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2024-09-13 29:06

271. 知識を眼鏡にして退屈から逃げよう

知識や知恵をテーマにしたコンテンツを作るときに考えていることと、文化果つる地元経験によるアンチ退屈エイジング

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テレ朝ガリベンガーV9月で終了、ポイドも10月から新コンテンツに出演予定/ねえ知ってる?豆しば問題/地元茨城に何もなさすぎてついた強迫観念と習慣/知識をゲットすると色眼鏡をかけて世界を見ることができる/かかってこい豆しば、こっちにはくまモンがついてるんだぞ

【なかよしインターネッツ】
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知識を眼鏡にして退屈から逃げよう。
今日ですね、ポイド担当会のガリベンガーVさんのですね、ファンクラブ専門の生配信がございました。
大衆対策といって関根由加先生、東海大学の先生ですね、をお呼びしてですね、夏の大衆対策というテーマで授業を行うという会でございました。
最近ですね、ポイド担当会、それこそうんち化石がテーマの泉先生であったり、いろんな4月からですね、妙に文字数が多いなみたいな会はですね、
イトッポイドが基本的に内容から何から担当しているみたいな、そんなものを続けておりましたと。
多分なんですけれども、一旦今月で区切りになるかなという印象でございます。
印象というか、まあそういうふうに自分で決めたんですけれども、来月からですね、もっとよりよりソロに近くなっていくというか、
もはやあれですね、仲良しインターネットMCのイトッポイドがガリベンガーV3でも番組を持つみたいな、そういったニュアンスの構図になっていくんじゃないかなというような気配がしております。
ということで、ぜひ引き続きリスナー電機の方はですね、多分このポッドキャストを聞いているのとほぼ変わらないような感覚のコンテンツが増える可能性がありますので、
ぜひB面という形で、こっちがB面かわかんないですけど、イトッポイントではこっちがA面ですけれども、お楽しみいただければという感じでございます。絶賛準備中でございます。
でですね、実を言うと、いろんなスケジュールの兼ね合いとかがあって、本当は夏末盛りのタイミングにやる予定だったんですけれども、
ちょっと寸前でいろんなスケジュール、体調であったりとかみたいなものがございまして、イトッポイントは全然変わらず元気でございます。
9月の今日まで延期という形になっていたんですけど、無事実施することができてハッピーでございます。
内容についてはですね、YouTubeとか見ていただければ、どちらかというとYouTubeよりも後半のテレ朝動画さんの方で行うほうがほんちゃんなんですけれども、
なんかね、ずっと最近結構、めちゃめちゃ、8月のハカトレVが振り返ってみればめっちゃ楽しかったなっていう感じで、
一方でそれが終わった後のバタバタみたいなものがあんまり自分でコントロールできないような外部要員みたいなものが多くてですね、
はちゃめちゃに夫婦みたいな感じになっており、どうしたもんかなって感じだったんですけれども、
そんな中ですね、今日帰り六本木歩いてて、きっとこれってそうだなって思ったのがですね、
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知識というものに対して何かクイズ的なものであったり、豆知識的なものであったり、
へーみたいなものであったり、なんかちょっと散歩歩いたら忘れそうな明日から使えるみたいなやつであったりとか、
そういうの実はいとこであんまり興味がないんですよね。へーみたいなものにあんまり興味がなくて、
それよりもいわゆる色眼鏡をゲットするためにいろんなことを知りたいっていうふうに思っていて、
いろんなことを知りたいって、そこまでいろんなことでもないんですけれども、
最近結構やっぱり人と話していてですね、
VTuberの前鶴よかとさんに福岡を案内していただいた時もいろんなことを聞いたりして、
とにかく聞きたかったので、いろんなことを本当に丁寧に教えていただいたんですけれども、
よかとさんは福岡県定というそういったものもあるらしくて、
それを受験しているわけですから、いやすごいですね、何でも知ってますよ本当に。
なのでたくさん教えていただいて感動したんですけれども、
そこの二人でコーヒー飲みながら話していて、
