演算税とエネルギー危機
ブク美
今回は、あなたが共有してくれた連作短編 〈演算税の夜 都市の鼓動をつなぐ〉から、
エピソード5 〈演算税の夜〉を深掘りしていきたいと思います。
もし、お金という概念が解け始めたら、世界はどうなるのか、という壮大な試行実験の一部という位置づけですね。
ノト丸
そういうことになりますね。
ブク美
物語の舞台は2034年、少し未来の東京です。
都市機能を一手に担う巨大なデータセンター、クラウドスパインタワーが中心にあります。
ノト丸
なるほど。
ブク美
ただ、AIが必要とする電力が膨大すぎて、都市がエネルギー危機に瀕している、と。
ノト丸
現代的な課題ともリンクしますね。
ブク美
そうなんです。そこで政府が導入したのが、演算税。
これが物語を大きく動かす引き金になります。
早速、その革新を見ていきましょうか。
ノト丸
はい、お願いします。
ブク美
主人公はデータセンター技師のメイという女性です。
彼女はその演算税の超過で、タワーがセーフモード、つまり機能停止寸前になるという危機に直面します。
ノト丸
東京全体が麻痺しかねない状況ですね。
ノト丸
サーバー室にはもう非常用の赤い警告灯が点滅しているだけ。
なんか、都市の緩やかな死の始まりみたいな、そんな不気味さがありますね。
ノト丸
その演算税ですけど、これが単なる税金じゃないんですよね。
ブク美
と言いますと?
ノト丸
AIの演算量に応じて、指数関数的に課税額が増えていくという非常に厳しい制度なんです。
ノト丸
なるほど。使えば使うほど加速度的に負担が増えると。
ノト丸
物語の中では、AIが東京の電力の60%を消費するという設定ですが、
これは現代のデータセンターが抱えるエネルギー問題とかなり重なりますよね。
ブク美
技術の進歩の影の部分というか。
ノト丸
まさに、予期せぬ社会的経済的な課題を生むという現実を映しているように思います。
その危機的な状況で、メイは禁断の選択というか、究極の選択を迫られるわけです。
電力確保のために、タワーの地下で違法なバッテリーの闇市場を仕切っている恋人、タクに協力を求めるんですよ。
ノト丸
恋人が闇市場のキーパーソンなんですね。
ノト丸
そうなんです。タクは、俺たちみたいなゲリラがこの街の結露を止めずにいるんだ、なんてまあ、つそ泣くわけですけども。
ノト丸
そこにまた別の存在が現れる。
ノト丸
関西AIです。非常に冷徹な。
AIですか。
はい。そのAIが、メイに対して、恋人であるタクの違法行為、密輸の情報をシステムに報告すろ、と迫るわけです。
ノト丸
うわー、それは厳しい。
ノト丸
拒否すれば、彼女は技師としての資格もキャリアも社会的な信用も全て失う。恋人を売るか、それとも街と自分の未来を捨てるか、と。
市民の力と未来の価値
ノト丸
個人の倫理と、その巨大な監視システムとの対立ですね。これは非常に現代的なジレンマを突きつけてきますね。
ノト丸
普通なら、どちらかを選ばざるを得ない、と思いますよね。
ええ、普通はそう考えます。
でも、メイは違う。第三の道を選ぶんです。あなたを占い、でもこの街も見捨てない。いや、ここは本当に痺れますよ。
ノト丸
第三の道ですか。
ノト丸
はい。彼女はタクの闇ルートとバットリーを利用するんですが、それだけじゃなくて、さらに市民一人一人が持っているような小さな電源。
ノト丸
小さな電源?
ノト丸
例えば、太陽光パネルとか家庭用の蓄電池、あるいは電動バイクとか、そういうものをP2P、つまり個人間で直接つないで、全く新しい分散型の電力ネットワークを構築しようとするんです。
ノト丸
なるほど。市民によるハッキングというか、クーデターに近いですね。
ノト丸
まさに、中央集権的なシステムに対する市民からのカウンターですよね。
ノト丸
これは単なる技術的な解決策を超えてますね。都市のインフラとか、社会の在り方そのものを市民の手に取り戻そうという、非常にラディカルな試みと言えるんじゃないでしょうか。
物語の面白さって、ただ中央システムのむろさを描くだけじゃなくて、こういう市民レベルの技術とか協力が、どうやって危機的状況で新しいしなやかさ、つまりレジリエンスを生み出すか、その具体的な形を示しているところにある気がしますね。
ブク美
そしていよいよクライマックス。塩山勢がリセットされる午前0時。同時にタワーの予備電力も尽きて、完全な暗闇が訪れるんです。
ノト丸
絶望的な瞬間ですね。
ブク美
ええ。誰もが息を呑んだ瞬間。でもそこに灯ったのは、あの絶望的な赤じゃなくて、生命力を感じさせるような青い光だったんです。
ノト丸
青い光。それがつまり、市民たちの小さな電源がつながった、あの分散型ネットワークによってサーバーが再起動した証なんですね。
ブク美
そういうことです。タワラがまるで脈打つ生命体みたいに光を取り戻していく。
ノト丸
トップナームの巨大システムから、そのボトムアップで自律的なネットワークへの移行、劇的な転換点ですね。非常に印象的です。
ブク美
そしてその時、メイの耳元でずっと鳴っていた、あの課金を告げるコインがカウントされるような幻聴が、ふっと消えるんです。
ノト丸
幻聴が?
ブク美
代わりに聞こえてきたのが、松井全体のドクン、ドクンっていう力強い鼓動の音。
ああ、なるほど。
まさに都市の鼓動をつなぐというタイトルが、ここでこう見事に回収されるわけですね。
ノト丸
この物語が示すのは、一つの中央システムという心臓がもし止まっても、無数の市民の力とかつながりという小さな鼓動が、都市全体を支えて再び呼吸させる。
そういう未来像なんじゃないかと。
そうですね。情報とかエネルギー、そして人々の信頼そのものが、もしかしたら従来の貨幣に変わる新しい価値として機能し始めているのかもしれないですね。
ブク美
資本が解けるという大きなテーマの中で、まさに天力、情報、そして人々のつながりこそが、新しい時代の通過になっていくのかもしれません。
ノト丸
うーん、興味深い視点です。
ブク美
最後に残る本当に価値あるものって何だと思いますか?
ノト丸
深い問いですね。
ブク美
物語の最後にDJ Naomintが囁く、「貨幣リブートまで残り18日!」という言葉も、なんだかすごく考えさせられますよね。