「また来てね」の言葉と複雑な感情
えーと、昨日、まちライブラリーとTOKUBOOKSに両方行ったんですね。 北赤島のまちライブラリーと、しもつまのTOKUBOOKSに両方行って。
面白くてね。相変わらずね。
実はその途中で、モリアの最近御書院を始めたお店があると聞いたから、それを寄ろうかなと思って、実際行ったんだけど、閉まってたので。
まあ縁がなかったなと思って、そのまま帰ってきて、しもつまに戻ってきて、TOKUBOOKSに行ってね。
えーと、昨日はウイスキーの会がありましたんでね。 ウイスキーの会自体は私は出なくて、本当にお店にもいなかったんですけど、お店にもいなかったんですけどって当たり前なんだけど、
総迎ね、送り迎えだけはちょっとぜひやらせてくださいって言って、酒はすごい飲むわけじゃないんで、せめて総迎をということでやらせてもらってね、非常に楽しい時間でしたね。
皆さん皆さんで、当然皆さん楽しい時間だと思いますけど、僕は皆さんの来る様子や帰る様子を一緒に見たり御一緒できたりして面白かったですね。
本当にね、一番最後よ。一番最後と言っても、みんな送ってきて最後の人をお家の近くまで送ってっていう。
その方もその手伝いとかでも手伝ってくださる、あーっていうか別にいいか。田永お隣のさとぴーさんね。送るために最後、いや遅くまでありがとうございましたって言って帰るときに、
店主さんにまた来てねーとかまた来てくださいねーみたいなこと言われて、なんか変な、なんて言ったらいいのかな、変な気持ちになって。
まずいろいろあるんだよ、同時に思ったことが。何が大きいとかっていうのはちょっとよくわかんないんだけど、とりあえずまだまた来てねって言うんかいっていうか、来るに決まってるだろう。
なんつーのかな、傲慢にも。そう思うときぐらいに言わなくても来ると思うけどって言われて、そうだよそうだよ。もうわかってるじゃないかってちょっと失礼だけど。
なんか、また来てねって、もう来るなよとは思われてないんだなっていうのは、安心した気持ちもないではないけど、まだまた来てねって言うんだと思って。
なんて言ったらいいのかな、これなんか変な調子込みみたいなあれだね。来るに決まってるなーと思って。
コミュニケーションと誤解の考察
6、梅雨の休みがいつですか?まあ今日の午後は有休取るんだけど、それはちょっと物理的に難しいからね。2時から4時がイベントで、イベントで終わって速攻帰って、まあわかんないね、イベント終わって速攻帰って、速攻終わって帰れば確かに5時半ぐらいに。
うーん、でも何を伴なければ三宅さんとかもいるしな。なんか厳しいかな。まあでもどっちにしろまた行くって、もういない間のさ、その間どうしてたみたいな、そういうことがあるとさ、もう必ず報告するんで。
店員さんに必ず報告をするので、行くし。なんか不思議だったな。また、でなんかね、俺あれだな、いつもお店に来てなんかそのお話終わってお別れするときとかにまた、なんていうのかな、またお願いしますみたいなこと言うのかな。
またお願いしますってそのお店がどうこうとかじゃなくて、またお話ししましょうねっていうことが言いたいだけなんだけど、なんかまた、なんか言い方がさ、なんか取りようによっては、なんかお店の人みたいな感じになっちゃってるなって時があって、いかんいかんいかんと思って。
なんかそうじゃない、ちゃんと僕個人として、あのーっていう風に、誰もが了解する言葉遣いしなくちゃと思ってる。結構ね、この間のあのナオミさんのポッドキャストにゲスト出演したときとかもそうだったんだけど、めっちゃあの言い間違えとか、話の流れ上理解はしてくれてるけど、あのーめっちゃ変な適当なこと言ってるからね。
あのー、なんていうのかな。ダメ、言葉の使い方が下手くそ。あのー勢いで言ってるから、もう完全に言い間違えよくしてるよ。
あのー、なんだったかな。
こいつらだけで考えたら致命的な言い間違いがめちゃくちゃ多いんだよ、俺。
なんか、まあそれと直接全部関わるわけじゃないかもしれないけど、なんかその、あ、これ、今めちゃくちゃ誤解される発言だったなっていうのは、もう昔から若い時からよくあるんだよね。
