お腹痛い
2026-05-22 1:55:29

お腹痛い

Podcast EXPOとか腹痛とかについて話しました

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サマリー

このエピソードでは、ポッドキャストのエキスポやイベントの現状、そしてコミュニティのあり方について深く掘り下げています。特に、ポッドキャスト界隈が内輪で閉鎖的になりがちな傾向や、イベントがファンイベントに留まってしまう課題が指摘されています。また、個人の健康問題や経済的な困難、そして社会的な課題についても触れられており、特に「内輪のり」やコミュニティへの依存、そしてそれらが個人の自由や社会貢献に与える影響について考察されています。最終的には、個人の健康や心のケアの重要性を訴えつつ、ポッドキャスト文化の多様性と開放性への期待が語られています。 ポッドキャストのエキスポやイベントは、参加者同士の交流や情報交換の場として期待される一方で、特定のコミュニティに偏りがちで、新規参入者には敷居が高いという現状が浮き彫りになります。P7のようなマクロな視点での試みも、参加者には十分に伝わりにくく、イベント全体の有機的な繋がりが課題として挙げられています。また、個人の健康問題、特に腹痛や体調不良への気づきが遅れる経験談から、自身の心身を大切にすることの重要性が語られます。経済的な困難や、やりがい搾取、倫理的な問題に直面しながらも、人権や自己肯定感を守って生きていくことの難しさについても言及されています。

ポッドキャスト文化の現状とコミュニティの偏り
こんばんは、吉村ジョナサンこと小原大輝です。
久しぶりの収録をさせていただいております。いつぶりなんだろう? 吉村ジョナサンの高校古典講義は、最後が
1月26日ですね。本日5月21日ですから。
それからでも半年経ってますね。
鬼の目に木琴は、
木琴はですね、1月に、あ、1月23日に
出してますね。多分、酔った帰り道で
かなぁ? 仕事外だったかなぁ?ちょっと忘れちゃいました。
まぁそんな感じで、あまり更新もしていない番組ですが、フォローしていただいている方もいらっしゃいますね。
ありがたい。 いやもう、なんか、あれですね。
世の中にはいろんなポッドキャストがありますけれども、その、なんだろう、なんか、
本当にね、世の中にいろんなポッドキャストがあるんですよ。 海外のね、ポッドキャスト文化っていうのはいまひとつ分かってないところがあって、
やっぱり有名なね、ポッドキャスター、ポッドキャストとか、なんか話題になるものくらいしかわかんなくって、ほとんどわかんないですね。
やっぱりポッドキャストを、例えばスポットファイで探したりしても、
なんか怪しげな番組が次々出てくるだけで、難しいなぁと思って、
日本のポッドキャストに絞っても、本当にね、偏るんですよね、ポッドキャストっていうのは。
で、多くの人がなんかポッドキャストを聞くきっかけっていうのは、
例えば好きな芸能人とか、好きな、なんだろうな、そういうアーティストさんとかがいらっしゃって、その人がラジオとかポッドキャストを始めて、
で、そこからその番組で紹介された番組とか、
例えばTBSポッドキャストだったら、同じTBSポッドキャストの番組とか、
ゲラーなんかが分かりやすいですけどね。
ゲラーって分かりますかね。
お笑い芸人とかね、芸人さん専用のポッドキャストなんですけど、
ポッドキャストホストっていうのかな、あれは。
ポッドキャストアプリですね。
サービスなんですけど、それだと本当に芸人さんばっかりじゃないですか。
でも我々が聞くポッドキャストっていうのも同じようなもんで、だいたい偏るんですよね。
例えばゲイの人たちがゲイポーから、
ゲイポーから入るっていうのも意外とね、
例えばYouTubeでゲイのYouTubeを見ていて、
そこからポッドキャストの存在を知ってとか、
もしくはYouTubeからポッドキャストに入る人とか現れたりとか、
そういうところもあって、ポッドキャストを聞き始めて、
今度はそのゲイのポッドキャストをどんどん聞き始めていくみたいな感じでね。
ゲイのポッドキャスト一つとってもかなりいろんな偏りがあるんですね。
仲いい人たちがお互い紹介したりとか、関連したりとかしていくんで、
何らかのコミュニティを思い浮かべてもらうと分かると思うんですけど、
コミュニティの中でしか大体情報っていうのは行き来しないから、
ゲイバーとかに行く人だとよく分かると思うんですけど、
ゲイバーってね、すごいもう何百何店舗もあると思うんですけど、
それぞれが有機的につながっているかというとかなり偏るんですよね。
本当に場所的に隣にあっても全然行ったことがないお店があるけれども、
逆に場所的には遠くっても、
例えばバーで働いている人の知り合いの店とか、
そういうのがコネクションっていうか、つながりっていうか、
コミュニティっていうのはかなり限られるんですよね。
だからかなりゲイバー一つとっても、
ゲイバーとコミュニティがあって、それぞれ仲が良かったりするんだけど、
一歩そこから出ると全く関わりのないお店がいっぱいあったりするんですよね。
こういうことってやっぱりいろんな業界であって、
例えば音楽団体とか、バンドとかもそうですよね。
バンドとかもお互いに仲が良いバンドであったらすごい関わりがあるけれども、
世の中にはもっと他にいろんなバンドがあるわけで、
もっと言うと学園祭とか、学校みたいなもんですよね。
学校の中ではすごいいろんな行き来があるけど、
一歩外に出ちゃうと全然知らないっていうことはよくあるし、
もっと言うと学校どうして仲が良かったりすると、
お互いの学校のことは分かるけれども、
実は近所の全く交流がない学校のことはよく分からないとかね。
いくらでもあるわけですよ。
どこかで学校祭、学園祭的な盛り上がりっていうのが、
どの界隈にもあるんですよね。
ゲイバーの文化って本当学園祭的だなってすごく思っていて、
だからそのコミュニティの中での有名人とか、
コミュニティの中で力を持っている人とか、
ハブになっている人とか、話題になっている人っていうのがいて、
でもそれって一歩外に出ると誰も知らないみたいなことがよくあるんですよね。
いろんなゲイバーとかゲイコミュニティに属したことがある人は分かると思うんですけどね。
ゲイコミュニティっていうのは本当に狭い社会で、
それらの社会が本当に没交渉っていうか、
全然関わり合いがないんですよね。びっくりするくらい。
だからゲイっていうだけ、もしくはゲイバーっていうだけでは、
やっぱり交わらないものなんだなと思うんですよね。
学校っていうものは、その学校の中だけで全てが完結するのと似ていて、
2丁目でイベントっていろいろありますけど、
そのイベントも非常に学園祭的、学校祭、学園祭的なぬいなんですよね。
だから一元さんだとちょっと楽しめないけれど、
本当にコミュニティの中の人だとあるあるネタとか、
その中で有名な人とか、素敵だなって魅力的だなって思われてる人なんかの
イベントとかをやったりすると盛り上がったりするんですけど、
もう全然関係ない人からすると何もわからないっていうのはよくあるんですよね。
なるほどなーと思ってね。
なんか僕も東京に来ていろんなそういうゲイイベントとかに、
チラチラっとね、そんな積極的には関わらないけれども、
チラチラっと関わったりするときに、
全然なんか一元さんには厳しい空間だなと思ったりね。
誰?みたいなコミュニティがちょっと、
そのコミュニティの中のことを全くわからないと誰?ってことがあったり、
やっぱそのコミュニティの中で可愛いとか素敵だなとか魅力的だと思われてる人のことは、
やっぱり端から見ると全然わからなかったりするんですよね。
そうか、この人がこのコミュニティの中では価値を持つ人なんだっていうのを見分けるのがなかなか難しくて、
多分ね、同じようなことっていろんな業界にあると思うんですよ。
あると思うんだけど、やっぱり、
なんかそれが素朴に感じられるっていうかね、
同じようなことって例えば芸能界とかアーティストとか、商業的なものでもいっぱいあると思うんですよ。
その業界の中では価値があるけれども、
客観的に見たら価値がないものっていっぱいありますよね。
アイドルとかアーティストっていうものの価値っていうのはやっぱり、
ファンダムの中ではすごく価値があるけれども、
他の人にはなかなか理解できないものっていうのはあるわけですよ。
そこにはいろんな物語があったり関係性があったりして価値が作られていくわけで、
当然ですよね。
普遍的な価値なんていうものはなかなかないわけで、
普遍的に今の世の中だって戦争は反対だっていうような、
まあまあ普遍的な価値であるものがさえ崩れているようなこの社会において、
あるこのアーティストが素晴らしいとか、この曲が素晴らしいとか、
それが唯一の価値だってことはなかなかないですよね。
ただそのコミュニティの中ではそれは価値があるものとしてすごいシアホヤされるわけですよ。
それをたまに分かんないとね、やっぱりこう、
あ、これシアホヤされている人たちだっていうのを見抜くのに時間がかかっていて、
ちょっと分からなかったりする時があってね。
そうですね、コミュニティから一歩進んでいると自分の価値が変わる経験っていうのは、
芸人の人だとね、割と社会人として一般社会で生きているときは価値がないけれど、
芸コミュニティの中では価値がある人なんていうのはいっぱいいるだろうから、
その逆もまたしっかりでね、社会的にはそこ価値を持ってすごい活躍していたりするけれども、
芸コミュニティの中では力を持てない人なんていうのも逆にきっといっぱいいらっしゃるだろうしね。
なんかそのコミュニティによってあらゆる価値観というのは変わっていくわけですよね。
そういうのがあるからね、なんかこう面白いところである。
僕の場合はやっぱりクラシック音楽っていうものが割と土台にあるので、
クラシック音楽ひとつ取ってもやっぱり価値観は色々あって、色んな正解がひとつじゃないんですよね。
もちろんショパンコンクールとかね、割と方向性がしっかりしているような明確なコンテストとかだと、
まあそれでも、それですら価値観というのは多少やっぱり無礼があるし、そこに幅はあるわけだけれども。
ましてやもっと一般的に言って、クラシック音楽ひとつ取っても色んな価値観、色んな良さ、色んな魅力というものはあるわけですよね。
それこそクラシック音楽なんてね、つく先生によってコミュニティが作られていて、
指示している先生によるコミュニティでも決まるようなもんですよね。
そこの価値観で生きていくから、その都定制度ですかね、ほとんどの都定制度の中でいかに生きていくかっていうのが、
もう大体高校生から20代前半まで続くわけですよね。なんならもっとその先まで続くわけですよね。
僕は結構それが嫌だったわけでもないかもしれないけど、僕の場合、高校生の時に音楽屋に行きたいなと思って、
それで高学期の先生にね、ついてたりしたんですけど、年末にね、
僕はデビュー遅いっていうかね、なんて言うんだろう、高校2年生くらいから始めたから割と遅めなんですけど、
