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🌋【耳毒GNB】土偶とはなんなのか?〜最新科学からの一説〜
2026-09-30 27:57

🌋【耳毒GNB】土偶とはなんなのか?〜最新科学からの一説〜

ソース⬇️⬇️
https://youtu.be/2v_WjS7I0vY?si=P0hx5qIbx9q8-SbM
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感想

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00:06
はいどうも、薩摩訛りのみやけんです。 今回のGEMINI notebookのまとめなんですが、
土偶についてのお話となっております。 近年ですね、やはりこの
戦死時代以前の情報っていうのが、 科学技術がいろいろ発達したおかげで年代測定とか、あるいはその
ゲノム情報とかですね、そういったところから いろいろ研究がすごく進んでおります。
で、我々が学校で習ったような常識っていうのが、結構次々と次々と塗り変わっていたり、 また新しい学説が出たりとかしておりまして、
YouTubeを見ていて、また新しいですね、そういう事実と予測というのも追い混ざってますが、
土偶についての謎っていうのがあって、それについてこういう可能性があるんじゃないかという面白い話があったので、
ちょっと興味深いなぁと思って取り上げさせていただきました。
でですね、ちょっとこのノートブックのAIの解説の中でちょっと読み間違いがあるので、
1点そこだけ注意していただきたいんですが、
北海道の函館から出土した国宝の道具の名前が、
チクウノとかチクウとかね、あとカチソラさんとか読んじゃってますが、
これは本当の名前はカックウという名前です。
そこの読み違いだけちょっと訂正させていただこうかなと思っております。
で、この後本編を流したいと思うんですが、
今回は本編が終わった後に改めて私の感想をちょっと付け加えたいと思いますので、
よろしかったらお聞きください。では、どうぞ。
あなたは博物館の静かな展示室でガラスケース越しに縄文時代の土偶を見たことがありますか?
よくありますよね。
頭だけとか腕だけしか残っていない不思議な形をしたあの粘土の人形。
そうですそうです。あれを見た時、無意識のうちに、
ああ、何千年も昔の古いものだから長い時間の間に自然に壊れちゃったんだなあって思っていませんでしたか?
まあ普通はそう思いますよね。古くて脆くなってるんだろうなって。
ええ、でも実は私たちが当たり前だと思っていたその認識が根底から崩れるかもしれないんですよ。
ここからが非常にスリリングなところなんですよね。
私たちが博物館で見慣れている土偶のあの壊れ場姿、
あれは決して時間の経過による劣化とか偶然の産物ではないんです。
03:04
古代の人々が明確な意図を持って残した壮大なメッセージだった可能性が高いんですよね。
今日はそのミステリーの確信に迫っていきます。
というわけで今回のディープダイブのミッションは、
なぜ土偶は常に壊れた姿で見つかるのか、
そして、消えてしまった傾れは一体どこへ行ってしまったのかという
古代日本の最大の謎を解き明かすことです。
本当に最大の謎ですよね。
今回集めたソースは考古学の地道な発掘データから最新の医療用CTスキャン、
さらには葉の同位体分析といった最新科学まで本当に多岐に渡っています。
かなり幅広い分野のデータが集まってますね。
気を照らわずじっくりとこの知的な謎解きをあなたと一緒に楽しんでいきたいと思います。
では早速なんですが、土偶は破片がどうやっても合わないという最大の謎から紐解いていきましょうか。
はい。この謎の深さを実感していただくためにはですね、
まず同じ時代に作られた縄文土器と土偶の決定的な違いを抑えておく必要があるんですよ。
決定的な違いですか?
縄文土器、つまり当時の人々が似た木とか貯蔵なんかの日常生活で使った器ですね。
これらも当然遺跡から発掘されるときはバラバラに割れた状態で出てきます。
まあ土に埋まっていたわけですからね。
そうです。でも土器の場合は同じ場所から出た破片をパズルのように根気力集めていくと元の形に戻るものが非常に多いんですよ。
ああ確かに。博物館に飾られている大きな壺なんかをよく見ると細かいひび割れの線がたくさん入っていて後から接着剤でくっつけて直してありますよね。
ええ。よく見ると継ぎ目がありますよね。
あれはつまり料理中なんかにうっかり落として割れちゃったからその場に破片をまとめて捨てた。
だから発掘すれば破片が全部そこにあるっていうことですよね。
まさにその通りです。割れたその場に廃棄されたからこそパーツが揃うわけです。
ところがですね、土偶の場合は全く状況が異なるんですよ。
と言いますと?
