飲んだ帰り道です。寒い。
サマリー
収録中、帰り道での出来事や経営の困難について語られています。特に、苦悶教室に関わるさまざまな問題と、古典文学のセミナーをどのように開催するかについての考えが展開されています。このエピソードでは、社会的孤立の感覚や日常生活の価値について議論されています。特に、過去の災害やコロナ禍を通じて、重要なことを考えるきっかけが得られたことが強調されています。
帰り道の出来事
こんばんは、久々の収録をしております。
今、お仕事が終わって、それからいつも行っているトランポリンに飲みに行って帰っているところです。
たまたま今日は、本当は仕事が終わった後に動画を撮ろうと思っていたので、一応マイクを用意していたんですね。
マイクを持っていたので、せっかくだから収録しようかなと思って収録しております。
このマイクも本当に使い勝手が良くて、ボタン型のマイクなんですけど、
時刻、どのくらいこれがちゃんと撮れているか怪しいんですけれども、
少なくとも普通にスマホを使うよりは全然いい感じで撮れていると思います。
ちょうど今1月が終わりかけてて、
割と苦悶教室の方が生徒さんが少しずつ増えてきてて、
生徒さんが増えると少し経営も安定してくる一方で、
年度が変わる時っていうのはやっぱりやめる方も多いと思うので、
逆にそれで入ってきてくれる方も今度またいると思うんですけど、
入れ替わり時期なので、ちょっと少し読めないところもあるかなとは思っているところですけれどね。
ちょうど1年が経つおうとしていて、
2年目っていうのが少し苦悶教会の方から支援するお金っていうのが多少少なくなるんですね。
多少というか結構少なくなるんですよ。
だから結構この収支がなかなか難しくなってくるんですね。
そこがちょっと悩ましいところではあって、
ここを乗り切ると3年目は割とグッと経営上はだいぶ安定してきやすくなるんですけど、
なかなか2年目が一番厳しいっていうことになっておりますね。
この時間にね、やっぱりね、救急車あるよね。
やっぱ真夜中だからね、救急車の音っていうのも目立つけど。
ありがたいことですよね、こういう時間でも。
今真夜中なんですけどね。
こういう時間でもちゃんと対応してくれるっていう体制側のありがたいことですよね、本当にね。
えー、この辺かな。
道もね、結構家に帰る道も本当に割と決まった道を帰るんですけど、
もうちょっと近道できる方法を考えたんじゃなかったかなと思いつつ、
なかなか思い出せなくて、今ちょっとうどうどしてるんですけど。
今日は木曜日ですね。
うちで木曜日が教室の日なんでね。
教室の方だけでね、ある程度収益ってもちろん難しいからいろんな仕事を掛け持ちでやってるわけなんですけどね。
今度は会社でやっていたものを個人事業にして、
少し会社に使っていた経費を削減して、それだけいろいろやろうとしてたことを縮小してね、
絞って、それでなんとか、絞ったもので少し商売できないかなと思っているんですけどね。
古典文学セミナーの計画
結局文学セミナーってやつに絞ろうとしてるんですね。
基本的な古典文学を教えるというか、それを楽しむためのいろんなことをやっていきたいなと思ってるんですけどね。
なかなか、それも結局集客っていうのが大事になってくるわけですよ。
お客さんをどうやって集めるか、関心を持ってもらうか、もしくは関心を持っている層にいかに届けるかっていうのが、
ここ2年くらいのテーマでいろんなことをやってきたわけですけど、なかなかうまくいかないなという感じではありますね。
自分としては価値があるものだと思っていても、なかなかその顧客に届かないというか、顧客が見えてこないというかね、
なんとなく感触はあるんですよ、たまにね。本当にごくたまに関心を持ってくださっている人たちがいるなというような、そういう感触はね。
例えば文学フリマーに行っても、やっぱり古典文学ちょっと勉強したいんですよね、みたいな人っていうのは少なくなくてですね、声かけてくださったりとかするんだけど、
そういう方でね、特にセミナーを開いてそれを受けてくれるかっていうとね、またちょっと別問題というか、
全国的には言えばね、例えば古典文学を読めるようになりたいなと思って、それを教えてもらいたいなとか勉強したいなって人はいっぱいいると思うんですよ。
その中である程度お金を使ってもいいかなっていう人、あとはセミナーという感じで受けてみてもいいかなって人ですね、授業としてね。
これもいろんなサービスの提供形態っていうのは結構考えられたんですよね、いろんなことをやってきたわけですけど、
最終的にはやっぱり自分の生活スタイルとか、現実的な方法とかそういうものも含めていると、
やっぱりセミナーというオンラインセミナーという形が一番現実的ではないかという結論に至って、
そこにちょっと集中してやっていこうかなと思ってるんですけれどもね、
これも始まったばかりっちゃばかりなんですけど、ちょっとずついろんなコンテンツとか文章動画、いろんなものが増えてはいるんですよ、ちょっとずつね。
ちょっとずつなんですよ、それはそうだ、ちょっとずつなんですけどね。
それが本当にお金になるかっていうところがやっぱり難しいところで、お金にするっていうのは難しいことではあるんですよね。
やっぱり自分ではコントロールできない部分というか、
やっぱりね、どっかの会社に入って、ある程度そこから賃金をもらうって、今ももちろんそういう雇用をすることで賃金を得ている部分は多々あるんだけれども、