そういう知識というか知見というかそういうものを知りたいみたいなその欲望ってどこから来るのっていうふうに
たびたび質問をされましてですね、何だろうっていう。
その時のいとっぽいのの答えは、明日それあなたも作ってくださいって言われた時にすぐできるように、
どこがコアでどこがポイントでどこがしずれなのかっていうのを
常に視界に入るもの全てで考えるような病的な癖があるので、
もはや多分これは強迫症の延長性にあるんですけれども、
それに近いものなんじゃないかなっていうふうに答えてたんですけど、
もちろんそれもあるんですが、それよりも激ぐずりしてるいとっぽいの、
マジで本当超ぐずってたんですけど、ぐずってるとあっと思ったのが、
とにかく世の中に退屈したくないっていう気持ちがあって、
普通にしてると病で退屈するというか飽きるというか何も面白くないじゃんみたいな感じになってしまうので、
同じ風景でも少なくとも何か楽しみを見出せるような新しい色眼鏡をかけたいという欲望が強いんだなっていうのを
ふと今日改めて言語化できて、それを考えると本当に自分の地元のことを思い出さざるを得ないなっていうふうに思っていて、
茨城の県南、霞ヶ浦市、もっと言うと千代田町、旧千代田町ですね、霞ヶ浦市に合併していますけれども、
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そこらへんに住んでるんですが、土浦でもなければ霞ヶ浦でもなく、一方で筑波でもない、牛久でもない、石岡でもないんですよ。
例えば石岡だったら嫌のつく小雨の人たちが多いお祭りがあらくれ者だよとか、土浦だったら工場あったりとか、
いろいろ大きい工業地帯でも一応あるし、羽生駅でもありますからね、県南の、ある程度都会だった人が多かったりとか、
霞ヶ浦の方だったら湖があってみたいのもありますし、筑波だったらもちろん研究学園都市ですし、筑波エクスプレスもありますし、
千代田の栗とかブドウとか梨とかが農家だったかというとそうでもないですし、国道に近いようなところの住宅しかないみたいな、緑もなければ何もないんですよ、本当に何もない。
何もないがあるっていうじゃないですか、それすらもないんですよ、情報がないんです、面白みがないんです。
大人になってもう一回行ってみるとやっぱり自然豊かでよかったなとかそういうのもないんです。
そういう本当なんか微妙なはさかいのところにあったんですよね。
そういうところに住んでる人だったらすごくわかると思うんですけど、本当に峠港の時間とか、学校までめっちゃ遠いんですよ、なぜか端っこだから。
自転車通学が区域の問題かなんかでなぜか自転車が禁止されててめっちゃ端っこなのに、2つ3つ隣の子は自転車使ってるのにみたいな、死ぬほど長い距離を歩かなきゃいけなくて、
マジでよくわかんなかった、半泣きになって昆虫先生に直談判しに行ったことありますよ、地図に、それでもなぜか許されなかったんですよね。
もうそこからもうすべてが嫌になったんですけど、そういう文化はつる土地にいたときに、それで何か空想の世界にっていうのももちろんあるとは思うんですが、
ここではないどこかに対する欲望がものすごいあるっていうのがイトポイドなんですよね。
逆に、だから何か人と話していたりとか、ある地域とかに足を踏み入れたとき、ある組織、あるコミュニティーに足を踏み入れたときに、
ここではないどこかみたいなところへの同型憧れや、もっと何かいい感じにハッピーになりたい、そのいい感じにというのは例えば経済的成長とかする話じゃないですよ。
何かそういう気持ちから気持ちにならないようにしたいみたいなのの渇望みたいなのがないみたいなものに対してめちゃくちゃ敏感なんですよ。
やっぱりじゃあ一方で同じ地元の人と話しても同じテンションを感じるとそうでもなくて、やっぱりこの謎の脅迫的な欲望みたいなものはこれは結構自分特有のものなんだなっていうのを、
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今年の夏に改めて気づいて、今までは冗談めかして言ってたんですけど、結構リアルにそうだなっていう、これも前回の残白島の名前を聞いていく作業なんですけれども、
例えば峠湖の時でマジで同じ道じゃんっていう本当につまんないわけ、途中に何かがあるかって何もないのよ、本当に何もない国道沿いみたいなものをトボトボと歩くっていうのを想像してみ?徒歩で。
しかも背もちっちゃいよちびっこだからめちゃくちゃ時間かかるぜ。お腹痛い時だけ汗だくんなってダッシュするんだよ。でもお店とかもないからさ。畑とかがあったらまだ山々とかあったら遊べるじゃん。
