コツコツ続けることが自称得意なマザーズティーチャーが感じたモヤモヤについて話しました。
皆さんは続けたいのに続かないことありますか?
続けることはかっこいい、
だけど続かない自分にバツをつけることはほんとに正しい?
変化が激しい時代に、忘れたくない視点を話しました。
感想もコメント欄やDMにてお待ちしてます。
感想
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サマリー
今回のエピソードでは、夏休みの挑戦とそれに続く燃え尽き感、そして日々の習慣が続けられなくなったことへのモヤモヤが語られます。特に、手帳に日々の出来事や感謝を記録する習慣が途絶えてしまったことに、自己肯定感が揺らぐ様子が描かれます。一方で、体を動かすこと(ヨガやピラティス)は、健康への危機感から継続できているという対比も示されます。また、変化の激しい時代において、固定的なアイデンティティに固執せず、状況に応じて柔軟に自分を変えていくことの重要性や、母親世代が自身の内面に耳を傾けることの難しさについても触れられています。最終的には、完璧でなくても良い、変化を恐れずに自分を受け入れること、そして「仮の自分」で試してみることの大切さが語られ、リスナーに共感を呼びかけます。
夏休みの挑戦と燃え尽き感、習慣の途絶
では、グローバルママカフェ開店します。 お願いします。
はい、お願いします。
はい、夏休みが明けましたね。
お疲れ様でした、夏休み。
子どもたちは、夏休みもっと欲しいって最後の日に言ってたんですけど。
あー、そうなんですね。うち何も言ってなかったな、そういえば。
今年はそうなんだ。
1学期、散々もう担任の先生が嫌だとか、なんか学校も行きたくないとか、クラスのみんながなんかどうのこうのとか、いろいろ文句言ってたけど。
今のところ滑り出し順調で。
ねー、何よりですね。うちも別に嫌がってるわけじゃないんですけど、夏休み楽しかったらしくて、そこそこ。
それがね、何よりですよ、親の寝言。
そう、だからね、楽しいことをずっと、一生の夏休みが一生あったら多分つまんなくなるじゃんって。
すごい、格言だね、格言。
私が楽しめばいいじゃんって送り出して、もうこちらはね、でも言ってくれないところもあるから。
っていう気持ちで困るというか、学校ね、学校に行かなきゃいけないとかそういうのではなく、もうほんと一人時間欲しいみたい。
本当にもう、本当にあの、私ももう、
カナさん家はちょっとまだ、一番下の子さんとか難しいかもしれないけど、家はもう小6になったから、
もう一人でもある程度留守番できるようになったし、積極的にこの夏は、
子供を留守番させて、ちょっとちょっと買い物行ってくるから、ちょっとちょっとピラティス行ってくるからって言って、
確保するようにしたら、まあまあやっぱりバランスが取れてよかったかな。
なんか小学校入って、こんなにバランスが、距離が取れたのは、やっと取れるようになったなっていう実感。
ありますよね、成長とね、こちらの手放しとね、まあいいやちょっとぐらいゲーム長い時間しててもみたいな。
今日は何でしたっけ、カナさん。
今日の私のモヤモヤ聞いてほしいんですけど、夏休み、私結構頑張ったんですよ。
何頑張ってるんですか。
子供が家にいると、私イライラ、さっきの話に近いんですけどイライラしちゃうので、
一緒に何か挑戦できることをいくつか組み入れたいって思って毎年過ごしてるんですけど、
今年の挑戦は実家に車で帰ることと帰りにフェリーを使うことと、
あと実家でね、母の手伝いをするとかそういうのもちっちゃくはあったんですけど、子供とやるのは大きくはそんな感じで、
実家に飛行機が一番イージーな寄生手段なんですけど、あえてそれじゃなくて、値段を抑えたいとかいろんな理由があるんですけど、
まあやったことないことにチャレンジしようみたいな感じで、子供たちと寄生したんですけど、
ちなみに上の子、中学生は部活があるからって言って早く帰りたいっていうから、
旦那と一緒に早めに帰して、下二人と一緒に帰るみたいな、家族バラバラに動くみたいなのもちょっとしたチャレンジだったんですけど、
おーすごい、チャレンジですね。
すごい、横浜からどのぐらいかかりました、行きは。
行きは車で、ならって一泊させてもらって友達の家で、
いいね。
2日かけて行ったんですけど、
帰りのフェリーは17時間とかでしたっけ、18時間とか。
すごい、それは高知から横浜あたりまで出てるんですか?
