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人生が進化するラジオ 言霊の力であなたの人生を変えるコーチ天野です。今回のテーマは
わがままと怠惰が人生を苦しくする です
まあ 人ってね、こう生きてて苦しいなっていうふうに思うものなんですけど、まあその苦しみの原因はここに
あるっていうお話ですね。これは大枯れ少なかれ誰もが
背負っているものです。これが大枯れ少なかれの少なかれだったらまだいいんですけど、これが大枯れの場合になっちゃうと
かなりかなり苦しくなってしまいます。 なのでぜひですね、今すごく苦しいなって人は今回の話をぜひ参考にして
いただけたらなと思います。
タイトルとして、わがままと怠惰が人生を苦しくするっていうふうにつけたんですけど、これはまさにそうなんですね。
結論言っちゃうとそういうことなんですよ。いろいろ苦しいってのがあるのかもしれない。それは誰かとか状況とかが自分を苦しくして苦しくしているっていう
ふうにももちろん思えるんですけど、ただ
根本的なことを言うとこのわがままと怠惰が苦しみを引き寄せている
わけなんですね。
それがどうしてそういうことが言えるのかってことがある程度納得できたら
すごく生きると思うんですね。 このお話が。
なので、これからお話しするメカニズムもですね、
参考までに聞いていただきたいんですけど、 まず
大前提として人間はエゴを持った存在です。エゴ。
それに対して動物はエゴを持っていません。
動物、植物、昆虫、そういうエゴのない存在って言いますよね。自然の存在。
エゴがあるということは言ってみたら自由なんですよ。自分の自由意志でいろいろできるわけですからね。
そういう意味で言うと、動物よりも人間は自由だからいいのかなと。人間に生まれたということはお得なのかなと。
お得なことかなと思うかもしれません。よく人間に生まれてラッキーだねとか、
動物に生まれなくてよかったねみたいな話をしたりするじゃないですか。 生まれ変わったら昆虫になっちゃうのかな、そんなの嫌だっていうふうに
人間視点で言うと思っちゃいますよね。だけどある意味では昆虫に生まれた方が良かったのかもしれない。
人間よりも。人間は自由意志でエゴを持っているから自由にいろいろできるんだけど、
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そういう意味では、人間として生まれてラッキーと思うかもしれないけど、でも自由であるということは同時に辛いことでもあるんですね。
なんでかっていうと、怠けることができるから。
怠けることができる。やっぱり怠けるとか怠惰、
あと、我を通すわがままとか、自然の法則とかそういったものに従わずに自分、我、我を通してしまおうとすることが人間にはできてしまう。
それってやっぱりどんどんどんどん辛くなるんですよね。やっぱり法則に逆らうんで。
当然怠ける、怠惰になるってことも自分を辛くしますよね。
でもそうした場合、動物っていうのはエゴを持ってないんで、これ全部受け入れるんですよ、起きた現象を。
受け入れて前向きに生きようとするんですね。
例えば、もちろんいろんな状況が自然界でも起こり得るわけで、気温が変わるとか、土地の状況が変わるとか、いろいろあるわけじゃないですか。
それらに対して動物とか植物とか昆虫ってクレームは言わないですよね。
クレームも何も言わず文句も言わずそれを受け入れますよね。
だって受け入れるしかない。エゴを持ってないわけですから、自己主張はしないわけですよ。
自己主張せずに、気温が変わった、土地の状況が変わった、変わったなら変わったでできることをやっていこうっていうふうに、その動物、植物、昆虫なりに何とか前向きに生きようとするわけじゃないですか。
だけど人間っていうのはエゴを持っていて自由意志があるんで、それに対してそんなの嫌だっていうふうに思うことができちゃうんですね。
もちろんこれそのものはね、こんなの嫌だって思うこと自体は問題ないし、むしろ素晴らしいことだってたくさんあります。
例えばこんなの嫌だって思うから、いろいろ改善しよう、改革しようっていう働きになっていて、そういう方向に物事が行く場合ってとても多いですよね。
例えば人間社会もそれが原因で発展してきている。科学技術も発展してきている。
例えばクーラーとかもそうですよね。暑い、暑いのは嫌だ、どうしよう、じゃあクーラーというものを作ってみようって感じでクーラーを作った。
