イライラの原因と娘への苛立ち
頑張り屋さんの頑張らない習慣ラジオ。 BEの習慣、あり方の習慣で自分軸を整える。
習慣オタクのマーケター、きょんです。
今日は、あなたをイライラさせる相手は、あなたが本当はこうありたいっていう姿を、先に生きてるのかもしれませんよーっていうね、お話です。
身近に、なんでこの人頑張らないの?とかね。 なんかイライラしちゃう相手っていませんか?
私は、頑張らないね、あのラジオっていうのを、わざわざ頑張る頑張るってね、言ってるわけなんでね、お察しの通り、私結構頑張りすぎちゃう人なんですよね。
で、私にとって割とね、課題なんですよね。 頑張らないことって。
自分がすごく求めていることでもあるんです。
で、私がそのね、なんで頑張らないの?ってめちゃくちゃイライラしちゃう相手って、実は私にとって、今、11の娘になります。
なんか昔から結構、リラックスしたところがある子で、3歳ぐらいからね、なんかどうもちょっと馬が合わないというか。
なんかいつも私をイライラさせる、ストレスの大きな原因でした。
多分ね、それは娘にとっても同じだったと思うんですよね。 なんとなく、ママに対してイライラしてしまう。
なんかね、お互いちょっとピリピリした時期っていうのがね、結構長かったなぁっていうふうに思います。
そんな娘のね、頑張らないエピソードって、山ほど正直あるんですけど、娘って本当に自分に甘いんですよね。一言で言うと。
なんかもうね、小学生の時から、なんか自主的休休3日制みたいな感じで、なんかちょっとね、朝起きてしんどいなぁとか、なんとなく行きたくないなぁと思うと、
今日学校休むわーっていうふうにね、結構有効でした。
で、例えばね、もっつい先週とかもね、家族で夏休みの旅行に出かけたんですけど、
まあそのね、その日のハイライトがね、川遊びでね、だったりしたんですよ。川遊びでね、大きな滑り台がある川でね、
なんかそこで遊んだら楽しいだろうなぁみたいな感じで、まあ行ったんですけどね。娘はね、気が向かないからって言ってね、
あの弟はもうエンドレスで滑り台滑ったんですよね。あのお姉ちゃん来てよーって言って何回呼んでも、まあただあの川岸で見てるだけ。
で、花火とかもね、家族でやったんですけど、まあ2、3本やったらもう、あの十分やわーって言って、まあ見てるだけ。
なんかね、人に合わせないんですよ。基本。
自分の気持ちがいつも最優先で、自分の気持ちが乗るか乗らないかっていうことにすごくこうね、素直なんですよね。
一切忖度しない。だからまあ学校もね、なんか無理に友達作ろうとかね、あの友達がいないと寂しいみたいなのも特になくて、
まああの話しかけられたら喋ろうかな、みたいなね、感じでリラックスしてやってるので、あのなかなか友達できなかったりもね、するんですけど、
まあ本人は特に気にしてないんですよね。なんか無理してまで作んなくてもよくない?みたいな感じなんですよね。
まあつまりはね、結構周りの先生とか、親の方がなんとなく心配したりヤキモキしてしまったりとかね、なんかちょっと期待に全然応えてくれないなーとかって思って、
まあちょっと苛立ってしまったりすることがあるんですよ。
理想の「あり方」の発見と衝撃
まあそうなんですけど、なんか私、このライフデザイン型の習慣家のワークで、もう本当にあと文字通り雷に打たれるというような衝撃があったんですけど、
この自分のね、こうライフデザイン型習慣家では自分の理想のあり方っていうね、理想のBっていうものの書き出しっていうのを行うんですけど、
私の中がね、その理想のBを明らかにした時に出てきたのが、私、4つある根源的要求のうちの安心感安定っていうものなんですけどね、
なんかその中でも、その中身としてどんなことに安心感を覚えたいかっていうね、私の要求は、
なんか周りに合わせなくても、頑張らなくても、期待に応えなくても、そのままで十分に愛されて満たされている自分でありたいっていうね、一言だったんです。
私、今すごい満たされてるなと思いますし、すごい幸せだなーって思うんですけど、
なんかとにかく頑張り続けて得てきた、頑張り続けて獲得してきたものだったりするんですよ。
でも、頑張りたくないし、期待に応えたくない。
そんなことをしなくても、今得られている幸せを十分に感じられる、それをちゃんと享受できる自分でいたいっていうね、
頑張らなくても、期待に応えなくても、そのままでいいよって思える自分っていうのが出てきたんですけど、
これを書いた時に、もう本当に衝撃だったんですけど、
