ラジオの魅力との出会い
耳見えラジオ!
今回も始まりました、耳見えラジオ。
お相手は私、パーソナリティの玉置由理子と、
西川桃江です。
耳見えラジオですが、伊勢から熊野の三重県南部を耳で旅するラジオということで、
みなみみえ在住の私たちパーソナリティ2人が、
みなみみえ暮らしのリアルな日々についておしゃべりをしたりとか、
みえにまつわるゲストをお招きしてお届けをしています。
耳見えラジオですが、毎月4回、だいたい毎週金曜日に
Spotify、Apple Podcast、YouTube Musicなど音声配信プラットフォームで、
最新の番組を配信しております。
今週もね、こんな感じで始まりましたけれども、
年も明けてさ、前回1発目、今回2発目、
新春の、まだ新春やね。
まだそうね。
お正月気分がね、ありますよね。
そしてゲストは。
はい、今週もお越しいただいております。
Radio Cube FMMEAアナウンサー、ディレクター、プロデューサーでいらっしゃる、
しろたかずやさんです。よろしくお願いします。
よろしくお願いします。
Radio Cube FMMEAのしろたかずやです。
毎回それ全部言ってくれるんですね。
アナウンサーだったりプロデューサーだったり。
もちろん。だってびっくりですもんね。
恥ずかしいんでやめてください。
いやいやいやいやいや。
この番組はご覧のスポンサーのコバダーマンとあなたがお送りしています。
これ4読み上げたりして大丈夫なんですか?
恥ずかしいけどどうぞ。
肩書きがさ、なんとかけん、なんとかけん、なんとかけん、なんとかみたいな。
いくつかねてんのっていうね。
おかしいですよね。もうやめてんっていう感じですよね。
なんとかにしてよみたいな。
しろたさん的にはこのいろいろある中で、自分はこれだなっていうのはあるんですか?なんていうか。
本業はこれだなっていうのも変ですが。
一番割合多いのは?
なんだろう、まあどうだろうな。
全部でもバランスよくって感じですね。
そうですよね。そうじゃなきゃこの名刺にはならないですよね。
一刀流どころじゃないですよ、これは。
そう、何刀流?1、2、3、4。
大谷を超えた。
5刀流だ。
恥ずかしいわ、もう。
なんでもやらなきゃいけない。サラリーマンですからこう言ってもね、アナウンサーって言っても。
会社で関わることは、それは書類も作るし、ごみ出しもするし。
すごい。
そういう編成部とかの位置、社員さんとしてのお仕事もやっぱりなさってるんですよね。
もちろんもちろん、そうですね。
補充局の中の。
よくうちの息子とかに言われるんですけど、パパ5時から番組だよねって、それ以外何してるの?って。
仕事しとるわい、ちゃんと。朝9時から行って仕事しとるわい、みたいな。
そうなんですか、やっぱりその9時から出社して、単課同士で。
そうですね。
どんなことされてるんですか?
そうですね、番組がある日は番組に向けての資料作りだったりっていうことがありますけど、
合間を見て、例えばCM収録だとか、定時に、11時55分とか1時55分に定時のニュースがあるので、それを担当したりだとかっていうのをやりつつ、
さっきおっしゃっていただいたこの編成っていうのは、その番組をどのように流していくかみたいな。
じゃあ来週はこんな特番をやって、みたいな。
そんなにコロコロは変わらないですけども、そういうのを考えて、じゃあ次こういう番組をやるんでって資料作ってとか。
で、うちはその、レデューキューブFMEAだけで番組を作ってるわけじゃなくて、
その東京の、東京FMっていうキーステーションの東京FMが作ってる番組もたくさん流してますし、
あとはJFNって言って、我々38局、全国ネットワークの4局というか、同じ系列の局があるんですけども、
その大元の番組を作ってるJFNっていうところもあるので、
それらの番組をどうやって活かしていくかとか、どこに配置していくかとかみたいなのを、
社内で会議して、資料作ってみたいなことも日々やってるっていう感じです。
番組表みたいなものを作っていく。
そうですね、はい。
えーもうほんとあの、ゆりかごから墓場までじゃないんですけど、ラジオの。
その例え大丈夫?
