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2025-09-26 40:35

【タイムスタンプ有ライブ】善意を拠り所にしすぎている

かなり、かたい話になったかも。
善意や正義は人によるので、仕組みや動線をしっかり作ることが大事。
そんな話をざっくり話した40分です。

1.5倍速以上推奨!

9.23の万博の話
複数入口がある万博のお手洗いについて
【本題】善意を拠り所にしすぎている
【余談】コソボ紛争について感銘を受けたこと
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サマリー

大阪関西万博を訪れた体験を通じて、人々の善意や温かさを感じつつも、現実の厳しさや悲しみに直面する様子が描かれています。特に、ベビーカーを利用する際の不便さや他者への理解不足について深く考察されています。善意に基づく行動が時折混乱や摩擦を引き起こすことについても考察されます。また、大阪関西万博の経験を通じて、多様な価値観を持つ人々が集まる場における仕組み化の重要性が浮き彫りになります。コソボの歴史とセルビア人の親子の物語を通じて、同じ人間であることの重要性や平和の必要性が語られています。親子の感情の変遷や戦争の影響が描かれ、観察することの大切さが強調されます。

大阪関西万博の訪問
おはようございます。9月の26日、金曜日ですね。金曜日やってくの早いですね。
かなや なおこと申します。問い×AI×言葉のアトリエラジオというふうに名を言っているんですけれども、
今ちょっとね、1歳の子にミルクをあげながらとか、輸入食をあげながらとか、
昨日は洗濯物をたたみながらとか、いろいろやっているんですが、
問いに関してがっつり何かを言うとか、AIについて何かがっつり話すというよりも、
ながらで今話したいことを好き勝手に言い散らかす、そんな番組でございます。
でもちょっとね、今回のテーマは問いに近いかもしれないなということで、
ちょっと 私が今考えていることを
ざっくばらんに、本当に言い散らかす感じでお話してきたらいいなと思うんですが、
0歳っていうのが結構言い慣れてて、
うちの子ね、第2子が9月の24日に1歳になりまして、
なので、1歳っていうのがまだ若干慣れない感じなんですけど、
ちょっとね、全員のよりどころにしすぎてるんじゃないかっていう話の前に、
ちょっとその前提で万博の話をしようかなと思います。
私3歳の自分の子供とね、
9月の23日に大阪関西万博に行ってきました。
普段ね、なかなかね、3歳の子と2人で一緒にっていうのがなくて、
2人の時間ちょっと欲しいなとかね、
3歳の子と2人でお出かけする時間って、
3歳の子にとってすごい必要なんじゃないかなと思ってね、
2人でお出かけしたんですよね。
東ゲートから12時の入場。
12時に行ってもきっと人多いだろうなと思って、
ちょっと時間をずらして14時入場ぐらいにね、目指して行ったんですけど、
結構空いてたんですよね。
14時直喫ぐらいだったら全然ね、
もうなんかの荷物検査、手荷物検査かな、
大阪関西万博行くときに手荷物検査があるんですけど、
そこのゲートもね、全然待ちがなくて、ほんとスムーズに行けて。
で、東ゲートから入ったので9月の23日、
人多かったんですけど、
コモンズAかな、初めて入ったんですが、
そこを結構ゆっくり回ることができたりとか、
1時間半ぐらいおったかな。
その後フードコート予約してたので行って、
で、オランダカビリオン行って、
で、なんていうのかな、
カビリオンもほんとその2つぐらいしか行ってないんですよね。
コモンズをカビリオンと言っていいのかちょっと、
カビリオンとするならばっていう感じですかね。
で、9月23日ってサウジアラビアのナショナルデーだったのかな。
なので、なんかサウジアラビアの方の音楽を、
もう前の席とか全然ないので、
背中を見ながら音楽を聴いていたりとか、
色んなところで踊ってたりとか歌ってたりとかしたので、
オヤニリングの下を散歩しながら、
