1. スプタン男のみんな違ってみんな良い
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S3#25 中高生の頃って今の基礎固めだと思う。
2025-07-16 29:29

S3#25 中高生の頃って今の基礎固めだと思う。

ポッキャトークテーマ【中高生】のプレイリスト↓

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スプリットタンってなに?なんでしたの?

と思う方はこちらをお聴き下さい

【#29 なんでスプリットタンにしたの?】

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マシュマロ(一番簡単!)

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だいたいさ、いつもさ、20分ぐらいでまとめたいなって思ってんのよ、俺。番組の尺をね。
まあ、そうだな、短かったら15分、15分以上、最低15分から25分の間で納めたいと思ってんの。 で、できれば20分なのよ。
うん。なんかさ、ちょうど良くない?みんなどこがちょうどいいっていうのがそれぞれだと思うけどさ、どうしてもね、なんか、俺がさ、結構聞いてて、40分をね、超えてくると、ちょっと遠いんだよね。
だから、間時間でちょっと聞けるっていうのって、やっぱりね、30分ぐらいまでが良くて、まあ40分までも聞けるんですよ。
そう、それがね、50分1時間超えとかになってくると、あの本当に作業用として聞いている時しか聞いてなくて、うん。
だから、なんだろうな、俺週3もやってるわけじゃん。週3もやってて3時間とかやってたらさ、きっと苦しいでしょ?
3時間もこんなこと聞いてなんないでしょ?週に。そう、だから、まあ20分ぐらいかなって思ってんだけどさ。
うん。で、今日のね、話題はポッキャトークテーマという催しなんだけど、まあ、えー、おしかつ二次元ライフラジオの水城まこっちゃんがね、えー、企画して、前回は小学校の頃の話なんていうのをやっていたんだけど、
今回は中高生編ということで、えー、中学生の頃と、えー、高校生の頃の話をしてみようって感じの、おー、回でございます。
スプリッタン男の、みんな違ってみんないいー、はーい、ごきげんよう、スプリッタン男のツンです。この番組ではスプリッタンのツンによるみんなと違うことを愛するための番組です。まとまりのない私ですが、暇つぶし
になったら幸いに思います。
はい、中学生の頃、高校生の頃というのはやっぱりね、人間がもうできる、俺という人間ができる基礎値を完全にもう、あそこら辺でできてんだねーとは思うんだよね。やっぱり中学校の頃が、ねえ、なんだろう、基礎固
め、自分の人格の基礎を固めたとは思うんですよ。
そう、小学校で基礎作りがあって、その基礎を固めるのが中学生で、それでさら、ねえ、どんなふうに幹を育てていくか、どんなふうに枝を伸ばしていくかっていうのが高校生だと思うのよ。
まあ、中学生の頃は、私は中1、中2と、えー、バドミントン部に所属しておりまして、えー、もうね、なかなかな強豪校だったんだよね。うん。もうほんとに、えっとね、たぶんね、1年に10日なんか休みはなかった
03:03
と思う。うん、ほんとに。
で、もう毎日部活、ほぼほぼ部活で、で、しかもね、なんか強豪校だったから、なんか区大会とかだと、もう、1位、2位、3位まで全部同じ学校なの、うちの学校なのよ。
下手すると、下大会も、優勝、準優勝、3位、うちの中学なのよ。そう、とかなったんだけど、もうダブル相撲、シングル相撲、なんか2組ずつしか出られねえんだけど、その4組が全員残ってるみたいなね、えー、そう
いう状況になったりしてて、
まあなんだろう、県大会まで一定当たり前、関東大会、全国大会まで見据えて練習をするみたいなバトミントンの部活をやっていて、もうほんとにね、うん、苦しかったなあとは思うけど、
けどさ、部活って何がいいかなって思うと、部活の仲間たちはさ、同じ苦しみを味わって同じ時間軸で生きているわけじゃん。そう、朝練の前に自主練しようぜとかになってさ、6時とかに学校行くわけよ。そう、とかも
