2025-08-25 11:13

【小林正観】「意識の密度」が「現象の密度」

【小林正観さんの書籍】

ありがとうの奇跡

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ありがとうの魔法

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ありがとうの神様

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心がすーっと晴れていく言葉 

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生きづらいが楽しいに変わる言葉

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淡々と生きる

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ごえんの法則

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「そ・わ・か」の法則

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釈迦の教えは「感謝」だった

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⁠⁠#人間関係#潜在意識#引き寄せ


サマリー

小林正観さんは、意識の密度が現象の密度であるという法則を説明しています。ポジティブな意識が良い現象を引き寄せることを教えています。また、否定的な意識がネガティブな現象を引き寄せることにも触れ、人生を穏やかに生きるためには全てを受け入れ、肯定的に捉えることの重要性を説いています。

意識の密度と現象の関連性
意識の密度が現象の密度。正観さんは、意識の密度が現象の密度であると言いました。
これは一体どういう意味でしょうか。例えば、空に虹が出たときのことを想像してみましょう。
Aさんは虹に全く気がつきません。 Bさんは虹に気がついたけれど、1秒チラッと見ただけで、そのまま歩き去っていきます。
そして、Cさんは虹を見て、「ああ、綺麗!」と感動しました。 もし、神様がこの3人を見ていたらどうなるでしょうか。
Aさんの頭上に虹を1分間出す予定だったけれど、全く見ないので、その1分間の虹をCさんの頭上に持っていく。
Bさんもチラッとは見たけれど、喜ばなかったので、残り9秒をCさんの頭上に持っていく。
結果として、Cさんは気づかない人や喜ばない人の分までもらい、人よりも多く虹を見る機会が舞い込むことになります。
これが虹ではなく現象だとどうでしょうか。 目の前の現象が幸せだと気づかない人、目の前の現象に喜ばない人、
この人たちの分をCさんはもらうことになるんです。 だからこそ、自分の人生に楽しい、嬉しいことを起こしたいと思ったら、
ただひたすら喜んで、嬉しがって、幸せだ、ついている、と思うことが大切です。
そうすると、神様はもっと喜ばせる現象を見せてくれるでしょう。 それこそが、意識の密度が現象の密度ということなんです。
この法則は否定的な方向にも働きます。 例えば、鏡で自分の顔を見るときに、ここにも皺が、ここにも老眼が、と
老いを指摘していると意識が集中してしまって、老いが早まってしまうらしいんです。 反対に、ここも若々しい、こっちも若々しいと言っていると、体が若々しく老化が遅れると言います。
右肩、右腰、右膝の3箇所に痛みのある人は、 青函さんの意識の密度の話を聞き、痛いところではなく、痛くないところに意識を持っていこうと試みました。
彼は体の痛くないところを細かく探し、右手小指の第一関節は痛くないなど、 関節、筋肉、骨、皮膚、内臓に至るまで300箇所をも書き出し、全てにここも痛くない、ありがとうと感謝したそうです。
すると、言い終わった時には3箇所の痛みが消えていたと言います。 人間関係においても同じです。日頃、私の周りには感じの良い人ばかり集まっていると思ったとします。
そういう人の見方をしていれば、今後もその人の周りには感じの良い人が多く集まってくるでしょう。 反対に目の前の人に対して、この人は感じが悪いなぁと荒探しをしながら人を見ていると、感じの悪い人が多く集まってくるんです。
ある交通関係者は言いました。日によって、とても良いお客さんばかりの人、感じの悪いお客さんばかりの人、偏りがある。 そして、ついにその法則がわかった。それは、自分が穏やかで平和な気持ちの時は良いお客さんに偏り、自分がイライラして攻撃的な時は悪いお客に偏ることがわかった、と。
意識の密度が現象の密度であるならば、目の前の現象に対して否定的に捉える人は、否定的な現象が起こりやすくなります。 ですから、この法則をうまく使いこなすなら、目の前の現象にいちいち評価をして文句を言うのをやめることです。
青函さんは、「言葉は内出の小槌。」と言いました。 その意味は、ある言葉を言うと、同じ数だけまた同じ言葉を言いたくなるような現象が起こるということです。 目の前の現象に、つらい、悲しい、つまらない、嫌だ、疲れた、などと言っていると、来年も同じ言葉を同じ数言いたくなる現象が起こるでしょう。
