1. 名もなき夜の再起動
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ムービルの最後に想い馳せ
2026-10-09 30:04

ムービルの最後に想い馳せ

今回は、相鉄ムービル閉館後のイベントである

ストーリークロッシングアートフェス

https://artfes.tsukuriba-edit.com/index.html

についてお話をしています。

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サマリー

横浜駅西口で長く親しまれた相鉄ムービルの閉館を受け、話者が子どもの頃から青春時代までの思い出を振り返る。映画鑑賞だけでなく、館内のゲーム筐体や周辺のゲームセンター、飲食店など、ムービルが横浜で遊ぶ起点だったことが語られる。閉館に際して開催されたストーリークロッシングアートフェスでは、建物全体を使った展示、短編映画の上映、ワークショップ、トークショーなどが行われた。映画人とAI・人間の表現をめぐる議論や、根岸健一監督の短編映画「さよならの前に出来ること」について感想を述べ、ムービルへの感謝と、表現者として活動を続けたい思いで締めくくる。

相鉄ムービルと横浜での思い出
名もなき夜の再起動。 今宵も電源を入れ直しましょうか。
どうも、モチオでございます。今回もですね、ちょっとお話をしてみたいと思います。 今回お話しするのはですね、
えーと、まぁちょっと自分の思い出も込みでね、 えーと、ちょっとお話ししていきたいと思っているんですが、
何かと言いますと、なんかここんとこ、こんな話がずっと出てる気がするんですが、
えーとね、2026年の9月30日をもって、 37年間、移転する前の初代ビルを合わせると、55年間ですね。
えーと、まぁ、ずーっと横浜の西口といえば、ということでね、 あのー、親しまれてきた、とある映画館、
蒼鉄ムービルですね。 こちらがですね、えーと、閉館になりました。
で、このムービル、まぁ蒼鉄ムービルなんですけど、 自分にとってもね、とってもこう思い出深い映画館になってまして、
ちょっとね、その話を今日はしようかなぁと思っております。 で、このムービルなんですけど、
今の場所に移ったのが88年。 で、その前はもう、だから何年だ?60何年とかになるのかな?
ちょっと初代、55年間だから相当ね、昔なんですけど、はい。 そんなね、こう歴史ある映画館が、こう、まぁ、
西口、横浜駅西口の再開発、あとはその今の建物の老朽化などなどによって、今度閉館、そして取り壊しっていう形になったんですけど、
まぁ、自分最初に横浜でこの映画を見たっていうのが、このムービルだったんですよ。
で、何の映画を見たかって言うと、これね、今でも覚えてます。 ドラえもん、のび太と龍の騎士。
で、これをね、見にね、わざわざ横浜まで行って、そしてこのムービルで映画を見たっていうのはね、すごーく覚えてます。
で、まあ、あの親に連れられてね、横浜に来て、それでこうムービルでね、こう映画を見たんですけど、もちろんドラえもん、のび太と龍の騎士ってすごくね、面白い映画なのでね、
はい、自分もすごく楽しんだっていう、まあいい思い出なんですけど、まあそれ以上にこのムービルっていうこの映画館が、あの、もちろん映画館なんでね、いろんなスクリーンとかもあるんですけど、なかなかこう普段映画館なんか行かないじゃないですか。
で、その映画館のね、通路の端っこのところにね、こう、
ゲームが、アーケードゲームが、筐体がね、テーブル筐体が置いてあって、で、それも、まあやっぱ昔ながらですよね。
はい、あの、今でも覚えてるのがね、確か置いてあったのがね、ファンタジーゾーンだったと思うんですよ。
で、その、たまたまね、並んでる、そのね、映画の順、ね、あの、公開まで並んでる間に、その、親がね、自分並んでるからちょっと見てきななんつって、いろいろこう、売店だったり、そのゲームコーナーだったり、ね、あの、まあ他の映画のチラシだったりっていろいろこうね、見る。
で、その、やってる、見ながらこう、ちょっと館内、ちょろちょろーって歩いてる時に、そのファンタジーゾーンをやってる、その、自分よりも全然年上のね、お兄さんがやってて、まあ、ぶっちゃけた話、上手いんですよ。
まあね、その、要はゲーセンでファンタジーゾーンやるっていう人間はやっぱり、ある程度ね、そのファンタジーゾーンっていうのを知ってる、わかってる、やり込んでる人間だったんで、
