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2026-01-20 11:29

#527 子どもに教師は不要です。

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サマリー

このエピソードでは、教師の役割や必要性について議論し、AIの進化が教育現場に与える影響を考察しています。また、教師が子どもたちに求められるものは教育だけではなく、社会性や人間関係の構築を重視する必要があることも指摘されています。さらに、教師は子どもにとって必ずしも必要な存在ではなく、むしろ無視して教育を受けるべきだとされています。教育システムの遅れや教師への期待が問題視され、AIなどの代替手段を活用すべきだとの主張が展開されています。

教師の批判と役割
はい、みなさんお疲れ様です。
最近、教師の声援加害とかね、変態教師とかのことで結構話題になったり、
その文集とかがね、すごく食いつくような、ハレンチな話題が多い中、
私の中ではそれを見ているざまあみろっていう話なんですけど、
なぜかというとですね、教師っていう存在自体が私は嫌いなんですよね。
なんで嫌いかというとですね、教師がいて良かったことっていうのは、
1ミリもなかったっていうのが理由なんですよ。
今はね、やっぱり時代も変わって2026年ですよ、もう今年は。
そういった女性の先生がね、単人の先生多いので、変な先生はいないんですが、
一貫してね、やっぱり共通しているな、教師と教師は共通しているなと思うのが、
彼らってやっぱり優等生なんですよね。優等生で勉強ができる。
私たちの年齢とか、30代ぐらいのどこの年齢もそうかもしれないですけど、
勉強ができる子っていうのは、学校の単人の先生とかはすごく褒めるし、
いい子ちゃんなんですよね。いい子いい子するんですよね。
だからですね、その状態で育ってきているので、いいとこしか見てないんですよね結局。
いいとこしか見てなくて、困ってる人見てないわけですよ。
見てないまま大学に行って、教育学部か何かに行って、教員を取って教師になる。
一回その民間企業に就職してから教師になる人もいますけれども、比率としてすごく低いじゃないですか。
ほとんどの人が大卒で教員免許を取って、大学の在学生に教員免許を取って、
学校に配属とかっていう公務員の人もいれば、私立に所得している人もいるので、
公務員じゃない人もいますけれども、そういった先生が多いわけじゃないですか。
そこから教師生活が始まって、狭い教師のコミュニティーの中でやっていくので、
みんな周りも優等生で来ている人たち。
だから困っている人とか、優等生じゃない人とか、特殊な人とかっていう人がわからないわけですよね。
それを対応していくことによってわかって、すごくいい先生もいるかもしれないですけど、
大半の私が見ていた先生の中では世間知らずだなっていうふうに感じる人が、
多々います。私からすると教師は偽善者だと思っているんですね。
AIと教育の未来
だからいい顔をしている、いい顔を嘘で作っているっていうようなイメージしか持っていなくて、
わざとらしい笑顔だなとか思ってしまうんですよ。
それで私はちょっといろいろ、今2024年ぐらいからAIとか来ていて、思ったんですよね。
もう教師っていらなくないっていう話なんですよ。
学校の教師って何をしてくれるのっていうことなんですよね。
やってくれることとしては、教団に立って授業を進めるっていうことのみじゃないですか。
何か心のケアとか彼らにできますか。できないでしょう。
だってできないからこれだけ日本は不登校者が増えているわけじゃないですか。
学校に行くっていう前提のもとで話をすると、その中で何か仕切る人は精神科医とか、
そういった心のケアができる人でいいんじゃないかと思うんですよね。
教師は何をするかって教師はいらなくて、勉強を別に教えてもらう必要ってないんですよ。
なぜかというと今AIが教えてくれるから。
だって学校の日本の教育の受験の問題っていうのは、AIは全部解けなくて、
解説もできるんですよ。
なのに何で教団に立って先生が教える必要があるのかってことなんですよ。
AIで全部まかなえるわけじゃないですか。8割方まかなえますよおそらく。
だからそれで学習を進めればいい話であって、人はいらないってことなんですよ。
だからAIでなくすべき仕事っていうのは教師かなって私は思ってます。
だから教師の仕事っていうのは教師の仕事で、
優秀な教師、頭のいい学校の勉強ができる教師っていうのは、私たち子どもは求めてないんですよそういうこと。
子どもはやっぱり寄り添ってくれたりとか、精神的に社会性のある人に育ててもらえる人を求めてるのであって、
我々親とか子どもが求めている教師と、日本の教育の仕事を求めている人と、
日本の教師は何か乖離してるんですよね考え方が。
だからですね、彼らはもう子どもたちはちょっと危ないこともするかもしれないので、ガードマンでいいんですよ。
教師はいらなくてガードマンか何かだけ何人か用意して、勉強はAI、パソコンを置いてそれでパソコンと会話して、
そのプログラムだってAIが作れるわけじゃないですか。小学校1年生、例えば一学期のプログラム作ってくれって言ったら作ってくれますよ。
過去の事例があるから。それをこなしていけばいいんじゃないですか。体育は体育の先生必要ですよ。
体育と音楽は必要だと思うので、体育と音楽は体育できる人、音楽できる人、別に教員もいらないんですけど、
人間関係の学び
体育は体育の先生必要です。体育と音楽は必要だと思うので、体育と音楽は体育できる人、音楽できる人、別に教員もいらないんですけど、
体育は体育の先生必要ですよ。体育と音楽は必要だと思うので、体育と音楽は体育できる人、音楽できる人、別に教員免許なくてもいいんですよ。
教員免許あっても音楽、ピアノ下手な人なんかもう5万と言いますからね。
私なんかピアノ習ってたんで、学校の先生の方が下手でしたから。
だからピアノの先生とかね、ピアノできる人雇って、ピアノとか音楽ができる人。
