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2023-04-28 54:11

【777】スリーセブン記念!倉園佳三と対談をお届けします

この番組の最初のキッカケになった「グッドバイブス」の倉園佳三さんをゲストにお招きしました。テーマはレビューと振り返りについて


ゲスト紹介と番組の歴史
おはようございます。グッドモーニング・ボイスです。
今日は777回目の記念ということで、ゲストにですね、
クラザの継続戦をお招きしています。
佐々木さん、おめでとうございます。777回お招きいただきまして、ありがとうございます。
何年くらい、もう続いてるんですか、これ。
少なくとも3年は続いてると思います。
その前にやっていた、ノキバトークって名前の、通算するとちょっと回数はいってるのかもしれない。
そんなのあったんですか。
はい、ありました。それはもうグッドバイブスの、多分前にもちょこっとやってたりもして。
2015、6年とか、そのくらい。
6年とか7年とかの頃に、クラシタタダノリさんとやったりもしていましたね。
それで、メインは知的生産の方でしたから、
もう趣旨が全く違う。名前ももう違うみたいな。
なるほど。それがなんて番組ですか。
ノキバトークです。
ノキバトーク。今でも聞けるの?
聞けるんじゃないですかね。
ポッドキャストですよね。
ポッドキャストです。
ノキバトークで検索すると、今でも聞ける?
多分、どっかには絶対残ってる。
全削除とかはしていないので。
面白い。ちょっと、今度聞いてみよう。
過去を振り返る意欲の低下
もう本当、自分が何喋ったかを覚えてない。
それはじゃあ、もっと700を超えてるんですか。
いや、そのノキバトーク自体は、多分100から200は行ってないと思いましたから。
じゃあ、圧倒的にやっぱ長いじゃないですか。
グッドGMVにしてからの方かな。
GMVね。最初グッドモーニングバイブスだったんですよね。
そうなんです。なんとなくグッドバイブスだと、グッドモーニングだといいかな。
適当に始めたものです。
どうですか?777回続けて、今は。
あれですね。グッドバイブスを倉園さんに教わってから。
教わってからって時に何か。
教えたつもりは全くないですけど。
一緒にセミナーやったりとかしてるぐらいのもんで。
教わってから。
記憶力が、僕は適面に低下しているんですよ。
記憶力が悪くなってる?
悪くなってるという印象はないです。
物忘れが激しいみたいな。
記憶力を思い出すのに大変な努力を要する。
思い出そうという気が起きてないから。
気を起こさないと思い出せない。
だからこれもそうで。
記憶力も朝しゃべったんですけど、70回ぐらいはなんとなくイメージできるんだけど。
今から70個前ぐらい?
そうなんです。
何やってたのかすらよく覚えてないんですよね。
僕も全く同じで。
僕は2個前が思い出せないから。
僕も2個前思い出せない。
思い出せないでしょ。
思い出そうという意思を持たないと。
つまり思い出そうという意思を普段持ってない。
そうですね。
いかに過去を振り返ってないかってことですよね。
振り返ってないし、振り返りたいという気持ちが出てこないんですよね。
以前はよく振り返っていたんですか?
レビューと未来志向
振り返らねばと思ってました。
会話に振り返るべき人が圧倒的に僕の周りにいて、
これは僕の目を通すからなんだけど、全員僕より成功してるから。
そうなんですよね。
お金持ってたり売れてたりとか。
これは振り返らないからいけないんだって思ってました。
一生懸命振り返ってたんです。
でも聞くたびに聞くのが苦痛というよりは、聞く意欲がないんで。
実は僕は当時からなかったんで。
聞くというのは?
過去のレビューをするわけだから、聞きながら。倍速とかで聞きながら。
自分の番組をってこと?
そう。それでノートを取ってたりしたわけですよ。
ノートも2行くらいなんですけど。
自分の番組を聞きながら何をノートに取るんですか?
ここでこういうことを喋ったみたいな。
この時にね。
レビューするため。
あ、そっかそっか。
音だけだと振り返り検索とかできないから、
テキストに直すんですか?一遍喋って。
だからそれって結局義務感だから、ほとんど僕の場合は。
1回目は結構長いんだけど、3回目くらいから2行とかになってきて。
こういう話、こういう話ですよ。
それだったらもうタイトルと概要欄に書いてあるじゃないですか。
最近、クラゾンさんご存知かわからないですけど、
リッスンっていうのがサービスで、
ハテナの近藤さんって方が作ったサービスが出てきて、
これを入れておくとほぼ全文テキストにアップしてる。
やってくれるんですか?
それを僕自分はまだやってないんで、
人ので見てみたらすごい文章がちゃんとしてる。
しかもここのテキストのところをクリックすると
そこの部分が再生されるっていう。
昔ね、スクリブラー。
あとね、ペンだとスクリブラーなんだけど、
iPadアプリにもあったんですよ。
iPadの手書きメモで録音も同時にして、
そこの文字をポンとタップするとそこから再生してくれるっていう。
そういうの好きでしたよね。
僕は技術だけなら今でも好きなんですけど、
やろうという気力が湧いてきてないという。
意味ですよね。
僕もレビューはしようみたいな本は書いてたからね。
それが必要だと思ってたっていう感じは分かるんだけど、
今なんでそれをしようって言ってたのかの理由をもう忘れちゃって。
それは何なんですか?教えてください。
ちょっとほんと忘れて、思い出せないんですよ。
あの時は倉津さんがおっしゃってたようなのだとむしろ、
僕ライフハックの人っていうのはレビュー志向の人と未来志向の人。
未来志向が圧倒してた。今でもそうなんですよ。
圧倒してたんですよ。
僕の感じでは7対3より開いて未来志向だったから、
そのレビュー志向っていうのはちょっとマニアックだったんですよね。
やることはすごいできるんですよ、具体的に未来志向というのは。
だけどやるの大変だから実際にそれをやるっていう人は、
僕の知ってる限りすごい少ないんですよね。
で、何のためにっていうのってなってくるとやっぱり、
もちろん改善のためってことになる。
そっかそっか。だから問題点を過去に見つけに行って、
ここでこういうことをしたからうまくいかなかったんだ、
過去の話を忘れることの困難さ
みたいなことをやるわけですね。
そっかそっか。
未来志向っていうのはそれとどう違うんですか?