で、実際そうだと思うし、実際誤解されてる。誤解というか、本当の誤解だったらすぐ分かるからいいのよ。あ、こういう意味で言ったんだなって。
でも、本当のやばいのは、あ、マジでそういう意味で言ったんだなっていうふうに思われる。マジの誤解。誤解と思われてない、それが理解だっていう意味でされてる誤解。
それがめちゃくちゃやばいよね。あのー、その人との関係性を、それこそ誤解させたまま、あのー、怒らせたり嫌な気分にさせたりするかもしれないから。
いい気分にさせるんだったら、まあ、まだいいけど、でも長期的に見たらよくないよね。別にそう思ってないのになんかぬか喜びさせるとかさ、なんか変なふうに思われるわけだし。
変なふうにじゃないけど、あのー、悪い意味で、その相手の都合のいいように解釈させちゃうわけだからね。
地元の懐かしい店「また来て屋」の思い出
えー、だから、なんだ。
全然いいや、全然関係ない話していいですか。するんですけど。
昔ね、あのー、あ、昨日実家にいたので、おとといの夜から昨日の朝にかけてね。で、またその場合は実家の近くを歩いたり走ったりするんですよ。
ちょっとね、なんか右足がちょっと最近痛くて、ちょっとあんまり、まあ今日も走ったけど、あのー、おとといはそんなに走るではなくて歩くぐらいだったんだけど。
じゃあちょっと休んでおけばよかったなと思わないでもないけど、まあそんな感じでやってて。
で、あのー、えーとね、たきわ屋さんっていうね、八百屋さんが、八百屋さんかな、まあうん、スーパーというか八百屋さんというかがあったんですよ。
あの通学路の途中にね。
あ、これ、あのあれよ、あのちょっとさ、悔しくてさ、ベテラン下妻市民たちがさ、なんか、下妻昔こんな店あったよねとかってめちゃくちゃ盛り上がっててさ、んー、なんか、チェーと思ってちょっと。
でもチェーと思って言うのもさ、えーって言うの、そうなんだーみたいな、なんか、わかんないけどなんか、なんか、えー、知らないしみたいなこと言ってもつまんないじゃん。
俺以外みんな知ってんのにさ。
でもなんかさ、楽しそうに言ってんの、いいなーと思って。
なんか、なんかな、いいなーと思って、あ、そうそう、いいなーと思ったから、もう一人で地元の話するんですけどマジで。
あのね、その滝早屋さんのすぐ近くに、あの弟の同級生のお家がやっていた、また来て屋さんっていうラーメン屋さんがあったんですよ。
めちゃくちゃ美味しかったんだよ、そこのラーメンが。
また来て屋、僕いつも味噌バターチャーシューラーメンを頼むんだよ。
で、お店にも行ったりするんだけど、なんかね、でもね、あれは関係あんのかな、ないのかな。
あの、めっちゃその家の一番近くのラーメン屋がそこだったから、ほんとに小さいこじんまりしたラーメン屋ね。
だから、あの、夜にみんなで家族で行ったりとかしてたの。結構夜遅くとかに。
なんか一回強烈に覚えてるのは、あのね、もう一つ、俺ら5人家族だったから、お父さん、お母さん、俺、弟、妹で5人家族ね。
で、行ってさ、もう一人だけ違う、おじさん、おじいさん、おじいさんまではギリギリ行かないかわかんないけど、それぐらいの方がいらっしゃって。
で、お酒とか飲めるお店だったから、なんていうのかな、ラーメン屋ってそういうもんか、俺お酒飲まないから、それこそだから、ウィスキーの会もちゃんと参加してないんだけど。
あの、その人がとにかく、俺らの家族のことを見て、こんな、あの、夜遅くに出歩いて不良が、みたいなことを、なんか、なんかそんなこと言われたの。
で、「あ、え?」みたいな。で、あの、なんていうのかな、あの、別に言い返さなかったんだよ。
うちの父親とか母親も、モードがなんか違うモードに入っちゃうと、あの、すごい言い返す力あると思うんだけど、言い返さなかった、その時別に。
まあ言い返しても無駄だと思う、酔っ払いに言い返しても無駄だと思ったのか、確かに夜に子供を連れて出歩いてっていうのが不良だっていう一定の評価があり得るってことに納得をせざるを得ないと思ったのか、ちょっとその辺はよくわかんないんだけど。