年末に音題に行った先輩たちと、同じ先生に指示していた先輩たちと一緒に忘年会みたいなのを開いたんですよね。
その時に思ったのがね、なんかすごい大したことない人たちだなと思ったんですよね。
でも今思うと当然と言えば当然で、音題っていうのはね、それが大したことない人もいっぱい行くところなんですよね。
音題に行くからすごいみんなすごいなんてことはなわずないわけで、一般音大学だってそうですね、いろんな人がピンキーなんだけれども、
音題っていうのはやっぱり99%が本当に経済力で決まるんですよね。実力ではないですね。やっぱり経済力です。
実力なくても経済力があれば入学もできるし卒業もできるけれども、実力があっても経済力がなければ音題には絶対入れないし、
音題を続けることも不可能なんですよね。
今思うとね、そう考えたらまあまあそういう意味で、なんていうのかな、恵まれていた環境で恵まれていた人たちが必ずしも音楽的に魅力を持っている人たちとは限らないことなんてことはもうわかるわけなんだけれども、
その当時はね、素朴に音題に行けばもっと自分と同じような音楽に対する熱量の人に会えると思ってたんですよね。
実際大学に行って大学の音楽家の人たちと交流するとやっぱり音楽に対してすごく真剣な人が多かったから、やっぱりそこで得るものもあったしね、楽しかったけれども、
僕は音題じゃなくて、総合大学の中での音楽コースがあっただけなので、またちょっと違うんですよね。音題ってまたちょっと違うんですよね。
芸術系で言ったら、いわゆる芸大っていうところと音題ってあるんですけど、芸大はね、やっぱり学校数も少ないのもあるし、入学の難しさっていうのはあるんですよね。
だからまあまあ実力保証される部分はあるけれども、やっぱり音題はね、行ってしまえば誰でも入れるんですよね。
本当に全然音楽の出身者みたいな人でも入れる時代になって久しいんじゃないですかね。
ただやっぱりそこに経済的にちゃんと音題に続けることができて、音題に入るには結構お金かかるんですよ、入るまでにね。
少なからず音題でその大学で教えている先生の下で1年くらいはレッスンを受けて、受けなきゃいけないんですよ。
で、レッスン受けるためには例えば地方の人だとね、音題なんていったら大体東京とかにしかないからね、都市部にしかないからそこに通わなきゃいけないと。
そこに月に1回とかね、通ってレッスンを受けなきゃいけないんですよね。
レッスン受けるっていうのはこれは別に何ていうのかな、本当に自分の力を向上させるっていうんじゃなくて、
その先生の教え方に染まっていくための訓練みたいな期間ですよね。
それがやっぱり1年くらいは必要で、あとはそのコミュニティに属していくイニシエーションみたいなもんですよね。
なんかコミュニティに入っていかなきゃいけないっていうのがあって、
だからそういうの苦手な人はやっぱり向かないですよね、大学で音楽をやるっていうのは。
もうそれ都定制度なんでね。
その良さはあるので、ヨーロッパ式のというかね、都定制度として先生について教えてもらうっていうのはクラシック音楽だったらベタなルートなんですけどね。
それで入っていくために何とかそういう努力したりするわけなんだけれど、
かといって音楽的に本当に才気があるかっていうとなかなか難しいというか、何なら音楽に対してのモチベーションとかはまた別だし、
また逆に入ってしまうとね、入ってしまってまた苦悩することも多いわけですよ。
僕自身はでもやっぱりもっと音題とかに気が生きるようになったらいいなと思うんですよね。
音題っていうもので学べる価値っていうのはすごく感じていて、やっぱり東京でいろんな音題がありますけど、そこで音題でやっている演奏会とかに行くと、
やっぱり学生さんが自由活達に、芸術に勤しむっていうのは素晴らしいなと思うんですよ。
いい時間だなと思うし、それは学問に接している時間とかね、サイクル活動も含めて何かしらその青春の時期を、
10代のね、終わりの頃の時期を何かに一生懸命に傾けるっていうのは本当に尊いことだと思うから、その一つとして音楽っていいと思うんですよ。
美術もそうだしけどね。素晴らしいことだと思うから、そこはね、僕は本当に推したいんだけど、やっぱり何分ね、結果、
現実問題としてはもう音題に関しては経済力が全てなところがあって、経済的に恵まれていないとね、まず入学はできないし、
仮にめちゃくちゃ上手い人でも入学は無理ですね、大体。入学するために必要な力っていうのを手に入れるためには、やっぱりそれなりの受験対策が必要だし、
先生へ支持するということは必須になるからですね。本当にお金をかけずに才能だけで入れるということはまずないんですね。
不可能に近いんですね。才能でさえそこを見出されるとか、そこから発信していくっていうのはよっぽどじゃないと難しいですからね。
まあその良さも悪さもありつつ、そういうのがあるわけですけれども、まあそういう中でね、僕はやっぱり先輩たちの話とか聞きながらね、くだらないなとか思ったわけですよ。
なんかちょっと求めてたんですが、もしかしてこのまま大学に行っても自分の求めてる音楽ができないかもと思ったんですよね。
でも今思うとね、問題ってね、それこそ芸大もまあまあなんですけど、芸大ですらって、そもそもね、学生さん20代前半とかでね、
クラシック音楽でそれなりの演奏を聴かせるなんて人はね、もう本当人にぎりなわけですよ。一万人一人とかなわけですよ。
そんなに奇跡的な人なんていうものじゃなければ、まあ結構ピンキーなわけですよね。
学生さんの演奏を聴いても、ちょっと頑張れって思う人もいっぱいいるけど、それはそれを学生さんの演奏として聴くわけですよ。
別にね、音楽、例えば音台の演奏よりも、例えば吹奏楽とかだとね、一般の吹奏楽の大学で、コンクールで出ている常連大学とかあったりすると、そういうところのがやっぱりうまかったりもなんならしますからね。
うまさの質が違うっていうかね、また違うんですよね、そのやり方とか。そっちはそっちで、僕は吹奏楽界の内向きの姿勢っていうのも、本当にそれはすごく嫌だなと思ってるんだけれども、それはそれとして、必ずしも音台っていうものが、
価値ではないというか、音台制イコール音楽ができるわけではないんですね。
っていうのもわからなかったから、やっぱりなんかちょっと厳密したところがあったんですよね。で、結果的にそれだけじゃなくて、結局自分も受験に向かなかったんですよね。
やっぱり人に指示して、いろんなことを教えてもらって、で、調音とか楽天とかを勉強して、楽天はまあまあ楽しかったけど、やっぱり調音とかはね、なんでこんなことしなあかんのとかずっと思ってたね。
今では思ってるけど。でね、まあそういう、そういうのは合わなかったし、そこに熱意を傾けられなかった。あとは音楽以外にも興味があることが災いしたっていうかな。
本当音楽しかないっていうのは人間ならともかくそうではなかったから、まあそういうことも諸々あって、結局音台はね、いけなかったし、いかなかったというか、今思うとやっぱり経済的にもまあちょっと難しかったですね。
国公立大学の音楽家っていう道もなきにしもあらざったけど、まあね、そこに、まあとにかくその指示した人は、もちろん音台の先生、音台次第の卒業の先生だったからね、まあ考えると難しかったなと思うんですよね。
今自分がね、当時の自分にアドバイスとしては、まあ音台ってどうなんだろうな、当時の自分としては結構必死だったしな、音楽でやっていきたいっていう思いもいろいろあったから。
何がいい、まあ音台で勉強したい気持ちは今でもありますね。よっぽど経済的に余裕があれば、だけどね、音楽に没頭してね、その基本的なことから、もう総合的に幅広く音楽ってものを習得していくとかね、音楽を学んでいくっていうのは、そういう学問的体系的に音楽を学べるっていうのはね、いい機会ですからね。
大人になるとやっぱり改めそういう時間って欲しくなるけど、まあ無理でしょうね。経済的には絶対無理ですね。不可能。
まあそういうね、なんかそういう欲もあるけど、でもそういう都定制度とかそういうものはあまりなじまなかったっていうのもあると思うんですね、今思うとね。
自由でありたいっていうのがあるし、コミュニティを自分で選びたいっていうかね、基本的にそういうひげだるきがある都定制度が好きじゃないんですよね、きっとね。
そういうね、音題っていうのもそういうのもあるんですけど、ちょっと話戻しますけれども、
クラシック音楽っていうのはもう本当そういう世界で、きっとそれってね、バンドとかポピュラー音楽の世界でもね、オーカレスクなんかで、クラシック音楽ほど都定制度みたいなのはないにせよ、コミュニティってものの影響力が強くて、やっぱり古今奮闘してもどうしようもないんですよね。
長篠の演奏家として、路上でずっとやっていればうまくいくなんてことはまずないわけで、そうなきゃ奇跡的にね、その先が見える人もいるけど奇跡ですね、それはね。
今では本当に動画全盛期で、YouTubeとかね、そういうもので、インスタグラムとかTikTokとかでね、もうそういうある種のアーティストが、それは表現芸術全般いえることですけどね、ダンスとかもそうだし、音楽だけじゃなくてね、美術とかもそうなんですけど、あるけど、
それも御恩の衆というかね、本当にいろんな人が寄ってたかって集まってるだけで、あんまり凝っとして見られるってことはなかなかないわけで、凝ってバズることありますよ、それぞれで。でもそれもね、結局コミュニティとしては狭いんですよね。
ただ、その狭いコミュニティがそれだけである程度、その表現者を満足させることができたりとか、何かしら、もしかしたら経済的にもそこで回していけるようなことはある。でもそれはもう普遍的なものっていうか、すごいひどくみんなに知られるものではないわけですよね。
あらゆるものがそうなんですけどね。最初に言った通り。でも、本当にあるこの人は有名なYouTuberさんですよ、とかTikTokkerさんですよって言われても全然そんなの知らねえよって人の方が大半なわけですよね。よくあることですよ。何万人フォロワーがいようが、チャンネル登録者数があろうが、知らんがなってことはよくあるわけですよね。
ある程度知られるようになるには、やっぱり結局はね、その経済的な強みなら、例えばスポンサーがつくとかね、かなり大規模なお金をかけてプロモーションするってことがなければ、まあまあそこから大きく変わることはないというかね。
例えば、すごいXのポストをして、それがめちゃくちゃバズったみたいな感じの流行り方をある動画とかね、ある一曲の歌とかですることはあるけれども、それがまあある程度継続性を持ってね、持続可能なものになることはまずないんですよね。
結局はその小さなコミュニティの中で全て起きているわけですよ。それがまあどこでもあることなんだけれども、結局はそれはゲイコミュニティでもやっぱり一緒だし、やっぱりそれはポッドキャストでも一緒だってことなんですよ。
すんごい遠回りしたノートとかは戻ってきましたけど、結局ね、ポッドキャストっていうのはその最初見ている入りがね、どこから入ってくるかにもよるわけですよ。結局入ってきた場所人のコミュニティにいることしかまあできないですよね。