はっきり言って未来志向の人っていうのは、
僕が思うにこのレビュー志向の人よりはお気楽なんですよ。
そんなの気にしなくていいからみたいな。
いい未来を書いてレビューをするって言うんだけど、
あんましないんですよね。
それにレビューの材料もあんまり用意できてない。
そんなにメモマンみたいにメモを取る人ばっかりじゃないから。
そうですよね。
だから過去のデータが残っていないとレビューできないですもんね。
そうなんです。
だからメモ志向の人のほうがやっぱり地味で堅実みたいな感じはありましたね。
そっか。で、佐々木さんはどちらか言ってたらメモ志向を使うか、
カット志向だったんですか?
カットと言えば、つまり未来志向っていうのは僕はもう…
合わないですよね。
似合わない感じがする。
なんかね、気持ちが楽なのは確かなんですよ。
いいことばっかり書いておけるから。
でも絶対守んないからなって思うから、やっぱりモチベーションがないんですよね。
佐々木さんはですね、自分を騙すとか、自分を鼓舞するとか、
そういうのほんとダメですよね。
ダメですね。
なんでなんだと思います?
なんか照れくさいんじゃないですか。
照れくさい。
いろんな理由があると思うんだけど、僕が佐々木さんとの長い付き合いの中で、
最も妥当というか、ふさわしい表現は、ほんといろんな理由があるんですよ。
多分15個ぐらいあると思うんですよ。
なぜ佐々木さんが未来志向をやらないかっていう。
その中でも一番僕が、これがいいな、こうであってほしいなっていう願望も込めて思うのが、
テレアなんじゃないかなって気がする。
やっぱほら、未来志向ってちょっとこう、ステージの主役っぽい感じしません?
しますね。
脚光を浴びて、我の未来よ、輝きたまえみたいな。
わかるでしょ。
そっか。
僕はそんなに違和感はないんですよ。
それを今やろうとは思わないけども、やれって言われれば立ってやりますよみたいな感じになるんだけど、
多分佐々木さん、いやちょっともうほんとすりゃ勘弁してください。
ほんと勘弁してください。
一回だけやりましょうよとか言われると、いやいやほんと無理ですからって。
絶対やらないで帰るタイプ。
あれね、そういうことを僕は十数回やってきて、しばしば断ることを十数回やってきて、
本当に申し訳ないなと思ったことが十数回ありますね。
つまり一度もやってないってことですね。
やってないです。
あのほら、飲みの席とかで、さあさあキープか。
でも大抵の人はもうわかりましたよとか言って諦めて出るんだけど、
佐々木さん絶対出ないですよね。
いやまあ出なくはないこともあったんですけど、
でもまあ概ね帰って後でちょっとすいませんでしたみたいな、謝るみたいな。
出ないことによって困ることよりも、出ることによって困ることのほうが。
困ることないはずなんですけどね、恥ずかしいとかだけなんですけどね。
やってみなきゃわからないんで、それは予想なんですけど、
多分佐々木さんの中でその選択はないんだなって。
まあ結局結構困ってきたんですけどね。
そっかそっか。
それでまあ要は過去の話が思い出せなくなってくるってことですね。
レビューをしようという気もなく、メモもないから思い出しようもあんまないんですよね。
だからリッスンとかは面白いなと思うんだけど、
読みたいなっていうのがあんまり思わないんですよね。
そっか。
それなんかファイルを読ませるんですか?
RSSを入れちゃえば、あとは勝手にどんどんどんどんテキストを出してくれる。
ちょっとそれ面白そうですね、やってみようかな。
いや私もやってみようと思ったんですよね。
そう、なんかこう話したことを忘れるし、
その中にいい話があったなっていう記憶はあって、
しかもそのことを思い出せないから、
この後その話をしなさそうだなみたいなやつもあるんですよ。
いや、倉園さんにそうだ。
それはぜひ伺いたかったんで、
今日は多分この話でいけるかなと思うんですけど、
過去にいい話をしたっていうのは、
別にポッドキャストだけじゃなくて、
セミナーでもセッションでも起こるってことだと思うんですよ。
山ほどありますね。
それをとっておいて、再現はしないまでも、
今後に活かすとか、
多分同じようなことは来るはずじゃないかと。
同じことは来なくても、同じようなことは来て、
特にですね、
グッドバイブスで言うと肝になる話というよりは、
このサンプルが使えたみたいなのが。
事例とか。
事例とか。
倉園さんはそういうのも、
過去の話の再現性と録画
僕の感じではよく記憶されている感じなんですよ。
でもやっぱりとっておいて、
それを再現しようという気にはならないんですか?