で、なんか、シューンってなったの、家族全体でなんか。で、なんかその奥さんね、お店の奥さんに、「もう、やっぱり、もう気にしないで、あんな人の良いこと、みたいなことを、なんかその人が帰った後、かばってくれてね。実際どうだったか、ちょっとよくわかんないけど、そういうことがあったから、それが前後だったのか、ちょっとそれが因果関係に関係するかどうかわかんないんだけど、出前するようになるのよ。
もしくは出前もしてたのよ。あの、それは前から出前も取ってたのか、その後、でもなんか、えーとね、あんまないんだよな、スペースシャトルの打ち上げみたいなのがあってさ、それこそ毛利さんの時とかだったかな。
あとは、科学未来館とかの館長さん、今も違うのかな。あの、うちの父親はそこの、あのなんていうのかな、えーと、あ、そう、全然関係ないんだけど、全然関係ないんだけど、そこの、なんか施設の管理だがなんだかの仕事をしてる、たぶんしてたことがある、少なくとも。今もしてるのかちょっとわかんないけど。
で、なんかそれ、なんか、大事な仕事だなと思ってるっていうとかあったんじゃないか、あるんじゃないかなと思うんだけど、あのー、で、それこそ全然関係ないや。
その、要はスペースシャトルのが、あれって2本時間じゃないからさ、めっちゃ夜遅くとか朝早くとか、夜遅くか?にやるわけよ。で、それをさ、見てさ、中継とかをさ、片手を飲んで見守るわけだよ。あの、無事に打ち上げできるかどうかみたいな。で、なんかその時にも、そのラーメン屋さん行った覚えあんの。
あのー、すごい夜遅かったからね。
具体的に何時とか覚えてないんだけど夜遅かったのよ。で、夜遅くもやってたんだよそのラーメン屋がな、また来て屋さんは。
まあ、とにかくでも、なんか行ったようにもなんかその後、とにかくなんか出前するようになったからなのかな。ちょっとよくわかんないんだけど、とにかく、あのー、出前もよくしてたのよ、お家に。
で、味噌バターチャーシュー。味噌ラーメンと、味噌バターラーメンと、味噌バターチャーシュー麺と、多分バターラーメンチャーシュー麺もあるんだと思うんだけど、とにかく、なんか全部乗せみたいな感じよ。
俺、味噌ラーメン好きだったからさ。今も好きだからさ。味噌バターチャーシューっていうのを、あのー、いつも頼んでたの。
なんか、他のみんなが何頼んだんだろう。わかんないけど。リーガタ家族だから自分のことしか覚えてないけど。
共通の記憶とTOKUBOOKSの魅力
あのー、えっとね、ごめん、全然関係ないでしょ。また来てねって言われたっていうのがなんか不思議な気持ちになったっていうのの流れから、また来てやってるラーメン屋に昔行ってたよ、で、出前もしたよっていうだけの話。
なんかもうなくなっちゃったんだけどね。なくなっちゃったなー。マルトミっていう魚屋さんももうなくなっちゃったなー。
ヘアアサロン豊かはまだやってるね。多分、多分。営業してる時間に、その前を通ることが今、早朝に朝歩くだけだから、でもやってる。
石塚商店な。いや、だからそのさ、下妻のみんながさ、ね、なんかもう、あのー、トクブックスの店主さんなんかさ、だってしばらくずっと下妻離れてたくせにさ、あ?くせにって言ってあれだけど、なんか、いや弟とこういう話してとかめっちゃ楽しそうにしてるからさ。
んー、と思って。俺も小さい頃、近所に石塚商店っていう駄菓子屋さんあったし。
いや、あの、ちょっと思ってたの。
でももう、あのー、いろんな話してるのをさ、つい自分の話を挟んじゃう。自分にしては珍しくちょっと我慢してたからそれ言うの。
よいしょ。まあね、まあ、ありましたね。なんか、昔にあったこと。あ、で、あのー、で、店主さんがさ、忍さんがその弟さんとか、とかと、その、あのー、駄菓子屋のこととかなんかいろんなことが、あのー、なんかそれですごい盛り上がったみたいな話してて。当時。
で、えーと、なんだっけ。夜にそのー、本当にウイスキーの会とかがもう終わるときね、終わったときに、なんか、ちらっとなんか話してたときに、スーパーセンタイ図鑑な、もうあのー、棚の初期の頃に売れてしまいましたけど。
さとびさんが買ってくれましたけど。あれが、今はその弟の家に今あって、で、それがもう、あのー、同級生とかがすごいみんなで、あ、こんなのあったっつって盛り上がってるって話をしてて。なんか、共通の、共通の記憶、持っているもの。
