2022-09-06 29:03

イギリス🇬🇧修行時代の思い出😌あの場所🏡《ひびきアート》から🖼

詳しくは前回の収録からお聞きください🙇‍♀️

https://stand.fm/episodes/6311cf4ff51ec706b6af9eb4

私は師匠の事を敬愛していましたが、
初めての頃は上手くコミュニケーションが取れなかったり
慣れない環境や状況で四苦八苦していました💦

きっとそれは師匠も同じだったと思います😌💭
(もちろん最後は特別な絆が培われました💛)

そんな時、救いの手を述べてくれたのは
優しい初老の夫婦と
温もりに溢れたあの家🏡

2016年に、最初で最後の社員旅行で
スタッフ達と訪れた時、
とても喜んでくれた2人とあの家✨

サムネはその時の写真です。
愛すべきSummerCoombe、このお家🏠と
私の左右にはイギリスの祖父母😊


「必ず、私の家族を連れて、ここに会いに来るから。
それまで元気でね」……と
その約束は、叶わぬものとなりましたが

私の夢は予想しない形で
【ひびきアート】の中で叶えられたのです🥰

モルヴァン・ヒルズ丘陵をよく、
彼らとポリーと散歩しました🐕 ͗ ͗🚶‍♀️

丘の上の道からは
緑のパッチワークのような風景が見えます🌳🌲
良ければgettiの写真集をご覧下さい📷✨

【Malvern Hills 国立公園⛰】
https://www.gettyimages.co.jp/%E5%86%99%E7%9C%9F/malvern-hills

改めてようこさん、
《ひびきアート🖼》ありがとうございました🙇‍♀️

#イギリス
#ウォーリックシャー
#MalvernHills
#田園風景
#留学時代の思い出
#若い頃の苦労は買ってでもしろ
#大好きな場所
#逢いたかったな
#帰りたい場所
#叶わない夢
#憧れ
#ひびきアート
#ようこさん
#ありがとうございます
#ご縁に感謝
#長尺配信ごめんなさい🙏
#聞いてくれてありがとう






---
stand.fmでは、この放送にいいね・コメント・レターができます。
犬のトレーニングの実践🐕話、犬業界の裏話、アニマルコミュニケーション等は、《メンバーシップ限定》でお話しています❣️