そういう意味じゃあ、こんなの嫌だって思うこと自体は別に問題ない。思ってそのことで改革できる、改善できる、そういう動きをできるってことですからね。
そういう意味では動物っていうのは別にクーラーも作らないし、ただ単に状況を受け入れるだけなんですけど。
ただ同時にですね、人間はまずこんなの嫌だってまず思いますよね。こんなの嫌だって思って、そこから逃げようっていうふうにも思うことができちゃうんですね。
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こんなの嫌だ、こんなの受け入れられない、ここから逃げよう。あるいは誰かに甘えよう。誰かに甘えることによって何とかこの状況を打破しよう。
そういう気持ちになってしまう場合もあるんですよ。まさに怠惰、怠ける。自分で創意工夫する、改革する、改善するっていうふうにするんじゃなく、怠ける、逃げる、頼る。
こういう方向に思考が向いてしまうこともあるんですね。
言ってみたらこれって悪魔の囁きなんですよ。悪魔の囁き。もちろん悪魔っていう鬼みたいな存在がいて、実際に囁いてくるかどうかは別として、
ここん東西、いろんな表現で言われているわけじゃないですか。悪魔っていうことで表現されているわけですよね。
それが実際の姿形がどうかっていうのは別として、悪魔と表現されるような現象っていうのは実際あるわけですよ。
そういう意味で言うとまさに悪魔の囁きなんですね。怠けよう、甘えよう、頼ろう、逃げよう、こんなの嫌だっていうふうな、受け入れられないっていうふうに思ってしまう。
思ってしまってそこから逃げようとするのは悪魔の囁きなんですよ。そうした場合、悪魔は動物には囁かないんですよ。動物、植物、昆虫には。
なぜかというと動物とかに囁いても乗ってきませんから。動物とか植物とか昆虫全部受け入れますからね、状況を。
でも人間は悪魔の囁きに乗ってくる場合があるんで、だから囁いてくるんですよ。
乗ってくるっていうのはここから逃げるとか頼るとか、より怠けようとか、誰か何とかしてっていうふうになっちゃう。こういうようなモードに入っちゃう。
悪魔がちょっと囁くだけでそうなるんですよ、人間って。だから悪魔の囁きに乗らないっていう意識が常に大事になってくるわけなんですね。
ここでちょっとタイトルをもう一回確認したいんですけど、わがままと怠惰が人生を苦しくする。
これっていうのはわがまま、そして怠惰っていうのは悪魔の囁きにモロに乗っちゃってる状態なんですね。
だからその囁きに乗らないようにするっていうことを日々意識することが大事なんですよ。
そうすることで人生が良くなっていく。楽しく、幸せにっていうのかな、そういうような形になってくる。
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そういうふうにしていくように、人間社会っていうのかな、人間世界っていうのは、ちゃんとシステムを用意してるんですね。
みんなで創意工夫しながら、やっぱりそういうのを作り上げたわけですよ。
それっていうのは人が育つためのシステムですよね。
学校制度みたいなものだったり、学校に限らずいろいろ。
要は少しずつ育てていく。
例えばですよ、人間が生まれる。赤ちゃんですよね。赤ちゃんなのにあれあれこれあれとは言わないわけですよね、さすがに人間は。
赤ちゃんに対して道路工事してよとか言わないわけですよ、さすがに。
それはやっぱりわかってるから。赤ちゃんはまだ無理だなっていうのはわかってるから。
赤ちゃんもある程度エゴを持ってるんで、やっぱり怠けたい、甘えたい。赤ちゃんなんてそうですよね、甘えたいとかそんな感じですよね。
それはまあ仕方ないと。
だからみんなで支えるんですよ、赤ちゃんのときは。ミルクをあげたりして。
言ってみたらこれがシステムなんですね。
少しずつ支えながら、少しずつ自転車でいう補助みたいなものですよね。補助をつけながら少しずつ、最初は甘えててもいいけどだんだん自立心を育てていってねっていう、そんな感じじゃないですか、人間って。
だから赤ちゃんの段階から次は幼稚園とか保育園ですよね。
その段階になると強制的に家から引き離されて、別な場所にパッと放り込まれるわけですよね。
つまり環境が変わる。動物でも環境が変わることはあるんですけど、気温が変わったり土地が変わったり、それと同じような状況ですよね。
今まで家にずっといたんだけど、なんだかわかんないけど突然環境が変わるっていうような状況に放り込まれる。
だけどそれもやっぱり補助をつける。動物の場合だったら環境が変わったらずっと変わりっぱなしなんですけど、でもさすがにちょっとそれじゃつらいだろうってことで、