始めるきっかけ、例えば樋口塾から始めたポッドキャストさんって結構多いんですよね。樋口塾がそもそもそれ知らねえよっていう人も多いと思うんですけど、古典ラジオ系ですよね。
古典ラジオっていうポッドキャストがあって、それがある種ポッドキャスト界で一つの勢力になったわけですね。そこからある種のファンダムがあって、そのファンダムから同時にポッドキャスターさん、そこからポッドキャストやってみようっていうふうに動きがあったんですよね。
その系列がある種の古典ラジオ系列って呼んでもいいかもしれないですね。古典ラジオ、でもそれもね結局古典ラジオ系列なんですよ。古典ラジオというコミュニティの中での勢力であって、ポッドキャストっていうのはもっと広くて、本当に古典ラジオの系列なんていうのはそのほんの一握りでしかないんですよね。
やっぱり古典ラジオ系の人たちはその中でね、コミュニティを作ってるから、その中で有名人がいたりとかバズったりしていくわけだよね。
で、例えばポッドキャストウィークエンドとこの間にイベントがありましたけれど、そのイベントととってもかなり偏りなんですよね。
言い換えればポッドキャストウィークエンド系のポッドキャストなんです。それもやっぱりコミュニティなんですよ。
ポッドキャストウィークエンド界隈と言ってもいいかもしれない。
かなりそこも偏りがありますよね。逆に言うと参加者の中ではもうすでにコミュニティとしては結構あるっていうまた面白さがあるんですよね。
ポッドキャストウィークエンドに行くとちょっとアウェー感を感じた人も多いと思う。
そもそもね、ポッドキャストのイベントでアウェー感を感じるんですよ。
僕はそこを何とかすると、もっとこういうポッドキャスト系のイベントって本当はいいんだろうなと思うんですけど、
やっぱり相性の経緯化しちゃうんですよね。
仲のいいポッドキャスト同士だけで集まっちゃうじゃないですか。
集まっちゃうし交流もしちゃう。
あとその一元さんよりもファンダムに対しての対応を中心になってしまう。それは当然なんですよ。
当然なんだけれども、結果的に新規参入をしづらいというか、そこから初めてポッドキャストを聞いてみようとか、
もともとポッドキャストに興味がある人が新しいポッドキャストを聞いてみようと繋がることはあると思うんですけど、
ポッドキャストってものはよくわかんないけど、来てみたような人たちにはポッドキャストウィークエンドっていうものはあんまり意味がないというかね、
ちょっとこう、参入障壁がある感じがしたんですよね。
してるんですよ、毎回思うんですよ本当に。
アウェー感すごいなと思って、半端ないなと思うんですよ。
もともと雑談をやってるポッドキャストウィークエンドを始めた時には、やっぱり例えば農系ポッドキャストの影響が強いと思うんですよね。
要するに農業系のポッドキャストで、もともと農家さんだと、本業が農家さんだから、
本業のものを売るとかして交流するの面白いんじゃないかっていうところから始まってるんですね。
文化祭的では少し市場っぽい、マーケット的なイメージなんでしょうね。
ただ結果的にはもう、ただのファンイベントでしかないくなってるわけですよね。
だからもともとリスナーがいて、リスナーさんがそこに集うというイベント。
悪くないんですよ、そういうイベントっていうのは、そういうイベントの良さがありますから悪くはないんだけれども、
ただ、それでしかなくなっちゃうというか、あんまりそれ以上のものにならないんですよね。
だから本当に自分の好きなポッドキャストのところに行って、そこでグッズを買って、配信者さんと交流してみたいな。
それだったら別にこの形式じゃなくてもいいというか、各ポッドキャストでイベントを開いた方がいいと思うんですよ。
その方が濃密なこととか、そのポッドキャストに特化したイベントができるはず。
ただそれめんどくさいですよね。めんどくさいから簡易版として、ポッドキャストウィークエンドみたいなものとかね。
同じようなイベントがいっぱいあるんですよ。ポッドキャスト系のリアルイベントっていっぱい今、全国各地でちょっとずついっぱいあるんですけど。
ファンイベントっていうのがいっぱいある中で、それで終わっちゃうのもちょっとポッドキャストっていうもの、文化自体のお仕上げになるのかなってちょっと思うんですよね。
ポッドキャストウィークエンド自体は、やることによって、ポッドキャストっていうものは本当にこんなに盛り上がってるんだなっていうことがざっくりはわかるんだけれども。
でも最初にも言ったように、とにかく偏ってるんですよ。結局、そこに参加する人たちっていうのは。
ポッドキャストウィークエンド界隈って言ってもいいし、その中でのコミュニティであったり、仲のいいポッドキャスト同士になっちゃうんですよね。
なかなかそこに初出展ってことはなかなかしづらいし、初出展にしてもね、なんだろうな、やっぱりよくわかんないんですよね。
結果的にはもう単純にファンイベント、ファンダブルの人たちが集まるイベントなんだけど、なんかもうちょっとこのポッドキャストっていうもの自体の面白さっていうのが、
文化としてもうちょっと消化されていくといいのかなと思って。
今回はあくまでポッドキャストエキスポってことで複合的なイベントだったんですね。
その中の一角にポッドキャストウィークエンドがあるみたいな感じで、ポッドキャストウィークエンドとどまらず、
例えば企業ブースなんかではポッドキャストによってどんなものがあって、どんなものが今出ていてこんな魅力があってとかいうのを何とか広げようとしていたりとか、
ポッドキャスト自分でもやってみようかなっていうことを促すブースがあったりとかしたんですよね。
ただなんかちょっとそれぞれが別々な感じすぎちゃって、ちょっと全体として繋がってない感じっていうんですかね。
なんとなく全体として別々のものを見てるような感じがしたんですよね。
結局今回のポッドキャストエキスポの一番の目玉はP7だと思うんですね。
ポッドキャストに関わっているいろんな人たちが集まって対談イベントする、トークイベントするっていうのがあって、
それが一つの試みとして今回大きいわけでP7っていう。
ただ一般的には全然それが響いてないと思うんですね。
少なくともポッドキャスト界隈ではP7っていうのはよく分かられてないというか、
えーみたいな感じがある。
もちろん人は結構集まってましたよ。
集まってはいたけれども、少なくともポッドキャスト界隈では、
ポッドキャストウィークエンド参加者からするとP7の意識はほぼないですね。
話題にも上がらないし。
参加者も結局ポッドキャストウィークエンドと後は校舎の中のいろんな企業ブースを回ることはあったけど、
P7にはもう関心がないというか、P7の存在もなんか有料イベントだねみたいな感じで受け止めてる人がほとんどでしたね。
その存在自体もよく分かってない人も多いと思うし。
だけどやっぱりそこに一つのポッドキャストはある種の文化として、
ある種のマクロな目視点としてね。
あとはその大きな流れってものを掴んだりとか、
そういう非常に大きな感的にポッドキャストという文化を見ていくっていう試みだと思うんですよね。
そうした時にポッドキャストウィークエンドっていうのが、
どこかなんかちょっとしょぼい、しょぼいっていうのは何ていうのかな。
なんか牧歌的な光景というか、
P7というある種の切迫感を持ってポッドキャストを文化とどう途絶えるかとか、
結構ね内容的にシリアスな内容が多くて、
ポッドキャストの加害性問題点とか、
特に政治について関わるものとかを、
特に僕の場合はまあ好んで選んだっていうのもあるけれども聞いていたのもあるし、
ポッドキャストってものをかなりシリアスに真面目にストレートに捉えている人たちが多かったんですね。
その空気感からするとポッドキャストウィークエンドっていうのは何かちょっと異世界というか、
ポッドキャストウィークエンド盛り上がってるな、
ポッドキャスト界は盛り上がってるなっていうかなり雑な視点で目撃はできるし、
頑張ってるなとかこういう経済効果があるなとかいうのはわかるけど、
それとP7っていうのが別世界で、またそれと同時に各企業ブースが別世界で、
本当に全体的にバラバラな感じがしたんですよね。
それが多分今回のポッドキャストエキスプの一つの課題だと思うんですよね。
本来もうちょっと有機的につながってもよかったんだと思うんですよ、イベントのこととしてね。
これは多分来年次回以降の課題だと思うんですよ。
今回はもう本当にチャレンジだったと思うので。
それはポッドキャストウィークエンド自体の課題が出た感じがしたんですよね。
ポッドキャストウィークエンドっていうのは結局ファンと接するイベントでしかないというか、
なかなかそれをポッドキャストウィークエンドっていう全体の空気感、
そのマーケットとしての空気感っていうものにはつながってなかったのではないか、ないのではないかっていうのが、
簡単に言ってしまうとまとまりがないっていうのかな。
まとまり必要がないっていうところもあるんだけど、やっぱりマーケットとして、
なんか全体としてね、これもう本当に各ポッドキャスターさんがすごい頑張ってくださってて、
ポッドキャスト参加、ポッドキャストさんたちのコラボ企画をしましょうとか、
コラボグッズ作りましょうっていうのはうちわではあるんですよ。
うちうちではすごくそういう動きもあったりしたんですよ。
だけれども、なかなか難しい。
それは内側からだけでは難しいところもあるし、
運営側の課題というか思想っていうのかな。
でもなんていうか、渋さんがね、雑談で言ったら、
渋さんがもともとポッドキャストウィークエンドってもので考えたときに、
イメージ的にもっとちょっとずれてる感じがするんですよね。
僕もポッドキャストウィークエンド始まった当初のマーケット感っていうのかな。
本当に農系ポッドキャストの人たちが野菜とか、
そういうものを売ったりしてるイメージがあって、
当初からもちろんファンイベントとしての側面は強かったにせよ、
もうちょっと言ってみれば、
たまたまそこにいるのはみんなポッドキャストなんだけれども、
でも実際売られてるものはどれも魅力的で、
初めてそこに訪れた人が楽しめる場所であるっていうのが、
たぶんイメージとしてはいいんじゃないかなと思うんですよね。
スーパーマーケットっていうのかな、イメージで言うと。
デパートっていうのもあれかな。
ダメージもっていうのが、
粗悪なものを売るところなんていうか、
粗悪なものを売るところにはわかんないね。
とにかくいろんなお店があって、
お店として面白いっていうかね、
お店として商品が面白い。
別にポッドキャストは関係なく、
商品自体にそれぞれ価値があって、
それを回って楽しむのがいいみたいなね、
空気感がベースにある、
もうちょっといどこい方がいい気がしたんですよね。
でもあるんですよ、もちろん。
それぞれのポッドキャストは結構そうしてるところも多いんですよ。
本当にこれぞっていうしな、
例えば僕もよく知ってる金曜日の焚火会っていうね、