頭のパーツが見つかってもそれにぴったり合う胴体が見つからない。足が見つかっても上の部分がない。いくら周辺を掘っても元の形に戻らないんです。
ええ。でもそれってただ発掘の探し方が足りないだけじゃないのって最初は疑っちゃいますよね。
そう思われるのも無理はないんですがソースにあった山梨県の釈迦堂遺跡のデータを見るとそんな次元の話じゃないことがよくわかるんです。
あのデータは衝撃的でしたね。
ええ。この遺跡からはなんと1116点もの土偶の破片が出土しているんですよ。
1116点すごい数ですね。
膨大な数です。そして研究者たちが途方もない時間をかけてその破片の割れ口を一つ一つ層あたりで突き合わせていったんです。
パズルみたいに。
そうです。でもその結果、割れ口がぴったりとあった相手が見つかったのは全体のわずか3%未満だったんです。
06:06
ええ。たったの3%ですか。
はい。数にしてたったの33点でした。
1116個も破片があって繋がったのが最大33個だけ。残り1080個以上の破片はいくら探しても相手がいないってことですよね。
そういうことになります。
しかもこの釈迦堂遺跡って高速道路の建設工事に伴う調査だったから単一の集落だけじゃなくて隣の村の跡地までかなり広範囲を徹底的に発掘調査してるんですよね。
ええ。かなり広い範囲を掘り起こしています。
それでも見つからない。これ昔から言われている土偶の定説だと全然説明がつかないんじゃないですか。
そうなんですよ。これまでの定説には大きな矛盾が生じてしまうんです。
土偶の目的についてはまあいろいろな説が唱えられてきましたよね。
例えばテレビのオカルト番組なんかでよく言われる宇宙人を肩取ったものっていう説とか。
ああ有名な説ですね。
目の大きな射光機土偶とか確かに宇宙服を着ているように見えなくもないです。
でもあの形の土偶って東北地方の一部でしかも縄文時代の特定の時期に作られたものだけですよね。
はい限定的です。
もし本当に古代人が宇宙人を見たなら日本中の他の遺跡の土偶もみんな同じ顔になっていないとおかしいじゃないですか。
おっしゃる通りです。それに仮にモデルが宇宙人だったとしても破片が消えてしまう理由には全く繋がりませんしね。
ですよね。他にも顔の形がくるみを割った断面に似ているから植物の精霊を模したものだっていう文化人類学的なアプローチの説もありましたよね。
ええありました。しかしそれも土偶の顔が前の時代から少しずつ変化してあの形になったという地層からわかる進化の証拠と矛盾してしまうんです。
なるほど。じゃあ学校の歴史の授業でよく聞くような病気や怪我の身代わりとして自由を祈るためにわざと壊したっていう説はどうでしょう。
一見もっとぼらしい説ですよね。
でも今回のソースのデータを見るとやっぱり疑問が湧きます。もし祈りのために壊してその場に埋めたならさっきの土器と同じように破片がそこにそろって残っているはずですよね。
そうなんです。なぜ片割れだけが後当たりもなく消えているのかという説明がつきません。
そこでデータを俯瞰して論理的に考えていくとある一つの明確なパターンが浮かび上がってくるんですよね。
ええ。それは土偶は単に意図的に壊されただけでなく、その片割れがどこか全く別の場所へ持ち去られた可能性が極めて高いということです。
なるほど。その場にないなら誰かが別の場所に持っていったと考えるのが自然ですね。
はい。
でもどうしてわざわざ割った片割れを持ち去る必要があったんでしょうか。そもそも持ち去るために壊したのか、それとも偶然割れたものを持ち去ったのか。
まさにそこが確信なんですよ。その答えを出すための驚くべき証拠が思いがけない場所から発見されました。ソースにあった北海道の函館市でのエピソードです。
09:07
あ、どんな発見だったんですか。
えーと、1975年のことなんですが、じゃがいも畑で農作業を手伝っていた中学生の女の子が土の中から固いものを掘り当てたんです。
じゃがいも畑からですか。
はい。彼女は最初、「お母さん、これ葉かもしれないよ。」と言って拾い上げたそうです。
中学生の女の子が葉だと勘違いしたって、なんかかわいらしい日常のワンシーンですね。それが一体何だったんですか。