それが惜しいことに徳島から東京行きなんですけど、
なるほど、それじゃあもう車ごとカーフェリーで帰ったの。
そうそうそうそう。
すごい、でもなんかそれもいいよね、私は去年カーフェリー家族旅行で使って、
なんてこんな便利なんだと思って、使い物を。
それはそれですごくいい経験だったんじゃないですか?
そう、選択肢が一個増えるし、
船、なんとなく船軽減してたんですけど、
なんとか行けたわと思って。
酔わずに済みました。
でもそんなこんなの、チャレンジした後って私結構燃え尽きてて、
やる気出ないなーみたいな感じになってて。
それだけ使ったんだもの、エネルギーしばらく貯めるのに時間がかかりそう。
そうなんですけど、そこでちょっとモヤっとするところがあって、
子供たちはもう新学期、学期は変わってないんですけど、うちの子たちの学校は。
学校始まって楽しそうに行ってたりとか、
長女もうすぐ前期末テストとかで、
勉強しなよって尻叩いているさ、
私今までやってた朝書いてた、
5つの質問とかを手帳に書いたり、
あと夕方、今日あった良いことというか感謝することを3つ書いてたんですけど、
語ってそれすら止まっちゃって。
なんかこれでバランスが整うって思ってやってたのに、
それすらやらなくなった自分やばくね、みたいな。
子供に勉強しろって言ってるのにさ、みたいな。
続けるってなんて難しいんだろうっていうのが今のモヤモヤ。
継続できる習慣とできない習慣、そしてロールモデル
でも夏休みまではどのぐらい続いてたんですか?
パタッとやむ前は。
2年とか?
すごいじゃないですか。
その時も書いてない日はあったんですよ。
あったけど、でも2日ぐらい振り返って書くとかしてたんですけど、
1週間書かないって初めてかもみたいな感じで。
生活の一部になってると思ってたのに、あれやらなくなってるみたいな。
2年もそんな続いたことない手帳。
手帳って好きな人はめっちゃ好きだし、
続かない人は続かないみたいなのありますよね。
私結構たぶん好きなんですよね、書くのも。
うんうんうんうん、そんな感じがします。
なのに好きなことすらやらなくなってるってやばくないみたいな、そっちもあるかもしれない。
それはやっぱりいろいろエネルギーこの夏使ったから。
でもまりこさんも手帳前続けたいって言ってたじゃないですか。
続いてます?続いてるっていうか書いてます?
何だろう、私が書いてる手帳、今年の初め2つあったんですよ。
1つは自分の感情とか、今かのさんが言ってたみたいな感謝を3つ書くとか、
例えばもやもやしたことを言語化して、自分の気持ちの整理をつけるとかそういう手帳と、
それからもう1個はもう本当にスケジュール管理的なタスク管理的なものをやってたんですけど、
私その1つ目の自分自身の感情の整理とかのやつは、
最後いつだったかな、もう5月くらいから抱えてないというか。
本当に思い出せずにしょうもないって言った時にちょっとわーって書いたりとか、
あとはこの前初めて携帯のメモ帳にメモ機能にやったりとかして、
その感情の整理はやったんですけど、こっちの手帳はもうなんかやっぱり5ヶ月間続けてたのがパタッと止まっちゃった。
スケジュール管理はね、もうどうしても今やってる英語教室のお仕事とか、
こうやってコーチングのポッドキャストとか勉強会の活動とかでやらざるを得ないからやってるけど、
でもそっちもやりたいことを後回しにやらなきゃいけないけど、
特に期限が先のものをずっと先送り先送りしてて、もう3ヶ月とか経ってて、私もそれに対してもやもやしてる。
先送り、確かに。そうなんですよね。
なんか書いたらやる気になることもいっぱいあるし、
ちゃんと目に見えるとやろう、やらなきゃって思えることがいっぱいあったのに、あるのに書いてないっていうのもね。
そうなんですよ。いろいろ本当に困った。いろいろ。
任せ始めなきゃとかそういうのがすごい頭に降って出てきました。
同じく同じく。
そう。やってないみたいな。
そういうのをね、書くってね、結構私も手帳にだからその辺も依存して、ある意味依存ですよね。
で、なんとか回してたけど、それが多分やれてないのも同時に、手帳だけじゃないんだろうな。
他の行動にももやもや、あれやってないなーとか、ふーって思いながら次の瞬間忘れてるみたいなのはある気がしました。
そうなんですよね。
まりこさん、何だっけ、別手帳じゃなくて続いてることってあります?
