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497_教材の読みが浅いと言われたら・・・~研修会でいただいた質問~
2026-09-12 13:48

497_教材の読みが浅いと言われたら・・・~研修会でいただいた質問~

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「読みが浅い」と指摘されたら、どうするか。研修参加者からの質問に答えて、教材研究の具体的なやり方を文学作品編に絞ってお話しします。羅生門の先行研究総ざらい、宿敵だった城の崎にての情報総ざらい、若手同士の教材分析交流会、そして先輩の板書計画を借りる方法。指導書に頼らずに教材分析の「目」をつくる、遠回りで確実な道筋をお伝えします。

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#教材研究 #国語教育 #羅生門 #城の崎にて #ポッドキャスト

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サマリー

本エピソードでは、「教材の読みが浅い」と指摘された際の具体的な教材研究の方法について、文学作品に焦点を当てて解説します。文献の徹底的な調査、指導書に頼らない情報収集と分析、そして同僚との教材研究交流会や先輩の板書計画の活用といった、多様なアプローチを紹介。これらの方法を通じて、教材研究の「目」を養い、授業の質を高めるための実践的な道筋を示しています。

はじめに:教材の読みが浅いという悩み
みなさん、こんにちは。今日も明日も授業道、黒瀬直美です。 この番組では、中学校・高等学校の国語教育、働く女性の問題、デジタル教育についてゆるっと配信しています。
今日は497回、教材の読みが浅いと言われたら、研修会でいただいた質問というタイトルでお届けしたいと思います。
今回も、研修参加者の方からいただいた質問にお答えするシリーズになります。
寄せられた相談は、あなたは読みが浅いと言われるんだけれども、という内容でした。
おそらく、同僚の先生や先輩の先生と、教材研究について協議していた場面で、自分の読みの浅さを自覚されたか、あるいは誰かから直接言われたのだろうと思います。
実は私自身も遠回しに言われ、遠回しに自分でも感じ、それがダイレクトに刺さってくるという経験を散々してきました。
大学で作家研究とか作品研究とか、特に国文学専攻で学ばれた方であれば、専攻研究にあたって丁寧に自分の視点を見つけて深く掘っていくアプローチ、そういったことには慣れていらっしゃるとは思います。
ただ、研究することを極めることと、授業のために教材研究をするということは、ちょっと違うなというふうにも思っているので、そこに独特の難しさがあるんじゃないでしょうか。
そこで今日は、私の試行錯誤の歴史、教材研究のやり方というのを自分ながら思い返してみてお話ししたいと思います。
それでは今日も、国語教育をゆるっと語っていきましょう。
文献収集による教材研究:羅生門の実践
まず前提として、定番教材であればあるほど、専攻研究が厚く積み上がっていると思います。
三月記、羅生文、心といった教材では、論文や実践練をある程度まとめて集めていった方がいいと思います。
私自身が一番勉強になったのは、こうした地道でコツコツとした文献集めから始めた時でした。
まずきっかけは、羅生文。
羅生文がどうしても芸人のエゴイズムという定番の形で読んでしまうということが、どうしても悩みの種でした。
それで何とかして脱却したいと思って、夏休みに大学の図書館へ出かけていきました。
もう半日ぐらいかけて、羅生文について書かれたものを片っ端から借り出していきました。
借りたものを全部読んだ上で、自分なりの教材の構想を練り上げていくということをやったんですね。
過去の実践報告からは、これまでの実践に何が行われたのか、何が問題なのかが見えてきます。
一方、国語教育の理論家の先生の論考からは、どういった方向がこれから望ましいのかというものも見えてきます。
その両方を踏まえて、いろいろな角度から教材研究を行いまして、それで私なりの授業構想を行いました。
ゼロスタートというのは本当にダメダメですね。
過去のものをたくさん集めて、何とか自分の材料にしていく。これは絶対必須なのではないでしょうか。
一回、とことんやってみることをお勧めします。
指導書に頼らない教材研究:城の崎にて
それから、自分なりに自分自身の教材研究の芽ができたなって感じたのは、超苦手で宿敵だった木の先にて。
これを攻略しようとした時でした。
この時は教科書の指導書に書いてあることを意識的に使わないことにしました。
というのも、指導書には有名な先生が緻密に研究された内容が書かれてはいるんだけれども、それは全く自分の血肉になっていない、合わないものだったからです。
しかも、その内容が目の前の生徒の実態に合っているとは限りませんよね。
指導書に書いてあることをそのままなぞる授業というのは、どうしても最悪になってしまうという苦い経験が私にはたくさんありますので、
むしろ読まない方がいい授業ができると思っています。
付属に勤めていた時も先生方はよくそういうことをおっしゃっていました。
そこで指導書に一切頼らずにやったというふうにしたいなと思って、とにかく何でもいいからありとあらゆる情報を集めてみようと思ったのが、この木の先にての攻略でした。
当時すでにインターネットがありましたので、どんなキーワードでもいいから次々に検索にかけていって、検索に次ぐ検索に次ぐ検索、半日以上1日くらいかけて、ずっと材料集めをしていたように思います。
集めたデータは全部プリントアウトして、1冊のバインダーに閉じました。
その上で全てに線を引いて、マーカーでしっかりチェックして、自分の中身にどんどん取り込めそうなものを片っ端から取り込んでいきまして、
当時にネットは玉石混合だと思っていたので、自分に納得できるものと納得できないものが混じっているから、その仕分けをやっていくということをやりましたね。
でもそれが自分にとって一番の鍛錬になっていったように思います。
イメージとしては、土の中から砂金を吸い出していって、それを集めて火を起こして溶かして、鍛えて刀にしていくというような、まるで火事のような作業。
