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82|育成3位の元投手が売る"勝利を導くアジフライ"誕生秘話と海を越えた挑戦
2026-05-20 24:24

82|育成3位の元投手が売る"勝利を導くアジフライ"誕生秘話と海を越えた挑戦

記者生活の大半をスポーツの現場で過ごしてきた大窪正一記者が、アスリートの素顔やスポーツの可能性についてお話しする「西日本新聞スポーツ余聞」。前回に続き、ソフトバンクホークス元投手の伊藤大智郎さんと、福岡の水産会社・株式会社三陽の横山裕二さんに話を聞きます。

 後編のテーマは「鷹のアジフライ」が生まれるまでの物語。はじまりは伊藤さんの一本の電話でした。三陽がちょうど一般消費者向けの販売に乗り出すタイミングと重なり、トップの即決で契約が成立。ドームに「名物がない」という長年の課題を解決すべく、伊藤氏は三陽のアジフライに目をつけます。ただし球団の自社商品として展開するため、「三陽のアジフライ」ではなく「鷹のアジフライ」として売りたいと直談判。三陽側は快諾しますが、その裏には深い縁がありました。三陽の工場がある長崎県松浦市の鷹島は、元寇で「神風」が吹いた歴史の島。ホークスとのモニュメントや協定もあり、「勝利を導く縁起のいいアジフライ」というストーリーが自然とつながったのです。

 さらに今シーズン、このアジフライは米サンディエゴ・パドレスの本拠地ペトコパークにも進出。「ジャパニーズ・フィッシュ・フライ」として海を越えました。伊藤氏は千賀滉大投手や甲斐拓也選手と同期の育成ドラフト組。元投手が語る、もう一つのホークス物語です。

#西日本新聞スポーツ余分 #ソフトバンクホークス #鷹のアジフライ #三陽 #PayPayドーム #伊藤大智郎 #千賀滉大 #パドレス #ペトコパーク #西日本新聞mePodcast

◆出演:伊藤大智郎(ソフトバンクホークス元投手/球団職員)、横山裕二(株式会社三陽)、大窪正一(スポーツ記者/宗像支局長)、中富一史(MC/販売部)、音声編集:中富一史、映像編集:井上知哉(ビジネスマーケティング部)

◆収録日:2026年4月23日

◆大窪正一記者の記事一覧
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サマリー

元ソフトバンクホークス育成ドラフト3位の伊藤大智郎氏が、球団職員として「鷹のアジフライ」誕生に貢献した経緯を語る。水産会社「三陽」との出会いから、ペイペイドームの名物となるまでのストーリー、そしてアジフライが海を越えて米サンディエゴ・パドレスの本拠地でも販売されるまでになった経緯を紹介。また、伊藤氏が育成ドラフト同期の千賀滉大投手らと共に活躍する姿を陰ながら応援していること、そして営業職への転身についても触れている。

