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2025-05-31 31:52

独り言22f 心のブレーキを外す

1.2倍速とか、1.5倍速とかで聞いてもらえるとちょうど良いかもしれません。
喋りながら考えてその場で思ったことを喋っています。

色々と苦しい時期が長く続いたことで、自分の心の中に思いっきりアクセルを踏むことに対するブレーキが強く意識的に働くようになっているような気がしています。そういうことを友人に最近言われました。自分でも同感です。そのことについて話しています。

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えーとですね、何だろうな、そう話そうと思ったことがあって、
まあ、こういう収録とかを毎回自分は、なんか思いつきで喋り始めて、
ぼんやりと、このことについて話したいとか、このことについてちょっと喋って、頭の整理したいなとか、そういうテーマをある程度は決めて話し始めるんですけど、
下書きとか、そういうものを用意して喋り出すとか、そういうわけでもないので、
まあどうしても冗長になりやすいというか、ダラダラした感じで、なんかとか結構とか、なんかそういうものがどうしても増えがちですしね。
それで、まあ、くつろいで喋れたらいいなということを、まずは第一に思いますけど、
その、まあ、自分が、なんか最近、
友達に、友達と話してる時に、
ああ、なんか君はずいぶん、なんかこういうことを言うと君の気に触るかもしれないけど、っていう前置きを置いた上で、その友達が言ってきたのは、
なんか君はなんだか、その自分の、なんだろうな、自分の中にすごい、ブレーキとか、リミッターとか、
そういうものをすごく強く働かせてしまってるんじゃないかなって感じることが多いっていうことを、その友達が言ってきていて、
その、なんて言うんですかね、
まあ、ちょっと自分が、僕が、そのなんていうか、全体に何か思い切りが悪い状態にちょっとなってるというか、
友達は、なんかまあ、そういうことを言ってきて、で、自分自身、そういうことを自分にすごい感じるんですよね。
あの、何年か前に自分は結構、その、
なんだろうな、まあ、うつ病に近い状態になったなあっていうことをすごい感じていて、それで、
まあ、いろいろ、
生きていくのがしんどいとか、消えてしまいたいとか、そういうことはもうものすごくたくさん、あの、ずいぶん強く思った時期があって、
それで、
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なんだろうな、
結構、人生どん詰まりみたいな、なんか人生のどん底みたいなことをすごい、その時はもう何年間も感じて、
苦しいことが多かったなと思うし、そういう時って、なんか、その何もかもがすごく自分にマイナスに働いてくる感じがあって、
友達とちょっと連絡して会ったりして喋ったりしても、なんだが、友達の言うこととか、なんかそのいろんな言葉の一つ一つが、なんか自分の
なんというか、すごく、もう、友達の言葉が自分にとってすごいなんか、
苦しみの種になるみたいな、友達に悪気はないっていうのはすごいわかるんですけど、
そうなんだけど、友達のちょっとした一言とかが後になって、
ああいう会話すごい嫌だったなぁとか、
なんか、その、そういうこと、なんか後になって、
あの、あの一言すごい苦しいなぁとか、なんかそういう感じで、
なんというか、何もかもが悪い時って、何もかもがマイナスに作用するみたいな負のスパイラルみたいなのがあって、
そういう中で、なんか物事を良くしようと、なんか、何か良くするきっかけをつかみたいみたいな感じで、
いろいろもがくと、さらになんというか、
深みにはまってくるか、負のスパイラルの時に、
何かちょっとこれで逆転できるんじゃないかとか、そういうことをすごく頑張ると、
かえって傷口が広がるみたいなことがすごいある気がして、それで、
だんだん自分は、なんというか、最初そういう負のスパイラルに入ってしまったみたいな時に、
その、なんか状況を逆転しようと思って、シャニムにいろいろ、なんかもうめっちゃ、いろんなことを頑張ろうって思ったんですけど、
全部裏目に出るような感じがあって、
それで、裏目に出てすごい、なんかなんだか、自分としては痛い目にあうような感じがすごいあったんで、
それで、だんだん痛い目にあって苦しい、苦しすぎるみたいになって、
だんだんそういう目にあうのに懲りていって、なんかこういう負のスパイラルに入ったらもう、
なんかじっとしてる方がいいんじゃないのかなみたいな、そういう風になっていって、