九州でポッドキャストでやられてる方のところで、
焚火会っていう会だからバーベキューをイメージして、
焼肉のタレを売ってるんですね。
そういう感じですよね。
そういう感じとか、
あと地方芸衣、
正式名称が出てこないな、
地方芸衣のブースでは木製品の木で作ったいろんなコースターとかそういうものを売ったりとかしてて、
そういうのって別にポッドキャスト聞いてなくても、
商品自体に面白い味があるじゃないですか、魅力があるじゃないですか。
僕自身も一応出展して、
その時は辞書を引いて、
履き引けたら景品あげますよとか、
ちょっと企画ものを入れた方がいいんじゃないかという思いが個人的にはあって、
でも言うてもね、
全然自分自身もそんな手も暇もかけられず、
それくらいにして、
あとはジンを売ったりしてたんですけど、
ジン売るっていうの一つはアリなんですよね。
本って別に、
ポッドキャストのこと知らなくても、
ポッドキャストのジンだとちょっと話が変わってくるところもあるというか、
ポッドキャストのジンだとポッドキャスト聞いてないと面白くないからね。
っていうのもありつつ、
ジンの方がまだね、
知らないポッドキャストでも買う価値はあるかなと思いつつでも、
ちょっとグレーだね。
いずれにせよ、
ポッドキャストと関係なくいろんな商品が並んでいて、
実はみんなポッドキャストもやってるんですよ、
みたいな感じの構成だと本当は、
初めて来た人にも絶対楽しんでもらえるし、
全体の空気感もちょっと違うものであると思うんですよね。
なかなかそこが難しいのかな。
現状としてやっぱり規模感的に、
もっといろんな多様なポッドキャストが集まってくれるとできるんだけど、
これも最初に言ったシリーズなんですけど、
それも偏りがあるんですよ。
そういう場所に、
そういうところで場所に来るポッドキャストっていうのも限られてて、
そういうポッドキャストって結局ね、
ファンダムがあるポッドキャストが多いですよね。
ファンとの交流をしたいがために、
そのイベントに出るっていうモチベーションのポッドキャストが、
そういうイベントに出やすくなって、
イベントに出やすくなるとコミュニティもできてくるというか、
さらに横のつながりもできてくるわけですよ、
ポッドキャスト同士の。
そうすると情報も安くなるんですね。
ですから、ポッドキャストウィークエンドは比較的大きいと言っても、
実はそれだって全部ポッドキャストが知っているイベントでもないし、
全部ポッドキャストが参加するイベントでもないしね。
もっとマイナーなイベントっていっぱいあるんですよ、
ポッドキャストイベントなんて。
いっぱいあるけど、
でもやっぱりそれを知られるっていうのはね、
参加者にとってもリスナーにとってもなかなか難しいことで、
そうなってくるとやっぱり、
そういう外に出ていくようなポッドキャスターさんとつながり、
コミュニティがあると、
今度こんなイベントがあるらしいよってことを知ることにつながるわけなんですよね。
実際そういう、それで声をかけたりするわけですよ、お互いに。
Xとかにつながって、SNSでつながってポッドキャスター同士が、
それで情報を得て、
今こんな、今度イベントやるかやりませんか、
とか参加しませんかを重ねていくわけですね。
それはリアルイベントだけじゃなくって、
テーマトークイベントとかもいっぱいあるんですね。
そういうのもやってたりとかしてるんですよ。
コラボイベントとかもそうだよね。ありますからね。
そういうのがいっぱい重なっていく面白さっていうのがあるわけなんですよね。
なんだけれども、やっぱり偏っちゃうわけですよ、そうなってくると。
で、だからポッドキャストウィークエンド一つとってもかなり偏ってるんですね。
そういう未だに知らないとか、一度も行ったことないとか、
聞いたこともないっていうポッドキャスターさんなんていっぱいいるわけなんですよ。
だから本当はもっと多様ないろんなポッドキャスターさんが集まれば、
多分もっとマーケット的なものに近しいポッドキャスターさんたちが集まることができて、
その結果としてイベントがもっとポッドキャストファンイベント以上のものになっていく気がするんですよね。
今回のイベント、全くセレクトがなかったわけじゃないので、
でも実質多分申し込み者数的にはもうちょっと入れたくらいの余裕はあったっぽかったから、
多分申し込んだらだいたい通ったんじゃないかなと思うんですよね。
でも実際本当に参加してないけど、この人がもっと出るとしたらこんな商品とか出させそうだなっていうポッドキャストなんていくらでもあるしね。
それがやっぱりグッズ販売だけになっちゃうとちょっと寂しい気がするんですよね。
あってもいいんだけど、メインを持ったようで、それはね多分農系ポッドキャストさんとかがちょっと今、
勢い的にはそういうイベントに参加しなくなってきた背景もあるのかなと思ったりしますね。
でもこの辺はコミュニティだったりね、やっぱりその毎年参加する、毎回参加するっていうのは大変さもあるしね。
あるんですよね、やっぱりね。またそれはそれでも難しさがあるから。
だから結果的にファンダムのためのイベントにだけいかねないとかなっている感じがね、
どうしてもそのポッドキャストウィークエンド自体の盛り上がりの課題なのかなと思うんですよね。
それと輪をかけて、やっぱり毎日金融ブースもまだ分かってないんですよね。
それこそSpotifyとかZoomも含めて、あんまり文化としての、カルチャーとしてのポッドキャストがどういうものなのかっていうのは
つかめきれてないっていうか。Zoomもね、機能をいろいろ更新したりとか、Spotifyもね、いろんなアルゴリズムを考えてとか、
いろいろあると思うんですけど、なかなかそこは難しいので、そのためのP7で今のポッドキャストの全体としての立ち位置っていうものを確かめていく。
まさに今回のP7をきっかけに次の一手を打っていくというか、今後のポッドキャストというものを見つめていく。
それは企業も含めてだし、配信者も含めてだしなんだけど、なかなかね、やっぱりその価値はつながりにくかったというか、
たぶんほんと参加者だからやっぱ印象的なポッドキャスト、ポッドキャストウィークエンド参加者も参加者にP7の価値は伝わっていなかったと思うんです。
そこが結構問題というか、そこは分離しちゃっている。
マクロな目で見づらいというのはあるでしょうね、ポッドキャスト業界というもの。難しいですよね。
例えば雑談、それこそ今回ポッドキャスト、そもそも今回のイベントを主催する側の雑談さんとかね、
内沼慎太郎さんとかね、そういう方々にしたって偏っているわけですよ、当然ね。偏ってますよ。
今回そのP7で話した人たちがやっぱ偏っているわけですよ、当然ね。
偏らせないことは難しいので、特に初回だしね。
ただやっぱり偏っているので、難しいですよね。
その俯瞰すると言って結局偏ったところからしか見えないというかね。
結局音楽でいうメジャーの世界で動いている人たちしか見えていない状況であるんですよ。
ポッドキャスト界なんてね、それこそメジャーもインディーズもみたいなところもあるわけですよね。
やっぱりポッドキャストという文化を今作っているのがどちらかというとメジャーの人たちの勢力なわけですよね。
例えば日本放送とかTBSポッドキャストとかね、そういう大きなところ、企業ポッドキャストの先駆け的な人たちですよね。
ラジオ系ですよ、ラジオ系のポッドキャストというところが結局ポッドキャストというものを
まずはその文化として察知して、それをまたカスタマイズして打ち出していっているんです。
もちろんね、その企業内ポッドキャストにも様々あるし、それもね、沢田さんとか話をしてましたよ。
政治増落の話の中でも、ポッドキャスト、企業内ポッドキャストなんだけど、
大々的に経済力があって、バリバリやっているという感じではなくて、意外と手弁当なんですよ、みたいな感じのことを話してました。
でも言うても、主流の流れというか、マジョリティというかね、強い方の良い文というか見え方ですよね。
もっとインディーズ的にポッドキャストを気軽に始めている人たちの層というのがものすごく分厚いと思うんですよ。
その流れをね、捉え切れていない感じがするというか、古典ラジオなんかがメインストリームだと見えてしまうのが間違いだと思うんですよね。
全然メインストリームでは多分ないんですよ、古典ラジオなんていうのは。何なら新山ものですよね。
何ならYouTubeから始まっているしね。
もっと例えば日本ポッドキャスト協会さんというのをちょいちょい関わせてもらっているというかね、面白いなと思うけど、そっちの中の人の話の方がやっぱりもっとマニアックというかね、
ポッドキャストの奥深さを知れたりするけど、例えばその日本ポッドキャスト協会との絡みはもちろんないわけですよ。
仮にも日本ポッドキャスト協会という名前があって、それなりにイベントもやったりしてるけれども、そことの接点はほぼないんですよね、ポッドキャストエキスポとは。
もちろん中の人はね、お互い知り合いだったりとか関係してたりとかするんですよ。
するけど、少なくともイベントとしては全く関係がないんですよね。
あまたあるんですよ、そういう本当にポッドキャスト、日本のポッドキャストという区切りにしただけでも、本当に歴史があるし、でもその辺が全然表に出てきてないから、
結果的にインディーズ的な流れとか、もっと面白いのいいなポッドキャストっていうのは個人的にはしてますね。
例えばゲイポッドキャスト一つとっても、ゲイポッドキャストって聞いて、今もちろんポッドキャスト業界ではゲイポっていうのは巨大勢力であるんですよ、一つの。
なんていうのかな、カテゴライズしにくいポッドキャストってものの中で、ゲイポっていうのはカテゴライズしやすいんでしょうね。
だからなんか巨大に見えるだけであって、実際にはやっぱりゲイポだからじゃなくて、もっとゲイポというレッテルを張られなくても、いろんなポッドキャストが多様に存在してるんだと思うんですけどね。
ゲイポ一つとってもね、例えば明日もゲイとか、そういうゲイならもう一度会いたいとかあたりが、今もやってるポッドキャストとしては老舗なわけですよ。
もうなくなったポッドキャストっていうかね、もう更新されなくなっちゃうポッドキャストなんていうのがいっぱいあるわけで、その中でゲイポといえばゲイチャとかパキラジラという人はそれなりに一定数いると思うんですよね。
やっぱその農家さん向けにゲイバーで言った観光バー的な番組はもちろんね、ゲイポとして認知度もされ、ポッドキャストウィークエンドとかでもね、もちろん知られてるわけですよ。
コミュニティもやっぱり作られてるし、ファンダムもあるしね。わかるけど、それは本当に膨大なゲイポの魅力のほんの一握りでしかないわけで、歴史的にもファンダムの数的にもね、決して主流ではないんですよ、本来的にはね。
だけどそれはやっぱりポッドキャストウィークエンドの文脈の中ではやっぱりそっち主流になるわけだし、それこそジャパンポッドキャストアワードとかも結局あれも偏るわけですよ、どうしてもね。
