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それではやってまいります。みきさっくのJust DAO it!。
ひずみ系ラジオ、はじまるぜ。
最近は、マーケティングのお話をしておりました。
歪んだ視点を持ちながらマーケティングのお話をする、ひずみ系マーケターということで、
明教という教材を使ってお話しておりましたが、一旦一区切りついたということで、
今日はまた別のお話をしたいと思います。
別のお話、何のお話かと言いますと、
仏陀の思考、仏陀の思考についてお話したい、そう思っております。
仏陀の思考、仏陀ってあの仏陀か?
そう、あの仏陀なんだよね。仏教の開祖様、仏教を開いた人だよね。
ゴーダマ知ってあるださんだ。ゴーダマさんだ。
シャキラ王国の王族の息子だったあの仏陀さんだ。
あの仏陀さんがすごい考えをしている、そういう情報を置いたんだ。
仏教の開祖様の仏陀様のお言葉は、なんといろんなヒントがたくさんあるよって。
すげーんだ。すげーからさ、こんなにも世界中に仏教を信じている、そういう人がいるんだよね。
三木作家は仏教は信じてねー。信じてねーんだけどもさ、仏教っていうのはさ、いわゆる宗教の一つじゃないんだよね。
宗教って言ったらさ、嫌なイメージしかないよね。
特に日本では、あのオウム神理教だよね。
商工、商工、朝原商工だよね。
商工がやらかしてくれたから、仏教に対して、仏教じゃねーよ、仏教を組めた全ての宗教に対して、
嫌なイメージが根付いているんだよね。
それこそが日本の宗教に対するイメージなんだよね。
宗教に対するイメージが強い。悪いのが強い。
悪いイメージが強すぎてさ、もう宗教ダメじゃねー、怪しくねーっていう風な思考に結びついてしまうんだよね。
でも仏教ってさ、よーく理解していくと、よーく理解しすぎることはないよ。
しすぎることはないんだけどもさ、少し垣間見るとさ、
あーそんな視点、あーそんな考え方なのねって、これいわゆるさ、思考法だったりさ、着眼点なんだよね。
仏教っていうのはさ、宗教ではない、宗教ではあるんだけれどもさ、別の視点から見ると、それこそ歪んだ視点から見ると、
もうなんだこれ、思考法じゃねーか、そう思えて仕方がない。
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そんな思考、そして仏教、仏教じゃなくて宗教になっているんだよね。
でさ、皆皆様は悩みがあるんじゃないかな。
人生っていうのはさ、人っていうのは生きているといろんな悩みにぶち当たります。
でもさ、この悩みっていうのはさ、いろんなことを言われているんだよね。
悩みって一体なんだよって。
ミキサックが一番しっくりきているのは、この悩みっていうのは問題があるんだよね。
よく考えれば解決できる問題、解決できない問題ってあるんだけれどもさ、
解決できそうな問題、できる問題、そしてできない問題、
こういったコマゴマとしたいろんな数多くの問題が複雑に絡み合っている状態、
それこそが悩んでいる状態なんだよというふうに認識しているんだよね。
だからさ、一個一個紐解いていったらさ、
よし、これは簡単に解決できそうだ。
いや、これは自分一人の力ではどうしようもないみたいな、
いろんな種類、いろんなタイプの問題が数多くあるっていうことがわかるんだよね。
でもさ、自分で解決できないやつはもういいやっていうふうにまず選別するんだ。
そして自分で解決できる問題に対して、
あ、これに対してはこの方法、あの方法でアプローチ対処していこうっていうふうに
一つ一つ紐解いていくと、あら不思議、悩んでいるという状態から脱することができるんだよね。
そういうふうに思っているの。
でもさ、ちょっとブッダの思考っていうのは違うんだよね。
まずさ、仏教自体っていうのはさ、
仏教ってさ、よく苦しみの宗教って言われていたりするんだよ。
だってさ、仏教のカイソ様であるさ、ゴーダマシッタルさん、
要するにブッダだよね。
ブッダ様がさ、
ああ、世の中っていうのはさ、苦しみに満ちているよっていうふうに言ったもんだからさ、
なんだよ、世の中のすべてすべて一つ一つが全部苦、苦労の苦なのかよっていうふうに言われているんだ。
だってさ、あのゴーダマシッタルさんが言ったんだ。
一切、この世の一切のことはみんな苦しみなんですよみたいなふうに言うもんだからさ、
それをダイレクトに受け取ってしまったら、
なんだよ、この世の中全部苦しみでできているのかよ。
だったら生きている意味がねえじゃねえか。
そんなふうに捉えてしまいかねないんだよね。
だからそんな、なんだよ、ネガティブな感じの、そんな思考法を持つ仏教なんてやめちまえよ。
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そんなもん信じるに値しないよ。
そういう思考に結びつくんだよね。
でもさ、違うんだよ。
本質を捉えているんだ。
このブッダ様っていうのはさ、本質を捉えているからさ、
まずはさ、世の中にいろんな悩みがあるんだよという現実だよね。
この現実を受け入れましょうねって言ってんだよ。
この現実、たくさんの悩みが存在していますっていう、まず現実を捉える。
そしてさ、この問題、苦しみにはさ、原因があるんですよっていうことを理解するんだよね。
そして原因があるということは、解決することもできるんですよ。
この解決の方法がありますよ。
その方法を実践していきましょうねっていうのが、仏教の本質なんだよね。
まず世の中にはさ、いろんな苦労があります。