ですから、たとえ嫌なことがあったとしても、肯定的に捉えてみる。 この失敗のおかげで成長できたんだな。 自分にとって必要なことだった。ありがたいな。と思っていると、またありがたいと言いたくなる現象が起こるので、肯定的に捉える癖をつけておく方が楽で楽しい人生となるでしょう。
すべてを受け入れる。 自分の人生において人を責めたり、世の中を憎んだり、神を恨んだりしたことのない人が、すべてを肯定し、すべてを受け入れたときに、いろいろな心楽しい現象が死の淵にあっても訪れてくるらしいですよ。
小林聖漢さんのこの言葉には、人生を穏やかに、そして幸福に生きるための深い栄知が込められています。
この言葉が示しているのは、どんな状況にあっても、人を責めたり、恨んだりせずに、ただ淡々と受け入れることが、最終的に心穏やかで満ち足りた人生に繋がるということです。
ネガティブな感情の影響
多くの人は、人生において思い通りにならない出来事に直面すると、不満や怒りを感じてしまいます。
思い通りにいかない状況や、他人に対して相手を責めたり、環境や社会を憎んだり、時には、どうしてこんな目に合わなければならないのか、と、神を恨んでしまうこともあるでしょう。
しかし、小林聖漢さんは、そのような感情を持たずに、ただ受け入れることができれば、最終的に心が穏やかになり、人生に喜びが訪れると説いています。
これは、無抵抗の姿勢とも言えます。
人生において、あるがままを受け入れることは、簡単なことではありません。
理不尽なことが起きた時や、自分が苦しみに直面した時、誰かのせいにしたり、運命を呪ったりしたくなるのは、人間として自然な感情です。
しかし、それを乗り越え、全ては自分にとって必要であり、必然であり、最善の形で起きていると受け入れることができれば、心が楽になり、人生そのものが穏やかに流れ始めます。
小林正冠さんは、人を責めることをやめることで、自分の心が軽くなると語っています。
人生を責めることで生まれる感情は、怒りや恨みであり、これらのネガティブな感情は、自分自身の心を苦しめる原因になります。
誰かを責めることで、一時的に自分が正しいと感じたり、優位に立ったように思えるかもしれませんが、結局その怒りや恨みは、自分自身を消耗させ、精神的に疲弊させてしまいます。
また、世の中を憎むことも同様です。自分がこんなに苦しいのは社会が悪い、時代が悪いと外部に原因を求めることで、自分が被害者のような立場に立ってしまいます。
しかし、小林政官さんは、世の中を憎むことを手放し、今の自分が置かれている状況は自分にとって必要だから起きていると受け入れることで、心が軽くなり、状況そのものが自然と好転すると説いています。
さらに、神を恨むことについても同じことが言えます。
人は、人生でどうしようもない苦しみに直面した時、どうしてこんな目に遭うのか、なぜ神は助けてくれないのかと、恨みたくなることがあります。
しかし、政官さんは、神を恨むのではなく、これは自分にとって必要な経験であり、意味があると受け入れることで、心が楽になり、そこから不思議なほど良い出来事が訪れると語っています。
この受け入れる姿勢こそが、人生を穏やかに幸せに生きるための鍵です。
人生を責めることも、世の中を憎むことも、神を恨むこともせず、これは必要で起きている、自分にとって最善の形で進んでいると信じて受け入れることで、心に余裕と安心感が生まれます。
心が穏やかになると、不思議なことに、人生が自然と好転し、望んでいた以上の幸運や幸せが訪れるんです。
小林政官さんは、この言葉の最後に、死の淵にあっても、心楽しい現象が訪れると語っています。
これは、人生の最後の瞬間に、生きていて良かった、全てが素晴らしい経験だったと思える境地に達することを意味しています。
人生を肯定し、全てを受け入れて生きた人は、最後の瞬間に、この人生で良かったと満ち足りた気持ちで人生を終えることができるんです。
一方で、人生の中で人を責め、世の中を憎み、神を恨みながら生きてきた人は、最後の瞬間にもどうしてこうなったのか、
なぜ自分ばかりがこんな目に合うのか、という後悔や怒りを抱えたまま、人生を終えることになります。
どちらの人生が幸せであるかは明白ですよね。
小林定観さんの言葉が示しているのは、受け入れることの力です。
人生において、自分にとって不都合なことや理不尽なことが起きたとしても、
それを必要であり、必然であり、最善であると受け入れた人には、心の平穏と喜びが訪れます。
そして最終的には、生きていて良かった、と思える幸せな人生になるんです。
人生において、人を責めたり、世の中を憎んだり、神を恨んだりすることをやめるだけで、
心が軽くなり、現実が驚くほど好転します。
小林定観さんのこの言葉は、人生の全てを受け入れて穏やかに生きることで、
最後には心からの満足と幸福が訪れるという、人生の本質を教えてくれる深いメッセージなんです。
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