オーストラリアの方の歌を聴いたりとか、
タイの踊りを見たりとか、
っていう感じで過ごして、
で、東ゲートが結構すごかったので、
西ゲートから出て、
大阪港まで行って、
高校でうちの夫に拾ってもらって帰るっていう、
そんな感じの9月23日でしたね。
人々の善意と厳しさ
その日もめちゃくちゃすごい人で、
すごい人の温かさにも触れることが結構あったりもしたんですけど、
同時にちょっと悲しいなって思うこともあったんですよね。
別に私に会ったわけじゃなかったと思うんですけど、
3歳の子をベビーカーに乗せて連れて行ったんですけどね。
ベビーカーの方って一定数いらっしゃって、
かなり人も多かったから、
聴きたくないのに聴いてしまいそうになることもあったりとか、
若干当たってしまうこともあったんですよね。
そのために本当にすみませんっていう感じでこちらも謝罪はしたんですが、
当日予約を皆さん結構取るのも必死で、
歩きながらのスマホも結構多かったんですよ。
こっちが気をつけてても向こうが前見てくれてなかったら、
どうしても当たってしまいそうになったりとかっていうのも結構あってね。
あとはカベリオンによってはなんですが、
ベビーカー優先をされてるカベリオンもあるんですよね。
そのことに関して、
ベビーカーを使う私たちだとすごくありがたいんですが、
中にはベビーカーとか車椅子の優先を使いたいがために、
普段ベビーカー使ってない子とかにベビーカー乗せたりとか、
車椅子使ってないけど優先目当てで車椅子を使う方も中にはいらっしゃるそうなんですね。
私はあまりそういう方に出会ったことないんですけど。
その時に聞こえてきたのが、
あまりにも言葉が汚すぎるので少し柔らかくすると、
若い子たち2人組かな。
ベビーカー使ってる奴らって一番偉いと思ってるんちゃうかみたいな感じでね。
叫んではなくて、普通の会話として話をしてたんですけど、
そういう話をチラッと聞いたんですね。
それを聞いて怒りというよりも悲しかったんですよね。
悲しかったけれども、
若い子たちでおそらくまだお子さんもいてないというか、
ご結婚もきっとされてないのかなと思うんですけど、
なんていうのかな。
自分たち、私もきっと自分がベビーカーを使う立場じゃなければ、
そういうふうには思わなかったと言わないですけど、
やっぱりベビーカーを使うからこそ感じる不便とかっていうのってわからなかったんですよね。
私が想像力がないからっていうのもあるかもしれないんですけど、
やっぱり今、2人子供産んで、
ベビーカーを使って結構移動することも多くて、
やっぱりベビーカーを使う立場の目線になった時に、
階段使えないなとか、
エスカレーターもたたまま使わないと危ないですからね。
駅で移動する時とかでも、
移動手段、上下階に移動する手段って、
エレベーターしかないわけですよね。
そんな中で、やっぱり階段も使えるのに、エスカレーターも使えるのに、
移動手段が複数ある人がエレベーターを使う時に、「ん?」って正直今でも思うんですよ。
別に足が悪いとかじゃなくて、スタスタスタって歩けそうな人。
何か内蔵疾患があるかもしれないですけど。
でも、じゃあ私は子供を産む前とかは、別に妊婦さんでもなんでもなくて、
元気な時にそういう配慮ができてなかった。
全然できてなかったんですよね。
やっぱりそこまでの深刻さっていうのは、
私は自分が出産してベビーカーを使う立場に立った時に初めて、
ベビーカーの人ってこんな大変やったんやとか、
妊婦さんってこんな大変やったんやっていうのはね、
私は正直自分がなってみないとわからなかったんですよ。
そう、やっぱりそういう発言を聞いて悲しかったっていうのと、
経験と思いやりの重要性
あと万博の会場内にも、もちろんお手洗いはやめてくれ。
もう飲まへんやったらミルクには出さないで。
そう、万博の会場内ってお手洗いが複数あるんですよね。
すごく私ちょっと困ったなと思ったトイレがあって、
入り口が複数あるお手洗いがあったんですよ。
入り口から出口まで一方通行じゃなくて複数あって、
そこがお互いの入り口が見えないんですよ。
四角になってて。
