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こんにちは、Moです。おはようございます。こんばんは。
今、急に大雨が降ってきて、今、車を運転しながらなんだけど、
ちょっと雑音すごいかもしれないけど、許してください。
11月1日です、今日は。
読書鑑賞会の日ということで、
いろいろちょっと何か考えたんですけど、
今まで読んだ本の中で、ちょっと掘り返してきて、
さっき読み返してたら、ちょっとうーっとか来てしまって、
なんかこう、くじけた時に聞いていただけるような会になればいいなと思ってます。
どんな人もね、壁にぶつかる時とかがあるんだけど、
壁にぶつかった時の扱い方みたいなこと。
この歳になって、自分がどうやってそういう壁にぶつかった時に
乗り越えてきたのかとかいうことっていうのは、よくわからないんだけれども、
人から聞いたこと、聞いたことというか言われることで、
いつもポジティブに考えられるよねとか、
よくいつも明るくしてられるよねとか、よく言われてきたんですよね。
それでね、その部分とかって自分のことなんで、
あんまり深掘りとか、それが問題になっているわけではないので、
深掘りとかしたことがないんだけれども、
本当に自分と同じテンションの友達とよく話すのは、
もし壁にぶつかってそのままでいられる人、長い間、
ずっとずっとずっといろんなことを考えていられる人っていうのは、
きっとね、もしかしたらそういうふうにしているのが好きに違いないとか言って、
なんかよく話すんだけど、
悩んで悩んで悩んでっていう時間をね、ずっと過ごすのが、
もう私とかそのやっぱり同じテンションの友達とかは、
もう耐えられないので、何とかしてくれっていうふうに叫ぶわけですよね。
叫ぶと、もうやだよというふうに叫ぶんだよね。
なんかその叫ぶのが深掘りするともしかしたら、
叫ぶ前にみんな、そこで叫ぶ自分はダメだとか、
やっぱり自分が悪いんだからとかなっちゃうのかもしれないけど、
私たちはそのなんかもう悩んでることとかが気持ち悪くて、
その状態でいられないんですよね。
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だからいられないから、誰かお願い助けてくれって、
実際叫ぶわけじゃないんだけど、
それを聞いてくれそうな人を本能的に探して、
うーんって考えて探すと、だいたい話聞いてくれたりとかする人がいたりするんだよね。
そういう人に話したりする。
だからきっとね、好きじゃないよって、
私がね、こんなこと言うとね、そんな悩んでるの好きじゃないよとか思うかもしれないんだけど、
ずっと長い間それをできる人っていうのは多分好きだし、
あとは悩み以外にちょこちょこ来る人っていうのも悩むのが好きだったりね。
やっぱりこう思い過ごせない、そういうね、
ちょっとした問題点とかがあるとやり過ごせないみたいな感じで、
そういういろんな性格があると思うんだけど、
とにかく今までの自分の長い歴史を考えてみると、
そういうことに我慢ができないので、
いろいろな人に助けてもらったし、
よくよく最近考えてみたら、
あとはすごい壁にぶつく、壁というか、
自分の経験とかからは乗り越えられない、
あとは周りの人たちに聞くような相手の人がいなかったっていうような状況があった時に、
私そういえば、
テレビかなんかで紹介されていた本とか、
あとは本屋さんにたまに行くのは好きだったので、
読書嫌いとはいえ、本屋さんに行くのは好きで、
そういうのは好きだったので、そういう時に気になるタイトルのものを読むみたいなのを、
結構そういえばしてたんだなっていうのを本当にさっき気づいて、
今日は私を相談したい相手というか、できる相手がいなかった時に出会った本を紹介したいなって思ってます。
これは最近いろんなポッドキャストとか音声配信を聞いていて、
みなさん前置きしてからやるじゃない?