一日中ではなく一日の中の何時間かだけ別の環境にいてもらって、また家に帰ったりとか。
周りの大人がしっかりと見ながら、幼稚園の先生が見ながら、お父さんお母さんが見ながらサポートしながら見ている感じ。
その次は小学校に上がりますよね。小学校になると幼稚園よりもちょっと難易度が高くなる。
でも十分子供にも対応できるようなレベルでやっていく。
こうやって少しずつ周りの補助を受けながら悪魔に勝っていくっていう心を育てていくってことを人間はやっているわけなんですね。
悪魔に勝っていくっていうのは別の言葉で言うと自立心みたいな話になってくるんですけど、逆に言うと悪魔っていうのは怠けること、甘えること、逃げることですよね。
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こういう感じっていうのが大体分かれるのが小学校の高学年くらいからなんですよ。
小学校の高学年くらいになってくるといろいろスポーツ始めたり塾に行ってみたり、自分で何とかしないといけないような状況になってくるじゃないですか。
その時に辛いことっていうのかな、そういうのもあったりするんですけど、自分で何とかしないとっていうふうにその子が思うか。
それともやっぱりまだまだ赤ちゃんとかそういった時代のことを引きずって周りに甘えようとするのかってことで、まず小学校の高学年から一つの別れ目が来るんですよ。
その次の別れ目は大体中学校とか高校くらいです。
小学校の高学年で甘えてた子も、中学校高校くらいになるとさすがにちょっと自分でやらなきゃとか、
本当中学校くらいまで親が面倒を見てる人いますからね。いろんな学校の忘れ物チェックしたり、服をたたんであげたりとか、
そういうのを全部してくれる家庭もあるんですよ。
だけど中学生くらいになるとさすがに服は自分でたたんでよとか、学校の持ち物チェックくらいは自分でしてよっていうような感じになってきますよね、さすがに。
だけどそれでもいやいやお父さんお母さんそれやっといてよとか、そんなふうになっちゃう子もいる、中学校で。
だけどそれでも途中で気づいて高校くらいでやっぱり自分でやるよっていうふうになっていく子もいるし、だから中学校高校くらいがもう一つの別れ目なんですよね。
そうやってだんだん悪魔に打ち勝つような心を獲得していくんですよ、人間ってのは。
さっき言った通り動物っていうのは環境が変わった時に全て受け入れるんで、そういう意味でいうと人間っていうのはエゴがあるんでね。
ここが悩みどころなんですよね。エゴがあるってことは自由である。自由であるっていうのは良いことなんだけどその代わり怠ける自由もあるっていうことなんで。
だからこの別れ目のところで小学校高学年でまず一つ目の別れ目があって、中学校高校くらいで二つ目の別れ目があって、
その二つ目の段階の別れ目でも赤ちゃんとかその時代の感覚でずっといるとちょっとそれがある意味板についちゃうんですね。
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習慣化しちゃう。甘える怠けることが習慣化しちゃうんですよ。
そうなってくるとどうなるかっていうと、ある意味マインド、心構えだけは赤ちゃんのままで、知識だけは変に大人になっちゃうんで、
そうなると知識武装して自分が怠けることの言い訳をし始めるんですよね。
例えば自分が今こうなっているのは日本政府が悪いとか親が悪いとか友達が悪いとか社会のシステムが悪いとか、
正当化できちゃうんで何かますます空に閉じこもるというか怠ける怠大になることがその人の人生になっちゃうんですね。
自分が辛いのは会社のせいだとか会社全ての会社はホワイト企業でいるべきだみたいなね。
ほらほらみなよ今コンプライアンス守らない会社が問題になっているでしょと。
だからこれはダメなんだってことを言ってもちろんダメですよ。
でもだからといって自分が怠けてもいいってことにはならないですよね。
自分はホワイト企業みたいなところに行って自分が行くところはホワイト企業であるべきだし社会は完璧なシステムであるべきだ。
親は完璧な人間であるべきだ。親は俺を生んだ製造者責任があるわけだからだから一生面倒を見るべきだ。
一生サポートすべきだぐらいに思っちゃう。変な知識つけちゃってるんで。
場合によってはこう日本国憲法25条第1項みたいなねこういう知識もつけちゃって
全ての人は健康で文化的な最低限度の生活を営むべきだみたいなね。
そういうふうに憲法で保障されてるでしょっていう。
そういうことを言ったりするんですよ。