正直に言うと、
やっとけばよかったなっていう思いはあるんですよ。
特に僕はワンワンのセッションを、
あれは当然公開できないじゃないですか。
でも自分のために、
自分がどんなセッションをしたかっていうのを、
知るためっていうかね、
後で振り返るために、
一回全部撮っておけばよかったなっていうのはあるんですね。
あるけど、
じゃあ今やってるかって言ったらやってないんですよ。
あとファクトリーのオンライングループセッションがあるじゃないですか。
ああいう時に、
今日はいい話できたなみたいな手応えがある時があるんですよ。
あれもZoomだから全部録画できたわけでしょ。
それは時々、
なんでやらなかったのかなとか思うんですよ。
セミナーは全部ビデオ撮ってあるんですね。
録画に対する選択と後悔
それはなぜかというと、
再利用で販売しようっていうのがあったから、
でも結局後から聞いてみると、
音質が全然良くなかったりとかいうのが、
特に鎌倉のワークとか、
なぜかああいうとこで撮るとワンワンしちゃって、
もう売り物にはならないっていう感じのものなんです。
だから佐々木さんとやってた勉強会は、
僕が狭い部屋でやってたんで、録画する時。
すごく良い音で撮れてるんだけど、
会場が大きいともうダメなんですよね。
それは置いといて、
セミナーは撮ってたんだけど、
それ以外の話を全部録音してないから、
忘れてるんですね。
でも今でもやってないということは、
多分それを使いたくないっていう思いがあるんですよ。
それは何ですか?
それより今の方が絶対良いと思うからなんですよ。
多分それを聴いて、それを再利用してると、
多分僕はそれを繰り返すだろうなっていう感じがするんですね。
それも効率としてはいいのかもしれない。
このテーマだったらこのセットみたいな風に。
でも僕がお話ししてるGood Vibesの話というのは、
今も現在進行形で探求中なんですよ。
全然終わっていないし、完成もしてないし、
セッションをやって、
自分の話の穴とかね、
弱い部分とか、もしくは理屈は合ってるんだけど、
これだと全然伝わらないとか、
そういうまだまだ磨ける部分っていうのがね、
たくさん残ってるわけですね。
多分だけど僕の中にある過去の記憶で、
あの時いい話したはずだってやつは、
たぶんイリュージョンなんですよ。
だからでもそれを聞いてプレバックすると、
いいことを言ったかもしれないと思っているだけに、
たぶんこれいいねっていう風に、
自分でもそれをそのようにインプットしてしまうんですね。
そうするとなんていうのかな、
過去のうまくいった感ですね。
客客宿で禁止されている感。
うまくいったわけではない。
うまくいったわけではない。
いった感を僕はあたかもうまくいったもののように捉えて、
そこにしがみつくっていうかね、
そこから離れられなくなる感じがするんですよ。
そうすると毎回その話をするとき、
その例を出したり、
それからそのような展開で話したりする方から、
たぶんね、逃れられなくなる感じがしてて、
だからそれがもしかしたらたぶんその当時の10点満点で、
その後同じ話をしたら8点、7点ぐらいのクオリティになる可能性はあるんですね。
それをなぞってないから。
でもそれをやっていくと12、13っていうのが出ていくような感じがするんですよ。
でもその10を持っておくとずっと10のままなんですよ。
これをキープしないことによって、
10のアベレージが下がるときがあるんですね。
6、7、5とか。
下手すると3ぐらいまでいくときもある感じがする。
でもそれを通ることによって、
12、13というこの10を超える感じをいつも作れてるっていう自負があるんで、
やっぱり1回しゃべったこと、1回話したことみたいなのは、
僕の中ではもう捨てるというのはちょっとあまりに乱暴だけど、
ないものというふうにしていくっていうのが基本の姿勢。
ジャジーンワークを今やってて、月に2回。
で、もう同じ話なんですよ。
最初の1時間というかね。
ジャジーンワークとはっていう。
だから岩部さんと話してて、
これもビデオに撮って、
見といてねっていうんでいいんじゃないかなみたいな。
そうだね。
そうすると6時間丸ごとなんかやれるじゃないですか。
6時間の最初にジャジーンワークの講義をすると、
その分参加者の人が何かをする時間が減るでしょ。
あらかじめ見といてねっていうほうが良くないって言って、
やろうと思ったんですけど、やっぱりダメなんですよ、それやったら。
やっぱり毎回同じことを僕がしゃべるという、
このセッティングみたいなのが、
あの回にすごく必要なんですよ。
それを同じなんだからと省略しちゃうと、
多分ただ来て、はいじゃあやりますって思う。
なんだかわからないものになる。
なんかラジオ体操の、皆さんおはようございます、
今日もって言うじゃないですか。
あれは大切なんですよ。
あれがなくていきなりテンテクダンテンってやったらダメなんですよね。
だから毎日2回皆さんおはようございます、
今日は青空が広がりとかやって、
あれを省略できないというのが、
僕がジャッジマークで学んだことで、
毎回毎回同じことを話すんだけど、
どんどん時間が短縮されていくんですね。
めちゃくちゃ短く伝えられるようになって、
最初1時間半だったのが今30分になってるんですよ。
PDCAをしていない理由とセミナーにおける振り返り
しかもその30分の方が明らかに伝わる内容になってるっていう、
これを多分僕がスライドばっちり作り込んで、
スライドも作ってるんだけど毎回変えるんですよ。
僕もそうなんですよね。
何のためにやってるんだろうって思うんですよね、ドキドキ。
使い回ししてるとね、
人に台本を書いてもらったのを読まされてる感じがして、
ちっとも面白くないんですよ。
だから映すだけでもいいんで、
僕は毎回デザインとか変えるんですね。
ときつとは同じなんだけどデザインは変えるみたいなことは必ずやってる。
だからそういう意味で使い回さない良さっていうのはね、
あるんじゃないかなというそんな感じ。
はい。
佐々木さんは今の質問はどういう意図で、
なぜ私が昔のものを取っておかないのかっていう、
それを参照しないのかっていう。
自分がやっぱりもったいないかなって思うことがしばしばあるかなっていうのが一つですよね。
セッティングの重要性と変更の必要性
ポッドキャストはこれも言われることはあったんですよ。
どういう風に?
