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#897 お肉はどこから来るの?
2026-10-26 14:41

#897 お肉はどこから来るの?

食べることは命をいただく行為。そのことを子どもたちに教える際に、思い出していただけたらと考え子どもたちの目の前で動物を捌く「犠牲祭」についてお話しました…

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サマリー

食べている肉がどこから来るのかを、アイガモ農法を営む伊関俊輔さんの発信と、海外で毎年行われる犠牲祭の経験から考える。犠牲祭では子どもたちが家畜の世話をし、捌く場面を見届け、肉を恵まれない人々に分け与える意味を学ぶ。話者は、幼い親族が世話をした牛に「殺さないで」と訴えた場面や、裕福な家庭がラクダ・牛・ヤギ・羊を用意して分配する様子を振り返る。動物の命を断つことへの感情を持ちながらも、食べられることへの感謝と、肉の背景を子どもに伝える方法について語る。

伊関農園のアイガモ農法と肉の行方
お元気ですか?なんばるわんです。いつも聞いてくださりありがとうございます。 自分らしく生きるためのラジオ、今日はお肉はどこから来るの?というテーマで話をしていきます。
体についてしまった贅肉のことではなくて、私たちが普段食べているそのお肉についての話になります。
所属している農業系コミュニティトマジョダオの中で大活躍されている 兵庫県丹波笹山市で藍鴨農法によるお米栽培をされている
伊関農園の伊関俊介さんがですね、VCの音声配信のパーソナリティでもあるんですけども、その放送の中で
ちょっと私もそういう経験あるなっていうことをお話しされていたので、 そのことをちょっと今日はシェアをさせていただこうかなと思います。
お肉についての話だったんですね。 伊関さんは藍鴨農法という
ものでお米を栽培されていて、害虫を抑える、雑草の生えるのを抑えてくれる、そういった役割、重要な役割を藍鴨ちゃんたちが担ってやってくれているわけですよ。
毎年毎年ですね、小さい雛の状態で農園に、この田んぼに迎え入れるわけですね。
そしてワンシーズン仕事をしてもらって、そのシーズンが終わった時にはお肉になるんですね。 そのこともちゃんと正直に、というかまっすぐに伊関さんは発信をされていて、
ユーザーさんとかフォロワーさんの中に、動物を殺すなんてっていう、そういう視点でね、コメントをされる方もいらっしゃるということでした。
私たち普段食べているものにはね、すべて命があるという風な考えもありますけども、特に動物をね、さばいて食べているわけですから、
そこをアイガモちゃんだというだけでね、その殺すなとか、お米農家そんな風に育てるんだったら農薬使えとか、何でしょうね、そのアンチコメントっていうか、そういう意見をお米農家さんにぶつけるのは何か違うな
ぁと思うんですね。
聞いていて、私の牛農家でもあるので伊関さんは、だから結構胸が苦しくなったんですよね。
子どもが見る犠牲祭と家畜の世話
私が経験したのは海外でね、子どもたちが動物がお肉になるまでっていうのをちゃんと見てる、それがあったんですね。
それがもう信仰の中で、その国の中で毎年行われている犠牲祭というもので、あの時にはその犠牲祭と決められている3日間というのがあるんですね。
1年に1回。そこにめがけるようにして家畜を飼うわけですね。飼い始めるんです。
それはその犠牲祭の日に必ず捌くことになっています。
でも子どもたちが餌をあげたり散歩に連れて行ったり、あの時期はね、近所をヤギが散歩したり、ラクダが歩いていたり、牛が散歩したり、いろんな風景が見られるんですけども、
どれもね、子どもたちが面倒を見てるんです。
もちろん大人もね、一緒につき添っていたりします。
まあそういった家畜がね、動物たちが車に体当たりとかね、したりしますし、私もなんか心配になったことありましたね。