https://stand.fm/channels/5fd49189dd3aea937b455b50
00:06
こんにちは。横浜で15年以上、犬の保育園の先生を行っている、なおちゃん先生と申します。
前回は、絵を描く主婦、ようこさんに、ひびきアートを描いていただいたことをお話ししました。
その絵を見た途端、必ずしもようこさんと婚姻であったとは言えなかった私が、どうしてようこさんにひびきアートをお願いしたのか、
その理由がわかりました。私の夢、叶わないと思って諦めていた夢が、ようこさんの絵の中で叶えられていたのです。
私は、ようこさんに一切何もリクエストなどはしておらず、私の配信を聞いてくださり、
イメージしたこと、感じたことを絵に描くことで完成するひびきアート、まさにそれは心と魂に響くアートでした。
その絵の中には後姿の私、足元には愛犬のお見事、その隣にはイギリス留学時代に愛したゴールデンレトリーバーのスビル、
だと私は思っていますけど、足元には鮮やかな緑が広がり、かわいらしいお花が咲き、
全体を子どもたちが飛ばしたシャボン玉の中から見ているような風景が広がっています。
そして私と犬たちの向かう先は、一軒の小さな家。
ヨコさんは私がイギリスの美しい田園地方、コッツウォルズの近くに滞在していたということを聞いて調べて、
コッツウォルズ独特のハチミツ色の石で作られた家を描いてくださったということでした。
私はこの家を見たとき、ああ、あの家だと感じ、涙がこみ上げてきました。
その場所は私が大好きだった場所。
いつか家族を、私の愛犬を連れて行くね、という約束が叶わなかったあの場所だと。
その家はサマークーンという名前でした。
私がイギリスで一番愛した場所でした。
今回はイギリスの思い出とサマークーンの話をしたいと思います。
かなりの長尺になりますので、お時間あるときにどうぞ。
私は大学を卒業してイギリスに単身渡りました。
03:03
事前情報はほとんどないまま、スーツケース一つでヒースロー空港に降り立ちました。
到着したあの日の記憶は鮮明で、師匠の旦那様が空港まで迎えに来てくれて、
小さなワーゲンに乗って、初対面の英国人男性と何を話せばいいんだろうと思いながら、
約2時間半の道のり、ロンドンの喧騒を抜け、車はどんどんと田舎道を走り続けました。
着いたのはある一軒家。
家自体の大きさはそんなに広くはないものの、
芝生の庭と馬小屋だった倉庫、鶏小屋、屋外の犬舎、犬小屋の大きいような感じのところですね。
その先にはパドックと呼ばれるかなりひどい牧草地がありました。
私が訪れる3年前まではそこで馬を飼っていたのですが、
その当時には羊が3頭、その場所で話しがいになっていました。
見渡す前に広がるのは緑の丘、その奥には森の影、
夏の夕日がゆっくりとその向こうに沈んでいったのを覚えています。
コンビニどころか民家や街頭すらほとんどない、
この知らない場所で私は明日から過ごすんだと突然緊張感に包まれました。
私が使わせていただいていたのは娘さんが使っていたお部屋、
その家に住んでいたのは師匠と旦那様、
7頭の犬、5羽の鶏、3頭の羊と猫1匹でした。
海外で初めてのホームステイをした方ならきっとそういう経験が1度や2度はあると思いますが、
一つの家庭の中に全くの異文化で育った、
言葉も不自由な人間が一人入ってくるということはスムーズなことばかりではありませんよね。
師匠のお宅での暮らしは私にとっては本当に未知との遭遇ばかりでした。
最初のうちは覚えること、英語を理解しこちらの意図を伝えることで精いっぱいでした。
ここで私は人生において自分が求めて行動しない限り、
他者から与えられることは何もないんだということを一番に学びました。
犬の勉強をするといってもテキストがあるわけでも講座があるわけでもありません。
師匠のすること、言うこと、していることを見落とさないようにひっついて回り、
06:01
一生懸命聞き取り、わからないことや曖昧なことはメモを取り聞き返す。
そうでなければ何も得ることができないと悟りました。
特に私の下手くそな英語では伝えることもたどたどしく、
なおこ何が言いたいのかわからないわと師匠を苛立たせることもしばしばでした。
師匠との思い出はたくさんあります。
楽しかった思い出、ともに笑いころげたり苦労して一つのことを成し遂げたり協力しあった達成感の思い出、
観光客でも語学留学だけでも踏み入れることのできないたくさんの場所へ連れて行ってもらって、
そこでしかその時でしか得られない素晴らしい経験をたくさんたくさんさせていただきました。
彼女がいなければ今の私は何一つ同じようではないと思います。
私の運命を変えたのはまさしく彼女との出会いでした。
ですが大変だったことも同じくらいありました。
駆け出しの時代の苦労話なんて若い頃にはつきものですが、
まあこれも昭和世代かもしれませんね。
夫婦関係の悪かったこの家庭でいたたまれない思い出、
犬たちと屋外の犬舎でそしてパドックを散歩してくるといって、
嵐が過ぎるのをじっと待つということはよくありました。
私は私にできることを常に必死でやろう、精一杯吸収しよう、