あんまりもう身動き取らないように、じっとするようにして、他の人から誘いみたいなものがあっても、
なんか、現在、ちょっと通話には対応しておりません、みたいな、そういうイルスみたいな感じで、
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すみませんが、この電話はただいま、なんか電波の届かないところに、みたいな、そういう感じでもう、
ちょっと化石みたいな感じに、自分をちょっと振る舞うようにして、
それで、なんか、この世にいるけどいない、みたいな、そういう状態に自分をするっていうことをやって、
自分をもう完全停止状態みたいな風にしていったら、
だんだんとなんか不思議と、なんていうのかな、なんか、
ちょっとしたきっかけで、なんか、すごい、
自分がいい方向にちょっと変わっていけるかも、みたいな、すごいほんの些細なことなんですけども、
なんかそういうことが家族との間であって、
それで、なんかそういうことがあったことがきっかけ、なんかそういう、
なんかいろいろ負のスパイラルに入って、
このスパイラルになんか飲み込まれていくのは嫌だってジータバタしたけど、
ジータバタするともっとひどい目に遭うことがあがっていて、
まあスパイラルに飲み込まれていくとしても、もうなんか化石みたいにじっとしてよってなって、
で、じっとするようになって、じっとしていったらだんだんなんか、
最悪の嵐みたいなのが不思議と去っていって、それでちょっとずつ、
あ、なんかほんのちょっとだけどいいことあったかも、みたいな感じになって、
あ、このほんのちょっとのなんか、
ささやかなすごくちっちゃい良いことがあったなあっていうのを、
なんかそういうのはもうほんとにほんのなんかもうほんのちっちゃなものなんだけど、
それをちょっとずつだけども、
なんか2つにして3つにして4つにしてっていう風に一個ずつ増やしていったら、積み重ねていったら、
自分のなんか人生なんかどん詰まりだっていう状況から、
時間はかかるけど、ちょっといい方になんかこれだったらいけるかもっていう風に、
なんかそういうことをすごい思ったんですよね。
それでなんかまぁちょっと前置きが、これが前置きなのかわかんないんですけど、
ちょっと思いつきで喋ってるんで、そのなんていうか話の順序とかももうなんかわけわかんないで喋ってるんですけど、
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それでなんか自分はそのなんか、
なんだろうな、なんかうつ状態になるとかそういう風な時のより前に結構なんか気持ちがすごくウハウハになってた時期があって、
特に大学の時ですね。なんか大学の時に自分はなんだか、
なんだろうな、なんか自分のいろんな、
なんか高校までと違って新しい、すごく広い世界になんかすごく急に放り込まれた状態になって、
それでそこで結構そのいろんな刺激的な出会いがあったんで、自分は
人間って面白いなとか思って、こんななんか今までいた人間のバリエーションと違う、すごい変わった人間がいて、
それでものすごくエネルギッシュで情熱がある人間、
そのそういう一つのことになんかもうなんか、
すごい情熱とエネルギーを注いでる人間とかと何人か接触することが自分はあって、そういう経験をした時に、
なんか自分はそういうものがすごく映ったっていうか、
どうしたらいいかわかんないけど、自分の中になんかすごく火が燃え移るみたいな、心に火が
燃え盛り始めるみたいな、そういう状態に自分はなって、それで
なんだか、 よくわかんないけどいろいろやるぞみたいな、そういう状態に
大学2年の初めぐらいにすごいなったことがあって、
それでなんか自分はいろんな、
なんかもうデタラメにいろんな人に会ったり、なんか喋ったりとか、
なんか外国人がいたらちょっと喋りかけて、友達になるみたいな、そういうことをなんかデタラメにすごいやって、
それでいろんな人間に会って、
道で会ったトルコ人とか、そういうのといろいろ話をして、
人間って面白いみたいな、そういうことをすごいやって、そういうことのなんていうか、
まあドツボにはまって、もっといろんななんかすごく変わった人間に会ってみたいものだ、みたいな、そういうことをすごい感じて、
それで、もっと、まあそういうのってなんか昆虫、昆虫最初にはまる人が、
なんかこんな昆虫いるんだ、みたいな、 こんな変わった色の昆虫がいるのかとか、そういうことにはまって、
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なんかもっと変な虫に出会いたい、みたいな、なんかもうここまでは結構わかったから、