手帳じゃなくて続いてる?
仕事以外。仕事以外っていうか。
仕事以外で?
やらなきゃいけないこと以外。
なんだかんだ言って、マレーシアに引っ越した2015年、16年、翌年くらいからヨガ教室にはずっと通っていて、
帰国してもなんだか体を整えるとか、体を動かしたりすることは続いている。細々とだけど。
週一とか。
週一とか。
それは大事だから。
大事だから。
やっぱり年々その危機を、体の危機を感じている。年々年を重ねるごとにするとやっぱり生命の危機に近いものを感じるようになってきてるから、
これは本当に続けていかないとやばいなっていうのがある。健康診断の結果だったりとか、あとはやっぱり座りっぱなしの作業とかが多いから。
なんかやっぱりね、腰腰痛とかが本当に辛くなってしまって、このままだと本当にぎっくり腰とかなっちゃいそうだなって思って、去年の12月からもう一個運動を増やしてマシンピラティスを始めた。
っていう噂のやつですね。
2年契約で、入会手続きしてから知ったんですけど、そこのマシンピラティス、2年契約で、これを今後これから2年間途中で辞められるとなんか医薬金とかもらえる。
もうこれ、抜けるしかないって思っちゃって。
本当に心のどこかではまた辛くなったら辞めればいいやって思ってた。ちょっとしたホームワークがガラガラって消えました。
これは覚悟を決めればならぬのだみたいな。
身体はね、この間、不妊中に出会った友達とランチしたんですけど、夏休み中華。ちょっと年上なんですけど、私より10歳くらい上かな。
でもCAさんやってて、そこの方。ちょっと今休んでたんだけど、もうすぐ復帰するって言ってて。
なんかいつもシュッてしてるんですよ。イメージ通りのCAさん。
宝塚のような、いつでも胸張ってる。
なんかの話の中で、毎日絶対壁にピタって背中つけてまっすぐ立って1分間、時計が見えるところで時計を見ながら1分間立つのをずっとやってるって言ってて。子供がちっちゃい時から。
そのおかげ、それ以外にもきっと理由はありますけど、この美貌とか、エネルギッシュさとか、続けるってすごい、CAさん子供がいながら続けるってまあまあ大変じゃないですか。
ずっとやってるんですよ、その方。
不妊中だけはちょっと、帯同中だけはお休みしてたけど、なんかこの、こういうとこだよなみたいな人となりというか、すごすぎると思ってその話聞いてから思い出したら立ってるんですけど私も。
そうか、みたいな。
このなんか些細なちっちゃな、でもやるって決めてる習慣、かっこいいみたいな。
思って、すごい憧れを感じてしまいました。
でもそういうなんかさ、ロールモデルがね、その熟く年上っていうのもあるし、
かっこいいなと思えるロールモデルがあると、私もなんかああいう風になりたいって思って頑張れますよね、なんかね。
そしてその子のいいところが、たった1分っていうハードルの低さですよね。
なのに続けるの難しいっていう、そこは若干ね、高いのか低いのかわかんないんですけど、
でも、なんかどこに行くでもなく、
何でしょ、もうなんか、やるって決めてやってることじゃないですか。
やんなくてもいいのに。
やんなくてもいいけど、多分CAさんは、なんかそれを続ける、
根っこの部分が何かその角たるものがあるんだろうなって感じましたね。
なんかそうやってね、続けられてるっていう。
危機感、親の姿、内面への耳傾け
私が多分そのヨガとか、マシンピラティスとか体を動かすことも本当に生命の危機を感じたから。
このままやってると、このままなんかこの例えば腰痛を放置してるとか、なんか体がねちょっと不調だなっていう耳に、
ごめん、その声に耳を傾けてないと、なんかおばあちゃんになったら寝たきりになっちゃうかなとか、
そういうちょっと未来を想像してしまったから、ちょっとそういうのも続けられてるのかもしれない。
なるほど、耳を傾ける。
忘れる瞬間もあるけど、なんか行ってやる、マシンピラティスとか絶対そこに行かないといけないじゃないですか。
行くまでって嫌じゃないですか。
行くまでって本当に嫌だな。私はね本当にね、本当は家でダラダラしてたい。