私も一回やりそうだったんですけど、
開いたから入ろうかなって思ったら、
反対側の入り口から入ってきた人があって、
並んでますって言った人があそこで並ぶんやと思って行ったんですよね。
そっちに並んでて行ったんですけど、
やっぱり私みたいにもう一方の入り口から入ろうとしてて、
でも入っちゃった人とか、
あとは結構ご老人やから見えてないかもしれないんですけど、
並んでるんですけど、並んでる列が見えなくて、
一緒に抜かしていって行っちゃう感じ。
一緒に並んでる人と話をしてて、
お手洗いで並んでますよねって声かけたら、
そうですって。
抜かしていく方がいて、
あっ気に取られちゃって何も言えませんでしたって。
そうですよね、私もちょっとびっくりしちゃってみたいな感じで、
そういう会話をしたりとかね。
その前に並んでる方が、
そこのお手洗いがジェンダーフリーなんですけど、
ちょっと普通の狭い通りのジェンダーフリーの通りと、
あとは結構大きめのジェンダーフリーというか、
介護ベッドも入ってるお手洗いもあったりとかして、
その介護ベッドとかが入るお手洗いが開いたんですよ。
そしたらね、すごい心よく、
さっきどうぞって言ってくれあって前の方が、
いやでもね、ちょっと私さっき持って張ったからどうぞどうぞって言ったら、
いやでもベビーか、お子さんいて張るから広い方がいいでしょって言ってくれあって、
譲ってくれあったんですよ。
本当にそういうのはありがたいなと思って。
そういう悲しい気持ちになったりとかもしたけれども、
すごく人の温かさにも触れる機会もね、
大阪関西万博って私の中ではあって、9月23日は。
なんかちょっと私とね、3歳の子のうち撮りで写真撮ってたら、
そこはーって言ってくれあったりとか。
本当すごくありがたくて。
でなんか、やっぱりいろいろ思うところはあるし、
SNSで大阪関西万博の投稿見てたときとかも、
やっぱりすごくね、
4月5月って結構ガラキーあったみたいな。
やっぱり万博ってすごく楽しそうやなって言っているのを、
発信している人の発信を見て、私も。
で、4月ぐらいから入ってきたりとか、
9月ぐらいに行ったら結構たくさん人が。
やっぱり人が増えていくにあたって、
私はあまりこういう言葉を使いたくないんですが、
民度が低いっていう風に言う方も結構いらっしゃって、
民度が低くなったっていうのはね。
私その民度が低いっていう言葉がすごくね、
あまり好きではない表現なんですよね。
なんかある一定のことをすごく貶めているような感じでね。
そこの今ちょっと言葉の感覚に関しては、
差し控えたいなと思うんですけど。
そういう言葉を見ると悲しいし、
なんかその民度が低いって言ってる人ってすごく、
自分はどこの位置で発言をされてるんだろうかっていう風にね。
やっぱり言い発信してても、
そういう言葉を見てしまうと、
なんかなんだろう、すごく悲しくなっちゃう。
やっぱり人って、
自分の経験した中でいろいろ、
いろんな視点が養われていったりとかすると思うんですよ。
やっぱりその視点が、その経験がないから分からなかったっていうのもあるし、
さっきの私のエビイカの話も、
自分が子供を産まなければきっと今の自分の考え方ってきっとできなかったと思うんですよね。
一歩間違えば、自分も間違えばっていうか、
私もこういう経験しなければ分からなかったし、
やっぱりその人も経験してないから、
そのエビイカの方とか、
ミーブさんの方の気持ちも、
どうしても想像がちょっと難しくなってしまう。
そこのとこでちょっと考えたいなと思ったのが、
善意をよりどころにしすぎてるんじゃないかなって。
善意って、自分のここは良いとか悪いとかって、
善意とルールの複雑さ
めちゃくちゃすごく個人的な部分ですよね。
例えば、
タバコのポイ捨てはもちろん悪いっていう人はきっとたくさんベースの中でいると思うんですけど、
100人おったら100人中、たぶん。
100人いれば90人ぐらいはポイ捨ては良くないよねっていう風に考える方は多いと思うんですけど、
じゃあ、エスカレーター右半分開けておいてくれない?
