変化と痛みをポジティブに考えよう。
すごいタイトルですが、ちょっといい話をします。
その前にまずお便りをいただいたので紹介させてください。
リスナー電気ネーム、さとうのまめごはんさんからいただきました。ありがとうございます。
いつも素敵なお話を聞かせてくださりありがとうございます。通勤や家事の際に楽しく拝聴しております。
電気ネーム、さとうのまめごはんと申します。
229、意識していいねを送ろうを聞き、私がポッドキャストなかよしインターネッツを好きな気持ちと日頃の感謝を伝えたいと思い、お便りを送らせていただきます。
もともとはゲスト出演されたポッドキャスト、イメージキャストを聞き、そこからなかよしインターネッツにたどり着いてはまりました。
初回から最新巻まで通して聞いたのはもちろん、特に好きな回については3,4回は聞いており、これからもその数は増えると思います。
一人語りというストロングスタイルでありながら、有用な情報を紹介される際の切れ味や独自の視点、思考の深さに加え可愛らしさや茨城的な要素、好きなものに対する愛などが並存し、
一話の中でためになると面白いが、複雑に絡み合いながら絶妙なバランスで成立している素敵なコンテンツだと感じています。
自分としては細かくは知らないけれど、魅力的で憧れがある近所のお兄さんに、自分があまり馴染みがなかったり考えもしなかった世界の話を面白く聞かせてもらっているようなそんな感覚です。
話を伺うに、別年では私の方が上なようですが。
また、ヒトポイロさんの声や音質がいいため、とても聞きやすい点も聞き続けられる、何度でも聞ける大事な要素だと思います。
今回、好きなものに対する言語化を初めてやってみましたが、なかなか自分の気持ちをクリティカルに捉えられず難しいですね。
そういった点でもヒトポイロさんは、ご自身の思考を言葉に乗せて表現され、かつコンテンツとして成立させられており尊敬します。
以上、長文失礼いたしました。
怖い感じになっていなければいいのですが、湿気や暑さが辛い時期となりますのでご自愛ください。
これからも素敵なコンテンツを発信していただけると、一ファンとして幸いです。
とのお便りをいただきました。
すごいね、これなんか、ワード化なんかにコピペしてさ、印刷してさ、壁に貼っておきたい感じでしょ?
すごいよね。こんなに褒めてもらったこと人生でないよ。
多分。
いや、ありがとうございます。とても嬉しいです。
確かにね、なんか言われて、あ、そうなんだ。
実は、229回が結構やっぱり反響が大きくて、あとちょっと音質もいいんですよ。
環境をいろいろ変えたばっかりだから。
で、自分で初めて聞いてみたんですよ。初めてですよ。
230回近くやってるんですけど、初めて聞いたんですよ。
毎回1ミリも聞かないで、編集して出してるんですよね。
ただ、もうそろそろ聞いてもいいかなと思って聞いてみて、流しながら皿洗いとかしてたんですけど、
いとぽいと基本的に自分反中みたいなもの、すごく痛み嫌だしみたいなことを結構考えていて、あんまり見れないんですよ。
多分結構な人がそうだと思うんですけどね。お仕事だと何できるかっていうと自分の関係ないっていう呪文をかけられるからっていう。
ただポイントはそこだと思うんですけど、ある種人のせいにできるからみたいな。人は開催しないんだけどね。物のせいというか。
今日の内容なんですけれども、いわゆる失敗とかをして、あとは成長もしたい。成功したり失敗したりして成長したい。
それについてちょっと考えていることっていうのを話したいと思います。
最近ですね、いわゆるところの新卒入者の方たちですよね。ヤングガンたち。冷静に考えるともう10歳ぐらい下なのかな。
いとぽいとの妹ぽいとは4歳下なんですよ。妹ぽいとがいるんですけど、あんまり喋ってないな最近。
4歳下ぐらいだったら兄弟のあの感じかってわかるんですけど、それより下とかだとちょっとわかんないじゃないですか。これ多分みんなもそうだと思うんですけど。
10歳かって。10歳ってマジでもう別じゃんっていう。別の生き物だから、同じ生き物と考えるのは多分ないだろうな。
だって今いとぽいとの10歳上の人と全く話合わないんだけどみたいな。全然コンテンツに対するやる気が足りんみたいなことで。