どれもないんですよ。やばいよ。普通に自転車使わせてくれた話ですよね。東京だったらバスとか電車とかありますけどね。例えばそういうのを歩いていて、何であんなにつまんなかったんだろうっていうところの一つに何も知らなかったからっていうのがあると思うんですよね。
まあそりゃそうだ子供だからそりゃそうだって話なのかもしれないんですけども、でも少なくともある程度大人になると、これってこういうふうに作られてるんだとか、こういう理由があってこうなってるんだっていうのを知るだけで、その一行を知るだけでやっぱり目に入ってくる世界の見え方っていうのが変わってくる。
いわゆる意図であったりとか作為の意味ね。意識するに図画工作の図と書いて意図です。意図であったりとか、まあそのどうしようもないからこうなってるとか、あとは歴史の話であったりとか。ただイトッポイドの地元はそんなに歴史があるっていう感じでもないので、まだ歴史については細胞で理解できてないんですけれども、でもただ人の営みがあるところ、すなわちコンクリートですよね。
コンクリートとセメントには意図があって、設計があって、理由があって、まあ積極的な理由でないものもあるかもしれないんですけれども、少なくとも人の意識があるはず。で、そういうものをどういう感じになってるかっていうのを知るだけで、あ、ってことはこれはこういう感じに作られたんだなとか、これってこういうふうになってるんだなっていうのがわかるじゃないですか。
で、まあその同じ家と学校のすごい退屈な繰り返しみたいな、すずみやはる日の憂鬱だったら何か面白いこと起きないかなみたいな話だと思うんですけれども、現実はそんな起きないわけですよ。何か自分からやらない限りは。
だいたい何か外部要因で起きることというのがハッピーなものである確率というのは非常に少ないですからね。基本それってサプライズなので、サプライズってストレスがかかるものなのでね、驚きという感情というかその反応というのは、体は緊張しますから一緒にサプライズはどんなものであれ、うってなりますからね。
話を戻すんですが、そういう時にこれってこういうふうになってるんだっていうのがわかるだけで、例えば自分のアクションを変えることができる。じゃあ裏側見てみようかなとか。でもそれ知らない限り裏側見るなんて発想ないわけですよ。だってもうつまんないわけだから。
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そういうもんだと思っていて、イトッポイドが何かこう知りたいなっていうか、ものすごくなぜそうなってるんだろうっていうのをちょっとやっぱりキャッチアップしたい。キャッチアップできるタイミングがあるのならば絶対にそれはうって吸っておきたいって思う理由としては、基本世の中に退屈したくない。
もうなんかこうしょんぼりする暇を与えたくないイトッポイドに。そういうような結構欲望、脅迫性がかなりあるなっていうのを思いました。これみんなそうだと思ってたんですよ。みんなそうだろうと。みんな基本的にしょんぼりしていてしょんぼりクラブでグズっており、いつもフニフニしておりみたいな。意外とそうでもないみたいな。
もちろんしょんぼりクラブの仲間たちはいますけれども、みんないやいや気ですけれども、それはそうとして、そこからじゃあ何かしらこうジタバタするかってなったときの手法として、そういう色眼鏡をつける、探す。それをやろうとする人というのがそんなにいない。
イトッポイドもじゃあ昔からそうだったかっていうと全然そうでもないわけで、もう地獄のような退屈な日々を送っていたので、なので想像の中、空想の中に現実逃避するというのは多々やっておりましたけれども、でも何かなんだろうな、自分が作るものに関してで言うと、それが何か専門的な体系化された研究であったりとか、情報であったり知識であったりみたいなものは、
もちろん実体験みたいなエピソードトークもイトッポイド大好きですので、それももちろん好きですし、実体験というのがシステマチックな情報や学習対象となるようなこと、すべてがそういうものではないというのは、むしろイトッポイドはそっち派なので、そっち主流なので、わかるっちゃわかるんですけれども、
少なくとも何か自分がやる時は、そうできるのにそうできない、そうしないみたいなものの時に、もうなんか気が狂いそう、ラララララララ状態になって、もう頭がパーンってなるので、それをちょっとやるんだったらそれやりたいなっていうのがありますね。
いやもちろんなんか、例えばイトッポイドも、なんだ適当に例えば何かのど渇いたなって言って、自動販売機で麦茶買ってとか、コンビニでなんかよくわかんない新商品のやつ買ってみたいな、そういう時に何かこう見るものをすべてに対してこれってどこが作ってた、こうなんだこうなんだみたいなのって考えるかって言われたら、いやごめん考えるわ。