で、今は、例えばないもの。えーと、なんつったらいいんだろう。たまごっち。たまごっちが、とても流行って、たまごっちでみんな持ってて、持ってる人で盛り上がるみたいなのあったと思うんだけど、でも、あのー、持ってて育ててどうこうみたいな話ってめっちゃ盛り上がるじゃないですか。
あとゲームでもテレビでもなんでもいいわ。昨日あれ見た?とか、あのー、ゲームみんなで一緒にやつやっててどういう風にやってる?とかっていうのさ。漫画でもなんでもいいんだけど。やっぱ同じものがあると盛り上がるじゃん。
で、昔あれあったよねっていうのって、すごい、あのー、それ覚えてる人たちでしか共有できないじゃん。
で、だからこそ、だからこそ、普段にはそれは意識の中には戻って、あのー、来ないじゃない。考えないじゃない。でも確率に昔あったじゃん。でも今はないから、思い出すっていうときに初めて、あああれあったねってなるじゃない。
で、あれあったなって思うから、自分の中にしかないと思いきや、そうじゃなくて、その当時に一緒に時を同じくして過ごした、あのー、友達、仲間、家族は、おお、あったねって共通になったことによって、やっぱりあれあったねってしみじみできるんだと思う。
あのー、盛り上がるんだろうなって。だってもうその場にないんだもん。その場にないものを、まあ本とかが媒体になってっていう場合もあるかもしれないけど、記憶の中でとかさ、話に出してとかさ。で、それ引き出してんだよ、ドクボックスはな、その。
あのー、陣でそういうことしようかなっていうふうに思った人がいて、それでなんか、それで盛り上がってるから。すごいなと思って。で、なんならそれを知らない人が、いや、僕の地元にもこれあった人が一人でいじけてるわけよ、ちょっと。いじけてるっていうか、それ思い出してるわけだから。
で、あのー、すごいなと思って。だからまた行くよと思うし、あのー、言われなくても行くし、また行くよって状態。
で、なんか、資金に先に、なんか最近1年後に亡くなってたらとかなんとかって話するからさ、あいにその、そんなわけないでしょって言ってもしょうがないなーと思って、なんかとりあえずそのまま、うーんとかって聞く、何も口を挟まずに聞くんだけど。
あのー、まず、もし本当にそういうことがあっても、何回かは意にそぐわないと思ったとしても何回かは止めようと思って。だからこういうふうにすれば大丈夫だからし、こういうふうになってるから大丈夫だよっていうのを、もちろんだから今のうちから頑張るけど、また来てねって言えるようにしないといけないな、しないといけないなっていうあれだけど、そう思いましたね。
だからそういうことを思ったのかな。だからなんかもやっとしたのかな。なんか単純に、いえいえまた来てねって言われたとかいう感じじゃなかった、ちょっとな。うーん、まあ嬉しかった。嬉しいと同時に、なんかいろんな気持ちっていうことだよね。
で、また来てやっていうのがあったよっていう、俺の地元にもあったぜっていう、そういう話ですね。
柏への訪問と趣味の概念の再考
で、なんか知んないけど、今日はもうあんまり来ることもないだろうと思ってた柏だな。柏は俺の中ではオプションだからさ。オプションっていうのが良いのか悪い、良い意味か悪い意味かはわかんないけど、
常に自然にあるものじゃなくて、浪人した時に通うことになった場所とか、職を変えて塾講師になったら一番最初の赴任先として柏駅東口口だったから柏に通っていたとか。
柏は本当に浪人してた時にうろちょろしてた時ぐらいのことしか記憶しかないからね。まさかいつも須藤寄りしてた北樫は定期的に行くと思ってなかったな。
あ、思い出した思い出した。忘れてた。駐車場考えとかないかしら。
北樫はの町ライブラリーってね、あるんだよ。すぐあるんだけど。ベルクスさんとかのところに駐車場あるんだけど。
あれだから。一応さ。あれよ。今操作しながら露骨に口数が減ってるけど。
あんま時間気にしたくないじゃん。時間気にせず行けるし。町ライブラリーがね。時間制限とか利用料金とかないからさ。
なんで、秋葉原で駐車場探して1時間めっちゃ安いのよ。500円しない駐車場があるのよ。それでやりますね。
駐車をする。利用目的ね。利用目的は趣味。
なんか趣味も言えるようになったね。あとなんか時代も変わったからなのかな。