なんかもっと変な虫に出会いたい、みたいな、なんかそういうものに取り憑かれてくるのとちょっと似てると思うんですよ。
自分も、なんかもっと、なんかもっとわけわからん人間に会ってみたい、とか、なんかそういうふうな衝動にすごく突き動かされて、
それで、なんかそういう時って自分は結構、どういう、なんか結構バックパックとかそういうのも好きになって、
それで、なんかなんとなくバックパッカーみたいなものの、なんか基本スタイルみたいなのに結構影響されるような感じで、
なんか自分のその時のスタイルみたいなのが結構影響されている感じになっていて、
それで、なんか例えば、なんか窮屈、窮屈な服装とかそういうものは嫌だなって思ったんで、なんか例えばビーチサンダルみたいなので、
結構日頃、なんか、足とかがなんか開放されている感じでビーチサンダルとか、なんか楽な服装で、緩い感じの服装で生活、なんか活動するみたいな、そういうのがすごい多くて、
それで、なんかそういう時期の自分を今振り返ると、なんだか、
まあアクセル機能、なんか車で言うと、もうアクセルをガンガン踏むみたいな、そういう気持ちになってて、
なんかブレーキがなんかぶっ壊れている状態みたいな、そういう感じの状態に自分としては、なんか今から振り返ると感じるんですよね。
で、なんかついでに言えば、ハンドルもなんか半分壊れてるみたいな、 アクセルを、アクセルをもうグーッてすごい踏む気持ちはすごい強くて、
だけど、なんかブレーキは壊れてる、で、ハンドルもなんか半分壊れてるんで、なんかその、
なんか、もし危ない目にあっても、なんかその、なんか塀にぶつかりそうになっても、なんかその、
もうほんのちょっとしかハンドルが効かないんで、あんまりそのぶつかるみたいなのを避けられないんだけど、
まあなんか若い時特有の、なんか怖いもの知らずみたいなところによって、もうなんかなんとなく、
そういう大学生の時は生きてて、アドレナリンみたいなものにガンガンなんか影響されて、 アドレナリンとかドーパミンとか、まあそういう興奮物質とか、まあそんなによくわからないですけど、
そういう、行くぞーみたいなアクセルのギアを上げるみたいな、なんかアクセルとかそういうものにすごく影響を受けて、
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なんかそういう、もっともっとみたいな、そういうものばっかりで、
なんだろうな、なんか大学の頃やってたなという、そういうことをすごく自分としてはそんな感じがするんですよね。
それで社会人になって、それでいろいろなんか勤めをしているうちに、
なんかそういうアクセルばっかりみたいな感じで、 大学の時はなんか面白いねーみたいな感じですごく通用していたのが、
社会人になってそういう、 なんかもう極端にアクセルを踏んでブレーキがないみたいな、そういう感じだと結構やっぱりいろんななんていうか、
あんまりちょっと衝突とかが増えて、トラブル、トラブルって言うとまあ大げさかもしれないけど、なんだがちょっとギクシャクするなとか、
うまくいかないなとか、窮屈だなとか、自分がそれまで自然だなって思って、自然に振る舞おうって思ってやってたのが、そういうのが
勤めるってなってからは、
なんかすごく、なんか衝突事故が増えるみたいな感じで、
大学の時はそういうもうアクセルペダルを一番下まで踏んで、
行くぞーみたいになっていると、もう、なんかもう大学生同士とかだとよくある話だと思うんですけど、
いいねーとかなんか、やるねーとか、そんな感じでなんか、
そんな感じでやれてたのが、なんだが、そういう社会人になって勤めとかだってなって、アクセル、そういう時にアクセルペダルを下までグググって踏む
っていう人間がいると、何やってんの?みたいな、ちょっとそんなんじゃ困るよとか、
ちょっとなんかそういう感じじゃないんだよ、うちは、みたいな、なんかそういう感じになってしまっていて、
で、自分はなんだかそういう、
まあ極端まで、結構、やるとなると極端にいろんなことを多分やる人間なんで、やる、なんか極端、なんかその、
結構やるぞってなったら、極端にやるタイプの人間なんで、それで大学の時も普通の人だと、
まあアクセルペダルを踏むって言っても、ほどほどに踏むみたいな感じだった方が、自分はもう、
まあベタ踏みっていう表現が、適切が上がんないけど、他の人だったら躊躇するような水準までアクセルペダルをすごい踏むようにやってて、
それで、まあそういうのが、まあ勤めをするようになってからすごく災いしたなという、なんかマイナスに働いたなということを感じてるんですけど、