たまたま自宅の前に、ガレージじゃなくて、家の前に車を停めてしまった時に、近所の子どもがね、自分たちが飼っているヤギを散歩していたんですよ。
そしたらなんかタイヤのあたりに顔をね、潜り込ませていたので、私の車の。
おいおいおい、ちょっとちょっと、もっと遠くは歩かせなさいみたいなね。
まあ、そうしてもそのままなんですよ。
それを処理するっていう、そういうなんていうのかな、常識っていうか、マナーとかないので、向こうは。
ちょっとこれ向こうにやってって。
子どもたちはヘラヘラ笑ってましたけど、これはちゃんと面倒を見るんだったら、そこまでね、やらなきゃいけないよっていう風に、大人が子どもに教えるっていうことになります。
肉を分け与える意味
そして犠牲祭の日、何のために犠牲にするのかっていうのは、子どもたちもね、自分が育ててきた家畜、動物たちが裁かれていくわけですね。
それを見ていて、命の大切さとかっていうのを心の中でね、学んでいくんじゃないかなと。
そういう条件を見て、犠牲祭という風な言い方をしているので、何のためにそれをやるのかっていうのがね、その犠牲祭の日にわかってくるわけです。
動物を裁くと、肉の塊になってね、ブロックにします。
それをビニール袋に入れて、何十袋もね、牛とかでもやっぱり何十袋にも分けることができるんですね。
ラクダテもそうです。
ヤギもそうだしね。
それで、そのビニール袋に分けた袋を、今度はお父さんたちがね、バイクとか自転車とか歩きで、近所の人に分けていくわけです。
中には居住区の外、高い壁があったり、ゲートがあったりするんですけど、そこの外からこの居住区に犠牲祭の日に限っては入ることが許されるんですね。
その人たちっていうのは、もう本当に考えられないぐらい恵まれない人たちなんです。
その人たちにね、肉をあげる村と呼ばれているところですけども、下町とか村とかね、テント暮らしの人もいます。
そういうところから、その囲いのある居住区に入るっていうことが許されるんですね、犠牲祭の時だけ。
犠牲祭をやる意味っていうのは、そういったことです。
分け与えるっていうことになります。
それを子どもたちが、なんで私たちが今まで餌をあげてきたものを殺すんだと、そういう感情にもなったんだと思います。
そして大人たちがそのお肉、骨を持って、いろいろ回ってくる。
そして外に待って、待ち構えている人たちにも分け与えるっていうのを見ると、
あ、恵まれな人にあげるんだなっていうのが、子どもたちも自然に分かってくるんですね。
それがだんだん年を重ねていくにつれて、高齢行事になりますから、
動物を殺すっていうんじゃなくて、恵まれない人に分け与えるという感覚になっていくんですね。
世話をした牛に「殺さないで」
ちょっと一つ話を思い出したんですけど、娘のいとこ、だいたい同じぐらい年代ですね。
あの時はまだみんな幼くてね、自分たちが餌をあげて面倒を見ていた牛だったと思います。
牛をね、自分の家で捌くっていうことになったんですね。
私たちその時に、夫は日本にいましたから、娘と私で呼んでもらって、そのお家に行ったんですね。
そこに集まってくる子どもたちの多くは見てますけど、うちの娘見てたかどうかちょっとあんまり覚えてないな、あの時。
それで娘とほぼ同じ年ぐらいのいとこちゃんがいて、そのお家の主が一番最初に刃物を入れていくという、そういった行為をします。
その時にね、自分のお父さんが、娘のいとこは、自分のお父さんがいよいよそういうことをやるよって言った時に、これ今でも覚えてるんですけど、
殺さないでって言ったんです、向こうの言葉で。
だからあの時には、あの子はね、まだその犠牲罪というその意味がそんなにわかっていなかったんだと思います。
ただ純粋に自分の家に来た牛に餌をあげ、いろんな面倒を見て、やって、いい子いい子したんでしょう。
朝起きると必ずいてね、うーんとか言ってたり、そういうのを約一月ずっとやってきて、その犠牲罪というのは、みんなが楽しみにしているものなんですよ、国中の人が。