前置きしてで本編始まるって言ってやるから、
今日はボイシーのブックカフェの荒木さんの真似をして、
では本編始まりますって言ってみます。
じゃあ後ほど。
読書感想会です。
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今日をご紹介というか感想を話したいのは、
一冊が置かれた場所で咲きなさい、
もう一冊が面倒だからしようです。
同じ方が書かれていて、
渡辺一子さんという、
今は2016年にお亡くなりになられているんですけれども、
ノートルダム精神学園理事長をされていた方です。
私が読んだ時は2014とか15年ぐらいだったので、
まだその時ご存命で、
こんな方にアドバイスをいただけたらいいなと思いながら、
写真とかをね拝見しながら、
想像してね、読んだのを覚えています。
渡辺さんは幼少期、激的な幼少期でして、
9歳の時に軍人で、
お父様で渡辺城太郎さんが、
226事件の関係で、
目の前で暗殺されてしまうというご経験をされています。
その後、東京大空襲も経験されて、
その頃、キリスト教のね、
カソリック系の学校に行ってたということもあって、
キリスト教会で洗礼を受けて、
その後、城地大学に就職し、
修道女会に入られるんですね。
その後、修練のためにアメリカで数年過ごされて、
日本に戻ったら、
岡山にあるノートルダム精神学園の学長、
多分、まずは教師として呼ばれたんですけど、
先代の学長さんが救死されて、
それで急に学長になるという、
またここでも激しい劇的なことを経験されて、
最後、理事長をされた方です。
岡山というと、私にとってはあまりなじみのある場所じゃないんですけど、
最近は文化人類学者の松村先生が、
岡山大学の準教授でいらっしゃるので、
結構、最近は岡山が頭の中にいて、
昔からの友人が岡山出身で、今も岡山に帰っているので、
そういった方たち、お二人たまたまいるんですけど、
そういった人たちのインスタグラムとかを見て、
あ、岡山、いつか行ってみたいなと思っているんですけど、
そんな感じで、場所的にも今回読み返してみて、
親しみを持ったりとかして読んでみました。
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これは、本当に壁にぶつかったなと思った時に聞いてもらえるように、
渡辺一子さんが本の中でおっしゃっていることの3つ、
ピックアップして、ここでちょっとご紹介したいなと思います。
いろんな人生の中で、タイミング的に必要な本とかっていうのは、
出てくるもんだなとかって思っていて、
本とか、あとは出会い、人との出会いもそうだけど、
本当にこれは私が子育てが、やっぱり忙しい、
すごく何も考えないで忙しい時期がちょっと終わって、
ふと立ち止まった時、やっぱり年取るってことなんだと思うんだけど、
これから私はどうするんだろうっていう、
何か目標がなくなってしまったみたいな、
そういう時に出会った本なんですよね。
この中には、老えることだって大切なことです。
っていうこととかも書いてあるんですけど、
それはもうちょっと老いについて、
ちょっと恐怖になっちゃったりとかするときに、
読めたらいいかなとか思っていたりしますね。
私クリスチャンではないんだけれども、
やっぱりなんでこういうふうなものに私も惹かれるのかなとか、
今もまだよくわからないんですけど、
自分がどうやって生きていこうかなって思った時に、
出会ったのがこの渡辺さんと、
あともう一人、佐藤発明さんという方がいて、
これもいつかご紹介できたらいいなと思うんだけれども、
この方も実は、
森のいすき家という場所を青森の方に作られていて、
そこにちょっと心が迷ってしまった方が訪ねてきたら、
おにぎりを握って持たせてあげるっていう、
そういったエピソードがある方なんだけど、
その方もたまたま日本のマザーテレサとか言われていて、
やっぱりちょっとカソリック系なのかな、
クリスチャンなのかなっていう感じで、
なんとなく自分がまだわからないんだけれども、
そういった人たちより憧れというか、
こういった人間になれればいいなとかって、
こういう方たちみたいになれればいいなとかって思ったりするんですね。
だから別に宗教的なこととかではなくて、
本当におっしゃっていることとかが、
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自分の心を楽にさせてくれる、
