#25 分かってる。でも、納得できない。
2026-11-03 16:14

#25 分かってる。でも、納得できない。

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「数字がすべてじゃない」

そんなこと、言われなくても分かってる。


それでも、必死に積み重ねてきたものが崩れそうになったとき、どうしても納得できなかった。


大切な人を忘れること。
報われなかった努力を手放すこと。
そして、誰かに認めてほしいという願い。


TikTok LIVEを休むことにした今、考えたのは

「忘れること」と「納得すること」の違いでした。


頭では分かっているのに、心が追いつかない。

そんな夜の、まだ答えの出ていない話です。

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サマリー

人はいつか死ぬと分かっていても、大切な人を失う悲しみに納得できるとは限らない。配信者は半年近く続けたTikTok LIVEを、応援の数字や報われなさへの苦しさから休むことにしたが、休んでも数字や積み上げを失う怖さは消えなかった。忘れたいのは配信や仲間との時間ではなく、頑張っても報われない痛みや、誰かに認めてほしい気持ちだったと振り返る。悲しみや悔しさを無理に受け入れたふりをせず、答えが出ないままでも生きていくしかないという現在の心境を語る。

分かっていることと納得できること
人が亡くなった時、いつかは誰だって死ぬんやから、 なんて言われたらどう思いますか?
わかってるよ、そんなこと。 人間はいつか死ぬ。
永遠に生きられる人なんておらへん。 そんなこと、子供だって知ってるんですよ。
でもね、わかっていることと、納得できることって、 全然違うじゃないですか。
どうしてあの人なん? どうして今なん?
もっと一緒にいられると思ってたのに。 そんなふうに思うことだってあるでしょう。
もちろんどれだけ嘆いたって、 亡くなった人が帰ってくるわけじゃない。
それもわかってる。 でも、だからなんなんよって。
わかってるから悲しむのをやめられるんやったら、 誰も苦労しないんですよ。
僕ね、最近思うんです。 人間を苦しめるのは悲しい出来事そのものだけじゃなくて、
どうしても納得できへん現実と、 それでも生きていかなきゃいけない自分との間にある、
どうしようもない距離なんじゃないかなって。 今日は死と忘却、そしてどうしても納得できないことについてお話ししたいと思います。
ハオー!あなただけのゲイとも豆腐手ウルフです。
この番組未定で結構は、恋愛、家族、孤独、将来のこと、
生きていく中でまだ答えの出ていないことや、 名前のないモヤモヤを少しずつ言葉にしていくポッドキャストです。
うまくまとまってなくても大丈夫。 結論が出てなくても大丈夫。未定のままで結構です。
忘れたいのは痛みだけ
以前ある物語に触れた時、面白い世界が描かれてたんです。
その世界では大切な人が亡くなると、その人に関する記憶まで消えてしまう。
だから残された人は、死別の悲しみに苦しまなくて済むんです。
考えようによってはめちゃくちゃ優しい世界ですよね。 だって悲しむ必要がないんですもん。
でもね、僕はちょっと嫌な世界やなって思ったんですよ。 大切な人が死ぬことだけでも悲しいのに、
その人を愛していた記憶まで消えてしまうなんて、 それはあまりにも残酷じゃないかなって。
ただ、冷静に考えてみると、これも不思議な話で、 人間って苦しいことがあると忘れたいって言うでしょ?
失恋した時も、誰かに裏切られた時も、 一層全部忘れられたらどれだけ楽やろうって。
でも、実際に忘れられるよってなると、今度は嫌やって言い始める。
じゃあ土台してほしいねっていう話やねんけど。
結局、僕らが忘れたいのは、その人の存在じゃないんですよね。
その人を失った痛みだけを都合よく消したいんです。
一緒に笑ったことは覚えていたい。 幸せだったことも覚えていたい。
でも、もう二度と会われへんかもっていう現実だけはできれば考えたくない。
随分と都合のいい話よね。
でもね、僕はそういうのが人間なんじゃないかなって思うんです。