それが後に国宝に指定される中空土偶のチクウノだったんです。
チクウ。
はい。中が空洞になっている非常に精巧で珍しい作りで、ほぼ完全な形で出土しました。
へー。
研究者たちは、この国宝を割って壊すことなく、何とか内部の構造を知りたいと考えたんですよ。
そこで、私立函館病院に最新のCTスキャンによる撮影を依頼したんです。
あ、この病院のエピソード、早々病んでいてすごく微笑ましくて好きでした。
最初は病院側に、人間の体を見るための医療機器だからって断られたんですよね。
そうなんです。でも研究者が、この土偶にはチクウノというちゃんとした名前があるんですって熱意を持って食い下がったら、病院側も粋な対応をしてくれまして。
はい。病院のスタッフも、名前があるなら患者として扱いましょうって、わざわざ診察権を発行してくれたっていう。
ええ。ただ、年齢が3500歳では、当時の病院のコンピュータシステムに入力できず、エラーになってしまう。
それはそうですよね。
そこで、入力できる一段古い年を選んで、明治2年生まれの女性として登録してスキャンを行ったそうです。
明治2年生まれの患者、カチスラさん。やあ、ユーマーあふれる美体裏ですね。でもその後で、CTスキャンはとんでもない事実を暴き出したんですよね。
そうなんです。CT画像には、3500年前の職人の手跡がはっきりと映し出されていました。
手跡ですか?
ええ。土偶って粘土の紐を積み上げて作っていくんですけど、首や肩の継ぎ目は内側から指で滑らかに引き伸ばして補強され、非常にしっかりとくっつけられていたんです。
なるほど。
しかし、足の継ぎ目だけは一切補強されず、わざと割れやすいままにされていたんですよ。
しかも、ただ手を抜いたわけじゃないんですよね。その意図的に弱く作られた継ぎ目が、外側から見える足の模様の切れ目とピッタリ重なっていたんですよね。
ここが最大のポイントなんです。単に壊れやすくするだけなら、表面の模様の切れ目にわざわざ内部の構造を合わせる必要はありませんよね。
確かに。
模様の切れ目と割れやすい場所を完全に一致させているということは、そこに明確な設計思想があったことを意味するんです。
つまり、これって私たちが日常生活でよく使うミシン目が入ったチケットとか、切り取り線のあるリングノートと全く同じ仕組みですよね。
ああ、非常にわかりやすい例えですね。
12:00
あらかじめここで綺麗に切り離せますよっていうデザインがされていて、パキッと切り離した後も表面の模様を見れば、これは右足のパーツだなってすぐにわかるようになっている。
まさにその通りです。最初から後で綺麗に割るように、しかも模様で部位がわかるように設計されている。
この特徴は、古代の人々が世界中で使っていたあるシステムと完全に一致するんです。
あるシステムですか?
割付というシステムです。
ああ割付。文字のない時代の契約書ですね。ソースにあった中国の秦の時代の半分の虎の話がとてもしっくりきました。
はい、あれはわかりやすい例ですよね。
王様と将軍が虎の形をした銅像を右と左で半分ずつ持っているという仕組みですよね。
王の使いが将軍に対して軍隊を動かすという重大な命令を届ける際、持参した右半分の虎と将軍が持っている左半分の虎の断面を合わせるんです。
それがぴったりと合わさって一頭の虎になれば、その命令は間違いなく王からの本物であるという絶対的な証明になるわけです。
古代ギリシャのシンボロンも同じ役割ですよね。
そうですね。
家主と旅の客が別れ際に動物の骨や指輪をパキッと半分に割って持ち合う。
何年か後に再会した時、その割れ口を合わせてお互いの絆や約束を確かめ合う。
これが現在のシンボル、象徴という言葉の語源になっているというのも驚きでした。
現代の私たちが契約書に押す割印なんかも、紙をずらして半行をして、2枚合わせると1つの印鑑の模様が完成する。
本質的には同じ理屈ですよね。
まさに同じ理屈です。
ここで少し考えてみていただきたいのは、文字がない縄文時代において、手作りの粘土を割った割れ口が持つ意味の重さなんですよ。
意味の重さですか?