要するにPDCAをしていないのかっていうね。
自分の番組を振り返って?
それはもう全くしていないし、する気もなかったから、
まだこれは何も考えていなかったんですけど、
セミナーとなってくるとやっぱり、
そういうことをするべきだっていうぐらいのノリの感じもあったんで。
僕の中にはないけど、
時々はやっぱり取っておいたら良かったかなって思うことがあったので、
そういうことがフラノオさんにあるような気がしたというのが。
そういうことしているかって。
してはいないと思ったんで、
していないとなると、
捨てていることになるわけだから、
もったいないっていう感覚がないかなっていう。
だからあるから取っておけば良かったなと思ってるんだけど、
取っても多分使わないっていう感じかな。
PDCA的な話で言うと、
僕はポッドキャストは取った日に必ず聞くんですよ。
ポッドキャストは取って寝るじゃないですか。
6時ぐらいにね。
12時とか1時とかに起きて、
駅に向かう道のりが大体15分ぐらいなんで、
その道のりと電車の中で必ずプレイバックするんですね。
そこでやってますね。
別にPDCAじゃなくて、
なるほど、なるほどみたいな感じで、
なんていうのかな。
僕は喋っている時に、
どんな心でいるのかみたいなことを後から探っている感じ。
ここ焦ってるなとか、
ここいまいち自信ないんだなとか、
あとそうだな、なんだろうな、
葛藤を見てますね、僕はいつもね。
このように伝えたいんだけど、
こう言うと抵抗はされるんじゃないかとか、
怪しい話に思われるんじゃないかみたいな葛藤をいつも見ていて、
その時に何が起こっているかなみたいなのを自分の喋りの中から読み取って、
その葛藤がまだあるんだなということを知ったりしているぐらいで、
でもそれは大きいんですよね。
それと次に話す時に、
ここはしっかりと確信しようと、確信して話そうとかね、
あと変な不安、恐れや不安を手放して話そうみたいなことは、
その番組を聞きながらいつも感じていますね。
それは知っているかな。
セミナーにおける修正の実践
セミナーはですね、僕はいつも言っているようにリアルタイムにレビューしているんですよ。
なぜかというと、これお客さんがいるんでね。
このお客さんがいるものを家に持って帰って一人でプレイバックしても、
多分本当のことはわからないんですよね。
この話をしてこういう風に持って行った時に、
お客さんがどんな反応をしたか。
だからできればリアルがいいんですけどね。
でもZoomでもわかるように最近はちょっとなってきて、
消されるとアウトなんだけどね。
何回しかないですね。
でも画面が消されていても、その後どんな反応が来るかみたいなのでも、
なんとか頼りにはなるんだけど、
だからポッドキャストは一人で喋っているんで、
後で聞いて自分の心を見ていくんだけど、
喋っている時わかんないですよね。
シングルタスクなんでね。
喋ることに夢中になっているんで、後から見るとわかるんですよ。
もうビビっているなとか、ここカットをしているとかね。
あとここ時間が伸びてきて早口になってきているとかさ、
そういうのをやっていても感じる時があります。
ありますよね。
セミナーはお客さんがいるんで、
これは僕は昔音楽をやっていたからだと思うんだけど、
演奏しながらお客さんとのコミュニケーションがどう取れているかっていう、
そこにしかないんですよ、改善の余地とかっていうのは。
その他のテクニカルな部分は、
ライブをやろうとやる前と僕の課題なんで、
リズムを良くするとかね。
それは別にライブを振り返らなくてもわかる。
重要なのはセミナーの中でどんなコミュニケーションを取れたか。
これも同じなんですよね。
僕が今どんな気持ちでいるかっていうことによって、
そのお客さんの反応が大きく変わってくるから、
そこをリアルタイムに見ているので、その場で修正するんですよ。
これを後で持って帰って振り返って、
後から修正しようっていう未来のタスクにするんじゃなくて、
今できることはなんだっていうふうに修正していくんで、
多くの場合はセミナーが終わった時点で修正が終わってるんですよ。
反省・修正のやり方について
もちろん修正しきれなかったまま終わることもあるんですね。
その時は大体ちょっと落ち込んでたりするんですよ。
8割僕は落ち込みますからね、セミナー終わった後。
あと9割かな、9割は1回必ず落ち込むんで、
それは手が当てられなかった、リアルタイムに修正できなかったことにちょっと後悔をしてるんですね。
それは家に帰るまでに片付けるんですよ。
ここはこうだ、ここはこうだっていうふうに。
で、それはもうメモもしないで心に刻んでおくんですね。
そうしないと次にセミナーやる時にメモ見られないじゃないですか。
注意点とかを見ながらできないので、それを何度でも失敗してもまた心に刻み、またやる、またできない、また心に刻むっていうのをやってるうちにいつかできる時が来るんですよ。
そのようにして改善をしてるっていう感じですね。
佐々木さんはセミナーとかポッドキャストのいわゆる今言ったレビューというのかね、レビュー修正。
なんていうんですか、CAになるんですかね。
あれもよくわかんないですね。
チェックなのかな、アナライシスみたいな。
でもチェックとアナライシスって僕からするとどう違うのかな。
あれチェックアクションという解釈もありますよね。
あります、今回の。さまざまな解釈があります。
そこはどうしてるんですか、佐々木さんは。
今セミナーとポッドキャストやってるでしょ。
ポッドキャスト。
あとワンオンワンのセッションもやってますよね。
やってますね。
そういうところの振り返り、反省、修正はどうしてるんですか。
これはですね、僕は原則やらない主義なんですけどね、もともと割と。
結局レビューをしろって言われて、さっきできない話しましたけど、
そんなことをして何かの役に立った気がしたことがなくて、
何も改善されてる気がしない程度がまずあったんですね。
でも、セミナーはまだしもセッションは少し違って、
メンタル的な挑戦
食い込んでくるやつがあるんですよね。
どういうことか。
やらかしたかなみたいなのがね、直後に来るときがある。
佐々木さんの心に食い込んでくる後悔のネブみたいな。
これはグッドバイブスで、いわゆる反省しないにもってこうかなと思うんだけど、
僕はちょっと悩むんですよね。
これは反省しないでもいいけれども、反省しちゃうなって。
その時に大体一つ言えることはですね、
この次は優しくしようっていう決意をまず持ちます。
でもこれはその時厳しくしたとかではないんですよね、多くの場合。
さっきのくらどんさんのお話で言うと、夢中になっちゃってたなっていう感じなんですよ。
ある意味ではセッションの場合ですね、夢中になるっていうことを、
僕は悪いことだとは思わないんですけど、
なんかですね、やっぱりどこか夢中になりすぎてはいけないっていうのがちょっとあります。
夢中っていうのは佐々木さんにとっては何に夢中になっている感じなんですか?