家の中に埋もってたいタイプなんだけど。
なんか私の場合はやっぱり月買い費、それ8900円払ってる。
それが大きい、それがやっぱり動く力になってる。
お金払ったし。
お金払ったし、みたいなね、毎月引き落とされてるし、行かなくても引き落とされるし。
そうかじゃあ、大きな根っこは危機感みたいなものがあって。
なんか釣る餌が、餌が用意されてる。
それもあるかもしれないし、あとはあれかな、やっぱりね、かなさんも思うところあるかもしれないけど、母親が全然外に出外出しなくなっちゃってるね。
そう最近ちょっと軽く妊娠症になっちゃって、外出るのが怖いってなって、その分やっぱり肩が痛いとか腰が痛いとか言ってるのがかなり根っこぜになっちゃったので、
それを目の当たりにして、私はちょっとこんな風にはなりたくないなっていう、親の姿を見てて思ったのかもしれない、今思って。
死ぬまでというか、ある程度まではちゃんと自分で。
歩けるようになってほしいなとか。
きっとでも母もね、こんな風になるとは自分では思ってなかったっていうからね、いつどうなるかわかんないけど、予防できるところは予防しておきたい。
そうなんですよね。何が起こるかわかんないからやんなくていいかっていうと違いますもんねっていうのは頭ではね、わかってるんですけどね。
ちょっと前にまりこさんが言った耳を傾けるって、体の調子とかなんでしょう、もしくは自分の願望なのかな。
心の中のね、本当に心もそこで思ってる。
私たちの母親世代ってくくったら申し訳ないかもしれないけど、私の母とかはあんまり自分の心の中とかを見ようとか、耳を傾けてたのかなって、傾けてる感じしないなってすごい思ってて。
私も思います。
そういう世代じゃなかったのかなっていうのもあるんですけど。
それがもし、もうちょっと耳を傾けて自分の好きなことに時間を使うみたいな、時間の使い方をしてたら、なんか変わったのかなみたいな。
変わってて欲しいな、そしたら私も使うのにみたいな感じ。
すごいしちゃう。
あんまりピンときてないというか、自分の声に耳を傾けるって難しいですよね、きっと。
日常忙しかったりとか、そんな概念がないと思ったり。
鏡の中の僕の絵本を、小学校で授業したいなと思ってちょこちょこ動いてるんですけど。
この自分の中の自分と対話するっていう概要だと思うんですけど、この感覚って持ってる子は持ってるし、どういうことっていう人はもう全然ないだろうなみたいな。
私はやっとなんとなく感覚がちょっと掴めてきた気はするんだけど、これを分かんない人に伝えていきたいなと思うから広めようと思ってるんですけど。
むずいみたいな、特に親世代とかに伝えるのむずいみたいな。
って思うんですよね。
健康のこともそうだし。
で、ちょっと話が戻るかもしれないんですけど、声を傾けるっていうのに、やっぱり自分一人の時間とか、書くっていう時間大事なんだろうなって思ってるんですけど、やってなくていいのかみたいな。
もやもやに戻る。
もやもやに戻る。
でも、やってない時期があったとしても、そうやってでもちょっと頭の隅でなんかその手帳のことについて考えてるってことは、またちょっとしばらくしたら再開できるんじゃないかなとか思うんですよね。
って思った。それでもいいんじゃないかなって。
うんうんうん。
そう、確かに。
ずっと同じでいたいみたいな、これもね、TCSかなんかで、変わりたくない生き物っていう。
そう、脳科学的な話になると、やっぱり変化を嫌うからっていうね、人間の差がだから。
やりたいって頭でわかってても、実行できないその溝が山の前のところにね。
実行してたことをやらないっていうのもまた変化ですもんね。
うんうん。
それに惑ってるのかもしれないですね。
河野さん、ちなみにその手帳はいつも自宅とかで書いてたんですか、カフェに行ったりとかしてやってたりとか。
基本家で朝起きて、朝の一人時間、書くのが理想です。
理想です、朝こそ。
なんか物理的に、例えば家の中でも、例えば部屋を変えてみるとかやってみる。
物理的に変えてみるっていうのはどう?
