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皆さん、こんにちは。今日も明日も授業道ス黒瀬直美です。この番組では、中学校・高等学校の国語教育、働く女性の問題、デジタル教育についていると配信しています。
今日は418回、発問への終わりなき挑戦というタイトルでお届けしたいと思います。
このタイトルは、私が10年間連載していた東京法令出版の月刊国語教育、そのれいこ式部日記の第6回のタイトルと同じものになります。
今回は私が書いた、この発問への終わりなき挑戦という文章を元に配信したいと思います。
私は実は、2001年の9月、東京法令出版月刊国語教育に古典教材について漫画を用いてやりましたよというような、そういった古典教材の魅力について寄稿してくださいという要請があったので、お願いがあったので、
私の原稿を送ったところ、出版社の方が大変気に入ってくださって、それ以来、コミカル国語教室、れいこ式部日記、きょうもあしたも授業堂、合計114回の連載をしまして、
2011年の3月、この時の最終巻まで11年近くにわたって連載をしました。
この内容については過去回でもいろいろ配信してきたんですけれども、久しぶりに私の書いたものをめくっていると、こういうことって普遍的なテーマだなと思ったので、きょうはこのことをテーマにして配信したいと思います。
私は授業で一番大切だなと思っているのは発問ですね。でも発問って本当に難しいんですよね。発問のタイミング、内容、それから生徒の答えをまたい、どうやって授業に生かしてまた発問するか、そしてどう評価するか、ものすごくその瞬間瞬間に考えないといけないので、非常に難易度の高い教育活動だと思います。
今はもう授業をたくさんやってきたので、慣れとか条件反射でそれをうまくさばいているという部分もありますけれども、いつも自分の発問が良かったのか悪かったのか考えてしまいます。
私は結構積極的に出ていく性格なんで、ついその強引さが出てしまいがちになるので、なるべく相手を尊重するように尊重するようにしているつもりなんですけれども、自分の強引な発問、強引な引き込みによって無理させているんじゃないかということを反省するようにしています。
今回私が教育実習の時の思い出話をしたいと思います。教育実習では学習指導案を丁寧に書いて何度も何度も練り直して担当教官の方と一緒に話をして十分準備して臨んだんですけれども、この学習指導案何回も何回も練るっていうのが厄介で、
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真面目な先生ほど書いたことに責任を持たなきゃいけないと思って無意識に思ってしまって、私もそういう堅苦しい真面目な性格が災いして、学習指導案通りにきっちり授業を進めてしまわないといけないんじゃないかと思ってきっちり授業を進めすぎてしまいまして、
その結果、生徒から期待する答えが出ないと強引に自分の用意した答えにすり替えたりとか、あるいは発問を飛ばしちゃったりなんかして、授業は時間内にスムーズに終わったんだけれども、生徒を全く無視した最低の授業になってしまったっていう、そういう教育実習での授業の苦い思い出があります。
で、同じ担当教員の先生についていた私の同級生は女性だったんですけど、私と違って生徒が答えられるまで何度も丁寧に言葉を変えて発問を繰り返して生徒から答えを何とか引き出そうとしていました。
授業は全然予定通りには進まなかったし遅れちゃってるんですけれども、彼女は授業の進み具合よりも一人一人の生徒を大切にしようと思って授業をされてたと思います。生徒たちも彼女の思いが伝わっているようで授業が進まなくても真剣に彼女の問いに答えていました。これが私との大きな違いだったなと思いますね。
こういった教育実習での失敗を経て教団に立ったんですけども、やっぱり最初からうまくはいかなくて、ここではこういう発問して、こういう答えが出たらここを問い直してってノートに書いたり頭で何度もイメトレしたりして臨むんですけども、
実際に教団に立っちゃうと予想外の答えが出てきたりして、全然答えが引き出せなかったりして、冷や汗と困惑と落ち込みの毎日だったと思います。
今から思えば頭の中でイメトレしたりノートで準備したりということを続けてきたっていうのは効果的だったし、あれがベースになるなっていうふうに思います。
発問を意識して行い改善して、そしてまた次に臨むというトライアンドエラーをすることによって、おそらく少しずつ技量が身についていったんじゃないかなって思うんです。
でも最も発問スキルが鍛えられた瞬間っていうのは、わからんと言ってくれた生徒たちもたくさんいたんですけど、当ててもわからんっていう生徒たちのおかげで発問する、発問の絵の力量がついたと思いますね。
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例えばある時、紙面疎開。この授業では敵に何十人も囲まれて逃げ場のない幸運の状況っていうのを何とか抽象化させようと思って、絶望的とかいうそういう言葉で答えさせたいというふうに考えていました。
