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2023-03-28 14:43

#220 車とお別れライブ(スタエフ)それぞれの喪失感

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それぞれの喪失感
最後の愛車での収録・物との別れ
おはようございます、Moです。こんにちは、こんばんは。
皆さん、お元気ですか?
私はちょっと、まだ疲れが…
昨日の配信聞いていただいた方、まだ疲れが残っていますけれども、
今ね、喉も意外がしていて、
いやー、ほんとね、気をつけてはいるんだけれども、なかなか難しいですね。
ほんと元気でいるっていうのは、休みをうまく取れてないっていうのはしょうがないですね。
移動してたのでね。
ということでね、今日はね、愛車の中で最後の収録をしようと思ったんですけれども、
もし、どなたかがライブでいらしていただけたらとか思って、今こちらで撮ってます。
さっきね、ちょっと試しにTwitterのスペースで撮ってみたら、
なんか、エアポートをしていたのを途中で撮って、そのまま録音できるかなと思ったら、
録音されてませんでした。
なんか撮っちゃったりしたら、なんかマイクがうまく使えなかったみたいですね。
使われなかったみたいで。
で、今ね、これが最後、車の中、結構ね、ここで喋るのが好きだったんですけど、
もうこの車っていうのは終わりですね。
自分の、今度主人の車がね、不主人がいない時は主人の車からっていうことになったりすると思うんですけど、
あとはね、一応マイクをね、買ったので、
マイクの方がやっぱり声が、なんかうまく録ってもらえるみたいな感じがあるので、
そっちで録るようにするのかな、
あと部屋の中とかでね、できるようにするのかなとか、そういう風にいろいろ思ったりしてます。
皆さんもどうですかね、こういった何か自分がいつも使っていたものとお別れしなければいけないとか、
喪失感と無責任な自己責任
やっぱりね、昨日3つね、大きなお別れがあるんですって言った中で、
私にとっては結構、車もそうだし、
娘とね、うちのいつもいてくれたヘルパーさんと、
その3つの大きなお別れがあるっていう中で、
やっぱりね、その人とのお別れの方が重要なのかなっていう感じで、
皆さんこうメンションしてくださって、
お別れの季節なんですねって言ってくださってる方がいたんですけど、
やっぱりね、皆さんどうですかね、
物とか、あ、そうだな、じゃあ、
お別れっていうものについてちょっと私も最近、
お別れとか喪失感みたいなものについて結構考えるので、
ちょっとその話をしようかな。
本当に人それぞれだねっていうことっていうのが、
なんか最近ちょっと無責任だなっていうふうに思うようにもなってきて、
その辺もね、
人それぞれが無責任っていうのをどうしてそう思ったかっていうのもね、
ちょっとまだ言語化できないんですけど、
でもとにかくね、
個々人が違うっていうことで、
みんな違うからあなたたち個人の責任で何とかしなさいよみたいな、
自己責任っていうことにもなりかねないかなと思って、
ちょっと無責任な気がしちゃってるんですよね。
だから全然みんなが違うから違っていいじゃない?