それはそれでやっぱり大変さっていうのがあるわけでね。
自分ではどうにもできない部分が大きすぎたりね、
またやっぱりいろいろストレスになるなーとか嫌だなーとか思うこともいっぱいあるわけですよ。
そういうのもね、全部もちろんひっくるめてね、ある程度妥協しながらやっていくわけだけれども、
やっぱりそういうものを妥協をなるべくしないで、もちろんゼロ百じゃなくてね、ちょっとずつでいいからちょっとずつ変えていくっていうのは大事だなとは思うんですけれど、なかなか恥ずかしいですよね。
1月後は放送大学の大学院のテストもあるから、それも遅くとも日曜日までにはやりたいんですね。
最悪火曜日くらいでも、月曜日だったかな、締め切り。間に合わないか。
日曜日だな、日曜日にはやらないとダメですね。
あわよくば明日金曜日か土曜日あたりにやっちゃってもいいんですけどね。
どうなんでしょうね。
やっぱりね、この時間もみんな起きてるよね。
地方でもね、もちろんこの時間に起きて仕事をしてる人とか、何かしら活動してる人なんていっぱいいるわけでね、だけどなかなか見えにくいですよね。密度の問題だと思うんですけど。
都市部だと見えるからね、生きてるなってみんな、この時間も。
そういうのにね、ちょっと元気づけられること大きいですよね。
地方のすごく大変なことの一つが寂しいことですよね。
寂しいっていうのは、僕にとっては人がいないっていうね、人気がないっていうかね、人間の気配があるだけで割と安心するところあるんですよね。
社会的孤立と日常の価値
ここに人がいるなーって、特に例えば東日本大震災の時とかね、あとはコロナ禍とか、あの時期は本当に町に人がいなくて、何かつらかったですよね。寂しかったというか。
やっぱりあの異常な感じっていうか、したかった記憶っていうのは、今の価値観というか、今の日常の感覚にも大きく影響を与えてる気がしますね。
あの寂しさ、やっぱり人間がいないっていうことは、自分が社会から隔絶されたっていうか、排除されたというか、みんながそうなわけなんだけどね。
ある種の社会ってものが崩壊して、崩れて、成り立たなくなった時期でしたよね。
その中で自分というものが、いかに社会的な生き物なのかっていうか、いかに自分が社会的に生きてるのかなっていうことがよくわかる時期でしたね。
戦争とかもそうだけど、日常っていうのは本当にかけがえがないというか、また明日が来るとか、また誰かと会えるっていうこと自体が割と貴重なことなんだなと。
まあね、年をとるとだんだんそういう経験をいっぱいするから、もう本当に日々思いますね。
だからこそやっぱりね、なるべくやりたくないことはしたくないというか、少しでも損をしないっていうかな、嫌なことをしたくないですよね。
やっぱり何が大切なのかっていうことをよく考えたいですよね。
やっぱりなんか本当に人生の中で何度も何度も何が大切かって変わりますよね。
変わるっていうかなんだろう。
まあそれは自分自身も変わっていくし、社会も変わっていくし、環境も変わっていくし、人も変わっていくから当然だと思うんだけれども。
自分にとって大事なことで言ったら、やっぱりどこも痛くなかったり、どこもつたくないとかね、いうことだったり。
肉体的なところは大きいですよね。
どんどん人生の中で痛いなとか苦しいなっていうことが、物理的にね、体がね、痛いなとか苦しいなってことが何度もあると、そういうのがないといいなっていうのはまずありますよね。
どんどんそういうことはいつも起こるようになっていくわけですけど。
あとはやっぱり嫌だなってことに出会いたくないというか、避けられるものであれば嫌だなってことを避けたいし、嫌だなっていうことを変えていきたいですよね。
変えていきたいっていうのはあるかもな。
嫌なことから逃げるってこともできるけれども、やっぱりそれって将来に対してね、結局変わらないってことだから、僕その変わらないって結構嫌なんですよね。
だってまた変わらないことによってまた嫌な思いをするってことが続くわけだから、改善していくっていうのは大事っていうか大事にしたいんですよね。
何かこれは良くないなっていうことがあった時にずっとそのまんまいくっていうのが結構ストレスというかね、
組織ってそういうとこあるじゃないですか。これは良くないってわかっててもずっとそれを続けることってよくあるんですよね。
そういうのは結構ストレスで、とにかく行動していきたい派なんですよね。
でもまたそれってすぐ変えられることでもないし、やっぱり自分の事業とか自分が主体でやってるものだったら自分に権限があるものってすぐに変えられるから、
これは良くないと思ったら変えられる良さがありますよね。
なるべく人にとってはそれが不愉快だったり、何かデメリットになったりとか嫌だったりするかもしれないから、
なるべく人様に迷惑をかけないような自分だけの判断、責任でやれたらいいんだけれども、
そうなるとやっぱり組織ってよりは自衛のね、自分の一人で何かやるような仕事だったり生き方になってくるんでしょうね。
アーティストとしてもね、創作活動する上でもいろんな人と共同してね、共同で何かいろいろやっていくってよりは、
もう自分一人で完結するようなものっていうのにいくんですよね。
ということでそろそろ家に着きそうなんで終わりますかね。
ということで聞いていただいた方ありがとうございました。
ではまた聞いてね。
19:15
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