で、それをこう、なんかやってんなーと思って、チラーって後ろに向いて、ね、で、もう、あ、当たり前のようにクリアして、ね、当たり前のように、もうね、あのいろいろ、こう、うわ、すげーって思うようなことをやって、まあ、パターンがね、ちゃんとできていれば、一周クリアってのはそこまでね、実は難しいゲームではないんですけど、それでもなんか子供の頃には、なんかすげーな、かっこいいなーって、見た覚えがある。
そして映画も見て、やっぱり映画もいいなーっつって、で、パンフレットとかも買って、そのパンフレットも、もう、何回も読んで、ね、そんなことをした、すごく、ね、あの思い出のある映画館、ムービー。子供の頃はそんな感じ。
で、実際、こう、中学とか高校とかになると、やっぱりこう、休みの時にね、横浜出かけよう、遊びに行こう。
なんていうと、このムービル周辺ってのは結構ね、あの、ヨドバシカメラがあったり、ビッグカメラがあったり、あとは、ムービルだけじゃなくて、横浜ビブルっていうね、こう、なんかファッションのね、こう、ね、あのー、大きなビルがあったりとか。
で、もちろん西口五万街商店街、ね、そこにはまたね、ちょっと、あのー、ゲームセンターがいっぱいあったり、ハイテクセガとかがあったりとかもしてね、
その、いろいろこう、中学、高校、専門学校時代、本当にその、いっぱい、この西口、横浜県の西口ってのはもう、自分のそれも、それこそゲーセンのホームグラウンドだぐらいの勢いで、しょっちゅうしょっちゅう週末の旅には来て。
で、もちろんムービルの中にも、松屋があってね、ムービルの中に。で、また、ちょうどいいんですわ、お金的にも。ね、安い牛丼食べて、で、ムービルでササッと食べて、で、そのまま西口のゲーセン街に行くっていう。
だから、もちろん映画もムービルでいっぱい、映画が安くなる時もあったんで、その安い時に、その映画を見たりもしてるし、それ以外にも松屋にもお世話になったし、なんかいろんな意味でね、すごくこのムービルっていうのが自分のこの青春時代、中学、高校、専門学校、そして社会人になってから、横浜で遊ぶ時のこの遊ぶ起点として、
ね、そのムービルにね、こう、イエローサンマリンが入ってね、カードゲームだなんだ、そういうのが、お店が入った時にもそこでもいっぱい結構、ね、TRPGの台数買ったりね、いろいろこうカードゲームとかボードゲーム買ったり、いろいろそこでもお世話になったし、
そう、なんかこのムービルってただ映画を見るっていうだけじゃなくて、自分のその、なんていうのかな、青春時代の1ページ、それがね、すごくこう、何かにつけて、ね、その横浜にバトルテックができた時にも、バトルテックのところ行くにも、そのムービルからすぐ近くだったし、
ね、それこそ、あのー、今でも覚えてますよ、そのー、昭和から平成に変わった時、ですね、ちょうど西口の、ね、その大きなモニターで、新しい元号は平成になったなんていうのもね、そのー、見た覚えもあります。ムービルのところでも大きいね、あのー、外部モニターがあったりとかして、そういうのでね、ああ、時代変わったんだ、なんていうのもこう、
体験した。で、そういったのもね、横浜の西口の、ね、そのところ。で、まあ、もちろん、そんな日、学校なんかもやってないからね、そのー、もう、自分なんかはもう、不謹慎だからね、普通にこうやって遊びに行っちゃってね、横浜で遊んでたなんていうね、ところも、
なったりもするんですけど、だからそんなね、すごくこう、横浜の西口っていう意味ではすごくこう、思い入れのある、うん、そんな、そのー、映画館ムービルがこの9月30日で閉館になったっていうのがね、すごーく寂しいし、また、なんかいろいろこう、お世話になったなーって、ありがとうっていう気持ちもあるし、そんなムービルだったんですけど、
閉館セレモニーと最後のイベント
そのムービルが9月30日で閉館にはなったんですけど、最後にイベントをやったんですよ。で、そのー、9月30日は30日で閉館セレモニー。またね、これもね、最後に上映した映画がね、ニューシネマパラダイスってのがまた、なんていうか、おしゃれですよね。うん、粋なことするなーっていうね。
それで、ニューシネマパラダイスを最後に上映して、その後、こう、閉館の挨拶して、まあそれはもうYouTubeとかで中継もしてたんでね、まあさすがにちょっとその日はいけなかったんで、ちょっとYouTubeでの中継見て、うーんってこう、ちょっとね、こう、ちょっと考えにふけたりとかもしてたんですけど、でもその後、10月の2日と、でない、3日と4日、同日です。10月3、4の同日。