何か一つでも身につけていこうという思いと同時に、
自分の存在価値をアピールすること、
そして彼女に認められたいという気持ちが強くなっていきました。
言いつけられたことは一度で覚えるようにし、
次の時、求められた時には完璧にできるように
毎日メモと記録を読み返し、
師匠の動き、時間、用意しているものを見て、
次に何が起きるのか、どこへ行くのかを予測し、
先回りして準備を整えました。
けれどそれは時に、師匠にとってはストレスを与えていた、
ということは今になるとよくわかることです。
異国の少女がオンもオフもなく四六時中くっついてきて、
あれはどういうことだ、これはなんだ、
次はどうしたらいいんだ、なぜこうするんだ、
その次は何をしたらいいんだ、と
へったくそな英語で次々と質問してくる。
一度私はこれ以上質問してこないで、
私は今日は疲れているから一人にしてと言われて、
師匠に部屋にこもられてしまったことがあります。
09:03
私はその次の日から彼女にどうやって話しかけたらよいのか、
どう質問したらいいのか、わからなくなってしまいました。
もし今のようにどこでもネットが通じて、
スマホがあり、Wi-Fiがある時代だったら、
もっと違っていたと思います。
残念ながら日本の自宅との連絡は、
数日に一回つながせてもらえる、
自分のノートパソコンのEメールと、
たまたま町に行った時に自宅にかけるコレクトコールだけでした。
最寄りのバス停まで民家のまばらな林道を抜けて、
45分かかるこの家で、師匠以外に一日中会話をするのは、
仕事帰りの旦那さんと少しだけ、
そして週末に時々やってくる娘さん、
または定期的に行われるトレーニングクラスの生徒さんや、
数少ない師匠のお友達でした。
日本人なんか、もちろんテレビでしか見たことのない人たちもたくさんいました。
もちろん半年以降は次第に英語も上達していき、
私の持ち前のコミュニケーション能力を発揮して、
いろんな人たちと楽しく話せるようになっていきましたけれど、
最初の3ヶ月程度はおそらく軽いホームシックもあったかもしれません。
もうちょっと短かったかな。
何だってポジティブモンスターですからね。
そんな時、私はさらに声をかけられたんです。
今度、我が家に食事に来ない?
草芸はもちろん私がするから、と。
彼女はトレーニングクラスの生徒さんで、
白い美しいゴールデン、ポリーを買っていました。
私は師匠の弟子として、アシスタントとして、
各地へのレッスンや出張レッスンにクラスに付き添い、
ドッグトレーナーとしての師匠の仕事ぶりや、
お客様への伝え方、犬への接し方を間近で学ぶことができていたんですね。
その時までに、さらと旦那さんのリチャードをはじめ、
クラスのお客さんたちには何度か会っていました。
軽くエシャクをしたり、挨拶をしたり、会話をするものの、
私だけにこんなふうに声をかけてくれる人はほとんどいませんでした。
私は、私に与えられた仕事があるから、と最初は断っていたのですが、
さらは私が師匠とうまくいっていないことを見抜いていました。
あなたたちには少し離れる時間が必要よ。
もし後ろめたいのなら、私が尚子に英語を教えてあげるということにしてはどうかしら、
と提案してくれました。
彼女は現役時代にはロンドンでインターナショナル幼稚園の先生をしていたので、
12:04
たくさんの子供たちを見てきたんですね。
きっと私の言葉にならない思いをキャッチしてくれていたんでしょう。
私は彼女の提案を受け入れました。
師匠はもちろんOKをくれて、私はそれからしばらくの間、
毎週木曜日は午前中の自分の仕事を終えたらオフをもらい、
さらとリチャードの家で英語を教わり、ランチとティータイムを過ごして、
夕食前に送ってもらうということになったんです。
さらとリチャードの家は、師匠の家から車で45分ほどのモルバンヒルズ国立公園のふもとにありました。
国立公園の敷地までは徒歩5分、絵に描いたような田舎の一軒家で、
素晴らしい自然の景観の一部となっていたその家の名前はサマークーン。
古いレンガ作りの一軒家で、何とも言えないぬくもりが漂う愛すべき田舎屋。
天井の張り屋、2階の床屋は少し歪んでいるけれど、本当に居心地の良い温かいお宅でした。
それはこの家の家主たちが本当に愛情深く優しく穏やかだったから。
田舎のおじいちゃんおばあちゃんがいたらきっとこんな感じなんだろうなと思わせるものでした。
彼女たちは私の両親より少し年上でした。
実際彼女たちは私を孫娘のように歓迎して可愛がりもてなしてくれました。
ここはあなたの家、あなたがイギリスで帰ってくる場所。
いつでも来ていつまでもいていいのよと言ってくれたことを私は忘れません。
お家もそこに住む人たちもそして広大なお庭も私は大好きでした。
あまりに好きすぎて私は何度もここに留まらせてもらったものです。
日本に帰ってからもたびたびイギリスを訪れましたが、
遠くても必ず私は田舎の祖父母の家を訪れ優しいぬくもりに包まれて
パチパチ火をはせる暖炉の前のソファーに腰掛け
温かいミルクティーやリチャード特製のエルダーフラワージュースを飲みながら
お互いの近況を話し合い一晩を過ごしたものでした。
