イギリス生活の始まり
こんにちは。横浜で犬の保育園、N1クラブワンコの秘密基地を運営している、なおちゃん先生と申します。
動物好き少女がドッグトレーナーになるまで、秘密基地誕生物語、7回目をお届けしていこうと思います。
今回のテーマは、叱られたばかりのイギリス生活と語学の壁。
改めまして、この壮大な自己紹介ともいえる配信は、音声配信スタンドFMだけでなく、
インスタ、ノート、そして公式LINEのオープンチャット、でもリアルなお教室、お客様に向けて少しずつお届けしているものです。
前回は、カルチャーショックだらけのイギリス生活をお届けしました。
今回も引き続き、イギリスの田舎で先生の家に住み込みながら、人と犬、文化と歴史の違いを感じた出来事をお話ししていきます。
英語もできない、犬のこともよくわからない、そんな私が二十歳そこそこで大学を卒業してからトランク一つで降り立ったイギリスの片田舎。
もちろん言葉の壁、習慣の壁、知識の壁がたくさんあったことから、私は最初は本当によく怒られていました。
今回はその中でも、私が留学当初、印象に残っている怒られエピソードをお話ししようと思います。
怒られたことは、主に犬の扱いに関わることでした。
その中には、私の語学力が足りなくて、イギリス人ネイティブである先生に言われたことを間違った認識として実行してしまったということも多かったです。
そう、私はですね、本当に英語が得意ではなくて、英研も三級止まり、純二級だったかな、とにかくその辺りです。
決して成績も良くなかったですね。
ましてやその背景にある文化や文化の影響によって、私は怒られていました。
怒られたことで印象に残っているのは、当時4ヶ月だったとあるゴールデン・レッドリーバーの子犬のことです。
これは私がイギリスに到着してからまだ1週間も経たない頃だったかなと思います。
その子犬に対して、私は怒られていました。
その子犬に対して、私は怒られていました。
その子犬に対して、私は怒られていました。
その子犬に対して、私は怒られていました。
これは私がイギリスに到着してからまだ1週間も経たない頃だったかなと思います。
時差ぼけで朝早く目覚めた私に聞こえてくる、子犬が鳴き叫ぶ声。
こんな悲痛な声を私は聞いたことがなくて、しばらくじっと聞いていたんですけど、その声は階段の下から延々と聞こえてくるんです。
もしかして、どこか痛いのかな?お腹が痛かったりして、トイレに行きたいのかな?と心配になって、そーっと階段を降りて、階段の下にあるケージを見に行きました。
すると私を見つけた子犬は、入れられているケージの中でもっと大騒ぎ。
わぁ、お願い静かにして!そして、きっとトイレに行きたいんだ!と思い、先生がそうしていたように、玄関前にある前庭に連れ出すと、すぐに拝接をしました。
先生が起きて2階から降りてきた時に、私は朝早く気がついて、ケージの外にトイレに出してくれてありがとうと言われるものだと思ったんですよね。
ところが、
なんか、あなた勝手に犬をケージから出したわね!と怒られてしまったんです。
私はまさか怒られると思わなかったので、目を白黒させました。
なぜ私が怒られたのか、この時の私にはさっぱり理由がわかりませんでしたが、犬のトレーナー目線で考えると、私は一番やってはいけないこととも言えることをしていたんですね。
すなわち、犬が早朝騒ぐことで、ケージから出すということを繰り返すことで、犬は騒げば人がケージを開けてくれるということを学んでしまうということなんです。
このセオリーを恥ずかしながら知らなかった当時の私は、まんまと子犬の思惑通りに動いてしまったんでした。
この子は通常時は朝7時までは静かに排泄を待つことができるの。
あなたに甘えているのよ。あなたはせっかく出来かけていた朝7時まではこの中で静かに過ごすという習慣を壊そうとしているの。と怒られてしまったんでした。
この件で私はとても反省したものです。
また、違う怒られるバージョンでは、毎朝の森へのお散歩というのが私の日課となり、だいぶ慣れてきた頃に起きました。
私はいつも通り、7頭の犬たちを連れて森への散歩に出かけていました。
ですが、いつもすぐ帰ってくるはずの黒いラウラドールが一頭、名前を呼んでも笛を吹いてもなかなか帰ってきません。私は焦りました。
どこへ行ってしまったんだろう。どうして帰ってこないんだろう。一頭いないまま帰宅してしまったらだめだよな。このまま帰ってこなかったらどうしよう。
そんな焦りの中、しばらくするとその黒いラウラドールが帰ってきました。
口に何かをくわえて。
私はその姿が遠くに見えて安堵するとともに、その犬が近づいてくるにつれ、口に何かをくわえているな。なんだろう。とじっと目を凝らしました。