そういう言葉がたくさんあるので、ご紹介したいなって思います。
今日3つだけピックアップしたいなと思っていて、
1つは、
面倒だからしようという方も、
私も面倒くさがり屋で、
面倒くさいと思っている自分も嫌だなと思っているんだけれども、
面倒くさいと思ってしまう。
そういうのを説明してくれた部分があって、
面倒くさいなとか、
あとは何も考えないでやらなきゃいけないからやる、
みたいに思っているようなことを、
どうやって考えるかっていうことなんだけれども、
1個、雑用はないっていうチャプターがあって、
渡辺さんがアメリカで毎日テーブルを拭いたり、
あとはコップを並べたりっていう食事の支度をしている時に、
修練長とおっしゃるんですね。
そこのリーダーの方なんでしょうね。
その方が、
あなたは何を考えながら仕事をしているのですかって、
おっしゃったそうなんですね。
そしたら渡辺さんは、
別に何もとおっしゃって、
そしたら修練長さんに、
あなたは時間を無駄にしていると怒られたそうなんですね。
行動としてはきちんとやることをやっていたのに、
なんで怒られなきゃいけないんだっていう、
反抗的な気持ちになってしまったんだけれども、
そこで修練長さんは、
時間の使い方はそのまま命の使い方なのですよ。
同じ仕事をするなら、
やがて夕食の席につく一人一人のシスターのために、
祈りながら並べていきなさい。
とおっしゃったそうなんですね。
つまらないって考えて過ごす時間でも、
それはつまらない時間になるし、
それはその時に何か違ったことを考えながら、
例えばここでは皆さん、やっぱりね、
キリスト教徒の方たちなので、
皆さんのためにお幸せになりますように、
っていうふうに考えながら、
祈りを込めながら並べたりするっていうの。
これどっちにしたってつまらないと考えててもいいし、
お幸せにって思いながらでも、
どっちでもいいけれども、
どっちの方がいいかしらねっていう話だと思うんですよね。
こういったちっちゃなエピソードの後に、
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1ページ使ってこういったことが書いてあります。
この世に雑養という名の養はない。
養を雑にした時に生まれる。
つまらないと思いながら生きる時間はつまらない人生になっていく。
ってこうやって書いてあったりするんですよね。
やっぱりこれ本当に幸せは、
そういうのがいつも自分の心が決めるのである。
環境とかそういったものの奴隷になったりするんではなくて、
自分が置かれた環境の主人となり得る人間になりたいものです。
というようなことを書かれてますね。
私この部分すごくすごく心に残っていて、
本当にどうせやるならやるって決めてるんだから、
やるって決めたら機嫌よくやり、
もうどんな万人の人のための幸せを願うことはできないんだけれども、
やると決めたらそれをどうすれば機嫌よくできるかって考えるようになった、
すごい大きいきっかけになったものですね。
次のお話が、
働くことについてなんですけど、
ちょっとこの部分読みたいんですが、
一生懸命は良いことだが、休息も必要。
私は木を切るのに忙しくて斧を見る暇がなかった。
一人の実業家が定年後に語ったというこの10回を、
私は次回の言葉として受け止めています。
スンカを惜しんで人よりも良い木を、
より早く、より多く切ることに専念したこの人が、
仕事をしなくて良くなったときに見出したのは、
歯がボロボロに欠けた斧でした。
木を切る手を時に休めて、
なぜ斧をいたわってやらなかったのかを悔やんだ言葉でした。
働きにおいては、大きな成果をあげたとしても、
木を切っていた斧である自分自身が、
その間、心身ともにすり減っていたとしたら、
本末伝統ではないでしょうか。
ということを書かれていて、
働くことは素晴らしい。
しかし、仕事の奴隷になってはいけない。
きちんと周りが見えているだろうか。
心にゆとりがないと、自分も他人もいたわれない。
こういう働くことについて、
毎日どう過ごしていくかということの指針が書かれていて、
本当に身体は一つしかないので、
そういうことをよく考えさせられた部分ですね。
若い時は何でもできると思ってがむしゃらにやったりするんですけど、
やっぱり、こういう環境から受けるストレスとかもたくさんあると思うし、
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いろいろ時間を取ったり、ゆとりを持ったりするのはいいことだよなっていうのを、
