犬のトレーニングと学習性無力感
こんにちは。横浜で15年以上、犬の保育園の先生を行っている、なおちゃん先生と申します。
まずは、告知をさせてください。
3月27日、木曜日、夜8時より、月1、オンラインセミナーを行います。
今回の3月の内容は、私が3月頭に行ってきたイギリスの研修旅行。
その中から、動物福祉先進国、イギリスの犬事情、ということで報告レポート会を行いたいと思います。
主には、英国最大級の動物保護施設である、私独産のキャッツホーム、
それから、世界最大の独床であるザクラフト、
そして、イギリスのペットショップや公園で見た犬たち同士の交流などの動画を皆さんとシェアをしながら、
わきあいあいとプレゼントクイズ付きのお話し会、セミナー会にしたいと思います。
概要欄に申し込みフォームを記載しておきますので、
ぜひ、イギリスの犬事情に興味のある方、ご参加いただければと思います。
さて、今回は前回の続き、独床で逃げる愛犬を抑えつけて匂い嗅ぎをさせるべきか、ということでね。
そんなテーマで前回お話ししたんですけれども、
この中で出てきた学習性無力感、これについて少しお話を深めていこうと思っています。
前回のお話、まだ聞いていないよという方は、概要欄にURLを記載しておきますので、よかったら聞いてみてくださいね。
この学習性無力感、前回のお話の中では、
独床で他の犬に会うと怖くて逃げてしまうというワンちゃん。
これをそこにいるトレーナーさんに、ご質問したところ、
逃げてしまうワンちゃんにリードをつけて、逃げられないようにして、他の犬に匂いを嗅がれるという経験をさせてください、というふうに言われたということですよね。
そのワンちゃんは、リードをつけられて他の犬に匂いを嗅がれている間は、
おとなしくあきらめきったように、抵抗もしないでじっとしているんだけれども、
リードを離した瞬間にまた逃げてしまうということでした。
私は、このリードにつながれていて、その間はじっとおとなしく、他の犬の匂いを嗅がれるがままになっているという状態は、
もしかしたら、このワンちゃん自身が、学習性無力ということを学んでいるんじゃないか、というふうに思ったんですよね。
今回は、この学習性無力感について、動物のトレーニングの世界にてどう用いられているのか、そして人間にはどのように作用するのか、ということをお話ししていこうと思います。
そもそも、この学習性無力感というもの、聞いたことありますか?
これはですね、アメリカの心理学者のマーティン・セリグマンが、1967年に動物実験を行って、この学習性無力感というものがあるよ、という実証をしたんですよね。
この時に行われた実験ね、ちょっとかわいそうだなと思うかもしれないんですけれども、こんなふうに行われました。
まずですね、犬を2つのグループに分け、双方に電気ショックを与えます。かわいそうですね。
Aグループの犬には、電気ショックをオフにすることができるスイッチを置いて、犬は学習をして、スイッチオフのスイッチをすぐに押すようになったんですよね。賢い。
そしてBグループの犬、Bグループの犬はスイッチがなく、電気を切ることができず、電気ショックを耐えるしかないという環境に置いたんです。
その後、両グループの犬を飛び越えることができる低い柵の中に移動させて、その柵の中だけ電気が流れるようにしました。
その結果、Aグループの犬は電気が流れると柵を飛び越えて、電気ショックを回避したんですよね。
ですが、Bグループの犬はどうだったんでしょう。実は、このBグループの犬の多くは柵から出ることなく電気ショックを耐え続けたんです。
セリグマンは、この実験でBグループの犬の行動を学習性無力感と呼んで提唱したんです。
セリグマンの実験
ここまで大丈夫ですか?
