ホシノ
字が違う、お能の能と農業の農がどう繋がっているのかですとか、
あと有松さんが能楽の中でもワキ方というところをされていることと、高橋さんが元々バンド時代にドラムをしていたこととかも、
もしかしたら繋がりがあるやもということもありまして、そのあたりたっぷり伺いたいと思っております。
途中に謡いの実演と、あと皆さんにもやってみようコーナーというのもありますので、ちょっとその時はお手元の資料を使っていただけたらと思います。
それではお二人どうぞよろしくお願いいたします。
タカハシ
よろしくお願いします。
アリマツ
始まりました。
タカハシ
始まりましたね。
アリマツ
すごく楽しみにしていたんです。
タカハシ
私もですよ。
アリマツ
このイベント、ミシマ社でのこういうトークイベントっていうのは何度かされているんですか?
タカハシ
2回目ですよね。
前回は中田先生とやらせていただいて、その時は大阪だったんです。
アリマツ
そうなんですね。
タカハシ
2回目で、京都は初めてです。
アリマツ
そうですね。いかがですか?京都いらっしゃって。
タカハシ
もうやっぱり京都って私は古いイメージだったんです。古い街並み。でも割と新しいものがボンボンボンってあって、それと古いものがいい感じに融合しているのがさすがって思ったんですよね。
アリマツ
そのご実家のところと比べるとやっぱり同じ関西でもちょっと違いますか?雰囲気。
タカハシ
いやいやもう全然違います。
アリマツ
そうですか。
タカハシ
実家周辺は畑しかないので。
アリマツ
まさに畑なんですね。
タカハシ
そうかもしれん。そうですね。で、30年前からあんまり風景は変わってなくて、畑が荒れるかそのまま維持できてるとこもあるかぐらいで、その大きい建物ができるとかはないので、
やっぱ京都も前バンドしてた時とかよく回ってきてたんですけど、その時からまたやっぱ雰囲気変わってるなと思ったり。
アリマツ
今はじゃあ高谷さんは東京にいらっしゃる期間と、そのお実家に帰られる期間ちょうど半々ぐらいですね。
だから1ヶ月ごとに移動するみたいな。
タカハシ
1ヶ月東京、1ヶ月愛媛っていう風にして、愛媛では農業、ちょっと待って司会者みたいになっとるやんけ。
アリマツ
なんか自然となんかそういう風になっちゃったんですけど、大丈夫ですか?
タカハシ
大丈夫、大丈夫。有松さんは京都出身ですか?
アリマツ
私は生まれは東京なんです。
タカハシ
東京からか。
アリマツ
東京で生まれて、大学の時に初めて京都に来て、今ちょうど20年、20年ぐらいになるんですけど、だからこっちはまだ、よそ者というか外様。
タカハシ
外様大名ですね。
アリマツ
でもなんかこのご著書、『わたしの農継ぎ』で中で出てきたんですけど、東京にずっといらっしゃるのと、でもそのお実家にいらっしゃるのと、なんかこう両方あるからちょっとバランスがいいみたいなところあると思うんですけど。
タカハシ
そうですね、そもそも多分東京に出てなかったら愛媛実家の畑を継ごうとか、そこに私行ってなかったと思うんですよ。
アリマツ
なるほど。
タカハシ
外に出たけん、こんなに自分のおったとこはいいとこだったんやなとか、そういうことが分かって、それを何とかこの風景を守っていけたらいいなと思ってやり始めたことなので。
畑がある限り畑をたぶんしてしまうんですよ、愛媛におったら。
アリマツ
なるほど、それがもう全てでずっとそれって。
タカハシ
作家業がたぶん成り立たなくなるんですよね。
なので半々ぐらいで、東京におるときは集中して、もう畑がないのでやれる感じなんですね。
アリマツ
高橋さんはずっともうそのご実家にいらっしゃるときから、言葉が湧いたりとか書いたりしてたんですか。
タカハシ
してましたね。
アリマツ
そうなんですか。
タカハシ
小学生の時から短編のSFを書いたりとかして、ノートに貯めていったりしてた。
アリマツ
この本の中にも小説の中だったらこうするとか、ここで主人公やったらこうするのにっていっぱい出てきたので、そういうのがデフォルトで高橋さんの中にあるような。
タカハシ
あります。
あって、事実は小説よりも奇なりって言いますけど。
アリマツ
超えてきますよね。
タカハシ
ほんとに超えてくる。自分の中で小説の主人公にするんやったら、食べるの好きで、もし農業を継ぐ女の子が継ぐというか、農家の家に体験に来るとかも、食べ物が好きな子を主人公にしそうやけど、来た子が別に食に興味ないですみたいな感じの子が入ったりとか。
アリマツ
冷凍ポテト買ったんでいらないですみたいな。
タカハシ
こっちの方が小説すんやったら面白いなっていうのをリアルで思ったりはしますね。
アリマツ
言葉あふれてるっていうので音楽なさってということになる。
タカハシ
そうやね。これ人生長く。
そうね。
アリマツ
二人とも40数年あるんです。
タカハシ
そうですね。
でも有松さんの本を読んでたら、もう同じ42年間なのかと思うぐらい、奥深い、思慮深い、突っ走らないと思って。
アリマツ
いやいやいや。
タカハシ
自分の突っ走り具合が、うわ、ガキすぎるぜと思って。
アリマツ
いやいやいや。
タカハシ
ってなるぐらい。
アリマツ
すごいいっぱい。
タカハシ
めちゃくちゃチガヤ生えまくってますよ。
アリマツ
僕も負けずといっぱい生えてたんです。
タカハシ
めちゃくちゃ生えてますけど。
アリマツ
でもね、全部同じ色だったら今日どれをやるか分からなくなっちゃって。
タカハシ
なるよね。
アリマツ
そうそう。
タカハシ
でもほんまに、なんか体を使ってやってらっしゃるから、そこが自分の前のドラムとか、今やってる農業とかも、頭だけじゃなくてやっぱり。
自分にとっては重要なポイントなんやなって思ってるんですけど。
アリマツ
この本も拝読して思ったんですけど、雑草刈りで疲れて、文章も書けませんっていう時と、わりと今日は体力があって、いっぱい書けましたっていうところがすごいね、にじみてきてて、すごく面白かったですね。
タカハシ
そうやね。
アリマツ
その日その日の、やっぱり夏が大変なんですね。
タカハシ
夏はもう、ちなみに農をやってるというか、農業じゃなくてもやってますみたいな方っていますか?
アリマツ
お庭があって、草むしりしてますとか。
タカハシ
おるおる。
アリマツ
結構いらっしゃいますね。
やってますか?
タカハシ
そうなんですね。
夏はなかなか地獄ですよね。
夏の草引きが。
質問者さん
どうされてますか、夏は。
タカハシ
虫たちが飛んで、戦いで、あと虫が残る中。
アリマツ
そうです。
タカハシ
わかるー。
虫はどう、私も無農薬でやってるんやけど、手で潰す?もう。
質問者さん
死害に蜂がかかってきて。
タカハシ
あー。
質問者さん
ハチにも刺されまくり。
タカハシ
え?
質問者さん
あと京都のヒルがすごいんですよ。
タカハシ
京都ってヒルがおるんですか?
アリマツ
出ますね、出ます。
けっこういます。
そうですね。
タカハシ
京都ってヒルがおる、そんな感じなんじゃ。
そうか、地面としてるとこにヒルがいるイメージですけどね。
そうなんですか。
人たちが。
アリマツ
そうですよね、動物はね。
タカハシ
なるほど、鹿にヒルが来てってことか。
切り替えですよね。汗かいて気持ちええって思うぐらいじゃないとやっていけんよね。
頑張ってる方もいるんですね。嬉しいですよね。
アリマツ
他にもいらっしゃるんですか?