右半分開けるのって当然ですよねっていう方もいれば。
いやいや、そこは居そう人のために開けておいてよっていう人もいるでしょうし、
自分の中でやっぱり人って、自分にしかないルールってあると思うんですよ。
やっぱりこれは自分にとって良い行いとか悪い行いとかっていうのがあったりとかね。
この例が良いかどうかわからないですけど、
例えば、ちょっと発言がというか、
何かディスカッションする場で積極的に発言したい人もいれば、積極的に発言したくない人もいる。
いると思うんですよね。
それで、当てられたらまあまあ答えるけど、できればあまり発言したくないなとか。
その発言したくない人を当てるかどうか。
この人ってちょっと発言もともとせえへんから、この場面ではあまり当てへん方が良いかなとか。
いう配慮って、それは自分の中での考える配慮であって、
当てた方が良いかどうかなんてその人じゃないときっとわかんないと思うんですよ。
多分そういう細かい善意とかをよりどころにしちゃうと、
多分ぐちゃぐちゃになるのかなっていうふうに思ってて。
万博でもそれはすごく思ったんですよね。
何かアドバイスしたら良かると思ってしたアドバイスがもうわかってるわって思ってる人もいるかもしれないし、
ありがたいなっていうふうに思うかもしれないし。
そんなんって多分個人の価値観になると思うんですよ。
特に今って本当にいろんな情報が入ってきますよね。
昔は本当にテレビとかラジオとか新聞だけっていうような大きな媒体しかなくて、
やっぱり発信する側も限られてたと思うんですよね。
今みたいに誰でも発信できるじゃなくて、ある程度の権力があるとか、ある程度の有識者であるとか、
そういう特定の方しか発信できなかった。
テレビとかラジオとか新聞とかね。
でも今は情報を入手するのもSNSっていう媒体があるし、
発信するのでも別に特定の専門家じゃなくて、権力がなかったとしても発信することはできる。
そういったいろんな状況が手に入る中で、やっぱり人の価値観を多様化してると思うんですよね。
私はやっぱり職場で挨拶ってすごく基本やなと思うし、
正直挨拶もできない人ってなんだっていう風に思うんですよ。
それが私の価値観。
でも別にこれ私の価値観が正しいわけじゃなくて、正しいとか間違ってるってわけじゃなくて、
いや別にそんな仕事能力と挨拶は関係ないですやんかっていう方もいらっしゃる。
別にそれは正しいわけでも悪いわけでもなくて、
本当にそういういろんな価値観を持った方が集まるわけですよね。
職場とかコミュニティとか、多分大阪、関西万博とか、
いろんな国の人もいてはるし、生まれ育った言葉も違えば文化も違えば。
そういういろんな価値観を持っていて、
これは良いですよね、これは悪いですよねっていう小さい頃から同じ教育をされているコミュニティ。
他だったら、ある程度の善意をよりどころにしても、
そういうそこがないというか違いがなくて、
まとまっていくんだなと思うんですけど、
日本みたいにいろんな価値観があって、
仕組み化の必要性
しかも正しいとか正しくないとかの判断をするのもすごく大変な状況で、
きっとこれは善意をよりどころにしたらうまくいかないのかなっていうのは、
大阪関西万博で知りました。
日常にそういうことがあふれているんですけど。
だから、それをうまく平和にまとめていくときには、
一人一人の善意をよりどころにするんじゃなくて、
こうしなければならない。
仕組みをそういうふうにする。
例えば、私の万博のお手洗いに関してなんですけど、
入り口が2つあったら迷ってしまうから、
そもそも入り口を1つにしてしまうとか。
そうやったら迷わずに並ぶしかないじゃないですか。
そういう感じで、もしくは、
平和とかって正義と正義がぶつかり合っていることもあると思うんですけど、