文字なら、いくらでも偽造したり、他人が書き写したりできますよね。
しかし、手でこねて焼き上げた粘土の複雑な断面の凹凸は、世界に2つとして同じ形にはなりません。
なるほど。
絶対にコピーが不可能な完璧なセキュリティートークンなんです。
なるほど。つまり土偶は、ただの身代わりの人形でもお祈りの道具でもなく、約束を交わした相手と後で合わせて証明するための物理的な証拠、つまり割布そのものだったと。
それが、大量に見つかる土偶の破片が、同じ遺跡の中で絶対に合わない理由です。
破片の片割れは、約束を交わした相手が自分たちの村へと大切に持ち帰っていた。
だからこそ、同じ村のゴミ捨て場をいくら掘り返しても、永遠に見つからないんです。
そこまで科学的な裏付けが繋がると、本当に鳥肌が立ちますね。
でもここで一つ大きな疑問が湧いてくるんですよ。
何でしょうか?
軍隊を動かすような巨大な国家もない、たった30人ほどの小さな縄文の村々が、
わざわざこんな偽造不可能な印を残してまで結ばなければならなかった重大な約束って、一体何だったんでしょうか?
15:04
その答えの鍵はですね、なんと土偶からではなく、古代人の歯に隠されていたんです。
え、歯ですか?
はい。愛知県にある約3000年前の吉後貝塚という遺跡のデータです。
この遺跡から出土した人々の歯のエナメル質を、同位体分析という最新の科学的な手法で調べたんですよ。
同位体分析。少し難しそうな言葉ですが、具体的にどういうことがわかるんですか?
非常に簡単に言うと、歯のエナメル質というのは、人間の子供の頃に作られて、その後は大人になっても新しく作り変えられることはないんです。
はい。
その成長期に、その土地のどんな水を飲み、どんな食べ物を食べていたかによって、そこに含まれるストロンチウムや酸素などのミネラルの成分比率が、文字通り歯の中にロックされるんです。
へえ。
土地ごとにミネラルの比率が違うため、これを見れば、その人がどこで生まれ育ったかが確実にわかるんですよ。
なるほど。歯が自分がどこで育ったかを記憶しているパスポートみたいになるわけですね。
素晴らしい表現ですね。そのパスポートを読み解いた結果、驚くべき事実が判明したんです。
何でしょう?
海辺にあるこの吉五海塚の村の住民のうち、なんと36%、つまり約3人に1人が、内内部部などの全く別の土地で育ってから、後になって移住してきた人々であることがわかったんです。
え?3人に1人ですか?30人くらいの小さい村の規模で考えると、結構な割合で他の村から人がコンスタントに来ているんですね。
そうなんです。これは小さな村で遅延が近くなりすぎる、つまり近親後輩を防ぐための非常に合理的なシステムだと考えられるんです。
ああ、なるほど。
村同士で計画的に結婚相手を行き来させ、血の入れ替えを行っていた。
そして土偶は、この村と村が結婚を通じて縁を結んだ時の同盟の縁だったと考えられるんです。
つまり、A村からB村にお嫁さんやお嫁さんが行く時に、土偶をパキッと割って、これから親戚としてよろしくとお互いに持ち帰ったと。
そういうことになります。
でもちょっと待ってください。ここでリスナーの皆さんも同じことを思うかもしれないんですけど。
はい。
ソースの中で、破片が合わなかった山梨の釈迦堂遺跡において、わずか230メートル先の隣の村から片割れが見つかった例があるっていう記述がありましたよね。
ああ、その記述に気づかれましたか?
はい。だって230メートルって学校のグランド1周ちょっとですよ。歩いて3分の距離です。
そうですね。すぐ近くです。
そんなご近所さんなら、日常的に顔を合わせている完全な顔見知りじゃないですか。
おいって呼べば聞こえる距離で、わざわざ割り句を使って、私たちが親戚だという証拠ですなんて厳密に証明する必要はありますか。
18:00
まさに考古学者たちもそこで頭を抱えたんですよ。非常に鋭い視点です。
やっぱりそうですよね。
確かに縁を結んだ当事者同士であれば、毎日顔を見ているので証明はいりません。
しかし、結婚によって結ばれた縁は一台では終わらないんです。
と言いますと?