そして絶叫。この後かなり直接的な表現が出てくるので、あまり聞きたくないよという方は数十秒飛ばして聞いてください。
はい、それはですね、なんと首が半分取れかかり、かなり体に損傷を受けたボロボロになった野兎だったんですね。
おそらくその犬がやったわけではなくて、すでに亡くなっていた死骸を持って帰ってきたものだと思われます。
その辺にはね、狐なんかも多く生息していましたのでね。
都会育ちでそんな兎の姿を見たことがなかった私はパニックに陥りました。
うれしそうに尻尾を振りながら近づいてくる犬を大声でどなりつけ、涙目になって、
それを離して、離しなさい、と叱りつけました。
犬は混乱して私から離れ、それを見て、まずい、またどこかに行ってしまったらどうしよう、と私はまた大混乱。
何とか震える手でリードをつけ、目を背けたくなるような兎を口から離させるためにリードの持ち手でペシペシと犬の体を叩きました。
やっとその犬が兎を離してくれたので私は大急ぎでその場を立ち去り、ほとんど泣きながら帰宅をしました。
いつもより帰宅に時間がかかった私を先輩して先生が玄関で待っていました。
今ならスマホでどこでもすぐに連絡をしたんでしょうけど、その当時は私はイギリスで使えるスマホを持っていなかったんですよね。
遅くなった理由を告げると先生はショックを受けていた私にさらなるショックなことを告げました。
それは、うさぎの泣きがらを持ってきたの?それであなたは犬を叱ったの?
なんてことをするのよ。彼らが何かを持って帰ってきたときにはそれをたくさん褒めて体調に受け取らなくては、それでこそガンドックなの。
私が犬たちに狩猟のトレーニングを教えていることを知っているでしょう。
獲物は決して途中で落としてはならない。必ずハンドラーの手元に渡すということを教えているから。
あの子はあなたに渡そうと思って持って帰ってきた戦利品だったのに、あなたは彼のプレゼントを断ったのね。
信頼関係を失ってしまったのよ。と言われたんです。
この時には正確には前回のようにね、唸られるということはなかったんですが、
咎められるような冷静な感じで言われたこと。私自身の無知のせいでこの犬を混乱させてしまったんだということ。
そして何よりやっとできてきた犬たちとの信頼関係、そこにひびを入れてしまったこと。
文化的な気づき
そのことに対して私は本当にショックで涙をポロポロと流してしまったことを今でも思い出します。
まさにカルチャーショックの中のカルチャーショックですよね。
この以降はですね、どんな状態のどんなものをほら見て持って帰ってきたよとプレゼントしてくれても、
私はなるべく喜んで受け取るように努力し、受け取った後は速攻捨てるということをしていました。
どんなものを持って帰ってきたのかは皆さんのご想像にお任せしますね。
こうしてどんどんとたくましくなっていった都会育ちの私なんですけれども、
とにかくこの語学による壁というのが非常に大きくてですね、
私は一応注意されたことや怒られたことというのは二度と忘れないようにとメモを取っていました。
かつですね、英語で言われてわからないことということは必ず自分の言葉に置き換えて、
あなたが今言ったことはこういうことですかという確認を取るようにしました。
日本人の悪い癖で英語がなんとなくしかわからないのに、
わかったような顔をしてうんうん、OK、アハみたいな感じで濁してしまうと、
その後に起きたことがね、全然理解をしていなかったということがバレた時にですね、
非常に怒られたりですとか、自分自身もねショックなんですよね。
これじゃなかったのかということを突きつけられる瞬間がやってくるわけですよね。
ですので、わからない、ちょっと待ってということは素直にですね、
その場でちょっと待って、もう一回言ってとか、
あなたが今私に言ったことは何時にこれと何時にこれと、
そして今日は何々が来る、そして何時に出かけるということ、これで合ってるとか、
そしてですね、先生も最初は私という外国人と一緒に住むということに対して、
かなりハードルが高かったと思います。
それぞれ生活習慣や思っていること、背景、バックグラウンドが違いますからね。
なので、彼女自身も私という人間がどういう人間であるのか、
どういうふうにものを伝えたら私が理解しやすく行動をしやすいのか、
そして私はどんなことを知らない状態なのかということをだんだんとですね、
配慮をしてくれるようになって、少しずつね、私たち2人の生活というものが
スムーズに回り始めていきました。
それでは今回はここまで。
次回はイギリス生活、喜びとホームシックについてお話をしていきたいと思います。
また次回をお待ちください。