本当に極端な人になるとこういうことを振りかざして自分は働かずしてクーラー付きの一軒家が与えられるべきである。
そして毎月30万以上のベーシックインカムが支給されるべきである。
それ以外は認めないっていう人も実際いるんですよ。
いろいろネットとか漁ってたらわかりますけど。Xとかね。
うん。
でもう健康で文化的な生活、最低限の生活ってじゃあその人にとってどういうものかというと
毎月海外旅行に行くことができて最新型のパソコンが常に手にできるような状況になる。
これこそが最低限の生活でありそれ以外は認めないっていう。
それを別にネタとか強がりで言ってるんじゃなくて本気で言ってるんですね。本気で。
うん。
でこういう人ってのはもうかなり悪魔に支えかれてそれが習慣化してしまった人ですよね。
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もちろんねここまでの極端な人っていうのはそんなに多くはないですけど
だけど誰しも似たような感じなんですね。もちろん僕もですよ。
僕もやっぱこう怠けたい甘えたいっていうのはあるし。
だからその悪魔に支えかれている度合いが強ければ強いほどやっぱこう人生ってきつくなってきますよね。
そういう意味で言うとやっぱこうある意味では動物の方が楽なんですよね。
逆らわないですから状況に逆らわない。
季節が変わる土地が変わるいろんなことが変わることをそのまま受け入れて生きていく。
まあ自由はないかもしれないけどでも受け入れて前向きに生きることができる。
だからそこが人間としての腕の見せどころというか人間には自由が与えられている。
エゴが与えられているわけなんで。
じゃあそのエゴをより楽しい方向に生かすのかそれとも自分を苦しくしてしまう方向にしてしまうのか。
より楽しい方向っていうのは自立心を持ってこういろいろ嫌だ。
こういうのは嫌だって思うこと自体はいい。
嫌だと思ったならじゃあどうするの。改善改革する。
いろいろ自分で練習する勉強する。
こういうのは良い方向なんですよ。進化する。
だけど嫌だだから逃げる怠ける頼る。
あんたが何とかしてくれないと社会が何とかしてくれないとっていう風になってくるとやっぱこうどんどん辛くなってくる。
まず人が離れますからそういう人から。
でどんどん孤独になっていく。
だから常に悪魔との戦いに勝ち続けないといけないんですね。
それを意識しておかないと本当に負けちゃいますから。
なんでかというと悪魔っていうのは私は悪魔ですっていう顔をしてやってきませんからね。
私は悪魔ですから今から私があなたに悪魔の洗脳しますっていう風にそういう風に言ってこないんですよ。
そうじゃなくてむしろキラキラした綺麗な顔をしてやってきますからね悪魔って。
でそうやって知らない間に自分に取り付いていくんですよ。
例えばキラキラしたCMとかおいしい味をした食べ物とか面白いエンターテイメントとかそういう楽しいものとして悪魔はやってくるんですね。
もちろんそれはそれで素晴らしいことですよ。
おいしいものとか素晴らしいCMもそうだしお笑い芸人さんのパフォーマンスとかハイになれるロックミュージックとかおいしいレストラン。
これら別にこれそのものは悪いものでもなんでもないです。
むしろ素晴らしいものだったりもします。
だけどこれってそれを受け取る側の意識によって変わっちゃうんですよ。
それをどう受け取るかによってそれは悪魔に変わっちゃうんですね。
例えばおいしい食事。
おいしい食事っていうのは楽しんで幸せだなって感じるならいいんですけど。
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でもそれが当たり前になっちゃうともうそこから抜け出すことができなくなっちゃう。
それを毎日食べずにはいられなくなる。
そうなると生活費がかさむ。
それどころか健康を害することもある。
おいしいものって味が濃かったりするんで。
そうすると食べ過ぎていろいろと体調を崩したりそういうことにもなってくる。
まさにおいしいものとして悪魔がやってきたわけですよねこれ。
それを自分が受け入れたわけですよ変な形で。
だからおいしいもの、面白いもの、快楽を感じるものって特に悪魔が潜みやすいんで。
自省しながらしっかりとそれを分かった上で楽しんでいかないとどんどん堕落していっちゃうんですよ。
油断すると堕落していくような感じ。
だからこれってほんのちょっとした意識なんですね。
努力して前向きになろうみたいな意識。
自分でなんとかするんだっていう自律的な意識。