これって、完全にうちの娘のことじゃん!って思ったんですよ。
もう衝撃だったんですけどね。
うちの娘は、そういう意味で全然頑張らない。
自分の気持ち最優先。周りに会わせたり忖度もしないし、期待にも特に応えない。
でも、すごい幸せなんでしょうね。
家族も好きだし、別に割と生活に満足してるし、自分って愛されてるなーとかっていうふうに思ってるし、
もうお家も大好きだしね。
なんかすごくこう、十分だって、すごい幸せだなーってよく言ってるんですよね。
なんか、それって私が求めていることを、もう娘が先にやってるじゃんって。
頑張らない生き方でね、十分に幸せを享受してるっていうのをね、とっくに娘は生きてたんですよね。
これって、元々頑張らなかった私がね、
うち父親はすごく厳しかったので、
とにかく頑張れ、頑張り続けろ。頑張らないなんて嘘だ。
人は成長しなければ意味がない。
そんな感じの育てられ方をしてきたので、
とにかく休めないし、頑張り続けないと不安になるみたいなのがもう染み付いていたんですけど、
本当はそうでいたくなかったんですよね。
そんな自分の人生を娘はもうとっくに目の前で体現してくれてた。
まさにこうね、私のパラレルワールドのような存在って言うんですかね。
だなってなんかすごく思ったんですよね。
イライラの正体と自己受容への気づき
娘に対するイライラって、実は私が自分自身に対して許してないことに反応してたんですよね。
で、もう娘を否定してたのって明らかに私だけで、
娘を否定してる人って他にいないんですよ。
別に他の人に娘が否定されてることはなくて、
娘はそのままで十分幸せなのに、私だけがイライラして、
私だけがあんなんじゃダメなんじゃないかって否定し続けていたっていうことにね、すごい気づいたんですよね。
なので、頑張らなきゃっていうね、私たぶん頑張らないとダメだっていうね、
脳のフィルターがすごく私かかっていると思うので、長い間の教育によって。
娘ってめちゃくちゃ怠け者にやっぱり見えてるんですけど、
これって自分のそのままでこれでいいんだって自分を受け入れてること、周りのプレッシャーにも負けないこと。
周りがいろんな人の目を気にして期待に応えて生きてる中で、
それをしなくても自分のことを受け入れることができてることって、
なんか欠点じゃなくて、なんかすごい強いんじゃないかなって。
これ強さなんじゃないかなっていうふうに私気づいたんですよね。
というわけで、この話自体はね、私自身は本当に自分の中では衝撃的なことで、
そこからね、ちょっと娘を見る目もね、実は結構変わりました。
たぶん、私が自分自身を受け入れていくプロセスに、
たぶん娘との関係があるんだなーって今は思ってます。
その娘のことを受け入れて、この学校はこのままでいいんだっていうふうにね、
本当の意味で思うことが、おそらく私が私自身のね、
そのままで受け入れていくプロセスに完全にリンクしてるんだと思うんですよね。
とはいえね、まあまあいろいろすぐにはね、
それに気づいたからといってすぐに許容できたり、すぐに受け入れることができるっていうものでもないのが人間の面白いところで、
まあ私は、自分の生徒さんとか自分のお客さんとかにね、
まあ週間のサービスをしていく中で、
自分自身も一番手強い課題をね、毎日家の中で受け取ってるんですよね。
だから今日も少しうつってもいいから、
頑張らない娘、そのままの娘を、私から見たら頑張ってないっていうふうにね、
どうしても見えちゃう、その娘を。そのままでいいっていうふうにね、受け入れることができたらいいなってね。
もう本当に1ミリずつでも進んでいけたらいいなって思いながら過ごしています。
リスナーへのアクションとメッセージ
というわけで、今日はあなたをイライラさせる相手は、
あなたが本当はこうありたいっていう姿を先に生きているのかもしれないよっていうね、お話でした。
最後に今日のアクションです。
今日ね、イラッとした相手の、うーん、
まあ、どういう部分がね、イラッとしたのかっていうのをちょっと認識した上で、
心の中でそういうとこもいいよねっていうふうにね、認めてみてください。
あのー、本当にちょっとだけでいいです。
ので、まあそういうとこもありだよね、いいよねっていうふうにね、ちょっとつぶやいてみてください。
で、あなたはどういうところにね、イラッと、誰かのね、どういうところにイラッとしますか?
もしよかったらコメント欄で教えてくださいね。
今日も最後まで聞いていただきありがとうございました。
今日も頑張らずにいきましょう。
きょんでした。