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まあそれで、自分は勤めに出てからアクセルペダルを、なんか前までの癖の延長でグーって踏むことをやってたら、
そういうことをやってたら、まあすごくその派手に、
まあ、なんていうか、事故、まあこれは例えなんで、心の問題なんですけど、
まあすごい衝突事故みたいになって、それですごい大ダメージを心に負ったなという感じの印象を持っています。
まあそれで、まあ痛い目にすごくあって、まあ結構だいぶ前になっちゃったかもしれないですけど、そういう風のスパイラルみたいなのになって、
それで、痛い目を見て、なんだか自分はその痛い目にあって、
まあ、その中で、ほんのちょっといいことが、嵐が苦しいなという嵐が去っていった後に、ほんのちょっといいことがあったっていう時に、
自分は前までアクセルペダルをギューって一番下まで踏むみたいなことをやってたけど、
今の自分は、なんか怖くてアクセルペダルを踏んで、またああいう事故に遭うって思うと、やっぱりすっごい怖いなっていうことを、
多分無意識的にすごい感じて、意識でもちょっとは感じたと思うんですけど、無意識の中では多分もっともっと感じて、
自分はその時に、アクセルペダルはなんかゴリゴリだってすごい思ったと思うんですよね。
そういう、なんか自分がボロボロになってもう、なんかもう、ボロボロになってっていう状態で再出発しようっていう、
まあ、よちよち歩きでちょっともう一回やり直そう、ゼロからっていう風になった時に、もうとにかく何か間違いを起こさないように、
もう一回何かとぶつかって大怪我したら、もう致命傷になるかもしれないから、
もうブレーキペダル、ブレーキペダル中心で生きようっていうことを自分はその時に多分すごい思ったと思うんですよね。
それでアクセルペダルはほんのちょびっとだけやってて、車で言うと助行運転って言うんですよね。
もう、できるだけゆっくりやるっていう風に、ゆっくりゆっくりでちょっとでも危ういなって思ったらブレーキペダル。
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で、ハンドルもすっごい大事。 で、アクセルペダルはほんのちょっとでいいっていう、そういうような感じに多分すごい
無意識的に考えるようになっていったなっていうことをすごい感じるんですよね。
それで、何だろうな、何か
まあいろんなものがやっぱすごく怖いっていう、
なんか、昔に比べていろんなものを多分怖いとか不安だなとか心配だなって思う度合いがすごく強くなって、
大学の時ってそういうことを全然、なんか多分、まあ無意識的にはいろんなものが多分あったと思うんですけどね。
なんか自分の表層の表向きの心では、自分が意識できる意識、なんか心の部分では、心の領域では
なんか不安だなとか怖いとか、そういうことってあんまり自分は感じたことがなかった気がするんですけど、
そういう自分が、心がクラッシュしちゃって、そこからよちよち歩きで人生再出発するかっていう風になってからは、やっぱすごくいろんな
なんかまた事故にあったらどうしようとか、なんか
下手なポジション一取りをして、なんか他のものに急に追突されたらどうしようとか、まあそういうことをすごいなんか
もういつも心配する気持ちにつきまとわれるようになったんだなということをすごく感じでいます。
それなんで、なんか例えばブログ、自分はノートでブログを書いているんですけど、そういうのをなんか書くとか
っていう時も、そのなんか自分の個人情報みたいな、個人情報っていうか
なんか自分がどんな人間か推測される、なんか種になる
ような情報とか、そういうのをなんかどこまで出すかとか、そういうちょっとぼかして書くか、それとも結構はっきりとなんか情報を書いて記事を出すのかとか
なんかそういう、なんか
ことの心配みたいなのがすごい、多分なんか普通の一般の人の水準より多分慎重で怖がりみたいな感じで多分いろいろ
書く癖があって、それで
なんだろうな、そういう友達とかが今話した、今君が話したような内容とかブログに書いたらどうなろうとか
そういうことを軽く言った時にも、自分は、ああだけどなんかそこの条件
前提になっている話を書くと自分のちょっとステータスとかがちょっと特定とかなんかそのはっきりと分かっちゃう
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相手に、相手に推測する種を与えてしまうから、そこが心配だから自分はちょっとそれを書くのには
その、そういう内容の記事を書くのにはちょっとブレーキがかかるかなみたいな、そういうことを友達と話したことっていうのは結構何回もいろんなバリエーションであって