移住した人の子供、さらにその孫も相手の村で育つことになりますよね。
2つの村はその後何世代にも渡って、親戚関係を維持していく必要があるんです。
ああ、なるほど。当事者たちが亡くなったずっと後の時代の話ですか。
その通りです。何十年も経って、お互いに会ったこともない孫や暇子の世代になった時、文字のない時代に私たちの祖父はかつて結婚して、
この村とあの村は確かな親戚同士なんだということを一体どうやって証明すればいいでしょうか。
その時にお互いの村で何十年も大切に保管されていた土偶の破片を持ち寄るんですね。
そういうことです。
お互いの割れ口がぴったりと合えば、ほら、やっぱり私たちは繋がっていると顔を知らなくても確かめ合える。
これこそが土偶が果たしていた真の役割なんです。
この物理的なものを通じて、人が鎖のように世代を越えて繋がっていくという考え方はエンチェンメントと呼ばれていて、人類学や考古学で非常に重要視されているんですよ。
エンチェンメント、鎖のように繋がるんですか?
自分のおばあちゃんが別の村から持ってきた土偶の破片を握りしめるとき、人は単なる粘土の塊ではなく、遠く離れた親戚たちとの絆の重みを直接感じることができるんです。
実はこの現象、日本だけではないんですよ。
遠く離れたヨーロッパのブルガリアにある6000年前の遺跡でも、日本の土偶と全く同じように、意図的に壊された銅人形の破片が大量に見つかっています。
へー、世界共通なんですね。
世代を越えたコミュニティの維持に物理的な証拠を必要としたのは、人類共通の感情だったのかもしれませんね。
世代を越えたネットワークの維持装置、そう考えると、あの土偶の破片一つ一つが、ものすごく壮大で人間くさいドラマの結晶に見えてきますね。
ただ、科学の面白いところは、常に例外も教えてくれるところでもありますよね。
ええ。
ソースを読むと、すべての土偶が割布として真っ裸にされていたわけではないというデータもありましたよね。
実はそれも非常に重要なポイントなんです。
例えば、青森県で見つかった国宝の五肖土偶というものがあります。
祈るように手を合わせている有名な土偶ですが。
はい、教科書でも見かけますね。
これは縄文時代の間に足や腕が割れてしまっていたんです。
しかし驚くべきことに、遠く離れた秋田や新潟から運ばれた天然のアスファルトを接客材にして、とても丁寧に修復されていたんですよ。
パキッと割って持ち帰るどころか、壊れてしまったものを必死にくっつけて直しているんですね。
21:01
そうなんです。
しかも、修復された後は、家の床の壁際に部屋の真ん中を向くようにちょこんと座らせられていたんですよね。
まるで誰かのそばにずっと寄り添う家族のように。
ええ。さらに、東北地方の別の遺跡では、湿度した破片を付き合わせると3割以上の確率でぴったり合うという報告もあります。
3割も?
つまり、土偶の使われ方は、時代や地域によって実に多様だったということです。
ある場所では、世代を超える割布として機能し、またある場所では身近な祈りの対象や、家に祀る大切な人形として扱われていた、一つの絶対的な正解ですべてをくくることはできないんですよ。
だからこそ、先ほどの箱立てのつやくりの話が、さらに深い謎を呼ぶわけですね。
はい。
つやくりは、足は割れなすく作られていたから割布としての特徴を持っている。
なのに、その足はちゃんと揃った状態で見つかった。
逆に、内側から指でしっかり補強されて強固に作られていたはずの両腕と頭の飾り、計4つのパーツだけが失われていた。
ええ。しかも発掘調査の記録によれば、その腕と飾りが失われた割れ口の断面は非常に古くてですね。
土に埋められた時点で、すでにそのパーツは意図的に外されていた可能性が高いんです。
畑の桑でうっかり壊したわけじゃないと。
しかも、つやくりが見つかったのは、ただのゴミ捨て場ではなく、いくつものお墓が集まる特別な場所でしたよね。
そうです。
そしてそのお墓からは、580キロも離れた新潟県の糸井川周辺でしか冴えらない貴重な翡翠の玉が一緒に出土している。
580キロって東京から岡山くらいまでの距離ですよね。津軽海峡も越えなきゃいけない。
この事実を掛け合わせると、一つの壮大な仮説が浮かび上がります。
どんな仮説ですか?