ファンダムの偏りとかと一緒だから。その辺もね、ジャパンポッドキャストアワードの話なんかもね、出てましたよ、捨てましたので、P7でね、されてました。非常に興味深く聞かせてもらいましたけどね。改めてやっぱりどうしても偏るんですよ。
何かのね、例えば映画の映画祭とか一つ撮っても偏るじゃないですか、それはね。ただ偏りってことを意識してそれぞれが楽しむってことが大事じゃないですか。芥川賞とか直樹賞とか文学賞もそうですよ。音楽賞もそうですよ。
なんかそういう賞っていうのは偏ることを前提として偏りをこういうふうに言えた上でね、見ていかなきゃいけないわけですけど、ちょっとその視点が欠け気味ではないかと。
なんか僕からすると本当にみんな別々の場所でいろんなコミュニティがポッドキャストがすごい人気があって、そのコミュニティではよく知られてるけど他では知られないことがたくさんあるわけですよね。
個人の健康、経済、そして社会への視点
ただ僕もやっぱこの間、この1ヶ月くらいいろんなポッドキャストのコミュニティを行き来したことによってちょっと疲れたというか、ここではこのコミュニティではこういう人が力を持っていてこういうような動きがあるんだとかいうのを知るのはなんとなくいいんだけど、なんとなくその行き来するのがちょっと疲れるんですよね。
いろんなところがあるところ。
なんかそれこそ違う国を旅してる感じですよね。
全然異国に来てる感じ、本当に。
ポッドキャストウィークエントの中だけでも、ポッドキャストウィークエントの空間と、空間の中でもなんかいろんな別世界が広がっているし。
またその企業ブースでは企業ブースのロンリーがあり。
あとはさらに、P7の中でもまたP7の中でのなんか世界観があってね。
ギャップが結構それぞれあって。
ちょっと疲れちゃいましたよね、あのイベント。
面白かったんだけど、面白いけどやっぱり疲れるというか。
なんかそのマクロに、文化祭、それぞれ別々の学校の文化祭に行った感じですよね。
全然その中でも価値観が違うわけですよ、その学校。
ポッドキャストウィークエントの中での価値観と、P7の中での価値観と、企業ブースの中での価値観が全部違って。
多少疲れますよね、なんかね、いろんな本当に。
初めて行く芸バーにすごいいっぱい行き続けた感じですよね。
もしくは初めて行くバンドの、いろんなバンドのライブ、初めて行くライブハウスのライブに行ったって感じですかね。
全然自分としてアウェー感がすごくて、それぞれね。
決して自分はそれぞれの中に全く繋がりがないわけじゃないし、知ってる人もいるし、なんか完全なアウェーではないにせよ。
なんか全部別世界で、価値観がガタガタになっていくから疲れるんですよね、やっぱりね。
僕はゲイコミュニティってものと接してはいいと最初っきり思ったのそれですよね。
やっぱその価値観があちこち全然違うんだとか、違う価値観の中でそれぞれが生きていて、
それぞれがね、僕はやっぱゲイってものに対しての解像度があまりにもざっくりすぎたんでしょうね。
だからゲイって言ったらこんなもんだろみたいな感じの、みんなみんなこういう価値観持ってんのかなとか思ってるけど全然違うわけですよ。
でそれが全く交わらずに、融合せずにね、全部素材の味そのままでコミュニティがあるっていうね。
でポッドキャスト界も似ていて、ポッドキャスト界もなんかそれぞれの境界が交わらないっていうかね。
たまに影響する存在はいるんだけど、基本やっぱりコミュニティが分かれていくんですよね。
基本的にコミュニティが好きじゃないから、なんていうか田舎的なね、ご近所付き合いとかに近いと思うんですけど、
家族の中だけでの価値観とか、もっと言えば最初の単位は家族のね、家族の中だけの価値観ってあるじゃないですか。
その家族の中だけの、ファミリーの中だけの価値観で、なんかその空間が形成されているところにいる時の言いづらさというかね。
まあそれで多分、慣れない国に行ったりとか、慣れないお店に行ったりとか、そういうものと近いと思うんですけど、多少そういうので疲れたんでしょうね。
文学振り間もあったからね。文学振り間をまたあればあれでね、すごいなんかもういろんなコミュニティとかいろんな派閥というかね、いろんな価値観があった文学振り間はいいんですよ、割と。
なんかもっとね、一つ一つが独立しているというかね、まあそれぞれの関係性もあるんだけど、ファンダムも全然形成されているんだけど、やっぱりそれぞれの魅力っていうのがあって、
やっぱりファンダムじゃない人に向けて発信している人の数の方が多分多いんですよ、文学振り間って。
自分の作品を初めて人に届けるような人がいっぱい出展しているから、もちろんすでにファンダムが形成されているような、それこそユーチューバーさんとかポッドキャスターさんとか、芸能人も出展しているんですよ。
だけど、メインがね、誰も知らないような人が出展しているんですよ。
そこに、それを見つけそこに価値を見出せる人がね、お客さんの中にいるんですよね、結構ね。
それが面白いんですよね、やっぱり。
なんか一元産で楽しめるんですよ、文学振り間は。
先方もそういうつもりでいるから。
売ってる方も初めてここに来たんですよねっていう感じで接する人がほとんどでね。
それがベースにあるから、やっぱファン。
これもあるね、なんか前回出た時はほんと隣のブースがポッドキャスターさんとかされている方だったんですよね。
結構ファンダムがあるっぽくて、ファンの人たちがどんどん来てたんですよ。
言うてて、すごい人気ブースってことではないけど、結構それなりにファンが来ている人たちの感じで、
偉そうな感じだったんですよね。
二人のびで一人の方がね、すごいなんか、何なのこの人って思いながら、僕はすごい隣でいたんですけど。
すごいなんか、なんか嫌な態度だったんですよ。
何だこいつと思いながら行ったけど、
なんていうのかな、ファンイベントとして文学面っていうものをファンに来てもらうイベントにするのは悪くはないんだけど、
やっぱそれがメインになっちゃうとちょっとつまんないんですよね。
そうじゃなくて、本当に商品を売るというか、人とか本を一元さんに楽しんでもらうっていうことをメインにしていくっていうだけで全然空気感が違うんですよね。
だから文学リーマーね、いいんですよ。
そこはね、運営側がかなりいいんだと思う。
運営のね、工夫が全然違う。
やっぱり文学リーマーの運営はしっかりされてるなって思います。
すごくそこはやるなって感じ、しっかり。
そこはね、運営の人たちの、本当に僕いろんなイベントとかに出たりとかいろいろしてるけど、
やっぱり文学リーマーはその中でもかなりしっかりしてるというか、
やっぱり運営側の思想というのかな。
運営側のイベントというものの持っていく方とか、何を大事にしたいかというのが非常にしっかりされてるんですよね。
そういうのが出るんだよね、結局ね。
そういう感じもあってね。
結局別にポッドキャストエキスポが悪かったわけじゃないんですけどね。
楽しかったしね。
良さもすごくあるし。
良いんだけど、それやっぱり改善点もね、いっぱいあったよなって感じはするし。
やっぱりポッドキャストウィークエンドというものの改善点もすごく感じますね。
やっぱりポッドキャスト界の内向き、コミュニティに閉じこもっちゃうというか、
やっぱり内輪のりなんです、簡単に言ってしまうと。
ポッドキャスト、ジャパンポッドキャストアワードなんていうのも完全に内輪のりですよね。
内輪のりな感じ。
ポッドキャストイベントというもの自体がどうしても今もう内輪のりから脱してないんじゃないかと。
少なくとも東京で行われているものに関しては。
他の地方のイベントは直接伺ったことがないから、
間接的に配信で見たりとか、レビューとか感想を聞いたりとかしてくるしかないから。
内輪のりじゃない方向にできるとすごくイベントっていいよなと思いますよね。
ゲイイベントなんて内輪のり99%のものだと思うんですね。
そういう意味ではレインボープライドみたいな社会系のイベントは内輪のりだけではやってられないから、
外に向けてもいろんなことをやったりしていますよね。
ストランスが全然違いますよ、そこはね。
もうちょっとゲイイベントってやつも内輪のりじゃないものも成り立つといいなと思うけど、
やっぱり内輪のりの方が楽っていうか、
合う程度やりやすいですよね。
学校の学園祭と似てるんですよ。学園祭って成り立ちやすいんですよ。
学園祭ってやっぱり内輪のりだからこそ内輪という顧客が見込まれるわけだし、
内輪だけのことだけで通じるから、いろんなものが通じるから、
言ってみればちょっと不備があってもなんなら大丈夫なわけですよ。
習慣とか、なんていうのかな、なんか皆まで言わなくても空気読んでくれるっていうかね、
そういうので伝わる部分も大きいし、
だからその内輪のりイベントっていうものの良さもあるんですよね。
やっぱりそれは学園祭のりでしかないから、学園祭のりの良さとしてはいいんですよ、すごく。
けれどもそういうイベントだけじゃなくて、
一般の人も参加できるイベントみたいなものもあると個人的には嬉しいなと思ったりはしますかね。
内輪のりですもんね、やっぱりどうしてもね。
ラグビーイベントとかそうですよ、それは別にゲイイベントに限らず、
音楽イベントだって音楽の機会だって、美術とかダンスとか演劇とかもそうです。
やっぱり内輪だけである程度、なんなら内輪に頼ることも多いじゃないですか。
内輪の人でなんとか成り立つイベントとか、商業的な興行っていっぱいあるわけですよね。
その良さとか必然性も分かるんだけど、
僕自身コミュニティ嫌悪がすごいから、内輪のりっていうのもあんま好きではないんでしょうね、僕自身がね。
内輪のりだって思うとちょっと引いちゃうというか。
内輪のりよりはもうちょっと。
内輪のりだってことにどうしても気づかずに言っちゃうときもあるじゃないですか。
あれ内々のことだっけ、内々だったら通じるけど一般的っていうか、その他の部外者には通じないんじゃないかみたいなことってありますよね。
たぶんなんか、そうですね。
営業でもないし、営業もいろんなのあるからな。
どういう人だと内輪のりから逃れやすいんですかね。
学校なんてもう内輪のりの塊だしね。
お店とかね、お店も内輪のりですよね。
やっぱりお店で服を売る人ってことにとっても、お店で服をどういう顧客層が来るかとかもね、結局限られたりするわけですよ。
食店なんてそうですね。
普通こういう飲食店だったらこうあるべきだとかこうあるものだよねっていうのが出たりするじゃないですか。
結局みんな、大体の社会人は内輪のりなわけですよ。
それはね、しょうがないと言えばしょうがないんですよね。
うちの業界はこうなってますとか、我々の業界での常識ではこうなってますとか、このコミュニティではこれが常識なんですみたいなね。
だから自民党ではこれが常識なんで、ちょっと変だと思うのはしょうがないですみたいな。
絵みたいなことは青春世界ではもちろんあるわけですしね。
大体学問の世界でもそうだしね。
大学で何か教えたいとか研究したいとかいう道もたびたび思うけど、思うたびにこのコミュニティ無理だなと思うんですよね。
なんかもう大学の内輪のり?