庭なさってる。
庭、畑ですか?
質問者さん
農園主がいて、それが体験農園っていうのをやってらして、それをちょっと4年ほど歩いてやってるっていう感じなんで。
本格的にやってる人に比べれば全然楽にできますけれども。
タカハシ
でもいいぐらいですね、4年ぐらい。
質問者さん
そうですね。
タカハシ
食べていく分を芽が出て、実がついたりつかんかったり腐ったりとかするのを体験できるって大きいですよね。
質問者さん
そうですね。
アリマツ
やっぱり一度期になるときはなるし、ならんときは全然ならんっていう。
タカハシ
ある野菜はバーってできるけど、逆にこっちの野菜はできんとかね。
質問者さん
そうですね。
アリマツ
いろいろ。
タカハシ
それをね、実際に見れるのがでかいですね。
質問者さん
その、なんていうか、収穫時期がいつでも取れるっていうのはやっぱりすごいっていうか、相当のことをやらないとできないんだなっていうの。
自然にやっててもそうはならないんだなって。
タカハシ
ならんですね。
質問者さん
よくわかりました。
アリマツ
高谷さんのところの畑ってどのくらいあるんですか?
タカハシ
6反ぐらいやっていて、自分でやってる分は。
父がやってるところを合わせるともっと大きいんですけど、たまにそこも手伝ったりするんですけど、6反はどれくらいですか?
アリマツ
6反というのはどんくらい広いんですか?
タカハシ
一旦300畳ぐらいでしたっけ?
アリマツ
なるほど。
タカハシ
一旦300畳です。
アリマツ
じゃあ1800畳。
はい。
なるほど。
タカハシ
1600畳。
アリマツ
なるほど。
能舞台何個分ぐらい?
タカハシ
能舞台です。
アリマツ
せめて東京ドームのほうがわかりやすかったけど。
6反も、じゃあ全部お父様じゃなくて、高橋さんがチーム。
タカハシ
はい、私たちがやってるチガヤ倶楽部で6反分ぐらいやっていて、サトウキビが1反、あと普通の畑があと5反ぐらいですかね、やってますね。
アリマツ
で、なんか新規開拓というか開墾をしてるんですか?
タカハシ
そうなんですよ。新規開墾はもう道になりそうです。開墾したところが。やからもう報われずな感じで。
アリマツ
なんかちょっと若干ネタバレですけど、最後のほうでちょっと衝撃の。
タカハシ
そうなんです。衝撃のあのあたりはせっかく開墾したんですけど、もう全部道になるんですよ。そうそうそうそう。
アリマツ
でもそれなんか木とか植えたり作物とかしてる子たちはどうなるんですか?
タカハシ
もう伐採されるんですよ、全部。なんかやっぱり借りた農地ってそこが恐ろしいところで、
持ち主の方がもうここは売るけんなとか、もう手放すけんなってなったらなんちゃ言えんというか。
みかんのはるかの木が結構うわってるけど、それも伐採されるし、でちっちゃい自分が新しく開墾して売れたところは母と一緒に全部、
引っ越しして。他に移築して、葡萄とかレモンとかはすごい大きくなったから多分移築できないんですよ。
それ道、変な話、人通るんですか?通らんでしょうね。ここだけの話通らんですよ。
なんで見てくるんやろ。そこなんですよ。これ政治的な話になっていきましょう。
いろいろな絡まりが出てくるでしょうね。昔からの何か。
アリマツ
そういう道作るとか、あとソーラーパネルですか。これがそもそもの一番最初ですね。
タカハシ
そうですね。
アリマツ
もう全部畑潰してソーラーパネルするみたいな計画がやっぱり油断すると増えてくるんですか。
タカハシ
いっぱいですね。いっぱい狙われてるかな。だしもうみんな手放したいんですよね。
なんか高齢化でね、高齢化だけじゃなくてイノシシやサルがすごいどこの全国どこも出てると思うんですけど、
そうなると私たちはもうネットで天井まで全部囲ってるんですよね。
それって相当お金もかかるんですよ。私たちは黒糖を販売して、その売り上げでそういうのを立ててるんだけど、
じゃあ近所の自分が食べる分だけを育ててるおじいちゃんおばあちゃんがそれを全部自分らでできるかって言ったら、
そんなん絶対できんから、みんなもうじゃあうちはもう辞めるっていうので、
アリマツ
辞めていって太陽光パネルになるっていうのがもう今の、
タカハシ
私たちの地域はそうなって、うちらしかもうやってない。全員もう辞めちゃって。
アリマツ
それはもうその後継ぐ人というか後継者ももう例えば息子さん娘さんいてても都市部に行っちゃってるし、
自分じゃ責任持てないからもう譲っちゃうみたいなところもあるんですか。
タカハシ
それがある。あとはなんか有松さんのこの本にも書かれとったけどね、
お金に結びつかないことが全て無駄になっているみたいなことも書かれてて、
タカハシ
なんかすごいそれがある。現代の価値観って、
それってお金になるんかっていうコスパとかタイパとかいう言葉が飛び交うようになって、
兼業農家って今私たちがやってるところは中山間地域なので機械も入りづらいし、
ほんまにね手間がかかるんです。手間がかかる割にはお金になりにくいんですよね。
そうすると下の世代にその農地を継がせるのが親たちは嫌なんですよ。
こんなお金にならんことを子どもらにやらせたらないって。
それで私世代の子が残っとったりもするんやけど、誰もやっとらんという現状もあります。
アリマツ
じゃあもうなんか皆さん普通の会社員とかになったりとか、
どっかお商売されたりとか公務員さんとかになるっていうことですね。
タカハシ
そうされてるからね。だっけほんまは地元の同世代の人らと一緒にやれたらええんやけど、
一緒にチガヤ倶楽部の農業チームをやっとる子らも隣町とかちょっとお町の子たちなんですよね、来とる子が。
地元の子は誰もおらんという感じで。
アリマツ
お町の子の方が農業をするっていう楽しさとか新しさが新鮮なんですかね。
どっぷりそこの人よりお町の人の方が楽しくやってくれるんですかね。
タカハシ
そうなんだと思う。
これも有松さんメールで書いてくれとったけど、
ほんまに農地とか日本の原風景が財産じゃないかとか書いてくださってて、ほんまにそうやなって思うので、
観光地にわざわざ行かんでも東京からとかもいっぱい手伝いに来てくれてて、
彼らはあぜ道に座っておにぎり食べるだけで最高なんですよ。
幸せやな、こんなとこがあるんやなって。
それって地元の人からしたら驚愕なんですよ。
こんなとこまで飛行機台張るってなんしよんだって。
アリマツ
高橋さんも月一でわざわざ東京から移動してきて、
飛行機代とか新幹線とかもかけてくるじゃないですか。
そのご実家ってこともあるんですけど、
でも東京からいらっしゃる方とかもあって、何がそうさせんのかなと思ったんですけど。
土日は家でゴロゴロしたり、遊びに行ったりじゃなくて、畑に行くっていう人たちがいるんですよね。
タカハシ
そうですね。何がそうさせるのか言うたら、やっぱみんな足りんのじゃないですか。
それが足りてないんやと思う。エネルギー補給みたいな感じで、ミネラルの一部みたいな感じで。
それで足りてないから来るんじゃないかな。それは東京にはないものなんかもしれんね、なかなか。
そこに来ることで、なんか満たされるんやと思う。
それでいい気持ちになって、また東京にみんな帰っていくし、また来るわなみたいな感じで来る。
3ヶ月に1回来る子もいるし、なんかやっぱえんでしょうね。
アリマツ
何かが足りなくて、求めていって、満たされて帰っていく。
それは時給いくらとか、そういう世界じゃないんですよね。
タカハシ
そうなんですよ。時給いくらにしちゃうと、時給20円ぐらいになっちゃいますからね。
そういうことじゃないっていうことに気づき始めてる人が来てるんやなって思いますね。
アリマツ
ちなみにそういう人の傾向ってあるんですか?