もうなんか動物の森のプンス化するときの羊、かわいい羊。ぺんぺんぺんぺんぺんぺんぺんぺんって歩くあのかわいい奴あるじゃん。
多分同世代の人はみんなそういう感じで過ごしてるんだと思うんですけど。
そういうことは逆になった。いわゆるこれから先、年上は行く道だ。年下に関しては来た道だ。
だから笑ったり馬鹿にしたりするんじゃないみたいな言葉があって。それは本当にその通りだと思うんですけど。
ただそれに対して、人間は生きていく中でどんどん肉体的にも劣化していくものだから、その劣化を、いわゆる対処療法、予防医療、
あとは何か起こったときにちゃんと対応できるように準備をしておいたり知識をつけたりっていうのをするとしないとだと、
まあするほうが良くてしなかったらダメになるのはもう自明の断りじゃないですか。本当に。
まあなのでやりましょう、キリって普通に思うんですけど。あまりにも身も蓋もない正論なので、うーって感じになると思うんですけど、
でもミトポールはそれに対する焦りが結構あるので、まあそのことを常に考えてるんですが、
まあそれを置いといて、ヤングガンの話ですよ。で、ヤングガンで10歳差があってみたいな。
で、もちろんその年齢の差っていうのは正直今の時代あまり関係がないと思うんですよ。ぶっちゃけ関係がない。
知識や知恵に関してアクセスすることというのが昔の時代よりも相当要因になってるはずで、年齢など関係ないんですよね。
いつ始めたか、まあもちろんその若い方が体力があってめちゃくちゃ、なんだろうな、めちゃくちゃ筋トレできるとか、
モリモリ食べれる、胃が元気でね、モリモリ食べれるから体もでかくなるとか、そういうものは絶対にありますよ。
肉体的なものはマジである。ただ知識的な脳みそ的な話で言うと、
まあ言うて20代前半とかがピークなわけじゃないですか、生物学的には。もしかしたら10代後半かな。
そういうことはですよ、あんまり関係ないんですよ。あとはその慣れとか経験とか、経験、まあいとこりゃ経験をそんなに尊いものとは扱えないんですけどね。
単純に慣れて摩耗してパターンを覚えてるだけじゃんみたいな。じゃあそのパターンっていうのをそのゴゾロップで理解してなくても、
こういう場合はこうっていうインプットさえしてれば理解しなくても対処はできるじゃんと思うので、
経験がある方が何かすごいっていうのはいとこりゃ確実にNOだと思ってますね。だから別にその時間をどれだけ過ごしたかっていうのと、
アウトプットとクオリティ、あとはそのサーバントの質としては全く相関関係がないっていうのは本当に思います。
昔は違うけどね、アクセスできなかったから。でもこれからの時代はよりそうなっていくと思うんですよね。
これはみんな言ってることなので、まあそうなんだろうなと思います。
年齢の話じゃなくて、あって思ったのがコロナの話なんですよ。コロナなんか4年ぐらいあったじゃないですか。
ちょうど今のヤングガンたちって大学生の時に大学行けなかったはずなんですよね。
リモートで基本的には大学生活を過ごして、ワンチャンそのバイトとかもあんまできなかったでしょ。
で、なんかこう文化祭でワイワイみたいなのも多分できなかったし、サークルとかももしかしたら形が違う可能性もあるよね。
授業とかもゼミ、グループワーク、研究室、いろんなものが多分我々の常識と違ったと思うんですよ。
で、大学って勉強する場所じゃなくてなんかこう人間と、いわゆる自分で選択してどういう人間とつるむかどういうコミュニケーションするかしないのかっていうのを
与えられた環境ではなく自分でやるっていうのがかなり大きな機会としては割合を占めてるじゃないですか。
どれだけ教科書読んだか、どれだけ勉強したか、もちろん法学部とか、例えば管理栄養士の専門学校とか、調理士とか、そういうのは違いますよ。
なんか今話してるのは、糸っぽいどが言ってたようなサブカルクソ学部の話をしてますね。
富山キャンパスサブカルクソ学部、表彰メディア論系、インターネット学部ですね。
カスですね。サブカルクソ学部でございますね。
だから、めちゃくちゃ厳しい課題がある、うちはそんなんじゃなかったぞっていう方の方が多いと思うんですけど、糸っぽいどはサブカルクソ学部しかちょっと知らないので、
ちょっとそこらへん解像度高く喋れないんですけど、なんかインターネットで死にそうになっている理系の子たちを見て、