面白いですよね。僕もなんか大学いろいろ、もともとは教員養成系のところでまず学んでるのと、
また音楽業界、音大とかそういうコミュニティともなんとなくゆるやかにつながっているところもあって、
そういう音楽学部系の内輪のり感もなんとなくわかるところはあるし、
また心理学を2つ目に行った大学では一応勉強してたけど、そこまで通信性大学だったんで、
学会とかにすごい行ってたわけじゃないかな、わかんないところもあるし、それでも内輪のりみたいなところはあるなっていうのはわかるわけですよね。
こういう派閥とかあるんだとか心理学界隈のいろんなものを感じるし、
あとは仲良くさせていただいている僕たち大好きな刑事司法未来さん、法学部系ですよね。
刑事司法系のいろんな集まりとかに顔を出したときも、やっぱりこの業界にもすごい内輪のりがいろいろあるんだなとわかるわけですよ。
学問系はね、やっぱり音大とかも結局そうなんですけど、学問系は内輪のりというかあの先生の派閥はとかね、
あるわけですよ。そういうのがちょっと無理なんで、ちょっとね、学問系、学際系のね、仕事とかそっちに深入りはしたくないなと思ってますよね。
思ってます。あんまり心地よい感じではないですよね。
そうすると必然的にクラシック音楽系もね、なくなっていくわけなんですけど。
いや無理なんだよなぁ、内輪のりとしてはな。
なんなんですよね、内輪のりというか、コミュニティが嫌だし、何ら集団の中で何かをするというのはあんまり向いてない。
仕事としてある程度やっていくのは、学校で13年も働いているし、できないわけじゃないんだけれども。
何が嫌なのかね、やっぱりヘアルキンがあるのが嫌なのかなぁ、権力勾配があったりするのが嫌なのかもしれないし。
でもかといってな、やっぱり割とその友達が、友達のコミュニティとかね、例えば社会人バンドとかでもね、20代30代で演奏したりとかしたけどね、
そんなのもう嫌じゃなかったけど、今はもういいかなって思ってる。
やっぱりそのコミュニティも、仕事以外の場所で友達ができるっていうのの良さもあるじゃないですか。
でもまぁ、そんなにいらないかもみたいな。
なんだろうね、コミュニティめんどくさいんでしょうね。
なんとか10人20人で集まって、ずっと包んでるみたいな、2ヶ月に1回くらいとか3ヶ月に1回くらい集まるメンバーとかならばいいんですよね。
でもなんか、毎週何かをするとかだとちょっと僕も耐えられない人間になってしまったのかもしれないなと思ってます。
仕事でね、仕事でそれこそ週2とかでね。
仕事もね、僕今やってる仕事が同じ職場で5日間とかいるわけじゃないから、大体2日くらいなんですよ。
だからね、やっぱ週2だといいですよね。そんなに嫌じゃないかも。
しかもでも結構もう厳選した職場ですよ、今本当に。ストレスのない職場が週2ずつかける2かな。
1人でやってる仕事があとはそれ以外って感じだから。
いや全く人が接するのもあれだけどやっぱりね。
なんかその集団で、やっぱその閉じられるのは嫌なんでしょうね。
集団の中でしかいられないみたいな。
ちょっと前にフルタイムで働いてた時が半年くらいあったんですけど、通信生高校の教員をしていて。
やっぱりね、その時フルタイムだったんですけど、フルタイムでずっと同じことをやってる集団っていうのはやっぱり閉鎖的になりますよね。
ある種の蛸壺化するというか、それこそ本当に内輪のりになってしまうし。
これはおかしいだろうと思ってもやっぱりその場での論理が強くなっちゃうしね。
それを変えていくのはめんどくさくなっちゃうしね。
やっぱりどこかですね、アウトローとかアウトサイダー的な立ち位置でいたいんでしょうね。
やっぱりその内側に入ってもいかんともしがたいというか。
身動きが取れない状態になってしまうというかね。
そういうのが結構無理なんですよね。
なんでしょうね。
飲み屋に行くとかね、たまに行くお店っていうのが僕も何軒かって、それはすごい大事な場所なんですよ、本当に。
そこの場所に行くと自分の知っている人と会えるみたいなね、そういう場所が何軒かあるんですけど。
それは本当に大事。
だけどそこのコミュニティしかなくなったら無理だなと思うんですよ、生きていくのが。
つらいなと思うんですよね。
もしくはそのコミュニティが中心になっちゃうと、
なんていうのかな、またちょっと身動きが取れにくくなっちゃうのかなと思うんですよね。
依存って言ってもいいかもね、そこに自分が依存することにリスクを感じるのかもね。
依存っていうのはね、これも何度も話しておこうかもしれませんけど、悪いことじゃないですよ、それ自体はね。
ただやっぱり何に依存するかが大事で、僕はやっぱり人に、人間に依存する、空間に依存することのデメリットというかリスクを考えちゃうんでしょうね。
リスクはあるんですよ、フルタイムで働いてるとね。
そのフルタイムの環境が地獄だったらもう終わるわけですよ。
でもそこに依存しているからなかなかそこから逃れられなかったり、視野が狭くなっちゃったりするんですよね。
それは無理なんだよな、やっぱりどこかで僕は理性を守っていたいというか。
なんか狭いところで行きたくないなと思いながら結局自分が他者と関わらなさすぎてすごく視野が狭くなっていくような気もするんですけどね。
そんなこんなにこのポッドキャストを今更新しているわけなんですけど、
でもね結局はね、6月にいくつかポッドキャスト配信イベントがあるんで、それに参加するんで、やべぇそろそろ一旦更新しとくかというのと、あと気分が乗ったのでね。
今日もちょっとお腹痛くて少し。
5月の1日に、正確には4月の30日くらいかな、そのくらいにちょっと気分怪しいかもってあるんですよ。
昔はこういう気分悪いなとか具合が悪いなって言った時に、もう医者に行くレベル、医者に行くレベル違うな、入院するレベルにならないと気づかなかったんですよ、マジで。
なんか、病院の時に入院なんとかしてるんですけど、初めて入院したのが、結果的には尿膜管異算症脳用っていう診断名だったんですけど、尿膜管っていう臓器があるんですね。
その部分が炎症を起こしてたんですよ。
めちゃくちゃ、簡単に言うとめちゃくちゃお腹痛いんですよ。
甘いにもお腹痛いってやつなんだけど、それでもう動けなくなって、救急外来で友達に乗せてってもらってね、送ってもらって、そのまま入院みたいな感じだったんですよ。
そこまでいかないと体の体調が悪いことは気づかなかったんですね。
気づかなかったっていうか、体調悪いなとか風邪かなみたいなのあっても、じゃあそこで休まなきゃいけないとか、体を休めるとか、仕事を休むって発想に全く至らなかったんですよ。
それくらいにバグってたんですね、いろんなものは。
そんな時があって、その後、これ絶対うつ病だよなとか思ってずっと認識はあったんですよ。
精神疾患はね、教員やってると身近な病気なんですね。
まず生徒がね、精神疾患なんてことはもちろん多いわけでよくあることだし、
特に高校なんて、思春期だとやっぱりそのメンタルの不調なんてよくあることなんでね。
なおさらその精神疾患に対しての情報というかね、そういうのはよくあったわけですよ。
それとそれに対して、教員もね、もう本当にひどい農務環境だから、精神疾患いない人がそもそも多いんですよね。
なんか毎度身近だったんで、自分自身がやべえなっていうのはわかってはいたけど、
それでね、結局治療も途中始めるけど、でもそれでもね、あんまりそれで、じゃあ休むかってさっそく言われたくなくって、
結局あんまりね、休んだりもしなかったりしてないんですよね。
そもそもなんだろうな、欠勤したことがほぼないですね。
なんだろう、体調不良で休んだことなんて多分ないんじゃないかな。
入院したときくらいだと思うんですよ。
まあ入院は3回くらいしてるんですけどね。
いろいろ入院はあるようにしてよ。
でもどれもね、結局すごいめっちゃ痛いの、その先に行かないとね、休まなかったんですよね。
で、それが入院をやめてから5、6年経つわけですよ。
それでやっとね、今はやっぱりさかに5、6年で学んでね、
なんなんとまず体調が悪いことがわかるようになってきたと。
風邪をひいているなとか、お腹が痛いなってことを自覚できるようになったんですね。
あ、これお腹痛いやつだとか、あ、これって風邪だみたいな、喉が痛いっていうことを認識できるようになってったんですよね。
だから健康な状態っていうものと健康じゃない状態の境目が多分なかったんですよ、教員時代は。
だけど割とその調子が悪いときと悪くないときの境目ができてきて、
今ではね、ちょっと怪しいとか、まだ痛くないです、どこも痛くない。
どこも痛くないんだけど、ちょっと怪しいがもうわかるレベルになったんですよね。
なんかちょっと気持ちが落ち込んでるなとか、それは精神的なものだけかもしれないけど、
結構ね、その先にちゃんと体調として身体的な症状が出てきたりするんですよ。
すごいですよね。身体的な症状が入院しないと自覚できない状態から、
もう痛みが出る前にもう体調がなんか悪いかもがわかるようになってきたわけですよ。
今結構そんな感じで、お腹痛いっていうのはもう少々出ちゃってるんだけど、
お腹痛いからさらにその先に進んだりもするんですよね。
だからちょっとね、それでもう4月30日くらいにちょっと怪しいなってなって、
で、5月1日からもう2週間くらいずっと風邪症状ですよ。
風邪ってさ、軽く聞こえますよね。実際にめちゃくちゃ大変なの、イサ風邪ってさ。
実際には風邪って大雑把で、実際にアレルギーだったりとか、
鼻炎とか咳とか、気管支援とか、いろんなのが総合的に全部風邪になっちゃってするんだけれども、
やっとそれが治ったかなと思ったら、もう1週間も経たないうちにちょっと今曇り怪しいんですよ。
この寒暖差もあるでしょうね。
昨日めっちゃ暑かったけど今日涼しいしね、ほんと終わってる。
そんなさ、政治はもうむちゃくちゃなことやってるし、高市さんは眼鏡を交換するし、
勘弁してくれ、ほんとに。アホすぎる。もうアホすぎて。
もう党首討論はコントみたいな感じになってるし、もう終わってる。
物価は上がるし、なふさは足りないし、ガソリンも盛り上がりすぎて。