そういうのってよくあると思うんですよ。
自分らから正しいとなっているだけで、
でも、どうしようかって。
あんまり正しいとは思わないと思うんですよ。
そもそも、
正しいとは思わないと思うんですけど。
私たちがこういうふうに、
自分が正しくなっているだけで、
あると思うんですけど そういうのってよくあると思うんですよ
自分だからこうやってるだけで でも反論してくる方も別にそれは反論してくる方の中にも正義があって
それがぶつかってるから口論になるんやと思うんですけど
そういう行動に関しての仕組み化っていうのって
がすごく大事なんかなっていうふうに思いました
たぶんそういう 各国のパビリオンとか見ててもそうなんですけど
どこに行ったか 私そういう人気パビリオン全然行けてないので分かんないんですけど
やっぱり私オランダのパビリオンは結構整列されてるなと思ったのが
やっぱり並んだら入れるパビリオンじゃないんですよね
だから結局予約枠しか 予約した人しか入れない
朝の9時から先着線には予約なくてもいけるそうなんですけど
予約を取るしかない 基本的には
だから入ってくる人数ってある程度管理できますよね
管理できるかな
本当は入れてほしいですけど 基本的には
ある程度やっぱり運営側が管理しやすい状況に
予約数を設定してる だからそこまですごい混乱って私オランダのパビリオンとかないなっていうふうに感じたんですけど
でも パビリオンによっては
やっぱりその 列あまりにも列が長すぎて
多分区切ってるところってあると思うんですよ
親根リングの途中で区切ってるとか
親根リングの下からパビリオンのところの通路で区切ってるとか
なんか私ももしかしたら紛れたかもしれないんですけど
パビリオンの最高部がどこかわからなくて並んでるところが
わからなくてこの列はどの列なんやみたいな
って思うしただただ歩いてるだけやったのに
なんかそれがパビリオンの列の途中やったみたいで
並んでる人からしたら何この人順番の貸ししてんのってなってしまうこともあるだろうし
でも別にその人は並ぼうと思っていったんだけどそれが道やったから
そっちの道なりに進んでいこうかなっていうだけの人かもしれないし
結局同線が起きてると仕組みができてないと
そういうイザコザが起こってしまう火種が結構起こってしまう
別にそれはどっちも悪いわけじゃないじゃないですか
並んでる人からしたら
大阪関西万博からの学び
ああ抜かされたって思うけれども
別にでもその人のうちに抜かしたわけじゃなくて
普通に行こうと思って人の波が結構動いていったから
この波についていったらいいんかなって思って入っただけかもしれないし
そうなってくるとそれは別にどっちも別に悪さしようかなって言ってるわけでもないし
だからそういうのが起こらないための仕組み化を今後考えていく必要はきっと
日本ってあるんだろうなっていうのは感じました
ね本当に善意を
寄りどころにしすぎてしまうと
もう善意とか正義とかって多分人それぞれで全然違うと思うんですよね
あの自分の個人の中でもそうですし
立場が違い違えばそれこそ並んでる人と並んでない人というか
まあ普通に歩きたい人も立場に立っての正義っていうのも変わってくると思うし
なのでねなんかすごくもうそういう個人の判断によるところを
寄りどころにするのではなくて本当にもうこれはこういうふうにするしか道がないんだなっていうぐらい
あの仕組みをきちっと作っていくっていうのが何においても大事なのかなっていうふうに
すごく勉強になりました
勉強になりましたしやっぱりいろんな人の発言を聞いていて
なんか悲しくなることもあるけれども
まあまあでもうまく言えんけど
やっぱりそのベビーカーに対する発言はちょっと私はすごく悲しい気持ちになって
なったけれども
でもまあそこはいつ私もそっち側に行くのかわからないし