ちょっと違うか。なんていうんだ、その源流から一番最初の企画作る段階から最後リスナーさんに届ける、最後の最後まで全部お一人で。
ラジオの全てに関わってる感じですよね。
そんな、なかなかないですね。
ラジオマニアのうちのディレクターも、こんな肩書きの人は見たことがないって言って。
自慢できるのであれば、週末とかにはイベント作ったりもしてますからね。
えーイベント企画も。
まあ自身がそのMCとして参加することもありますし、
例えばゲストさんブッキングしたりだとか台本作ったりだとか。
ブッキングもアポトリーとかも。
いや本当ですか、考えるとちょっとおかしいですね。
もうちょっと給料もらわないといけないなこれ。
確かにね。
いやいやほんとそうですよ。
どれだけやってんのって話ですよね。
学生時代の経験と現在の姿
しろたさん的には、先週お聞きしたお話では、
本当に学生の時代からラジオの世界に志していらっしゃったということですけど、
今の自分の姿っていうのは、想像してた姿なんですか?
なんでも自分でやっちゃうっていう。
いや全然想像してなかった。
私は自分で喋るっていうことすら想像できてなかったっていうか、
最初は目指してなかった。
この業界に入った時も、制作として入っているので、
ディレクターって言われる番組を進行する係ですけど、
ディレクターとして会社に入って、
最初はパーソナリティさんに指示を出したりとか、
原稿作ったりとかっていうことをやってたんですけど、
そのうちお前ちょっとニュース読めっていう話になって、
それが先週も話したんですけど、
名古屋に専門学校に出たんですけど、
ラジオがやりたいっていう気持ちはあったけど、
そのラジオにどんなポジションがあるのか知らなくて、
ディレクターっていう人がいたり、プロデューサーって人がいたり、
音響さんがいたりとかっていう作家さんがいたりっていう、
そういうのは全然知らなくてですね。
何を学んだら、どこへ行けばラジオにたどり着けるんだろうって思った時に、
喋る人はいるよなと。
喋る人はいるよね。DJさんはいるってのは分かってる。
じゃあ、もしかしたら喋る勉強したら、
そこに行けるかもしれないっていうことで、
全然自分でマイクの前に立ってっていう、
そういうキャラでもなかったんですよ、私。
だけど、そこに行けばもしかしたらラジオにたどり着けるかもしれないっていうことで、
そういう専門学校に行きました。
そうなんですね。
アナウンスのような。
だって、めちゃくちゃ音、声も素敵で、
滑舌も素晴らしいし、
パーソナリティーになるべくしてっていうお声ですし、
だって玄関から入って行ったらすぐに分かった。
すぐ分かった。
こんばんはっていう声が。
こんばんはの第一声から、しろたさんって分かったよね。
プロの方が来たっていうね。
本当に本当に。
そうなんですよ。
でも、本当に引っ込み事案でしたし、
先週も言いましたけど、中学の頃からラジオにはまったっていう話ですけど、
実は私、自分の番組とかでもよくお話ししてるんですけど、
中学の時、不登校でして、学校に行けない時期があったんですけど、
その時期に時間があるからっていうことで、
CD聴いたりゲームやったりするだけじゃあれだなっていうことで、
ラジオってのつけてみたら、あ、面白いじゃんっていう話になって、
ラジオにはまってたんですけど、
だから、学校行けないぐらい文字文字していた自分が、
まさかマイクの前に立って、
みなさーん!なんていう姿は想像してなかったんですけど、
とにかくラジオがやりたいっていうことで転がっていったら、
最終的に喋ることにもなったっていう感じですね。
その頃のしろたさんにとっては、ラジオっていうのはどういう存在だったんですか?
アナウンサーとしての多忙な日々
引きこもってたわけですよね。
社会とのつながりが全然なくて、
その頃SNSとかそういうのもないので、
友達に会うっていうのも学校行ってないから、
週に1回あるかないかとかっていう中で、
社会とのつながりがない中で、
ラジオ番組に投稿して、
それで読み上げてもらったりだとかっていうと、
自分の存在意義がそこにあるような気がしてですね。
そこでのめり込んでいったっていう感じですね。
だから自分と世界がつながっていられる一つの意図だったということですね。
だからそこに原体験があるんで、
やっぱりリスナーさんからのメッセージとか、
それも大事にしたいなと思いますしね、今もね。
私、しろたさんの今していただいたお話を、
その特番をやっていらっしゃいましたよね。
嬉しい。
夏休みの最終日でしたっけ?