もうアホでしかないですよね、ほんとに。
そんな中で頑張ってきてるわけですよ。
頑張ってきてるけどね、やっぱちょっとね、経済的にはもうちょっと、
教室の方、苦悶教室がもうちょっと生徒がガツンと増えてくれればまた違うけど、
いきなり増えられすぎても困るけど、もうちょっと増えてくれないと赤字になっちゃうから何とかしてくれって感じではあるんですけど、
まあね、それとは別に経済的にね、自分の生活を成り立たせるためにバイトをしたりしてるけど、
でもバイトを無理したくはないから、体調を整えつつと思いつつ、
でもそのままいくとな、ちょっとどんどん余裕がなくなっていくなと。
まあ幸いね、貯金だったり親を頼ったりもできるから、
何とか生きてはいけると思うんですよ。
まじで生活保護を受けた方が楽じゃないかと思うくらいの収入的にはね。
もちろんね、生活保護を受けて、生活に足りない分を生活保護で補うみたいな感じでね。
生活保護よりは稼いでないから、生活保護がそもそも低いっていうのもあるけど、
生活保護すれすら稼げてない状況があるのでね、生活保護で支援を受けつつ、
生活保護を受けるとね、税金とかもね、全然変わってくるからね。
というのを思いつつ、今のところは貯金とか親の支援でまあまあなんとかなってるから。
と思いつつ、性格的に流行ってるので、なんかこの、もどかしいなと思いながらね、
なんかいい仕事ないんかなと思いつつ。
なんでいい仕事って別にね、なんでもいいわけじゃなくって、
やっぱり負担が少ないとかやりがいがあるとか、
なんかそういうのもね、全く選ばなければね、いろんな仕事ありますよ。
もう散々ね、やりがい搾取とかの中にあったり、
なんかちょっと大変なことでもやってきた中で、やっぱね、それは良くないと思ったわけですよ。
続かないし、自分にも良くないし。
人間ね、やっぱりその、生活できる最低限のお金があれば、
どんな働き方をしてもいいわけじゃないじゃないですか。
やっぱりね、ちゃんとなんか人権を守って生きていきたいし、
自分の命を大事に、自分の心と体を大事にして生きていきつつ働きたいですよね。
って言うとね、難しいんだよね、なかなかね。
まあ単発でね、いろんな人のために何かできることがあったりとか、
そういうもので、なんていうのかな、やることはあるけど。
難しいよね。でもまあ、だからといってね、自分で稼ぐものとしてね、
例えば、webマガジンというかね、webメディアもやってますけど、
まあそれだけでね、ある程度収入を得るのはまたそれもそれで、
戦略も必要だし、時間もかかるし、やってはいるけどね。
なんかね、それでもうちょっとうまくいってくれたら、ちょっと楽になる。
別にそれだけでね、生活していけるようになるってことは思わないけど、
ちょっとでもね、やっぱり自分の生活の助けになるとありがたいですよね、そういうもので。
でもかといってね、ライターは嫌なんですよね。
本当に、なんか記事を作成するとかね、そういうのが、
それを外注でね、依頼とかを受けて、
そういう仕事をやってみたらと思う人もいるかもしれないんですけど、
もう嫌、それは嫌なんですよね。
やっぱりなんか倫理的にね、受け付けない、そういう仕事が多いんですよ。
まず、人権としてまずそもそも単価が安かったり、
内容的にちょっとデマとか、
ずるいことを書かなきゃいけなかったりとか、誠実性がないとかいうものもやっぱりね、
ライターの仕事ってそういうのもやらなきゃいけないから、ちょっと嫌なんですよね。
だからライターの仕事とかはしたくないんですよ。
日本の仕事として受け置いたくはないんですよね、やっぱり。
倫理的に嫌なことはやりたくないんですよね。
多いんですよ。
倫理的に良くないんじゃないかみたいな仕事とか、もしくは自分自身を犠牲にしなきゃいけないとか、
そんな結構これ大変だけど、なんでこれしかもらえないとこんな労力かけなきゃいけないのとかね、
いろいろあるんですよ、そういうのもね。
やっぱりね、難しいよね。
なんかもう本当に嫌になっちゃう。
なんかすごい高い時給でね、
例えば講演会をやってそれで10万くらい稼ぐみたいなやつがいいですよね。
月に1回、講演会やって10万稼げるくらいのものがあったらいいけど、
でもだからといって、そこに持っていくために自分を持っていくのが大変だし、
じゃあ、それでマネジメントするのも大変だし、
もう誰かマネジメントしてって思いますよね。
いい感じの案件を取ってきて、
削除されないくらいの条件で案件を持ってきてもらって、
倫理的に問題ない仕事をやれるようになれたらいいですよね。
ちょっとそこに持っていくにはなかなか難しいですよね。
そういうのもね、誰かにプロデュースしてもらってね、
プロデュースしてもらうためにお金が要るわけですよ。
大変な世の中ですよね。
月に1件、せめて月1で10万あるといいね。
月に10万円ポンと入ってくる収入があるだけでだいぶ違いますね。
生きていくやすくなりますよね、結構ね。
何かないかな?
その月1でどんと大きいことを何かやって、
人気の公演とか、人気のある人の公演とかだとね、
全然それくらいの単価で仕事ある人もいると思うけど、
いやーそれも時の運ですからね、ほとんどがね。
しかもまあまあ、そうために結構犠牲にしなきゃいけないものがいっぱいあったりもするし、
そこまで犠牲したくはないなと思いながらね、
公演業をやっている人とかを見ていると難しいところですよね。
そのいい塩梅をね、見つけていくのが難しいですよね。
まあそういうものの練習というか、そういうものが自分でプロデュースできないかと思ってね、
公演というかね、なんかちょっとセミナーを開いたりもしてみてるけど、
まあそれもな、自分でもなんかイマイチだなと思いながらやってますよ、本当に。
そんな感じで1時間半ほど話してきました。
今後の活動とポッドキャストのあり方
一応その来月、6月になったら、
でもなんなら来週からアイドル始まるんですけど、
あと、G up to youっていう、
大丈夫って伝えたいっていうのをテーマにした東京プライドに合わせた企画もあったりするんですけど、
もう大丈夫って伝えたい、自分に伝えたい、本当に。
でも人には割と大丈夫って言うんですよ、僕は結構。
大丈夫だから大体、人、人、人間大体のこと大丈夫だから、
大体もう少なくとも99.99%くらいは大丈夫なんですよ、人間。
そんなにね、なんだろうな、一番分の少ない確率で何かあるかもしれないけど、
100回に1回くらい大丈夫じゃないなんてことはない。もうちょっと大体大丈夫ですよ。
大丈夫なんだけど、でも大丈夫だっていうのを自分にはなかなか言えないよね。
言われたよね、だから大丈夫、大丈夫だよって、
G up to youの今回は大丈夫って伝えたいっていうのは本当にね、
ある意味では無責任なようでいて大事な企画でね、
本当に大丈夫なんだよね、本当に。
理性的に考えたり客観的に見れば絶対大丈夫なんだけど、
そんなね、人間そんな簡単におかしくならないとか、
世界はそこまで急には変わらないとかね、
なんとかなるよみたいなところは人には言えるけど、
自分に対してはなかなか自分の心が納得してくれないんですよね。
いやでも結構ね、自分のことをまあまあ信用してるから、
まあ大丈夫だろうなってところはどっかにはあるけど、
かといって、もうちょっと楽になりたいって気持ちの方が強くて、
そこが難しいところですよね。
っていうような配信をね、話せるかしら。
大丈夫じゃないんだけど全然。自分が大丈夫じゃない、あんまり。
大丈夫じゃない人が、大丈夫って人に言っている。
言えるんだけど、人のことだと大丈夫だし、
大体のことは自分のことだから無駄な悩みをしているわけでね。
大体のことは大丈夫なんだけど。
あとなんだっけな、大丈夫って伝えたいと、
あと教育系ポッドキャストのやつもありますね。
教育系ポッドキャスト、そういえば自分も教育系ポッドキャストだったと思って、
教育系ポッドキャストのコラボ配信と、
あと東京プライドでもう一つあるのかな、
SGBTQプラスとメンタルレスについてのやつだったかな。
それも3つかな、3つ配信をするんですね。
教育系ポッドキャストは吉村ジョナンさんの方で、
高校古典講義の方でやろうと思ってますけどね。
残りの2つはこっちの方で配信をすることになるかと思いますが、
どうしようかしらね。
晩戦ってわけじゃないけど、一応ポッドキャスト8つになっちゃったんですよ、最近。
ほとんど閉店休業って言ってもそれは休業じゃんね。
開店休業の状態なんですけど。
一応吉村ジョナンさんの高校古典講義と、
この鬼の目の木巾は半年に1回くらいは更新をできているから、
まだ良い方でしょう。
ぜひとやりましょう、そこは。
ポッドキャストの更新なんて半年に1回できれば十分ですよ。
最悪1年に1回でもか。
でも何なら更新しなくてもね、アーカイブだけで楽しめますから。
残しててくれれば。消さないでって思うけど。
それとは別に、
AI物語集ってやつと、
濃毒江戸川乱法ってやつと、
あと、眠る前にってやつと、
眠る前には最近更新したわ。
ノートの音声配信なんですけど、
それ更新しましたね、そういえばね。
あとは、
何だったかな、あともう一つ。
えっと、
ブックオリジナルプレゼンツ、
忘れちゃった。
ブックオリジナルプレゼンツの、
何だっけ、名前。
ちょっと待って、公式ホームページ見るしかない。
困った時はね、私の公式ホームページ見てください。
小原大輝か吉本ジョナンさんで検索していただくと、
何かしら出てきます。
もう完全にね、自分のホームページを作っているので、
自分でこういう情報がよくわけわかんなくなっているからなんですけど。
何だっけ、文学サルのアルボレ。
もう死後でそっとんだ、これは。
文学サルのアルボレ、もう一応5話だけ、
奥田秀夫の作品を紹介しています、5回に分けて。
もうこれで終わるかもしれない。
王様の実やロバの実っていうやつは、これは、
リズムかな。
違う、スタンデフームだ。
スタンデフームで配信したやつですね。
結構ホスティングサイトが違うんですけど。
っていうやつに加えて、最近、
一覧にも作ってないけど、
サブスタックっていうね、知ってる?