あったし、そう、それで休みの日に、今日午前練だから午前練終わった後そのまんまラケットバッグ持って、えー、市民体育館行こうぜみたいな、そう、とかさ、そういうのもやって、
うわーお前そのラケット買ったんだーとか、うん、練習用、練習、市民体育館で休日練習をするのでシャトルを貸してくださいってね、えー、顧問に言うとシャトルを貸してくれるんですよ。
ハハ、優しいっしょ。そう、もちろん新品じゃないんだけど、まあ壊れる寸前までは行かないものの、まあね、ちゃんとしたシャトル、シャトルって高いんだよあの羽。あの羽めっちゃ消耗品だからさ、高いのよ。
だから中学生があの休日めいっぱい遊んでいるともうなくなっちゃうのよ。だから顧問に言うと貸してくれるんだよね。自主練で使うので、とか市民体育館で遊ぶので、みたいなことを言うと。
それで外部コーチもいてさ、でその外部コーチの息子が、兄貴が元々超有能な強いやつで、でそいつはもう高校生になってて、で高校生でもまあ関東大会全国大会に出てるような、まあシングルのね、シングルスの選手だ
ったんだけど、それの弟が部活にいたんですよ、バドミントン部に。
うん、もうさ、休日に来る土日にね、来る外部コーチの息子なんですよ。1個下なんだけどもう超上手いわけ。と、もう6歳とかから始めてて、バドミントン部、バドミントンのスクールもやってるみたいな。そう、だから
もう全然さ、もう頭1つ2つ3つぐらい飛び抜けてるわけよ。
06:03
どうもシングルの枠はそいつで埋まって、1つもう埋まっていて、みたいな感じだったんだけどさ、まあそれでもみんなであーだこーだ言いながらやり続けて、ダブルスではもう仲高いして喧嘩だらけになるわけですよ。
もうね、ほんとね、思春期の2人組なんてね、もう喧嘩しかしないからね。
ハハハハハw
俺チーム競技やってるのってすごいと思う。あのバレー部もバスケ部も荒れてたチーム内で殴り合いとかしてたけど、なんか割とうちの学校強くてね。でもね、バドミントンとかさ、テニスとかのダブルス、仲良くなれって
不可能だよね。一緒にやってて、とは思う。まあそう、それでね、まあ普通に真面目に生きてはいたんですよ。うん、もうほんとに。
中1の頃なんかはね、もうね、普通に生きてて。で、中2の頃の夏休みぐらいからちょっぴり遊び始めてしまって、うん。なんか良くない連中とか派手な連中とかも付き合うようになって、まあでも俺夏休み部活だからー
みたいなので部活もやって、で、部活やって終わった後に遊びに行くっていうのが始まったんですよ。こっから。うん。
なぜかね、あのー、うちのー、ルールはですね、あの中学生の男の子は、あの文言が、9時だったのかな?
ははは。そう、中2ぐらいの時はなんとなく9時ぐらいまでに帰ってきなさいみたいな感じだったんだよね。そう、まあそもそも部活がさ終わるのが5時、夏で6時?冬で5時半だった気がする。そう、そんなもんまで部
活やってたしさ。
で、その後遊びに行くから、っていうので延長申し出た気がするんだよね。まあ男の子はどうでもいいみたいなところもあったので、そう結構その後遊ぶようにもなって、うん。
一回ね、煙草がばれて、えー、部活始まる前に一番前にね、立たされて、えー、みんなで謝ったという、みんなに謝ったというね、ことがありったなー、あったねー。
うーん、まあね、でもそう、それで、うーん、そうだな、上手くは、じゃね、下手くそじゃなかったけど上手くはなかったわけ。まあ、部員もそこそこいてさ、それの真ん中辺ぐらいっていう感じだったのよ。
でもね、そのね、競合校だと真ん中辺ぐらいだと大会出れないのよ、もう。そう、全然出れないのよ。だからもうここで、まあいいかなーって、中2まで一生懸命やったし、うーん、まあいいかなーっていうので俺中2で
辞めちゃったんだよね。
ちょうど遊ぶのも堂々しくなってきてるし、えー、反抗期もあるしさ、でもほんと、まあみんなさ、夏までじゃん、もう、運動部の引退ってさ、もうほんと、夏までだから、で、中2の春休みの終わりまでやるっていうこと
09:00
はさ、中3に上がった瞬間、4,5,6,7っていう4ヶ月しかないわけだ。
ね、8月まで進んだとしても5ヶ月しかないわけだ。そう、だからあっという間なんだけど、その、最後までやれば?ってもうみんなから言われたけど、いや、もう俺はやんない、やめるっつって、中2の最後でやめちゃ