美味しいもの好きの人は、なんかそういう嗅覚聞くんじゃないかなと。
タカハシ
間違いないですね。
アリマツ
なんか自分で育てた野菜を食べるとか、作物をいただくっていう喜びって、やっぱりやった人じゃないとできないその至福があるんだろうなと思いました。この本によって。
タカハシ
ある。それはある。
それはあるけど、さっき私だったらこれを小説の主人公だったら違うふうに書くなって言った女の子なんかは、食べ物に興味ないんですよ。
一緒にみかん狩りとかして、絶対収穫やけん喜ぶわと思って、みかん持って帰るよって言っても、私別にみかん好きじゃないんで。
何よこいつ!って言うところから始まったんですけど。
その子は、なんと土木とか建築に興味があるから。
単管建てて猿の柵するときが一番嬉しそうでしたね。
アリマツ
工作が好きなんですか?
ですよね。
タカハシ
なんやって思ったけど、最高な人が入ったじゃないかと思ったり。
アリマツ
でもね、こっちからしたらそれをやってくれる人が嬉しいですよね。
タカハシ
そう。で彼女は山梨から引っ越してきて、一人で愛媛にいたんです。
アリマツ
あ、そうなんですか。
タカハシ
田舎におったら、もう家族に乾杯みたいな現象が起きると思いがちかもしれんけど、そんなことないので。
なるほど。
私、マンションとかアパートに一人でポンって住んだ場合は、東京と一緒ですよ。
アリマツ
そうですよね。
タカハシ
会社とかコンビニに行くだけなんで、他は何もなくて。
その子は3年間おったけど、田舎に来たらもっと面白いことがあるかなと思ったけど、何もないと。
もう寂しすぎて帰ろうかなって思ってたらしいんです、山梨に。
そこで、なんか私のライブかなんかに来とって、実は私、この辺に住んでるんですかっていうから。
近いんですよ。
今度は一緒にやらんで、誘ったんですよ。
アリマツ
そこから入って。
タカハシ
そうなんですか。
なんか友達とかもできて、今楽しいんじゃないかなとは思います。
アリマツ
じゃあ、畑を通じて人の繋がりも提供されているんですね。
タカハシ
ちょっと待って、有松さんの話しようよ。
アリマツ
いやいや、そっか。
いつから。
全部は畑の話でいいですよ。
タカハシ
今日とかいっぱいあって、ちょっと待って、今から能は能、でもお能バージョンに入ります。
アリマツ
そっちの能バージョン。
タカハシ
まずは私が思ったのは、お能って国とか文化財的に守られてるものかなって思ってたんだけど。
アリマツ
能楽師って、僕も確定申告の時に職業欄に自営業って書くんですよね。
つまり全員が、そうなんですよ。
だから全員自営業でそれぞれ独立してやってて、
講演があるってなると七人の侍みたいに集められて、講演を打ってまたバーっと去っていく。
それがすごくかっこよくて、
なんか今日の獲物誰だみたいな。
で、スパッとやったらもうさよならってすぐ帰るんですよね。
タカハシ
しかも歌舞伎みたいにツアーじゃないんでしょうね。
アリマツ
そうなんですよね。
だから1週間とか10日間とか1ヶ月全国ツアーとかじゃなくて、
その1日1回のその講演のために風のようにフワーって来て、スパッと仕事して、
フワーとまた次の町へ行くんですよね。
タカハシ
じゃあチームで行動っていうかバンドともまた違うんですね。
アリマツ
そうですね。
タカハシ
その時によって来る方が違ったりするんですかね。
アリマツ
そうなんです。だから講演を打つ人がこの人とあの人とってオファーをして来てもらって、
でも終わったらすぐ、だから私たちはあんまりこう練習をみんなで、
例えばスタジオからずっと練習するとか、
やっぱりは終わってじゃあ打ち上げとかっていうのはあんまりなくて、
タカハシ
打ち上げないんですか。
アリマツ
フワーっと来てフワーっと帰って。
タカハシ
打ち上げが一番楽しいのにね。
アリマツ
そうなんですよね。で、大きい講演の場合はちょっと宴会とかを見たりもするんですけども、
基本的にもう風の又三郎ですね。
タカハシ
又三郎や、ほんまや。
アリマツ
そうなんです。
タカハシ
あー、しゅーっと現れて最後、あれ?
アリマツ
なんかね、それがねまたこう、こんだけ練習してきましたっていうんじゃなくて、
フーっと来て、でフーっとプロ技見せてフーっと帰る。
これが格好いいのですよ。
タカハシ
カルガモの足の下は見せんってことだよね。
アリマツ
そうそうそう。
タカハシ
あいつやりよるなーっていう感じで上達したなーとか。
アリマツ
そうなんですよ。
そうなんですよ。
だからそれはもうそこに来る以上はみんな責任を持って、それがこう自分の何というか仕事の流儀なんですよね。
タカハシ
えーでも、例えばそのえーとですね、コミ。
コミっていうのが中で出てきますよね。
ンとかヌとかこう。
アリマツ
そうですね。こうグッとお腹でとるのをコミって言いますね。
タカハシ
やっぱ体を使うじゃないですか。
アリマツ
はい。
タカハシ
すごい、待ってくださいね。質問のちょっとあれが変わりましたけど、すごい体鍛えてたりするんですか?
アリマツ
僕ね、全然その手の筋トレ全然してないんです。
なんかね、ワキ方って舞台に出てきて結構ずっと座っているってことが多いんですよね。
能楽師って4つ職業の部署があって、シテ方っていうのとワキ方っていうのと狂言方っていうのと囃子方っていうこの4つ部署があって、
シテ方というのは衣装をつけて謡いを歌ったり舞ったりする、いわゆる能楽師っていうイメージの部署なんですけど、
お囃子っていうのは音楽。
そうですね。
狂言っていうのは前半と後半の間をつないでくれたりとか、あるいは狂言だけでやる演目っていうのもあるんですけど、それが狂言です。
で、ワキ方というのは舞台の一番最初に出てきて、舞台設定をして、
で、鏡の間の向こうからメインの人が来たらあなたは誰ですかとか愛媛で畑してるんですかとか大変ですかとかっていう話を引き出して引き出して、
で、舞台を畑の話で満たして、で、最後。
タカハシ
ってことですね。
そうですね。
シテ方の方を踊りやすくする。
アリマツ
そうなんです。で、最後を帰す、見送るっていう役割がこのワキ方なんですね。
話の聞き上手じゃないと、あと舞台進行役っていうのがワキ方なんですけども。
舞台進行。
タカハシ
そうそう。だから今日もなんかそういう役割なのかなって。
アリマツ
違いますよ。
今日はシテで来ていただいて。
タカハシ
同じぐらいしゃべりました。
私もドラムだったから、どっちかっていうとワキ方なんですよ。
アリマツ
えっと、高橋さんがなさってたバンドは3人チームだったんですか。
タカハシ
そう、3人チームで2人フロントマン2人いて後ろにいるので。
アリマツ
なるほど。2人ともギター弾きながら歌ってたんですか。
ギターボーカルとベースなんですよ。
タカハシ
ギターボーカルとベースでウステロ2ドラムってなると、やっぱり背中で見て、さっきのムーじゃないですけど、こうやって何というか。
指揮者がいないって書かれてたけど、同じですよ、バンドも。指揮がないので。
アリマツ
なんか耳でこんなんしてるのあれ。
タカハシ
やらないんですよ。
アリマツ
そうなんですか。
タカハシ
クリックに支配されるのが嫌なので。
アリマツ
クリックはチッチッチってやつ?