ちょっと考えるかもしれない。考えるかもしれないけど、ちょっと上手い例えが出てこないけど、まあそれをやらない時もあるわけ。例えばなんだ?うーん、うーん、お腹痛い、やばい、尊厳を失う、ダッシュっていう時に、じゃあ何かこう手すりとかのメーカーまで気にするかとか、手すりの角度が云々とかって見るかって言ったら見れないじゃん。そこまでしないと見ないか?そんなことはないと思うけど。
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でもそういうのもあるわけよ。別にそれは全然あるんだけれども、ただ何だろうな。豆芝みたいなのがあんまり合わないな。ねえ知ってる?ってやつ。ねえ知ってる?なんとかなんだよ。へえ。で?何なんだよ。豆芝。ジャンプしてみろよ豆芝よ。貴様が犬かなというのならワンと鳴いてみせろよ。
なんで急に、急になんかね、北野たけし監督の映画みたいな感じになってしまったのかわかんないですけど。ねえ知ってる?じゃないんだよ。あのね、知ってることにそんな価値ってないだろ今の時代。グーグルやいいだろ。まあグーグルも役に立たないか。まあ検索すればいいでしょ普通に。うん。暗記する必要とかないだろ。
いやもちろん緊急事態の時に何かすぐ対応ができるようにって言ったらたまに入れておく。それはもちろん大事ですし、ネットワークがつながらない環境でっていうのも全然ありますからね。全然ある。なんか山の上で事故るとか。そういう場合には非常に必要ですけれども、それはどちらかというと知識というよりも知恵に近いものになってくるので、また別の話かなと思うんですが。
何かそうなんだろうなスナック感覚のものというのがあんまりちょっとよくわかんなくて、で作る側になってみてよくわかったんですけどそういうもののコンテンツを作ってる側ってもはや作っててわかってないんですよね。まともにわかろうとしていない。真面目に真面目に理解した上でそれをなんだろうな口の中に入れて唾液とともに消化酵素で消化して。
きちんと消化した上で何か出すっていうようなクリエイティブをしていない。基本的には何かのコピペであったりとかっていうのをしてるので前後がつながってなかったりするわけですよ。
糸っぽではもうちょっとそれが通用するほど若い世代はそんなに節穴じゃないだろうねはと思っていて。若い世代がそうであるならば我々がそうなっていないのであれば無限に退化していくだけでありそれって絶望ではみたいな感じに思っているので何かそこはちゃんとやっていきたいという気持ちはありますね。
ちゃんとできないんだったらむしろあんまりやりたくないまであるなというかむしろ何か悪い影響がありそうだと思っていてそれを結構考えていますね。もちろん前も話しましたアレスサンドロさんでしたっけガンスリンガーガールのスパイの人会った人の職業の本を必ず一冊本屋で買って読んで家に本がめちゃくちゃいっぱいあるみたいな人。
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あれをなぜかちびっこの時に読んでめちゃくちゃ影響を受けてるんですがでも本というのは非常に体系化されていてもちろんそんなそういうのじゃないのもありますよ。でも一応頭からケツまであるわけなのでせめて一冊読むってだけでもだいぶ違うんじゃないかなっていう気はしますね。
一冊全部読む必要はないと思うんですが普通に本の読み方として。でもなんかこうこれから自分がもしそういったものを手掛けていく場合はきちんとそこをやりたいなっていう感じがしますね。
うんち化石の会はやっぱり泉先生のパッションがめちゃくちゃもうとにかくやる気があるというのをSNSを拝見しててもビンビンに伝わってきて書かれている本ももはや思想と情熱がすごいみたいな。
もう伊藤ポイドが真っ先に思ったのがこのまま伊藤ポイドに編集させてほしいなっていうのもちょっと思ったぐらいなんですよ。ポイドが編集すればもっとブーストかけられる気がするっていうのも思ったぐらいなんですよね。なのでめちゃくちゃやりたくてやらせていただいたっていうのもありますし。
大衆対策に関しては、もちろんコミケとかカードショップみたいな文脈もありますけれども、もうとにかく社会問題になっていて。三鷹駅とか普通に歩いてたら三鷹の駅前のホールとかのホワイエみたいなところにスメルハラスメントっていう言葉があるよみたいな。
