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にゃおのリテラシーを考えるラジオ、特書と編集の千葉直樹です。
このチャンネルでは、特書とIT時代の読み書きソロ版を中心に、様々な話をしています。
今回のタイトルは、「本棚語り 意識はいつ生まれるのか?」というものです。
僕の家にある本棚から一冊取り出して語ってみるシリーズです。
本のタイトルはそのままですが、話すことはその本から伝送することなので、必ずしも本の内容とは限りません。
あしからずご容赦ください。
今回取り出した本は、「意識はいつ生まれるのか?脳の謎に挑む統合情報理論」
著者がマルチェロ・マスシミーニ、ジュリオ・トノーニという2人の方です。
前回紹介した本は、「意識と脳」という本でした。
今回語ってみようと思っている本棚の左上のところには、脳科学みたいな本が集まっています。
まだ2冊ぐらいありますね。
その2冊目として、「意識はいつ生まれるのか?」という本を取り出してみました。
前回の意識と脳の方は、どちらかというと脳自体を外から観察をして、脳が考えているときにどんな挙動を示すのかを調べてみるという観点で意識というものを探る本になっていました。
今回の本は同じように意識と脳ということを考えるわけなんですけど、ちょっとアプローチが違っていて、
脳とコンピューターのような外部の機械等を並べてみて、それぞれの動作を比較するようなアプローチということになっています。
脳をあるシステムと見立てて、それと同じようなものを外に組み立ててみるという感じですよね。
それを試行実験的に考えていくことで、意識というものに迫れるんじゃないかという方法論になると思います。
この本で面白いのは、統合情報理論というものを提唱していることです。
統合情報理論と言ってもよくわからないんですけど、大事なのは情報というものの定義とそれを統合するということ、この2つのように読み取れます。
情報というと漠然としてますけど、この本で扱っている情報の見方というのは、情報の量、多様性みたいなものになっています。
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すごくたくさんある情報を区別して、それを統合するというところに着目しているわけです。
ちょっとね、わかりにくいですけれども、こういう記述が出てきます。
意識を生み出す基盤は、おびただしい数の異なる状態を区別できる統合されたものである。
つまり、ある身体システムが情報を統合できるなら、そのシステムには意識がある。
こう書かれているんですね。
たくさんあるものが区別できるということか、統合されているという状態というふうに考えることができるのではないかと思います。
そのような挙動があるとしたら、そのシステムには意識があるんだというふうに定義ができるということなんですね。
この考え方の妥当性がどうなのかというのは、僕にはちょっとわからないんですが、
連想的に考えて面白いなと思うのは、膨大な情報を抱え込んでいるインターネットと、
それを何らかの形で統合するというアプローチを取っている、
例えばGoogleみたいな大きなシステムというものが、ひょっとしたら意識を持っているって考えることができるんじゃないかっていうところに、
発想の飛び先みたいなものを持ってくることができるんじゃないかと思うんですね。
大量にある情報を抱え込むということは、これまではとても大変なことでした。
これまではというのはインターネットが作られる以前ということですね。
人が情報を生み出すという手段はいろいろあったんですけど、それを集めて保管するということは、
インターネット以前にはとても大変なことでした。ほぼできないと言っていいことだったと思います。
今はインターネットができたことによって、ほぼ自動的に人々が生み出す情報を世界中から集めて、
貯めておくということができるようになっています。
そしてそれを識別するということができるようになっている。
この識別するということを裏返しにしてみると、Googleのような検索システムというふうに考えることができるわけですね。
同じような情報がたくさんあるんだけれど、それを上手に分類して検索することができるようなシステムなわけです。
さらにこれを裏表という感じで考えてみると、
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何らかの形で集められた情報を統合的に扱う手段というものが、Googleみたいな検索システムにあるというふうに見ることもできなくはない。
ちょっと発想が飛んでいるというふうに思う方もいらっしゃるかもしれないですけど、
ひょっとするとGoogleのような検索システムというものが、
ひょっとするとそれを意識と呼ぶことができるんじゃないかということを、この本は示唆しているということになります。
残念ながら自律的にものを考えるという手段までには至っていないのかなと思いますけれども、
でも統合した状態で自分で区別するという機能は、
ディープラーニングのような機械学習の世界では、少しずつ片鱗が見えてきているということができるのではないでしょうか。
こういう話をすると、コンピューターが意識を持ったら怖いことが起きるんじゃないかという人がいるかもしれませんが、
まだまだそこまで行くのは早いかなというふうに思います。
この脳に見通った意識を持つシステムを、自分たちの脳の外側に構築するという努力が、我々の機能を拡張するというふうにも見ることができます。
自分の足だと走ることぐらいしかスピードを上げる方法がなかったのに、
今は乗り物を使って自分の体を拡張して、すごく速いスピードで移動することができるようになっています。
それと同じように、知識の世界も自分たちの拡張としてインターネットを使うことで、
より複雑なこととか、たくさんのことを考えることができるようになったのではないでしょうか。
そういう進化の途上に我々はいるんだというふうに考えることができるのが、この意識はいつ生まれるのかという本ではないかと思います。
前回の意識と脳と比べたら、少しだけ薄いんですけど、ハードカバーの結構重たい本になります。
一回は読んでいるんですけど、実際中身を覚えているかというとそんなことはありません。
でも目次を開いてみたりすると、こんなことが書かれているんだなということを思い出すことができたりします。
本の読み方はこういう感じでいいんじゃないかなというふうに思っています。
必ずしも全てを覚える必要はありません。
一度頭の中を通ったものは、ほんの少しでも自分の無意識の領域に入っている。
そう考えると、今回のようにまた本を開いたときに、新しい情報という形ではなくて、以前見たような知識感のある情報として捉えられる。
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そうやって特書を積み重ねていくことで、知識を増やすことができる。そんなふうに僕は考えています。
読書と編集では、ITを特別なものではなく常識的なリテラシーとして広める活動をしています。
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今日もワクワクする日でありますように。
千葉直樹でした。ではまた。