人生200年時代の描写
ノト丸
もし、人生が200年あって、30代が35年も続いたらって、想像できますか?
ブク美
いやー、すごい世界ですよね。
ノト丸
結婚とか、家族の在り方なんかも、きっと今とは全然違うんでしょうね。
今日はですね、そんな近未来を描いたSFショートショート、デジャヴの果てに刻む永遠の一部を、あなたと一緒にちょっと深く見ていきたいと思います。
ブク美
はい、これは人生200年が、まあ当たり前になった世界の話ですね。
ノト丸
主人公のカイヤ・アキラは、140歳。
ブク美
そうなんです。で、昔で言う結婚、これが、共同生活基本契約っていう名前に変わってるんですけど、これをもう3回経験してる。
ノト丸
3回も?
ブク美
ええ。で、今は4人目のパートナー、ミオさんと一緒に暮らしてるんです。
ノト丸
ああ、しかも息子さんからは、なんと5回目の契約更新の知らせが来るとか?
ブク美
そうなんですよ。それくらい、なんていうか、人間関係のサイクルというか、時間の流れ方が我々とは根本的に違う時代なんですね。
ノト丸
うーん、140歳で4人目、息子は5回目。もう時間軸が想像を超えてますね。
感情の消耗とデジャヴ地獄
ノト丸
ええ。
その、あまりにも長い人生で、人って何を感じるんでしょうね。時間の価値とかどう変わるのか。この物語からその辺りを探っていきましょうか。
ブク美
そうですね。物語の結構初めの方から、主人公アキラのなんというか深い閉塞感みたいなものが描かれてるんですよ。
閉塞感ですか?
ブク美
ええ。例えば、パートナーのミオが夕日を見て、こんな気持ち初めてかもって感動するシーンがあるんですけど、
ブク美
はい。
アキラにとっては、初めてっていう感動はもうほとんどゼロに近い価値しかない。
ノト丸
ああ、もう経験し尽くしてしまってるから。
ブク美
そういうことなんです。140年っていう時間の中で、感情のこう新鮮さみたいなものがすり減っちゃってるんですね。
うーん。
これ心理学なんかで言う快楽順応っていうのが、もう極端に進んじゃった状態とも言えるかもしれませんね。
ノト丸
長く生きれば生きるほど感動が薄れていく。なんかちょっと切ないですね。
ブク美
昔の結婚と今の契約。名前は変わっても結局は愛し合って子供を育てて、時間が経つと感情が摩耗していく。そういうループだって彼は感じてるんです。
ノト丸
ループですか?
ブク美
はい。だからミオから愛してるって言われても、彼の脳は冷静に過去のデータと照合しちゃう。
ノト丸
え、どういうことですか?
ブク美
一致率89.4%推奨リアクションはパターンCを実行します、みたいに。もう処理なんですよ。
ノト丸
うわー。それは単に冷たいっていうのとはまた違う感じがしますね。
ブク美
そうですね。もしかしたら長すぎる人生を生き抜くためのある種の防衛本能って言えるのかもしれないですね。
ノト丸
あーなるほど。感情をいちいち動かしてたら身が持たないみたいな。
ブク美
そうしないと140年も心が持たないと。たぶんその結果として彼が陥ったのは深刻な生きてる実感の喪失。作中ではデジャヴ地獄って表現されてますけど。
デジャヴ地獄?
失われた輝きを求めて
ブク美
ええ。彼は何とかこの状態から抜け出そうとして、わざと危ないことしたり大怪我したりするんですよ。
え、そんなことを?
でもどんなに強烈な痛みとか普通ならトラウマになりそうな体験ですら、彼の脳が瞬時に過去データと照合して、あーこれね知ってる体験だって処理しちゃうんです。
ノト丸
うわー。じゃあ肉体的な感覚ですらただのデータになっちゃう?
ブク美
そうなんです。生きてるじゃなくて機能してるだけだっていうそういう絶望感ですよね。
ノト丸
いやー読んでるだけでちょっと息苦しくなりますねその感覚は。
本当に。
でもそんなもうどうしようもないような状況から何か変わるきっかけがあったんでしょうね。
ブク美
ええ、あったんです。転機になったのは彼が昔こんなの非合理だって言って、まあ封印してたVRのシナリオとの再会ですね。
ノト丸
VRシナリオ?