で、この日がね、あのー、まあ自分ほら、ポッドキャストをやってる人間じゃないですか。で、ゲーム系のポッドキャストやってるじゃないですか。で、ゲーム系のポッドキャストが結構盛り上がった日なんですよね、関西の方で。
で、大阪インディーゲームサミット。ね、OIGS。そちらの方にゲームなんとかさんが出演して、さらにゲーム系のポッドキャスターさんたちが退去として、20番組ぐらい?確か。ね、の配信者の方たちが集まって、大規模な、なんか70人、80人ぐらい集まったらしい、大型のイベントをやってたんですよね。
で、自分もね、ほら、普段は誰かと誰かのゲーム話っていうね、ゲーム系のポッドキャストやってますんで、正直迷った。いやー、大阪かー、いいなー、ポッドキャスターさんたちが集まって絶対楽しいっていうのも、迷ったんですけど、でもちょっと自分今回は、そのやっぱりこう自分のこの青春の1ページ。
その、それこそだから中学、高校、専門学校、社会人になってからって、だからもうそう、20年近く、もっとか?20年?10代から、それこそ30代ぐらい。
本当に横浜に行ってた時にもちょくちょく、まぁちょっと40代とかになってくるとだんだんね、行く回数がちょっと減っちゃったんで、あれだったんですけど、でもその自分の若かりし頃、独身時代は本当に横浜でよく遊んでたんで、その時にこう散々お世話になった、そのムービルっていうのをちょっと最後のイベント行きたいなーって思って、
建物全体を使ったアートフェス
こちらの、最後の2日間を飾る特別アートフェス。ストーリークロッシングアートフェスっていうね、イベントの方に参加してきました。で、これがですね、このどういうイベントだったかっていうと、このね、なかなかね、面白いことを最後にやってるんですよ。
何をやってるかと言いますと、ストーリークロッシングアートフェス、閉館したばかりの商業施設をそのままアート空間へと転換させる試み。もう2日間かけた、もう壮大なインスタレーションをね、やってまして、で、このムービルの中にお店もね、他にもいっぱい入ってたんですよ。
映画館だけじゃなくて、この複合ビルで、だから自分がよく行ってた松屋、まあそれ以外にもモスバーガー、さらには居酒屋とかも入ってたりとか、まあそれ以外にもね、ちょこちょこお店があったりとか、実はこのムービルって3階のところにミントホールっていうホールも劇場もあって、そこでね、いろんなこの地元のね、アーティストさんだったりとか、まあいろんなこうイベントやったりとか、そういうね、場所でもあったんですよ。
なので、その最後ということもあって、いろんな、もう至る場所、ムービルを全部を使って、あとムービルのさらに言うとその建物そのもの、その壁面とかまで、もうすべてを使って、もう壮大なインスタレーションをしてたんですよね。
でね、これがね、やっぱ最後、なんかね、ついつい湿った空気になりがちなんですけども、最後だからこそすごくね、かっこよく、ああやっぱムービルってこうだよなっていう、すごくね、こうなんか温かい最後空間がね、すごく広がってました。
で、その中でね、えーと、まあちょっとどんな感じだったかっていうのは、まあ記録するっていう意味でもね、ちょっとお話ししていきたいんですけど。もちろん映画も上映されました。で、映画は通常の配給の映画ではありません。何かと言うと、ムービルで撮影された短編映画だったりとか、その、このムービルの今回のアートフェスでトークショーをやる監督さんの、
デビュー作だったり。あとは、その閉館が決まってから、その短い期間でね、こう短編でね、いろいろ作られた作品とかも上映されたり。さらには、えーとね、これなんだ、チラシもちょっと見てますけどね。アニメーションで、このアニメーションプログラム、横浜4Kidsですね。
はい、このここで実際にワークショップをやって、いろいろこう作品を短編を一人一人作ったの、コマ撮りとかね、そういった作品。これ、あの、今回のこのアートフェスがプレイベントっていうのも実はやってたんですけど、前に。
そのプレイベントで開催した2日間で作られたコマ撮りのアニメーションワークショップの成果作品を、実際のムービルの大画面で上映したりとか。だからね、すごくこう、普段じゃ絶対やらないこと、ね、このある意味閉館したこの状況だからこそできるっていう、そういったね、あの映画、そこで実際に映画を作ってみたりとか。
