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476_教育実習指導の難しさ〜指導案の完成度、授業展開力、指導教員の在り方〜
2026-07-25 13:49

476_教育実習指導の難しさ〜指導案の完成度、授業展開力、指導教員の在り方〜

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笠原先生の「教育実習の指導教員として」という配信に触発されての一本。

https://open.spotify.com/episode/35jHSMVWDU3SSBtjrpLFmR?si=1lna0GpGRRC5ZoIemsIpNg

国立大学附属校時代に40人以上の教育実習生を指導してきた経験、指導教員が陥りがちなパワハラ構造、生徒観・指導観・教材観というベースの大切さ、そして対照的だった女性・男性の実習生二人のエピソードを通じて、指導案の完成度と授業力の関係について語ります。

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 #ポッドキャスト #教育実習 #指導教員 #国語教育 #教員養成

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皆さん、こんにちは。今日も明日も授業道、黒瀬直美です。この番組では、中学校・高等学校の国語教育、働く女性の問題、デジタル教育についてゆるっと配信しています。
今日は476回、教育実習指導の難しさ、指導案の完成度、授業展開力、指導教員の在り方というタイトルでお届けしたいと思います。
今回はいつもお世話になっている笠原先生が配信されていた、教育実習の指導教員として、という配信エピソードに触発されての配信会となります。
私もそれなりの数の教育実習生を見てきたので、今日はその経験を棚卸ししながら喋ってみたいと思います。
前半は指導教員というポジションの難しさ、後半は対照的だった2人の教育実習生のエピソードという構成でお届けしたいと思います。
まず国立大学附属校勤務時代ですね。この勤務校では年に3回の教育実習生があって、1回につき5人程度教育実習生を担当していました。
これで単純計算すると年間15人、これが3年続くわけですから、45人ぐらいの実習生を見てきたことになります。
数えてみてちょっとびっくりしたんですけれども、それぐらいの人数と正面から向き合ってきたということになりますかね。
やっぱり相当な負荷の高い時代だったかなと思います。
附属校離れてからは一転して一人一人をじっくり見るというそういう風な経験もしまして、大人数を回す附属校と小人数に丁寧に向き合う方と両方やったので、とても私としては教育実習についてはいろいろと語るものがありますね。
こうやって並べて数を計算してみるとよくやったなぁと思う反面、やっぱり自分自身もいろんな試行錯誤したなっていうそういう思い出があります。
で、今回お話ししたい一番大前提となるというところですけれども、教育実習指導っていうのは指導教員がついついパワーハラスメント的な圧をかけやすいというね、そういう構造的な落とし穴があるんじゃないかということを
まずもって言いたいと思います。私も気をつけるように気をつけるようにしていたんですけれども、どうしても圧が高くなっちゃうわけですよ。
だって未熟な教育実習生が教団っていう一流の場所に立つわけですから、しっかりしてもらわないと困る。いい加減な気持ちでは困るから、ちょっと圧高めになりますね。
圧高めな上に自分の何年間も経験していて、いろんな努力や困難を乗り越えて、今の自信、自分自身があるっていう自負心があるので、どうしてもポジショントーク的なパワハラ的な感じになっちゃうっていうね。
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それで未熟な教育実習生を目の前にすると、私はこんなに苦労してきたのに、というようなそういう圧の高さに変わっちゃうっていうそういう落とし穴があります。
例えばですね、教材研究は夜中までやらないといけないとか、ギリギリまで粘るべきだとかいう、24時間教材研究しろと言わんばかりの価値観を教育実習生に押し付けてしまいがちな指導教員になるんじゃないかなと私は思ってるんですね。
私自身も教育実習の時には5時間ぐらいしか寝られなかったりっていうのが連日続いてヘロヘロになりながらやったわけですけれども、教育実習生を見ていると飲み会に行ったとかっていうのを聞くとイラッとなんかしたりなんかしまして。
ということなんだけれども、幸いというべきか、自分は子育てしながら教員を続けてきたので、自分の中ではワーク&ライフバランスっていうのは大事っていう風な心情があったので、実習指導の期間中も私自身どんなに遅くても18時には子育てのために退勤するからっていう風に言ってあって、教育実習生にも早く帰って勉強しなさいよっていう風には伝えていました。
で、そうやって夜遅く指導するっていうんじゃなくて、18時までにいかに密度の濃い話し合いをして中身を充実させるかっていうタイムマネジメントの方に力を入れてましたね。
これは早く帰る指導教員というのは当時珍しかったのかもしれないですけれども、今は当たり前の時代になりましたね。
ということで、話をまた今度は教育実習生、教育実習の本丸の方に戻しますけれども、笠原先生が指導官、生徒官、教材官をきっちり指導するっていう風におっしゃられてたんですけども、本当に強く共感しました。
教育実習生自身がどんな指導官を持ち、そして目の前の生徒をどういう風に見とり、だからこの力をつけさせたいんだっていう、そういうベースなしには実習っていうものは成り立たないと思うんですね。
なので私もついついそういったところに目が行って、ここをちゃんと書きなさいと、ただ教材を処理するだけの空転してしまいがちな授業になっちゃうよっていうようなことを厳しく指導しました。
なのでここのやり取りにかなり時間をかけて繰り返し指導したと思います。
正直これ教育実習生にとってはなかなか指導の指導過程の方に行かないので地味でしんどい作業で何度もリテイクをくらっては面食らったと思いますね。
でもここが固まってないと結局後の展開がガタガタになってしまうんで、遠回りに見えてもここを徹底的に直して固めるっていうことが大事だなと思っています。