もしかしたら子育てがある程度終わってね
30年後ぐらい私がもう70ぐらいになったら
ベビーカー大変やねってじゃなくて
もうベビーカーこんなところに出してって
怒ってる老人になってるかもしれないですしねそれはね
子育てのことなんかすっかり忘れて
やっぱりなんか自分がどの立場にいるかってきっと発言も変わってくると思うので
なんかね腹立つこと言われても
この人はそういった経験をされてないから発言してしまう仕方ないんだなっていうふうにね
自分の中では考えようかなっていうふうには
きっと私もわからないことってたくさん本当にあるので
でもね私がもしうちの子が同じ発言したら
めっちゃ怒りますけどね
めっちゃ怒ると思う
怒らないけど対話で問い詰めますね
もちろん話すんね
なんかそういう感じで本当大阪関西万博って
なんかいろいろ勉強になるなっていうふうに思いました
なんかね言いたかった人がなんか社会実験やなっていうふうにおっしゃってて
確かにそうかもしれないなと思って
親つくこともありますけど
すごくやっぱりありがたいなっていうふうに思って
3歳の子もねいろいろ海外の方と写真撮ってもらったりとかもして
そうそうそう
めっちゃそうそう話がねあと少しだけ長くなるんですけど
私9月の22日かな
私ユーネクストっていうね動画配信サービスに加入してるんですけどサービスで
3人ポイント追加すれば番組見放題なんですよ
今日アンパンあれですね最終回ですね
私はアンパンのリアルタイムで出ないんで
また今週1回も見てないかな
リンジンたちの戦争っていう結構長いドキュメンタリーを見てるんですけど
まだ途中であと20分くらいだな
私コソボ紛争の話をされてたんですよね
そのドキュメンタリーの中で
正直コソボ紛争って全然何のことか私はわからなくて
25年前にあったかな1997年かな
えっとそれってコソボに住んでいたセルビア人とアルバニア人かな
あれアルバニアじゃなくてチェックしとこう
それは大きな間違いしたらあかんかな
コソボ紛争
コソボ紛争はユーゴスラビア紛争の過程で
バルカン半島南部のコソボで発生した殺な武力衝突を示す
というふうに概要は書いてますね
セルビア人とアルバニア
そうそう買ったのはアルバニアの人で
セルビアの人はもう出ていかないといけなくて
なかなかもうコソボには行くのが難しい
そういう状態でやっぱりすごく仲良かった
コソボの歴史と人間のつながり
セルビア仲良いとか人間としてセルビア人の方も
アルバニア人の方も一緒にいたけれども
コソボ紛争をきっかけに人間同士が殺し合ってしまう
で結局セルビア人は負けてしまった状態で
そう地図見たらね
コソボってほんとセルビアの南の方にあって
コソボとしては独立国家になっているのかな今
女性の大統領らしいんですけど
何言いたかったんですか
確かねコモンズの絵にコソボが入ってて
たまたまやったんですよ
私別にコソボに行こうと思って行ったわけじゃなくて
セルビアをね建物としてやったから
行きたいなーって思ってはいるんですけど
難しいかな結構生であるから
でもコソボの人がいてて
別にまぁね初めて会って戦争の話するのも
結構物質的な感じがするのと
私はできなかったんですけど
何の話したかったのかな
マジで忘れた
でもそれって別に
そうそうそう思い出した
なんかね隣人たちの戦争っていう
話の中のドキュメンタリーで
何か登場人物が出てくるんですよね
その中でコソボに住んでいた
セルビア人の親子がいて
お母さんとその当時13歳のお子さん
今は私と結構年齢が近くて
13歳ぐらいまでコソボで住んでいたけれども
お父さんが警察官で
でもお父さんは殺されてしまったんですよ
だからこれは危険だなって判断して
その親子はセルビアに逃げて
今セルビアで暮らしている
その親子