それはしたいですね。模様替えしたくてたまらないですもんね、今。
模様替えめっちゃ好きなんですよ。
模様替えやりたい。
今月の連休は家族を巻き込んでやろうって言ってる。
収納とか、床に物いっぱい置いてるから、子供も気がついたら大人も。
収納をしっかり何か買おうって言って検討してるところです。
床に物があると邪魔だから忘れ物が多くなるとか。
忘れ物が多くなるし、私がイライラする。
確かに掃除しづらいし。
掃除機かかけられないとかね。
あと本当に、うちの子つまづくようになって、
家の中でけがとか必要になった。
本人もすごく自覚はし始めたっぽくて、ちょっとずつはやってるんですけど。
みんなの賛同が得られると。
確かに。
棚ぐらいはちょっと変えてみるところから。
新規点というか、あえて自分で変化を楽しむというか。
どっちでもいいのかも。
そういう環境が変わったら、もしかしたらまたちょっと手帳変わるかもしれない。
たぶん今、手帳以外に気になるところがもしかしたらあるのかもしれないですね。
あるある。
思い切って、今月は9月30日まで手帳書かないって諦めるのも手かもしれない。
で、その分、環境を整えることにちょっと集中してみるとか。
そのやらないは頭になかったですね。
なるほど、できるかな。
一部になってたから。
確かに。
そう。
あと、私たぶん一貫していたいみたいなのがすごい強めに出てる気がしてて。
でも最近思うのが、いろんな自分がいることも認めないといけないよなっていうのを。
そう、それ認めたくないけど認めなくちゃいけないよねって。
そう。
それはすごい思っているところがあって。
ちゃんとできる自分でいたいというのをどこかしらで、やらない自分もいるでしょみたいなのは認めとかないと。
子供に勉強しなさいって言っててイライラしちゃうからじゃないと。
やっぱりそこも思い込みが、私も心当たりがある。
多様な自分、生理前と感情の波、そして伝えること
本当は出かけたくないけど、夏休みだから家族で思い出作んなきゃとか。
そっちを優先してしまって、この前出かける前はめっちゃ不機嫌だったんだけど、
出かけてみたら出かけてみたら楽しかったなと思って、朝なんで私こんなに機嫌が悪かったんだろう。
なんで私だけ頑張って準備してたの?みたいな。
そう、そしたら生理前だったからホルモンのせいだったんだなって。
生理前でホルモンが居所が悪かったんだなって感じで、
そういうことにしておきました、その時の現状は。
確かに、葛藤が多分自分の中でもあったのかもしれないですよね。
思い出作りたいお母さんな自分と、女性としての自分なのかな、生理中だと。
生理で自分のことだけで精一杯な自分と、
確かに。
それがイライラとして出る。
最近、息子にも話は前からちょくちょく生理の話とかは知ってるかなと思ったけど、
ごめんママ今生理前でちょっと機嫌が悪いかもとか言うような。
そしたら、ああそうかみたいな感じで、無理しないでとか言って肩ポンとか垂れた。
優しい。異性の息子さんだからこそそこを伝えるハードルも高かったけど、
伝えると気遣いというかが身に染みますよね、多分。
うち女ばっかだからね。
伝えたほうが楽、伝えたほうが楽だなって思った。
やっぱり将来のこと考えると、もし息子が彼女ができたりとか、できるかどうかわかんないけど。
できる。
できるし、あとは社会に出て職場の人とか絶対に接するようになったら、
知ってたほうがいいよなと思って、結構性教育まではいかないけど、
ある程度女の人の生理のこととか、生理前は機嫌が悪いんだとかそういうことを。
伝えといたほうがいいよなって思って、
最初は恥ずかしかったけど伝えるようにしたら、やっぱり伝えてよかったなって思います。
本当ですよね。
変化への恐れと柔軟性、アイデンティティ
そこもね、母の世代とかの全く言ってくれなかったから、やり方がわからないとこですけど、
うちもだいぶ早めに、同棲だし言ったのと、