って、えー、ラケットとかラケットバッグとかを後輩、仲いい後輩に全部あげちゃって、もう使わねーからやるよって言ってあげちゃって、そっから、俺は、うん、もう絵に描いたように、えー、体力が有り余っている
ので、
どんどんね、不良化していくんですね。そう、なんかさ、やっぱりさ、ちょっぴりさ、なんだろうな、道を踏み外すやつっていうのの一歩って、なんか野球部とかサッカー部とかが多いと思うのよ。ね、元野球やってた
とか、元サッカーやってたみたいなやつが多いと思うの。
なんでかってね、あれね、体力が余ってるからだと思うのよ、俺。体力が余ってるんだけど、発散する場所が、もう、スポーツをやめてしまったから、あまり、有り余っている。だから喧嘩しちゃうんだと思う。俺はそう思
う。
うん。まあ、そう、それでね、まあ、いろんなやつと、うよ曲折あり、えー、ちょっとね、まあ、世の中で不良と呼ばれるような人間たちとつるむようになって、あいつはもうダメになっちゃったみたいなふうには、コモン
にも呼ばれたりしてたんだけど、まあ、ね、授業には出てたし、うーん、頭もそんなに悪くなかったから、別に困んなかったんだけどね。
そう、ただ塾に行ってて、そう、高校行かなきゃいけないから、みたいなのもあって、で、俺は一番家から近い高校に行きたくてさ、朝8時まで寝れるって最高じゃない?って思ってたから、家から一番近い高校に行きた
かったからさ、まあ、塾も行って、そう、その塾の、もう、休み時間には、もう、ね、うーん、まあ、悪い仲間たちが俺が塾終わるのを待ってて、
るみたいな感じだったんだけど、そう、それこそね、ほんとバイクを置いてくんじゃねえとかね、えー、塾の、ね、講師に言われたりしましたが、で、まあ、この時通っていた塾に後々私は働くことになるんですが、う
ーん、そう、なかなかね、そうだなあ、頭のいい子を伸ばすっていう塾じゃなくて、アンポンターンをね、なんとなく引き伸ばしてあげようって、そう、あの、下っ端のやつを普通に、
普通のやつを中堅に、みたいな、そう、そういうね、えー、特殊な上の層がいる塾ではなかったんだけどさ、もう、そう、まあ、こんなとこで言っちゃうのもなんだけど、まあ、まあ、まあ、ボランティアだよね、中3の
夏休みから俺は、あの、ボランティアをしまして、それに対しての、あの、お礼という形でお金がもらえる、みたいなね、ことを始めたんですよ、うん、
12:06
まあ、だいたいお祭りのテキ屋だったり、えー、海岸掃除だったり、ゴミ拾いだったり、あと何やったかな、あー、足場洗いだったり、コンクリネリだったり、そういうものだったんだけど、もう中3の夏休みなんかもう
超働いてて、うん、そう、なんかね、中3だけどやっぱりテキ屋も多くて、結構学校へサボってテキ屋も巡ったねん、遠いとこまでって思うぐらいテキ屋はやってた気がする、
あの時から、そう、まあ、それでやんなきゃいけないことがあったり、えー、いろいろあって、まあ、中3を、まあ、普通にじゃないけど終えて、えー、中学の思い出ってなんかあるかな、ピンポイントで、うーん、あ、中
2の頃にね、俺初めて渋谷行ったの、うん、友達がね、そう、あの、私立に、小学校を私立に行ってるやつがいて、
そいつはね、あの、頭が悪すぎて、小学校の私立に行ったのに、中学校にエスカレーターで上がれなかったんだって、あの、学年に2人しかいない、上がれなかったグミなんだ、俺って言って、えーっと、私立の小学校
から、うっ、ね、俺の行ってた公立の中学校に来てたやつがいたんですよ、そう、そいつとね、初めて渋谷に行って、あれだよね、まあ、ちょっぴり大人ぶったことをしまして、
えー、渋谷という街をふらふらして、なんかね、かっけえな、渋谷って思ってたのが始まりで、うん、そんな感じで、渋谷はなんかよくいたなあ、もう本当に、その中2の渋谷デビューっていうのはちょっとね、覚えてる
んですよ、時々ワクワクで、うん、でし、ネットでさ、あの、サージンというね、人がいて、サークル人、略してサージンという人が当時はいて、
そう、その人の見口とかと仲良くなって、遊び行くんで、みたいなことを言ってたりもして、今考えるとね、ほんと中高生集めて何やってたんだ、あの大人たちは、と思うんだけどさ、はははは、うん、まあ、普通にね、仲
