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皆さん、こんにちは。今日も明日も授業道ス黒瀬直美です。 この番組では、中学校・高等学校の国語教育、働く女性の問題、デジタル教育についてゆるっと配信しています。
今日は489回、宿題を通してみる、生育歴と子育てと経済成長というタイトルでお届けしたいと思います。
私は5回ぐらい前の配信から、ジングルとステッカーという効果音みたいな音を入れてましてですね、ちょっとポッドキャストの雰囲気を変えてみるという試行錯誤を、夏休みにちょっと時間があったのでやってみたんですけど、いかがでしょうか。
これをやっていくうちに分かったことは、BGMはもう切った方がいいかなというふうに思い始めました。
効果音を入れるとBGMなくても聴けるなって思ったんで、今のところジングルと、それから合間合間にブレス的な感じでステッカーって言うんだそうですけれども、エバーラーニングっていうふうに女性が囁いている音ですね。
エバーラーニング、学び続けるっていう意味なんですけれども、そういった効果音を挟んでちょっとイメージを変えているところです。
ということで、今日の配信の前にちょっとしたポッドキャスト配信イメージチェンジの話題でした。
それでは今日のメインは宿題、教育系ポッドキャストの日のテーマである宿題、この宿題について語ってみたいと思います。
それでは今日も国語教育をゆるっと語ってみましょう。
はい、それでは先ほどがこのジングルっていう音でしたけれども、早速宿題について語っていきたいと思います。
まず私は小学校時代から宿題をきちんとする子で、夏休みの宿題を8月31日に慌てでやるっていうようなことは一度もありませんでした。
その背景には母親が専業主婦できちっと子育てをしていて、父親も規律とか道徳にかなり厳格だったっていうね、そういった家庭環境だったんですよ。
しかも自分は3姉妹の長女で、女兄弟ばっかりの家庭だったために、もう指示通りに従順にやるっていうのが当たり前っていう空気が家族の中にありました。
もしあの男兄弟がいたら、ハメを外したりいたずらをしたり宿題を雑にやったりっていうようなこともあったと思うので、そういった影響を受けていたかもしれないと今になって思いますけれども、
まあ真面目だったんで、夏休みの宿題なんかは8月31日どころか7月中には全部終わらせて、自由研究などを残して、あと自分の好きなペースで遊び暮らすっていうのが常だったですね。
こういった計画性とか、それからいろんなことを先取りしてチャチャチャチャとやってしまうっていうことは、実はお手伝いをする習慣があったっていうことと大きく関係してるんじゃないかというふうに、今振り返ってみて思いますね。
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私はもう5歳ぐらいの頃からお使いに行ったり、それからお茶碗を洗ったり、それから家の掃除、洗濯物をたたんだり、小さい頃からできるようなお手伝いは、いろんな家事を母親と一緒にこなしてきました。
中学生になるとお弁当箱にお弁当を詰めるっていうこともやりましたし、食事の支度を手伝って自分で味噌汁作ったり、母親が遅かったらちょっとしたおかずを自分で作ったりっていうことも当然の日課でした。
それから家族の間で誰かが掃除をし始めたら、自然にみんな立ち上がって分担してお掃除を始めるっていうそういう空気の中で育ってきました。
ということでお手伝いっていうのが日常になり、そしてお手伝いをいろいろとやっていろんなお手伝いができるようになり、そして自分から主体的にやるっていうことになって段取りする力っていうのが自然に身について、それがどんどん繰り返されることによって与えられた時間で様々な雑務をいかにうまくこなすかっていう力が養われていったように思います。
この経験が共働きになって家事と育児と仕事等を両立していかなければならないって言ったときに大変役に立ってあんまり苦じゃなかったなと思っています。
他のママ友さんと話ししていると、なんでみんなそんなに時間がかかるんだろうというふうに思ってしまうほど、そしてみんなからはなんでそんなに早くできるのっていうふうに驚かれるほど自分にとっては今から思えばすさまじい段取り管理っていうのが当たり前の感覚として身についていったと思います。
これはまあ振り返ってみると親の厳しいしつけの賜物で、まあ今にして思えば厳しく育てていただいて感謝っていうそんな感じですかね。
そして中学校時代、中学校時代も宿題は当然のこととして出ていて、忙しい毎日だったんで食後すぐに宿題と、それから宿題以外に予習を済ませるっていうのが習慣となりました。
年長者のいうことは絶対っていうような権威的な過程で育ったんで、宿題は当然終わりするのは当たり前で、もう遅れも許されないっていうのは当たり前。
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しかも先生が予習もしなさいよって言われたら、宿題ではなかったのに予習をしていくっていうのが当たり前だったんです。
しかもうちは早寝早起きの過程だったんで、中学生でも10時就寝が至上命令となりましてですね、だから限られた時間で宿題と予習を終わせる必要がありまして、こういった制約の中で短い時間でどれだけ集中してたくさんのことをこなすか片付けるかっていう力が毎日毎日鍛えられていったように思いますね。