タカハシ
そう。
アリマツ
1、2、3、4みたいな。
タカハシ
打ち込みをしてるバンドは聴かないとね、どうしても打ち込みとドラムが合わないとズレちゃうからやるけど、やってなくて。
本当にあうんの呼吸じゃないんですけど、2人の呼吸を見ながら、今日はもうちょっと早めがいいんだなと思ったらテンポ早くしたりとかっていうのをやっていく。
アリマツ
でも前の2人は前向いてるから後ろの高さは見えないですよね。
タカハシ
でもたまに合わせる人とかはこうやって見て、一緒に息を吸って吐くところで合わせるみたいな。
アリマツ
吐くなんですね、やっぱり。
そうなんですよ。
やっぱり息なんですよね。能で一番大事なのは息で、最初から最後までずっと一つの息が流れているようなっていうイメージがありますね。
一つの線でずっと。
だから、私は例えば旅のお坊さんとかで出てくる時も出囃子っていうのがありますよね。
出囃子がちょっとなんかこうしっかりしてる感じやなと思ったらグーッとしっかりしてみたりとか、
あれはちょっとピッチが上がってきたなと思ったらスラリと歌ってみたりとか、
その辺は別に早まったから早く謡いなさいって言われたわけでも指示が出てきたってわけじゃないんですけど、
自然とお互いに見計らって進めていくんですよね。
それはどこで修行をするかというと、師匠がいて弟子になるんですけど、
書生制度というのがあって、師匠の24時間身の回りのお世話をするんですね。
一番きちんとした修行は住み込みって言って、先生のお弟子さんとか禅寺の雲水さんみたいなので住み込んで、
もう24時間ずっとその生活をするんですね。
お家のお手伝いから、舞台へ出ていく準備から片付けからするんですけども、
西洋のピアニストとかバイオリンストの方の誰々に師事っていうのと結構ニュアンスが違うんですけど、
それが前時代的で極端な話だと全然稽古してもらえないんですよね。
タカハシ
お掃除とか。
アリマツ
そうなんです。そういう雑用って言ったらあれなんですけど、ということばっかりなんですけど、
でもその中で、この先生は次何を考えてるのかなとか、次どうしたいのかなとか、
この流れで来たらこう来るなっていうのを常に考えて受信するんですよね、センサー。
タカハシ
受信か。
アリマツ
結構現代っ子になればなるほどその辺が鈍になっていて、なかなかセンサーが効かないんです。
その辺畑しててもなんとなく分かる。
タカハシ
分かります。
アリマツ
この辺ちょっと82年ぽいんですけど、運動してて水飲ませてもらえなかった時代っていうか、
休憩させてもらえなかった時代っていうか、その辺がちょっと疲れたんで帰りますみたいな、ちょっと違うんですけど。
タカハシ
先輩にも倦んできたっていうのがありますよね、私たちね。
そうなんですよね。
でも完璧なものっていうのは、やっぱすごく音楽でも能でも農業でもすごくいるものなんですよね。
相手が生き物だからっていうのもありますよね。
人間も生き物だし。
アリマツ
この本にも書いてあったんですけど、同じ農業でも、例えば西日本と東日本では違うし、
今年暑かったけど来年寒い夏が来たらまた違ったりとか、ちょっと植える深さ変えたいとかっていうのは、やっぱり向こうがどう来るかっていうので相手をする。
そうなんです。
タカハシ
こっちが対応、受信して対応していくっていうことで、
勘が必要で、例えばタケノコとかワラビとかが生えてくる季節も、やはり勘がどんどん人間の勘が鈍くなってるから、
そこがね、あるのにね、割と見つけれない子もいっぱいいるんですよね。
アリマツ
ありますね。
タカハシ
あるやん、あるやん、そこみたいな。
そうそうそうそう。
見えてないのかってなると、本当ですねって。でももう必死、必死でもないんですよ。
だってお店に行ったら売っとるから、そこまで必死じゃないけど、もう食い意地が張りすぎてるから、必死でね、うちの家族とかは取るんだけど。
アリマツ
でもやっぱりね、こう人間って見たいものしか見ないっていうか、その関心がこんなにボンってあるのに全然気がつかなかったりとか、
言われてみればわかるんだけど、
タカハシ
そうですね。
アリマツ
そういうのありますよね。
タカハシ
でも音楽とかお能とか多分芸術の一緒に息を合わせるっていうのも、ちょっとなんというか、魔法っぽいっていうか、
魔術っぽいというか、結構なんか、今の現代の人間の動きとは違う感じありますよね。
アリマツ
なんかこう、
タカハシ
人の気を見るみたいな。
アリマツ
そうですね。
なんかこう、自分をコントロールできるしされちゃうっていうか、なんかこう、自分のハンドルできない部分っていうのもあって、
それがなんか怖いエリアだったり、神様のエリアだったり、
自然やとやっぱりこう天気が、空いつも晴れてくれて、いつも雨降ってくれてってわけじゃないじゃないですか。
タカハシ
そうですね。
アリマツ
もう年によっても月によっても全然違いますよね。
タカハシ
そう、特に最近は神様が怒ってる感があるので、
やっぱり農業は難しくなって、どんどんどんどん、
こちら側も知恵とか経験をしっかり積んでやらないと、
特に有機栽培は難しくなってるなって感じますね。
アリマツ
でもそんな時にね、なんかこう、一つ一つヒントになったりするのって、
なんかその、例えば修行時代になんか先輩からちょっと聞いたアドバイスとか、
なんかことわざっぽいのとか、
そういえばそういう師匠がなんかポロッと言ってたなみたいなのが役立って、
そういえばこういう時はこうしたらいいんやなっていうのが引き出しとなって自分の中にこう、
だからいろいろ話してるのをメモ魔というか聞き魔というか、
どんだけ自分にストックできるかっていうのが大きさにつながるかなという感じがしますね。
タカハシ
ほんまにそういうことの集合のような感じがしてますね、農業は。
いろんな方がいろんなこと言うから、そして植え方なんかも。
そうですよね。
アリマツ
人によって違ったりとか。
なんか流派というか、石積み流派もいろいろ出てきましたよね。
タカハシ
流派も出てくる。
やけんそれを自分なりに解釈して経験を積んで自分なりのやり方をやっていくっていうのを皆さんやられてますね。
やけんそれぞれのおじちゃんおじちゃんに哲学があるんですよね。
それが何かで本で読んだ、もちろん本もあると思うんですけど、
それはやっぱり代々受け継がれたり近所から聞いたりとか、自分でいっぱい失敗を積んで得てるものですね。
アリマツ
私も結構自分、私はワキ方の高安流っていう流儀なんですけど、
親元は名古屋にいらっしゃって、京都あるいは昔は九州とか東京にもいらっしゃったんですけど、
やっぱり地域のやり方っていうのと流儀としてのやり方っていうのが結構いろいろあるんですよね。
だからその流儀としてはこうやってやるんだけども、
地域、ローカルルールっていうほどまでではないんですけど、
やっぱり地元地元に流儀の人がいてて、こう来たらこうした方が具合がいいって言うんですけど、
具合がいいことっていうのがいっぱいあって、
それはうちの法律はこういうことが決まってるんでっていうだけじゃない、
その場で培われてきた文化みたいなのがあって、
それはね割と大事なんです。
私の父が次男だったので継いでないんですけど、
おじさん、だから有松の本家お寺やってるんですけど、