良くしてもらってさ、で、まあ、普通にその行きたい高校にも向かって、で、高校行ったら、ちょーつまんなくて、そう、
えー、偏差値がね、51ある高校だったんですよ、うん、で、俺がね、もう中3の時につるんでたやつの進路って、あの、もう工業高校と、もうそのまんま就職のドカタ組と、あの、ふらふらしてる組なんですよ、もう、
中卒組のやつらと遊んでばっかりいたから、なんか高校に行っても、何だろうなあ、そのさ、高校デビューって、
あの、通称私たちの頃はKDとか言いましたね、高校デビュー略してKDみたいなことを言いましたけど、もうね、そういう学校なんですよ、偏差値51ってちょうどよくその層もいるのよ、うん、なんか俺中学で悪い、悪
15:09
いことしてましたけど、みたいな顔をしてるやつがいるの、けど、中学で悪いことをしてるやつだったら俺絶対知ってるはずなのよ、みたいなね、ところもありつつ、まあ、一人だけいたんですよ、
おお、ピュンた、つかさじゃんって言われて、そう、え、ピュンた、頭良かったんだね、いや、つかさもな、みたいな、ここ入れたんだ、みたいな話して、一人だけね、あの、悪仲間がいたんですけど、うん、それでほ
んとね、クソつまんなくて、高校は、もう、全然つまんなくて、まあ、それでも友達がいたりいなかったり、群れを成していたりしてなかったりっていうぐらいは、別に省かれてたわけでもないし、
友達がいなかったわけでもないんだけど、まあ、なんとなく過ごしてて、まあ、今では、中学の友達は残ってるけど、高校の友達は一人も残ってないっていう感じではあったんですよ、でもね、高校で、その高校に行って出
会った女が、うーん、俺の人生最大の大恋愛をした女がいましたね、
1個上だったんですけど、私が高校1年生の頃に、高校2年生で、うーん、金髪の、えー、猫目で、釣り目で、えー、もうすんごい真っ赤なリップをして、金髪でソバージュで、うん、で、俺当時スキンヘッドだったんです
けど、
おい、てめえ、ハゲちょっと怖いって言われて、うーわ、今から先輩に呼び出しくれるの?俺、みたいな気持ちでドキドキしながら言ってたらね、お前面白いな、飯行くぞ、つって、仲良くなって、うーん、付き合って
っていう子がいるんですけど、その子とは今でも連絡をたまに取り合っているかな、結婚もして、子供もいるんだけど、なんかね、そうだね、ほんと、思春期の狭い狭い狭い価値観の中で、
えー、死んでもいいと、お互いに思っていた恋愛だったと思う、うーん、あの頃のさ、100%の気持ちってもう嘘じゃないじゃん、大人になるとやんなきゃいけないこととか責任とかさ、他にも逃げ道みたいなものが
あるけど、あの時ってゼンブリじゃん、全力投球じゃん、もうね、そんな恋愛は一生しないだろうなーって思ってた通り、そんな恋愛は一生しなかった、女に出会った、高校、
生活の世代だったな、うーん、その子に出会うためだけに俺はその高校に行ったんじゃないかなって、思いますね、うーん、それ以外はね、クソでした、うん、別に、あのー、思い出もない、思、思い出したくもなければ思
い出もあんまりない、うーん、覚えてない、俺ずっと横須賀と渋谷にいたもん、うーん、もうバイトしてるか、俺横須賀にずっと行って遊んでたんですよ、
18:07
うーん、まあサーフィンもしてたりもしてたけど、結構横須賀という街が好きで、まあ外人も多いしさ、なんか日本人面白がってくれるし、っていうので、でー、そこでー、あれだよね、まあ、なんだろう、付き合ったこと
はあったんだけど、そうだね、初めて付き合った男を、俺は横須賀の外人だったなーなんていうのも思い出しますね、
うん、そう、で、横須賀の、ね、今考えるとね、子供をもて遊んで全くもーって感じではあるんだけどさ、横須賀という街が好きで、あのね、乱雑な感じってね、どうも表せないんだよな、うん、都会なんだけど田舎
なんですよ、でも、田舎なんだけど栄えてるんですよ、でね、横須賀ってね、すっごい特殊な雰囲気なんだよね、
なんだろう、あの横須賀の雰囲気ってどう表せばいいんだろう、横浜とか渋谷とか高円寺とかあるじゃないですか、ああいう感じさも、ちょっとずつあるの、ちょっとずつ、ね、おしゃれな街とか、えー、気取った街
とかもあるんだけど、ふっさとかさ、のー、なんかアメリカンなイメージもあるじゃん、あれが栄えてるっていうところもあるのよ、