たぶんあれは学校の何か社会の授業かなんかの課題のポスト発表なのかな。なんかそういうのが貼ってあったりしたんですよ。で、うわここまでそうかみたいな。だから別に何かポップでキャッチーな話ではなくて、ちゃんとそういう公のものの施策として取り扱われるような題材になっているみたいな。もちろんそれは例えば下水の話みたいなものとかっていう社会インフラの話みたいなものにも接続していたんですけれども。
でも何だろうな。日本めちゃくちゃ狭いですから本当に。電車もぎゅう詰めになりますしみたいな。特に東京がぎゅう詰めですよね。もう本当に一度東京から離れると本当に痛感しますね。東京はぎゅう詰めすぎるっていう。そりゃ部屋も狭いわみたいな感じで。
で、そうなった時にもちろん先生もおっしゃっていた通りまだまだわかっていないこともたくさんある。こんなにも身近なものなのに全然わかってないこともある。もっと体系的にちゃんと実験をしなきゃいけないんだけれどもそれも間に合ってないっていうね。
で、それこそ先生と本番前にですね、このポッドキャスでも度々話していますが、もうアパレル業界でとにかくウールの需要がめちゃくちゃ高く、防臭効果がとにかく歌われると。じゃあ何かめっちゃ実験がされたかっていうとそうでもないんだけれどもただ実体験としてめちゃくちゃ匂いがしない。
で、実験がされるよりも前に何ていうか実体験としていいよねっていう感じになりめっちゃ展開されている。薄手のメリノウールみたいな足ですよ。本当にTシャツみたいな。で、先生もやっぱりそれ実験しないとねっていうふうにおっしゃってて、ああやっぱり世の中ってそういうのたくさんあるんだ。まだ見えないところ、ブラックボックスのところたくさんあるんだ。すべてが解き明かされてるわけじゃないんだ。
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もちろんそうなんですけれども、その上ででも昔より少なくとも10年前よりもわかってることというのはもっと爆発的に増えてるはずで。すなわちそれは世界を見るための強制のメガネやある視点で見るための色メガネみたいなもの。これはポジティブな意味で使ってます色メガネというのは。フィルターのことですよね。そういうものがものすごくものすごくあるということですよね。
さらにそこから片手でいろんな知識にもアクセスできるってなると、相当退屈しないんじゃないかなって思ったんですよ。で、ちょっと前まではでもインターネットがあれば、例えばいとぽどがキッズの時はニコニコ動画に救われてましたし、YouTubeにアニメが違法アップロードされてた、すずみはるひの憂鬱がアップロードされてたのを確か見ていた記憶がありますね。実家の部屋で。
で、3分の1とかに分割されてるやつですよね。もう今覚えてないんですけどもはや。なんかわかってなかったので当時。なんでこれがアップされてるのかわかってないみたいな。ていうかこれがなんかテレビで放送されてるのかどうかすらわかってないっていう感じだったんですけれども。
それじゃあインターネットのそういったSNSやコンテンツ投稿サービスによって現実をすべて忘れられるかって言うと今相当難しいじゃないですか。とにかく人がピーチクパーチクピーチクパーチク言ってるので、どうしても比較してしまったり。もちろんインターネットがオリンピックだからオリンピックで戦おうとするとマジでやばいよって話を前もしましたけれども。
それよりも伊藤っぽいのは相対化してしまうっていうことの危険性というか刺激性みたいなものの方がちょっとやや意識しないといけないなと思っていて。現実逃避をする暇がない。すべて相対化せざるを得ないっていうインターネット。これは本当につらいよなっていうふうに思っていて。
いわゆる人が多いんですよね。物じゃなくて人が多い。ことじゃなくて本当に人が多い。そうなってしまうとやはり比較みたいなものが生まれてしまう。相対化のチャンスがたくさんできてしまう。
ってなった時に、例えば知識ってワンチャン人が開催しない可能性があって、それはなぜかというと流動的なものでない可能性があるからっていう。時間の流れがリアルタイムではない。すなわちニコニコ動画のコメントが疑似同期性と言われたようにですね、今のSNS環境を含むインターネットというのが疑似同期性というよりもかなり同期性によっていると。
知能が人間がピチクパチクして広告費バンバン回るからいいんだけど、人が言ったことだとしても知識としてある程度昔に言われたことみたいな感じで、いわゆるNOWの相対を挟まないとなると、実は何か今知識というものはニコニコ動画のコメント的なものなのではないかというのを意図っぽいと考えていて、誰が言ったかわからないけどなんかそうらしいみたいな。