親元宗のお寺で、僕のいとこが今継いでくれてるんですけど、
彼は京都のお寺、智積院で本山で修行して、
また自分の八王子なんですけどに戻ってお寺を継いでいるんですけど、
真言宗の教えで本山で習ったこと、
そしてお父さんが地元でやってるっていうこの2つのルールをしっかりと、
どっちが正しいとかじゃなくてやりなさいっていう風に教わるそうなんですね。
だからその例えば農業大全みたいなので載ってたからこうやるとか、
スマホでこうやってたからやるっていうだけじゃなくて、
なんかこうやっぱりその地域で伝わってるものとか、
それとは別にそのどういうんでしょうか、
学校とか研究所で積まれた知見を生かすっていうところ、
両方だと思うんですよね。
本当に本当に。
どっちが正しいと思うかっていうのがこれを見ててすごく思いました。
タカハシ
そこで合致した人としか一緒にいれないだろうっていうのは思っていて、
でもお能でいうと、
伝統を守っていく、
600年以上の伝統を守っていくって、
ちょっとなんか種継ぎに似てるなと思って、
種ってそんな600年とかはない。
この間室町時代から続いてるっていう里芋を食べました。
今種がどんどん消滅していってる。
アリマツ
種っていうのは、
種屋さんから買ってきて植えて、
はいおしまいっていうのが普通、スタンダード。
タカハシ
最近はね、そういうふうになってきてるんやけど、
そうやって種をどんどんついでいってる人たちもいて、
うちも古いやつだったら50年60年の種とかがあるんですけど、
その上の代でも途絶えた種たちはどんどん消えていってるんですよ今。
消えていってて、お金に結びつかないっていうのも大きいですよね。
なかなか市場に並びづらいからね、そういうものって。
そうなると、
誰か継ぎたい人いますかってなった時に、
この間もちょっとお話をね、
してた種継ぎのことをしてる方と話した時に、
プレッシャーになると。
そんな600年とか続いてきた種を、
自分がついで、そこで途絶えさせてしまったら恐ろしいから、
しばらく考えさせてくださいってなって、
やめたっていう方とかもいるらしいって聞いて、
そういうプレッシャーみたいなものは。
アリマツ
でも私、高安流っていう流儀なんですけど、
ワキ方は今三流派で、
本当はね、もっといっぱい流派あったんですけど、
明治維新とかで後継者がいなくてとか、
途絶えたり、消えてるんですよね。
だから、これって壮大な伝言ゲームみたいなところがあって、
タカハシ
壮大な伝言ゲーム。
アリマツ
はい、あなたにコソコソって言ったら、次の人が次にコソコソって、
手渡しでもいいんですけど、口移しで渡してるので、
書物とか美術品だったら、
なんかこう物にして、はいって渡せるんですけど、
舞台の上の物って動きとか謡いで、
持ってるみんなの楽器も違うし、
相手がこう来たらこうするっていうのも違うので、
それは生物なんですよね。
だから、例えば種っていうものがあって、
これをついてくれみたいな、こういう光景じゃなくて、
目に見えないものなので、
それをずっと続いている。
で、ワキ方って今三流派なんですけど、
結構先ほど言ったように人数も少なくなってるのもあって、
ここで例えば自分が、はいやめますってなったら、
もう次、次ぐ人がまた減っていく。
で、どういうかな。
タカハシ
あ、なるほど。
アリマツ
割とその、
なんかみかんの木見ておじいちゃん感じたっていうところもありましたね。
はい。
なんか動きやってる中で、
これ、そういえば先生も同じ動きしてたなとかっていうのも感じたりするし、
僕の知らない先生の先生とか、
先生の先生の先生の先生とかもやってたんだなって思うと、
すごくこう、
なんかこう、流れの中の一員になってるんだなっていう思いはありますね。
タカハシ
本当にでも大きい流れですよね。
アリマツ
そうですね。
タカハシ
なんか農も、あ、お能もだし農業もずっと昔から続いているものなので、
自分の一生がすごいその大きい流れの本当に瞬間に思えるっていうか、
だから少し気が楽にはなるんですよね、昔はね、そこが。
アリマツ
なんかそのこの木、今結果出なくてもいいやっていうのも本の中にあって、
その感覚すごく分かるなと思って。
今、あの3月決算とかなんかこう年度年度の、
タカハシ
3月決算出ました。
アリマツ
考え方じゃないですか、1年後。
でも、50年後に成果出たらいいやとか、
100年後に結果出たらいいやと思って、
例えば後継者とか育てる時ってそうですよね。
だから、目が出ないかもしれないし、
うまくいかないかもしれないんですけど、
そういうすごい大きいスパンでっていうのはやっぱり自分の中にも余裕がないといけないし、
でも、それをずっと能てやってきているので、
そういうノウハウがいろんなところのシステムもそうだし、
動きの中でも設計されているので、
それが日常というか、100年後のあなたにバトンを渡すっていうのが普通のことになっているというか、
もうなんか生命保険会社もびっくりの設計なんですけど、
そういうふうになっているんですね。
だからこの農業とか、50年ぐらい経って甘い果実が成るようになったとかっていうのって、
やっぱりスパンが長いのってすごくよくわかるなと思います。
タカハシ
お祭りの時期になったらやっぱりおみこしを自分の東京の地域でもおみこしを担ぐ、
私も時々担がせてもらったりして、
上には五穀豊穣みたいな鳳凰がくちばしに加えてるよね。
稲穂。
ゆっさゆっさと言いながら、
それで神社には必ずおかぐらのかぐら伝みたいなのがあって、
地元で代々受け継がれてる、あれは能なのか何でしょうか、
前みたいな人たちがやっていて、
タカハシ
ああいうのはちょっと能とはまた違うんですか。
アリマツ
いろんな芸能がありますよね。
例えば室町時代も猿学っていうお能の劇もあるんですけども、
むしろその時代は田楽っていう田んぼの神様を楽しませる芸能がいっぱいあったんですね。
ささらを吸ったり、南京玉すだれ的などんちゃんやるのが田楽っていうんですけど、
でも田楽の方が本当に人気もグワー来てたんですけど、
でも今は田楽は復興したりっていう動きがあるんですけど、
結構これはなくなって能がずっと来てるんですよね。
だから芸能っていつ流行ったり廃れたりするのかわからなくて、
でも面白くない芸能っていうのはやっぱり伝わらないので、
やっぱり何かしか人々の心を掴むものがあって、
それをやる人がいて見る人がいると思うんですよね。
全然思わない舞台芸人ってなかなかね、
100年500年続かないと思うので。
タカハシ
例えば歌舞伎だったら割とメディアに出てきたりとか、
ミュージカルと一緒にコラボしたりとか。
コラボレーション。
したみたいな。
ありますよね。
何だろう、いわゆる芸能人みたいな感じの立ち位置になってきてるみたいなのがあったり、
お相撲も中継されるようになったりとかありますけど、
能はどういう進化系みたいなことを考えたりもするんですか。
アリマツ
結構最近は関西の方で鬼滅の刃を能にするっていうのをやられたりとかもあるんですけども、
やはり先ほど言ったように、
能ってその1公演にファッと集まってファッと消えるっていう、
全員が自営業っていう立ち位置がサイズ感がちょうどいいというか、
例えば芸能会社、大きい芸能プロダクションがあって、
それに所属して、公演をするんじゃなくて、