もう、なんかね、すごくアメリカイズムで、うん、俺が高校生の定期テストで英語が困んなかった理由がここにはあって、うん、ほんと横須賀ばっかりいて、なんかそれが楽しくて、うん、学校行きたくねーなーって思
ってましたね、だから、もうほんとギリッギリの、最後で俺仮新級、仮新級、仮卒業っていうね、
あの、驚異的な卒業制度をしているんだけど、俺ね、卒業式から1ヶ月間学校に行って草むしりとか掃除とかをして、で、えーっとね、3月31日まで俺学校行ってたもん、で、3月31日に卒業証書をもらった、うん、や
っと、そこで卒業、それまで仮卒業、そう、補修も死ぬほどやったなー、
数学なんてさ、もう、ちんぷんかんぷんすぎてさ、スービーだったかなー、歩行とかをしてくれたりさ、してもさ、なんだろう、もう、無理なのよ、何からわからないのかがわからないし、もう全然学校にも行ってないから
授業なんかちんぷんかんぷんって、数学なんかね、スービーなんかもう、もろにわかんないわけ、
そうで、お前なんか問題やってこいって問題集渡してもどうせできねえんだから教科書を2回丸写ししてこいって言われて、図も含めて全部書いてこいって言われて、あのノートに教科書を丸写しっていうのをね、やった
んですよ、ね、2週分、そしたら、やってきたよ、終わったよ、マジ疲れたよって言って、数学教師に見せた瞬間、あー、持ってった、持ってったんですよ、普通にね、
21:12
そう、そしたら、こう、ブラララーって、バララララーってやって、その場で反抗されてゴミ箱に捨てられて、あー、疲れかえっていいぞーって言われたの、めっちゃムカついた、今からぶん殴ってこい、俺は退学になって
もいいかもしれないって思うぐらいはムカついた、
ハッハッハッハッハッハッハ、ねー、あれはムカついたなー、
お、あんな見方をする、あんな確認の仕方をするんだったらさー、あのー、絶対もっと省いてね、飛ばしてー、省略したって絶対バレなかったじゃーんって、めっちゃ思ってたなー、
まあね、温情に熱い学校で結構ね
えー
仮進級させてくれたしさ
うん、仮卒業もさせてくれたんだけどさ
うん
まあまあまあ、ね
それなりに
なんだろうな
高校ではね、あんまり悪いことはしてませんよ
うん
まあまあちょぴっと喧嘩があったぐらいで
ほーぼ学校外にいたので
もうね
うん、普通にね、俺日勤してましたからね
ふんふん、最初の方
4月5月とか学校行かなくていいやみたいな感覚があったから
もう全然普通に
朝から夕方まで働いて
もう夕方から横須賀遊び行くとか
夕方から渋谷行くとか
夕方から六本木行くみたいなそういう生活してて
だからもう全然ね
家にも帰ってなかったね
たまーにね
おふくろさんからね連絡が来て
あなたどこで何をしているの?みたいなことを言われてね
学校から電話があったから一回帰ってきなさいみたいな
はーいってすいませんって
いう感じでね
一回だけおふくろが
なんかしでかしたんだよな俺が
おまわりさんから電話が来ただがなんだかで
一回帰ってこいって言われたんだけど
帰って帰らなくて
そしたら
親父から電話が来て
てめえどこにいるんだってなって
はい今から帰りますってなって
殴り合いをしましたね
あの時はのされたな
まだまだね
16歳だったからな
まあねでもそんなことがあったから
17歳18歳はまあ生きてるんでしょうって
高校のこともあいつは自分でやってるんでしょう
っていう感じにはなってましたね
でも本当働いてた
よく働いてたと思うな
居酒屋で830円で
俺20万円見たことあるもん
意味わかんないよね
まず高校生を1時まで働かせるなって思うんだけど
今考えるとね
ねほんと
個人の居酒屋の強みではあったし
当時は超ありがたかったけど
それが本当に冬休みとかでさ
覚えてるな
24:00
まずランチがあるんですよ
ランチがね10時オープンの1時
10時オープンの1時までやって
でだから
あの9時にバイトに行くの
でちょっと仕込みしたり準備したりして
10時オープンでやって
1時に閉店して後片付けして
まあ2時までやるじゃん
そしたら3時間休みなのよ
3、4、5って5時まで休みで
で5時からお店がまた開いて
夜やるっていうね感じで
でそしたら25時までやるわけよ