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で、ちょっと匿名性もある。もちろん本の書き手は書き手として存在するけれども、本を読んでる時にめちゃくちゃ書き手を考えるかっていうと、少なくともSNSのUIよりは考えにくいじゃないですか。何かニコニコ動画的なのではないかというのを一瞬待って思うんですよね。
で、それじゃあ何?昔から何?ソクラテスの時代からニコニコ動画だったってこと?いやそういう話ではなくて、スマホ片手に知識にアクセスする。なんだったらググった結果とかもう結構前のページ感ありません?例えば何か意図っぽいと最近皆さんにいろんなお土産をいただいたので、全国の広島のもみじ饅頭いただいたりであったりとか、北陸の富山石川のジャーキーもらったりとか。
福岡のいろんな和菓子もらったりとか、お茶ですね。日本茶もらったりとか。一つ一つ調べて、なるほどこういうメーカーさんなのかこういうブランドなのか、なるほどねって言って、その地域の関係性とかあんのかなってピコピコピコってもぐもぐ食べながら調べてるんですけど。
やっぱねそういう時にアクセスする時のページってももちろんねメーカーさんがきちんとサイト作ってくださってるのでありがたいこと、あと地域のね観光家とか作ってくださってるのでめちゃめちゃありがたいんですけど、なんかね宝物を見つけたような気分になると思うんですよ今。今マジで。それはやっぱりNOWに更新されてるわけではないからなんですよね。若干過去っぽいんですよ。
だけれども情報の整合性としては多分今も間違ってないっていう感じ。もちろんね前唾のものもありましてピンキリですけれども。でもそれってマジで疑似動機性で。リアルタイム過ぎない、リアルタイム過ぎるものがあってそうじゃないものがある。そしてそれうっすらリアルタイムで時は流れているのをもうそこから意識を飛ばすことって相当難しい。
それこそ多分それはメディテーション、瞑想をしたりとかサウナで頭ぼーっとさせたりとか半分寝てる時のレム睡眠ノンレム睡眠の狭間みたいなそういうタイミングじゃないと難しいと思っていて。つーことは現実逃避というのはもういわゆる動機性から完全にパーリされることって結構むずいんじゃないかみたいな。外国に行ったとしてもむずいですよね。だってスマホ繋がるしみたいな。
昔は違ったと思うんですけどね。なので何かこのニコニコ動画のあの感じというのは結構今キーワードになるんじゃないかなというのを感じています。なのでニコニコ動画のコメントがそのコメントを見て誰かがまた書き足すようにいわゆる繋がっていないといけない面白さが繋がっていることにあるじゃないですか。
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さみだれでもよくないんですよね。それが糸っぽいのが豆芝おい出てこい豆芝ここにいるのはわかってんだガチャガチャガチャ出てこいやほらガチャガチャガチャガチャガチャなんとか県警だごらんみたいな。最近流行ってますけれども。でね面白動画だとあーいつってたぶんそれ隣だと思いますつってみたいなそういった面白動画もありますけれどもあれはもちろんコントだと思いますけどね。
いやマジで豆芝マジかみたいな。でも糸っぽいのも豆芝したいな。ねえ知ってる?みたいな。ねえ知ってる?糸っぽいのなんか豆芝できるかな?多分なんもできない。糸っぽいのそういう単発のやつね全然得意じゃない。得意じゃないというか1ミリも興味ないというかもはやマジで興味がないのであの全然わかんないですよね。単発っていうのがあんまり興味がない。やっぱ繋がっていないとっていう感じがすごくありますね。これは多分糸っぽいのの魔術特性だと思いますね。
繋がるということっていう。なんかそれは最近そうなんだろうなっていうことを考えています。はいということでまあ妥当豆芝。こっちにはくまモンがついてるからな。いや別についてないね。別についてはいない。ついてはいないけどくまモンだぞみたいな。くまモンくまモン。
あの糸っぽいのが歌を歌うときに微妙に元のメロディーと異なるものを延々と口ずさみ続け、原曲中にめちゃくちゃ怒られるっていう。
いやこれでもね合唱コンクールとかではソロを張ったりとかしてあのちゃんと大会とか出てたんですけどね。昔はピアノで万葬者賞をいただいたりとかもしてましたけれどもはるか昔ですけれども。もうなんとなくすべてがガバガバになってきたんですかね。
糸っぽいとイメソンの曲はこれですみたいななんだろうな知見のあるオタクからのお便りもお待ちしております。はいではまた次回。
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