それを共有してると、娘たちもどんどん生理、自分もなってくるから、
こっちもちょっと機嫌悪いのはそのせいかみたいな。
自分だけじゃないわみたいな。
納得感が出るというか、あるんですよね。
本当にいろんな自分がいるよなーって今、
まりこさんが卓球見劣りに行ってる間に、改めて考えて。
一貫していたいとか、ちょっと怖くないっていうか、
どっちかっていうと、それって生命の危機に瀕した時どうするんだろうって、
ちょっとさっき思ってて、私の母が病気してるんですけど、
まさか自分がこんなになるなんてっていうのをずっと言ってて。
もちろんね、病気とかね、想定外だとのことなんですけど、
今自分がそうなってもそれを言ってるかもしれないけど、
だからその母の中ではもうこの年老いていく像がきっともうすでにあったんですよね。
自分の中の理想はね。
けど一個もうまくいかないみたいな感じで、余計にうつっぽくなってて。
そういう思考じゃない思考で、でも病気になってから思考を変えるって相当な、
なんでしょう、相当な気合が必要だろうなっていう気は母も見ててもするんですけど、
だったら今からできることないかなみたいな、元気なうちに。
自分がね、みたいな。
本当に本当にその通りで、その通りだよ本当に。
なんだろうね、なんかやっぱり、本当それこそくくってしまうとあれはね、
ちょっと失礼になってるかもしれないけど、やっぱり親の世代、母親の世代ってさ、
やっぱりどうしてもね、家族のことを優先してとかね、
特に父親が停止感覚だったりするとさ、
父親のもう期限で左右されちゃったりとか、
自分の気持ちとか感情とか、自分がやりたいこととかを奥の奥の方に
しまっちゃってるから、いざそうやって猫育てが終わって、
ってなると、何を基準にしたらいいのかしらっていう風になってしまってるんですよね、
なんかこう、うちの自分の母親と。
だから何かをするにしても、誰かしらに判断基準を求めてしまってて、
いやそれね、うちの母親に、ママそれはね、ママがやりたいようにやればいいんだよって言っても、
なんかね、わからないとか言うんだよね。
妹に聞いたりとか、あとはやっぱりでもね、
パパがそう言うから、やっぱりやめとこうかしらとか、
そんな風になっちゃってて。
もう少しね、だから母親を見て思うことはやっぱり、
自分自身の気持ちっていうのも大切にしていかないと、
2歳とった時にこんな風になっちゃうのかなって思ってた。
わかります。
うちの母は多分ちょっと、もっと自分のやりたいこととかを口に出して言っていたタイプなんですけど。
でもうちも結構やりたい、趣味とかではやってたけど。
でもなんか自分、わかります。
父親ともめっちゃ喧嘩してたし。
でもそれ、人を頼っていたというか、
自分がやりたいことは、母はやってきたつもりだろうけど、
でもやりたいと思い込んでた。
もしくは周りを巻き込んで、こうだから、みたいな感じで突っ走ってたみたいなタイプ。
だから、まさか自分が、結構戦闘機っていろいろやるタイプだったんですけど、
自分が優位に立てない状況になるなんて、みたいな感じが。
なるほど、なるほど。
もしかしたら。
思い通りに行くと思ってたんだけど。
杖っ子だし、母がね、母自体が。
みんな手を貸してくれるはずだと思ってたのに、みたいな感じなのかな。
なんでしょうか。
で、そうそう。
病気ってうまく今まで通りいかないから、どうしていかないんだろうってなってるのかな。
で、思うと。
とにかく、なんで私こんななっちゃったのかしらとかね。
同じこと言ってる。
昔はそうじゃなかったのにって言って。
今月うちも母親は誕生日好きなんですけど、誕生日好きなんですけど、
もうすぐ誕生日だねって言ってもね、この年になってね、誕生日なんてそもそも思い入れたいことでもないのよって思うすっかり。
できないことばっかりじゃないはずじゃん、みたいな元気な私たちは思っちゃう。
母たちみたいな状況になったとしても、自分のできることとか、やりたいこととかにできないことがゼロなわけはないから、