何にね、2、3個あるんですが、
一つはやっぱり自切にってやつですよね。自分の切にっていうのかな。
それありますよね。
あとが、相手の話に引き込まれすぎるってことがあるんですよね。
それはでも喋ってるというよりは聞いてる?
聞きながら喋ってるんだけど、入り込みすぎちゃってるかなっていうか、
入り込みすぎちゃってるなっていうのはもうやってる最中意識してるんだけど、
踏み留まれないって感じの時がある。
それはなんていうのかな、きついだろうなとか、
そういう共感的なもの?
うん、もう過剰に言ってる感じ。
苦しいですよねみたいなそういう感じ?
明らかに、これって後で気づかされるんですけど、
その人はそこまで共感をしてほしくはなかったってケースがしばしばあって、
そういう時に、でも僕は引き込まれすぎるんですよね、時々ね。
それも夢中の一つなんですね。
夢中。無が夢中。
無が夢中の夢中ね。
3つ目は?
3つ目があるのかわかんないんですけど、
さっき3つって言ったじゃないですか。
なんとなく2、3個あるなーみたいな感じで。
話に興味が乗っちゃって、面白くなりすぎちゃってる。
テンションが上がる系かな?
テンションが上がる系。それもやっぱり僕の感じでは、
行きすぎてるなーみたいな感じになるんですよ。
2人で盛り上がりすぎたみたいな。
セッションじゃなくなってしまったみたいな。
あー、そっかそっか。
なるほどね。僕3番目は気にしないかな。
それは面白い瞬間としていいかな。
一発目ですよね。
一発目。でも、僕の中ではちょっと同じなんですよね。
踏みとどまれないっていうところが、
僕の場合は、これに対しては、
踏みとどまるっていう感覚で、
いつもなんとかしている気がするんですよ。
こういう感じなんですよね。
何を踏みとどまっているんですか?それは。
そこが重要な気がする。
僕の言葉で言えばですけど、
翼打つポジションで踏みとどまるって感じなんですよね。
でも何をが必要かなって気がするんですよ。
何を踏みとどまっているのか。
超えるか超えないかじゃないですか。
出すか出さないかみたいな。
そういう意味では出さないように踏みとどまっているみたいな。
というと何をっていうのか。
踏みとどまる。
何を踏みとどまっている。
何をするのを踏みとどまっているんでしょうね。
情報発信ですかね。発信をですね。
それは発信をするとなぜいけないんですか?
情報過剰だからですかね。
出しすぎるということ。
相手のことを優先すれば今回は出さなくていいみたいな感じかな。
そうですよね。
だから伝えたい出したいという感覚ですよね。
驚愕のことと僕の場合は割とその辺が近いんですよね。
悪いことではない場合もあるんだけれども
判断の一つの材料かな。出さないでおくという。
本当は多分出さないでおくという方がだいたい正解なんだろうな。
そうでしょうね。タイミングとかもあるじゃないですか。
タイミングなんだと。
今ここまでじゃないよみたいな。
でもよくわからない。
それがそんなに今ここまでじゃないですみたいなのがここにポンと出ればそうするんだろうけれども
そういうのが出るわけじゃないし
ここは出さないでおけばいいのになっていうような感じの
自分の声みたいなやつに従うかどうかの問題。
一応60分とか90分とか決まってるじゃないですかセッションって。
情報発信に対する踏みとどまり
そうすると相談者の方が困っていることを言ってくれるでしょう最初に。
できるだけその時間内にそこを解決したいなって欲求はありますよね。
願望っていうのかな。
持たないのも変ですし。
それはなきゃ多分この仕事はできないんだけど
そこに僕はいつも2つあるような気がしていて
一つは当然受講者のためにこの方を楽な状態になってもらって
このセッションを終わらせたいという
この願望は当然ずっと消えずにあるわけですよ。
もう一つはこの俺がそれができる人間でありたいっていう願望があるんですよ。
これを僕はいつも踏みとどまってる感じがするな。
私はその楽にっていうのが
もうちょっといけるっていう風に思うかどうかっていう気になるんですよね。
もっと取れるだろうかみたいな。
そこまでしなくていいんだろうなっていう今回は。
だからそこまでしなくていいんだろうかと思えれば
踏みとどまれるんですよね。
自己顕示欲と向き合う
でもやっぱりそこまでしたくなるでしょ?