かなり時間をかけた分、それは自分の中に十分教材分析をする目というのが培われていった、そういった時間だったと思います。
一度そうやって徹底的に一つの作品を攻略していくと、その目というのは次の作品に出会った時にも道を開いてくれました。
実際、木の先にてというのが得意教材に変わっただけじゃなくて、カジー・モトジローのレモンというのをやった時も、
あ、それってこういうことだったのか、これはこういうふうに切り込んでいけばいいんじゃないか、というような気づきがたくさん生まれたんです。
最近はラショウモン、55の論点というような、授業にダイレクトに役立つ便利な本も出るようになってきました。
また、生成AIのディープリサーチという機能もありますので、教材研究は私の時代よりも格段にやりやすくなっているんじゃないでしょうか。
ただ、時間をかけて情報を精査して、ふるいにかけるという経験そのものが目を作ってくれるというふうに思っているので、
苦労して材料を集めて、広く集めて、コツコツと精査していく、そういったことを一回没頭してやってみる、やり込んでみるということをすると、
あと、だんだん楽に教材研究ができるようになってくるんじゃないかなと思います。
仲間との教材研究交流会
ここまでは、自分一人の世界の中で行う教材分析のお話でした。
これに対して、先生方同士で行う教材分析の交流会というのもぜひお勧めしたいと思います。
特に若い人同士でジャンジャンやるといいと思うんですよね。
いろんなアイディアが出てくるので、できれば大学生の時代からそういったことに親しんでおくとなおいいと思います。
大事なのは、遠慮なく物が言える関係の中でやるということです。
ああでもない、こうでもないと言い合う、その中から新しい発見や新しい捉え方が生まれて、そして自分の中にしっかりと入っていくと思います。
逆にそこに私のようなベテランが混じってしまうと、その意見が権威を持ってしまって、はい先生の意見で終了という風になりかねません。
ですからベテランはここでは出しゃばらず、困った時にだけ相談を受け付けるという形がいいなって自分では思い始めました。
ベテランに頼るのは、自分の中で気が熟してからでいいと思います。
とはいえ、あまりにも自分の力が不足していると感じて、しかも友達にも相談する時間がない、そして一つ一つ質問して回る時間もないという場面もありますよね。
先輩の板書計画を活用する方法
現場はとても忙しいので、いちいち丁寧に話をする時間がないというのも現実だと思います。
そういう時のいわば特攻役が先輩の先生に番書計画を見せてもらうという方法です。
番書計画は解釈がある程度完成した形で構造化されているというところがとても優れていて、パッと見てパッとつかめるというのが時短になると思っています。
しかも番書計画に書いてある言葉と言葉の間の説明が図式化によって省かれているので、その空白を自分で言語化する、つまり埋める作業が必要になってきます。
この間を埋める作業というのが自分の思考力をかなり鍛えてくれると思っています。
この番書計画を見せてもらう相手としては、ご自身の授業スタイルとよく似た先生がいいと思っています。
私の場合は過去、夏目漱石の心があまりうまくいかなくて、先輩の先生に相談したら心よく見せていただき、それを基にして授業をやるということをやってみました。
その先生は非常に後輩を育ててくださる先生で、しかも子育て中で時間がないということはよく理解くださっている方だったので、本当に心よく番書計画をコピーさせていただきました。
見せていただいた番書計画の中から、これは自分には合っていると思ったものを自分に取り入れながら、そして番書をリメイクして授業をしました。
これはかなり自分の中でも番書計画の言葉と言葉の間を埋める作業が必要となりますので、鍛えられたかなと思います。
番書計画を自分でこうやって作成していくということで、自分でどうやって展開していけばいいのか、授業展開というものがイメージできるので、かなり鍛えられたというふうに思っています。
ここまで話してきて、もしかすると自分の番書計画もどこかで提示すればいいんじゃないかというふうに今更ながら気づきました。
安直に見せてしまうと、かえってためにならないのではないかというふうに先輩にも言われたことがあるんだけれども、
昨今、教科書の指導書に番書計画がかなり掲載されるようになっていますよね。
後輩の先生方はこの時代、多忙極める現場になってきているから、働き方改革という点からも後輩の先生に参考にしてもらうというのはいいのかもしれません。
私がライフワークとしている働く女性を応援するという、そういう趣旨から考えても公開する意味はあるのかなと思い始めています。
ただし前提として、番書計画というのは私自身も常にアップデートしていっているので、もうすでに公開した時点で過去のものになってしまうのではないかなという恐れもあります。
さらにその番書計画は絶対ではなくて、生徒に合わせて授業中に必ず変えますので、あくまでも計画案として理解していただければと思っています。
実際の番書計画は、自分の教材研究の後を残すという意味でかなり書き込みしているんですね。
その中の7割ぐらいかな、それを教室で使うというイメージになっています。
まとめと今後の展望
ということで今日は、教材研究の方法を大きく3つに分けてお話ししました。
1つは、自分一人で精力的に時間をかけて自分を鍛えていく教材研究。
2つは、仲間とわいわい言いながら進めていく教材研究。
3つ目は、ベテランの先生に頼って番書計画を見せてもらうという方法。
この3つを適宜組み合わせながら授業研究を進めていくといいのではないかなと思います。
読みが浅いというのは、私も散々過去に自分で自覚してきました。
これは才能とかセンスの問題ではなくて、やっぱり教材研究を視点を作る作業というのをずっとコツコツと積み重ねたかどうかという問題じゃないかなと私は思っています。
今回は文学作品を中心にお話ししましたけれども、評論文については私自身もあんまり整理されていないので、また機会を別途設けてお話しできればなと思っています。
感想やメッセージは概要欄のメールフォームからお気軽にお寄せください。
それでは今日の配信はここまでです。聞いてくださりありがとうございました。またお会いいたしましょう。
13:48

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