実際にワークショップをやってその作品を上映したりとか、そういったことをやったり。それだけじゃなくて、さらにトークショーもすごい幅広い。映画にまつわるトークショーがあったりとか、これからの横浜駅周辺の街と未来について語ったり。さらにはこのムービルという壁面をすべてアート。
これね、面白いんですけど、壁面を使って漫画を作ってたんですよ。こう、1階から2階、3階でぐるーっと回って反対側の階段から降りてって、壁面に描かれた絵をずっと見ていくと、全部一つのストーリーにつながってる。
それがそのムービルという、今だからこそ読んで味のあるストーリーになってたりとか。そういう壁画のアート、これがムービルで行うことによって横浜のこういう街にどういう影響を出していくかとか。
あとは、映画っていうのはもちろん出てる人の衣装、ファッション、そういったものなどにも影響していく。さらには今回は遊び的な、楽しむ的な部分もあるので、ゲームに部分、ゲーム作家の頭の中、人気ゲームができるまでということで、
この映画館でのゲームを行うということの空間を使うことによってどういうふうにまた変わっていくか、なんていうインスタレーションとかもやってたりと。すごく実験的なことを最後にこの閉館したスペースを使って一気にやってるっていうね。これがね、やっぱり最後の最後までおしゃれでしたわ本当に。
映画館ね、なんていうの?やっぱり普段映画館に行った時って皆さんこう思うんですけど、ある意味、普段の日常から切り離された非日常的空間じゃないですか。だからその非日常の中でこういうことをやったらどうなんだろうっていうね、その普段にはない刺激、そういうのを試すっていうね。
そこから何が生まれるのか、どういう感情が起きるのか、そういったのをすごく体験させてくれる。そんな2日間になってました。これのゲームの部分についてはまた誰かと誰かのゲーム話の方で話をしていこうと思うんですけど、自分、ゲームの部分ももちろん参加もしましたし、それ以外にも映画も見てきました。
AIと人間の表現、短編映画の鑑賞
で、自分が映画を見た作品というのはそのトークショーね、根岸健一さん監督の、あと久保塚俊介さん、俳優さんの、このトークショーこちらを自分聞きました。聞いてきました。で、これがね、すごく映画人と横浜ということで話だったんですけど、正直ね、あまり横浜がどうこうというよりか、その映画人として映画、
っていうところ、そのどう見ていくのかっていう、あとその話がね、途中からね、やっぱり今流行りのAIの話とかにもなってて、アナログとデジタル、AIが作るもの、そして自分たち人間が作るもの、それがどう違うのか。
今後こう、もちろんAIとかがより綺麗な作品、映像とかそういうのは作っていく。ただそれと、実際人間がこう作っていく、その違い、そういったところって何があるんだろうか。そういったところもね、こういろいろ深く掘り下げたね、すっごくね、面白いトークショーだったんですよ。
てか、面白いというか刺激を受けるというか、こう考えさせられるというか、そこに血の通うというのはどういうことなのか。そこが、そういうのもね、こういろいろ。AIが作るってどういうことなんだろう。人間が作るってどういうことなんだろう。
AI、人工知能って、どういうふうに考えて、どういうふうに作品を作って、どういうふうに出来上がる。それに対して人間が作る時って同じ思考で作ってるのかな。いや、そうじゃないよね。ってなった時に、その違いっていうのが同じもの、映像として出てきた時にどこに出てくるのかなと。そういった話とかも出てきて、すごく面白かった。
で、実際にその話を聞いた後に、その監督の第一回作品。さよならの前に出来ること。という、これ短編の30分の映画です。これをね、見ました。で、主演が竹中尚人さん。で、あと渡辺裕美さん、近藤雅宏さん。この3人がメインで。いいですわ。うん。これがね。
もちろん30分で映画、その、そういうふうに言い方するかもしれませんけど。うん。やっぱりドラマじゃないんですよ。なんかすごくね、撮り方、カットの撮り方、映像の見せ方、そういったのがね、すごーく映画。うん。なんだろうな、これ。なんて言ったら、なんかその映画とドラマの違いってなんだろうっていうのをちょっと思ったりもするんですけど、すごくね、この、でもズシーンとね、すごく。うん。作品でしたね、これは。