一人一人が、でもね、だから大変なんですよ。会場を予約して、
お客さんにチラシ巻いて、楽屋に大弁当を並べたり、受付チケットを模擬したりとか、
でも全部自分らでやらないといけないんですね。
でも高橋さんもそうですよね。
タカハシ
そうですよね。
そうですけど。
アリマツ
野菜を洗って、何種類も梱包して、ラベル貼って、
伝票を書いてて、これは能楽師と同じだなと思ったんですけど、
それを一人でやると大変なので、何人かチーム、それは家って言うんですけど、
例えば何々家でグループ組んで、奥さん連中と一緒にやったりとかっていうのはあるんですけど、
でもその辺、農家のサイズ感がすごく能楽師と似てると思いました。
タカハシ
家ですもんね、農家も。
アリマツ
でっかいヘクタールをブワーって栽培する芸能もあるんですけど、
自分らの草を程よく伸ばして、やりたいようにやっていく、
勉強しながらやっていくっていうサイズ感の能楽師が多いんですよね。
だから、大きなことはできないんですけど、
やりたいことが自分の範囲内でできるっていうのが、
歌舞伎とか文楽とか、所帯が大きいところと比べて言えるかもしれませんね。
高橋さんも音楽なさってるとき、
芸能、音楽事務所に所属して音楽活動なさってたんですよね。
アリマツ
なるほど。
タカハシ
みんなの想像を奪うから、書きすぎない。あえて隙間をいっぱい入れとくっていうか。
書きすぎると、じゃあ曲の意味がないじゃないかってなるなって私は思っていて。
アリマツ
なるほど。歌詞にする意味がなくなってきちゃうというか。
タカハシ
そう。言葉の感情を引き出してくれるのは音だと思ってるんですよ。
アリマツ
なるほど。
タカハシ
悲しい歌詞に悲しいメロディーつけたら余計悲しくなるでしょ。そういう感じです。
だからそれはもう作曲家というか曲作る人によるんですけど、あんまりぎゅーって言葉だけで詰めないようにしてるかなと思うんですね。
アリマツ
ちょっとこういろんなチャンネルがつながるように割と窓が開かれてる感じで置いておくんですね。
タカハシ
そうですね。
アリマツ
チガヤ倶楽部で作ってる時はどうなんですか?
タカハシ
チガヤ倶楽部の曲。
アリマツ
なんかそれをちょっとなんか雰囲気が違う風に曲が生成されていく感じを受けたんですけど。
タカハシ
そうかもしれん。それはもうみんなの喜びみたいなものを入れたいから。私だけじゃないからね、曲を作るのが。
みんなから出てきた言葉が自分が思ってもないことであれやと思うことも面白いやんと思ってどんどん入れていってるから。
チガヤ倶楽部っていう生き物ですよね。バンドはバンドでそのバンドって一個の生き物やと思ってるから。
なんか自分が決めたって反対に行く時はあるので、その生き物に乗っていこうっていうのはあります。
アリマツ
そっか。じゃあ割と自分が了承している未知の部分も結構あるってことですね。
タカハシ
ありますあります。あ、そうですね。未知の部分はありますか?やっぱり。
そこ。
アリマツ
僕、舞台の場合はもう本当にね、あのこう、何と言うか。
よっぽどね、遠い曲って僕ら言うんですけど、すごく縁遠かったりあんまりやったことがなかったりとか覚えにくい曲っていうのは遠い曲って言って。
すごく人気があってしょっちゅうやってるのは近い曲って言うんですよ。
自分に対して近いか遠いかなんですね。近い曲はね、もう自動運転にするんですよね。ピッて。
なんかこう、考えてやるって言わればもうその幕の前に立っておまーくって言うと幕が上がるんですけども、
出てくるのもその会場の雰囲気とか、あるいはお囃子が出してくれるやつに、
今日は例えば秒速、何秒で歩もうって思ってやっていくっていうよりは、もう自動運転ピッて押して、
もうあと、それをね、なんか自分がこの辺から見てるって感じです。
体に訓練してもできるように。
自転車越える時に、さあ右足を踏み出して、次左足を踏み出して、交差点を見てって、いちいち考えないじゃないですか。
もう自動運転ですよね。
自動運転してて、ここに新しいパン屋さんできたとか、ちょっとここ坂でどこどこしたとかっていうのを、
こうなんかこっちから見る感じで、もう稽古してやってる曲はもう、
あと自分に任せてしまって、自分でそれをちょっとこう見てるっていう感じがあります。
タカハシ
その体が覚えてるってありますよね。
アリマツ
そういう感じです。
タカハシ
ふと頭が真っ白い、緊張でステージの上で頭が真っ白になる時ってたまにあるんですけど、ありますか?
アリマツ
あります。だからそういう近い時ほど、自動運転が途中でですね、ビビーって止まってしまうと、歌詞何やったっけってなりますね。
タカハシ
ありますよね。
アリマツ
そういう時ほど危ない。
タカハシ
でもそういう時ほど体が覚えてますよね。
アリマツ
そうそう。
タカハシ
歌詞の場合は。
アリマツ
この小鍛冶でも、ノットって言って、ノリと宗近ワキなんですけど、宗近が上げるとかなんですけど、
次の歌詞出てこないなと思ってても、やっぱ体が覚えてると勝手にね、口がパクパク言うんですよ。
タカハシ
そうそう、それに。
アリマツ
そこで自動運転ですね。
だから頭の中では歌詞、わりと僕歌本のこの教科書のこの辺の右の方、こっちから行ってってイメージで覚える、画像で覚える派なんですけど、
結局やることは口と体の域なんで、こっちを訓練しないと出てこないんですけど、
だから頭の中のプロンプターを読んでやるっていう時も、ちょっと難しい曲の時とかあるんですけど、
大体はもう体に任せてしまうんですけど、
こっちのプロンプターが真っ白で、今プロジェクターが真っ白になって回すって感じなんですけど、
口と体が勝手に動いてるって時はありますよね、近い曲の場合は。
タカハシ
ありますね。
でもなんかこう、本にも書かれてたんですけど、なんか私も思ったのが、失敗することよりも、私の場合はですね、
失敗することよりもこなれてくることの方が私は怖いと思っていて、
なんか、それよりもステージの上でやっぱりもうこれで最後の演奏じゃと思って、
この後も20本くらいツアーは続いたとしても最後じゃと思ってやるというか、
なんか少々の失敗は何でもないというか、それは失敗ではないんだって思っていて、
本当の失敗は何というか、魂が燃え尽きないことというか、そこの場所でやってやり尽くせなかったとか、
お客さんとなんかずれが生じるとか思ってたんですけど、その辺りはどうですか。
アリマツ
なんかやっぱり能って一期一会のところがあるので、
そのさっきの7人の侍じゃないですか、集まってお客さんが集まってもらったっていう場はもう、
決して同じ条件はもう二度とないんですよね。
だからそこでやるっていうのが能の考え方なのかなと。
連続公演してても、文楽とか歌舞伎でも同じ精神だと思うんですけども、
例えば初日見て中日見て千秋楽見てっていう見方があるのとは違っても一回しかないので、
それに全力投げをするっていうのがあります。
それが興行的にそれで生活できるしやすいかどうかっていうのはまた別の問題なんですけど、
舞台のパフォーマンスとしてはそういう形になってますね。
タカハシ
そっか、一期一会っていうことなんですね。
アリマツ
そうですね。もうそこの舞台はもうやったらおしまい。
タカハシ
どういうタイミングでそのやろうっていうのは決まるんですか?