踏みとどまる時が踏みとどまりにくいってことですね。
なるほど。その辺を振り返ってるわけですか?
振り返っちゃうんですよ。
その時も2つあるんですよね。
振り返らない方がいい時もあるんですよ。
そう?というのは?
わかんないです。
直感的にそう感じるんですよね。
それは振り返ったことによって何か良くないことがあったからってことですか?
僕の感じでは振り返るということはいつも何か良くないことのような気がちょっとしてます。
今はね。
だから振り返るのは構わないんだよ。
振り返っても何事もなければそれでいいし
振り返っちゃってなんかこう自分が少し落ちたり
次の回に何か振り返らない方が良かったなっていう瞬間が来た時に
今後は振り返らないようにしようと思います。
余計な怖さを持って次に臨むみたいなことがありえますよね。
あと振り返るのは自分の話だけじゃなくて
当然そこには相手もいますからね。
相手しかいないっていう感じもある。
そのテーマとその悩みって自分のものではないよね。
そうすると相手の印象がそれによって随分と変わるんですよね。
僕はセッション系に関してはやっぱり終わった瞬間にザラッと違和感を感じる時があるんですね。
これも最近では随分リアルタイムに
今ダメだ、こっちはダメだとか言って修正できるようになってきたんで
ほぼ9割9分はパンって終わるんですよ。
終わったっていう。
でもその一部ぐらい、1%ぐらいは時々あるんですよ。
やっちまったなみたいな。
この時はとにかくまずザラッ感を手放し
何を修正すればいいのかっていうことを本当に理路整然と自分で整理して
できるだけ早くそのことについて考えるのをやめるっていうことをやってます。
ちなみにそれって間違いなくやっちまったんですか?何かを。
そうですね。これはね、もう僕の自覚の中ではもう言い訳ができない。
攻撃したってことですね。
怒ったとかイラついたとか
つまり受講者に対してわずかでもかすかでも相談者か相談者の方に対して
ちょっとしたイラつき、怒り、攻撃みたいなことをやったとき
これはもう弁解の余地はないんですよ。僕は分かってるしね。
何かにたぶん腹を立てたんですね。
ここは絶対にダメだと決めているんで。
僕のこのセッションにおいてはね。
そこに関しては落ち込みやすいですよ、本当に。
何やってんだよ。
しかも申し訳なかったなっていうすごい罪悪感がね、相手がいますからね。
僕が攻撃を受けた方がいるんで。
と言ってもかすかな奴なんですよ。
バカ野郎みたいなんじゃないですよ。
もう本当に本当にもう多分わからないぐらいの攻撃なんですよ。
え?それは?みたいな。
もうこのえ?みたいなこのえ?一言だったりとか。
それを僕は分かってるんで。
その時はやっぱりしっかりと今攻撃したよね。
はい、しました。よし。
OK?みたいな。はい、分かりました。
つって終わるっていうね。
それはやってるかな。
自分はグッドバイブスで多分一番使ってるのがそれだろうなっていう。
その罪悪感を手放すってやつだろうなと。
これは昔は躊躇なく持ってたっていう、これの言い方も変ですけど。
そうですね。無条件ですよね。
無条件でも持ってて、それに対して手放すという発想を、発想というか手放しそうという風に思ったことがなかった。
あと手放せるものなのかっていうのもありますよね、そもそもね。
ありますね。ありますが、発想がやっぱりなかったなって感じですね。
だからやっぱりね、今日のテーマなんかこうレビュー振り返りっていう感じになってるんですけど、
罪悪感が伴うっていうのがやっぱり一番の多くは反省っていうのもそうでしょ。
反省ね、そうですよね。
反省ですからね。
なんかやっぱりそこにちょっと、何て言うのかな、ちょっとした罪の意識と、
だから改めなければならない、そのために何らかの努力をしなければ、
加えなければいけない、自分の生活の中にね、という罰が含まれてる感じがしますよね。
もともとその、なんだろう、性格的なものなのか知りません。
反省をしないことの意味
うん。
自分は反省っていうのを見事のことがない限りしなかったので。
昔から?
うん。
しない、したくないっていう意識がすごい強い人間なので、もともと。
だから多分レビューっていうのに対して非常に僕は好意的でなかった。
なんかちょっとこれはカミングアウト感が僕の世界で。
ああ、今更。
今更。
それはどういう感じでその反省というのが好きではなかったんですか?
反省を強いてくる人に好意を持てた試し方。
ああ、そういうことか。
じゃあそれはやっぱり割と対人の中で生まれた感覚?