最近はその読書みたいな。読書っていうのはさ、めっちゃあれなわけですよ。
インドアな趣味だと思ってたわけ。だからインキャ。インキャね。暗い内向的な人の趣味でアウトドアではないです。
インとアウト、単純な2極2分ではないなと思って。
読書する人みんなインドアって言うかって言うと、そもそもそれもあるけど、読書っていうのは果たして本当にインドアな趣味なのかなって思ってきたのちょっと。
外形的に考える、その外見上の形として現れている時の読書はインドアでサーフィンはアウトドアだとは思うんだけど、
サーフィンするときする人と読書してる人の、サーフィンしてる人と読書してる人のなんかって、みんなサーフィンしてる人はみんな同じような心持ちや考え、そういう内部で何が起きてるかっていうことと、読書してる人の内部で何が起きてるかっていうことは果たして本当に違うのかなと思ってて。
アウトに向けて読書してるのもあり得るし、インに向けてサーフィンしてるのもあり得るなって思ったの。
うーんとね、うーんとね、独りよがりなんだけど、なんか最近読書してると、なんか外と繋がるために読書してるなっていう感じがあるんだよ。自分との発見のために読書してるって部分ももちろんあるんだけど、
外との出会いのために読書っていう手段を用いているっていう感覚もちょっとあって、でそれはアウトドアだと思ってんのね、なんかある意味。で、運動するでしょ?
チームプレイの運動とかがさ、ちゃんとやったことないからわからない。それこそアメフトとか本当によく見たい。やれはしないかもしれないけど、よく見たいんだけど。
本だけ買ってさ、どっか見に行こうかなと思ってたらあんま行けてないんで。誰かアメフト一緒に見に行ってくれる人がいたらちょっと声かけてください。全然わかんなくていいんで。わかる人がいたらそれは嬉しいですけど、わかんなくてもいいんで。
一人で見に行くのは僕一道になんであんまないんで。よくわかんないあれだけどな。だからその運動も自分と出会うために運動してるっていう、いわゆるよくある洋客のイメージのっていうんじゃないのもあるんじゃないかなってちょっと思ってるんですよね。
だから単純にインドアウトだ。まあいいんだよ。そんなこと言い始めるともうよく切りなくなるからね。でも本当の本当の考えると、別に誰も二分はしてないんだけど、でもなんかしがちじゃん。自分もそうなんだけど。
なんかそういうことでもないかもしれないなって最近思ってて。という考えを用いて改めていろんなものを見れば、この人とはちょっと仲良くできないかもしれないとかって思った時にも、なんかそういう考えを無限にいろんなことに当てはめれば、
共通の部分とか、なんでそこが違ってるかとか、どうしてそこでこうなってるかとかっていうのがわかることあるかもしれないな。それがきっかけにしては、全然なんか違う人じゃないんだって、当たり前なんだけど、そもそも。
そもそもそれは当たり前なんだけど、でもすごい違う何か宇宙人みたいな仮想的みたいなやつを想定しなくても、なんかここの部分は、そっか、理解しあえたなとかっていうことが増えたりするんじゃないかな?
っていうこともちょっと思ったりする。でもそんなこと言い出したらキリがない。そんなことを一日一日、あの瞬間瞬間でやるかったら、それこそ日が暮れちゃうどころか死んじゃうからもう。
でもなんかそんなことを思ってますね なんか何か内向的なというか
あの 運動神経のない
とかと思ったけど運動なんかあるしてるなぁと思ってさ ちょっと
俺 もともとそういえばしてたんだなぁと思って
まあいいやもう全然話があの いろいろ来た今日カギ討伐じゃないからちょっとのんびりしちゃった
今後の活動と期待
8 まあ今日ははいもうメリハリがつく日ですね
午前中にバーンと仕事を頑張って
午後にはバーンとその 北かしわに行って
行きたかしはもうちょっとこれ楽しみなんだよね 楽しみだし
今日じゃなくてもその楽しみなことはもちろん持ち帰った上で トークボックスにまた行くぜという感じです
なんかいいかな説明つけなくて なんかパラグラフという説明みたいながんすよ
リフツンのやつねいやね別にね はい
おはようございました