そしてこの物語を思い出していた時、 ふと自分のことを考えてしまったんですよ。
TikTok LIVEを休んだ理由
実は僕は今、TikTokのライブ配信を少しお休みをしているんです。
半年近くほどお休まずに続けてきたんですけど、 まあ平たく言うと心が折れました。
原因はいろいろあるんです。
ただ、最後の引き金になったのは数字でした。
ライブ配信って応援の量や実績がリアルタイムの数字で見えるんですけど、
その応援をもう守られへんかもしれへんと思った瞬間に、 僕の中で何かがプツンって切れてしまったんです。
悔しかったんですよ。めちゃくちゃ。
企画を考えて準備をして、毎日いろんなことを試して、 もちろん全部僕が好きで始めたことなんですよ。
誰かに頼まれたわけじゃないし。
でもこんなに頑張ってんのに、なんで僕は報われへんのやろって。
自分より配信期間の短い人が自分よりずっと多く応援されていたり、
上の立場に上がってたり、そういうのを見るたびにどうしても思ってしまうんですよ。
なんであの人なんやろ。なんで僕じゃないんやろ。
性格悪いよね。わかってます。
他人の成功と自分の結果は別の話やって、 努力すれば必ず報われるわけじゃないって。
誰を応援するかなんてその人の自由やって。そんなこと全部わかってるんですよ。
でもね、じゃあ僕が頑張ってきたことは一体なんやったん?って。
こういう思いがね、どうしても消えないんです。
世の中にはよくこんな風に言う人がいるじゃないですか。
積み上げた数字と報われなさ
数字が全てじゃないよって。そりゃそうでしょうよ。
そんなことね、僕だってわかってるんですよ。
でもね、数字が全てじゃないからこそ、
その数字を手に入れるために頑張ってきた時間を簡単に片付けられたくないんですよ。
しかもその数字は僕が一人で作り上げたものじゃないんです。
応援してくれた人たちがいて、一緒に喜んでくれた人たちがいて、
みんなで少しずつ積み上げてきたものなんです。
だからどうしても失いたくなかった。
そこには僕だけじゃなくて、誰かの時間も気持ちも詰まってたから。
でもね、だから余計に苦しかったんです。
みんなが応援してくれたことにはめちゃくちゃ感謝してる。
ほんまに感謝してるんですよ。
でもね、それでも足りへんって思ってしまう自分がいるんです。
こんなに応援してもらったのに、それでももっと欲しい。
もっと上に行きたい。もっと結果を出したい。
欲深いですよね。
でもそう思ってしまうんやから仕方がない。
そしてそんな自分が嫌になる。
応援してくれた人たちには何の責任もないのに、誰かを責めたいわけでもないのに、
どうしても今置かれてるこの状況に納得できへん。
どないしたらええの?っていう話なんですよ。
だからね、とうとう休むことにしたんです。
1週間くらい配信のことを忘れて過ごそうって、
数字を気にせず好きなことしようって。
ところが休み始めても全然楽にならないんですよ。
もうあんだけ休みたかったんです。
びっくりするくらい休みたかったのに、
休んでる間も積み上げたものを失うことが怖いと思ってるし、
痛みだけは消せない
頭のどこかでは数字のことを常に考えてる。
ここで僕はふと思ったんです。
僕、忘れたいわけじゃないんやなって。
半年間頑張ってきたことを忘れたいわけではない。
みんなと過ごした時間を忘れたいわけでもない。
ただ、こんなに頑張ったのに、こんなに頑張ってるのに、
報われへんっていう苦しさだけを忘れたかったんです。
ずいぶん身勝手ですよね。
でもね、さっきの話と似てる気がしたんです。
大切な人を失った時、その人を忘れたいわけじゃない。
失った悲しみから逃れたいだけ。
僕も配信を嫌いになったわけじゃない。
頑張ってきた時間を消したいわけでもない。
ただ、もう苦しみたくなかった。
でもね、どっちも都合よく痛みだけを取り除くことなんてできないんですよ。
だって、苦しいのはそれだけ大切やったからっていうことの証明でもあるんですから。
いや、だからって大切やったから苦しみなさいなんて言いたいわけじゃないんですよ。
そんなこと言われたらもうたまったもんじゃないでしょ。
ただね、好きあったことが苦しくなる。
大切やったもんが自分を追い詰めるものになってしまう。