鳥の声や目の前の道路を通って放牧場へ行く羊たちのつけているベルの音とともに目を覚まし
リチャードの焼くパンの匂いにつられながら一階へ降りて
15:01
同じく彼のお手製のジャムをたくさん塗って朝食をとり
ポリーと一緒に羊たちの後を追って国立公園の池のお散歩。
お散歩の後はお庭のリンゴの木の下で絵本を見ながらさらに英語を教えてもらったり
リチャードと一緒にキッチンガーデンでお料理に使うハーブや野菜
ジャムにするための果物のお世話や収穫をしたり
お庭にはお孫さん用のサマーハウスという小さなお家があったり
トランポリンやブランコ、小さな池や石で作ったこのサマークームのジオラマがあったり
季節ごとに花々が咲き乱れ、花や虫、鳥の名前を聞いたり
スペルを教えてもらったり
サマークームで過ごした時間は日々何かをせねばならないと
張り詰めていた私の心の糸が緩む時間でした。
そして少しホームシックもあった時、人に甘えることのできる空間でした。
だからこそ特別な思い入れがあったんでしょうね。
サラは気丈で社交的なハキハキした女性でした。
リチャードはおっとりしていて英国紳士を絵に描いたようなハンサムでロマンスグレーの似合う背の高い紳士
彼もその昔ロンドンで私立の男子校の先生をしていたことから非常に美しい英語を丁寧に話しました。
料理が趣味で自宅の庭にキッチンガーデンを作り
毎年お手製のベリーのジャムを作ってはラベルも自作していました。
Summer Cool Strawberry Jam 2012のようにお料理全般からパンやお菓子、ジャムやピクルスまで彼は何でも作り私に振る舞ってくれました。
私にとって彼はイギリス一のシェフで今まで食べた中で一番おいしいものはロンドンの高級レストランではなく彼の手料理でした。
私が好きだったというものをすべて覚えていてくれて行くと必ず用意してくれました。
そんな彼らの趣味はウォーキングでフットパスというウォーキング専用道の地図を片手に
休日は二人と一匹で山歩きや地元のパブでのランチを楽しむ悠々自的な隠居生活を田舎でしていたんです。
一度両親がイギリスに来て私がお世話になった人たちと一緒に食事をしたことがありました。
18:01
サラとリチャードの夫婦とはコッツウォルズのウォーキングを両親も含め5人でしたことがあり、今となっては貴重な思い出です。
あ、ポリーももちろん一緒でしたよ。
2016年、私はスタッフ4人を連れて私の原点であるイギリスに初めてでそして最後の社員旅行に行きました。
その時かなり遠かったのですがスタッフたちを連れてこの田舎屋に泊まりに行きました。
2人は大歓迎してくれてリチャードは私たちのために私が大好きだったデザートを3品も作って待っていてくれました。
訪れた3月には手に入りにくいたくさんのフレッシュベリー類で作るサマープリングが私を待っていました。
そしてその年が私が彼に会った最後の年になりました。
サムネイルはその時の写真です。
後ろに見えるのが愛すべきサマークール。
小さなモルワンヒールズの駅まで送ってくれた2人に
次は私の子供と旦那を連れてくるからできたら愛犬も連れてきたい。
どうかそれまで元気でねとハグをして別れたのを最後に
2020年3月末リチャードはこの世を去りました。
コロナが始まった直後でサラは愛する夫と別れ
ロンドンにいる娘夫婦さんたちとも再会ができず
一人つらい思いをしたそうです。
私が不法のメールを受けたのはその年の9月でした。
そのメールにはリチャードの不法とサマークームを売却し
ロンドンの娘さん夫婦の近くに移り住むということが知らされていました。
尚子来るなら早く来なさい。
この思い出がたくさん詰まったサマークームは
私一人で暮らすに重すぎるという一文に
私は何が何でも再びあの場所に行きたいという衝動に駆られました。
時はコロナもただなか、当時まだワクチンもなく
世界中が未知の感染症に恐れをののいていた時期に
投影はできませんでした。
その不法のメールに私が返した文章を今から読みたいと思います。
拙い英語なので文法的にも発音的にも
使っているところがたくさんあると思いますが
サラはこの文章をポエムと言ってくれて
21:03
リチャードの一周期の法要の時
みんなの前で朗読したんだよと教えてくれたんです。
なのでそのまま読ませていただきます。
I remember everything that he did to me.
He was a symbol of English gentleman for me.
He was always kind, bright and gentle to me.
私は彼が私にしてくれたことを全部覚えているよ。
彼は私にとって英国紳士そのものでした。
彼はいつも優しくて礼儀正しくて親切でした。
I loved his cooking, his jams and elderflower juice.
I will never forget that he made three kinds of puddings for me
when I and the staffs visited your house four years ago.