「鷹のアジフライ」誕生のきっかけ
西日本新聞ポッドキャスト
西日本新聞スポーツ余聞
この番組は、記者生活の大半をスポーツの現場で過ごしてきた大久保さんが、アスリートの素顔やスポーツの可能性についてお話しします。
こんにちは、西日本新聞社の中富です。
西日本新聞社の大久保です。よろしくお願いいたします。
よろしくお願いします。
今回は、前回に引き続きMCの横山さん不在ということで、中富がMCを務めさせていただきます。
引き続き、スタジオにはソフトバンクフォークスの元投手で、今は旧団職員をされている伊藤大一郎さん、それと福岡の水産会社産業の横山裕司さんお二人を呼んでおります。よろしくお願いします。
よろしくお願いします。
前回の放送で言ってなかったんですけど、MCの横山さんが不在ではあるんですけど、実は横山裕司さん、実は弟さんということでね、顔もそっくりなんで、YouTube見られている方はね、多分わかんないかもしれないですね。
そのせいで、ゆっくりリラックス。
いつも通り。
いつも通りできました。
よろしくお願いします。
前回に引き続いて、アジフライのお話なんですけど、前回はシートを中心にお話をお聞きしたんですけど、そもそもの部分で、アジフライとフォークス、この本拠地ですね、つながりの部分をそもそもの部分、知らない方もいらっしゃるかもしれませんので、ぜひお願いします。
そうですね。始まりは、私からの一本の電話、いわゆるテレヤポー、いい言い方になっちゃった。僕がサイオさんにテレヤポーして、そこで受け取っていただいた方が横山さんと同じ担当になっていただいた方が取っていただいて、その方も野球がちょっと詳しいというか興味があるというふうに言っていただいて、
その際に名刺交換だけでもさせてくださいというような言い方をして、無理やりアホを取ったような感じから始まって、忙しいけどちょっとだったらいいですよって言っていただいたので、そこで初めてのお伺いというところからありましたね。
一回も本拠地には何も契約がなかったんで、めちゃくちゃドームとサイオさんの本社って近いんですけど、長浜ともうすぐそこなんで、めちゃめちゃ近いんですけども、一切契約が何もなかった時にたまたま私が電話をして、本当にそこからの始まり。
すごい、そこから味フライシーンとかすごいですね。
本当にそこからですよ。
三陽との出会いと契約
じゃあそこで繋がりを持ちました。
そしてサイオさんのそういう商品ですね、コンテンツみたいなものを把握しながらではなく。
まずサイオさんのことは一応ホームページを見ました。そこで横山さんとお会いをして、それこそタイミングよく来年から、22年の秋頃に伺ったんですよね。
2020年の秋頃伺って、2023年頃から出展をしようかなと。味フライの。
そうなんですね。
同国です。
いやいや、そもそも自分たちでまずお店をやってみようかなということで。
今回から来年からB2Cに向けて、お客様に向けて販売をしていくんだよみたいな話があったんで。
逆に僕が色々ちょっと提案をしたものも、それこそ球場に来ているお客様に向けた商品もご提案をしたんで。
そういう子が最初マッチをして、お客いただいたっていう形ですね。
なのでタイミングが良すぎたというか。
多分今までは私以外の営業も何回か多分電話はしてると思うんですよ。
ただその私がたまたまかけたタイミングの時に、来年から出展をするっていうようなこともあったんで。
それをもう検討していただいて、びっくりするぐらい早くOKって言われた。
その時から。
提案いただいて、サンプル案ぐらい持ってきていただいて。
で、小中大あるじゃないですか。
で、多分初回だからどうせ小しか話聞かない。
あー雰囲気。
で、小は全く魅力がないっていうのなんで。
で、僕は大じゃないと多分面白くないんじゃないかなと思って。
で、帰られたすぐその足で、弊社のトップの方にこういうフォークさん来られましたって話して。
で、まあ大中小ありますと。
で、小は多分全然面白くない。
で、まあ中が大じゃないですかねみたいな話して。
で、中だったらこうだと思います。大だったらこうだと思いますって話したら。
いや、大やろそんなのって話になって。
で、まだ帰ってる途中だったと思うんですよ。
あ、すごい。
商談終わって打ち合わせ終わって、多分ドコモに戻られてる途中ぐらいにもうすぐ電話して。
もう今決まったから、あのー。
すごい。
何か間違いじゃないですか。
何かやらかしたかみたいな。
すいませんでした。何か違いましたかと。
いや、大でって言われた時に。
え、本当ですかってちゃんと聞き直しました。間違いじゃないですかって言って。
そんなスピードで、まあ決まる時は早い。
ほんと15分ぐらいでしたね。
それを逆に伊藤さんは旧田の方で報告して、どういう反応になったんですか。
ペイペイドームの名物開発
おっしゃらないよ。