最後にその自分がムービルのスクリーンで見た作品としてはすごく、これ思い出に残る1本になりましたね。はい。ちょっと30分の短い作品なんですけど、でもすごく良かった。うん。大切な人と明日も話すためにっていうサブタイトルが。これがまたね、竹中さんがいいんだわ。
竹中さん、渡辺さん、コウモスさん、この3人がとにかくいいんですよ、この人間ドラマが。うん。だからね、そういうね、このちょっとしたね、最初のタイトルの一瞬のカット割りからね、うん、そのね、自宅からちょっと歩いてるこのね、すごく絵になるというか、竹中直人ちゃんってすっげーな役者さんだな、でも、ほんと思いますね。うん。
ムービルに残った地域の記憶
いやーね、もちろんあの舞台挨拶とかも、竹中直人さんはいなかったんですけど、その監督の根岸さんとか、あとこの渡辺由美さんとかの話とかも聞いて、とても良かったです。はい。そんな、ちょっと最後にムービルの、最後の最後でちょっとね、短編映画、それを見て、ムービルにありがとうをした、ちょっとね、そんな話をさせていただきました。
でもね、ほんとこの2日間すごくね、良かったですよ。いろんな実験的なことやってて、映画館で落語をやってみようとか、あと映画館でゲーム、アナログゲームをやってみようとか、映画館でファッションショーをやってみようとか、いろんなことやってます。映画館で漫画読んだらどうなるんだろうとかね。もう、いやー、いろいろ考えるなーっていう。
だからすごくね、刺激を受ける。うん。その、映画館で同人誌を売ってみようとかね。映画館で、その、様々な高校生たちの発表会をやってみようとか。映画館でストリートミュージシャンがライブをしようとか。いろんなことやってた。うん。ちょこちょこね、自分の時の、実際にアニメーションのワークショップもやってた。ね。ファッションインスタレーションもやってた。ね。
いろんな、こう、専門学校生とかがデザインした。ね。そんなのも展示されてたりとか。ね。実際にいろんな高校。うん。横浜水蘭とか、あと平沼高校とか。ね。そういうところの吹奏楽部だったり合唱部だったり、歌ってたりね、演奏してたり。いやー、良かったですよ。本当に。うん。
だからその、なんか締めっぽい、どうしても締めっぽくなりがちなんですけど、でも最後の最後までこのムービルっていうのはすごく輝いてた。うん。そう思いますね。とても思い出に残る映画館だなーって思います。ね。そういう意味でありがたいんじゃない?うん。なかなかないよ。こういう映画館が閉まるっつってここまでのことを最後にやって。
まあ、それを仕掛けるこの西口のね、その商店街の人たちとか、そういうイベントの人たちとか。やっぱりね、ムービル好きだったんだなーっていうのがすごく感じられましたね。うん。だから来てる人たちも結構近所の人たちなんですよ。その、このイベントだからわざわざ遠くからというよりかは、もう自分何回も来てんだよね。そういうことです。もうすぐ近所なんだよね。
そんな感じ。それこそだから、なんか学校の文化祭とかそれぐらいのノリに近かったのかもしれない。でも、むしろそういう方がなんかすごくムービルには、なんか変にかっこつ…うん。なんかね、すごいおしゃれなんだよな。かっこいいとも違うんだよな。なんかすごくこう、ジーンと来ましたね。うん。とても良いイベントでした。はい。
だからちょっとね、もうゲーム系のポッドキャスターなのにね、大阪インディーゲームサミット行かなかったのもちょっと…うーんとも思いますけど、でもやっぱり自分はこっちというところで、はい。良かったですね。ほんと。なんか自分も刺激受けますね。これね、またね、こうやってポッドキャスターとしてこういう話もしようと思うし、やっぱマイクに向かって自分も表現者としてなんかこう、これからもやっていこうかなっていうふうに、ちょっと思った次第でございます。
はい。ということで、えーと、今回のお話はこの辺でということで。まあ、あのー、概要欄のところにね、いろいろあのー、ホームページでも、もうムービルのホームページはもう今何も書いてないんでね。ちょっと残念なんですけど。はい。ね。はい。あのー、ちょっと今回は感想の方にさせていただきました。
はい。ということで、ここまでのお相手は私、もちょーでございました。今回のお話はこの辺で。また次回をお楽しみに。それではまた。失礼しまーす。
お疲れ様でした。
me
ana
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