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じゃあいざ展開ですね。
実習生は自分が受けてきた授業のイメージをそのまま踏襲しがちで、ありきたりな導入、面白みのない導入で指導案を書いてくることが多かったですね。
例えば古典の授業だったら作品の概要説明、歴史的位置付けからスタートするといったような、いかにも教科書的な導入になりがちなんですね。
そこで私はよくその導入で本当に生徒面白いと思うというような問いをよく投げかけてました。
導入の工夫を促すようにし、アイディアがわかなかったら例を出して導入にまず工夫をするようにしました。
導入と集結というのはつながっているものなので、この授業はどこに向かっていくのかっていうのを意識させる、単元構想の指導を一つ一つ、一人一人コーチングしながら進めていったと思います。
そして展開では、版書計画を丁寧に練らせました。
勤務校の附属校では構造的版書というのが定番のスタイルだったので、師範授業でも構造的版書というものをお手本として示していました。
版書計画というのは授業の内容そのものが表れている、教材研究が表れているので、そこで飛躍とか抜けとか答えられないものがあれば、遠慮なくそこで丁寧に考えさせるような指導を入れていました。
教材の読みが浅くなっているというふうに思ったら、ここの指導計画を考え直しなさいというふうに指導し、それでも改善しなかったら一緒に考えるということをやっていましたね。
ということでここまで話してきましたけれども、やっぱり教育実習生の指導には莫大な時間がかかって、自分の授業そっちのけで向きはなければならないという大変さがありました。
その中で特に印象に残っているのが、同じ実習時期に担当した対象的な男性の教育実習生と女性の教育実習生2人のお話をしたいと思います。
女性の教育実習生は専攻が国語教育ではなくて日本語教育でした。
だから彼女自身国語の教材分析には自信がないというふうに言ってたんですけれども、はきはきとしゃべる非常に快活な実習生さんでした。
指導案自体はね正直すっごいシンプルで淡白な感じで、もっと書き込みがあってもいいんじゃないかって思うレベルでした。
なので私自身ここはどうするの?ここはどうするの?というふうによく質問してたんですけど、その都度はきはきとシンプルに答えたんで、自分の頭の中ではつながっているのかなと思ってやってみようということでゴーサインを出したわけですね。
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ところが実際に教団に立つと生徒の引き付け方とか、発問応答の間の取り方がとてもうまくて、指導案のシンプルな中身の10倍ぐらいの力を教室で発揮していました。
その理由を聞いてみたら日本語教育の実習ですでに10回以上教団に立っていたって言うんですね。
模擬授業を10回以上やってたって言うんですよ。だからその模擬授業の反省会でいく度もダメ出しをくらい立て直しを図ったっていう経験があったんですね。
つまり指導案の書き込みの薄さとは裏腹に教団に立った経験の蓄積っていう別の鍛錬があったわけですね。
まあこれには納得しました。一方、男性の教育実習生さんは大学院生で国文学専攻でした。
多分平安中期の古文だったと思うんですね。専攻がね。
指導案は学問的な裏付けもしっかりしていて非常にハイレベルで完成度が高かったと思います。
ところが実際に指導案について話し合いをしてみると、なかなか受け答えがたどたどしくて話の辻褄が合わなかったり、書き言葉と話し言葉の力が別物なんじゃないかなっていう風な感じを受けました。
実際に授業が始まるとやっぱりたどたどしんですね。本当にぎくしゃくして展開になかなかリズムがなくてキレキレの断片的な授業になって、本人自身頭が真っ白になるという状態が続きました。
回数を重ねるごとに少しずつ自分の学問的な蓄積が生きる場面があるようになりましたけれども、やっぱり授業展開力という点では経験の浅さが本当に細切れな、なかなか断片的でリズムの生まないような授業になっていたと思います。
この2人の実習生を通じて指導案の完成度と実際の授業展開力は必ずしも一致しないんだなということ、そして教団に立つ経験の蓄積がいかに大切かということを私自身学ばせていただきました。
実習生それぞれの言語環境とか生育歴とか、教団に立った経験、教育感、パーソナリティっていうのが全然違う以上、助言の内容もその都度変えなくてはならないですよね。
そういった意味で指導教員としての力量っていうのが日々鍛えられる経験だったと思います。
これだけ付属校で鍛えられた後、県立高校に戻って教育実習期間中一人だけの教育実習生を担当するようになると、随分と余裕を持って丁寧に指導することができました。
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拙かった教育実習生が見違えるように仕上がり、大学の先生から素晴らしい仕上がりになりましたねと評価されたこともあり、指導教員としての手応えを感じられた瞬間だったと思います。
ということで、教育実習指導を振り返ると大変だったなあっていう思いと同時に、自分自身かなり成長させてもらったなあと感じました。
人に授業を教えるためには、自分自身がその何倍も授業について理解していなければならないという、そういう当たり前の事実を改めて再確認することができたと思います。
まあ、やっぱり指導教員としての在り方がそのまま教育実習指導に現れるという意味では、常に自分自身、鍛錬し続けていかなければならないなって思います。
まあこれまでね、いろんな経験してきたなあっていうことを本当にこの教育実習指導の配信会で痛感しましてですね。
まあ長い経験してきたなあ、これはこの経験を次世代に伝えていくっていうことがこれからのライフワークになっていくのかなあっていうふうに、まあしみじみ思いましたね。
ということで、皆さんの教育実習にまつわるエピソードがあれば、ぜひ概要欄のメールフォームからお知らせください。
それでは今日の配信はここまでです。聞いてくださりありがとうございました。またお会いいたしましょう。
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