そうですね。
今夜は特に眠れないっていう番組を去年から始めて、
でも今は2026年だから一昨年か。
2024年から始めて、
やっぱり夏休みの最後の日って、
長い休みが終わるって、
みんなが休みだと不登校のときも、
みんな学校行ってないから気持ちが楽なんですよね。
でもその長い休みが終わって、
明日から学校にまた行かなきゃいけないのかなとか、
またお父さんお母さんから学校行けって言われるのかなって、
どんどん夏休み最後に近づくにつれプレッシャーが増していくんですよ。
なのでそういった子たちをちょっと、
でも心軽くしてあげられないかなという思いで、
夏休みの最終日に。
ちょっと深夜番組なんですけど、
私は現体験として深夜番組とかを聞いて、
心が救われてきたっていうところがあるので、
深夜の時間帯でやってるっていう感じですね。
それもちなみにしろたさんがこれをやると決めて、
番組の構成とかも全部ご自分で作られて。
恥ずかしながらそうですね。
すごいね。
その番組、私去年もやつから最後まで聞かせていただいたんだけど、
嬉しい。ありがとうございます。
いいなと思って。
私も不登校ではなかったけど、
やっぱり学校に馴染めない時期ってあったし、
なんか行きたくないなとかって思った時に、
わかってくれる人が世界に一人でもいると思うだけで、
すごく救われた気持ちになることってあるよなって。
ラジオならではかもね、それって。
ラジオってすごい距離の近いメディアだと思ってるので、
なかなかラジオって、例えばテレビとかだと、
7時からあの番組始まるとかアニメ始まる、
じゃあみんな家族集まってみようかっていうことあると思うんですけど、
ラジオって、じゃあおい、5時からつながる時間始まるよ、
みんなで聞こうかってあんまりないじゃないですか。
なんか車の中だったり、勉強しながらだったり、
みなさん一人で聞くことが多いと思うんですよね。
マンツーマンなんですよね。聞いてる人も一人だし、
喋ってる人、まあ喋ってる人複数人のことももちろんありますけど、
その聞いてる人は一人なので、
学校に行けない子どもたちへのメッセージ
あなたに向けてっていうことができるメディアっていうのが、
ラジオかなと思いますね。
みんなに向けて喋ってるんだけど、
一人にだけ届いてるというか。
そうですね。
私たちはそんな放送ができてるんでしょうか。
わからない。聞いてくれてる人いないからさ、
作業しながら聞いてくれてるっていう人も結構できてきたから、
やっぱりそういう思いでちょっとでも聞いてくれる人がいたら嬉しいよね。
本当ですよね。
確かに私たちは結構南三重って人口が減ってきてる地域とも言われてますけど、
そういう中でもこんな面白い人がいて、
こんなに人いるよ。
挑戦してる人もいて、
人口が少なくなってきて不利な地域と言われがちですけど、
いや、そんなことないよ。頑張ってるよっていう、
勇気の輪みたいなのが確かにありますもんね。
私もこれから参考にさせていただきますので、
ミミミエラジオの。
いやいやいや。
そんな方がいらっしゃるんだ。
じゃあ今度取材してみようかなみたいな。
ぜひぜひ。
本当は。でも本当そうなったら嬉しいですよね。
ここをきっかけに知っていただいて。
だって結構近場やったけど知らなかった人も私もいましたし、
知ってたけど、そういう思いでやってたんですねっていう。
より深く知ることもできたし。
やっぱりこうやって取り上げる人がいないとそういう方々もね、
埋もれちゃいますもんね。
もちろん地域では活躍されてる方々ですけど、
いや、もっと全国で見ても珍しいですよとか、
面白いですよっていう方、まだまだきっといらっしゃいます。
本当にいいですね。
そのバトンがつながってる感じが、
今ね、音聞いてくれてるディレクターも、
もともとFM三重さんをずっと聞いてて。
嬉しい。ありがとうございます。
それに救われた人でもあるじゃないですか。
高谷寺祐ね、それでさっきも涙なくてね、
語れないみんなで話をしたんですよね。
曲聞いて泣いた話をね、さっき見た話で聞かせてもらいましたけど。
でもその人がいて、その思い出があるから、
私たちもラジオやろうぜってラジオ作ってて。
それをまたしろたさんが来てくださって、
逆にこっから情報を持って行ってくださることもあったりとかして。
そうですね。ぜひこの関係は続けていきたいですね。
いやー嬉しい。
まだまだしろたさん聞きたいことありますね。
まだいく。
だってリストはまだ終わってない。
まだまだあるんです。すみません。
ありがとうございます。毎回毎回ね。
嬉しいね。ということで。
ちょっとね、深まりますよこれ。
ミミミエラジオも。
ちょっと飛躍しちゃうかもね。
続けていこう。
頑張ってください。続けることが大事だからね。
楽しみに聞きますんで私も。
ありがとうございます。
しろたさん次回もまたよろしくお願いします。
ということでここまでのお相手は
パーソナリティの玉置由里子と
西川桃江と
しろた和也でした。
またねー。
この番組はトリオ事務局がお送りしました。