あ、なんか死んでいるみたいな、あ、どうやら死ぬらしいみたいな、研究室の床で寝るらしいみたいな、
で、自分は経験しないからなんか楽しそうとか、ぬるいこと言うんですよね。
で、当人たちからすると、お前何を言ってるんだと、殺すぞみたいな、そういう感じになるじゃないですか。
これ、あの、いにしえのツイッターあるあるですよね。理系の大学生や大学院生が死にそうになっているっていう、なんだろうね。
なんていうのかな、あの、苦にあぶれて惨があり。
ハハハハ、なんていうの。
さみだれを集めて林、もがみ川みたいな。
なんか、理系の子が、なんか床で寝ているもがみ川みたいな。
何を自分でも言ってるのか分かんないけど。
いやなんか風物詩的な感じで、なんで苦にあぶれて惨がありって言ったんだろう。
ハハハハ、まあそういう感じだったじゃないですか。
いやだからそれないんだよ。全くないわけ。
ってなった時に、いわゆる文脈が全く違うなと思ったんですよ。
いやそれはその経験の話じゃなくて、その、知識、知恵を自分から別に、例えば研究室で寝なかったとしても、
まあそういう努力の仕方というのを自分で選択してできるじゃないですか。
ぶっちゃけ、ぶっちゃけね。
ただね、ただね、ただね、めっちゃ厳しいこと言うと、
これが今回の話の本質なんですけど、成長っていうものは変化であって、変化をするというのは確実に痛みが伴うんですよ。
いわゆる現状と変わるので、変化をする、ある種エネルギーの負荷がかかるわけですよね。
変わってしまうわけなので。
そうなると、環境、外的要因で負荷がかかって変化をし結果的成長になるっていうのが大体の人のほとんどだと思うんだけど、
自分から痛みを取りに行って変化をしたいって狙っていって成長できる人っていうのは、実はすごく少ないっていうめっちゃ残酷な現実っていうかすごく難しいよね。
辛いこと自分からやろうと思う?
イトッポイドは自分のポッドキャストを聞かなかったんだよ。230回も。
だからやってないわけよ。
お便りでなんかちょっとなんかフィードバックもらって、え、あ、そうなの?
じゃあちょっと聞いてみようかなって聞いたわけじゃん。
だから外的要因がなかったら変化しようと思わなかったわけですよ。
イトッポイドすらも。すらもって言い方だとちょっとイキってるかもしれないけど、まあ言っちゃうけどね。
イトッポイドすらもですよ。
お仕事だともうやらないとありえんみたいな。信じられん。もう意識が低い。歯を食いしばれ腹からこいだなみたいな。
なんかそういう感じでやってる人が、え、なんか自分の聞くのちょっと恥ずかしいし、なんかめんどくさいしとか言ってるわけですよ。
は?みたいな。お前ちょっとさ。歯食いしばれやな。奥生えこいみたいな。
思うじゃん。イトッポイドだったら思うよ。
イトッポイドちゃんに対して。お前さ、みたいな。あのさ、みたいな。なんなん?みたいな。
激詰めじゃん。泣いちゃうよイトッポイド。なんでそんなひどいこと言うの。ひどすぎる。やめてほしい。
もっとさ、ゆるく行こうよ。ゆるく。そんなガチでやったってしょうがないんだから。
うるさい。うるさい。
痛み、変化、成長。うわあああああ。
いやまあ無理ですよね。うん。まあこんだけ話せばわかるでしょ。無理なわけよ。
ってなった時に、外的なその刺激って何かっていうと、人間って例えば悩み事とかのほとんどが人間関係だったりするわけじゃないですか。
人間関係とか人間関係の中による自分はどうすればいいのかとか自分はどうしようとかっていう話なわけですよね。
すごい社会的な生き物なわけで、他人というキャラクターが出てくる。
介在するようなトピックっていうのが一番刺激になる。良くも悪くもっていうのはあるじゃないですか。
悪い方は本当に悪いよ。ニトポイでもあんまり得意じゃないから人付き合いはね。
人付き合いしてる暇があったらもっと楽しい、楽しい人とお話したりしたい。なんか面白いことやりたい。
って思う。まあみんなそうだよね。ぶっちゃけみんなそうだべ。
で、まあみんなそうだと思うんすよ。これはもうどんな生き物でもそうだと思う。人間とか関係なく。
植物ぐらい。植物も共生関係があるから。虫さんは?虫さんも好みとかあるからね。
じゃあ生き物、有機物は全部そうっていい。でも有機物、じゃあ有機物がすべて生き物ってこと?