それは興行が決まった時がってことなんですか?
アリマツ
そうですね。定期のって言って毎年この期間にやりましょうっていう大体の仕組みがあって、
そこで演目何にしようかなっていうのはあるんですけども、
あとは個人でこれをやりたいと思ってますっていう人が一から集めてっていうのがありますね。
タカハシ
そうなんですか。個人でこれをやりたいと思いますで、みんなに呼びかけて。
アリマツ
呼びかけてやるっていう人もいますね。
タカハシ
いやー、結構チガヤ倶楽部的ですよ今の。
そうですね。
私がみんな来てみたいな、今から収穫するけん来てみたいな。
アリマツ
そう、そう。声かけしてやってもらうっていうのもありますね。
タカハシ
ですか。
アリマツ
いろんな割と形。あとはそのオファーがあって、
例えば国のそういう京都市のとか文化庁のとかでオファー受けてやるっていうのもありますけども、
もちろん学校公演っていうのもありますね。
そんな形があります。
タカハシ
すごい身近に感じました今日いろいろ話を伺ってると。
アリマツ
これ本当にクラブの話をみんなあってチーム感というか畑をする人っていうのは本当にこう
バンドのメンバー集めと似てるっていうのもすごくわかるなと思って。
例えば全然関心ない人を畑に引き連れてきてもやっぱり高橋久美子効果は1年ぐらいって書いてありました。
やっぱりしんどい時にその人の成果が発揮されるというか、
本当に何で集っているかっていうのが問われる。
タカハシ
本質的に面白さに気づけないとやっぱり長くは続かないのかなというのは思いますね。
アリマツ
まあね、そのほっといても自分以外の人でもたくさんやってる人はいるし、
その辺の、ちょっとしんどいからやめときますとか参加しますとかっていうの自由なのもすごく参加、逆にしやすい。
タカハシ
確かにね、それはそうですよね。
今までずっとこんかったけど1年に1回ぷいっときたりする子もいるからね。
それはそれでいいもの。学校じゃないから。
自由でね。
なんか皆さん質問とか、せっかくだからありませんか?
アリマツ
もうそろそろ回も終わりに近づいていますが、
タカハシ
ね、オンラインの方々でもなんかチャットとかでね、ありましたら、
せぬ暇っていうのが私なかなかすごい言葉じゃなと思って、
うちなる工夫を自分にさえ隠すっていうこと書かれてましたよね。
アリマツ
そうですね、せぬ暇って言うんですけど、
しない、暇っていうのは間ってことだよね。
せぬっていうのは何もしないってこと。
演技ってこう、例えば走るとか飛ぶとか、やっぱり目立つところがこうなるんですけど、
そのアクションとアクションの間こそ、その曲というか匂いの一番発揮されるところが、
例えば歌詞とかだったら、パワーワードとの間の助詞とか、
タカハシ
そうですね、サビじゃなくてAメロこそですよね、いい曲はね。
アリマツ
導入とか、その持っていくところとかが、何とも言えない曲たらしめるものがあって、
で、そのパワーワードとかドカンといく。
パワーワードとドカンっていうのは、ちょっと乱暴に言うと誰でもできるんですけど、
そこの間々っていうのは実は割と地味な工夫とかがあるんですよね。
タカハシ
じっとこう座って待っている時間っていうのが長かったりされるときも、せぬ暇というか。
アリマツ
そうですね、シテの人、例えば喋ってきたなと思ったらグーッと足をやって、
それを向いて、それを向いた後、いつ外すかとかですね。
っていうのも、シテの動きの中で、お客さんはシテを見ているので、
お客さんのシテを見ている動きを邪魔する。
こう見ているのにパッと動くと、やっぱり目がそっち行っちゃうから、
例えばシテが左の方行った時に自然にふーっと見る手で外しとかで、
とにかく目立たないようにするっていうのがワキ方の仕事になる。
タカハシ
逆に難しいですね。目立たないようにする、存在を消すってことですよね。
アリマツ
徹底的に溶け込む。
でも、例えばこういう壁、素敵な白壁とか金屏風もそうなんですけど、
記者会見とか金屏風があって、金屏風ばっかりわーって見る人いないんですけど、
でもやっぱり屏風ないと、結婚とか執名、披露会見のなんか箔がつかないみたいな、
絵の額もそうなんですけど、油絵そのものだけでも作品なんです。
やっぱり物言わぬ、しっかり支えてもらえる箔があると、安心して見られるっていうか、
だから言われないとわかんないんだけど、言われるとそういえばいい仕事してたなっていうのが。
タカハシ
それも肝に銘じる。
農業も、専業農家はわりかしバーンってニュースとかにもなって、お米がーとかってされてますが、
兼業農家ってわりかし目立たないじゃないですか。
それで収穫は目立ちますけど、収穫じゃないときがほぼほぼですから、収穫たぶん1週間ぐらいなんですよ。
収穫じゃないときの何ヶ月もの間にコツコツと背の暇、手動かせますけど、
そこありきですもんね。
アリマツ
ほんとに草刈り大変なんだなっていう。
タカハシ
ほぼほぼ草刈り8割土木ですね。
8割土木です。
なんかそのせぬ暇の心を持ちたいなって思いました、そこで。
アリマツ
しないときのほうが大変ですね。
タカハシ
そうですね、そこをね。
アリマツ
あ、あ、あ、せっかくなのでよかったら。
お願いします。
質問者さん
有松さんにご質問というか、今大学でサークルで三味線やってて、
地歌っていうジャンルをやってて、琴とか三味線とかのやつ。
つぐとかそういうほんとにそんな大層なものでもないんですけど、一応演奏してて、
なんとなく地歌なんで、言ったら江戸時代ぐらいからの、言ったら続いてるやつなんですけど、
そういう古典曲を演奏するときに、なんとなく自分の人生経験に照らして、
ちょっとここはこう歌ったほうがいいんじゃないかとか、
ここはちょっと速くしたほうがいいんじゃないかとか、
逆に緩んだほうがいいんじゃないかっていうんで演奏するんですけど、
そういう解釈を加えていくのが、結果的に地歌っていうものを継いでるってことになるのかなって思ってるんですけど、
能楽師の方が1個の演目を、1個の演目ないしは農学全体をすぐってのはどういう感覚でやってらっしゃるのかな。
自分の解釈ってものを作品に投影することはあるのかなっていうのをちょっとお聞きしたい。
アリマツ
結構難しい問題ですね。
謡い方とか舞い方にしてもそうなんですけど、まずはですね、徹底的に自分をなくすんですね。
まず、もう修行時代もそうなんですけど、独立してからも徹底的に自分をなくすんですけど、
よくミステリーでお面の下、別人物でトリックっていうのあるんですけど、
僕らからすると、個性をなくせばなくすほどですね、例えば覆えば覆うほどその人の個性どんどん出てくるんですよね。
個性ってそんな尊重そこらでなくなるものじゃなくて、むしろなくすぐらいが臭みが取れて、本当の個性が出てくるっていうふうに指導されるんですね。
だから自分の考えではこう、作品解釈ではこうだからこうしますっていうのはですね、徹底的に否定されてボコボコにされて成長していきます。
だからあんまりですね、考えるっていうことは最初は本当にないんですけど、でもそれなりに経験積んでくるといろいろ考えたりすることはあるんですけど、
そんな時はですね、変えていいところと変えてはいけないところっていう2つあるんですよね、ものって。