高校生になると宿題自体はあんまり出なくなったんだけど、勉強しなくてはならない量が増えまして、部活動の両立のために11時、12時まで必死に机に向かう生活になりました。
家庭があまり裕福ではなくて塾に買うような経済的余裕はなかったんで、非効率なんだけれども自力で一生懸命頑張って勉強方法模索しつつ、大学入試までなんとかかつかつたどり着いたといった感じでした。
振り返ると宿題そのもので困ったっていう記憶はほとんどなくて、やれって言われたことはすかさず早めに段取りよくこなす、そうするしかない家庭環境だったからだと今にして思っております。
ところがですね、私が育ってきた宿題は当然さっさとやるものっていう価値観は、まあ私の価値観でこのまま子育てに突入したわけですけれども、上が女の子、下は男の子で、下の男の子は全くの別人種だったんですね。
上の女の子は言われたことをきちんとやるタイプなので、勉強のことで困ったことはなかったし、忘れ物もないですし、物の管理もできていたし、本当にできたお嬢さんだったんですけれども、下の男の子はですね、小学校低学年のうちは一応宿題のやり方とか予定の立て方を丁寧に教えて、ちゃんと点検をして育ててうまくいっていたんで、
小学校3年生あたりでもう大丈夫だろうと思って、目を離した途端進捗状況を聞いていると、やっとるやっとる、これ方言ですけど、やっとるやっとるという曖昧な返事が聞こえてきたので、確認をすると全然やってなくて、そこから再び月切りで宿題をやるっていうそういうことになりました。
さすがに小学校6年生ぐらいの時にはもう大きいから大丈夫だろうと思って、またまた任せたところ、やってるやってるっていう中間報告が大嘘で、8月28日ぐらいになって、見せてみなさいということになると、全くの手つかずだったことが発覚いたしました。
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最終的に8月31日の夜中まで息子は半泣き状態で大量の宿題を片付けるという、私の人生には一度もなかった光景を目の当たりにしてびっくりいたしました。
でもあまりにも遅いから私は早く寝たんですけれども、翌朝息子は宿題を夜中の2時に終わった、俺ってすごいと思うとかって言いながらニコニコして報告してくれて、まあ私はもうあまりの危機感のなさ、あまりの楽天的な考えにあぜんぼうぜんとしたという思い出があります。
この出来事をすかさず職場にいた30代の男性教員2人に愚痴ったんですけれども、8月31日ギリギリまでやるのは男の風物詩ですよとどや顔で返されまして、さらにですね、始業式が始まってからが本当の勝負という場合もありますよというようなことを聞かされて、宿題を新学期まで延長戦で持ち越すということは男の子の世界では当たり前なんだということがわかりました。
私の中では宿題は当然期日内に締め切りまでに終わらせるものという価値観があったんですけれども、それはもうごくごく特殊な家庭環境が作り上げたものだったのではないかと、そういうことを気づかされた出来事でした。
この経験を通じて生徒一人一人の家庭環境とか生徒の特性によって宿題というもののこなし方が違うんだということがわかりまして、より広い心で見つめられるようになったかなと感じております。
ところで宿題というものは海外の国によってはそういう宿題という制度自体が存在しない国もあるということを聞いたことがあります。
私は以前市民が集まるフリートークのイベントに教員という身分を隠して参加したことがあったんですけれども、その時にある保護者の方が言っておりましたけれども、宿題というのは学校以外のその子の自由な時間を強権的に侵食する人権侵害だというようなことを言われたことがありまして、もう私衝撃を受けたんですね。
このことによって宿題というものに対する私の考え方が少し変わりまして、ちょっと生徒にボリュームのある宿題を出す際はこれはちょっと人権侵害かなというようにちょっと躊躇するようにはなりました。
まあでもね、よく考えてみてください。宿題を大量に課す文化のある日本が宿題をあまり出さない国々に今や生産性とか経済面で遅れをとっているっていう、そういう事実は本当に興味深い矛盾と言えるんじゃないかなと思うんですよ。
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これについては是非そういう風な分野のプロフェッショナルに分析してもらって、本当の適正な宿題のあり方っていうものについて是非論文にまとめて欲しいなと思っています。
ということで宿題っていう一つのテーマを通して、私自身の育ってきた家庭環境と、それから自分が育てた子がいかに宿題と相性が悪かったか、そしてそれを受けての同僚からの視点、そして海外の価値観という異なる角度から色々宿題っていうものを切り取ってみました。
自分にとって当たり前だったことは実は特殊な家庭環境が生んだものだったっていう、そういう気づきを得たっていうのは本当に宿題一つで視野が広がった瞬間でしたね。
ということで皆さん宿題との向き合い方、ご家庭でのエピソードなどありましたら是非概要欄のメールフォームからお寄せください。
それでは今日の配信はここまでです。聞いてくださりありがとうございました。またお会いいたしましょう。