愛する人のために命を投げ出すっていういわゆる古典的な悲劇を描いたものだったんです。
ブク美
古典的な悲劇?
ブク美
ええ、そこに描かれていたものすごく強烈な痛みとか恐怖、そしてそれが混ざり合った何とも言えない愛とか満足感、このすごく複雑な感情の塊がですね、彼のデータ処理能力を初めて超えたんです。
ノト丸
分析できない感情、それが突破後に?
ブク美
そうなんです。未知のものに触れた瞬間だったんですね。
彼はそこからもう何かに取り憑かれたみたいに死に関する古今東西の文献を読み漁るようになるんです。
そして有限の命を生きたかつての人類が意識した芸術とか愛の形に触れていく中で気づくんですね。
ノト丸
何に気づいたんですか?
ブク美
永遠とも思えるこのループする命の中で失われたもの、つまりたった一度きりの人生が持つ輝きっていうものに。
ノト丸
一度きりの輝き。
ブク美
それに対して彼は強い嫉妬と同時に憧れを抱くようになったんです。
この一度きりの輝きを求める気持ちってなんかすごく人間らしいなって思いませんか?
ノト丸
確かに。どんなに長く生きてもやっぱりそこに行き着くんですね。
ブク美
彼が求めたのは単なる情報やデータじゃなくて失われた意味そのものだったのかもしれませんね。
ノト丸
なるほど。
ブク美
そしてここが重要なんですけど、彼は単にじゃあ死のうってなったわけじゃないんです。
そうなんですか?
人生最後の創作活動としてその失われた一度きりの輝きをこの現代に再現しようって決意したんですよ。
ノト丸
創作活動?
ブク美
はい。その素材は彼が生きてきた142年分の記憶、そのすべてです。
ノト丸
自分の人生そのものをアートにする。いやー壮絶な決意ですね。
ブク美
そうですね。そして物語はクライマックスに向かいます。
今夜私の記憶を空に返しますって彼は全世界に告知するんです。
ノト丸
全世界に?
ブク美
そして脳とリンクした特別なシステムを使って142年分の記憶、最初の奥さんとの笑い声とか長男が生まれた時の産声、3人目の子供の手の感触、そして今のパートナーミオとの出会いの時のあのときめきとか。
ノト丸
はい。
ブク美
そういう喜びも悲しみも成功も失敗も、愛も孤独も、彼の人生のすべてを光の粒子に変えて夜空に映し出すんです。
ノト丸
夜空にですか?
ブク美
はい。それはもう壮大な光のアートとなって最後は星屑のようにスーッと消えていく。
そしてその光が最も強く輝いた瞬間、アキラの生命活動は停止します。
ノト丸
うん。
ブク美
それを見た人々はただ繰り返されるだけだと思っていた人生のその虚無の果てに見せられたたった一度きりの強烈な表現に心を打たれて涙するんです。
ノト丸
そうか。
ブク美
そしてパートナーだったミオはそこで悟るんですね。生きるっていうのは繰り返すことじゃなかったんだ。たった一度だけ輝くことだったんだって。
ノト丸
うーん、ミオのその最後の気づきすごく胸に刺さりますね。
ええ。
人生の価値って長さじゃないんだと。輝きなんだと。
そういうことですね。
この物語、人生がただただ長くなると人は生きる意味とかそういうものを見失い兼ねないっていうちょっとディストピア的な視点も示唆しているように感じますね。
ブク美
ええ、そう思います。作者の方も後書きで人生の時間って暇つぶしだったのかっていう問いかけをされているのがすごく印象的でした。
ノト丸
暇つぶし。重い問いかけですね。
ブク美
アキラは自らの人生を文字通り燃やし尽くすことで、そのループする世界に延々の輝きを刻んだわけですけど、これをほんのりって考えてみると、私たちの人生もまた一度きりじゃないですか。
ノト丸
そうですね。
ブク美
あなたにとってこの限られた時間の中で見つけたい一度きりの輝きってどんなものでしょうか。
ノト丸
私にとっての輝き?
ブク美
アキラみたいにそんな壮大な表現じゃなくてもいいと思うんです。日常の中に潜んでいるあなただけの輝きをちょっと探してみる。
ブク美
なるほど。
ブク美
そんなことを考えるきっかけにこの物語がなってくれたら嬉しいなと思いますね。