それで
だけど、なんだろう、なんかそういうことが
なんだろうな まあだんだんとそういう自分のブレーキみたいなもの
なんかちょっとずつ 解きほぐしていきたいっていう、そういう気持ちに自分がなってきてるんだなっていうことを今
今というか ここ数ヶ月ぐらい特に感じるようになってきていて
自分は
なんて言うんですかね
なんか今までそのブレーキ機能によって多分きっとすごく守られてきたんだろうなということを 思ってはいるんですよね
自分がそのなんかすごい心の大事故みたいなものにあって 心の大怪我みたいなのをして
そこからもう一回ゼロから再出発みたいなそういう気持ちになった時に そのもう一回アクセルを
もう一回アクセル踏んでみるかとか言って グワーンってやったら多分なんかもう取り返しがつかない
第2の大ダメージを受けたかもしれないんですけど その時に自分がなんかそのアクセルをすごい大事に
あの
ブレーキ機能を大事に思って そういうなんか
もうちょっと慎重すぎるぐらい慎重にいろんなことに取り組むっていうそういう なんかブレーキ機能を
なんていうかすごく重んじるようになった そのブレーキ機能のおかげで多分自分はなんていうか
助けられたり守られたりしてきたっていう要素が多分きっと結構強くあるんじゃないかなっていう
そういうことを 思ってはいる感じなんですよね
そういうブレーキ機能っていうのがまあ なんていうか
自分にとっての多分なんかちょっと過保護で心配性な親みたいな感じの役割になっていて それでだけども自分は段々とそのちょっと
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前よりも いろいろ心とか
なんか精神が 回復して
ちょっと強く なんか前よりもちょっと頑張りよりかは頑丈になってきたかなっていうそういう感じがあるので
だんだんとそういうブレーキ機能 のなんていうか
が心配して働いなんか今も強いブレーキ機能が働いてくれる感じがあるけども だんだんそういうものなんかから自分を解放していって
アクセル機能アクセルペダルをなんかもっと のびのび踏めるようにしていけたらいいなというそういう
新しいフェーズに自分が入っていけたらいいなというそういうことを思っています まあ大学生の時はもう
ちょっとイノシシみたいにアクセルペダルギューって踏んでそれでブレーキは 壊れてるしハンドルもなんか半分壊れてるみたいなそんな感じでやってて
そういうのは結局長続きしないものだろうなっていうふうに今は思っていて それでその後
まあ 苦しいなあって時期になってその時はもうブレーキとハンドルばっかりで
アクセルペダルはなしって言ってその間にブレーキとハンドルの扱いは結構うまく 自分としてはうまくなってきたかなって思うので
これからはアクセルをのびのび踏んで 自分のなんか中のものを
なんか解放 もっとなんか
解放して外に出せるようにしていって アクセルペダルをのびのび使いつつ
ブレーキもハンドルも その時その時で
なんかいい感じに使える自分になっていけたらいいなというそういうことを思っています
まあなんかこういうことをノートとかでブログで文章にしようとも思っているんですけど
まあ喋るっていうのがね自分にとってすごく 何だが自然と出てくるし
文章に書くより喋る方が足が速いっていうか どんどんなんかスルスルと出てくる感じがあるんで
まあその代わりなんか自分としてはこうやって喋ってるっていうのが
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なんか自然にスルスル出てくるけど聞く人にとっては その流れ3回目だぞとか
その流れなんかもう何回聞いたかよくわからんぞみたいな そういう
またそれかとか その前置き長いなとかいろいろ不満もあるかもしれないですけどね
まあ それでもやっぱりこうやって外に
出力する側としてはやっぱりこうやって話せ
口で喋って話せていくとすごく
何か自分のモヤモヤしていたものがちょっと外に 出せて
よかったなあっていう気がするので まあ
それなんでまあとりあえずは今回の話はここまでです 毎回本当にそうなんですけど
あのこういう自分の かなり散らかった話を
ここまで最後までちゃんと聞いてくれる方がこのように もう本当に一人でもいたら自分は驚きだなと思いますし
そういう既得な方がいたら本当に自分は
ありがとうございますと 感謝を伝えたいなと思っています
ここまでですということで
これでここまでです ここまでお聞きくださってありがとうございました
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