そのことがものすごく悲しかったんです。
僕は配信を始めた時、こんな気持ちになるために始めたわけじゃなかった。
誰かを笑わせたかった。
自分も楽しかった。
みんなと一緒に何かを作りたかった。
それなのに、いつの間にか楽しむために始めたことやのに、楽しめることが一つずつ少なくなっていった。
認めてほしかった気持ち
でも、ここで、本当に大切なのは数字じゃなくて、みんなと過ごした時間やったんやね。
なんていう結論にできたら、すごい綺麗やなって思うんですよ。
めちゃくちゃいかにもないい話じゃないですか。
でもね、実際の僕はまだ数字も欲しいんですよ。追いかけてるんですよ。
ここがどうにもならないところなんです。
みんなと過ごした時間が大切やった。それはほんま。
でも、結果も欲しかった。それもほんま。
どっちか一方にすれば、きれいに話がまとまるんでしょうけど、
人間の気持ちってそんなに都合よくできてないんですよね。
ほんで、今回休むことにして、もう一つ気づいたことがあるんです。
僕は、ただ結果が欲しいわけじゃなかった。
誰かに少し認めて欲しかったんです。
こんなに頑張ってるんやよって。結果が出えへんくっても、ちゃんとやってきてんねんよって。
そのことを誰かに分かって欲しかったんやと思います。
そう思ったらね、なんかものすごく寂しくなってしまったんです。
別に、何か特別なことをして欲しかったわけじゃないんですよ。
ただ、誰かに、頑張ったねって言って欲しかったんやと思います。
数字が伸びた時じゃなくて、何かを達成した時でもなくて、
結果が出なくて、もう頑張れなくなった時に、ずっと隣でちゃんと見てたよって、
そう言葉で、声で聞かせて欲しかったんです。
納得できないまま生きる
でもね、これも人に要求できることじゃないんですよ。
誰かに認めて欲しいと思うのは自由なんですけど、誰かが認めてくれるとは限らへん。
それも分かってる。分かってるんです。
ほんまに嫌になるよね。何もかも分かってるのに、それでも納得できないんですよ。
人が死ぬことも、大切な人と別れることも、
頑張ったことが報われへんことも、
世の中には理由が分かったところで、どうにもならないことがたくさんあるんです。
それが生きるということやから受け入れなさいって、簡単に言う人もいるでしょう。
でも、僕なんかは思ってしまうんです。
受け入れられないものを受け入れたふりをする必要ってほんまにあるんですか?
悲しいなら悲しいでええやん。
悔しいなら悔しいでええやん。
どうしても納得できへんから、今は納得できへんままでもいいんじゃないですか?
まあ、こんなこと言ってるからいつまでたってもめんどくさい人間って言われちゃうのかもしれないんですけど。
でもね、僕は今回の休養で何かを悟ったわけじゃありません。
数字なんてどうでもよくなったわけでもない。
誰かへの嫉妬が消えたわけでもない。
むしろ今でも悔しい。
やっぱり報われたかった。
みんなと積み重ねてきたものをもっと守りたかった。
その気持ちは何にも変わってないんです。
ただ、このまま今の気持ちを見て見ぬふりして走り続けたら、
自分のことをもっと嫌いになってしまいそうやった。
だから休んでる。
それだけなんです。
今はまだどうすればいいのかわからない。
休んだ後に何が変わるのかもわからない。
それでも毎日を生きていかなきゃいけないし、
考えてみれば人間ってずっとそうなのかもしれませんね。
誰かを失って、何かを諦めて、
どうしても納得できないことを抱えながら、
それでも次の日がやってくる。
忘れられたら楽なんかもしれへん。
でも忘れたくないものもある。
だったら、もう今はこのままでもいいのかもしれません。
うーん、ほんまは良くないんですよ。
だって良くないから苦しんでるんですもん。
でもまだ答えが出ないんですよ。
わかってるんです。
全部全部わかってるんです。
でもね、全然納得できないんですよね。
全く困ったもんですよね。
自分の番組では未定で結構なんて言っておきながら、
誰よりも未定のままでいることが許せないんですから。
皮肉なもんですよね。
それでもこの番組は未定で結構ですから。
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