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477_振り返りを一回疑って白紙に戻して見直してみませんか?~思考停止に陥らないために
2026-07-28 12:35

477_振り返りを一回疑って白紙に戻して見直してみませんか?~思考停止に陥らないために

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9割の教室で行われる「振り返り」、実はその中身は空洞化しているのでは?ディープリサーチで振り返りの歴史・理論・現場の実態を深掘り。事務作業化、忖度の構造、評価との癒着…形骸化の正体と、自分自身との対話を取り戻すための3つの提案を語ります。

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#授業道 #国語教育 #振り返り #メタ認知 #主体的対話的で深い学び

 

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サマリー

多くの教室で行われている「振り返り」は、形骸化し、思考停止や忖度を生む空洞化に陥っているのではないかという問題提起。本放送では、振り返りの歴史的変遷、メタ認知能力育成という理念、そして現場の実態を深掘りし、評価からの切り離しや、単元の節目での実施、過去・現在・未来をつなげるストーリー化といった、本質的な振り返りを取り戻すための3つの提案を行う。

はじめに:振り返りを疑う必要性
皆さん、こんにちは。今日も明日も授業道、黒瀬直美です。 この番組では、中学校・高等学校の国語教育、働く女性の問題、デジタル教育についてゆるっと配信しています。
今日は477回、振り返りを一回疑って白紙に戻して見直してみませんか? 思考停止に陥らないために、というタイトルでお届けしたいと思います。
この配信は、ノート記事とXの記事にしているものを、ちょっとポッドキャスト風にリメイクしたものです。
概要欄にノート記事と、それからXの記事のリンクを貼っておきますので、文字でお読みになりたい方はそちらをどうぞご覧ください。
最近、X上で振り返りという指導が非常に話題になっておりまして、私もここで徹底的に考えてみたいなと思って、ディープリサーチに依頼して、振り返りの概要、歴史的な変遷、効果や問題点、課題、望ましい方法について深掘ってもらいました。
その報告をしたいと思います。振り返りは今や、小中学校の9割以上の教室で行われている定番の取り組みなんですけれども、その内実は本当にちゃんと機能しているのかどうか、一緒に考えていきたいと思います。
振り返りの歴史的変遷と導入の背景
まず、振り返りはどのようにして教育界に導入されてきたか、という歴史的な変遷についてお伝えします。
振り返りは戦後、流位の経験主義から導入されたと言われていますけれども、実際はもうちょっと複雑に導入されたんじゃないかなということが書いてありました。
まあでも、1960年代の詰め込み教育の前世紀、ここでは大量の知識の伝達が最優先されたために、そういった振り返りの時間ということは、このシステムの中には存在しなかったそうです。
天気は、1990年代後半、校内暴力や不登校といった社会問題が表面化してきて、生きる力を育むという、そういう風な方向へと舵が切られました。
その後、現行の学習指導要領の改定で、主体的対話的で深い学びということが旗印になって、ここで振り返りが日常的な学習活動として組み込まれることになります。
なので、現行の学習指導要領が正式に入ってから振り返りということが大きく現場で取り上げられるようになった、こういう感じですかね。現在では小中学校の9割以上の教室で振り返りが実施されているというデータがあるそうです。
私自身長く教員をしてきたんですけれども、教員になりたての頃は振り返りという活動はありませんで、やっぱり現行の学習指導要領を先取りで学校現場に入ってくるようになった平成26、27年ぐらい、そこから振り返りとかリフレクションとかいうことが盛んにいわれ始めて、私も授業で取り入れたなっていう時間覚えがあります。
だから今の若い先生たちは教員の養成過程とか、それから新人研修の中でこのシステムを当然のものとして学んで現場で投入している世代だと思いますね。
じゃあなぜ振り返りが求められるようになったのかということをお話ししたいと思います。振り返りが求められる背景っていうのはメタ認知能力を育てるという狙いがあるそうです。
メタ認知能力というのは皆さんご存知だと思うんですけれども、自分は何が分かっていて何が分かっていないのか、何ができて何ができていないのかを俯瞰的に把握する力で、この力を尽くことで学習者が自ら学んでいくという、そういう基盤を持てるようになるということです。
もう一つ、自己調整学習としての機能として振り返りが非常に効果があるということです。
学習者自身が振り返りを通して自律的に学習を回していくという力を養うことができるそうです。
さらに自分の行動を振り返ってアップデートし続ける小冊的実践力というものを育てるという、そういう効果も振り返りにはあるそうです。
こういった理念に基づいて振り返りは大きな期待を寄せられて学校現場に導入実施されてきました。
振り返りという学習活動そのものはちゃんとした理論で投入されたということで決して間違いではないということですね。
問題はその実施のされ方にあったということなんです。
現場における振り返りの空洞化の実態
ということで次は現場に蝕まれていく学びの空洞化の実態です。
9割の教室で実施されているという、そういう数字の裏で振り返りが形外化し形式化しているのではないかという危惧があります。
