てる人俺あれは
びっくりしちゃうんだけど
映像作ってる人の普通の価値観ではないから
そういうやつが
音楽で一番売れてるんだ
っていうのもあるし
あれを魚屋が見たらどう思うんだか
とかはないんや
微妙に
やりやすいものでやってるよね
魚屋とか
そりゃそうだろ
そういうのじゃなくて
境遇がさ例えばさ
病気の人とかさ
そういうのでもなくてさ
単純にさ大人
っていう
過去を振り返るに対する大人っていうのを
時間の体積として見るんじゃなくて
一個のステレオタイプのロールプレイ
出てくるのが魚屋とか
あと工事関係者
なんかあとは
消防署とか
そういうのもあるし
日本がそういうのに甘いんじゃない?
ちゃんとスターで
音楽をやってる大森もときが
その姿勢の人々を
対して
すごい姿勢の人々を
やってるっていうのがすごいなんかね
嫌な余裕を感じる
やり方の中でも
ちょっと嫌な余裕があるってことでしょ
ちょっと舐めてんやろ
政治家とかも入れないとダメだろっていう
いうのもあるし
そういう人々を仕事でラベリングするっていうのもね
だからかあんまり話したい
でもそれってなんか
絵本に切れてるみたいなことなんじゃないの?
そうなんだろうね
っていうのも若干思う
絵本の世界観でさ
人を戦う人は消防士
かっこいい大人は
あれ?
高橋くんは
家を出て5分後に弟が
家を出ましたに対して一緒に出ろよって言ってるじゃん
違う違う違う
しかも子供には魚屋
そこら辺の大人を
大人として普通に描くんじゃなくて
魚屋とかよく見かける
だからそれを見てるのが
俺らはもう大人の魚屋側なんだよ
その
雷楽のPVで
だからこのラベリングは大森もときが
って思うけど
あれを見てるのは高校生だから
見られてる側なんだよ
で俺らが
私たちがきっと
大人になったら
今は懐かしくなるんだろうなっていう
先取りよね
だから卒業式とかに負けないと思うよ
そういうのがダメなんじゃないの
だからそういうのがやっぱさ
中井の窓とかでさ
観覧が全部ちょっと一気に
格好したお姉さんとかの方がさ
女性の視線への物感のさ
始まりがあるみたいな
観覧が女性しかいないみたいな
俺はなかなかクソ割ってんなと思ってるけど
それに目覚め
それが内面化されるわけじゃん
バラエティの女性アシスタントとか
女子アナウンサーとか
めっちゃでも日本じゃない
大森もときのPVが
いけるのってめっちゃ日本じゃない
でもあのMVのね
一番面白いところは
ロケ地とかの
必要上
なぜかわからないけど
高校の帰り道が
再開発の工事をしてるさらちになっちゃってる
あれがめちゃめちゃ面白いんだよね
取れないじゃん街中でなかなか
強化的に
その結果再開発のバラックしか
プレハブしかない
すごい最近舗装された
アスファルトを
高校生が歩いてるっていうのが
図らずも現代日本の
批評を守ってしまっている
逆になだから
過去を回帰して過去を創用する
音楽なのにその
モーツァルトの理解
過去がバラックの中にいる
再開発されているっていう
あれは誰も
作り手は意図していないんだろうけど
あそこが
そこに作り手の意識が回ってない時点で
普通に映像を撮ってたら
この時に
本のデッキとしてもちょっと破綻してるってこと
普通にだってそれで高校生の時代を
創用するような映像を撮るんだったら
高校生の時に抜けぬ絵はめっちゃ大事やん
そこバラックの再開発の地域で
撮るわけないじゃん
これで終わっちゃうやん
俺別にライラックは
曲は好きってこと
MVはあれだと思ってるけど
ライラックさ
ライラック初音ミクバージョン
この前会った時見つけたじゃん
覚えてる?
初音ミクバージョンあるやんってなったじゃん
初音ミクバージョン聞いた?
初音ミクバージョンめっちゃいいよ
歌詞が入ってこないといけなかった
ボーカルが歌詞を聞かせる
ただ一個の楽器になりたかった瞬間
割と良い音楽に聞こえる
ライラックは
そういう事しなくても
良い音楽じゃない?