その見極めるのはすごく難しくて、これね、歌舞伎の人とも喋ってたんですけど、やっぱ何百年とかずっと続いてきたものを自分の代で変えるっていうこと。
種継ぎもそうだと思うんですけど、すごく自分が変えたことで種が全滅したとかもあり得るんですよね。
で、その見極めって結構ね、技というか経験が必要で、それで師匠に見てもらうんですね。
自分はこう思うから、修行経った後にちょっとこうやってみるっていうので、それは違うって言われたりとか、もうちょっとそれを進めていいとかっていう判断を仰ぐんですね。
で、変えちゃいけないところを変えるとどんどんですね、能じゃなくなっていくんですけど、変えてもいいところ。
例えば江戸時代に、これね面白いことで江戸時代にやってた演能のスピードと現代の演能のスピードは全然違うんですね。
記録見ると朝から始まって夕方終わるまでにこの曲の番数でやると1曲これ何分しかかけてないはずなんだけど、今のと全然違うなみたいな。
だいたい今の方がこっくり時間がしっかり演じられるようになってるんですけど、でも昔は例えば七五三とか奇数を陽数を尊ぶ段階があるので、
例えば最初の段数小節をですね、七と五と三としたりとか、そういうのもあるんですけども、現代ではそれちょっとしんどいからもう1段にしましょうとかっていう現代アレンジも結構あるんですよね。
だから長さも結構手を加えてるんですけど、昔の書き付けはこうしてるけど今はしてないっていうことがいっぱいあって、その辺もやっぱり師匠に教わることで伝言ゲームにつながるんですけど、
やっぱりこのまとめるとその変えていいところといけないところの見極め、そしてその変えていいところで果敢に挑戦するっていうことかなと思う。
その見極めって最初すごく難しくて、というかどんな人もねめっちゃ悩むと思うので、その道の先立つですね、山登りのだいぶ先輩の先行っている道の、道行く道の先行っている人にお尋ねして教えてもらうっていうことになるかなと思いますね。
アリマツ
この本も歌をやってるせいか、言ってる内容はそんなに面白い、別にすごい先進的なというか、最新の知見をっていうことじゃないんですけど、
なんかその音の繋がりとかその流れとか調べっていうんですけど、和歌の世界では、そのを大事にいつも聞いたりしていますね。
だからあんまり、これね、能楽師あるあるで、昔の名人がですね、前半と後半の間にあい狂言っていう狂言の人がところのものとして、もう1回物語を説明してくれるっていうシーンがあるんですね。
多分室町時代はその能の詞章って文章語、文語なので、口語、つまり当時の現代語ですね。
で、喋ってくれることで何か解説みたいな感じで能を見てたと思うんですけども、そのあい狂言のね、語りを聞いて、昔の偉い先生、この曲ってこういう曲なのかっていう風にこぼしたっていうのがあるぐらい、
そのもう本当にオウム返しで、謡いの内容の意味なんてどうでもいいから、そのこのぐらいの息の強さ、このぐらいの高さ、このぐらいのスピードとか動きってもう意味を考えずに徹底的に、これ江戸時代のそういう訓練法なんですけど、徹底的にその真似るわけですよね。
だから意味は置き去りにするんですね。で、後で、あ、そういえばこれこういう意味なのかなっていう風にこう事後的に追いかけるみたいな。
私も普段の音楽はもう本当に音を最初に聞くっていう、もうサマイズされてしまってて、なんかあんまり意味を考えずにですね、なんかだからCM音楽とかにすごく心奪われやすいですね。
だからもうなんかこう、ノリが良かったり覚えやすかったりすると、家でも妻と一緒にそればっかり言ったりしてて。
タカハシ
でも寺子屋とかそうですよね。漢の塾とかもそうですよね。漢文の素読、漢語とかそうですよね。小学生ぐらいの男の子が論語とか。
意味じゃないよね。音で覚えて、あとで人になってから理解していくって。
でもそれって親から言われたことが今になってわかるっていうのともちょっと近いかもしれないですね。
アリマツ
そうですね。タイムラグがありますね。っていう感じはしています。
ホシノ
ありがとうございました。
タカハシ
京都の八百屋さんが来てくれてるっていう噂を。
アリマツ
そうなんですか。
農の
タカハシ
そうか。なんか、八百屋さんもついでらっしゃるんですか。
質問者さん
そうです。
タカハシ
お父さんの代からやってる。
質問者さん
ひいおじいさん。
タカハシ
ひいおじいさんさんの代からやってる。どこら辺で。
質問者さん
京都の中央市場。
中央市場。
あのすぐそばでやってるんですけど。
タカハシ
中央市場っていうとあの大きいその。
質問者さん
大きい市場です。
京都は全国的にもかなり大きい市場があるんですけど。
タカハシ
じゃあもう相当全国からいろんな野菜が届いてそれを。
質問者さん
そうです。
日本中から何百本。
タカハシ
レストランだったりとか。
質問者さん
そうですそうです。
ところに納品するための市場ですね。
タカハシ
すごいですね。ひいおじいちゃんの代から。
そうです。
素晴らしい。
質問者さん
大きい八百屋じゃないんで大したことないんですけど。
タカハシ
八百屋さんいてこそですから。
質問者さん
それは僕ら農家さんいてこそなんで。
本当に。
タカハシ
そうですよね。
うわあ
嬉しいなあ。
質問者さん
父親と仲良くないので。
タカハシ
ちょっとちょっと。
ちょっとちょっとそれ。
質問者さん
首もげそうになりながら本を読んだんで。
タカハシ
それって継ぐ時に一番出てくる問題で。農家の友達たちも
父親とのその衝突みたいなものから独立して
自分だけでやってる人もいたりとか
私みたいにウワーってなりながら
ウワーってなってますよ。
質問者さん
僕の農家の仲間
たくさんいるんですけど、
みんなでそうやって
タカハシ
みんな?
質問者さん
みんなって言うとあれですけど、多いですよね
タカハシ
お父さんはお父さんの今までやってきたやり方があるもんね。
質問者さん
そうなんですよね。そういう話を。
タカハシ
お前みたいな若造に何がわかるっていうのもあるんでしょう。
質問者さん
めちゃめちゃ言われてこられたじゃないか。
タカハシ
めちゃめちゃ言われてますよね。
若造の上に二拠点で生活してっていうのもやっぱり
なかなか認められない。
アリマツ
でもお父さん
素直にありがとうって言ったら
高橋さんもありがとうって言うシーン。
タカハシ
そうですね。
アリマツ
実は二人似てたりする。
タカハシ
よくわかってますね。似とるとこあるでしょうね。
うーん。
へえ〜
質問者さん
後継ぎの悩みがいっぱい。
タカハシ
ありますね。
一回はってなっても有松さん思い出して
グッてこらえました。
質問者さん
そうですね。
そういうのもすごく勉強になりました。
タカハシ
ありがとうございます。
無の境地。
質問者さん
ありがとうございます。
タカハシ
ひいおじいちゃんからすごいな。
アリマツ
ありがとうございます。
ホシノ
では
2時間弱にわたりましてお話ありがとうございました。
二人今日初対面
なんですけれども。
有松さんのお話にあったように
フワッと集まられてフワッとここから。
タカハシ
そうですよね。
ホシノ
かっこいいなという感じがしましたね。