だからそれぞれあなたたち勝手にしなさいよっていうふうにも捉えられるから、
だからちょっと無責任な感じがしちゃう。
だけど逆にやっぱり、
みんな違うからそのみんな違う部分を尊重しながら、
やっぱりお互いを分かり合って尊重しながら一緒に共に生きていく。
でも友でもなくてもいい、
そういうところもあるよっていう。
本当にね、
白黒はっきりしない部分っていうか、
そういったところが重要。
そういうふうなところで生きていくっていうのが重要なんだろうなっていうのが、
最近やっと自分の身体とか、
なんとなくね気持ちにしっくりきてきた。
しっくりしてきたかなーみたいな感じがしてるんですけど、
その中でね、その今言った喪失感とか、
何かをなくすこと、何かではなくて人もそうだけどなくすこと、
そういったものっていうのは本当その人によってそれぞれだと思うんですよね。
人それぞれのものの見方と生き方
その感情とか。
私は本当にね、
あのポッドキャストとかのつながりの中から、
自身族の方とね、お話しさせていただいたりとか、
あとは鬱というような状態になったけど、
頑張ってそこから復活した方、
逆にまだそういった状況になっちゃってるけど、
その中でいろんなことをね、
試して頑張ってらっしゃる方。
日々ね、本当に生きるのが、
生きやすいなんていうことはなかなかないなっていうふうな世の中の中で、
何かをなくした時の気持ちっていうのは、
実はその人その人によって違うのではないかというふうに思うんですよ。
だからそれをじゃあ誰が分かってあげられるのかというと、
もう自分しかないんだよね。
だからその気持ちを誰かとシェアできたらいいんだけど、
例えば今回もそうだけど、
車を私が最後まで乗って、
なんとなくやっぱり、
お別れの気持ち
持っていかれちゃうまでは一緒にいたいなみたいな気持ちになるっていうのは、
ちょっとなんかストレンジ?
ストレンジっていうのはちょっとおかしな感じ?
って思うかもしれないんだけど、
でも私にとってはなんか最後、
せっかく時間があるしバタバタしてるわけじゃないから、
なんか最後お別れの時間をね、
相手はものだし気持ちがあるもんではないけど、
だからそうにしたい自分がいるというか、
そういうのを私は自分の中で、
そんなこといいよって思う自分もいれば、
でもそうしたい自分がいるというの、
それを認めているので、
なんか心地がいいわけなんですけど、
例えば皆さんの中でも、
そんなことは非常識、常識的にとかね、
一般的にとか、
そんなことで悲しむことないよ。
例えば何かをなくしちゃった時、
例えば消しゴムとかでもなくしちゃった時に、
全然それ気にしない人もいるだろうけど、
もうめちゃくちゃ気にする人もいると思うんだよね。
私ね、物なくすのすっごい苦手でね、
物なくすのだけは大変だから毎日、
やっぱり子供の時はなくさないように、
なくさないようにって、
それに神経をすり減らすみたいなことが、
今思えばあるんだけど、
そうじゃない人だっているんだよね。
そしたらどちらか比べた場合は、
なくしても気にしない人の方がよっぽど生きやすそうじゃない?
だから相対的なことなんだけど、
その人によって本当にその気にする部分っていうのは違うよね。
何かをなくした時、
あと自分の中で、
やっぱりなくすっていうことで言うと、
自分の中で自分らしさをなくしている時、
それってもう本当に誰にも気づいてもらえないことだな、
とか思っていて、
本当にね、
これもちょっとね、
何の本だったか忘れちゃったんだけど、
その話を聞いていてね、
思ったんだけど、
どなたかをなくすとかっていうことをとって、
自分の中のどなたかを、
その人がいた場所をなくしちゃうことだ、
っていう話をちょっと聞いたことがあって、
失い方による喪失感
いや本当にそうだなと思って、
私も小さい時に、
ご両親をなくした方とかに会った時に、
私はこの人に同情したり、
共感したりとかする努力はできるけれども、
私が本当に自分の親をなくした時ほどは、
決して悲しくなれないし、
悲しいはずはないって思ったことがあって、
結局今本当に自分の両親が亡くなった時に、
やっぱりこの悲しさは、
比べるもんじゃないだろうけど、
他の誰かが亡くなるより、
やっぱりすごい悲しいことなんですよね、
比べることじゃないんだけど、
それを説明する時に、