昨年そこがたまたま空いてしまった、逆に良いすごい良い媒体なんですけど、たまたま直前で空いてしまった媒体だったんで年間埋まらなかったんですよ。
なかなか良い金額するんで。
そこを来年ですけど、それを11月時点で、だいたい契約って3月から始まるんですよね。
その11月時点でもう決めれたので、もうさすが。さすがってまあいいかと思うんですけど。
一応ありがたいことに褒めてはいただきましたね。
そこからはもうトントン拍子というか順調だったんですか。
そこで初めてドムに決意いただいて、来年の話とかを僕が横浜さんに話していたときに、それこそ長谷会長もっともっとその際は社長だったんですけど、
社長の方から味フライなんとかならんかいなみたいな話もあって、なんとかしたいですね。
っていうのと、これまたタイミング良くて、ドムに名物がないっていう飲食テナント、今そうやっている部署があるんですけど、飲食テナントの方にも名物をなんとか作りたいねっていうところが長年あったんですよ。
で、うちの飲食テナントは僕はそこまで携わってはないですけど、メニュー数は間違いなく日本一なんです。めちゃくちゃメニュー数多いんですよ。美味しいんですよ。
ただ、例えばですけど多球団に行くと、この球場に行ったらこの名物だよね、みたいなものが何個かはあるんですよね。ただドームに、水戸ペイペイドームに来たら、これだよね、水戸ペイペイドームの名物は。
っていうものが当時はなかったんです。これをなんとかしたいなっていう話があったときに、勝手ながらこれやって、僕の中では思って。
繋がったんですね。勝手に思って、というのも福岡のものではないですけど、九州という国でやってますんで、九州の長崎の味フライというのはめちゃめちゃ有名ではありまして、美味しいで有名なので、それをドームの名物にできたら一番いいですねっていうところを半分無理やりでサイヤーさんにご案内をすると、もう全然いいよと。むしろむしろやりたい。
で、これめちゃくちゃ僕が一つ困ったことがあって、本来だったら山陽の味フライって出すじゃないですか。やっぱ山陽さんとしても名前を挙げていくっていうタイミングで、これをどう切り出そうかなと思ってたんです。
というのも、うちの名物にしたいっていうことは、うちの商品として出さないといけない。ここが一番大変だな。これを了承していただけなければ、なかなか販売は難しいなっていうふうに思っていて、それを正直にぶっちゃけなんです。
山陽さんの味フライとして販売するのも可能です。ただ僕は自社のフォークスのタカノ味フライとして販売したいんです。なぜかというと、うちの商品ですって言えると、めちゃくちゃ結果的にやれる範囲が広がる。
プロモーションできる自社の媒体なんで、プロモーションできる幅が広がるから、僕はこっちで許諾いただけないですかっていうふうに伝えたんですよね。そしたら、わかったって。
普通に考えたら、自分たちが一番魂を込めているのを、わかったって言われたんで、いいんですかって言ったら全然それでいい。
やっぱり名物にしていただけるっていうところの強い、簡単に話されてるんですけど、結構強い思いを持っていただいてて、それの熱意も当然ありますし、僕ら一社でプロモーションするという限界があるんですけど、
ここはフォークスさんの力を借りて、乗っかるんじゃないかとプロモーションしていただいた方が、より認知もどうも広がるんだろうっていうのもありますし、タカの味フライのタカっていう字は、長崎県松浦市のタカシマのタカと一緒なんですよね。
で、僕らの作ってる味フライって、長崎県のタカシマのある松浦市で作ってるんです。で、そのタカシマには、それこそソフトバンクフォークスさんの前身ですよね。大英さんの頃からのモニュメントもあります。
で、監督とかジョージマさんとかのモニュメントも、和田さんのモニュメントもありますし、そういった関わってきてた、十数年前に優勝した時のモニュメントもあって、フォークスさんの。で、縁もゆかりもあるでしょっていうところと、もう一つは、原稿が攻めてきた時に、神風が吹いて原稿をやっつけたっていう、
時代、歴史的な背景のある島なんですよね。で、神風自体がそこで生まれた言葉でもあるっていうのがあったので、これも勝利を導く縁起のいい味フライ。
で、それで売っていったら、もっと盛り上がるんじゃないかって僕も思ったし、そういう話をすると、すごい乗ったって、それでいきました。全体がそういうふうな気持ちになって醸成できたんじゃないかなって思って。
で、結果として、これは多分、産業の味フライってやると、多分そこまでならないって言うんですけど、フォークスさんもゆかりもあるところにあるし、僕らもそこで作ってる味フライ。
やっぱり、上昇級ダウンとして、これからもやっていっていただきたいなっていう気持ちもあるので、縁起のいいっていうか、勝利を導く神風吹かせるような勢いで、みんなで食べていったらいいんじゃないかなっていうのを思ったので、