その場に至るまでに逃げることもできない様子とか圧倒的に数で劣っていて劣勢だっていうことを生徒たちから引き出したり、数とかも書いたり図式化したりして生徒は状況をよく理解していたんだけれども、こういうふうな状況をどう言いますかっていうふうに問いかけて抽象化させる言葉を出したかったわけですけれども、
当時は学力の低い生徒たちを相手にしていたから、これだけではもう出にくいだろうなと思っていたんですけど、ある女子生徒に当てたところ、わからん、これ広島弁でわからないっていうことですけど、不機嫌そうな顔で答えてきました。
この生徒は非常に気が強い子で、多少先生っていうものの存在をおとましく思っているところもあるんですけども、根っこのところでは真面目な部分を持っていてプライドも高い生徒だということはよく知っていました。
そういった性格もよく知った上で、じゃああなたがこうだったらこの状況をどういうふうに思うっていうふうに発問を変えてみました。
そうしたら彼女は私だったら私だったらもう正面突破よというふうに答えて、クラスの生徒たちから笑いが起きて笑いをとって得意そうにしていましたし、本当に彼女らしい答えだなって思いました。
A子さんならやりそうだねっていう友達からの面白コメントも上がります。
そこで私は、そうね、A子さんらしいね。でもよく考えてみて、何重にも敵に囲まれてるし、あなたには部下もいるしというふうに言うと彼女は、じゃあどうすればいいの、どうしようもないじゃん、どうもできんよというふうに返してきたんですね。
そう、どうにもできないという状況を言葉にできないかなっていうふうに尋ねたところ、どうにもならんとかもうだめとか望みがないとかとかいうふうに何個が言葉を言ってくれたんですよね。
そこで私は、そう、望みがない、望みがない、今いい言葉が出たよね。望みっていうふうな感じを使って何かコンパクトにこの状況を言い表すことはできんかねっていうふうにさらに問いかけたところ、この瞬間教室中の空気がピタッと止まってシーンとしてみんな考え始めたっていうのが私自身肌で感じられました。
そしたら英子さんは、望みっていう字でしょ、うーんって言って、あ、わかった、絶望だっていうふうに大きな声で答えてくれたんですね。
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これはうまくいった方だと思うんだけども、絶望っていうふうな感じをそこで黒板に書いてあげると本当に英子さんは自分が出した答えというのが教室中で共有されて本当に誇らしい気持ちになる、得意な顔になると、それで教室がまた次の質問へとどんどん動き出していくということになります。
もしある程度学力がある生徒だったら簡単に絶望という言葉は出てきたかもしれません。
まあでもねそういうふうに簡単に出ちゃうと私の発問スキルっていうのはなかなか鍛えられないわけで、やっぱり私の発問スキルが鍛えられたのはわからないと、あるいは側方向いて知らんとかっていうふうに反抗的に言ってくる生徒がいるおかげでその生徒を何かこう授業に引きずり込もうと思ってあの手この手で手を変え品を変えで発問したっていうこの試行錯誤。
これこのやりとりを何百回と繰り返してきたところで私の力は鍛えられたと思います。わからないとか興味ないとかそういった生徒のおかげでそういったところの力が鍛えられたっていうのは確かにあると思いますね。
ということで今までお話ししてきたけれどもうまくいかないところもたくさんあります。なのでやっぱり発問というのは難しいですね。だけど私のスタート地点の教育実習での大きな失敗が何とか私を突き動かして生徒から答えを出させたい引き出させたいというふうにしつこく食い下がっていくうちに発問スキルが上がってきたと。
今では答えられない生徒にちょっとヒントを与えつつ時間稼ぎの雑談しながら考える時間を与えるというねそういうふうなあらわざとかを使うようになったりそれから心の授業なんかで人間関係をなかなか想像できない生徒がいるとすぐにその場で登場人物を指定して小芝居を始めてみせたりとかしていろんな技を発動するようになりました。
そのおかげでこの先生はちゃんと考えて答えないとしつこいいつまでもしつこいというイメージが定着してしまったので生徒はまず考えてからどうでもいいけどちゃんと考えて自分の答えを出すというふうになりました。
もしかするとそういうふうな態度に生徒をさせるということが一番大切なことだったのかもしれません。
ということで私自身いろんな発問のバリエーションもついたしいろんな生徒の引きずり方も引き込み方もだんだん身についてきたしこれからも発問というものをどんどん鍛えていきたいと思っています。
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それでは今日の配信はここまでです。聞いてくださりありがとうございました。またお会いいたしましょう。