さっき言った話の、
自分の中をなくしちゃう、
自分の中の何かがなくなっちゃうから悲しいんだ、
っていうふうな説明をされた時に、
いやそうなんだよな、みたいな、
そういうことがあるんですよね、
何かをなくすっていうのは、
人をなくすもそうだし、
何かを喪失感があるっていうことは、
自分の中の何かをなくしていること、
物であっても人であっても、
そういうことなんじゃないかなって、
物を失った時の喪失感
出会ってしまってるからね、
その何かとは、物とは、
うちの息子も物をなくすのがすごい苦手で、
本当なくしたくない子なんですよね、
私その辺は自分がすごい似てるので嬉しいし、
あとは私みたいなのに育てられてるんで、
うちの子たちは物を大切にしてくれるんでね、
だけどその代わり買うものも、
本当に気に入ったものだけを買うっていうふうな、
買ったりとか必要なものだけを買うっていうのは、
やっぱりできてるのかな、
だから逆に特別なものを買ってたりするので、
失くすとすごいもう、
私からしてみるとすごいそんなに高いものではないから、
そこまで落ち込まなくていいよ、
とか思っちゃったりすることもあったりしたんだけど、
ちっちゃい時は、
でもめちゃくちゃ落ち込むので、
やっぱりそうすると息子も娘もね、
あれはあの時にあの時、
ああいうふうに買ったものだから、
失くしたから困るんだって説明をされた時に、
私もああなんて浅はかなんだろうってね、
また買ってあげるよなんて言っちゃいけないなと、
思ったりとかしたことがあるんですけど、
そういうことでね、だから、
本当にね、
その人その人、
それぞれにその喪失感とか、
車とお別れ
っていうのはね、あると思うんですよね、
いろんなもうことだよね、
人を喪失する、なくすっていう話とかもあるだろうし、
だけどその自分の中でなくなってしまったものとかを、
埋め合わせていく、
一度思ってたものならいいけど、
初めからなかったものでも、
なんかそうやって欲しくなるっていうこともあるだろうし、
そういうのを本当、
前に私の英語の先生をしてくれていた、
ジャネットさんっていう方がいるんだけど、
あの私にね、
人生ってのはジグソーパズルのようなもんなんですよと、
だから一個ずつね、丁寧に、
埋め合わせていけばいい、
なんかこうピクチャーができるんじゃないの、
その時にしっくりこなかったですよね、
どんなピクチャーにしたいかも分からなかったし、
いやピクチャーみたいな、
なんか制限されたスペースみたいなの嫌なんですけど、
みたいなそんな自分もいたし、
だけど、
今思うとね、
それがまあ永遠につぐっつくパズルのようなものでもいいのかな、
とかっていうことも思い始めていて、
でもその中で、
ハマってたはずのパズルが外れちゃう時もあるとか、
まあそんな感じですかね、
そういうことをちょっと、
まあ私の愛車をスクラップしなければいけないということで、
いろいろ考えたり、
あとはやっぱり、
本当にね、
つらいですね、
仲良くさせてもらってた人と、
ちょっと距離を空けなければいけないとか、
それはしょうがないよね、
こっちがすごく話したかったりするけど、
相手には相手の事情があるわけだし、
こういったものに対しても、
本当に愛着湧いてるんだけど、
そういうのを見つけなきゃいけないとか、
あると思うんですけど、
はい、まあ春ですので、
季節の変化
そういった新しいね、
なんかこう春っぽいね、
色彩っていうのは、
やっぱり冬になる時の秋の色彩も、
美しいんだけど、
なんとなく寂しいよね、
なんかやっぱ変わることっていうのは、
難しい、
よね、やっぱりね、
なんとなく居心地がいい、
変わらないで居心地がいい、
いいんだったらそのままがいいもんね、
本当はね、
ということで、
ちょっとその、やっぱり季節の、
でもあったかくなるから、
嬉しい人がたくさんいるんじゃないかな、
と思うので、
今日もね、
皆さん良い一日をお過ごしくださいませ、
ということで、
今日はちょっと、
喪失感みたいなことについて話してみました。
何かご感想とかあったら教えてください。
では、
今日も良い一日をお過ごしください。
またねー。
バイバイー。
14:43

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