で25時になって後片付け終わってってやったら
よしじゃあ
麻雀やるかっていうね感じで
店長と料理長とその時バイトの大学生とで
朝まで麻雀やってんのよ
ね給料かけて
だからね給料日前にね
プラスマイナスのね
収支表が冷蔵庫に貼ってあったもん
あのバイト先最高だったな
楽しかったなー
うーん
いやーそんな感じの高校生でしたね
うーん
なんかなんだろうな
何が辛いとかもあったけど
高校ばっかりはすごいストレスだったけど
高校以外はね
まあなんで生きてんだろうとか
何のために生まれたんだろうとか
そういう投げやりな気持ちでずっと生きてはいたけど
うーんバイク乗ったりしてて
バイク乗って無茶するのってさ
なんだろう死んでもいいと思ってんだよね多分
だからねあんなにスピード出したり
ヘルメット被んなかったり
攻めた走りをしちゃうんだよね
多分ね
あれってでもねなんかね
生きてるーって
今俺生きてるーって思うんですよ
バイク乗ってると
うーん思春期病ですね
うーん
まあそうはちょうどね
カラーギャングが流行った時代でもあって
カラーギャングを結成したり
みんなでねストリートで集まった人間たちで
ほんとバンダのお揃いにしたりしてたんですけどね
ほんとB服でね
えーその時の口癖はね
あのヒップホップって
かっこいいみたいな意味で使われてたんですよ
あのーでダサいことを
ヒップホップじゃねえっていうね
言い方をしてたんですよ
だからあのXXLの
あのーそうだなショーンジョンのセットアップとか着て
えー偽物の金ネックにとかして
そらヒップホップじゃねえだろ
とか言ってるあの高校生でした
かわいい!かわいいね!
平成!
ハハハハハハハハハハ
ほんとね
いやーその後オラオラ系が来てさ
あのー
金ラインプーマジャージセカンドバックが
一瞬流行ったよね
あれは意味がわかんなかったけどね
うーん
ヨコスカには来てなかったなぁ
でもなんか一緒にいる仲間たちが
そのね変遷を過ごしていたね
うーん
懐かしいなぁ
27:01
あー
外戦右翼にも一瞬入って
俺はあの外戦車に入ったこともありますよ
あれ面白いんですよ
結構ね中広いの
中にマイクが付いてて喋れるようになってて
いやーこれで大塚英のさくらんぼとか
鳴かしてえなーって
すっごい思ってたのを覚えている
うん
まぁねほんと
なんだろう
あんまり真面目ではなかったけど
そんな不良でもないっていうね
なんか
普通な感じの高校生と
中学生の生活だなーって
思いますね
振り返ってみると
うん
ただ
そんなことにはならないだろうって
思うぐらいには
学校に行ってない時間帯は街に出てたから
高校生だけど
まぁ年齢が19とかさ
20歳とか言っちゃって遊ぶわけよ
ね
街に出ると
だから
案外ねほんと
渋谷とかね六本木とか
横須賀にはね
そこそこ俺仲間たちとか
顔見知りが結構いて
まぁ
街に
あの時ってさ
携帯とかインターネットが
こんなにさ発展してないからさ
とりあえず街に出りゃ誰かいるべって
とりあえずたまり場行きゃ誰かしらいるべって
言うので遊びに行ってたじゃん
そうそのノリでね
いろんなところに顔出して
いろんなところに仲間がいて
グダグダ過ごしていた気がしますね
あぁ
なんか一つの
グループに所属して
個室はしてなかったなぁ
いろんなことやって
いろんなグループに所属してたけど
うーん
まぁそんな感じでね
今も変わらないところで
いろんなところに顔を突っ込むっていうところは
そんな感じなんだろうなぁって
思いますね
ただほんとこっから俺は
高校卒業してから
暗黒期間が始まるので
そう
それはね
またいつか話す機会があったら
話そうかなぁなんて
思っております
ミンチガではお便りを募集しています
コーナーのお便りフッツーお便りや
相談もお待ちしております
全否定してほしい
全肯定してほしい
など大っぴらに言えない
大っぴらに言えない思いなどありましたら
全力でやらさせていただきます
お便りをお待ちしてます
番組の概要欄のリンクの
お便りフォームマシュマロからお願いします
またXではハッシュタグミンチガで
つびあいてくれたら
カラムと同時に感謝します
またねー
29:29

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