俺歌詞が入ってくるとダメなんだよ
俺もミセスナントカップルは
歌詞がダメだよ
かっこよいから
バンデッドうるさいやん
ミセスナントカップルは歌詞がダメなんだよ
歌詞が入ってくる
フィッシャードチップス
フィッシャードチップス忘れらんねぇ
英語版とか出してくれれば
聞けると思います
英語版ダメだから
あれぐらいの
Aとの香水対語バージョンの話は良いよ
良いよね
Aとの香水は
歌詞が良いからな
歌詞が重いしな
日本語広報文体の
新しい
文体だと思うよあれは
ドルチェガンドガバーナを
アクセントにしてる所が良いと思ってる
結構そこで
文体の中で一気にガッと
運動が起きるじゃん
曲的にも運動が起きるし
そこが良いと思ってる
あの香水はちょっと
一万字書いても良いぐらい
歌詞すごいと思うんだよね
でも見てよ今の僕を
崩んじゃった僕をって
ありえなくない?
人を傷つけてまた泣かせても
何も感じ取れなくて
さわさわ
売れて良い曲じゃなさすぎるじゃん状況が
言葉強いよ
でもそういう所もJ-POP的で
結局そういう事を言った後に
結局ドルチェガンドガバーナの
香水のせいだよっていう
強いオチって締める
シンプルなリズムとシンプルな余興で
曲を進めてるから
カジュアルな言葉っていうのが割と
ヒップホップ由来だし
ちょっと俺あれ
レゲエっぽいけどな
エイトは元々そっち系の出身だしね
むかい習得みたいで良かったけどね
水筒ナントカップル
パフューム3人に急婚されて
吉岡理宝と結婚するって
言ったらしいけどね
マネキン
マネキンになってるパフュームを
見てるむかい習得がいて
そしたらマネキンの3人が
ある日見てるむかい習得に
恋をして店から飛び出すの
それで3人で
争いを始めてむかい習得が
争いはやめてって叫んで
吉岡理宝と結婚したらしい
でパフュームとの対バンのMCで
行ってたらしい
俺めっちゃ行きたかったんだよ
俺結構そういうのも
時間切れな気もしてきたな
むかい習得の
日本のサブカルのそういうゲーム
かなり消費期限が近いな
って気がしてきた
歌詞が消費期限切れてる
マジで
この前の
アルバムとかマジで
誰も聴いてないだけじゃない
誰も歌詞ちゃんと聴いてないだけじゃない
むかいだなって思って
むかいだなと思ってありがたがってる人だけしか
聴いてないから
価値観ありで初見で聞く人が
いないから燃えてないんだけど俺めっちゃ好きだけど
座禅って元々結構そういうバンドじゃね?
いや桃色団長がやっぱ
どんどん
座禅がそういうバンドなのも
なんばがだってそうだしっていうのもあるし
そもそもどんどん
ミゾームですから
音楽なんて
なんばがの価値観がシーラリンゴっぽい
シーラリンゴがそれで歌われてる女の子をやってるわけやし
マッピルマガールの女の子をやってるわけやし
あと
店作りのアップル聴く人と
座禅聴く人
マジで関係ないっていうのもあるしね
本当に関係ないから
関係ないから
だから
やばいところはやばいところで
ずっと延命し続けるような気もするんだよね
確かにね
それぞれの分断があって
じゃあそろそろ終わりますか
文化的事象についての考察
という東京です
池袋から
分断がありますからねで終わる番組やばくない?
いや
この番組を通じて
繋がっていくわけ
分断があるということだけで
敵の敵は味方?
番組中に充電するのかっこいい
岡田斗司機の
3月の5日間で
じゃあ今から休憩とりますって忍者が言って休憩するみたいで
かっこいいよね
というわけでAKACHIPOD
CASTのスペルだ
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DMとお待ちしてますありがとうございました
季節変わるってことは新しいの
取らないといけない
あと3ヶ月くらい先でいいや
夏終わった
あれ春編でしょ
あれ5月くらいに撮ったっけ
あれ春の終わり編だから
そろそろね
夏の終わりで
先行花火みんなで
3人でしながら撮るか
浴衣着てな
俺がシークレットベース歌ってな
浴衣着て何時起動
誰が欲しいねん
ありがとうございました
38:35

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