この苦労っていうのは、ちゃんと原因があるんです。
この原因に対して、解決する方法もあるんですよ。
その解決する方法を実践していきましょうねっていう風に言ってるのが仏教なんだよ。
仏教っていうのはさ、なんだか宗教くさいけれどもさ、よくよく考えてみると、科学に近いんだよね。
ちゃんと原因があるいろんな物事に対しては、原因がある。
その原因が苦労なんであれば、苦労の原因なんであれば、だったらその原因を解決する方法もちゃんとあるはず。
この解決する方法を見つけて実践していきましょうねっていう思考法なんだよね。
この思考法が仏教の考え方なんだよっていう風に言われているの。
なるほど、なるほど。そんな科学的なものが仏教でありますよ。
これを宗教と捉えてしまうとなんだかうさんくさいということでミキサックも宗教は好きじゃないんだよね。
宗教は好きじゃないからさ、宗教よりも科学的な思考法の一つという感じで捉えて仏教が存在しているよっていう理解をするんだよね。
はい、じゃあそういう理解をしていきますっていうのでさ、今日の話は簡単な話となっております。
悩みには原因があるって言ったよね。苦労にも原因がある。この原因、まずはさ、人がいるから悩むんだよ。
人がいるからさ、苦しんじゃうんだよ。この苦しみ悩みの原因があります。その原因は何なのかというお話なんだよね。
苦しみ悩みの原因はたった一つなんだよ。
執着。執着の心。執着心だよね。この執着があるからこそ人は苦しみ、人は悩んじゃうんだよっていうことなんだよね。
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まずはさ、執着ってどういうこと?って自分の生活をより良くしたいっていう理想みたいなもんだよね。
この理想を手に入れるためにいろんな思考をしたりさ、それこそ他者と比較してしまってさ、
ああ、理想と違ってさ、今の現実的な自分はどうかっていうことをさ、考えたらさ、
なんだ、うまくいってねえ。人生っていうのは全然ダメだなあ。もっと高みを、もっと上を、もっと理想に近づきたい。
そういう思想に結びつくんだけれどもさ、そんな理想への執着があるから苦しみが生まれるよって言われてるんだよね。
なるほどね。理想がある。その理想に対しての執着があるから苦しみだったり悩みがあるんだよ。生まれるんだよということ。
じゃあもうワンステップ進んだ場合、その理想に近づいて近づいてもうほぼほぼ理想通りの生活ができていますという状況だよね。
そういう状況状態に達した人が、じゃあ次何に対して執着するかと言いますと、その理想境だよね。今の現実だったりさ、年齢もそうなんだけれどもさ、
今の状態だったり状況をずっと持続させたいということで、執着が生まれるんだよね。持続に対する執着が生まれます。
理想に来ました。理想、いやー世の中全ていい感じに回っておりますという理想の状態をキープしたいという執着心が生まれるんだよね。
なるほどね。この執着か。なかなか大変な執着だよね。そんなもん無理だよ。だってさ、世の中のものっていうのはさ、常に変化をしているんだ。ずっと同じ状態であるっていうものはございません。
諸行無常なんですよっていう風に言ってるんだよね。なるほどね。執着の2つ目。1つ目は理想があります。
理想に対しての執着。そしてその理想を手に入れたら2つ目の執着が生まれるんです。その執着こそがその理想の状態、今の状態をキープしたいという執着心が生まれます。
その2つ、なるほどね。思い当たるよという感じなんだよね。そして3つ目もございます。3つ目っていうのはさ、周りに絶対いるんだよ。嫌な奴、嫌な人だよね。この嫌な人だったりさ、嫌な状況から脱したいという。
そういった嫌な人だったり、自分の状況を害する人、害する人を排除したい。そのために何が生まれるのか。そんなうざってぇ奴らを脱したいんだ。排除したいという執着心が生まれるんだよね。
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この3つの執着があるからこそ、人は苦しんだり悩んだりするんですよって言われてるんだよね。なるほどね。執着心だ。悩みの原因、苦しみの原因っていうのはさ、執着する心から生まれてきておりますということだよね。
でもさ、この執着だけあっても別にいいんだ。ただただ執着がありますっていう感じだったら、別に存在するだけならどうってことないんだよ。どうってことないけれどもさ、苦しむ原因は何って言ったらさ、この執着に対してだよ。
執着するっていうことはさ、自分自身が心で反応しているっていうことなんだよね。反応するんだよ。心っていうのはさ、ついつい反応してしまいます。この反応する心があるからこそ、人は苦しんだり悩んだりするんです。
でもさ、やっぱり人の心っていうのはさ、求めてしまうんだよね。より良さ、もっと良く、もっといい感じにっていう感じでさ、求めてしまうんだよね。
これこそが心なんだよ。みんな心を持っている。その心っていうのはさ、求める力を持っているんだよ。求める力を持っているからこそ反応する。だからさ、反応しないように修行していきましょうねっていうのが仏教の道なんだよね。
この道、この思考法を得るために、要するにさ、無の境地、無の境地に達するために修行するんだよということになっております。というわけでさ、この無を求めるたびに出る。それこそが仏教なんですよというお話ができたところで、今日のお話とさせていただきます。
それではお聞きいただきありがとうございました。それじゃあね。またね。今日はここまでここまで。バイバイバイのバイ!