対人。
一人というよりは。
対人関係。
うん。
だからもうそのさっきの倉園さんじゃないですけど、倉園さんのとは違う文脈ですが、
これは弁解の余地がないっていう風になった時に来るんですよね。
ああ。
すごいこうどうしようも対応のしようもない、
うんうん。
罪悪感まみれてしまうみたいな。
完全に俺のやらかしだみたいなやつ。
まあほぼそうなんで。
そういうのはやっぱ。
そうか、その時に反省しろと言ってくるその感じが嫌だって。
いや、そういうのはもうまみれてました。
だからだけれども、そうでもないのに反省しろと言われることは多々あって、
それは基本的にその人に好感が持てないので、その時の対人には。
うんうん。
だから反省、みんなよく言うのは、
ああ、なるほどね。
そうなんすよね。
だからやっぱり、なんつーのかな、
反省をしない、罪悪感を持たないっていうのは、
ある種の極悪人っぽいじゃないですか。
そうそう。
そこが引っかかってたんですよね。
うんうん。
で、その時に反省しろと言ってくるのは、
反省をしないことの理由
ああ、なるほどね。
ちょっと極悪人になって、極悪人になると思ってたというよりは、
極悪人のように思われるんじゃないかということを恐れてたって感じ。
ああ、そんな自分であるとね。
そんな自分。
そうでなくてもあんまり反省の色が見えないというのは、
よく言われる側の…
タイプとしてね。
タイプとしてね。
佐々木さんが塩梨さんのキャラクターを見せてくれたときは、
その時の反省をしろと言ってくれると、
色が見えないというのは、よく言われる タイプとしてね。佐々木さんが塩らしく反省してる感じってあんま似合わないですもんね。
そうなのかなぁ。俺何度か見たことありますけどね。 内心では結構来てるんで。わかりますわかります。
そのなんか割と心外なんですよね。 なんかね本当にこう反省をしてる人のタイプって僕もいろいろ見てきて
なんかこう反省させるとされると逆にもういいからいいからっていう タイプとかいろんなタイプがいるんだけど
佐々木さんほど反省してるのを見るのが可哀想だと思う人がいない。
本当すいません、すいませんでしたとか言いながら、普段の佐々木さんと全く違う感じになってしまうから
ほんと小さーく弱ーくなってしまってる感じがして、もう本当大丈夫大丈夫全然気にしなくていいかなっていう。
それは僕は何度か見たことありますねやっぱね。 僕は結構多々ありますよ。
やるかすんでね。
そうか。だからそうなんですよね、ここは本当にいつも僕もお伝えするのが難しいなぁと思っている点でね。
本当に罪悪感がない奴って悪魔みたいな感じに思われるよね。
何と言えばいいんだろうっていうのがあって、本当にこういつも説明には困っているんですけどもね。
あれなんですよね、要は自分に罪悪感を感じ、ほとんどこれは罰と見なされていないんだけども、
僕はその後その反省をして努力をする、修正をする、改善をするための何か工夫をするとかは基本的に罰なはずなんですよこれね。
倉野さんそういうふうに前に掛け上げ塾で言っていて、なんかこう罰領域が広義だなっていうふうに思った。
でもそのように捉えておかないと見失っちゃうんですよ。
なぜそれを自分に強いているのかっていうね、理由がね、わからなくなっちゃうんですよ。
でなんかこうそれって前向きじゃないですか。
ライフハックっぽい。
だから前向きなのでこう自分がそこでそれによって磨かれていく。
なんか特に昭和のスポコンとかそこがもう完全に罪悪感と罰と自分磨きというのがもうセットになっちゃう。
そうなんですよ。
だからある種のこうなんつーのいじめてみたいなM的なものに近い感じもあるんですが。
あれ多分スポーツだからそれがすごい見えやすい。
そうですね。
これは生活の中とかもしくはそのいわゆるあまりこう目に見えないね。
なんつーのビジネスの中とかそういうのに持ってくるとわからなくなってきて。
それで何が問題かって言うと苦しくなるんですよ。
必ず。
だからこれが苦しくない。
苦しくても平気とかね。
欲しいヒューマンのように。
むしろ苦しいのがいいのであるっていうのはそういう人は全然いいと思うの僕は。
それはいいんだ。
全然いいでしょ。
だって好きでやってるわけだから。
ちょっとマゾっぽい。
それはもう叩いて気持ちいいわっていうのと同じだから全然叩くたら痛いからやめなさいとは言えないじゃないですか。
ほっといてみたいな話なんでそれはいいんですよ。
僕がやっぱりこの提案しているのはそれが苦しくなった時ですよね。
何のためにやるのかみたいな。
でもそれをやらないと私はこの反省したポイントを改善できずにいい人間になれない。
人に愛されないとかいろんなことでその罰と気づかずにその努力をしているというこのケースなんですよね。
これはそこに気づかないともう抜け出すあれがないんですよ。
だってこの仕組みって永遠に続くようにできてますよね。
謝罪と恐れや不安の解消
どんだけ高めてもまだダメなのやって反省をし振り返って反省をし次の努力を自分に渡すでしょ。
だからエンドレスに続くんでだからここで一回罪悪感を取ってみようっていうところに行かないと抜け出せないんですよね。
もっと言うとそれがエンドレスだってことは罪悪感はずっと残っているわけですよ。
だからその例えばさっきの佐々木さんの踏み込んでしまった心に刺さるっていうのをある種そのその自分の罪として抱えたとしたら
次にセッションやる時も持ったまんまにいるじゃないですか。
そうすると僕らは必ずそれを相手に投げるんですよ。
この罪悪感を相談者に投げちゃうんですよ。
お前だよみたいな感じで。
これが攻撃怒りなんですよね。
だからこのサイクルから脱出するために僕らはその罪悪感というのを一応手放してみる。
手放したら極悪人になるのかどうか自分でわかるじゃないですか。
なんないですよね。
極悪人になるわけじゃないのはそうだったんですけど、
極悪人だと認定されるのが怖かった。
そうですね周りからね。