体育はスポーツ選手、慣れなかった人でもいいじゃないですか。別に教員免許なくても。
慣れなかった人とかスポーツ得意な人でもいいと思うので、そういった人でいいし。
あとのその大半は、社会に出て人間関係をどう築いていくかっていうことを刻々と勉強できるような場を作る。
これでいいんじゃないかなと思うんですよ。
結局学校に行って楽しかったとか楽しいっていうのは本当にラッキーなことであって、大半は楽しいところじゃないじゃないですか。
みんなと会わせなきゃいけないし、嫌なことも我慢しなきゃいけないしっていうところじゃないですか。
それももちろんね、社会に出るために勉強ですよ。
勉強なんですけれども、結局社会にポイッと私たちは大学まで行って掘り出されるじゃないですか。
社会にポイッと行くじゃないですか。行ったら人間関係築けない人ってめっちゃ多いじゃないですか。
いろんな人がいるから。いろんな環境の中で育ってきてる人がいきなり組織にいろんな人が入ってるんですよ。
その中でどう暮らしていくかっていうのは過去の人間関係の経験に基づいてみんな対応していくと思うんですよ。
でも過去がない状態の人も結構多いと思うんですね。
だって学校はみんな一緒にしよう。たくさん友達作ろうっていうのが一定の定義みたいに言ってるじゃないですか。
だからそれも全部間違ってるじゃないですか。別に友達たくさんいらなくないっていう感じじゃないですか。
別に仕事の場に行って仕事ができればいいわけだし、人間関係円滑に進めればそれだけでいいじゃないですか。その場だけで。
でもそれ以上の理想論を語るところが学校じゃないですか。
理想論じゃなくて現実はどういう事例があるのかっていうのを先に子供に教えてあげるっていうのがすごく重要だと思うんですよ。
そうなってくると先生たちっていうのは人間関係とか心理的なことを教えることはできません。できません。
なぜかというと彼ら経験してないから。
教師の存在意義
だからですね世間知らぬ人が世間に出る人が大半、公務員になる人より公務員にならない人が大半じゃないですか。の世界に出る人に対して教育はできないわけですよ。
だったら例えばその教師の性被害とかね、性加害とか変態教師とか教師のことでこうやっぱりその苦言を申している人もたくさんいると思うんですよね今この世の中に。
そういうこと以前の問題でいらないっていうことなんですよ教師は。いらない人に対して何かこう苦言を申したり批判をするっていうのは時間の無駄なわけですよ。
だから無駄なことをしなくていいっていうことなんですね。だからもういらないんですよ存在として。いらないけどまあ日本は教師はいるじゃないですか今後もいると思いますよ。
だから教師を無視するってことですね。だから私は子供には教師の意見が絶対じゃないし大半間違ってるという話はしてますよ。
だからあの人たちはそういう仕事だから仕方がないから何か命令みたいなことされることは今ないんですよ。ないんですけどあってもふんふんって聞いといて全然聞くだけでいいですよって別に反論もしなくていいしほっとけばいいんですよ。
ただ単に日本の教育では教師がいて教団に立って授業をしなきゃいけないっていうルールがあるからやってるだけであって別にそれが正しいとは限らないよっていう話はしてます。
だから勉強とかわからないことがあればAIに聞けばいいしそれは回答してくれるから別にその教師に頼る必要はないよっていうのは言ってるし教師に期待をしてはいけないと思います。
だいたい教師に対してね私も腹立って怒ってることありましたよ上野子の時はでもねそもそも期待しているから怒ってるんですよね私も間違っていたんですよ期待をしないということですね期待をしたらいけないんですよ無理だから期待に応えられるわけがないから。
でも全員が全員じゃないですよいい先生ももちろんいると思いますよいるんですけど大半がトンチンカンなことをやっぱり言うわけですよ。
私も上野子の時にちょっといろいろあって先生と実際に話したこともありますけどやっぱりねどこかおかしいどこかおかしいし世間とずれてるっていうところとあとですねあの学校っていうのはこれちょっと私立は違うかもしれないんですけども20年ぐらい前のことをやっているんですよだからタイムスリップなんですよねだから子どもたちに言ってるのは学校に行くイコールタイムスリップだから不便を経験しに行くことだよって言ってるんですよ。
便利を経験するのは家とかプライベートで十分だから学校では不便を経験しに行くから今令和じゃないですか平成に行く戻っている平成にタイムスリップしてるんだよっていうのを言い聞かせてます。
言い聞かせれば何か学校で不便があっても文句が出ないじゃないですかタイムスリップしてるんだと思うから。
だからですねえっともう仕方ないと思うんですよで今ねやっぱりその連絡のえっと紙とかもねすごく減ってきてるんですよ減ってきていてどこのあの自治体もどんどんアプリになってきてるんですけどアプリもねわけのわからないトンチンカンなその業者と業者に入札してるからアプリも開いてもpdf開かないと紙が見れないんですよしかも紙はちっちゃいしねスマホから見るんだったらめっちゃ大きくしないと見れないしっていうぐらいすごく不便を経験してます。
すごくねその作りも平成初期のただ単にこうwebにペンペンって情報を貼っただけのものになってるんですよこれがやっとだからだからやっぱり平成をタイムスリップしに行ってるんだよっていうことなんですよね。
なので別に教師に対して怒る必要はないんですよただ単にタイムスリップしてるだけだからだから私たちが20年後20年後ってなったら2026年だか2050年60年か60年になったらやっと今の2026年ぐらいの情報になるんじゃないかっていうなるのかならないかわかんないけどそういうことじゃないですか
ということなんですよねなので教師はいらない教師は基本無視っていう形で学校を過ごせば何の問題もないよっていうふうに私は思ったので教師はいらないっていうことでした以上です
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