今言えるんだけれども、
これを読んだときはなかなか難しいなと思ってました。
やっぱり時間の使い方っていうのが、
どんな人にも共通というか、
どんな人にも可能性を持っていられるっていうものをいつも、
持てるものっていうのをいつも考えているんだけれども、
やっぱり時間というものは誰もが持っていて、
それをどうやって使うのかっていうのは、
私のいつも課題なんですけど、
それがここで書かれているんだけれども、
何かを待ったりとか、人を待ったりとかするときに、
結構前から、別に自分も遅刻とかしちゃう方なので、
人を待たせるというよりは、待っても平気だから、
そんなに急いだりとかしたことがないんですけど、
時間の使い方はそのまま命の使い方になるっていう言葉を書かれていて、
これ同じこと、エレベーターを待つときに、
ここでも話が出ているんですけど、
ここのシンガポールにいると、
他の国の方とかがいるんですけど、
その中に面白いことをする方たちがいて、
エレベーターが来ないと、上の方に行っているとね、
例えば、そのときに待ちきれないのか、
それをすれば早く降りてくると思うのかよく分からないんだけれども、
下っていうのを、自分は上に行きたいんだけど、
その上にあるエレベーターが下に来るようにって思うのか、
下を何回も押すっていう人が結構、
今はいないけど、10年前ぐらいとかにいて、
どうなるかというと、下を何回も押すもんだから、
下に行きたくなくても、
そのエレベーターが止まって誰も乗っていなかったとしても、
下に行こうとしちゃうんだよね、エレベーターが。
それで余計に時間がかかる上に本当は行きたいのに。
そういうことも考えられないで、
下をガンガン押すっていうのを、
教えてあげたらいいのかなとか、
ちょっと考えたことがありますね。
そういった、焦ってる時間はもったいないのか、
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その人が急いでいるからなのか、
そういうふうにした方が早く来ると思っているのか、
わかんないんですけど、
そういった面白い人にも会ったりとかするので、
時間の使い方とかっていろいろだなぁとか思ったりしてます。
ちょっとね、まだいっぱい話しきれないこととかが、
この中では本当にいろんなことを、
考え方とかをこの本で学べたので、
本当はもっともっとお紹介したいんですけど、
もし、すごいちっちゃくてかわいい本なので、
これ結構ね、迷っていたときは、
いつもカバンの中に入れて持ち歩いてたんですよね。
なんかこう、勇気が出るというか、
全然ね、元気な時に読んでもね、
はぁ?とか思っちゃうんだけど、
なんかね、やっぱりね、
大変な時とか、自分がなんかこう、
簡単に一歩前に進めない時とかに読むと、
本当にね、元気づけられてるというか、
あぁ、なんかいろいろしてたもんじゃないな、
とか思ったりするので、
もし、なんか壁にぶつかったときに、
これ読んでいただけたらいいかなって思ってます。
しかもね、なんかもう渡辺さん亡くなっちゃってるし、
面白いことに全然、赤の他人なんだけれども、
こうやって残してくれたことが、
こんなに私の心に残ってて、
多分私は、なんか娘たちとかが、
壁にぶつかってたときは、
同じようなことをね、
こっからもらった言葉とかでね、
励ましていくんだと思うと、
本当にね、なんかつながってたりとかするんだなぁ、
とか思って、
なんか感動してて、
あと、前も言ったかもしれないんですけど、
上野千鶴子さんとか、
女性のフェミニストのことをやってらっしゃる方とか、
ご結婚とかされてないんだけど、
で、お子さんがいるわけじゃないんだけど、
こうやってね、他の女性だけじゃなくて、
男性とかにも、
いろんなことを伝えてくださってて、
血のつながりじゃなくて、
もうこうやって、
親から言われたことよりも、
心に残ってたりすることがたくさんあるので、
こういった、いろんな方からね、
教えていただいたこと。
だからまあ、なんていうのかな、
血のつながらなくても、
こうやっていろいろ自分がなんかやっていったら、
もしかしたら先にね、
なんか残ってたりするのかな、
とか伝えていったりできることが、
なんかそういう精神みたいなものがあるのかな、
と思って、
いつもちょっとぼんやり考えて、
いろいろ妄想しています。
じゃあ、いつも聞いてくれてありがとうございます。
じゃあねー、またねー。
ばいばい。