つやくりは亡くなった誰かを償うために特別に作られたものだった。
そしてその葬儀の場には、580キロ離れた海を越えた遠くの村からも、個人と縁のある人々が船に乗って集まっていたのかもしれないんです。
葬儀の場で遠くから駆けつけた人々が、個人との絆の証として、つやくりの腕や飾りを一つずつもぎ取って、自分たちの村へ大切に持ち帰ったってことですか?
土偶が複数のパーツに分かれるのは、縁を結んだ相手が一つの村だけではなかったからかもしれません。複数の村へ、遠い海の向こうの村へ、絆の証として持ち去られた。
だからこそ、腕だけがどこを探しても見つからない。海を越えたどこかの村で今も眠っているのかもしれないんです。
なんだか胸が熱くなる話ですね。
もしそうだとすれば、リスナーの皆さんも次に博物館に行った時の体験が180度変わるはずです。
そうですね。
展示ケースの中に頭だけとか腕だけの土偶がポツンと置かれているのを見たら、それはただの壊れてしまった古い人形じゃない。
24:03
数千年前の誰かが遠い遠い別の村へと大切に持ち帰った絆の片割れであり、今ここにあるのはその相手をずっと待ち続けているもう半分なんだって。
土偶のあの壊れた姿は、古代の日本人が村の境界を越え何世代にも渡って人間関係のネットワークを築き、そしてそれを必死に維持しようとした壮大な努力の証だったと言えるでしょうね。
さて今回のディープダイブもそろそろ終わりの時間が近づいてきました。
今日私たちがソースから学んだのは、古代の人々が手作りの粘土の割れ口という絶対に偽造不可能な物理的な証拠を使って、世代を超える強固な信頼と絆を証明していたということです。
本当に興味深いシステムでした。
この事実を知ると、ふと現代を生きる私たちのことを考えてしまうんですよね。
全てがデジタル化され、写真も文章も声でさえもAIで簡単にコピーや改ざんができてしまうこの時代。
私たちは一体何をもって、絶対に偽造できない他者との絆や信頼を証明できるのでしょうか。
デジタルの世界における改ざん不可能な技術、例えばブロックチェーンのようなものが、現代における土偶の割れ口の代わりになるんでしょうか。
それとも、もっと根本的な目に見えない何かが必要なんでしょうか。
あなたはどう思いますか。
ぜひ次に大切な人と何か約束を交わす時、少しだけこの問いを思い出してみてください。
はい、という内容だったんですが、確かに土偶っていうのはどれもこれも割られた状態で出土されるっていう話は知っていましたが、
その欠片が、片割れが要は見つかってないっていうことを知りませんでした。
そう考えると確かに他の土器とは目的が違うなっていうのは確かにと思うところです。
今回の話ではやっぱり一番興味深いなと思ったのは、血脈の証、血筋の証としての割布として使うっていう説だったんですけれども、
やっぱり人類って昔からこの血脈っていうのをすごく意識してますよね。
最たるものが苗字というものだと思うんですが、苗字が同じということは同じ一族だよねっていうのが、
記憶がバラバラになってもそこで繋がりが分かるようなシステムとして苗字というものがあって、
例えば中南米とかだと苗字というか水の霊夢みたいなのをどんどん足していくっていう文化もあったりしますよね。
そういう意味でやっぱり人類っていうのは血脈を大事にしてきた。
その中苗字というのはやっぱりあくまで言葉というか、特に文字とかで書き記すようになってから苗字という形になったと思うんですが、
27:07
それ以前はじゃあどうしてたんだっていうことを考えると、
土器の割れたかけら、割れた合口が合うっていう、ぴったりと合うっていうのは、
確かにそれ以上に証明できるものはないなっていうことで、
そこにやっぱり血縁関係を残そうとしたっていうのは、文字が生まれる前の時代だったらなるほどありそうだなというふうに思える話だったなと思って、
非常に感銘を受けたところでした。
ということで今回のノートブックのまとめ終わります。
また聞いていただけたら嬉しいです。
ではさようなら。
27:57

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