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スピーカー 1
前回のエピソードでもちょっと話をしたんですけど、
そのきっかけとなったのが、私が自然観察指導員っていう、
自然観察界をナビゲートするような役割をする資格を取ったんですよね。
その中で、自然観察界っていろんなスタイルがあるんだけど、
面白い一つのスタイルがあって、
ネイチュアフィーリングっていうのがある。
スピーカー 2
ネイチュアフィーリング。
スピーカー 1
そう、ネイチュアらしいんですよ。
スピーカー 2
ネイチュア。
スピーカー 1
ネイチュア。
前回のエピソードでね、私はそこまでよく考えてなくって、
ネイチュアフィーリングって紹介したと思うんですけど、
これ、なんかネイチュアっていうらしいんですよね。
私もちょっとまだよくわかってないんですけど、
ネイチュアとネイチュア、言葉としては同じらしいんですけど、
特にその自然とかっていうよりは、
本質とか性質とか性格、物事や人の内面的な特徴を表すときには、
このネイチュアって呼ぶらしいのね。
なんか、生まれつきのという意味合いで使われることもあるらしくて。
なるほど。
もともと持ってる感覚を大事に感じることから始めましょうっていうような観察会を、
こういうネイチュアフィーリングっていうスタイルでしてるんですよ。
結構長い歴史があるらしくて。
とにかく観察が第一で、解説は二の次とかね。
互換で自然を感じるよとか。
あと、誰もが参加できる自然観察会っていうコンセプトもあったりして、
要はちょっと例えば目が不自由な方とか、
そういったところを持ってる方でも自然が楽しめるっていうような観察会。
そういったふうな意味合いで使われることもあるんだけど、
別に障害者向けの観察会っていう、そればっかり売ってるわけじゃなくて逆に言うと、
とにかくいろんな感覚で楽しむことを優先しましょうって。
そういう観察会なんですよ。
それがすごいいいなと思って。
観察会とかをすると大人ってやっぱりね、いろいろ喋りたがるわけですよ。
知ってること。
スピーカー 2
子供と大人で一緒に行くと?
なるほど、想像しちゃう。
スピーカー 1
子供が混ざってる観察会とかに行くと、
大人はもう過去の経験や勉強したことで知ってる理論を喋りたくてしょうがない。
だけどそういうのじゃなくて、子供なら子供が大人でもいいんだけど、
スピーカー 2
まず感じ取ってるってことを大事にしてあげましょうって。
うんうんうんうん。
スピーカー 1
特に子供なんかそういうふうに思うんだけど、
大人が何度も体験してるようなことでも、初めて体験することってあるじゃないですか、子供のうち。
それを大人が何度も体験してるから、これはこういうふうだっていうふうに答えを先に言ってしまおうとするんだけど、
そんな答えよりも、今その子が何を感じ取ってるかのほうが大事だし、
そもそもその大人が言ってる答えが合ってるとは限らないわけですよ。
スピーカー 2
そうですよね。
スピーカー 1
だいたい間違ってるから。
それはあれです、定義みたいなことは言えますよね。
それじゃ大人の世界は通用しないから、これはこういう定義ですよ。
この昆虫は正式名こういう名前ですよとかっていうのはあるから、
それは知識として与えることは間違いではないかもしれないけど、
その知識より前に、なんかこの昆虫のなんかへやつやした感じは何なんだとか、
なんかこの動きは何なんだとかって感じ取ってるとしたら、
それが何という名前であって何かであってとか、
それはまず重要ではないかもしれないですね。
スピーカー 2
なんて色してるんだろうとかね、ピカピカしてるとかね。
スピーカー 1
なんかカホさんなんかあるんじゃないですか、
このミュージシャンのなんか声を聞いたときに、この人の声はなんて素敵なんだとか。
スピーカー 2
そうですね、言語がわからない歌詞を聞いたとしても、
なんかすごいあったかいなとか、なんかこれは意味はわからないかもしれないけど、
なんかハッピーなことを歌ってるのはわかるけど、
なんかちょっと心に感じたものをトロしながら歌ってるんだよなとか、
そういうのってやっぱり感じ取れますよね、声とか音ってね。
スピーカー 1
で、なんか感情を揺さぶれてる瞬間って、
本当の意味でやっぱりその人にしかわからない。
なんか感情を揺さぶれてるとき、
例えばお腹の中で血液がグググッと流れたりとか、
ちょっと身震いするような動きが起きてたりとかするんだけど、
それをその人の頭で認識してるから、
その人しかその頭で認識してる感覚っていうのはわからないわけですよ。
スピーカー 2
そうですね、はい。
スピーカー 1
だから誰が何と言おうと、その人が今感じ取ってるってことはその人だけのもので、
で、そこは大事にしたいし、
人がわかろうとしてもなかなかわからなかったり、
まあ共鳴するようなときはありますけどね、
このポッドキャストでもそうだけど、
なんか皆さんが自分のことのように受け取ってもらえるようなエピソードを話したいなと思って話してるところがあるので、
わかるわかる、私も同じような体験をしたとかっていうふうなことはあったりするんだけど、
本当の意味でわかるのは自分の感情を受け止められるのは自分しかいないかなっていうふうに思うときがあるので、
なんかそんな自然観察指導員の講習会に行って、
私がねすごい楽しかったから、
別に自分らしくいていいんだよっていう、
意外と私あの先生の言うことは聞きたくないっていうタイプだったので、
スピーカー 2
ちっちゃい頃から、
スピーカー 1
そうなんかね歯を向かってるわけでもないんだけど、
自分ですごい感じ取ってるものがあるのに、
それはこうだよって言われちゃうと、
なんか自分が感じ取ってるものと先生がよくそれはそうだよっていうものがなんかつながらないんです。
そうするとなんか多分理屈でちゃんと考えられればこういうことなんだろうなってつなげられるのかもしれないんだけど、
なんか感覚とか手触りでいくと先生の言ってることはよくわからんな、
私の感じ取ってるものとはなんか違うことを言ってるぞこいつはみたいな感じになると、
へそが曲がってるので、
何言ってんだこの大人はみたいな。
スピーカー 2
やっぱ導きたくなっちゃうんでしょうね。
やっぱり大人はどうしても。
でもやっぱりなんかこう大人どうしてもやっぱり自分が今すごく感じてるっていうものを大事にしたいって思う気持ちはやっぱりあると思うので、
それをお互いで本当はそう大事にし合えるといいですよね。
スピーカー 1
そうなんでね、今大人になったのでね、
感情はその人のものかもしれないけど、
想像する能力っていうか想像するっていう風な経験は大人になるまでにたくさんしてきてて、
いろんな人と会ってきてるから、
きっとあの人はこんなことを感じてるのかなって読み取ってみたりとか、
自分がこういうふうに感じたんだからこうだ、
でも世の中は広がっていかないし、
大人になればなったで社会貢献みたいなこともしなきゃなと思ったりするので、
自分の感じた感情をもしたくさんの人にちょっとスタイルは違ったりしてても、
同じように楽しい経験をした、同じように悲しい経験をした、
それがこう再現性のある形でね、表現をできたら、
何かたくさんの人に役に立てるかなっていうふうに思ってるので、
このポッドキャストもそんなふうに思ってやってるんですよ。
なんかすごい具体的な、私やカホさんのエピソードだったり、
私やカホさんが出会った人のエピソードを話してるんだけど、
なんかその中で浮かび上がってくる他の人にも再現できるような、
できればちょっと役に立つとか、
ちょっと困った時に揺れ戻すきっかけになるとかっていう話をできたらいいかなと思ってる。