サブスタックっていうSNS。
サブスタックってやつがね、
音声配信のホスティングサービスが入っているんですよ。
これだけで音声配信できるんですね。
これをちょっと最近、
推しの丸山康裕さんが始めたんで、
やるかと思ってね、
やってみてる。
どうやらね、
ポッドキャスト界隈の人たちが
ちょっとポッドキャスト、これでやり始めてるという噂も聞いて、
ちょっとやってみたけど、
今のところ、
丸山さん、丸山教授と
南口さんっていう
3人だけが繋がっている。
それはもうLINEではみたいな感じの。
別になんか、他にフォローした人もいないし、
別になんか、
それ以上の何者でもない。
しかも3人ともほぼ更新をまだ全然してないし、
全然ね、あの2人も全然更新も特にしてないんですけど。
何の魅力もないんですけど、とりあえずね、
やってみた。それでホスティングサービスなんで、
そのポッドキャストを独自配信できるんですね。
だから配信してみた。
アプリでね、できないんですよ。
そのポッドキャストの録音配信が。
ブラウザでね、開かないと
配信ができないんですよね。
なかなか面倒くさいですね。
そっちがね、一応吉村ジョナーさんの
広告コテンダンアイスってことで、
一応広告コテン講義の姉妹番組的にね、
やることにしようかと思ったけど、
一応今配信、2つくらい配信してて、
1つが無料、1つが有料。
有料配信っていうのがあったんでね、
1つは有料にしてみたんだけど、試しにね。
そんなことをやって、それで8番組になりましたよ。
もうとうとう。
ホスティングサービスをね、
1つだけにしたくなかったとかもね、
あったんでね。
そこの辺も十分あるんですけれど、
いやー、そうね。
なかなか面倒くさいものがありますよね。
っていう感じで、
そうですね、ポッドキャストを更新しようか。
社会貢献とマイノリティ、そして政治への疲弊
だから本当に、ルームっていうね、
ポッドキャストのファンサービスがあるんですけど、
それもね、一応やってみたけど、
なんかめんどくさくなっちゃって。
更新もしておりません。
まったく。
まったく。
やっぱね、ポッドキャスト、
特に僕みたいなね、こうなんだろう。
もう、なんか、
フリーすぎるポッドキャストからすると、
あと本当に、気が向いた時しかやりたくない。
僕もあらゆるコンテンツそうなんですよ。
もうね、無理したくなくて、
定期的な更新もしたくないし、
なんかもう、
ただただ、
やりたいと思ったらやるみたいな。
これが結構僕、表現活動全般での一応スタンスなんですね。
やりたいことから、
やりたいことだけをやるみたいな。
やりたいと思ったらやるみたいなね、
ことを大事にしてるんですけど、
ポッドキャストも基本的にそれなので、
なんかもう義務にならないようにはしたいと思ってて、
辛いから。
でも、
ちょっとね、ポッドキャストも
そろそろ更新してもいいのかなと思いつつ、
うーん、やっぱこれでお金がね、
もらえたらね、またしようんだよね。
やっぱりね。
うーん、
それでお金を得て、
なんか、メリットがあるからとかじゃなくて、
お金をもらうことによって、
自分の行動に余裕ができるわけで、
そうなんですよ。
自分の行動とか、
自分の、
なんていうのかな、
仕事の時間とかを削れるわけですよね。
お金があれば。
他の、あと健康のこととかにも気を遣えたりするし、
なんか非常にね、
いいんですよ。
だけどこれくらいと、
じゃあ、
やりたいことがあってもできないんですよね。
難しいですよね。
世の中、年金暮らしをするのが一番いいんですよ。
でも問題はね、
年金なんてもはやね、
もらえないわけですよ、もう。
だから年金は、
当てにできない生活をもらって、
めちゃくちゃ金額が低い、
そんな中でね、
内政中年ってことですよね、本当に。
本当は年金暮らしの人なんかが、
その4日の時間を使って、
社会貢献とかもできたわけじゃないですか。
もうそんな余裕がね、
そんな余裕がないっていうのが、
なかなか厳しいですよね。
だからまあね、本当にこの、
社会貢献なんてのは基本的に、
金持ちの道楽的なものでいいなんですよね。
基本的には、
暮らしに余裕がある人とかがね、
やるべきなんですよ。
そういう余裕がある人たちが、
社会に貢献することによって、
結果的に社会が良くなっていく、
みたいなものでね、
良くなっていくんじゃないかっていうのが、
楽観的な社会的な貢献として、
あるわけなんですけれども、
残念ながらね、
特に今の日本においてはね、
無理なわけですよ。
お金のある人はね、
お金に縛られてね、
お金になることしかできないんですね。
社会のために、社会を良くしようなんて、
その方向になかなか行かないんですよね。
困ったことにね。
結果的に、
貧困層、余裕のない暮らしをしている人たちが、
なぜかすごい社会運動をしている、みたいな。
まあね、モチベーションとしてはそれありますよ。
暮らしがうまくいっていない人の方がね、
社会問題に敏感で、
差別や偏気味も敏感で、
そういう人たちは差別や偏見を受けたりとか、
社会的なマイノリティだったりすることが多いわけですよね。
単的に女性とかがそうですよ。
女性であるだけで、
収入が低く、社会的な差別もする人の方が、
やっぱり、社会運動というのは今の時代にするわけですよ。
社会に向けてね。
デモに参加するのも女性。
街頭で、
声を上げるのも女性が多いですよ、今。
いまだに女性差別あるからね、この世界ね。恐ろしいよね。
でもそんな中で何とかね、
それをね、何とかしようって思うのが、
そういう女性たちだったり、
マイノリティであったり、
困った人たちですよ。
で、そのことと対極にいるのが、
何不自由な暮らしをしている人たちが、
何をしているか、
社会のために、
何もしない人が、
ほとんどに見える。
というか、
何ていうかな、
そういう人たちはお金に縛られているというか、
もう何かね、
売りお金を生み出すことに、
歯車の中からもう抜け出せない状況にはあるのかな、
という気はしますよね。
社会運動にはなかなか行かない人が多いですよね。
その結果的に、
日本は貧しくなり、
世界は貧しくなり、
戦争は許され、
大変よ。
本当に。
もう嫌になっちゃいますよね。
本当にね。
来週、
そうかもう、
杉並区の議会の議会も、
テレク始まりますね。
始まってるよ。
始まってるんだっけ、始まってるか。
始まってないね。
明日からか。
明日から、
杉並区議会始まります。
政治も疲れてきたね、やっぱりね。
疲れてるとも言ってらんないけどね。
本当に。
休ませてくれよって感じですよ。
本当に、
民百姓がさ、
なんでこんな政治に
やきもきしなきゃいけないのかね。
いやね、多少は声を上げることも必要だけどさ、
こんなひどいとさ、
大変よ。
もう、時間があれば
デモに行ったり、
凱旋したりしなきゃいけないし、
日々、
なんていうのかな、
情報を集めなきゃいけないし、
なんかもう、
そんな中も高市さんは、
外交の旅に
アホなことばっかりしているし、
やんなっちゃう。
本当に。
政治になんかね、
関心を持たない、
なんかその、
層なんかも。
やっぱり政治に関心を持つのは、
結果的にそういうまた貧しい層というかね、
になっているところもあります。
社会運動とね、
政治っていうのは、
結局リンクするところがあるわけで、
お前らもうちょっと、
ちゃんとしてくれよっていうね、
あの、
企業のね、
人たちとかね。
あと、男どもですよね。
本当に。
本当に。
マイノリティ、
大変よね。
生きていくのが大変です。
以上。
体調不良とポッドキャストの役割
本当に。
もう2時間になりますね。
また、
配信過しますので、
お腹がね、
すごいずっと痛いわけじゃないんですけど、
ちょっと痛いなーみたいな。
今痛くない。
今痛くないけど、
怪しいなーって感じよね。
万全じゃないなーって感じは、
すごくしますよね。
皆さん本当、
ご治療いただければと思います。
もう、ポッドキャストもね、
やっぱ、
これは、
ブログでも書いてたんですけど、
ほんとね、
聞けなくなるのね、
ポッドキャストもね、
意味のあるやつだとやっぱちょっとこう、
でも、お腹痛いのを想像してもらったらいいんだけど、
お腹痛い時に聞けるポッドキャストって、
大事じゃないですか。
なんかね、
すごい、
ボソボソって話してほしいのよ。
お腹痛い時は。
あんまり、
ハキハキとね、
アナウンサー調じゃなくてね、
もう、
あとBGMもいらないのよ、うるさいから。
もうお腹痛い時はね、
いらないのよ。
とにかく編集もいらないのよ。
もうほんとにね、
無駄な話をしてしまう、
内容的にも。
もうそういうものになんとかね、
救われてますよ。
あーあー、ちょっとまたお腹痛くなってきたが、
ということで、そろそろ終わろうと思います。
お聞きいただいてありがとうございました。
おやすみなさい。
01:55:29

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