これをほんのちょっとでもいいんで常に持っておくってことが大事なんですよ。
それを持ってきた人っていうのは子供の頃から順調に悪魔に打ち勝つような体制に変わっていくし。
そのほんのちょっとした意識を持たなかった人っていうのはやっぱりダラダラダラダラ悪魔の方にそそのかされて対打の方向に行っちゃってるし。
そしてそれが今習慣化してしまってるしってことになっちゃうわけなんですね。
言ってみたらそうやって完全に習慣化した人、悪魔のささやきによって対打が習慣化しちゃった人っていうのは極端な例を言うとですよ。
極端に例え話をすると一種の薬物中毒と同じような感じなんですよ。
薬物中毒。
もちろん薬物のようにあからさまじゃないですよ。
いかにもね、ああいうものっていかにも悪魔的じゃないですか。
悪魔的だし症状も極端ですよね。
だけどさすがにそこまでではないですけど、だけど本質的には同じなんですよ。
だってあれがないとダメ、これがないとダメっていう体質になっちゃってるわけですね。
例えば食べ物とかで、あの食べ物がないともうダメ、生きていけない。
美味しい食事がないともうダメ。
友達が励ましてくれないとダメ。
なんか面白いエンターテイメントがないとダメ。
もっと新商品が出てくれないとダメ。
もっと刺激がないとダメ。
楽しいエンターテイメントがないとダメ。
こう思っちゃってるってことですよね。
これってもう本当そういう中毒と同じじゃないですか。
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それが板について習慣化しちゃったから生活費だってかさむし、
いろいろ余計な時間も必要になってくる。
そういうエンターテイメントを楽しむための時間も必要になってくる。
そうなると自分の中で最低限度の暮らしをするためには、
毎月いくらかかるんでしょうかね。
わかんないですけど。
かなりの額がかかってしまうってことになるわけですね。
だから日本国が保障する最低限度の生活みたいなものっていうのは、
やっぱりそういうものではないわけですよ。
やっぱりそれなりの食事があって、住むところがあって、
これでとりあえず頑張ってっていう感じじゃないですか、日本国は。
だからセーフティーネットがしっかりと敷かれている。
だけどそれ以上を求めちゃうってことになっちゃうんですね。
毎月海外旅行に行かなきゃダメでしょっていう体質になっちゃう。
それっていろんなCMとかに洗脳されているわけですよね。
海外旅行に行かなきゃ幸せじゃないとか、これ持ってないと幸せじゃないとか、
そういったキラキラした悪魔のささやきにモルにそそのかされてしまって、
それが故に変な形で自分の生活費も上がってしまうし、
怠けるような体質にもなっちゃうし。
だからそうならないようにエンタメとか、もちろんそういったものを楽しむことは大事なんですけど、
しっかり自制して楽しむことが大事だし、そして何よりも悪魔のささやきには乗らないんだっていう、
この意識を常に持っておくことが必要になってきますよね。
で、またタイトルに戻って最後ラストにしますけど、
タイトル、わがままと怠惰が人生を苦しくする。まさにそうなんですよ。
もちろん程度の差はあります。程度の差はありますけど、
やっぱり苦しいなって感じるのは悪魔のささやきに乗ってしまっているから。
で、乗ってそれが習慣化してしまっているから。
それがないとダメ、あれがないとダメっていう風になってしまっているし、
自分の自立心も衰えてしまっている。自分で解決する能力がなくなってしまっている。
だから人間は最初に言った通り自由意志があってエゴがある。
それは素晴らしいことなんですけど、
同時に悪魔のささやきにも乗ることができてしまう自由もある。
そういう意味での自由もある。
だからこれをよくわかった上で悪魔のささやきに乗らない。
そうする、じゃあその方法は何かっていうと、わがままは言わない。
怠惰にならない。少しでもこう、自立心っていうのかな。
自分でしっかりやっていくよっていう、自制していくような気持ち。
ベンジャミン・フランクリンみたいなね。
そういう気持ちが大事になってきますよね。
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いつでもそれってのは人間である限り自由なんで獲得できるんで、
今苦しい人もそういう状態になれるんで。
少しでも参考にしていただけたらなと思います。
人生いろいろですけど頑張っていきましょうね。
あなたが進化するメルマがやってます。詳しくは概要欄から。