そういう話をそんなことしながら、で、みんなで盛り上げていければいいんじゃないかなって思ったんで、それはそれでいいんじゃないかなと思って。
「鷹のアジフライ」のストーリー
今のはどんどん話を遡っていったんです。どうしたらタカナ味フライっていうのを旧人名物として出すんだろうっていうストーリーが大事。
そうですね。
見ていったらどんどんうちと関わってることが多すぎて、これやっていうふうに勝手に、最初にそう決めたんですけど、本来はストーリーから決めていくもんだと思うんですよね。
ストーリーがあって。
決めていくもんだなんですけど、逆にこっちを先に決めてしまったもんだから。
どうやってストーリー考えるか。
ストーリーがないと、多分納得して。
いや、ほんとそうですよね。
なんで味フライだろうって。
これは奇跡的に。
高島にあるし、うちも高島っていう。
モニュメントあるし。
これです。
これはすごい裏話ですね。
今の話聞いたら、ほんとしっくり聞こえます。
そういうことかって思いますね。
「鷹のアジフライ」の人気と展開
僕はこの松浦市とフォークスさんの業務提携日じゃないけど、協定を結んでらっしゃったりとかするので、みんながつながっているというか。
なるほど。
全て考えてテレアポしか出してない。
すごい。
大丈夫?
何も考えずに。
それしかない。
そろそろ髪風邪が吹きましたね。
すごいですね。
それが始まりなんですよ。
もうあっという間に人気商品になったと思うんですけど、結局どうなったんですか、そのストーリーは。
結果、今はやっぱり売り始めて3年。
初年度も去年も一番商品としては出ている商品で。
今年もぶっちぎりでは出ているんですけど、やっぱりここで終わりではないので。
よりお客様に親しみ、よく愛していただけるものにするには、まだまだいろんな施策を考えていかないといけないなというふうには思ってはいますね。
育っていっている感じは、僕も一緒に書くと足が半分吹っ込んでいるような。
成長していっていると育っていっているなという商品自体が。
商品のバリエーションもやっぱり当初よりもいろいろ増やしていただいたりとか、お弁当になったりとか、丼になったりとか、いろんな商品を増やしていただいているので、その分広がっていっているんじゃないかというふうに思っています。
ソース作りとかも実際サンヨさんにご協力いただいてご紹介いただいたところと、実際サンヨの味フライの一番元祖となる味はカレー風味のものにしたりとか。
海を越えたアジフライの挑戦
この球団の広がりもそうですけども、先ほど広がりとおっしゃいましたけども、サンヨさんもこの味フライが今度海を越えて展開なさった。
平氏の新聞の方でも紹介はされていたけど、改めてちょっと。
そうですね。今回こういったのが日本のパリーグの球団で、しかも強いチームで、フィッシュフライがめちゃくちゃ売れているらしいというのをアメリカのメジャーリーグ、サンリーグパドレスの幹部の方がどこかしらで見聞きされて。
日本に来日するタイミングがあったというところで、実際お会いしませんかという話があって、東京でパドレスの社長副社長とスカウトの責任者の方と3人いらっしゃって。
東京だったので、僕ら東京にもサンヨ食堂という味フライの定食屋さんをやっているんですけど、打ち合わせする何十分か前にお店であげたてのやつを商談するホテルまで持って行って。
商談始まるタイミングで、今食べてくださいという話をして、食べてからいろいろ聞かせてくださいという話で。
実際にこれが福岡のペイペイドームでソフトバンクさんのところで販売していただいて、でも一番売れている商品です。
実際に食べていただいて、めちゃくちゃ美味しい、デリシャスみたいな。その場でもこうしたやって売ろうみたいな話になって。
今回、今シーズンからパドレスの球場のペドコパークというところで販売を開始して、今じわじわっと売り始めたんですかね。
すごいですよね。素朴な言文なんですけど、海外の方って味フライって馴染みがあるんですか?
いやそもそも味を食べる習慣はゼロではないんでしょうけど、ほぼ認知がされていないので。
で、味フライって言ったところで向こうの人は味って何?って言うところから始まるので、そこでワンクッション、ツークッション説明するともうめんどくさくなってしまうので、
分かりやすくジャパニーズフィッシュフライっていう形で、日本の魚のフライですというところで販売開始しているというところですかね。
すごいですね。
味フライをあちらのネジャーの球場で食べているという姿っていうのはなんかすごい不思議な感じですね。
そうですね。で、向こうの人は結構ボリュームあるのは食べるので、それをバーガータイプにしたりとか。
なるほど。
っていうところで、そっちはメインで売れているかなっていうところですね。