実際私もそうなんですけれども、毎時間毎時間振り返りを書かせていくと心のこもっていない記述が大量生産されて
教室では学びが空洞化しているんじゃないかなというふうな思いがあったので私は毎時間毎時間書かせるということをやめました。
その次に作業化してしまっているのではないかということです。
ワークシートの空欄をとりあえず埋めてしまえばいいという作業に陥りがちになるということですね。
空欄が埋まっていれば生徒も先生も思考したと錯覚してしまうという構造がありますし、私自身も2行以上埋めなさいとか3行以上埋めなさいとか言ってしまっているなと思います。
そんな中で定型文が横行し思考停止とも言えるような表現が見られるようになったなというふうにも思います。
それから次に孫択の構造ですね。
生徒は先生の狙いや正解を予測してそれに合わせた回答を作り出そうとして、自分自身の素直な気づきや発見といった本当の本音の部分が抑えられて、表面的でそれらしい孫択した文言がどんどん作り出されてしまうというそういった現象が見られるようになりました。
それには評価するというものがありまして、先生の狙いに沿った回答ほど成績として高評価されるという構造になりまして、その結果本音とかそれから自分自身の素直な気づきとかそういった探求心が奪われてしまっているのじゃないかという恐れが生まれてきました。
まとめると、振り返りが評価と結びつけられますと、それは教師へのアピール合戦になり変わってしまっているのではないかと、そういう問題が発生したということです。
本質的な振り返りを取り戻すための3つの提案
ということで、ここまでいろんな問題点、空洞化の問題点をお話ししてきましたけれども、やっぱりね、これからどうしていったらいいかということをここでお話ししたいと思います。
一つ目の提案は、毎回実施っていうのをちょっと考え直して、もうやるとかいうのが前提ではなく、やらなくてもいいんじゃないかっていう、一旦白紙に戻して考えるということをやってみてはいいのではないでしょうか。
私は振り返りをしない時代が長かったので、白紙に戻すっていうことは何の躊躇もないわけですけれども、ずっと震災時代からやってらっしゃる人は振り返りをやるのが当然だと思ってしまっていて、振り返りを手放すっていうことは考えないのかもしれません。
一旦白紙撤回してみることをお勧めします。それから毎時間毎時間やるっていうことはルーティン化していって、形式的表面的な取り組みに陥りがちなので、私がノート記事とかでも書いていたんですけれども、単元の節目とか重要なタイミングでまとまった時間を確保してしっかり書かせるっていう方が高価的なんじゃないかと思いますね。
それから2番目の提案としては評価から切り離すこと。失敗したこととかわからないこととかそういった本音とかつまずきにこそ本来の学びがあるのではないかと思います。
そういった本音を引き出すためには振り返りの記述を評価には反映しないっていう評価から切り離すっていうことが必要なんじゃないかなと思います。
それによって生徒自身がのびのびと心理的な安全性がある空間で書くことができ、自分自身の素直な試行錯誤やつまずきを見つめる本当の意味での振り返りができるんじゃないかと思います。
3つ目の提案としてはこの振り返りというものを過去から現在そして未来へとつなげる一つのストーリーにする機会を設けてはどうかということです。
そうすることで断片化した振り返りが一つの線となり、そしてどのように変化してどのように深まっていったかという、そういうストーリーとして生徒が把握することができるようになるということですね。
教師自身の批判的思考と振り返りの再考
ということでやっぱり振り返りというものを一回一回白紙に戻して本当に効果的な振り返りをするためには、どの授業でどういう授業でどういうタイミングで書かせるかということを教師自身が主体的に判断していくことが最も効果的なのではないかと私は思うようになりました。
ということで振り返りについては何度もポッドキャストやXノート記事でも伝えてきたんですけれども、主体性を評価するとその時点で主体性は死ぬということも言ってきました。
そういう言葉の通り、現行の学習指導要領で主体性を評価するということになって、私たち実際現場ではやりにくいなというふうに思ってきたと思います。
それはやっぱり上から降りてくるものを無批判に受け入れて、傍受してきたからなんじゃないかなと思うんですね。
最前線にいる私たち教員こそが批判的思考を持って今のシステムを分析し、点検し、考察し続けていかなければならないと思うんですね。
授業者が生徒たちに批判的思考力を育成しようとするのであれば、授業者自身がまず批判的思考力を自覚的に持っていく必要があると思うんです。
振り返りについても同じことで、システムとしてあるからやるというのではなく、一回白紙撤回して本当にやる必要があるのかどうか。
なくても成立するんじゃないかと、こういうふうに批判的に問い直すことで、また新たに有効な活用方法が生まれてくるんじゃないかと思います。
私自身、いつも振り返り活動については疑問を持って、繰り返し問い直し、試行錯誤を重ねてきて、自分の中では最も有効だなと、事業者が思った時に投入するということ、という結果に行き着きました。
まあ、今回また再び再考するきっかけをもらって、また捉え直しができたということになりました。
まあ、この話がね、皆さんの実践を見直すなんかのヒントになれば、とても嬉しく思います。
おわりに:感想とメッセージ
感想やメッセージをいただいています。概要欄のメールフォームからお気軽にメッセージを送ってください。
それでは今日の配信はここまでです。聞いてくださりありがとうございました。またお会いいたしましょう。
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