私は彼の手料理、ジャム、そしてエルダーフラワーのジュースが大好きだったよ。
4年前に私がスタッフたちを連れて行った時に
3種類も違う種類のデザートを作ってくれたことを
決して忘れないでしょう。
Even he made a summer pudding in March,
which was my favorite food in England.
私がイギリス料理の中で一番好きな
サマープディングを3月に作ってくれたことも
I remember his tone, which was very gentle and calm.
Whenever he told me, he always took care of his speed
and the choice of words for me.
私は彼がいつもとても優しく穏やかに話しかけてくれたことを覚えています。
I miss him very much. I loved him.
私は彼が恋しいです。
彼をとても愛していました。
Also, Mr. Sama kun, the house too.
そしてスタッフたちもとても優しかったです。
私は彼が恋しいです。
彼をとても愛していました。
24:01
Also, Mr. Sama kun, the house too.
そしてサマークームが恋しい。
そう、あの家のことです。
I remember your kitchen, the table, your cozy sofas and guest room and your wonderful garden.
私はあなたのキッチン、テーブル、居心地のいいソファーとゲストルーム、そして素晴らしい庭を覚えています。
I remember your chicken, apple trees, little pond, summer house, tiny brick buildings, beautiful flowers, kitchen garden, and white box for white birds.
ペットの鶏たち、リンゴの木、小さな池、サマーハウス。
小さなジオラマ、美しい花々、キッチンガーデン、野鳥のための餌箱、それらを覚えています。
I can see the beautiful sight easily when I close my eyes still so clearly.
Because I love your house so much.
私は今でも目を閉じると綺麗に、はっきりと、あの美しい光景を思い出すことができます。
なぜなら、私はあの家を心から愛していたからです。
The summer house is a special place for me forever.
サマークープ、あの家は私にとって特別な場所であり、そしてそれは永遠です。
Whenever I was tired and I missed my family while stayed with my teacher.
私が師匠のもとに滞在している間、私が疲れたり、日本の家族が恋しくなった時にはいつでも。
Every time I visited England. 私がイギリスを訪れた時にはいつでも。
I always stayed in your house. 私は毎回あなたの家を訪れていました。
And you, Richard and Sama-kun were always welcome to me like my grandparents and their house.
27:02
And you, Richard and Sama-kun were always welcome to me like my grandparents and their house.
まるで祖父母やその家のように。
I'm so sad that I would not be able to take my family to see the both of you and the beautiful house. I'm so sorry.
私は私の家族をあなたたち二人とあの家にもう連れて行くことができないと思うと、とても悲しいです。
とても悲しいです。
これが私とSama-kun、そしてそこに住む優しい人たちの思い出の話です。
私の夢は現実にはかなわなかったけれど、今こうして響きアートの中に描かれていることをとても不思議で、そして嬉しく思っています。
サムネと陽子さんのリール動画にはないのですが、私は陽子さんにリクエストをして、このお家にSama-kunという名前のプレートを書き入れていただきました。
それに、見てきてくださったかのように、バラも書いてくださいました。
さらにも、出来上がった絵を写真を撮って送らせていただこうと思います。
長々と昔話を聞いていただきありがとうございました。
そして陽子さん、本当にありがとうございました。
アートは私の宝物にさせていただきますね。
29:03

コメント

スクロール