個人的には寂しさがありますね。
海外に行ってしまったっていう。
でもやっぱり嬉しいですよね。本当にね。本当に嬉しかったです。その話を聞いて。
育った後の子供を一緒に今度アメリカで見に行って。
いいですね。
海の矢をちょっとどう育ってるか見に行って。
そうですね。いいですね。
元投手から球団職員へ
あと一つ個人的に聞きたいことがありまして、私野球好きなんですけど、伊藤さんって元プロ野球の。
フォークスの。
育成選手。
っていうことなんですけど、ご引退されて球団に入られてこういった営業されているっていうところで、ソフトバンクフォークスの関わりというか、視野が全然違う。どんな感じなんですか?
そうですね。選手の頃は実際会社がどう動いてるのか。
そもそもどうやって給料が出てるっていうのは、ほんとざっくりでしか分かってなかったんですけど、実際に選手を占領後になった後に事業側の方に来た時に、
どうやって会社を運営してもらってるんだっていうのを分かってから、逆にこっちの世界はもう楽しいなというふうに思いました。
そうなんですね。
伊藤さんはフォークスのいわゆる黄金世代ですか。
言われるのがあれかもしれない。
でもエリートも今営業マンですので。
一般でいくと、今現役で言ったら柳田選手も同期になる。
黄金世代の同期たち
同期ですね。4つ目なんですけど同期に入団。
入団なんで同期ですね。
あとあれですよね。同じ育成で、千賀さんが同期って聞きました。
千賀、東州、あと牧原選手、海選手。
すごいですね。
どういう世代ですか。
私は育成ドラフト3位で、千賀、東州は育成ドラフト4位。
牧原選手も5位、海選手が6位。
すごいですよね。
私もそこに入る予定だったんですよ。
もちろんね、そうですよ。
ちょっと今は違う道に来てしまって。
違う道でトップ営業マンですからね。
でも本当にいまだに一線で活躍してくれてるので、
千賀、東州含め海選手も牧原選手も特に柳田選手も先輩ですけど、
めちゃくちゃフォークスの顔、多球団に行っても顔になってる選手たちになってるので、
本当に陰ながらですが、本当に嬉しいなというふうに思いますし、
何よりも一番嬉しかったのが、初めてお客さんのところに営業としてアポイント行った時に、
ありがたいことにそういう周りが元選手なんですよって言ってもらえるんですよね。
その話のついでにやはり千賀、東州、海選手、牧原選手の同期なんです、同級生なんですって言うとみんな認知してる。
っていうのがやっぱりすごい選手だなと改めて思って。
それだけでも相手の方に印象として残っていただいてるので、
そこで覚えていただけるってことも今となっては本当に武器だなというふうには思ってはいいですね。
営業職への戸惑いと武器
最初は戸惑いとかありました?
そうですね、絶対に営業だけは来たくない。
引退なさった、最初そのまま球団はどこに?
今でいうファンサービス部っていうクラブフォークスのファンクラブ会員の向けての何か施策をする部署に配属になりました。
最初2年間そこで配属になって、いろいろファンクラブの方々にどういうフォークスとして還元できるだろうかっていうことの施策を考えておりました。
2年経っていきなり伊藤だって言われて、どこですか?営業ですか?絶対嫌だよ。
大体1週間くらいで全部引き継ぎしないといけないんですが、2、3週間くらいずっと今っぽくそこまでしても行きたくありませんって言ってましたね。
すごいですね。
伊藤さんはマルタインのポールの企画者で。
すごいですね。あのポールに名前をつけて、なかなかないですね。
あれもいろいろあって、名前でネーミングライツっていう方向で、本当に今の言い方で言うバーズだったんですかね。
本当にいろんな方に認知していただいたんで、本当にあれもラッキー。僕もラッキーだなという風に運があるなという風に思います。
今後の展望と番組告知
今後も楽しみ、このタッグはまた遊び心満載なものが出てきそうな気がして。
343の方なんですけど、こっち寄りの人間。
本当にありがとうございます。
今後も期待できますね、いろんな取り組み。
ということで、いろいろまだ聞きたいところなんですけど、もう時間ということになりましたので、締めさせていただきます。
ここで一つお知らせです。
西日本新聞MEでは、ぺいぺいドーム横のエンタメ施設、ボス伊豆福岡のアトラクション施設や飲食店が割引になる会員特典が登場しました。
ぜひご利用ください。
ここまで聞いていただきありがとうございます。
大久保さんのスポーツ余分は、西日本新聞とスマホアプリ西日本新聞MEで好評連載中です。
ぜひご購読お願いいたします。
本日はありがとうございました。
ありがとうございました。
西日本新聞MEです。
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