よくわかんない。サブカルクソ学部だからわかんない。最悪だよな。逃げんなみたいな。逃げるな!
あー!逃げるな!鬼になるな!本当だよね。ニトポイでついつい鬼になってしまうんで。
鬼になるしかないっしょみたいな。え、マジ?みたいな。行くっしょ!みたいな。
行くしかないっしょ!みたいな。ふわーって手をこう前に出て、ふわーってもうやるしかないっしょ!
魔法陣が足の下にブーンって出て、さあ来い!みたいなね。
鬼になると多分寿命が縮むんだよね。それもそれで良くないよね。命の前借りって感じがあるからね。
話を戻しますね。コロナで外的要因がなかなかないっていう文脈だったわけで、
で、ヤングガンの中で、結構変化慣れしている、いわゆる負荷がかかる。
いわゆる、例えば筋トレで重いものを持ち上げるときに、重いものを持ち上げて、マジでつらい!やばい!痛い!って経験がないと、
うわ!って話してるじゃないですか。だって怖いから。だけど、痛いもんだ!で、多分死なない!みたいな。
意外と腕ちぎれないっていうのは、分かってると痛いけど耐える。なぜかというと、そっから先に鍛わってるっていうの、
結果を知ってるからっていうのってあるじゃないですか。でも知らないと、うわ!やばい!ちぎれるんだけど無理!みたいな。
痛すぎない!やめた方がいいよ!これ!ってパッて話すじゃないですか。で、その経験がないっていう場合って、
いや、難しいな!と思ったんですよね。で、なんで難しいなんで、だからダメなんだ!みたいな、そういう話ではなくてですね、
いわゆる成長変化で、変化は痛みに伴うじゃないですか。で、それってどういうことかというと、
誰かに何かを教えるって行為というのは、人に変化を強いることであり、そこに痛みが発生しないわけがないんですよね。
例えば、授業を受けてて、だるい、眠い、うるさい、みたいな。うざい、うー、みたいな。あるじゃないですか。
それもある種の痛みですよね。おじさんが喋っている!みたいな。ひげが気になる!みたいな。なんか汚い!みたいな。
なんてひどいこと言うんだ。なんか嫌だ!みたいな。よく分からないけど何か嫌な気がする。うーっ!うーっ!
まあ、それも一つの痛みでございますと。で、それは仕方ないことだとは思うんですが、仕方ないって言うわけでもないのか。仕方ないよな。
お父さんと一緒の洗濯機に入れてほしくない!それは生物学的な性質ですけどね。
まあ、それを置いといてですね。何かを教えるというのは痛みが伴う。で、正直なところですね。
じゃあ、組織でおいて。これ組織じゃなかったら別ですよ。でも組織じゃないんだったら別に誰かに教えるとかする必要がないですよね。メリットがないから。
組織で何かをこう、コーチングしたりティーチングしたり覚えてもらったり教えたりするっていう行為に、果たしてメリットとデメリットを天秤にかけた時にどうなるかという話なんですよ。
で、結論から言うと多分デメリットの方が大きい。なぜかというと、変化を強要することになる。もしくは、喧嘩をご案内する形になる。
それは相手に痛みを与えるということと、実は表裏一体。で、相手自身がそれを自ら望むのであれば、まあ、自分で選択したよねっていう体でたぶん整理するんだけど、そうじゃない場合って、
いわゆる刺激を与えられた、痛みを与えられた、いわゆるしごかれたみたいな感じになるわけですよね。そうなると、今の時代が悪いかって言われたら、いとぽれはいい時代だと思う。正直。
今までが本当にありえんかったと思うんだけど、まあ普通にリスクしかないと思うんですよ、教える側。で、プラス書式の場合は教えてもまあ普通にやめたりするわけじゃないですか。
いとぽれはやめて当然だと思う。っていうか、一個の場所にいる。で、一個の場所にいるっていう時はサボりたい時だよね。サボり散らかしたい時だけでしょって思うんだけど。
普通にいろんなところに行くわけだからさ、教えてそれの教育コストのリターンがあるかっていうとないわけですよ。で、それが組織全体とかだったらいいんだけど、個人から個人みたいな話になるとですね、個人がそのリスクをどれだけ得られるかっていうと、得られない。
もうリスクをのめないと思うんですよ。絶対に無理だと思う。っていうか、普通にやらない方がいい。これははっきり言う。マジでリスクしかない。うん。ハイリスクローリターンって感じ。