だからそれを子供心にちゃんと理解はしてるんだけども、いざ自分のお父さんが、そのね、かわいがっていた子たちに、こう歯をね、うーんなんていうのかな、入れるっていう時になると、
やっぱり正直にね、素直に殺さないでっていう言葉が出たんだと思いますね。
犠牲祭から学ぶ食への感謝
私も初めて見た時は、まあまあショックではありましたけども、娘の友達のね、娘の大親友のお家が超スーパーウルトラお金持ちだったんですね。
そこのお宅に犠牲罪の旅に呼んでもらって、3日間あるんですけど、そのお宅はラクダを3頭買ってくるんです。
牛も買ってきます。あとヤギも買ってきます。羊も買ってくるし、買ってくるんだけど、その3日間とも1頭ずつとか、ラクダと牛とかね、やるんですよ。
それをね、そのお宅も大きいので、外に出るのは男性人、女性人は家の中から、ガラス窓を越しにね、見てるわけです。
私も2年ぐらい連続で動画とか撮ってましたけど、やっぱりその時のこの矢主ね、友達のお父さんが最初にナイフを入れるわけですけども、そこはやっぱり子供もすごく注目します。
その命を断つっていうことですね。ただ命を断つ、殺すっていうことじゃなくて、その先のことですね、犠牲にして誰に何をしてあげるためのものなのかっていうのを自然と子供たちは理解をしていくようになります。
それを私はね、毎年見てました。子供たちもどんどんね、大きくなっていきますし、私も見慣れたと言ったらちょっと軽率かもしれないんですけど、もう毎年のようにね、やって、でも願いは一つなんですよ。
必ず恵まれない人に分け与える。私たちもそのお宅に毎年ね、呼んでいただいていたので、本当美味しいお肉料理が出てくるわけですよ。私もその準備とか手伝ったりとかして、とにかくその犠牲祭っていうのはね、食べら
れることに感謝するっていう、もうこれ間違いないんですよ。
だから動物を殺しちゃいけないとか、子供はね、そういう感覚にはなるんですけども、それを生きていく上で学んでいくんですね。そう、生きながら学んでいく。動物を捌くっていうことはどういうことなんだと、結局私た
肉はどこから来るのかを伝える
ちのお腹も満たしてくれますよね。
だから感謝の気持ちを忘れないでっていうことなんですよね。子供たちにそのお肉はどこから来ているのかっていうのを教える。ね、これ教えるには本当に異石さんたちがね、されている愛顔の法っていうのは非常に役
に立つんじゃないかなと思うんですよ。
はい、今日はお肉はどこから来るのというテーマで話をしました。その家畜たち、動物たちを畜産業をやっている人たちから買うんですね。犠牲祭っていうのは必ず毎年ありますから、そこでやっぱりもう大きなお金が動
いていくわけですね。
だからちょっと、まあ第三者として見た時にね、私たちは向こうにいれば外国人ですので、そういう立場から見た時に、なんかお金持ってるよっていうのを自慢したいだけなんじゃないとか、そういうふうに考える時期も
ありましたね。
でも今は、その仕組みとか子供たちにね、どういうことを教えたかったのかなっていうのを理解してからは、私もそれを娘にね、娘が自然に向こうで学んでくれたっていうことには本当に感謝をしていますね。
お肉はどこから来ているのかっていうのを、こういった伝え方もあるよっていうのでね、今日は話をさせていただきました。最後まで聞いてくださりありがとうございます。
この放送はSpotify、StandFM、YouTubeなど主要プラットフォームで配信中。自分らしく生きるためにできること、一緒に考えてみませんか。
コメントや高評価、チャンネル登録をしていただけると大変励みになりますので、ぜひよろしくお願いします。
それではまた次のラジオでお会いしましょう。お相手はナンバルワンでした。元気でいてくださいね。
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