そっちに目を向けられる自分になるためには、今何したらいいんだ、みたいなのもあるかもしれない。
そういう思考になりたくない、ある意味危機感ですよね。
生命の危機。
生命の危機。
生命の危機までいかなくても、行動の動く、自分が動けるようになるための、
こう言っていいのかな、アイデンティティみたいなのが、
一貫するので、一貫してこういうアイデンティティ、私はこういうアイデンティティなんですという、
一貫してずっと変わらないアイデンティティを持つんじゃなくて、
その状況に応じて柔軟に変えていくところは、変えていかないといけないのかもしれない。
変えていく中で、やっぱり自身、でも軸になるものって必要じゃないですか。
どっちに変えるかみたいな。
なんかそれがきっとあれですよね、コアドライブとかそういうもっと、
信念みたいな、そういうものなのかもしれないと思うと。
なんだっけな、これ、ほら、みゆきコーチが、今私みゆきさんのちょっと講座を学んだりとかしてるんですけど、
そういうときって、どっちに行くかとかいうときって、
仮に自分で動いてみるのもいいよっていうふうに。
仮の自分で動いてみて、トライアンドエラーやってみて、
あれだったらまた修正すればいいし、よければまた合サインすればいいし、
そこが難しいところなんですよね。
決めないって大事ですよね、そういう、こだわらないというか。
こだわらないで、必ずこのままでいってみるとか。
だって決めれたら迷ってないですもんね。
決めれたらこんなに生活するのに苦労はしない。
そうしたら一回仮の自分でやってみて、
あ、うまくいったわみたいなのが対応しやすいというか動きやすくなりますもんね。
私もだいぶ前に高橋まみ子さん、愛媛で活動してるマザーズティーチャーなんですけど、
お話ししたときに、自分のアイデンティティみたいなものとか、
相手の方、相手ってこんな人みたいな、自分の中であるじゃないですか。
さっき私が母、背っこなんですけどみたいな、って言ったように。
ああいうのもポストイットみたいにぺりぺりつけたりはがしたりできたらいいよねみたいな。
いい表現。
そういうのめっちゃ思い出しました、今の話で。
ぺりぺりし、ぺりぺりし。
ラベリングないと動けないこともあるから。
ベースピタってなってるよね。
必要なフレーラーになったらピッみたいな。
そうそうそうそうそうそう、さすがやっぱりマステ好きなだけあって表現が上手。
確かに、文房具大好き。
まみ子さん。
そうですね、それぐらいライトでいいのかもしれないですね。
変化を受け入れ、モヤモヤを共有する
手帳好きだけど今はピッて離しておきます。
好きだからこそ距離を置くみたいな。
求めるようになったらまた書こうかな。
ていうかこの話なく多分書けそうな気がします。
良かった、気持ちの整理が。
できたよ。
そう、変化って怖いんですね。
やってたのにやらない自分ダメじゃんみたいな。
ダメ出ししてました。
ダメ出ししなくていいんだよ。
それはもう正常な体の反応、脳の反応だと思えば。
それに耳傾けないとやばいっていう危機感も改めて思い出せたんだよ。
気づいてた時から反面教師として今私はそれを感じてたんだと思うと。
一回剥がしておきます。
ありがとうございます。
ありがとうございます。
こっちに行くのかって感じですね。
モヤモヤ出しといてあれですけど。
なしが。
そんなわけで皆さんのモヤモヤも聞いてお話できたら楽しいなとも思っているので。
言いながら頼りフォームとかそのうち作ろうかなと思うんですけど。
今週ね。
スポーティファイのコメント欄とかでもDMとかでもいいのでまたモヤモヤとかね感想とかお聞きできたら嬉しいです。
よろしくお願いします。
ありがとうございます。
今日はこの辺で。
ありがとうございます。
ありがとうございます。
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