なぜこれほどのことをしでかしておいて罪悪感すらも出ないんだと。
反省もできないのかもしれない。
僕そのねそのその反論というかねそのまあ疑問はよく投げかけられるんだけど
そういう時になんか真面目だなぁって僕はいつも逆に思うんですよ。
私もそう思ってたんだろうね。
ごめんなさいって言っておきゃいいじゃんって。
すみません本当にごめんなさいって言って
うーんでも僕は罪悪感は持っていませんみたいなのでどうしていけないんだろうっていうね。
でそもそもそういうふうにかわすことって僕ら日常であるじゃないですか。
正直あるんですよね。
だからそれが嫌なんですよね。
そのかわし方すんなよっていう感じ。
でも不思議なことにねそのごめんなさいというその謝罪はその罪悪感がないとですねちょっと僕は意味が変わると思ってて。
これが要はあのよく僕が本来の自分とねその恐れや不安偽りの自分のその捉え方の違いなんだけど
自分が誰かを傷つけました。
もしくはやらかしました。
でその謝罪というのはえっとなんだろうなそのその相手に対する一つは恐れや不安を取り除く行為というかね被害を受けてるというふうに感じてるわけだから。
だから相手が求めることを僕はあのギフトしてるというかそういう行為なんでいくらでもできるんですよ。
罪悪感の手放し方
いや本当に申し訳ない。
もっと謝れって言われればじゃあほんとすいませんでしたってこれもできるんでね。
これを罪悪感持ってると必ずどっか途中でそうは言ってもよってところにひっくり返るんですよ。
いやそこまで悪いかみたいなここで罪悪感を相手に投げるっていうのをやるんで。
実は持たない方が相手もその僕の反応対応はそれで許せるっていうかそれでいいですよっていうふうに生きやすいんじゃないかなと思いますけどね。
レビュー振り返りの話から罪悪感の話。
こんなんでいいですか。
今もうこれで50分ぐらいなんですね佐々木さんの番組のサイズとしては。
サイズとしてはこのぐらいがちょうどいいです。
まだまだ続けるんですかあのポッドキャストは。
あのつまりこれは本当にグッドバイブスの流れで来たことなんだけど。
覚えてないということは先のことがこう見えなくなっていくんですよね。
わからないんですね。
わからないんですよね。
でもまあわからない時ほど続く気はします。
そうですね。
でもあの未来に続けるかどうかを決めるという意味ではなくて。
やろうという思いがないと取らないじゃないですか。
そうですね。
これはあの毎朝毎朝出てくるからやれそうな気がしますよね。
ただこれも結局毎朝毎朝のことなんで朝になってみないとわかんない感じがありますね。
佐々木さんちょっと難しいかもしれないですけど最後に聞きたいのは。
佐々木さんにポッドキャストを撮らせているのはどんな思いなんですか。
最初からよくわからなかったんですよね。
これを最初のテーマにしたいと思ったんですよ。
でもなんか結構違う方向に走ったんですよね。
なんだったんだろうな。
どんな思いが佐々木さんに777回もポッドキャストを撮らせてるんですか。
俺はちょっと今110何回なんですよ。
700いくかなって思うと。
いくんじゃないですか。
わかんないわかんない。
僕がペッてやめちゃうんですよ。
なんでもかんでも。
ウッドワイブス的なポッドキャスト
ほんとね朝にああいうものがあったらいいなって思ったんですよね。
聴くものとして。
聴くものというかなんかラジオってあるじゃないですか。
ラジオは朝聴くってイメージがあるんですよ。
朝大して聴いてもいないんですよ。
で、そうそう話が長くなって。
学校行く前のご飯食べてる時とかに流れてるような感じでしょ。
そういうところにウッドワイブスってうってつけだって思ったんですよ。
ありがとうございます本当に。
それの倉田さんが夜行性だって聞いて驚いたんですよ。
そっか。まさか夜みたいな。
そうそう。朝の人みたいなイメージで最初感じてたんですよ。
真逆だな。
そうですね。
だから朝にこのウッドワイブス的なものを流そうと思ったんだけど、
なんか喋ってるうちに僕の性格を反映してるのがエグくなってる。
朝にふさわしくないな。
ふさわしくない。
なんか夕暮れぐらいがいいんじゃないかなっていう感じが。
今は本当そういう傾向が強いだと思うんですけど、
最近聞いてる数にしては何度も聞きますみたいな方がいらっしゃる。
しかも続きん前に聞きますね。
続きん前に聞くのよくなくないかなと思うんだけど、そういうのがあるので。
朝から天ぷらみたいな感じね。
まあそうだね。
佐々木さんの話題選択
朝からカレー。
カレーはいいか。
だからこれでいいのかなっていうふうに思いながら、
いいと言うならやりたい。
そうですね。
なんか僕はやっぱ、
要は佐々木さんが今言ったのはディテールというかの話だと思うんですよ。
どんな登場人物が出てき、どんな話題が出てくるか。
でもなんか文脈じゃないかって気がするんでね。
キャラクターがエグくても。
変な生き物が出てきたりとか、
食事中には聞けないような。
大体そういうの多い。
佐々木さんっていつもね、
なんかこう、何なんだろうね、
それは話そうと思って話してるわけじゃないでしょ。
出てきちゃってるわけでしょ。
その時にこの話をやめようみたいな気持ちにはならないのかなっていうのが、
いつも不思議な感覚。
踏みとどまらない。
踏みとどまらない。
僕とかだと追ってやめようっていう、なんかこうあるんですよ。
いや、ありますか。
なんかそう思ってかれるんですよ。
だからそういうのが好きな人が聞いてくださってるんじゃないですか。
で、ちょっと朝はこの人のエグいからっていう人は、
多分あえて夕方に聞いてると思いますよ。
なるほどね。
そっか、わかりました。
じゃあこれからもお互い続くように頑張りましょう。
今日は呼んでいただいてありがとうございます。
こちらこそありがとうございます。
54:11

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