まずお母さんは
私たちは血と肉でできた人間
同じ人間ですっていうのをしきりに言うんですよね
別に憎くないって同じ人間だからって
25年間を追ったドキュメンタリーなので
当時13歳の子だった人を
19歳か20歳ぐらいかな
の時に取材したのと
あと今の年齢30代後半ぐらいの時の
やっぱり19とかそこらぐらいになってくると
ちょっと憎しみが強いというか
戦うモードな感じが私からは見えたんですけど
でも30代その人になって
お子さんが生まれたのかな
お子さんが生まれて
離婚はされてあったみたいなんですけど
やっぱりお母さんと同じように
特に憎しみというか
同じ人間だからねっていうふうに
言ってはったんですよね
そこが悟りの境地というか
今だって日本でも戦争ありましたけど
アメリカのしたことで
今でも同じ熱量で起こる方っていらっしゃるじゃないですか
別に言い悪いとかじゃなくてね
自分が経験したことではないし
もうね経験したおじいちゃん
経験したのがおじいちゃんとかおばあちゃんとか
あったとしても
本当に同じぐらいの熱量で起こる方って
多分まだまだ多いと思うんですよね
でそこを一歩引いて俯瞰しようっていう方も
そんなに多くはない
いないわけじゃないと思うんですけど
こんなに時間という距離があるのにも
起こる熱量がまだまだ日本でもあるのに
まだ25年しか経ってなくて
当時自分が経験してるにも関わらず
やっぱり時代的にも近いし
それでもしかもお父さん殺されてて
お父さん殺されててね
自分は生まれ育った土地から離れざるを得なくて
自由に行き来することもできなくて
そんな状態でも同じ人間だからねって言える心って
すごいなって思ったんですよね
すごいなって思うし
きっと苦しかったと思うんですよ
そう思うのに
もしかしたら今でもちょっと憎いなって思ってる気持ちは
きっとあるかもしれないし
でもそれでもすごいなって思うのは
本当にそれを言葉にしなくて
同じ人間だからねっていうふうに
お母さんも息子さんも言える
私たちは血と肉でできた同じ人間だからねって
そこがね私心にとても響いて
きっと平和って本当に一人一人
そういう心影がすごく大事
それはあるから平和を保つのであって
平和の重要性
それがなければきっともうね
もう治安も何もない感じになってくるのかなって
思うんですよね
なんか一人一人がね
もうそういうふうに思えればいいんですけど
なかなかねやっぱりいろいろ宗教観とか
同じ日本人でもね
やっぱりなんかまた万博の話に戻りますけど
思うので全然違いますしね
自分の考えてる常識と
人の考えてる常識とかね
だからすごくめっちゃ長くなりましたね
40分ぐらい喋ってんかな
もうごちごち終わりにしようかなと思うんですけど
本当に心がけと仕組みなんだろうなっていうふうに思いました
もちろん仕組みだけだったらね
不十分なところもあるんですけど
仕組みをきちっと整えると同時に
やっぱりこれは自分たちが頑張って
努力して心がけていくことなんだろうなっていうふうに思いました
まあねそんな大きく変えていくとか
大きく整えるのは本当に難しいので
まずは自分の子供たちから
そういう教育というのかな
言葉をね伝えていこうかなっていうふうに
いろいろ最近感じたことを
ちょっと長めに共有させていただきました
もうねなんかしっちゃかめっちゃかで
何言ってんか分かれへんってとこ
きっとたくさんあったと思います
なんかご自身はどう思うかなとか
なんかこれをきっかけに考える機会になったら
すごくいいなと思って
ちょっとお話しさせていただきました
はいではかなり長くなってしまいましたが
ご機嫌な一日をお過ごしください
金谷直子でした
40:35

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