私は、この前回にお話ししたトレーナーさんの声のようにして犬に鳴らしなさいという犬慣れのトレーニングは、この学習性無力感に則った方針だなと感じました。
例えて言えば、このワンちゃんを逃げられないようにリードに繋いで、嫌だなと思いながらも他の犬にたくさん匂いを嗅がれている。
その時には抵抗をしない。この状態は電気ショックを免れないと分かって、もう受けるしかないんだと耐え続けているBグループの犬たちと同じと考えたわけですね。
これはですね、このような方針をなぜそのトレーナーさんが言ったかというと、動物のトレーニング原理として全く理にかなっているんですよね。
全く理にかなっているので、必ずしも間違っているというわけではないんです。ここがミソなんですけどね。
昔からですね、この学習性無力感を利用して動物の調教や訓練、トレーニングというのは当たり前のようになされてきましたし、
力強い筋肉も頑丈な皮膚も鋭い牙も爪もない人間、私たちが自分たちよりも体が大きかったり、力が強い動物たちをコントロールするためには、こうした知恵、働かせる必要があったんです。
有名なところで言えばゾウ使い。ゾウは古代ローマの時代は戦車の代わりとして使われてきました。
力も強く攻撃力も高く、とにかく人間よりも何倍も大きなゾウを、どうやって人間は自分たちの手足となるように知恵、使ってきたんでしょうか。
これ気になりません?ゾウ使いのゾウの調教では子ゾウの時、本当の子供の頃から足に鎖を巻いて杭につなぎます。
そして子ゾウは逃げられないことを学習するんです。
その後、大人になったゾウは自分が力が強くなっても逃げることをしないので、人間がそのゾウの力や行動をコントロールしやすくなるという原理なんですね。
このゾウが本当はもう逃げられるはずなのに逃げないという行動も学習性無力感から来るものと言えます。
ですから先人の知恵とも言えるべき方法でもあり、その理論が確立されるはるか昔からですね、犬をはじめ動物たちのコントロール、操縦のためによく用いられた方法でもありました。
ドックランで他の犬たちに鳴らすために逃げ場をなくして諦めて抵抗しなくなるまで他の犬に匂いを嗅がせるという方法はまさしくこの学習性無力感を植え付けるものであり、
かつ犬の問題行動の解決方法の一つでもある暴露法を取り入れた解決方法でもあるんですよね。
なので必ずしもこの方法が間違っているとは言えないですし、現に今もこうしてその方法を飼い主さんに伝えるという専門家がいてもおかしくはないんです。
犬の問題行動の解決にはセオリーの解決パターンがいくつか存在するということは、
先月の2月のオンラインセミナーでもお話しした通りなんですが、
この暴露法というのはその名の通り、刺激に反応する犬をいちいち反応しきれないくらいの刺激の中に晒すことで、
刺激に対してだんだん慣れて寛容になっていく、一つ一つの小さな刺激には反応しなくなっていくということを利用したトレーニング法でもあります。
詳しくは先月のオンラインセミナーでお話しした他の解決パターンと一緒にお話ししたものですが、私もこの暴露法は確かに使うことがあります。
例えば散歩中に人やバイクに吠える犬に対して駅前や商店街など刺激が多い場所に連れていくことで、しばらくその刺激に晒します。
犬が落ち着きを取り戻して、小さな刺激に対してはいちいち反応しなくなり、結果として吠えが減るという方法、ざっくり言えばそんなトレーニング法として使うことがあるんですね。
ですが、この暴露法と学習性無力感の違いは、暴露法では犬自身がポジティブな意図を持ってその刺激の中で自分自身でリラックスし落ち着けるということを目的することに対して、
学習性無力感はストレスを犬自身に与え続けることで、抵抗することやチャレンジすること、考える機会を奪い、結果的に無気力な犬を作り上げてしまうということなんです。
犬とのコミュニケーション
学習性無力感を犬に与える、教え込むということが悪であるということは言い切れないところがあります。
人間や他の多くの動物が感じるこの学習性無力感がなぜ存在するのか。
それは、本能的に生きるために、生き物が生き抜くことにおいて必要だからです。
ただ、この方法は私はできるだけ使わない方が無難だなぁと感じています。
生きていく上で、何したってもう無駄なんだ。
自分なんて何をやったって、もう逃げることも抵抗することもできない。
この苦痛、この状態をただただ受け入れて耐えるしかないんだ、と思うことほど虚しいことってないですよね。
これは人間も一緒で、実際学習性無力感というものは人間においてもよく見られるものであり、鬱病発症の一端を担う感覚とも言われています。
一例を挙げると、あまり良い例ではなくて恐縮なんですが、
誘拐された人が旗から見ると、いつでも逃げられそうな状況で犯人に軟禁されている。
ちょっと頑張ったんだったら逃げられそうだけど、と不思議に思うことはありませんか?
あれこそ、学習性無力感を犯人に植え付けられた結果、逃げようとしたって無駄なんだ、と逃げる気力を失ってしまった例です。
学習性無力感を相手に植え付けることで行動をコントロールするという方法は、人間でも動物でも、支配するために古代から使われてきた手段でした。
話を戻しましょう。
ドックランで逃げてしまって、他の犬と挨拶ができないことをトレーニャーに相談したところ、
リードをつけ、短くリードを踏んで逃げられない状況を作り、近寄ってくる犬に匂いを嗅がれるということにならしてください。
というふうにトレーナーさんに指導された、という犬。
これはまさしく、逃げられない状況を作る。
愛犬さんに対して抵抗しても無駄だ、という学習性無力感を植え付けることで、犬に対して抵抗しないことを教える、という方法でした。
ですが、この方法の難点は、今のところリードを離すと逃げてしまうということです。
心の底から安心して、相手に興味を持って他の犬とのコミュニケーションを楽しんでいない、というところにあるでしょう。
では私であれば、この犬をどのように指導するでしょうか。
学習性無力感を植え付けることなく、ポジティブな状況で犬にならすために、私だったらどのようにこの犬に他の犬となれることを教えるか。
それについては次回の配信でお話ししていこうと思います。
それでは最後まで聞いていただきありがとうございました。